巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1H-鎮守と毒性

1H-11 仮定と実験

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 何事も仮定は大事だ。解決手段は一通りではない。多様な着眼点からのアプローチが、問題解決には欠かせない。今回の問題点は二つ。ひとつは魔毒素が抜けきれていないこと。もうひとつは、通常の鑑定魔法では毒性が見抜けないことだ。

 魔素が濃く存在しなければ、移住前と同じく三回の水晒しで安全域まで毒素を落とせていたはずだ。サイカスは栄養価に優れ、入手も容易。だからこそ主食として選ばれてきた。伝統を尊重しつつも、魔素を抜くために「殻剥き後に天日干しを挟む」こと有効だと自分は考えていた。

「まずは工程を見直したいのですが、よろしいでしょうか?」
「聞いてみましょう」エリスさんが音頭をとる。三人のエルフは黙って耳を傾けている。
「ポーションの作成で気づいたのですが、魔素は光に当たると霧散する性質があります。ポーションをガラス瓶に入れると、一ヶ月ほどで劣化するのはご存じでしょう」

「一ヶ月も持てば十分ではないか?」
「普通だろう?」

「ポーションはガラスの器で作る伝統があるからな」
「そう、その伝統です。ですがパラケルさんに確認したところ、ガラスでなければならない規定はありませんでした。単に受け継がれてきただけの習慣です。魔術は思考そのもの。思い込みが工程を固定してしまうのです。私は器を磁器瓶に変えて試験しました。その結果、保存期間を三年に延長できたのです。これが現物です」

 自分は氾濫時に領主へ卸した磁器瓶入りのポーションを示した。
「この瓶には破損防止の魔法陣しか刻まれていません。保存のためではありません。液体状態のポーションは光に触れることで魔素が霧散しやすい。ならば光を遮断すれば保存性は飛躍的に高まる。仮説は正しかったのです」

 エルフたちは顔を見合わせる。
「……伝統を変えるのは難しい。里の者も不安がる」
「伝統は食の安全を守るために残されたものです。今回は大きくは変えません」
「……」

 エリスさんが割って入る。
「その件は族長と再度話し合いましょう。今は保留として進めましょう」
 シエサが頷く。
「……分かった。では見直したい工程とは?」
「二つあります。殻剥き後の工程と、水晒し工程の改善です」

「二つもか。理由は?」
「まず一つ目。殻を剥いた後すぐに砕いて水晒しに入っていますが、その前に天日干しを挟みたいのです」
「鮮度が大事だと思っていたが、なぜだ?」

「実は殻に守られている間は保存が効きます。発芽のための構造ですから。殻を割った後は逆に腐敗が進みやすい。そこで一日天日干しを挟むことで水分を飛ばし、保存性を高められます。そしてもう一つの理由は、魔素の総量を減らすためです。光に晒すことで魔素は霧散します。水晒しに入る前に総量を減らせれば、その後の処理が格段に楽になります」

「最後に天日干しをするのと同じではないのか?」
「確かに工程としては似ています。しかし順序が違えば効果も違います。次に説明する水晒しの改善と組み合わせると大きな差が出ます」

 自分は紙に計算を書き出した。
##### 
 - 現行工程:水晒し3回+天日干し → 毒性1000が1に減少(1/1250)
 - 天日干しを追加:毒性1000が1/12500に減少(さらに1/10改善)
 - 天日干し+魔力抽出:毒性1000が1/100000に減少(1/80改善)
##### 
「これはあくまで仮定の計算です。水晒しの効果を多めに見積もっていますし、魔力抽出の効果は控えめに見積もっています。作業者の力量に左右されるからです。理想は水晒しの段階で完全に無毒化することにあります」

「……本当にできるのか?」
「無理ではないか?」
 エルフたちが否定的な声を上げる。
 パラケルが口を挟んだ。

「レッド。魔力抽出とあるが、具体的にはどうするのだ?」
「ポーションと同じです。視える魔素をすべて移動させるように操作する。それだけです」

「なるほど。ならワシにもできる」
「もっと細かく説明して」エリスが促す。
「言葉より実演しましょう。何事も仮定と実験です」

 自分は殻を割り、サゴを砕いた。半分は天日干しに回し、残り半分を水晒しに使用する。水を加え、かき混ぜながら魔力で内部の魔素を剥がすように操作する。沈殿を待ち、上澄みを捨て、再び水を加えて同じ操作を繰り返す。三度目の操作を終えると、白いサゴを取り出して鑑定した。

【*サゴ。サイカスの子実を集めたもの。澱粉質を含む。可食可。美味[加工品;無毒。澱粉・酒の材料として各種料理に用いる]】

「……よし、無毒だ」

 自分は小さく息を吐いた。予想通り、水晒しの段階で無毒化に成功したのだ。
その瞬間、場の空気が張り詰めた。

三人のエルフは一斉に息を呑み、目を見開く。
「無毒……だと?」

声は震え、手にしていた木杓子がかすかに揺れて水面を叩いた。
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