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本編
1.そこのイケメンさん、恋してください
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「ま、まさか家に入れないなんて」
封鎖だ、と言ったテオ師匠はそのまま魔法を発動させ、あっさりと私は家から追い出された。
荷物を取りたくても、見えない壁が生成されているらしく突撃してもぼよんと跳ね返されるだけ。
せめて荷物くらい準備させて欲しいと言った私をじいっと見つめた師匠は――
「リリアナが手ぶらでどうこの困難に立ち向かうのか興味がある」
「はぁっ!?」
「……じゃなくて、それくらい必死になるべきだと俺は思った」
「本音全部言った後にとってつけて言われても!」
どうやらそれも魔法使いの習性なのだろう。
ウンウンと大きく頷いてあっさり旅立ってしまった。
「自分だけ荷物バッチリのくせに~ッ!」
このまま街外れにある入れない家を見つめていても仕方ない、と王都まで来たものの全くのノープラン。
いつ帰ってくるかわからない師匠のことを考えながら思わず頭を抱えるしかなくて。
“願いの力が分散……”
『自分の願望で練習しろ』
旅立つ寸前、まるで子供に言い聞かすように言われた言葉を思い出す。
確かにひとつのことに集中出来ず、願いが分散してしまうせいでまともに発動出来ないのならばそれは効果的だろう。
エゴとも取れるほどの願望ならば、必然的に願いの力は強くなるから。
「でもその願望がなぁ」
“なんでもいいのよ、なんでも。なんか、なんかないかしら……!”
苦し紛れに人混みへ視線を向けた私は、ふわりと揺れる明るい薄茶色に気が付いた。
少しだけ襟足が長いのか、うなじをくすぐるように揺れる髪。
私が見ていることに気付いたのか、少し垂れ目の紺の瞳と目が合って。
――何故だろう、懐かしい。
それはとても不思議な感覚だった。
互いに動けず、人々は流れるのに私たちの時間だけが止まったような錯覚。
“懐かしいって、なんだろう”
どうしても目が離せない。
思わずじっと見つめていると、彼が方向を変え人混みから抜け出し私の方へ真っ直ぐ歩いてくる。
近付くことで彼の顔がハッキリと見えるようになり、すっと通った鼻筋も、薄く、けれど艶やかな唇も細いのに案外しっかりと筋肉のついたしなやかな肢体も――
“ど、ドストライクなんですけど!?”
すぐ目の前までやってきた彼にごくりと唾を呑む。
師匠も妖艶なイケメンだったが、どちらかといえば儚い美人で麗しく観賞用という印象が強かった。
どこか鋭さも持っており、触れる事を躊躇わせる美しさ。
けれど彼は違う。
健康的であり、温かく包んでくれるのではと思わせるような柔らかさを兼ね備えていて。
“こ、これが噂に聞く一目惚れってやつなんじゃないの!?”
気になる。
この穏やかで、しかし少し不思議そうに私を見つめるその瞳が、『想い人』相手ならどんな熱に変換されるのか。
気になる。
もし私が彼の唯一なら、どんな時間を過ごすのか。
十歳になるまでは母と二人、それ以降はやたらと美人な師匠と二人だった。
こうやって自分を見つめる男性となんて出会ったことのなかった私は、これも魔女の習性なのだろう。
私を見つめるこの瞳が、『私』を認識し『私』相手に向けられるものになるとどうなるのかが気になって気になって仕方がなくて。
「あの、君はもしかして……」
「そこのイケメンさん、私を好きになーれっ」
「……へ?」
気が付けば私はそんな願いを口に出していた。
きょとんとした顔を向けられハッとする。
“な、何を言ってるの私ッ!”
初対面の相手に突然好きになれ、なんて言われてもぶっちゃけ気持ち悪いだけ。
やらかした、完全に不審者。
「ち、ちがっ、今のはですね!?」
ひえぇ、と青ざめながらなんとか誤魔化そうと両手を顔の前に突きだしブンブンと振っていると、突然そのイケメンが私の前にしゃがみ突きだした手を捕まえる。
「メルヴィ・ゲルベルクです」
「……え、ゲルベルクって……」
聞き覚えのある単語に青くなった顔色がより青くなったような気がした。
それもそのはず、この国は『メルゲルベルク』。
初代皇帝の戦友だった魔法使いのメルと、その初代皇帝の姓であるゲルベルクを合わせて名付けられていて。
“王族は代々ゲルベルクの姓を継ぎ、そして王太子となる第一子はメルの名を継ぐって聞いたことあるんだけど”
「ま、まさか」
「美しいご令嬢、どうか私の妻になってください」
「無理ですけど!?」
反射的に拒絶するが、目の前のイケメンは私の手を握ったまま離してくれない。
まずい、これは非常にまずい。
“これって、私の魔法が発動したってことよね?”
はじめてまともに発動したかもしれない魔法。
確かに願望にまみれていたのは間違いない。
間違いないが――
「これっ、国家反逆とかなんかそんなのになりませんッ!?」
魔法で王太子の心を私の願いのままに変えたのだとすれば、それはもう国を謀ったようなものではないだろうか。
“本物!? というか本物ならなんで一人でこんなところにいるの!? でも気軽にこの名前を名乗ったならばそれこそ処刑じゃない!?”
混乱を極める私をじっと見つめる紺の瞳が、ふっと柔らかく細められて。
「――気になりませんか、王城にある私室がどんなものなのか」
「え?」
「王族、またはその地位に準ずる者しか知り得ないことですよ」
“本来私には知り得ないこと……?”
耳元で囁かれるソレは抗いがたい甘美な誘惑。
「気になるはずだ、だって君たちは自分の興味に忠実だから」
「で、でも」
「さぁ、名前を教えて?」
「り、リリアナ……、リリアナ・ユングステッド」
「ありがとう、リリ」
ふわりと綻ぶように笑うその顔にドクンと心臓が跳ねる。
好みの顔が私を誘うように微笑み、魔女の習性をくすぐって。
「さぁ、知りたいことを確かめに行こう」
“そうよ、どうせ師匠が戻ってくるまで私に帰る家はないもの”
「……行く」
気付けば私はこくりと頷いていた。
勝手に魔法で心を変えたことが後々どんな問題になるかはわからない。
わからないけれど。
“それを含めて気になっちゃう……!”
これこそまさに魔女の性。
私は好奇心を掻き立てられるまま、彼と手を繋ぎ一歩を進み出したのだった。
一人で来たのかと思っていたが、やはり本物の王太子だったのだろう。
手を引かれ歩いた先には王家の紋が入った馬車が待っており、護衛もいて。
「足元気をつけて」
「あ、ありがとう」
はじめて受けるエスコートにドギマギとする。
“ほ、本物の令嬢になったみたいなんだけど……!”
この優しさは魔法で作られたものだとわかっていながら高鳴る鼓動が止められない。
はじめて乗る馬車は想像よりスピードが出ないのか窓の外の景色をゆっくりにしか動かさないが、逆に外の景色をしっかりと見れて私の興味を存分にそそった。
「楽しい?」
「えぇ! すごいわ、あれは何?」
「あれは石鹸のお店だよ」
「石鹸の!? 宝石みたいなんだけど!」
「今度行ってみようか。香りも沢山あるんだよ」
“むしろゆっくり進むから気になるものが沢山見れ――”
そこまで考えて、あ。と気付く。
この馬車は私がゆっくり街の景色を楽しめるようにスピードを落として進んでいるのだろう。
“なによ、顔がいいだけじゃなく気遣いも出来ちゃうの?”
流石に妻にはなれない。
ポンコツな私のかけたものだ、いつ解けるかもわからないのに本気にする訳にはいかないだろう。
“それどころか、魔法が解けたら逃げ出す準備しなくちゃだわ”
王太子が婚約した、というニュースを聞いたことがないので婚約者はいないはず。
それだけは私にとって朗報だったが、だからといって本当に私を好きな訳ではないのだから。
「正気に戻ったとき、許して貰えるのかしら」
窓の外をじっと眺めながら、私はポツリとそう呟いたのだった。
封鎖だ、と言ったテオ師匠はそのまま魔法を発動させ、あっさりと私は家から追い出された。
荷物を取りたくても、見えない壁が生成されているらしく突撃してもぼよんと跳ね返されるだけ。
せめて荷物くらい準備させて欲しいと言った私をじいっと見つめた師匠は――
「リリアナが手ぶらでどうこの困難に立ち向かうのか興味がある」
「はぁっ!?」
「……じゃなくて、それくらい必死になるべきだと俺は思った」
「本音全部言った後にとってつけて言われても!」
どうやらそれも魔法使いの習性なのだろう。
ウンウンと大きく頷いてあっさり旅立ってしまった。
「自分だけ荷物バッチリのくせに~ッ!」
このまま街外れにある入れない家を見つめていても仕方ない、と王都まで来たものの全くのノープラン。
いつ帰ってくるかわからない師匠のことを考えながら思わず頭を抱えるしかなくて。
“願いの力が分散……”
『自分の願望で練習しろ』
旅立つ寸前、まるで子供に言い聞かすように言われた言葉を思い出す。
確かにひとつのことに集中出来ず、願いが分散してしまうせいでまともに発動出来ないのならばそれは効果的だろう。
エゴとも取れるほどの願望ならば、必然的に願いの力は強くなるから。
「でもその願望がなぁ」
“なんでもいいのよ、なんでも。なんか、なんかないかしら……!”
苦し紛れに人混みへ視線を向けた私は、ふわりと揺れる明るい薄茶色に気が付いた。
少しだけ襟足が長いのか、うなじをくすぐるように揺れる髪。
私が見ていることに気付いたのか、少し垂れ目の紺の瞳と目が合って。
――何故だろう、懐かしい。
それはとても不思議な感覚だった。
互いに動けず、人々は流れるのに私たちの時間だけが止まったような錯覚。
“懐かしいって、なんだろう”
どうしても目が離せない。
思わずじっと見つめていると、彼が方向を変え人混みから抜け出し私の方へ真っ直ぐ歩いてくる。
近付くことで彼の顔がハッキリと見えるようになり、すっと通った鼻筋も、薄く、けれど艶やかな唇も細いのに案外しっかりと筋肉のついたしなやかな肢体も――
“ど、ドストライクなんですけど!?”
すぐ目の前までやってきた彼にごくりと唾を呑む。
師匠も妖艶なイケメンだったが、どちらかといえば儚い美人で麗しく観賞用という印象が強かった。
どこか鋭さも持っており、触れる事を躊躇わせる美しさ。
けれど彼は違う。
健康的であり、温かく包んでくれるのではと思わせるような柔らかさを兼ね備えていて。
“こ、これが噂に聞く一目惚れってやつなんじゃないの!?”
気になる。
この穏やかで、しかし少し不思議そうに私を見つめるその瞳が、『想い人』相手ならどんな熱に変換されるのか。
気になる。
もし私が彼の唯一なら、どんな時間を過ごすのか。
十歳になるまでは母と二人、それ以降はやたらと美人な師匠と二人だった。
こうやって自分を見つめる男性となんて出会ったことのなかった私は、これも魔女の習性なのだろう。
私を見つめるこの瞳が、『私』を認識し『私』相手に向けられるものになるとどうなるのかが気になって気になって仕方がなくて。
「あの、君はもしかして……」
「そこのイケメンさん、私を好きになーれっ」
「……へ?」
気が付けば私はそんな願いを口に出していた。
きょとんとした顔を向けられハッとする。
“な、何を言ってるの私ッ!”
初対面の相手に突然好きになれ、なんて言われてもぶっちゃけ気持ち悪いだけ。
やらかした、完全に不審者。
「ち、ちがっ、今のはですね!?」
ひえぇ、と青ざめながらなんとか誤魔化そうと両手を顔の前に突きだしブンブンと振っていると、突然そのイケメンが私の前にしゃがみ突きだした手を捕まえる。
「メルヴィ・ゲルベルクです」
「……え、ゲルベルクって……」
聞き覚えのある単語に青くなった顔色がより青くなったような気がした。
それもそのはず、この国は『メルゲルベルク』。
初代皇帝の戦友だった魔法使いのメルと、その初代皇帝の姓であるゲルベルクを合わせて名付けられていて。
“王族は代々ゲルベルクの姓を継ぎ、そして王太子となる第一子はメルの名を継ぐって聞いたことあるんだけど”
「ま、まさか」
「美しいご令嬢、どうか私の妻になってください」
「無理ですけど!?」
反射的に拒絶するが、目の前のイケメンは私の手を握ったまま離してくれない。
まずい、これは非常にまずい。
“これって、私の魔法が発動したってことよね?”
はじめてまともに発動したかもしれない魔法。
確かに願望にまみれていたのは間違いない。
間違いないが――
「これっ、国家反逆とかなんかそんなのになりませんッ!?」
魔法で王太子の心を私の願いのままに変えたのだとすれば、それはもう国を謀ったようなものではないだろうか。
“本物!? というか本物ならなんで一人でこんなところにいるの!? でも気軽にこの名前を名乗ったならばそれこそ処刑じゃない!?”
混乱を極める私をじっと見つめる紺の瞳が、ふっと柔らかく細められて。
「――気になりませんか、王城にある私室がどんなものなのか」
「え?」
「王族、またはその地位に準ずる者しか知り得ないことですよ」
“本来私には知り得ないこと……?”
耳元で囁かれるソレは抗いがたい甘美な誘惑。
「気になるはずだ、だって君たちは自分の興味に忠実だから」
「で、でも」
「さぁ、名前を教えて?」
「り、リリアナ……、リリアナ・ユングステッド」
「ありがとう、リリ」
ふわりと綻ぶように笑うその顔にドクンと心臓が跳ねる。
好みの顔が私を誘うように微笑み、魔女の習性をくすぐって。
「さぁ、知りたいことを確かめに行こう」
“そうよ、どうせ師匠が戻ってくるまで私に帰る家はないもの”
「……行く」
気付けば私はこくりと頷いていた。
勝手に魔法で心を変えたことが後々どんな問題になるかはわからない。
わからないけれど。
“それを含めて気になっちゃう……!”
これこそまさに魔女の性。
私は好奇心を掻き立てられるまま、彼と手を繋ぎ一歩を進み出したのだった。
一人で来たのかと思っていたが、やはり本物の王太子だったのだろう。
手を引かれ歩いた先には王家の紋が入った馬車が待っており、護衛もいて。
「足元気をつけて」
「あ、ありがとう」
はじめて受けるエスコートにドギマギとする。
“ほ、本物の令嬢になったみたいなんだけど……!”
この優しさは魔法で作られたものだとわかっていながら高鳴る鼓動が止められない。
はじめて乗る馬車は想像よりスピードが出ないのか窓の外の景色をゆっくりにしか動かさないが、逆に外の景色をしっかりと見れて私の興味を存分にそそった。
「楽しい?」
「えぇ! すごいわ、あれは何?」
「あれは石鹸のお店だよ」
「石鹸の!? 宝石みたいなんだけど!」
「今度行ってみようか。香りも沢山あるんだよ」
“むしろゆっくり進むから気になるものが沢山見れ――”
そこまで考えて、あ。と気付く。
この馬車は私がゆっくり街の景色を楽しめるようにスピードを落として進んでいるのだろう。
“なによ、顔がいいだけじゃなく気遣いも出来ちゃうの?”
流石に妻にはなれない。
ポンコツな私のかけたものだ、いつ解けるかもわからないのに本気にする訳にはいかないだろう。
“それどころか、魔法が解けたら逃げ出す準備しなくちゃだわ”
王太子が婚約した、というニュースを聞いたことがないので婚約者はいないはず。
それだけは私にとって朗報だったが、だからといって本当に私を好きな訳ではないのだから。
「正気に戻ったとき、許して貰えるのかしら」
窓の外をじっと眺めながら、私はポツリとそう呟いたのだった。
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