ポンコツ魔女は王子様に呪い(魔法)をかける

春瀬湖子

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本編

8.好奇心より勝るもの

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「どうかなされましたか?」
「エッダ!」

 ぽややんとしていたからか、少し不思議そうに顔を覗くのは先日から私の専属侍女になってくれたエッダだった。

「ね、寝起きだからかな? ぼやっとしちゃった」
「では眠気覚ましのミントティーをお持ちしますね」

 おそらくティーを取りに行ってくれたのだろう。
 そう言って部屋を出るエッダの後ろ姿を見届けてから私は大きくため息を吐いた。


「寝起きでぼんやり、ね……」

 原因は起きたばかりだからではない。
 どう考えても昨日メルヴィとあの小部屋でした行為の影響である。


“最後まではしてないとはいえ、あれは、恥ずかしい……!”

 自らの全てを晒すという行為。
 自らの全てを渡すという行動。

 あの時言った『もっと』は、魔女の習性からなのか、それとも――


「お待たせいたしました」
「ありがとうございますッ!!」


 いつの間にか戻ってきていたエッダから慌ててミントティーを受け取った私はそのまま一気に飲み干したのだった。



「ね、今日こそ一緒にどこか行かない?」

 朝食に、と出してくれたフルーツサラダを食べながらエッダを見上げる。

“結局この間は街を見て回らなかったし”

 最初に行った石鹸のお店を出てすぐとんぼ返りしたことを思い出しながらじわりと頬が熱くなるのを感じた。

 少し冷静になれるまで、出来ればその事を考えず何か夢中になることをしたくてエッダを誘ったのだが、エッダはゆっくり顔を左右に振って。

「この後すぐに」

 エッダが口を開いたタイミングで私室の扉がノックされる。

「リリ、朝食は終わった?」
「メルヴィ!?」

 扉の向こうからメルヴィの声が聞こえてドキリとした。

“ま、まだ全然冷静になれてないのに!”

 気恥ずかしさが圧倒的に勝っていて出来れば顔を合わせたくはない……が、王太子の訪問を無視することも出来なくて。


「ど、どうぞ」
「おはよう、リリ」

 中へ促すとメルヴィがにこやかに入ってきた。
 そのまま朝食を食べる私の前に自然と座ると、すかさずエッダが彼の前にも飲み物を置く。

 カップが二客あったのはあったのは、どうやら彼の訪問を事前に知っていたのだろう。

“言いかけてたのもこの事ね”

 優雅にカップを口元へ持っていくメルヴィをこっそりと盗み見る。
 あの少し薄めの形のいい唇が、先日私の唇と重なり、そして色んなところへと触れたのだと考えると恥ずかしいのに目が離せなかった。


「リリ?」
「っ、な、何?」

 そんな私を不思議そうに見つめる彼は、そのまま部屋をぐるりと見渡して。

「……この部屋に、家具は置かないの?」
「あ、えーっと」

“後から請求される金額が怖くて注文出来ていません、は言ったらおかしいわよね”

 彼が私の魔法でこうなっているというのを知っているのは私だけ。
 いつかは解けてしまうこの状態を思い浮かべた私は、チクリと胸の奥が傷んで首を傾げた。 

 
「……まだ、どんな部屋にするか迷ってて。ほら、魔女は興味があることには逆らえないから、一番興味のある家具とか色とかで統一したいなぁ、みたいな」

“我ながら苦しい……!”

「んー、ならリリが気になる家具を見に行く?」
「えっ!」

 それはまずい。

“万一本当に気になる家具を見つけてしまったら、この部屋に置いてしまうかもしれないわ!”

 私の脳裏を多額の請求書が過り、じわりと額に冷や汗が滲む。 
 ここはなんとしても家具から離れて貰わなくては、と思った私はこれまた苦し紛れに窓から外を指差した。


「ならまずは気になる色から決めたいです!」
「色?」
「そ、そうです! 部屋のコンセプトを決めるというか」
「なら尚更家具を……」
「いえ、ここは花で!」

“花なら家具よりも安いし!”


 私が指差した先をじっと見つめた彼は、一応は納得してくれたのだろう。

「じゃあ、散歩がてら庭園を案内するよ」

 目的が家具探しから庭園の散歩へ変わったことにホッとした私は、食べきれていなかったフルーツサラダをむしゃりと口に詰め込んだのだった。



「はい、リリ」
「……?」

 私が食べ終わるまで待っていてくれたメルヴィが、腕をスッと出したのを見てぽかんとする。

“この腕は……”

「ま、まさか、巷で噂のエスコートってやつですか……?」
「どこの巷で噂なのかは知らないけれど、紛れもなくエスコートってやつだね」

 呆然としながら彼の差し出された腕を見ていると、ティーワゴンに食べ終わったお皿やカップを片付けていたエッダがそっと私の腕を掴みメルヴィの腕へと添えさせて。


「!!??」
「ふふ、いい侍女だね」
「恐縮でございます」

 強制的に重ねられた手を撫でる……ふりをしてエスコートで出してくれていた手と反対の手で上から押さえられる。

“こ、これは!”

「さ、行こうね」
「手、手が!」
「ふふ」
「手がぁぁあ!」

 そのまま強制エスコートでメルヴィと並んで歩き始めたのをエッダが一礼して見送ってくれた。



「薬草畑は初日に見たから今日はこっちから見に行こうか」

 エスコートをされるなんて人生初の私は、それだけで落ち着かず心臓が暴れる。

「リリ?」
「あ、はいっ!?」

 そんな私を怪訝に思ったのか、メルヴィがそっと私の表情を確認するように覗く。
 その彼の平然とした顔を見ていたら、私はなんだか段々と腹が立ってきて。

  
“何よ、私だけこんなにドキドキしてるの?”

 焦っているのも余裕がないのも私だけ。
 そんなのって、不公平なんじゃないだろうか。

 折角ならメルヴィだって焦って欲しい。
 ふとそんな考えが私の脳内を過り――

“焦って赤面するメルヴィってどんなのかしら”

 そんな疑問に辿り着く。


 気になる。
 いつもどこか余裕そうで落ち着いている彼が、焦り、戸惑っているその姿が。

 見たい、と一度思ってしまうと止められない。
 沸き上がる好奇心。

 驚かせたい、焦らせたい。
 彼から余裕を奪いたい。

“昨日のメルヴィは、どこか切羽詰まってたわ”

 ならば、昨日と同じようなことをすれば、この余裕を奪えるかもしれない。

 昨日と、同じようなことをすれば。
 

「ッ!」
「リリ!? ちょ、いきなり顔が赤くなったけど」
「気のせいですけど」
「いやいや、今も更に赤くなってるけど」
「そんなことないですけど」
「そんなことありますけど」

 ギョッとした彼の視線が更に私の頬を熱くさせる。

“昨日みたいなことを、私から?”

 想像するだけでもハードルの高いその行為が私に出来るはずなんてない。
 それに、メルヴィにはしたないと呆れられるかも、と思うと心が冷えた。 
 
 魔女の習性的には気になって仕方ないことは試さずにはいられないはず。

 
“師匠はそれなりに血が濃いって言ってくれていたけれど”

 
 それなのに好奇心に従順になるよりも彼から幻滅されることを天秤にかけたら、幻滅されたくないという思いが勝ってしまう。

「私、やっぱり魔女の血が薄いんだわ」

 そうでなければ、自分の好奇心より彼からの印象を大事にするなんてあり得ないから。
 
  
 いつか彼にかけた魔法が解けた時、彼の瞳に軽蔑の色が浮かぶとわかっていても、魔法がかかっている間だけは愛しいという色でだけ見て欲しい。

 そんな不毛なことを考えた私は、そっとエスコートで添えていた彼の腕をぎゅっと握り締めた。


 それに私からするのははしたないかもしれないけれど。

“メルヴィ側から来るならはしたなくないんじゃない……!!?”

「ふふ、ふふふ……」
「リリ?」

 好奇心も満たしつつ彼から呆れられないその為に。

「ふふふ、ふはっ、ふふははは……っ」
「君が楽しそうなら良かったよ」

 それが私の中に、完璧な計画が作り上げられた瞬間だった。
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