巻き込まれた薬師の日常

白髭

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2D-迷宮と魔具

2D-04 *霊薬の縁と集う者

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「一定時間が経って中に人がいなくなると、この扉は閉まるようですね」
「内部の魔法陣がまだ生きているとは驚きだわ」
「少し多めに魔力を吸われた感覚がありました。おそらく魔晶石がどこかに埋め込まれて稼働しているのでしょうね」

 エリス様は、膨大な収納力を誇るアイテムボックスを駆使し、この部屋にあったものをすべて回収してしまった。通常の冒険者では到底不可能な回収方法だ。これで今回の案件は達成できたと見てよい。余計な荷を抱えたままの滞在は危険だ。警備の観点からも、早期撤退が鉄則である。

「そこのあなた、無茶をするものではなくてよ。その切断された腕、完全には繋がっていないわ。ポーションで辛うじて留めているだけ。完治させたければハイポーションが必要よ。すべてを話すつもりなら、回復させてあげてもいいわ」

 拘束を解きたいのか、ホプキンと呼ばれた男は再接合された腕を動かそうとするが、そのたびに脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべた。エリス様はチャポチャポと音を立てるハイポーションを見せつけ、揺さぶりをかけた。

「痛ぇ……ボス、お情けを……」
「ホプキン、弱音を吐くな。まだ終わったわけではない。男爵への繋ぎを要求する!」

「ここはパール領よ。そのような我儘は通らないわ。ベンベルクに戻ったら、ゆっくりと聞かせてもらいましょう。ウオルク領、冒険者ギルドランクBのザトク・ハリソン。クラン『ハリーザ』の長でもあるあなた。素行の悪さは有名ね。この領の都市には通常入れないでしょうから、覚悟なさい」

「なっ……なぜ俺の名を!部下にも呼ぶなと伝えていたのに!」
「【鑑定】スキルは知っているでしょう?あなたは拘束の腕輪を嵌めている。魔術的な抵抗はできないのはご存じよね?」

「くそっ!」
「帰還後、向こうのギルドでも検証してもらいましょう」


 迷宮を出て、魔の森の中継地点まで戻った。ここで一泊する。奴らが逃げられぬよう監禁場所を念入りに作り、我々は夜営を始めた。その間、エリス様は手紙を書き、コカルスに手法を説明していた。

「これね。パラケルが考案し、クリスティーヌが実用化した魔法配達よ。都市から一日の距離なら何とか効力が持つ程度。ただ制限が多く、使い勝手が悪すぎるのよ。魔の森でもここからならCランクの魔石で届くでしょう。今回は足枷ができてしまったから、急場をしのぐ必要があるの。クリスティーヌに森の切れ目まで迎えを寄越してもらいましょう」

 書き終えた手紙に魔力を注ぐと、紙は緑色のコルウス鳥へと変化し、掛け声とともに城郭都市へ飛び立っていった。

「すごい札ですね。実用化の周知はしないのですか?」
「魔石の消費が非常に悪いのよ。この距離でCランクの魔石を消費するなんて、あり得ないわ」

「魔力の汎用化はできないのでしょうか?」
「紙にかかる負荷が大きく、陣のバランスが難しいの。今も作成はパラケルに頼んでいるわ。座標を指定して決まった場所にしか送れないのも障害ね。結果として、お茶会の案内やギルドの呼び出し程度にしか使えない。都市内なら有用だけど、読んだら消える術札だから弱点も多いわ。各村に送るなら都村通信の方が手軽。秘密が守られるのは利点かしら」

「もったいないですね。パテンツを出して改良を促すのも一考かと」
「相談してみるわ。ありがとう」



 翌朝、ホプキンの腕に負荷がかからぬよう手当てを施し、拘束した四名と共に森の切れ目まで移動した。

「エリス様、ご苦労さまです」
「ロック、レオン。出迎えありがとう。ロザリル、アイカ、留守中は問題なかったかしら?」

「はい、特に変わりなく」
「ロック、レオン。こいつらを拘束状態で馬車に乗せて。拘束の腕輪をかけているから逃亡はできないはず。後ほど魔導具の返還を頼むわ」

「エリス様。我々は兵士側の馬車に同乗します。向こうで落ち合いましょう。ほら、お前ら、入れ」
「よろしく。次の出発は明日。早朝にギルドに来て。その足でホーミィー村へ向かうわ」

 部下に経過を報告し、尋問を任せる。ホーミィー村から戻る頃には、奴らの悪事も明らかになるだろう。


 翌日、ジョゼと共に冒険者ギルドへ。ホールでは息子たちが待っていた。コカルスとエリス様は回収品について話している。

「すべて回収してしまいましたが、大丈夫でしょうか?」
「下手に仕分けして取り残すよりいいわ。相手はパラケルだから」

「多すぎて仕分けが大変そうですが……」
「いいのよ。足りないと文句を言われるし、余れば材料に戻すか再利用するでしょう」

「遅くなりました」
 ジョゼと共に遅刻を詫びると、エリス様は微笑んだ。
「早かったわよ。このまま馬車で向かえば昼頃には着くでしょう」



 馬車と並走し、村の広場に到着した。下馬して辺りを見回すと、隣接する教会から声が聞こえた。少年と少女の2人が、子供たちに魔術を教えている。一人はエリス様と同じエルフの少女だ。

「基礎の魔力循環は終わったね。今日は水を動かそう。特別な水を用意したよ」
 壺に張られた水を前に、子供たちは首を傾げる。

「川の水ではない。不純物を一切含まない“純水”だ」
 パラケル師も同席していた。子供たちは理解が追いつかない様子だが、少年は真剣に指導している。
「魔素を循環させ、体の一部と思って水に浸透させてごらん」

「うぉ!何だこれ!」
「気持ち悪い!」
「でも、体の魔素を動かすのと変わらない!」
「抵抗がなく、すぐ渦ができる!」

 リンネと呼ばれたエルフの少女が補助し、子供たちは水球を持ち上げ始めた。中には分裂させ、複数を制御する者もいる。驚くべき成長速度だ。以前から魔術師の村だったのか?いや、違う。これは……。

「分裂させて回転させてみて。できるだけ複数を制御するのよ」
「難しい!」
「一つでも大変だ!」

「まずは一つから。できたら二つ、三つと増やしていきましょう。少し自習ね。パラケル爺さん、お客様です」
「おっ?エリスか。お前ら、しばらく練習しておけ」
「子供たちの魔術教室かしら?」
 エリス様が呆れたように声をかけると、パラケル師は肩をすくめて笑った。

「小僧がせがむのでな。村長も乗り気で、つい先日から始めたのだ」
「つい先日? それで水の制御をここまで? もう全員が動かせているじゃない」

「まあ、魔力制御と回路の解放を済ませたからな。水も【純水】なら楽なはずだ」
「【純水】! あの水は純水なのですか! 学院でも貴重とされるものを……!」
 息子のパーティーの魔導師、コカルスが驚愕の声を上げる。

「ん? 此奴は誰だ」
「学院の院生、コカルスと申します! パラケル・アウレオール教授!」

「その二つ名はやめてくれ。そのコカルスが、何の用だ?」
「パラケル。霊薬の件の依頼で参りました」
「なるほど、その件か。近衛騎士もいるし、村の集会場で話そうではないか」


 ようやく一連の案件が終わりに近づき、例の少年とも人の繋がりができそうだ。
 パラケル師とエリス女史――かつて同じパーティーで名を馳せた二人が、今こうして並び立つ姿を目にする。

 その光景に、自分は安堵を覚えると同時に、背筋を正さずにはいられなかった。
 依頼はまだ完全に終わったわけではない。

 しかし、核心に近づいているのは確かだった。

 パラケル師の本質を知る機会も、もうすぐ訪れる。
 ホーミィー村に到着した途端、息子たちは緊張の糸が切れたのか、弛緩した表情を見せていた。

「気を抜くな。任務はまだ終わっていないぞ」
 そう声をかけ、彼らを引き締める。

 自分は騎士だ。
 最後まで気を緩めることなく、依頼を完遂せねばならない。

 そう心に刻みながら、集会場の扉を押し開けた。
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