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3C-分取と教育
3C-12 魔素と酸度の狭間
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予感は、往々にして的中するものだ。ウーヴァよりも鋭敏で、狭い範囲を示す指標があれば。早急に、簡便なものを――。以前ウーヴァによる指示紙を作ったとき、頭をよぎった。機械を介さず、植物由来で作れる簡便な試験紙。ここは香草学教室――植物が集積する場。資源を最大限に活かすべきだ。教授も、困ったときは賢石庫とマテリア・ハーバルを頼れと言っていた。
「リンネ。午後になると生徒が来る。早めに相談した方がいいよね?」
「えっ?今日は鉛の日だから、シャーロットさん達は来ないわよ?」
「そうだ、鉛の日は集中できる日だった」
「三人に相談するなら、午後の方がいいかもしれないわね。専攻生もいるし」
昼食を済ませ、午後になってから、フランコさん、ヘンリーさん、アレクさんに相談を持ちかけた。
「苔を探しています。候補は二種。『リトマス?』……違うか。駄目だ、こちらの名前が出てこない。岩石や樹上に繁殖して、岩上に直立して生える苔。地衣類。もう一つは、おそらく『ウメ?』……違うな。プラナスの樹について灰緑色の葉状の苔でしょうか。色は異なるかもしれません」
リトマスとウメは、こちらの言語では一致しなかった。リトマスゴケ、ウメノキゴケの特徴を伝え、マテリア・ハーバルに精通した三人に確認してもらう。
「苔か。また渋いものを探しているなぁ」
「一つ目は直立して生えているか……」
「二つ目は葉状……」
「フランコ。苔といえば地衣類。第四巻を主に探してみよう」
「原著には挿絵がある。レッド君に確認しながらでよいだろう。一つは知っている。プラナスの樹についているものといえば、パルモトで間違いない」
苔類は第四巻に集中して記載があるらしい。原本と、各教員が持つ写本を照らし合わせ、並行して調査してもらう。三人の意見は一致し、2つの候補が上がってきた。
##マテリアハーバル4巻,53頁####
ロッセラ。「岩の上の地衣類」湿った岩に付着し、岩上に直立して生える。青紙の製造液として活用される。(~以下略)
######
##同巻,55頁####
パルモト。「樹の上の地衣類」湿った樹に付着し、主にプラナスの樹を好む。青服の染料として活用され、魔素入りのものは魔素の濃度で色が定着する。(~以下略)
######
教授からは、賢石庫からの拠出許可が出た。ただし、現教授体制で採取された最新のものに限るという条件付き。助手の三人によれば、入手は比較的容易で、魔素入り・無しともに冒険者ギルドで手配可能とのこと。大量に使う場合は事前申請が必要―――教授から再度注意を受けた。三人に感謝を伝え、リンネと共に自分のブースへ戻る。
リトマスゴケは、ロッセラと名を変えていたが、岩石に着生する性質は共通していた。採取場所はルビシェ領。直立して生える苔はこれ一種のみ。パルモトはウメノキゴケに相当し、樹上に着生する。王都近辺で入手可能で、魔素無しのものは染物に使われているため流通も多い。
試験紙の作り方は心得ていた。苔を刻み、酒精で抽出し、試験液とする。酸・灰で液性を変え、乾燥させて指示紙にすればいい。教員たちがすぐに動いてくれたことに、感謝しかなかった。
定法により抽出し、溶液の状態を観察する。抽出直後は青色を呈していた。ヴィトリオールで液性を変えると赤色に、さらにソジウム液を加えると、薄い赤から薄い青へと変化した。紙に浸しても同様の変化が見られた。
「水に浸しても変わらない?」
「ウーヴァと違って、変化は一度だけだからね。酸→灰、灰→酸で変化する。中性の水では変わらない。変色範囲はpH4.5~8.3と覚えている」
魔素有のロッセラ溶液に試薬を滴下していると、観察を担当していたリンネが変化に気づく。
「へぇ。魔素有と無しで違うわね」
「えっ!リンネ!ちょっと詳しく!」
「途中で黄色が混じったように見えるわ」
彼女の瞳はキラキラと輝いていた。試液を操作する自分とは別に、観察に集中していた彼女の視点が功を奏したのだろう。中性付近は変動が速いため、見逃していた可能性もある。試液を酢酸液に変更し、変化を緩やかにして再観察する。
「あともう少し。これからは一滴ずつ、慎重にね」
連続で浸す、紙の色調が変化していくのだ。青が緑に、そして薄い黄色に。さらに滴下すると赤味を帯び、紅を経て赤へと変化した。
「もう一つ試してみよう。中性の物質――塩。料理に使う普通の塩の溶液。塩化ナトリウム水溶液だね」
ロッセラ指示紙を用い、塩化ナトリウム水溶液に浸す。魔素無しの指示紙では変化なし。魔素入りの指示紙では黄色に変色した。
「リンネ!すごいよ!これは指標になる!」
「すごいことなの? よく分からないわ」
「中性で黄色!これは向こうにはなかった発見だよ!この黄色をpH7と定めていいと思う。色の変化ごとに指示紙を作れば、魔素入りの試験紙として使える。魔素……今まで振り回されたけど、今回は味方になってくれた!」
「レッド。興奮しすぎよ。少し冷静になってくれるかしら」
反応を逆に行い、ヴィトリオール液に炭酸ソジウム液を加えて色調変化を観察。赤→紅→黄→緑→青と変化することが分かった。
######
【📜ロッセラ指示紙(魔素含有)】
用途:酸・灰度の測定
着色:赤 → 紅 → 黄 → 緑 → 青
######
「レッド。これがあれば、今回は大丈夫ね」
「指標が決まれば、次は試薬の濃度を正確に決める必要がある。安定した仕事には不可欠だよ」
「もう……ほんと錬金バカね。徹底してるというべきか」
試験紙が決まれば、試薬の濃度も決定できる。鑑定で表示される濃度が大雑把なのが気になっていた。酸・灰で中和させるなら、指標となる物質でしっかり求めるべきだ。
「標準になるものは、入手しやすく純度も高いカルサイトを使おう」
比較的容易に入手でき、ひと手間かければ十分に活用できる。焼成して酸化カルシウム――焼成カルサイトとすればよい。加工後は保存が効かないのが難点だが、今の目的とするならば問題ない。
【*焼成カルサイト:別名・酸化カルシウム。錬金・製薬原料。腐食・吸湿強】
焼成カルサイトの重さを量り、水に溶かして強灰性の水酸化カルシウム溶液を作成した。これを基準品と定め、ヴィトリオールを用いて中和点となる量を決める操作――滴定を行う。焼成カルサイトの質量が分かっているから、溶液の濃度は容易に求まる。滴定によって、ヴィトリオールの濃度が割り出せる。
一旦ヴィトリオールの濃度が決まれば、標準液とする。次はソジウム液の濃度を決定する。ヴィトリオールとソジウム液は、それぞれ強酸と強灰。滴定による中和量を基に、ソジウム液の濃度を正確に導き出す。
この過程を経たことで、鑑定の精度が目に見えて向上した。今までは有効数字が一桁だったのだろうか? 再度確認すると、三桁目まで表示されるようになっていた。今までの濃度の値は、ざっくりとした数値だったようだ。ソジウム液の鑑定項目も増えていた。
【*ヴィトリオール:濃度10% → 濃度12.5%。腐食・吸湿強】
【*ソジウム液:錬金材料。濃度5.0%。腐食・吸湿強】
調整に使う炭酸ソジウム液も、正確な濃度として割り出す。pHの数値も計算で導き出し、試験紙の色とpHの数値を一致させる。これでpH6.5は難しくても、かなり近似した値に合わせられるはずだ。
一方で、魔素を含んだパルモトの色調変化は、こちらの世界ならではの特殊な反応が起きていて興味深い。酒精で抽出し、紙に染み込ませると、魔素に鋭敏に反応することが分かった。魔素を含んだ溶液の魔素量を、色で判別できる。魔素判別紙として定量できるようになるだろう。
魔水、魔素酒精、ポーション、ハイポーション、霊薬、偽死薬――それぞれを用いて濃度と着色の相関関係を作っていく。
【*パルモト指示紙:魔素含有。魔素量の測定に用いる。着色は透 → 白 → 黒】
これで材料の準備はすべて整った。一連の通し試作が可能となる。気づけば、夕方をとうに過ぎていた。
「流石に私は疲れたわ。よく集中できるわね」
リンネが椅子に深く腰掛け、肩を落とす。自分も、さすがに目の奥が重い。だが、今日の成果は大きかった。魔素とpH、二つの指標を得たことで、抽出工程の精度は格段に上がるはずだ。
「リンネ。今日はありがとう。君の観察がなければ、黄色の変化は見逃していたと思う」
「ふふ。たまには役に立てたみたいね。……でも、次はもう少し楽な作業がいいわ」
「それは……約束できないかも」
二人で顔を見合わせ、苦笑した。
「リンネ。午後になると生徒が来る。早めに相談した方がいいよね?」
「えっ?今日は鉛の日だから、シャーロットさん達は来ないわよ?」
「そうだ、鉛の日は集中できる日だった」
「三人に相談するなら、午後の方がいいかもしれないわね。専攻生もいるし」
昼食を済ませ、午後になってから、フランコさん、ヘンリーさん、アレクさんに相談を持ちかけた。
「苔を探しています。候補は二種。『リトマス?』……違うか。駄目だ、こちらの名前が出てこない。岩石や樹上に繁殖して、岩上に直立して生える苔。地衣類。もう一つは、おそらく『ウメ?』……違うな。プラナスの樹について灰緑色の葉状の苔でしょうか。色は異なるかもしれません」
リトマスとウメは、こちらの言語では一致しなかった。リトマスゴケ、ウメノキゴケの特徴を伝え、マテリア・ハーバルに精通した三人に確認してもらう。
「苔か。また渋いものを探しているなぁ」
「一つ目は直立して生えているか……」
「二つ目は葉状……」
「フランコ。苔といえば地衣類。第四巻を主に探してみよう」
「原著には挿絵がある。レッド君に確認しながらでよいだろう。一つは知っている。プラナスの樹についているものといえば、パルモトで間違いない」
苔類は第四巻に集中して記載があるらしい。原本と、各教員が持つ写本を照らし合わせ、並行して調査してもらう。三人の意見は一致し、2つの候補が上がってきた。
##マテリアハーバル4巻,53頁####
ロッセラ。「岩の上の地衣類」湿った岩に付着し、岩上に直立して生える。青紙の製造液として活用される。(~以下略)
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##同巻,55頁####
パルモト。「樹の上の地衣類」湿った樹に付着し、主にプラナスの樹を好む。青服の染料として活用され、魔素入りのものは魔素の濃度で色が定着する。(~以下略)
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教授からは、賢石庫からの拠出許可が出た。ただし、現教授体制で採取された最新のものに限るという条件付き。助手の三人によれば、入手は比較的容易で、魔素入り・無しともに冒険者ギルドで手配可能とのこと。大量に使う場合は事前申請が必要―――教授から再度注意を受けた。三人に感謝を伝え、リンネと共に自分のブースへ戻る。
リトマスゴケは、ロッセラと名を変えていたが、岩石に着生する性質は共通していた。採取場所はルビシェ領。直立して生える苔はこれ一種のみ。パルモトはウメノキゴケに相当し、樹上に着生する。王都近辺で入手可能で、魔素無しのものは染物に使われているため流通も多い。
試験紙の作り方は心得ていた。苔を刻み、酒精で抽出し、試験液とする。酸・灰で液性を変え、乾燥させて指示紙にすればいい。教員たちがすぐに動いてくれたことに、感謝しかなかった。
定法により抽出し、溶液の状態を観察する。抽出直後は青色を呈していた。ヴィトリオールで液性を変えると赤色に、さらにソジウム液を加えると、薄い赤から薄い青へと変化した。紙に浸しても同様の変化が見られた。
「水に浸しても変わらない?」
「ウーヴァと違って、変化は一度だけだからね。酸→灰、灰→酸で変化する。中性の水では変わらない。変色範囲はpH4.5~8.3と覚えている」
魔素有のロッセラ溶液に試薬を滴下していると、観察を担当していたリンネが変化に気づく。
「へぇ。魔素有と無しで違うわね」
「えっ!リンネ!ちょっと詳しく!」
「途中で黄色が混じったように見えるわ」
彼女の瞳はキラキラと輝いていた。試液を操作する自分とは別に、観察に集中していた彼女の視点が功を奏したのだろう。中性付近は変動が速いため、見逃していた可能性もある。試液を酢酸液に変更し、変化を緩やかにして再観察する。
「あともう少し。これからは一滴ずつ、慎重にね」
連続で浸す、紙の色調が変化していくのだ。青が緑に、そして薄い黄色に。さらに滴下すると赤味を帯び、紅を経て赤へと変化した。
「もう一つ試してみよう。中性の物質――塩。料理に使う普通の塩の溶液。塩化ナトリウム水溶液だね」
ロッセラ指示紙を用い、塩化ナトリウム水溶液に浸す。魔素無しの指示紙では変化なし。魔素入りの指示紙では黄色に変色した。
「リンネ!すごいよ!これは指標になる!」
「すごいことなの? よく分からないわ」
「中性で黄色!これは向こうにはなかった発見だよ!この黄色をpH7と定めていいと思う。色の変化ごとに指示紙を作れば、魔素入りの試験紙として使える。魔素……今まで振り回されたけど、今回は味方になってくれた!」
「レッド。興奮しすぎよ。少し冷静になってくれるかしら」
反応を逆に行い、ヴィトリオール液に炭酸ソジウム液を加えて色調変化を観察。赤→紅→黄→緑→青と変化することが分かった。
######
【📜ロッセラ指示紙(魔素含有)】
用途:酸・灰度の測定
着色:赤 → 紅 → 黄 → 緑 → 青
######
「レッド。これがあれば、今回は大丈夫ね」
「指標が決まれば、次は試薬の濃度を正確に決める必要がある。安定した仕事には不可欠だよ」
「もう……ほんと錬金バカね。徹底してるというべきか」
試験紙が決まれば、試薬の濃度も決定できる。鑑定で表示される濃度が大雑把なのが気になっていた。酸・灰で中和させるなら、指標となる物質でしっかり求めるべきだ。
「標準になるものは、入手しやすく純度も高いカルサイトを使おう」
比較的容易に入手でき、ひと手間かければ十分に活用できる。焼成して酸化カルシウム――焼成カルサイトとすればよい。加工後は保存が効かないのが難点だが、今の目的とするならば問題ない。
【*焼成カルサイト:別名・酸化カルシウム。錬金・製薬原料。腐食・吸湿強】
焼成カルサイトの重さを量り、水に溶かして強灰性の水酸化カルシウム溶液を作成した。これを基準品と定め、ヴィトリオールを用いて中和点となる量を決める操作――滴定を行う。焼成カルサイトの質量が分かっているから、溶液の濃度は容易に求まる。滴定によって、ヴィトリオールの濃度が割り出せる。
一旦ヴィトリオールの濃度が決まれば、標準液とする。次はソジウム液の濃度を決定する。ヴィトリオールとソジウム液は、それぞれ強酸と強灰。滴定による中和量を基に、ソジウム液の濃度を正確に導き出す。
この過程を経たことで、鑑定の精度が目に見えて向上した。今までは有効数字が一桁だったのだろうか? 再度確認すると、三桁目まで表示されるようになっていた。今までの濃度の値は、ざっくりとした数値だったようだ。ソジウム液の鑑定項目も増えていた。
【*ヴィトリオール:濃度10% → 濃度12.5%。腐食・吸湿強】
【*ソジウム液:錬金材料。濃度5.0%。腐食・吸湿強】
調整に使う炭酸ソジウム液も、正確な濃度として割り出す。pHの数値も計算で導き出し、試験紙の色とpHの数値を一致させる。これでpH6.5は難しくても、かなり近似した値に合わせられるはずだ。
一方で、魔素を含んだパルモトの色調変化は、こちらの世界ならではの特殊な反応が起きていて興味深い。酒精で抽出し、紙に染み込ませると、魔素に鋭敏に反応することが分かった。魔素を含んだ溶液の魔素量を、色で判別できる。魔素判別紙として定量できるようになるだろう。
魔水、魔素酒精、ポーション、ハイポーション、霊薬、偽死薬――それぞれを用いて濃度と着色の相関関係を作っていく。
【*パルモト指示紙:魔素含有。魔素量の測定に用いる。着色は透 → 白 → 黒】
これで材料の準備はすべて整った。一連の通し試作が可能となる。気づけば、夕方をとうに過ぎていた。
「流石に私は疲れたわ。よく集中できるわね」
リンネが椅子に深く腰掛け、肩を落とす。自分も、さすがに目の奥が重い。だが、今日の成果は大きかった。魔素とpH、二つの指標を得たことで、抽出工程の精度は格段に上がるはずだ。
「リンネ。今日はありがとう。君の観察がなければ、黄色の変化は見逃していたと思う」
「ふふ。たまには役に立てたみたいね。……でも、次はもう少し楽な作業がいいわ」
「それは……約束できないかも」
二人で顔を見合わせ、苦笑した。
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