巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1H-鎮守と毒性

1H-19 学院行きと従者の決定

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「小僧。そんな杖を持っていたのか? アイテムボックスから出して、どうするのだ?」

 パラケル爺さんの問いかけで、はっと気づいた。体中の魔力回路が痛む。エルフたちの食を見届けた後、気を失ったはずだ。時間は経過していない。先ほどまで白い空間に引き込まれ、創造神様と話をしていた。その時に授かった[ヒュギエイアの杯]を、こちらに戻ってきてもなお手にしていたのだ。右手にお玉、左手に杖という奇妙な格好になっていた。

「これですね。すみません。アイテムボックスから間違えて出したみたいです」

 慌てて杖をしまい、代わりにグラスを取り出す。水差しから水を注ぎ、一気に飲み干すと、ようやく気分が落ち着いてきた。

「レッド君。もうそろそろお代わりの人が出てくるわ。またナーネを焼き始めるわよ!」
 フォミトリアさんが声をかけてくる。

「はい、了解です。それではパラケル爺さん、またあとで」
 それからは、ひたすらナーネを整形し、窯で焼き続けた。メディカターリが尽きるまで、作業は延々と続いたのだ。

「これで最後です。あれだけあったターリがすべて食べ尽くされるとは」
「だから言ったでしょう? 暴力的な匂いが食欲をそそるの。一口ごとに食欲が増し、体が自然に欲してしまう感じなの。多めに作っておいて正解だったわ。まさかここまで食べ切るとは思わなかったけど」

 台所でフォミトリアさんと話していると、族長が主様、エリス様、パラケル爺さんを伴って入ってきた。

「レッド少年、ここにいたか。ターリは美味であった。まさに魂を揺さぶる料理だった。里のエルフも同じだ。無言で涙している者が大勢いた。我も不覚にも涙してしまった。本当に感謝する」

「族長、鑑定はされましたか? ワシはその美味しさだけでなく、効果に驚愕したのだぞ」
「いや、フォミトリアとレッドが食したと聞いて、特にしていなかったが……」

「今回のメディカターリは、料理であると同時に薬として作用している。鑑定では薬膳料理と出た。胃腸修復効果60――ハイポーション級だ。通常のポーションが全身に広がるのに対し、これは胃腸に集中する効果だ。里のエルフにとっては特効薬だろう?」

 さすがパラケル爺さん。自分の作ったものは必ず鑑定してしまう。
「私も鑑定しました。一口ごとに胃腸が元気になるのを感じて……最後はナーネで皿を拭い取り、夢中で食べてしまいました。今は血行もよく、体が軽いです。気分も晴れやかで、ポーションを飲むより爽快です」

 フォミトリアさんも頷く。
「確かに胃腸は軽くなったわね。ここ最近、里に戻る機会が少なかったとはいえ、知らずに傷んでいたのかもしれないわ」

 パラケル爺さんが腕を組む。
「治療の方向性を持たせることで、修復が集中する。同じ品格のものでも、特化させれば効果を高められる。万能性に頼るより、特化の方が面白い。魔道具ばかりに目を向けていたが、治療薬も奥深いな、小僧」

「はい。今回の件で、広く浅くよりも、狭く深く特化させること。これこそが自分に課せられた使命だと強く感じました。サナーレウンゲン、そして今回のメディカターリで学びました。大きな収穫です」

 ちらりとテトラフィーラ様と目を合わせる。創造主様に会ったことは伏せる――その理解でよいと感じた。

 族長が深々と頭を下げる。
「レッド少年は、主食の改善を進めながら、別の案を考え、実行までしてくれた。里の者全員の体調を案じ、回復させることを目標にしてくれた。族長として感謝の言葉しかない。里を代表して礼を申し上げる」

 フォミトリアさん、エリス様も深く礼をする。

「もういいです。皆さん、頭を上げてください」
「だが、主食の改善の礼もまだ済んでいないのに、メディカターリの礼も加わった。このまま帰してはエルフの矜持が立たぬ」

 主様が助言する。
「それなら、鎮守の森に定住した時のように、里から一人出してはどうだ?」

 フォミトリアさんが口を開いた。
「それなら、私の娘リンネを従者に遣わせましょう。里で一番若く、料理や家事もできます。エリス様に憧れて外の世界を見たいと前から言っていました。一緒に料理を作ってレッド君の人柄も知りました。託しても問題ありません」

「年回りは百歳を超えたばかりか。従者としてはちょうどよいが……」
「いいのか? 里の貴重な若者だぞ」パラケル爺さんが問う。

「いいのです。主食の改善もでき、体も回復した。これから新しい命も生まれるでしょう。次の世代の代表として外の世界を見てくるのは良い経験です。少しお待ちください。リンネを連れてきます」

 やがてフォミトリアさんが娘を伴って戻ってきた。
「リンネと申します。族長様、本当に私でよろしいのでしょうか。前から願っていましたが……」

 リンネは妹のマリンと同世代に見える。美しい少女で、自分より少し背が低い。麻の平服を着ている。百歳を超えているが、成長の遅いエルフゆえ、まだ少女の姿をしていた。

 その言葉が響いた瞬間、場の空気が変わった。台所にいた者たちの視線が一斉にリンネへと集まり、静かな緊張が広がる。
 族長は深く頷き、主様も腕を組んで見守る。エリス様は微笑みを浮かべ、フォミトリアさんは娘の肩に手を置いていた。


「これからレッド少年は学院に行くそうだ。その従者として務められるか?」
「はい。母様と一緒に料理を作っていた少年ですよね。大丈夫です。外の世界に行かせてください」

その返答に、場の空気は安堵と期待に包まれた。

「それでは命じる。レッド少年に付き、従者として使命を果たせ」
「拝命しました。レッド様、これからよろしくお願いします」

 リンネの声に、周囲から小さな歓声と拍手が起こる。新しい世代が外の世界へ旅立つ瞬間を、里の者たちは誇らしげに見守っていた。

 フォミトリアさんとリンネは準備のため席を外した。
 テトラフィーラ様がパラケル爺さんに問う。


「他に良い人選は?」
「ヒト族のパール家に相談するとよいでしょう。レッド少年は既に貸しを作っています。報酬は学院への招待。留学費用はパール家持ちで送り出す計画です。道中で本人が気の合う人物を見つけるのがよい。金銭目当ての人選は当てになりません」

「なるほど。ではパール家に文をしたためておこう。族長も頼むぞ」
「は。了解しました」

 こうして、学院への移動に向けての準備が整っていく。ローセアに続き、エルフのリンネが従者として加わることになった。
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