巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1E-蒸留と羊油

1E-03 次なる開発の課題

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 ハイポーションは領主案件として扱われることになった。まずは一週間ほど遮光箱に入れ、品質保持の試験を行う。使用するのは特級品だ。経過を見守りつつ、次の開発に取りかかることになった。

「ハイポーションは結果が出次第、領主に持参する。その時は小僧、お前も同席してもらう」
「了解です。それで次はどうしましょう。ポーションの作成でも?」
「ポーションの製造はもうお前の役目は終わっている。城郭都市で既に着手している。領主が帰領すれば報酬も支払われるだろう。代行の奥方からも呼び出しがあったぞ」

「それなら贈り物を持参しないといけませんね。……夫人なら肌艶を良くする脂などはどうでしょう」
 以前から考えていたアイデアを口にする。

「小僧! また何か考えていたのか?」
「ホーミィー村の特産は羊毛ですよね。その加工の際に出る脂はランプの燃料や革の補修に使われています。量も豊富ですし、この脂とアルテミオイルを組み合わせれば何かできるかと」
「羊毛の脂……エシプスか。だが匂いが強烈だぞ。貴族への贈り物には不向きだ」
「そのエシプスの純度を高められないかと思うのです。魔力操作で解決できませんか?」
「固体を操作するのは難しいぞ。特に新しい素材はな」
「加温できる装置があります。液体にすれば、なんとかなるかと」
「やってみれば分かるだろう」

 店にあったエシプスを取り出し、まずは鑑定する。
【*エシプス。羊毛から取れる脂。保革・錆止めに使用】
 羊毛を洗った際に浮かぶ油を固めたものらしい。毛や不純物が混じり、獣臭が強い。もちろんこのままでは使えない。

 ビーカーに入れて水浴で加熱する。40度ほどで溶け始め、濁った液体となった。獣臭が立ち込めるが、魔導具がすぐに吸い込んでくれる。魔力を通してみると、水とは比べものにならぬほど魔力の通りが悪い。粘性が強く、不純物も多すぎる。瞬く間に魔力の四分の一を吸い取られ、慌てて干渉を打ち切った。

「不純物が多すぎてダメですね。水とは段違いに難しいです」
「そうだろう。エシプスは動かしづらいのだ」
「少し時間をかけて考えてみます」
「これは魔力を食うぞ。大変な作業になる」

 自室に籠り、記憶の引き出しを探る。――精製ラノリン。医薬品や化粧品の基礎として古くから使われてきた物質。どの国の薬局方にも載るほど歴史がある。原料は羊毛脂。つまりエシプスだ。完成品の品質は、この精製ラノリンにまで高めるのが目標となる。

 軟膏の基剤といえばワセリンが有名だが、あれは石油精製物。こちらでは石油は存在しない。ならば天然物のラノリンを精製するしかない。エシプスは、向こうで言う「ウールグリース」と同じものだろう。

 鼻腔を刺す獣臭が立ちのぼる。これを貴族に贈れる純度まで高められるのか。記憶を辿れば、酸処理、アルカリ処理、濾過、遠心分離、蒸留を組み合わせて精製していたはずだ。ある程度加工して純度を上げれば、水と同じように魔力操作が効くようになるだろう。

 酸処理は醸造酢で代用できる。アルカリは草木灰を使えばよい。蒸留は装置で可能だ。問題は遠心分離。新しい加工方法を考える必要がある。さらにエシプスは常温では固体。加熱しながら分離する必要があるため、難易度は高い。

 これは独力で抱えるには余りに荷が重い。パラケル爺さんに相談しながら進めるしかないだろう。
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