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3B-学院と植物
3B-09 病と苦き木
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「それでも、それでも教授! 公共の場で不快なことを言い放たれるのは悔しいです!」
「フランコ君。君も教員だ。その程度で荒ぶるな」
怒り心頭の講師陣に比べ、マリアさんは落ち着いていた。椅子の背に指を添え、淡々と諭す。
「そうよ、フランコ君、アレク君、ヘンリー君。あれは彼の焦りよ。――ウオルク領の話、聞いていたでしょう。男爵は病魔に関する領内の事情を開示した。つまり領の状況は深刻。彼は宮廷魔術師長の期待を背負い、学院へ派遣されている。必ず解決策を出さねばならない。成果を求められる苛立ちを、我々にぶつけただけよ」
ゲオルク教授が静かに頷いた。
「我々も同じ立場になり得た。キンコン改良に直ちに着手する術があったか? レッド君が来たことに感謝せねばなるまい。彼の実績と各自の力量を比べ、上回れる者はいるか。返事はなかったはずだ。できぬ者は補佐に回ると決めただろう。――我々は我々の仕事をする。教員会議の前にもそう相談した。少しでも伝手があるなら協力し、知る情報はすべてレッド君に渡して教室の底力を示そう」
なるほど、誰も手を挙げなかった。調査と分析は強いが、調製・製造・臨床運用は専門が違う。教授といえど万能ではない。アルナル教授の分野は製薬と運用に近い。先ほどの応酬を見るかぎり共同は難しいだろう。――在野でパラケル師と行った霊薬作成の実績は、この研究室にも波及していた。
「皆さんの知識を頼りにします。香草の活用法は後ほど詳しく伺うことになります。よろしくお願いします」
食堂から研究室へ戻る。リンネには動線が良くなる配置を任せた。アルナル教授も切迫している。言いようは酷かったが、ゲオルク教授とマリアさんの言葉が示す通り、相当なプレッシャーだろう。もちろん自分にも。考えるべきは病魔のみ。
ウオルク領で流行した病魔は感染症か? 選択肢は多い。ウイルス、細菌、真菌、原虫――魔素由来もあり得る。虫媒介という報告から刺傷による毒素注入も検討したが、これは早々に否定できる。一般に流通するポーションは三種。治癒、魔力、解毒。即効性があり、軽毒は容易に完治する。即死毒なら問題は長引かない。症状が「一日おき」で持続し、貧血が重く出る特徴からも、単純な毒では整合しない。エルフ族の事例は閉鎖環境と特殊要因が絡む例外とみなせる。現状の情報ではまだ絞り切れない。
この界はポーション依存で、専門治療薬はほぼ存在しない。錬金術は解き明かされつつも、化学は未成熟。ワクチンなどまだ夢物語だ。香草店はポーション優勢で衰退。教授の言う通り、防御(予防)に重心を置くしかないのか。――キンコンは伝承通り有用なのか。
片づけの手を止めず、リンネと話す。
「今年も流行るかどうか、まだわからないじゃない」
「そうだね。でも、対策ができるなら今から考えるべきだ」
「あなたの頭なら、教授の話から原因の糸口も見つけるでしょう?」
「ある程度はね……ただ、こちらには魔素と魔術がある。治療の要になりそうな“魔素入りのキンコン”を、まず確認したい」
そこへフランコさんが助手のヴィクターを伴って現れる。
「レッド君。先ほどの教授の件で」
「フランコさん、何か?」
「まず一つ。君の研究には教員総出で協力する。アルナル教授を見返したいからな! 必要な時は遠慮なく声をかけてくれ。我々の『マテリア・ハーバル』知識は頭に入っている。他教室が要れば橋渡しもする。教授からも積極的に動けと念押しがあった」
「ありがとうございます。方針が固まったら、教授にも見通しを報告するよう言われています」
「早速だが――ヴィクター。教授に頼まれただろう」
「はっ。レッド先生、フランコ様の助手、ヴィクターです。ウオルク領出身です」
「自分もリンネもパール領出身なのでお隣ですね。領主同士は仲が悪いようですが……呼称は『さん』で十分。『先生』や『様』は不要です」
学院は貴族関係者が多い。敬称を整える配慮はありがたい。教員は一代爵位持ちが多く、講師は半々。院生・研究生は稀。自分への「先生」付けは誤解を招く。
「ありがとうございます。取り巻きは別として、私を含め領民はパール領に敵意はありません」
「私もウオルク領民そのものに思うところはありません」
――自分は拉致・監禁の被害を受けた。クリスティーヌ様からは男爵と取り巻きの工作と聞かされている。許せない事案だが、貴族制度下では自分が断罪できない。目の前のヴィクターは長年王都で働く助手。事件には関係ないのだ。
「本題を。レッドさんに、ウオルク領に伝わる叙情詩をご覧に入れます。編纂集には直接載っていませんが、棚に参考資料があります。故郷を案じ、できる限りの協力を惜しみません。教授にも伝えてあります。気づきになれば幸いです」
ヴィクターさんが書き起こした紙を差し出す。
######
沼の畔に住み、水の中を彷徨う
緑の淀みに、我が身を晒し
空を見上げ、自由な夢を思う
湧きあがる魔を受けとめ、内に異が育つ
黒き体に疑問を抱かず、眠りにつく
~以下略~
######
「暗い詩だ。半生を描いているのだろうか」
「マスター。何かが蠢くような印象ね。人ではない“何か”の気配がする」
「ウオルク湿原周辺の村に伝わる口承です。キンコンにまつわる逸話の一部とされています」
「これだけでは、情報価値の判断が難しいね」
「もちろん続きがあります。領民なら皆知っている後半。こちらが重要です」
######
異を受け、主は宿を貸す
返りを求めず、我が身を顧みず
ただただ供のみ、欲され続ける
熱を発し、痛を受け止め
主は献身の心を持つこととなろう
葉脈が目立つ、樹下に倒れ
燦燦と流れる雨は、主の体力を奪うだろう
血に瀕し、体は虚脱に
生きる為なら、苦水でも寛容となろう
苦き水は、シ者を害し
主を寛解に導く、礎となろう
苦が集いし、澱みを見する
その樹に、金の価を見出した
名は金根、華に特あり皮に苦あり
無垢なる途、欲すれば
灰に接し、酸に接し、狭きを通じ
魔なる途、欲すれば
強く、硬く封じ
力を利する解となろう
効が奏じ、シ者を滅す
不動ながら熱は冷め、身が軽く
重き病が患い、貧する血へ
魔血を正す、後薬に託そう
千の病には、千の薬が合うのだから
万に届く、天の石は遥か遠く
神の御業に、心を揺らす
#####
「過去の村の出来事を示しているようです。ウオルクは昔から病魔がある地域。都度、苦い木の逸話に従い服用してきた」
「詩にある“金根”がキンコン。どういう樹?」
「大きいもので二十メートル以上。村の近辺に多く、森の奥では見られません」
「ウオルク産の植物は『マテリア・ハーバル』十巻にある。キンコンも載っている。賢石庫にも過去の採取品が残っているはず。詩は本文の“名残”に該当。男爵からの提示情報とも合致する」
「考えてみます。後半の紙、借りても良いですか」
「当然。ゆっくり考えてくれ。他の者にも共有しておく。――そうだ、明日から部門生が来る。よろしく頼む、との教授の伝言だ」
「マスター。生徒の題材も考えておかないと。明日の午後に来るわよ」
学部生の半年研究の監督も研究生の役目。今の課題に加え、生徒組の主題設定。難しい。
「そうだね、やることが多い。リンネ、手伝い頼む」
詩に記された金根――キンコン。役割と効果。詩に繰り返し出る“シ者”。なるほど。二つの詩は貴重な示唆だ。仮説は大きく絞れた。だが確定は慎重に。残るは鑑定と製薬スキルの照合。賢石庫の実物、ハーバルの記述、現地出身者の口承。この三位一体で、核心に迫る。
「フランコ君。君も教員だ。その程度で荒ぶるな」
怒り心頭の講師陣に比べ、マリアさんは落ち着いていた。椅子の背に指を添え、淡々と諭す。
「そうよ、フランコ君、アレク君、ヘンリー君。あれは彼の焦りよ。――ウオルク領の話、聞いていたでしょう。男爵は病魔に関する領内の事情を開示した。つまり領の状況は深刻。彼は宮廷魔術師長の期待を背負い、学院へ派遣されている。必ず解決策を出さねばならない。成果を求められる苛立ちを、我々にぶつけただけよ」
ゲオルク教授が静かに頷いた。
「我々も同じ立場になり得た。キンコン改良に直ちに着手する術があったか? レッド君が来たことに感謝せねばなるまい。彼の実績と各自の力量を比べ、上回れる者はいるか。返事はなかったはずだ。できぬ者は補佐に回ると決めただろう。――我々は我々の仕事をする。教員会議の前にもそう相談した。少しでも伝手があるなら協力し、知る情報はすべてレッド君に渡して教室の底力を示そう」
なるほど、誰も手を挙げなかった。調査と分析は強いが、調製・製造・臨床運用は専門が違う。教授といえど万能ではない。アルナル教授の分野は製薬と運用に近い。先ほどの応酬を見るかぎり共同は難しいだろう。――在野でパラケル師と行った霊薬作成の実績は、この研究室にも波及していた。
「皆さんの知識を頼りにします。香草の活用法は後ほど詳しく伺うことになります。よろしくお願いします」
食堂から研究室へ戻る。リンネには動線が良くなる配置を任せた。アルナル教授も切迫している。言いようは酷かったが、ゲオルク教授とマリアさんの言葉が示す通り、相当なプレッシャーだろう。もちろん自分にも。考えるべきは病魔のみ。
ウオルク領で流行した病魔は感染症か? 選択肢は多い。ウイルス、細菌、真菌、原虫――魔素由来もあり得る。虫媒介という報告から刺傷による毒素注入も検討したが、これは早々に否定できる。一般に流通するポーションは三種。治癒、魔力、解毒。即効性があり、軽毒は容易に完治する。即死毒なら問題は長引かない。症状が「一日おき」で持続し、貧血が重く出る特徴からも、単純な毒では整合しない。エルフ族の事例は閉鎖環境と特殊要因が絡む例外とみなせる。現状の情報ではまだ絞り切れない。
この界はポーション依存で、専門治療薬はほぼ存在しない。錬金術は解き明かされつつも、化学は未成熟。ワクチンなどまだ夢物語だ。香草店はポーション優勢で衰退。教授の言う通り、防御(予防)に重心を置くしかないのか。――キンコンは伝承通り有用なのか。
片づけの手を止めず、リンネと話す。
「今年も流行るかどうか、まだわからないじゃない」
「そうだね。でも、対策ができるなら今から考えるべきだ」
「あなたの頭なら、教授の話から原因の糸口も見つけるでしょう?」
「ある程度はね……ただ、こちらには魔素と魔術がある。治療の要になりそうな“魔素入りのキンコン”を、まず確認したい」
そこへフランコさんが助手のヴィクターを伴って現れる。
「レッド君。先ほどの教授の件で」
「フランコさん、何か?」
「まず一つ。君の研究には教員総出で協力する。アルナル教授を見返したいからな! 必要な時は遠慮なく声をかけてくれ。我々の『マテリア・ハーバル』知識は頭に入っている。他教室が要れば橋渡しもする。教授からも積極的に動けと念押しがあった」
「ありがとうございます。方針が固まったら、教授にも見通しを報告するよう言われています」
「早速だが――ヴィクター。教授に頼まれただろう」
「はっ。レッド先生、フランコ様の助手、ヴィクターです。ウオルク領出身です」
「自分もリンネもパール領出身なのでお隣ですね。領主同士は仲が悪いようですが……呼称は『さん』で十分。『先生』や『様』は不要です」
学院は貴族関係者が多い。敬称を整える配慮はありがたい。教員は一代爵位持ちが多く、講師は半々。院生・研究生は稀。自分への「先生」付けは誤解を招く。
「ありがとうございます。取り巻きは別として、私を含め領民はパール領に敵意はありません」
「私もウオルク領民そのものに思うところはありません」
――自分は拉致・監禁の被害を受けた。クリスティーヌ様からは男爵と取り巻きの工作と聞かされている。許せない事案だが、貴族制度下では自分が断罪できない。目の前のヴィクターは長年王都で働く助手。事件には関係ないのだ。
「本題を。レッドさんに、ウオルク領に伝わる叙情詩をご覧に入れます。編纂集には直接載っていませんが、棚に参考資料があります。故郷を案じ、できる限りの協力を惜しみません。教授にも伝えてあります。気づきになれば幸いです」
ヴィクターさんが書き起こした紙を差し出す。
######
沼の畔に住み、水の中を彷徨う
緑の淀みに、我が身を晒し
空を見上げ、自由な夢を思う
湧きあがる魔を受けとめ、内に異が育つ
黒き体に疑問を抱かず、眠りにつく
~以下略~
######
「暗い詩だ。半生を描いているのだろうか」
「マスター。何かが蠢くような印象ね。人ではない“何か”の気配がする」
「ウオルク湿原周辺の村に伝わる口承です。キンコンにまつわる逸話の一部とされています」
「これだけでは、情報価値の判断が難しいね」
「もちろん続きがあります。領民なら皆知っている後半。こちらが重要です」
######
異を受け、主は宿を貸す
返りを求めず、我が身を顧みず
ただただ供のみ、欲され続ける
熱を発し、痛を受け止め
主は献身の心を持つこととなろう
葉脈が目立つ、樹下に倒れ
燦燦と流れる雨は、主の体力を奪うだろう
血に瀕し、体は虚脱に
生きる為なら、苦水でも寛容となろう
苦き水は、シ者を害し
主を寛解に導く、礎となろう
苦が集いし、澱みを見する
その樹に、金の価を見出した
名は金根、華に特あり皮に苦あり
無垢なる途、欲すれば
灰に接し、酸に接し、狭きを通じ
魔なる途、欲すれば
強く、硬く封じ
力を利する解となろう
効が奏じ、シ者を滅す
不動ながら熱は冷め、身が軽く
重き病が患い、貧する血へ
魔血を正す、後薬に託そう
千の病には、千の薬が合うのだから
万に届く、天の石は遥か遠く
神の御業に、心を揺らす
#####
「過去の村の出来事を示しているようです。ウオルクは昔から病魔がある地域。都度、苦い木の逸話に従い服用してきた」
「詩にある“金根”がキンコン。どういう樹?」
「大きいもので二十メートル以上。村の近辺に多く、森の奥では見られません」
「ウオルク産の植物は『マテリア・ハーバル』十巻にある。キンコンも載っている。賢石庫にも過去の採取品が残っているはず。詩は本文の“名残”に該当。男爵からの提示情報とも合致する」
「考えてみます。後半の紙、借りても良いですか」
「当然。ゆっくり考えてくれ。他の者にも共有しておく。――そうだ、明日から部門生が来る。よろしく頼む、との教授の伝言だ」
「マスター。生徒の題材も考えておかないと。明日の午後に来るわよ」
学部生の半年研究の監督も研究生の役目。今の課題に加え、生徒組の主題設定。難しい。
「そうだね、やることが多い。リンネ、手伝い頼む」
詩に記された金根――キンコン。役割と効果。詩に繰り返し出る“シ者”。なるほど。二つの詩は貴重な示唆だ。仮説は大きく絞れた。だが確定は慎重に。残るは鑑定と製薬スキルの照合。賢石庫の実物、ハーバルの記述、現地出身者の口承。この三位一体で、核心に迫る。
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