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最終章・勇者レベル、???
39.願う心、祈る体※
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フランの言葉を聞きホッとする。
出がらしでも、出がらしなりになんとか出来たんだという喜びにぱあっと心が明るくなった。
「良かった、良かったよライ、ザ……?」
腕を再生させるような力までは出せなかったが、それでも止血できたことに安堵した私。
そんな私の目に飛び込んできたのは、真っ青で呼吸もしているのかを疑いそうになるくらいか細いライザだった。
“出血が多すぎたんだ”
一目見てそうわかるくらいの状況に動揺しながら、他に何か出来ることがないかと辺りを見回す。
そこには沈痛な面持ちの騎士のみんなが立っていて。
「……うそ、でしょ?うそだよね?まさか……」
「せ、じょ、さま……」
「!な、なに?ライザ」
何も言わず、ただ見守るみんなに嫌な予感を覚えつつ、私を呼んだライザに気付いて焦って彼女と目線を合わせる。
「おねが、で……。首に、……レスが、取ってほし……」
「首にネックレスがあるのね?外せばいいの!?」
ガタガタと私の手が震えているせいで外すのに手こずったが、ライザに言われたままネックレスを外す。
革紐で結ぶだけの簡単な仕組みのそのネックレスには、白っぽい粉のようなものが入った小瓶がペンダントトップとしてついていて。
「ライザ、これ……」
そしてその粉は、トーマの遺灰なのだとすぐにわかった。
私が中身に気付いたことを察したライザは、その青白い顔でにこりと微笑む。
「も、腕……ない、から……。食べさ……て、くださ……」
「え……?」
息絶え絶えに伝えられたその言葉に驚き、ライザの顔と遺灰を交互に見た私は正直迷った。
“トーマを、食べさせる……?”
それは私には考えられない発想。
けれど。
「死ぬ、ときは……一緒が、いい……か、ら」
ぽろ、と一滴だけ彼女の頬を伝った涙を見て、私も強く頷いた。
「わかった、口、開けられる?」
その願いを叶えることは、私にとってかなり苦しい現実を突きつけられる結論。
――トーマだけでなく、ライザも助けられなかったという、その現実。
彼女の顎を少しだけ上げ、口の中にゆっくりと灰と飲み水を流し込む。
むせないようにゆっくりと繰り返し、小さく小さく彼女が喉を上下させた。
体内に取り込んだものは、彼女の養分として彼女の一部になるのかもしれない。
それこそ、究極の愛なのかもしれないと思ったし、それはただのエゴだとも思った。
そして何より、その行為は、私が『このままライザが死にゆくのだと認める』ことでもあった。
また助けられなかった。
能力が発動しても、意味がない。
血が止まったって、関係ない。
わかるのはただ、彼女が私の目の前で冷たくなっていくということだけ。
もう二度と彼女は笑わないし、怒らないのだ。
“ライザの願いを叶えることに、意味なんてあったのかな”
トーマは灰になり、彼女に取り込まれることを願っていた?
彼女の願いは叶い、二人は一緒になれた?
全てがただただ一方通行で、そしてそんなことを考える私が誰よりも一方通行。
彼女の顔を支えていた手でそっと頬を撫でると、うっすらと目を開く。
「……一緒に、なれた?」
ライザがふわりと微笑んだように見えた。
それは私が望んだからそう見えただけなのかもしれないし、開いた目が閉じたからそう感じただけなのかもしれない。
わかるのは、その目がもう開かないということだけだった。
穴を掘り、動かなくなったライザを寝かせて火をつけた。
「……どうして食べたいって言ったのかな」
パチパチと燃えるライザをぼんやり見ながら、視線は動かさず隣に立っているフランに聞く。
「灰は燃えない。……自分が灰になるその瞬間まで一緒が良かったんだろう」
「そっか」
フランの話を聞き、燃え終わるまでトーマを待たせるのではなく、一緒に燃えることを望んだのかもしれないとそう思った。
魔法が発動しても、発動しなくても簡単に私の手から命が零れ落ちる。
涙は出なかった。
まだ立ち止まる訳にはいかないから。
“この連鎖を終わらせるために、考えなくちゃ……”
魔王には敵わないこと。
それでも倒さなくては、犠牲者だけが増えるだろうこと。
仲間の死を無駄には出来ない。
“何に気を取られたの?なんで突然攻撃の手を止め見逃された……?”
絶対にヒントがあるはず。
そして気になることは他にもあった。
“Cornelia”
コルネリアと呟いた魔王。
その言葉は、英語だった。
「誰かに教わった?例えば過去の聖女とか」
もし過去の聖女と何かしら関係があるのだとしたら、聖女召喚を行うこの国に固執することも考えられる。
だからこんなに近い森に住んでいるのだと考えれば辻褄は合う。
そして今の聖女である私が飛び出したから、だから止まったと考えれば……
「団長、リッカ様」
「ぅわっ、は、はいっ」
何かわかりそうでわからない、そんな引っかかりの原因を夢中で考えていた私に声をかけてきたのは、ライザの遺灰を持ったロクサーナだった。
「この後はどうなされますか」
「この後は……」
チラリとフランを見上げると、フランは険しい顔をしながら私を見た。
「リッカはどうだ」
「どうって」
決定権は団長であるフランにある。
だから私に聞く必要はないはずだが、それでもあえて聞いてくれたのは、もしかしたら私が何かを考え込んでいたことに気付いたからなのかもしれない。
「ぶっちゃけ国中の戦力集めても敵わないかなって思う」
「あぁ」
「でも、敵わないって勝てないってことじゃないし、それに気になることがあって」
私の話を聞いたフランが頷き、そしてロクサーナを含むみんなを召集した。
「このまま戻り、体勢を整えても……結果は変わらないと俺も思う。ならば俺はリッカの気になることに賭けてみたい」
話ながら集まった騎士の顔をゆっくり見たフランは、そのまま再び口を開いて。
「離脱したい者は離脱して構わない。もちろんここで戻っても、望んでくれるなら籍は第六騎士団のまま預かろう。騎士として守りたいものが何なのかを考えろ」
フランのその言葉は、騎士としての覚悟を疑っているのではなく、本人の意思で命をかける場所を見極めろという意味合いが強い。
そしてそんな彼の言葉を聞いたロクサーナが最初に手を挙げた。
「……私は、離脱いたします。幼い弟の笑顔を守りたい。そしてそれは私の命があってこそですから」
「あぁ、わかった。すまないが、ライザの……」
「もちろんです、私が責任を持って彼女の家に帰します」
すまない、ともう一度謝ったフランは、小さく頼んだ、とも言った。
責任感が強いフランが『戻ったら俺が行く』と言わなかったのは、彼自身もこれからの道が細く、そして険しいと理解しているからなのだろう。
そしてそんなロクサーナに続き、ロードンも手を挙げる。
「申し訳ありません、俺も離脱したいです。怖いんです、死ぬことがじゃありません。魔王の……あの感情が全て抜け落ちたような姿が、堪らなく怖いんです」
どこか切羽詰まったようにそう口にしたロードンの肩をフランがポンと叩いた。
「怖いという感情は大事だ。そこが鈍くなると死に急ぐだけだからな。お前の判断は間違ってない」
「……はい……」
今にも泣き出しそうなロードンは、フランの言葉を聞き何度も何度も頷いていた。
私はこの流れからチラッとアベルを見る。
第六で一番若いアベルには、この先誰よりも長い時間がある。未来がある。
だからこそ、アベルも離脱することを選ぶと思ったのだが……
「……足手まといは私の方になるかもしれません、リッカ様。でも、私は一緒に進みたいです」
「いいの……?」
「はい、どうか貴女の盾として最後までご一緒させてください」
アベルはこの場にそぐわないほど穏やかに微笑み、共に行くことを選んでくれた。
「なら、私は聖女様の剣になりましょう」
そんなアベルの頭をくしゃりと撫でながら隣に立ったのはベルザック。
私の護衛として秘密裏に派遣された彼は、戻ればまたエリート騎士団である近衛騎士団に戻れるだろう。
“でも、共に進んでくれるんだ”
だがあっさりと一緒に行くことを選んでくれ、私はそんな二人に感謝した。
「俺もいるから」
私の横に並んだフランが、少し顔を覗くようにしてそう口にする。
「私も、守るために戦う」
フランの決意に同調するように、彼の心に自分の心を重ねるような気持ちでゆっくりと私も返事をする。
何かがわかりそうな、今。
“魔王を討伐する……!”
私は答えを探すように、魔王の消えた先をじっと見つめたのだった。
出がらしでも、出がらしなりになんとか出来たんだという喜びにぱあっと心が明るくなった。
「良かった、良かったよライ、ザ……?」
腕を再生させるような力までは出せなかったが、それでも止血できたことに安堵した私。
そんな私の目に飛び込んできたのは、真っ青で呼吸もしているのかを疑いそうになるくらいか細いライザだった。
“出血が多すぎたんだ”
一目見てそうわかるくらいの状況に動揺しながら、他に何か出来ることがないかと辺りを見回す。
そこには沈痛な面持ちの騎士のみんなが立っていて。
「……うそ、でしょ?うそだよね?まさか……」
「せ、じょ、さま……」
「!な、なに?ライザ」
何も言わず、ただ見守るみんなに嫌な予感を覚えつつ、私を呼んだライザに気付いて焦って彼女と目線を合わせる。
「おねが、で……。首に、……レスが、取ってほし……」
「首にネックレスがあるのね?外せばいいの!?」
ガタガタと私の手が震えているせいで外すのに手こずったが、ライザに言われたままネックレスを外す。
革紐で結ぶだけの簡単な仕組みのそのネックレスには、白っぽい粉のようなものが入った小瓶がペンダントトップとしてついていて。
「ライザ、これ……」
そしてその粉は、トーマの遺灰なのだとすぐにわかった。
私が中身に気付いたことを察したライザは、その青白い顔でにこりと微笑む。
「も、腕……ない、から……。食べさ……て、くださ……」
「え……?」
息絶え絶えに伝えられたその言葉に驚き、ライザの顔と遺灰を交互に見た私は正直迷った。
“トーマを、食べさせる……?”
それは私には考えられない発想。
けれど。
「死ぬ、ときは……一緒が、いい……か、ら」
ぽろ、と一滴だけ彼女の頬を伝った涙を見て、私も強く頷いた。
「わかった、口、開けられる?」
その願いを叶えることは、私にとってかなり苦しい現実を突きつけられる結論。
――トーマだけでなく、ライザも助けられなかったという、その現実。
彼女の顎を少しだけ上げ、口の中にゆっくりと灰と飲み水を流し込む。
むせないようにゆっくりと繰り返し、小さく小さく彼女が喉を上下させた。
体内に取り込んだものは、彼女の養分として彼女の一部になるのかもしれない。
それこそ、究極の愛なのかもしれないと思ったし、それはただのエゴだとも思った。
そして何より、その行為は、私が『このままライザが死にゆくのだと認める』ことでもあった。
また助けられなかった。
能力が発動しても、意味がない。
血が止まったって、関係ない。
わかるのはただ、彼女が私の目の前で冷たくなっていくということだけ。
もう二度と彼女は笑わないし、怒らないのだ。
“ライザの願いを叶えることに、意味なんてあったのかな”
トーマは灰になり、彼女に取り込まれることを願っていた?
彼女の願いは叶い、二人は一緒になれた?
全てがただただ一方通行で、そしてそんなことを考える私が誰よりも一方通行。
彼女の顔を支えていた手でそっと頬を撫でると、うっすらと目を開く。
「……一緒に、なれた?」
ライザがふわりと微笑んだように見えた。
それは私が望んだからそう見えただけなのかもしれないし、開いた目が閉じたからそう感じただけなのかもしれない。
わかるのは、その目がもう開かないということだけだった。
穴を掘り、動かなくなったライザを寝かせて火をつけた。
「……どうして食べたいって言ったのかな」
パチパチと燃えるライザをぼんやり見ながら、視線は動かさず隣に立っているフランに聞く。
「灰は燃えない。……自分が灰になるその瞬間まで一緒が良かったんだろう」
「そっか」
フランの話を聞き、燃え終わるまでトーマを待たせるのではなく、一緒に燃えることを望んだのかもしれないとそう思った。
魔法が発動しても、発動しなくても簡単に私の手から命が零れ落ちる。
涙は出なかった。
まだ立ち止まる訳にはいかないから。
“この連鎖を終わらせるために、考えなくちゃ……”
魔王には敵わないこと。
それでも倒さなくては、犠牲者だけが増えるだろうこと。
仲間の死を無駄には出来ない。
“何に気を取られたの?なんで突然攻撃の手を止め見逃された……?”
絶対にヒントがあるはず。
そして気になることは他にもあった。
“Cornelia”
コルネリアと呟いた魔王。
その言葉は、英語だった。
「誰かに教わった?例えば過去の聖女とか」
もし過去の聖女と何かしら関係があるのだとしたら、聖女召喚を行うこの国に固執することも考えられる。
だからこんなに近い森に住んでいるのだと考えれば辻褄は合う。
そして今の聖女である私が飛び出したから、だから止まったと考えれば……
「団長、リッカ様」
「ぅわっ、は、はいっ」
何かわかりそうでわからない、そんな引っかかりの原因を夢中で考えていた私に声をかけてきたのは、ライザの遺灰を持ったロクサーナだった。
「この後はどうなされますか」
「この後は……」
チラリとフランを見上げると、フランは険しい顔をしながら私を見た。
「リッカはどうだ」
「どうって」
決定権は団長であるフランにある。
だから私に聞く必要はないはずだが、それでもあえて聞いてくれたのは、もしかしたら私が何かを考え込んでいたことに気付いたからなのかもしれない。
「ぶっちゃけ国中の戦力集めても敵わないかなって思う」
「あぁ」
「でも、敵わないって勝てないってことじゃないし、それに気になることがあって」
私の話を聞いたフランが頷き、そしてロクサーナを含むみんなを召集した。
「このまま戻り、体勢を整えても……結果は変わらないと俺も思う。ならば俺はリッカの気になることに賭けてみたい」
話ながら集まった騎士の顔をゆっくり見たフランは、そのまま再び口を開いて。
「離脱したい者は離脱して構わない。もちろんここで戻っても、望んでくれるなら籍は第六騎士団のまま預かろう。騎士として守りたいものが何なのかを考えろ」
フランのその言葉は、騎士としての覚悟を疑っているのではなく、本人の意思で命をかける場所を見極めろという意味合いが強い。
そしてそんな彼の言葉を聞いたロクサーナが最初に手を挙げた。
「……私は、離脱いたします。幼い弟の笑顔を守りたい。そしてそれは私の命があってこそですから」
「あぁ、わかった。すまないが、ライザの……」
「もちろんです、私が責任を持って彼女の家に帰します」
すまない、ともう一度謝ったフランは、小さく頼んだ、とも言った。
責任感が強いフランが『戻ったら俺が行く』と言わなかったのは、彼自身もこれからの道が細く、そして険しいと理解しているからなのだろう。
そしてそんなロクサーナに続き、ロードンも手を挙げる。
「申し訳ありません、俺も離脱したいです。怖いんです、死ぬことがじゃありません。魔王の……あの感情が全て抜け落ちたような姿が、堪らなく怖いんです」
どこか切羽詰まったようにそう口にしたロードンの肩をフランがポンと叩いた。
「怖いという感情は大事だ。そこが鈍くなると死に急ぐだけだからな。お前の判断は間違ってない」
「……はい……」
今にも泣き出しそうなロードンは、フランの言葉を聞き何度も何度も頷いていた。
私はこの流れからチラッとアベルを見る。
第六で一番若いアベルには、この先誰よりも長い時間がある。未来がある。
だからこそ、アベルも離脱することを選ぶと思ったのだが……
「……足手まといは私の方になるかもしれません、リッカ様。でも、私は一緒に進みたいです」
「いいの……?」
「はい、どうか貴女の盾として最後までご一緒させてください」
アベルはこの場にそぐわないほど穏やかに微笑み、共に行くことを選んでくれた。
「なら、私は聖女様の剣になりましょう」
そんなアベルの頭をくしゃりと撫でながら隣に立ったのはベルザック。
私の護衛として秘密裏に派遣された彼は、戻ればまたエリート騎士団である近衛騎士団に戻れるだろう。
“でも、共に進んでくれるんだ”
だがあっさりと一緒に行くことを選んでくれ、私はそんな二人に感謝した。
「俺もいるから」
私の横に並んだフランが、少し顔を覗くようにしてそう口にする。
「私も、守るために戦う」
フランの決意に同調するように、彼の心に自分の心を重ねるような気持ちでゆっくりと私も返事をする。
何かがわかりそうな、今。
“魔王を討伐する……!”
私は答えを探すように、魔王の消えた先をじっと見つめたのだった。
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