巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1H-鎮守と毒性

1H-10 伝統と提案

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 次の日。自分とパラケル、エリスの三人は、エルフの主食であるサイカスの加工現場に赴いた。加工場に足を踏み入れると、鼻をつく青臭さが漂う。そこでは三人のエルフが実の加工を行っていた。リーダー格のエルフが作業を止め、こちらに声をかけてきた。

「リーダーのシエサだ。これがサイカスの実。ちょうどあそこにも樹があるだろう。樹上五メートルほどから二人一組で採取する。サイカスは雌株と雄株があり、実がなるのは雌株だ。今がちょうど採取の時期。この森には各所で自生しているから、来る途中にも見覚えがあったはずだ。採取自体は難しくない」

 加工場の近くにある幹は直径一メートルほどで高さは八メートル。鎮守の森で見たものは十メートルを超えていた。葉は一メートルほどの長さで上部にのみ茂り、下葉は枯れて落ちる。花は萩月に咲き、紅月に実が熟す。橙黄色の実は五~六センチ、重さ二十グラムほど。一本の株から五百個近く収穫できるという。

 一つを借りて鑑定を行う。
【*サイカスの実。状態:種子。澱粉質・魔素を含む。食材利用可[無加工品;毒性1000。経口不可]】

 澱粉質と魔素を兼ね備えているため、主食として利用されてきたのだろう。しかし追加鑑定では「経口不可」。毒性1000は即死レベルに相当する。よくもこれを食材にしようと考えたものだ。

 シエサの説明は続く。
「この実を剥いて砕く」
「そのまま剥いて砕くのですね?」

「そうだ。外皮を剥き、中の白い部分――我々はサゴと呼んでいる――を取り出す」
 三人のエルフが外皮を剥き、白い可食部を次々と水に漬けていく。

「これを砕き、水を加えてしばらく置く」
 エリスが補足する。
「三回くらいですよね」
「そう、三回だ。その後一日天日干しして、できあがるのがこれだ」

 差し出されたのは灰褐色の顆粒状の粉。天日干しされたサゴからは粉っぽい乾いた匂いが漂う。
「これを主食としている。移住してから製法は変えていない」

 借りて鑑定をかける。
【*サゴ。サイカスの子実を集めたもの。澱粉質・魔素を含む。可食可[加工品;毒性1。一定条件で可食可。毒魔素;cycsd$i5m]】

 毒性は1000から1に減少している。工程は確かに有効だ。しかし「毒魔素」の記載が残っている。水溶性毒素を利用して除去しているが、完全ではない。

「……毒素がまだ残っていますね。残念ながら工程が足りていません」
「でも、鑑定では可食可と出ているわ」
「通常の鑑定ではそうです。ただ、自分の【製薬】スキルを用いた鑑定では追加情報が見えます」

 紙に結果を書き出すと、エルフたちの顔が一斉に蒼白になった。
「まさか、加工が足りていなかったなんて……」
「毒魔素……」
「伝統ある作り方なのに……」

「おそらく移住前は問題なかったのでしょう。毒素は水に溶けやすく、三度の水晒しで十分に除去できていた。しかし鎮守の森では魔素が濃く、毒性が増してしまった。従来の工程では除去しきれないのです」

「それならどうしたら良いのだ!」
 シエサが声を荒げる。
「伝統を変えれば里の者が不安がる。変えずに作れぬ!」
「そうだ!」
 怒りは当然だ。今までの仕事を否定されたのだから。抜本的な変更は難しい。死者が出れば責任は重い。だからこそ、自分は段階的な改善を考えていた。

「まあ、落ち着いて。レッド君の話を聞きましょう」
 エリスが場を収める。
「ありがとうございます。皆さん、ポーション作りをしたことはありますか?」

「サイカスを食べる以上、必ず対で作る必要がある」
「パラケル爺さん、エルフのポーション作りは同じ方法ですか?」

「ああ。お前に教えた工程と同じだ。元はエルフの技術だ」
「なるほど。それでは問います。なぜサイカスの加工では魔力を使わないのですか?ポーションでは使うのに」

「それは食材と薬の違いだからだろう」
「確かに。ではサイカスを薬として加工するとしたら、不要なものは?」
「毒素だ」
「そうです。薬草からの抽出では魔力を使い、魔素を取り出します。効果成分は魔素と結びついている。今回の毒も、毒魔素として魔素と結びついていると考えられます。伝統の三回の水晒しは、水溶性毒素を想定した経験則でしょう」

 パラケルが頷く。
「なら、なぜポーションでは魔力で魔素を剥がすのに、食材ではやらないのでしょうか?」
「……食材だからだろう」
「薬の材料なら?」
「ああ、するだろう」
 エルフたちがうなずく。

「ならば、食材ではなく薬の材料と見做して加工してみましょう。魔素の摂取は減るかもしれませんが、サゴは栄養素として十分に価値があります。まずは毒魔素の除去を主眼に置くべきです。ポーションでできることなら、必ず可能です」

「なるほど……まずは毒性を外すことに主眼を置く。鑑定はお前が行えば確認できるのだな」
「はい。その通りです」

 自分は確信していた。サイカスの毒は水溶性。魔素によって毒性は増しているが、性質は変わっていない。積極的に魔力で毒魔素を剥がせば、必ず無毒化できる。ポーションで可能なことなら、食材でも応用できるはずだ。
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