巻き込まれた薬師の日常

白髭

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2A-調整と報酬

2A-10 鎮守の森の報告

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「よく来てくれた。入ってくれ」

 そう声をかけてくれたのは、当主トーマス辺境伯その人だった。前にこの館を訪れたのは、氾濫の混乱が収束した直後のことである。今回も執務室は広く、謁見と会議、そして執務を兼ねた重厚な空間だった。すでにパール家の面々が着座しており、見慣れぬ女性が一人。年齢からして、当主の奥方だろう。

「ご招待にあずかり、参集させていただきました」
 我が家を代表して、父アゼルが丁寧に頭を下げる。

「立っていては始まらない、こちらに座してくれ」

 貴族家と商人家。立場は違えど、今日の場は対等な報告と感謝の場。エリスさんとパラケル爺さんも同席している。鎮守の森の件を含め、報告すべきことは多い。

「まずは、当主の私から、改めて礼を述べさせてもらおう。ポーションの供給、氾濫への協力、魔導師ギルド長の改心、そして鎮守の森の問題。古き慣例も無事に解き放てた。そなたらの働きに心より感謝する」

「辺境伯領に住まう者の務めを果たしたまでです」
 父の言葉は、誇りと謙遜が同居していた。

「今回招集したのは、パラケル、サルタン、そしてレッド。以前より約束していた褒美を、直接渡したい」

 近衛の騎士が、包みを手にトーマス様のもとへ進む。

「まずはパラケル。引退後も都市と村の運営を裏から支え、[賜物]の育成と教育にも尽力していると聞く。白金貨十枚を付す」

「はっ。もったいないお言葉。拝受いたします」

「次にサルタン。鎮守の森への物資供給、磁器製造の見通し、ポーション供給の事業化。全員が無事に氾濫を乗り切れたのは、治癒薬の力によるところが大きい。称賛に値する。チャームを配し、商取引に活かすがよい。白金貨五枚も添える」

 父が受け取ったチャームは、他領との往来を見越したものだろう。

「最後にレッド。お主は領の諸問題に多大な貢献をした。すでにチャームは配してあるな。商人であるお主には金銭のほうが良かろう。ポーションの解決報酬として白金貨一枚、磁器開発で五枚。氾濫支援で一枚。鎮守の里の解決金として五枚。学院の費用は別途支給する。王都では我が息子と同等の生活水準を保証し、屋敷から通うように。トラブル回避のためだ。さらに、テオフラス商会に白金貨十枚を出資金として預ける。今後も好きに開発せよ。ただし、販売時の届出は忘れるな。出資者として、協力と助言は惜しまぬ。領を活性化させてくれ」

 白金貨――金貨百枚分の価値を持つそれは、貴族間の取引に用いられる特別な通貨。庶民の手に渡ることはまずない。換金にはギルドを通す必要があるし、商会への入金も急がねばならない。

 ######
 テオフラス商会
 業務範囲:治癒軟膏の製造と周辺技術
 出資金:金貨1500枚→金貨11500枚
 出資者:パール家/レッド=ベルナル/ベルナル商会/アウレオール商会
 ######

「[界上の賜物]の名に恥じぬよう、今後も活動してまいります」

「よし。これで報奨の件は終了とする。これからも励んでくれ」

 全員が再び席に着いたのを見届け、トーマス様は次の議題へと移った。

「次の案件だ。鎮守の森と[賜物]関連について、当事者からの詳細な報告を聞こう。パラケル、エリス、頼む」

「まずは私から」
 エリスさんが立ち上がり、静かに語り始めた。

「事の発端は、桜の季節。鎮守の森の主位格者、テトラフィーラ様が上位神ヘルメス様から神託を受けました。薬師であり、複数のスキルを持つヒト族のアニマが界上から降下する。保護と導きを――というものでした。内容は他の神格者にも伝達されたようです。私は妖精ローセアからの伝令を受け、クリスティーヌ様に相談し、パール家の協力を仰ぎました」

 視線が自分に向けられる。続いてパラケル爺さんが口を開いた。

「ワシの出番だな。サルタンが小僧を鍛えるため、城郭都市への買い付け訓練を始めたのがその頃だ。だが、その途中でレッドが失踪した」

「はい、私がそう命じました」
 父が短く応じ、エリスさんが補足する。

「後に判明したのは、他領の盗賊と奴隷商人の一派による犯行。目的はエルフ狩りだったのでしょう。レッド少年は一か月もの間、監禁されていた」

「その時期、結界には複数の警戒反応がありました。外層への接近を禁じ、里内に籠っていたため、エルフ側の被害はありませんでした」
 リンネが静かに報告する。

「成果が得られなかった一派は、レッド少年のみを連れて他領へ向かった。その途中で災が起きた」

「私の記憶があるのは、その事故の後です。上界の干渉による魔素の乱れで、馬が暴走したのではないかと。御者は……不運でした」

「盗賊の討伐と御者の確認は冒険者が済ませている。その後、小僧は城郭都市に保護され、ホーミィー村へ帰還。魔術を学び、ポーションの開発を始めた」

「その頃から、彼の異常性に気づいたのよ。弟子の自慢話に付き合わされたおかげでね」

 エリスさんはパラケル爺さんを一瞥しながら言う。次いで、沈黙を守っていたクリスティーヌ様が口を開いた。

「氾濫を機に、各所を巡る案が採用され、複数人による観察を命じました。能力の把握と鑑定での確認ね。王都ギルド派のウィザーリングにも情報が届いたけど、うまく遠ざけることができたわ」

「氾濫は終盤となり、レッドが[賜物]であると特定された。城郭都市は混乱の最中だったため、間者の接触を避けるべく、早々に村へ戻った。主様への報告と相談のため、ワシたちは妖精を伴い、鎮守の森の里へ向かった」

 パラケル爺さんの配慮だったのだと、今になって気づく。感謝しかない。

「レッド少年にも妖精が付いているのかしら?」

「レッド少年に付くのはローセアという酒好きの妖精だな。もともとはテトラフィーラ様付きだった妖精で、伝令としてよくワシのところにも来ていた。今はどこに行ったのだ?」
 パラケル爺さんが首を傾げる。

「ローセアなら、マジャリスとルプラと一緒に魔導師ギルドの観察に回っているかと。会議には出ないと言っていました」

「相変わらず行動を縛れん妖精だな。まあ、仕方がない。話を続けよう」
 パラケル爺さんが手を振り、報告を再開する。

「総勢六人で鎮守の森のエルフの里へ向かった。里は相変わらず、ポーションを常時使用して住民の体調を維持していた。長年解決策が見つからず、族長も疲弊していた。正式な依頼を受け、サイカスの件に着手した。レッドの鑑定によって、原因が毒魔素であることが判明した。これは[賜物]としての知識と、上昇した鑑定能力の成果だ」

「サイカスの無毒化手法により、私たちエルフ族の未来に光が差しました。さらにマスターは、エルフ族の胃腸に特化した料理を振る舞ってくれました。仲間の体調も、きっと整っていくはずです」

 リンネが誇らしげに語る。彼女には、従者ではなく対等な同行者として接している。公の場ではマスターと呼んでもらっているが、いずれは名前で呼んでもらえるようになりたい。

「お土産としてクリスプスも置いていったわね。体力と強精効果付きの。まさか、そこまで見越して作っていたわけじゃないでしょう?」

「いえ、まったくの偶然です。族長も主位様も驚かれていました」

「そこまで後援したのなら、何かしらの見返りがあったのでは?」

「里は従者を。私のことですね。次代の展望も見通せたのでしょう。母から相談を受け、マスターに師事することを志願しました」
 リンネが静かに頭を下げる。

「なるほどな。エリスに続き、貴重なエルフの若者を村の外に出す理由となったか。サイカスの件が毒魔素に起因していたとは……よくぞ突き止めたものだ。長年の懸案事項だったはずだ」

「手法としては、従来の方法の改良に留めています。工程に余裕があるので、代が変わっても継続可能です。エルフ族の件を解決に導いたことで、主位様からこちら側の懸案事項についても了承をいただきました」

「主位様のエルフ族への偏った加護を一旦解消し、均等にお治めいただくという言質だな」

「一報は受け取っていたが、詳細を聞くまでは心配だった。主位様が本腰を入れて采配してくだされば、魔の森の制御もより容易になる。満点の働きだ。本当によくやった」

 トーマス様の言葉に、場の空気が和らいだ。報告はひとまず終わり、緊張が解けて自由な会話が始まる。

「小僧。そういえば、里では何度か苦しそうにしていたな。何だったのだ?」

「魔力回路に魔素・魔力が逆流し、魔力器官が強制的に強化されたのだろうと、主様に言われました。ローセアスティル、アルバサゴ、アルファスラクリマ、メディカターリ――それぞれの場面で魔素が流れ込んできたのです。暴れる魔素を沈めるため、沈静化する必要がありました。その分、スキルや能力の向上が見られますが……」

「……どういうことだ?」
「テトラフィーラ様によれば、私のアニマの特性によるものだそうです。界上から降下したアニマが、この世界に馴染むまでに起こる現象だと、主様は推測されています」

 精神世界《テラ・スペス》に招かれる条件でもある。神格者の領域に触れるには、こうした魔素の干渉と適応が必要なのだろう。招集の件は伏せたまま、スキルと共有者の名を挙げて説明するしかなかった。

「アルバサゴはサイカス関連ね。メディカターリはエルフの里で報告されていた料理の一種。……でも、ロセアスティルとアルファスラクリマって何?初耳よ。エルフの里でもずいぶんとやらかしたように感じるわ。エリスとパラケルが一緒だったのに……まったく」

 クリスティーヌ様があきれたようにため息をつく。

「止められないわよ!」
「止められるか!」

 エリスさんとパラケル爺さんが、即座に突っ込みを入れる。元パーティーメンバーの息の合った掛け合いに、場が和む。

 自分はただ、必要だと思ったことをしただけだ。けれど、それが周囲にどれほどの影響を与えていたか、今になってようやく実感する。魔素の流入、スキルの覚醒、神格者との接触――すべてが繋がっていた。

 この場に集まった人々は、皆それぞれの立場で支えてくれた。報告は終わり、場の緊張も解けた。これからは、より自由に、そしてより深く話ができるだろう。

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