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番外編

2.不変的な気持ちの錯覚

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 それは俺とリリアナとの生活が進み、気付けば彼女がいる生活が当たり前になった頃。

 もちろん生活が進んだといっても何か進展したという訳ではなく、強いて言えば食材を二人分購入することに慣れたというレベルなのだが――そんなある日の昼食中に、レベッカからある新聞を見せられた。

「メルヴィ殿下、とうとう立太子だって」
「誰だソレ」
「はっ!? テオってば何年この国で暮らしてるのよ!」
「この間十八になったから、十八年だな」

 答えながらレベッカが見せてきた新聞に視線を移す。
 そこには十四歳になった王子が正式に王太子に指名されたというような記事が書かれていて。

“この国の王子の名前だったのか”

 大した興味は惹かれず、そのままふーんと受け流す。
 そんな俺に、どこか興奮したようなレベッカが楽しそうに俺へと一歩近付いた。

 いつもより近いその距離は、相変わらず短い彼女の髪の毛が俺の頬をくすぐるほどの距離感で。

「まだ十四歳なのよ、子供なのに凄いなぁ」
「その年で政敵を倒したのかと思うと確かにすごいな」

 彼女との距離に心がざわついた俺は、その王子にやはり興味が惹かれずそれっぽいことを言って流したつもりだったのだが。

「もう! 本当に興味のないことは何も知らないんだから。王妃様がご逝去されたからこの国の王子はメルヴィ殿下だけで政敵とかいないのよ」
「へぇ」
「本当に興味ないんだからぁ!」

 魔法使いである俺にとって親がいる・いないは大した問題ではない。
 母親に置いて行かれたリリアナだって、彼女の母が魔女なのだから仕方ないと割り切っているはずで。

“どうせ遅かれ早かれいなくなるもんだしな”

 やはり彼の境遇についてそれ以上思うことは無かった、の、だが。


「おかえりなさい! 今日は何をしましたか?」
「ただいま」

 仕事から帰ると俺を出迎えるリリアナ。
 甲斐甲斐しく俺の荷物を受け取った彼女と共にリビングへ入るとすでに晩御飯が用意されていた。

“これが家族ってやつなのか?”

 毎日用意されているそれらに少し心が動くのは、今日の昼食時のレベッカとのやり取りを思い出したからかもしれない。


「そういえば、この国の王太子が決まったそうだ」
「王太子?」
「あぁ、次の王様だな。確かゲロディ……ベロダンディ……バルディ、わからん、なんかそんな名前の奴だった」

 話し出したはいいものの、やはり興味がなかったせいでちゃんとは覚えていなかった俺がそれっぽい名前を口にする。
 臣下なら無礼だと怒ったかもしれないが、ここには興味のあるものにしか心動かない魔法使いと魔女しかいないのだ。

 リリアナが何に興味を持つのかはわからないが、興味のない話なんて話半分で十分で、王子の名前が思い出せないことなんて些細な事だと思っていたのに。


「メルヴィ……?」
「は?」

 俺の口にしたどの名前とは違う名前を口にしたリリアナに唖然とする。

“知っていたのか?”

 確かにこの国に住んでいるのだから耳にする機会はあるだろうが、俺よりも街へ行く機会のない十二歳の彼女。
 そんなリリアナが王子の名前を口にしたことで違和感を覚える。

 ますます興味を惹かれた俺は、観察するようにじっと見つめていると、まるでじわりと霞むようにリリアナが揺れたと思ったら深刻そうな顔をしていた彼女の顔が一気に能天気な表情へと一変した。


“魔法か!”

 初めて会った時、彼女に残った魔法の痕跡。
 その痕跡が今も残っているどころか、今も継続した魔法だということに驚愕した。

「どれだけ強く願ったらそんなことになるんだ」

 彼女のトリガーはきっとこの国の王子。
 実際どんな因果関係がリリアナとその王子との間にあるのかはわからなかったが、それでも俺は確かに興味をそそられたのだった。


「恋?」
「それ、何年か前にも聞いたんだがな」

“なんで話してしまったんだ、俺は”

 面白いものを見るように俺へと視線を向けるのはもちろんレベッカである。

「いいじゃない、素直になりなよ、楽になるわよ?」

 へらへらと笑う彼女にもやっとした気持ちが芽生え内心首を傾げる。

“なんでいつもレベッカから言われるこの話題がこんなにイラつくんだ”


「楽になるかなんて知らん。そもそも相手は子供だ」
「私にとってのテオと同じってことじゃない」
「は?」
「だってテオは私よりも九つも下なのよ? 六歳下の女の子が子供なら九つ下のテオだって私から見たら子供じゃない」
「子供ではない!」
 
 さらっと告げられたその言葉に思わずカッとする。
 ガタンと音を立てて立ち上がった俺に、流石のレベッカも驚いたのか口をあんぐりと開けた。

「ちょ……、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「怒っては、ない」

 自分でも歯切れが悪いのは、俺自身がこんなに感情が揺れるとは思っていなかったからだった。

「子供扱いが不服だったのかもしれん」
「そ、そう? そう……よね。十八だもんね。ううん、それ以前に対等な仕事仲間に言うことじゃなかったかも。ごめんなさい」

 あっさりと頭を下げるレベッカ。
 だが“仕事仲間”という言葉がツキリと胸に刺さった。

「いや、俺こそ怖がらせて悪かった」
「ううん、全然。ごめんね、変な事言って」
「構わない」

 再び謝罪を口にするレベッカに、もう気にする必要はないと伝えるように大きく頷く。
 俺のその行動を見てやっと安堵したのか、じわりと血色を取り戻した彼女がほっと微笑んだ。

“!”

 その顔が可愛い、と反射的に思い、何がだろうと疑問が芽生える。
 こんな感情は全て初めてで、だがそれ以上考えても答えがでないと判断した俺は今度は一人頭を左右に振ったのだった。



 それから気付けば更に八年もの月日が流れた、そんな頃。
 鉱山の研究は進み、俺の元に持ち込まれる鉱石も目新しいものが無くなってくる。

“まぁ、鉱石がいまだに出続けているだけでも感謝すべきか”

 集中力がないのか失敗しかしないリリアナは、毎日魔法と向き合っているようだが――

“あれじゃ一生魔法は使いこなせないだろうな”

 魔女の血が薄いんだと思う、と自分の魔法が失敗ばかりすることに理由付けしたようだが、そうではない。
 本人は無自覚のようだが魔法はなんと出会ったときからこの十年間発動し続けているのだ。

 そんな彼女の血が薄いわけがあるはずはなく、なら魔法が失敗する理由はひとつだけ。

 
「興味があるものを見付けれてないんだろうな」

 
 魔法とは願いを叶える力。
 叶えるには強くその一点を願う必要があるが、リリアナはその願いが分散しているのだろう。

 普通は興味のあるものに対して繰り返し魔法を使いその感覚を覚えていくものなのだが、リリアナの場合はその興味の対象が見つからず一点へ集中して願うということが出来ないのだ。

“リリアナの興味の対象が王子だとして”

「他にあってもよさそうなものだが」

 俺だって一番興味を惹かれているのは鉱石だが、鉱脈にも鉱山にも興味を持っている。
 ――まぁ、その三つは同じようなものなのだが。


 だからリリアナにも新しいものが見つかればいい。そんな軽い気持ちで口にしたその呟きをすかさず拾ってきたのはやはりというかなんというか、レベッカだった。

「他って?」
「あー」

 三十六になったレベッカは、相変わらず髪を短く刈り上げたスタイルを維持している。
 ころころ変わる表情も健在だ。

「たいしたことじゃない」
「そっか。で、何?」
「…………」

 にこりと純粋無垢な笑顔を向けられ頬がひきつる。
 どうやら詳しく聞くまで引いてくれる気はないらしい。

 流石に彼女との付き合いも十年以上。
 どうせ折れてくれないのならば、と早々に諦めた俺は渋々話すことにした。

「レベッカだって知ってるだろ。俺たち魔法使いは興味のあることにしか反応しない。魔法を発動するには多かれ少なかれ興味があるものと関連付ける必要があるんだが」
「確か直接じゃなくてもいいんだよね? これでお金稼いで興味のある本を買うぞ! みたいなのでもいいって聞いたことがあるわ」

 ぱっと表情を得意げな表情になったレベッカに小さく吹き出してしまう。
 相変わらず見ていて飽きない同僚から目が離せない。

「要はどこまで集中して願いを絞れるか、なんだ」
「ふんふん」
「だが絞るのは案外難しい。だから興味のあるものと関連付けるのが一番手っ取り早くて確実なんだ。魔法使いの興味の対象は、別にひとつだけってわけでもないからな」
「そうなの!?」

 得意げだった彼女の顔が、今度は驚愕に染まる。
 やはり彼女は面白い。

「俺だって鉱石だけ見てきたわけじゃない」
「いや、テオはどう見ても鉱石一筋じゃん。定住できない魔法使いがここに何年いるのって話だし」
「レベッカもだろ」

 それはただの世間話から派生した程度の、当たり前の事実。
 だから当然いつものように「そうね」なんて笑い飛ばしてくれるものだと思っていたのに。


「私、もうすぐこの国を出るわよ」
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