巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3C-分取と教育

3C-15 少年の試練

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 ギルド長に丁寧にお暇の挨拶をし、ルビシェ通りを南進する。

「地図によると、中央広場からルビシェ通りを南に進み、外縁部に近いところがアレクノ商会のはずだ」

「コカルス。お前、地図なんか見て。王都は詳しいと言っていただろう?」
「馬鹿言うな。すべての店を覚えているわけないだろう」

 王都では、各侯爵領へ繋がる街路に商店が並び、にぎわいを見せている。中央広場から放射状に道が走り、ヴァルデ領やアクティア森方面へと続いている。両端に店が並ぶ道を馬車で進む。地方領に繋がる街道には、その領にまつわる商店が連なっているという。確かに、ベルナル商会が位置するのもカンティア通りだった。アティ領はルビシェ侯爵領の南端に位置し、砂糖の生産拠点。これから向かうアレクノ商会もルビシェ通りにある。商いの中心は砂糖だろうと予想がつく。

「着いたぞ!アレクノ商会」
 アレクノ商会王都支店。思った以上に繁盛している。砂糖や香辛料を扱い、海産物の乾物も並ぶ。店員たちも忙しそうに働いていた。自分たちの一行に気づいた店員が近づいてくる。

「いらっしゃいませ。男爵?様」
「ああ、こちらの方は貴族ではない。君らと同じ商人だ。商談に来た。番頭格もしくは店長は居るか?」

 コカルス君が年長者として前に立ってくれた。王都に来てから、彼が頼もしく見えるのは気のせいだろうか。

「商談には価格交渉にふさわしい方が必要です。ちなみに、どちらの商会の方でしょう?」

 こちらをちらりと見て、店員が値踏みする。確かに、商会長に見える年長者はいない。
「こちらはベルナル商会所属、及びテオフラス商会のレッド=ベルナル商会長です。これはギルド長の紹介状です」

 先ほどギルド長から渡された紹介状を、丁稚格の従業員に渡す。受け取った従業員は青ざめた。

「少々お待ちください!」
 おや?あちらで商品を補充している少年は見覚えがある。同じ研究室の子かもしれない。じっと見ていると、向こうも気づいた。

「あれ?君は……研究生のレッド先生?」
 そうだ!希望がかなわなかったイゴール君。ここで会うとは。

「イゴール君。休みの日に働くとは感心だね」
「ここは叔父さんの店だし、俺の下宿先だから。学院に行く条件は、休みにここで指導を受けることが親父との約束なんです」

 アレクノ商会。叔父の店。イゴール=アレクノ。そうか、彼の親戚の店か!

「君らがギルド長の紹介の者か? ん?イゴール、お前もどうした?」
「店長でしょうか。私はベルナル商会、テオフラス商会商会長のレッド=ベルナルと申します」

「店長のウーゴという。イゴールの知り合いか? そこのイゴールの叔父にあたる」
「学院では香草学教室にて研究生として在籍しています。その縁で彼と」

「失礼。君は見た感じ、甥よりも年下に見えるが……」
「師と領主の推薦があり、研究生として在籍しています。魔導師資格も勿論持っています」

 ちらりと胸のバッジを見せる。ほう、とウーゴさんは片眉を上げた。

「優秀なのだな。それで用件は?」
「ここではちょっと。商談室は使えますか?」

 魔導師のバッジ。商人ギルド長の紹介状。商談室の利用を促す。商いとしては大きいものになると匂わせる。ただしこちらは実績のない一見客。商人の戦いとしては弱い立場だ。何としても流れをこちらに引き寄せたい。

「うむ。ギルド長の紹介か。こちらも商談は願うところだ。いいだろう。では奥に来てくれ」
「叔父さん!俺も連れていってくれ!」

「うーん。お前の勉強になるから俺は良いが、先方にも聞くべきだろう」
「レッド先生。いや、レッド様。自分の同席の許可をください。よろしくお願いします」

「ここでは“さん”で構いませんよ、イゴール君。学院ではありませんし、自分は貴族でもありませんから。……同席を許可します。君の勉強にもなると思いますから」

 むこうは自分とイゴールとの繋がりを利用し、彼の商人教育も兼ねた研修《OJT》にするつもりだ。ウーゴ店長。突然の訪問にも関わらず、状況を利用して切り替えてきた。流石、王都店を任される人だと感心する。この状況は使えることに気が付いた。彼の存在が、一つの可能性を昇華させた。香草学教室への在籍は本命ではなかった彼が、配属にかなわなかった場所でも充実した学院生活を送ってほしい。それには香草学の分野に興味を持ってもらわねばならない。それが自分の仕事となるかもしれないのだから。

 きらびやかな商談室。清掃が行き届き、扱う商品が分かりやすく展示されている。流石、王都の旗艦店。やるべきことを実施できる人材が配属されているのだろう。話によっては、厳しい戦いになるかもしれない。

「さあ、奥に。イゴール、お茶を」
「了解しました」
 イゴール君は一旦外し、すぐに戻ってきた。

「サッカラム茶です。王都在住の方には甘いかもしれません。アティ領のカンシャを基にしたお茶です。今日は少し汗ばむので冷えたものを」

「珍しいです。初見なので、鑑定の失礼を」
「はははっ。他領の人間は必ず鑑定をしていく。気にはせん」

【*サッカラム茶。カンシャが原料。ほんのりとした甘さ】

 サッカラム。語幹からして砂糖か。カンシャ。甘蔗。なるほど、サトウキビから取れたお茶か。鑑定通り、甘い。血糖が上がり、元気が出そうだ。

「王国全体に砂糖が行き渡るのは、アティ領のおかげ。我々の領にも潤沢に流れてきます」
「商人にとって国内の安定を願うばかりだ。我々もパール領産の魔石には助けられているよ。それでレッド君。本題は?」

「商談となると今の段階では、採取依頼と買い取りだけとなります。ピレトラムという植物の採取依頼です」
「ピレトラム……か。ここ王都での販売実績は無い。本店でも似たようなものだろう。アティでは雑草として勝手に生えてくる。珍しくもない。……採取依頼となると百株で銀貨五枚。一万束を超えるごとに輸送費として金貨一枚、といったところだな」

 ウーゴ店長の言葉に、自分は思わず眉をひそめた。高い。アルテミ草ですら十株で銀貨一枚の価値だ。雑草同然のピレトラムに価格が付くのは異常だろう。だが、これは一見客に対する当然の対応でもある。ギルド長の紹介状があったからこそ商談室に通されたが、無名のテオフラス商会に対しては、手数料をしっかり取らねばならないのだ。

 ちらりとコカルス君を見ると、険しい顔をしていた。やはり彼の中でも高いと見えるらしい。事前の打ち合わせでは、このまま価格交渉をする予定だった。だが、ここで思わぬイレギュラー――イゴール君の同席があった。彼の存在が、こちらの選択肢を広げてくれる。

 自分は用紙を取り出し、母を真似て言霊に魔力を込める。大きく息を吸い、魔気による圧を言葉に纏わせた。

「ウーゴ=アレクノ店長。まずは採取依頼のみでも構いません。その場合は、そちらの言い値で十万束を発注いたします。テオフラス商会の依頼としてギルド本部に正式に仲介してもらいます。ご不安であれば、金貨六十枚を即金で移動し、保証金として白金貨一枚をギルド管轄下の取引口座へ移動させましょう。我が商会としては、たいした金額ではありませんから。ただし条件があります。初期の百束、試料として一週間以内の納入期限とします。これは貴商会の在庫から出しても構いません」

 一息つき、口調を少し和らげる。

「ここまでが此方の用意した話です。自分も研究生ながら先生と呼ばれる端くれ。この場にはイゴール君がいます。彼の顔を立てたいのが、正直な心情です。そこで、我々テオフラス商会としては、《さらに》踏み込んだ提案をしたいと思います。彼とここで会ったのも何かの縁。もしかすると、ここからが本番、真の商談となるでしょう。単発の採取依頼とするか、継続的な事業とするか。こちらとしては、貴商会に判断していただきたい。ただし、これ以上は守秘契約を交わしたいところです。費用は当然、我々が負担します。ウーゴ店長、どうなさいますか?」

 自分は契約魔法の羊皮紙を取り出した。コカルス君は少し驚いた顔をしている。事前の打ち合わせでは、採取依頼までの話だったからだ。だが、ここで一歩踏み込むことが、商会の未来を切り拓く。

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