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本編
8.ニキビと妖怪のお友達
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「友達に、頼む……?」
いっくんから出たその単語に、驚愕で目を見開く。
「いっくんって、友達いたの!?」
「いるよっ!? やたら驚いてるなとは思ったけど、いるよ!」
「あっ、はは、ごめんごめん――本当に?」
「まだ疑ってるっ!?」
口先だけで謝りながらも、一向に信じようとしない私にいっくんが驚きの声をあげるが、それも仕方ないだろう。
(だ、だって、リモートワークでこれだけ騒ぎになるのよ……?)
もちろん人格的に友達ができないだとは、私だってこれっぽっちも思っていない。
いや、むしろ性格ならば、優しく、暖かく、つるつる――じゃなくて、気遣いもできる、私にとってのスーパーダーリンだ。
別にスーパーで売っているものを想像しているわけではない。本当に、いっくん以上ののっぺらぼうだなんていないだろう。
だが、それとこれとは話が別。
彼には残念ながら顔がなく、友達と遊びに出かけるなんてことはできない。
会社の飲み会にだって来れないので、私のように偶然夜中に出会った……なんて特別なキッカケがなくては、友達を作る機会がそもそもないのだ。
もちろん、私のようにのっぺらぼうだと知っているならば話は別だが、普通の人間が突然のっぺらぼうに遭遇して、ハイ、親しくなりましょう。とはならない。
と、そこまで考えた私は、ハッとした。
(人間の、友達?)
いっくんは友達としか言わなかった。
その友達は、本当に人間なのだろうか。
(のっぺらぼうがこの世にいるのよ? なら、当然他の妖怪だって……)
「いっくん、その、友達って」
「ん? 妖狐だけど」
「妖狐!」
私でも知っている伝説の妖怪に思わず声をあげると、そんな私にいっくんが小さく吹き出した。
「実はよっちゃんとは幼馴染で」
「よっちゃん!」
「幼いころなんかはよく顔を引っかかれて、ポロポロ泣いちゃったんだよね」
「泣かされてる!?」
(幼馴染なんていたの!? のっぺらぼうの涙ってどこからでるの!? というかよっちゃんって、妖狐だからよっちゃんなの、それとも名前に〝よ〟が入ってるってことなの)
懐かしい思い出を語るいっくんはとても楽しそうだが、気になることが多すぎて正直話が頭に入ってこない。
(まさか、妖狐じゃなく、陽子ちゃん……なんてことはないわよね?)
私たちはこんなにラブラブなのだ。浮気なんてありえない。ありえないけれど、いっくんはこの世界で一番魅力的なのっぺらぼうなので、相手がどう考えているかはわからない。
これはどこからどう確認するべきか、と思わずごくりと喉を鳴らすと、さっきまで楽しそうにしていたいっくんが突然固まった。
「めぐちゃん、ごめん」
「ご、ごめん!?」
突然の謝罪に思わず動揺してしまう。
「しばらくめぐちゃんとは一緒にいれない! 家庭内別居をお願いしますッ!」
「えぇえぇえ!」
「元気で!」
「い、いっくんーっ!?」
まるで言い逃げするようにそう宣言し、書斎へと飛び込んだいっくんは、そのままガチャンと書斎のカギをかけてしまった。
「ま、まさかやっぱり、陽子ちゃん説……?」
顔のないいっくんですらあんなにわかりやすいのだ。ならば、顔のある私はもっとわかりやすいに違いない。
(そんなに嫉妬心が顔に出ちゃってた?)
私は、夫からの突然の拒絶に、ただただ立ち尽くしたのだった。
◇◇◇
「しばらくめぐちゃんとは一緒にいれない! 家庭内別居をお願いしますッ!」
そう宣言し、飛び込んだ書斎。
フリーランスのイラストレーターである僕の仕事道具を一通り持ち込んでいるこの書斎には、日ごろから様々な日用品も置かれている。
その日用品の中から僕が手にとってのは、小さな鏡だった。
そして鏡に映った自身の顔に言葉を失う。
「……ニキビが、できてる……」
あぁ、なんということだ。
めぐちゃんがもっともお気に入りである僕自慢のたまご肌――いや、ゆで卵肌フェイスに、異物が!
「これじゃあ、すりすりしためぐちゃんに嫌われちゃうよ」
本当は家庭内別居なんてしたくない。できればずっと一緒にいたい。
けれど、めぐちゃんに嫌われることだけは避けなくては!
じわりと歪んで滲む視界の、僕はそっとニキビ用の軟膏を手に取ったのだった。
(できているのは頬ニキビ……)
正直顔のパーツがない僕にとってどこからどこまでが頬でどこからが顎でどこからが鼻なのか、というのは永遠の難題のひとつではあるのだが、顔の中央部より少し左側に位置した場所のポツッとできた赤い点は、どう考えても頬ニキビだった。
頬ニキビができる一番の原因は乾燥による皮脂の過剰分泌だ。
そうならないよう、普段からパックなどを欠かさないようにしていたつもりなのだが、今回の仕事がわりと大きな仕事だったため、準備に追われて後回しにした自覚がある。
(大きな仕事だからこそ、リモート会議による打ち合わせをすることになったんだけど)
どうしてひとつ何かが起こると、続けて他のところにもトラブルというのはやってくるのだろうか。
「はぁ。僕だってめぐちゃんとイチャイチャして癒されたいよぉ……」
だが、そんなめぐちゃんの癒しは僕のゆで卵肌フェイスなのだからここで諦めるわけにはいかない。
「せめてひとつでも解決して、ストレスを減らさなきゃ」
乾燥以外にも精神的な部分は肌の調子に現れる。
僕はしぶしぶスマホを手に取り、気落ちしたまま幼馴染の妖狐のよっちゃんへとメッセージを送ったのだった。
いっくんから出たその単語に、驚愕で目を見開く。
「いっくんって、友達いたの!?」
「いるよっ!? やたら驚いてるなとは思ったけど、いるよ!」
「あっ、はは、ごめんごめん――本当に?」
「まだ疑ってるっ!?」
口先だけで謝りながらも、一向に信じようとしない私にいっくんが驚きの声をあげるが、それも仕方ないだろう。
(だ、だって、リモートワークでこれだけ騒ぎになるのよ……?)
もちろん人格的に友達ができないだとは、私だってこれっぽっちも思っていない。
いや、むしろ性格ならば、優しく、暖かく、つるつる――じゃなくて、気遣いもできる、私にとってのスーパーダーリンだ。
別にスーパーで売っているものを想像しているわけではない。本当に、いっくん以上ののっぺらぼうだなんていないだろう。
だが、それとこれとは話が別。
彼には残念ながら顔がなく、友達と遊びに出かけるなんてことはできない。
会社の飲み会にだって来れないので、私のように偶然夜中に出会った……なんて特別なキッカケがなくては、友達を作る機会がそもそもないのだ。
もちろん、私のようにのっぺらぼうだと知っているならば話は別だが、普通の人間が突然のっぺらぼうに遭遇して、ハイ、親しくなりましょう。とはならない。
と、そこまで考えた私は、ハッとした。
(人間の、友達?)
いっくんは友達としか言わなかった。
その友達は、本当に人間なのだろうか。
(のっぺらぼうがこの世にいるのよ? なら、当然他の妖怪だって……)
「いっくん、その、友達って」
「ん? 妖狐だけど」
「妖狐!」
私でも知っている伝説の妖怪に思わず声をあげると、そんな私にいっくんが小さく吹き出した。
「実はよっちゃんとは幼馴染で」
「よっちゃん!」
「幼いころなんかはよく顔を引っかかれて、ポロポロ泣いちゃったんだよね」
「泣かされてる!?」
(幼馴染なんていたの!? のっぺらぼうの涙ってどこからでるの!? というかよっちゃんって、妖狐だからよっちゃんなの、それとも名前に〝よ〟が入ってるってことなの)
懐かしい思い出を語るいっくんはとても楽しそうだが、気になることが多すぎて正直話が頭に入ってこない。
(まさか、妖狐じゃなく、陽子ちゃん……なんてことはないわよね?)
私たちはこんなにラブラブなのだ。浮気なんてありえない。ありえないけれど、いっくんはこの世界で一番魅力的なのっぺらぼうなので、相手がどう考えているかはわからない。
これはどこからどう確認するべきか、と思わずごくりと喉を鳴らすと、さっきまで楽しそうにしていたいっくんが突然固まった。
「めぐちゃん、ごめん」
「ご、ごめん!?」
突然の謝罪に思わず動揺してしまう。
「しばらくめぐちゃんとは一緒にいれない! 家庭内別居をお願いしますッ!」
「えぇえぇえ!」
「元気で!」
「い、いっくんーっ!?」
まるで言い逃げするようにそう宣言し、書斎へと飛び込んだいっくんは、そのままガチャンと書斎のカギをかけてしまった。
「ま、まさかやっぱり、陽子ちゃん説……?」
顔のないいっくんですらあんなにわかりやすいのだ。ならば、顔のある私はもっとわかりやすいに違いない。
(そんなに嫉妬心が顔に出ちゃってた?)
私は、夫からの突然の拒絶に、ただただ立ち尽くしたのだった。
◇◇◇
「しばらくめぐちゃんとは一緒にいれない! 家庭内別居をお願いしますッ!」
そう宣言し、飛び込んだ書斎。
フリーランスのイラストレーターである僕の仕事道具を一通り持ち込んでいるこの書斎には、日ごろから様々な日用品も置かれている。
その日用品の中から僕が手にとってのは、小さな鏡だった。
そして鏡に映った自身の顔に言葉を失う。
「……ニキビが、できてる……」
あぁ、なんということだ。
めぐちゃんがもっともお気に入りである僕自慢のたまご肌――いや、ゆで卵肌フェイスに、異物が!
「これじゃあ、すりすりしためぐちゃんに嫌われちゃうよ」
本当は家庭内別居なんてしたくない。できればずっと一緒にいたい。
けれど、めぐちゃんに嫌われることだけは避けなくては!
じわりと歪んで滲む視界の、僕はそっとニキビ用の軟膏を手に取ったのだった。
(できているのは頬ニキビ……)
正直顔のパーツがない僕にとってどこからどこまでが頬でどこからが顎でどこからが鼻なのか、というのは永遠の難題のひとつではあるのだが、顔の中央部より少し左側に位置した場所のポツッとできた赤い点は、どう考えても頬ニキビだった。
頬ニキビができる一番の原因は乾燥による皮脂の過剰分泌だ。
そうならないよう、普段からパックなどを欠かさないようにしていたつもりなのだが、今回の仕事がわりと大きな仕事だったため、準備に追われて後回しにした自覚がある。
(大きな仕事だからこそ、リモート会議による打ち合わせをすることになったんだけど)
どうしてひとつ何かが起こると、続けて他のところにもトラブルというのはやってくるのだろうか。
「はぁ。僕だってめぐちゃんとイチャイチャして癒されたいよぉ……」
だが、そんなめぐちゃんの癒しは僕のゆで卵肌フェイスなのだからここで諦めるわけにはいかない。
「せめてひとつでも解決して、ストレスを減らさなきゃ」
乾燥以外にも精神的な部分は肌の調子に現れる。
僕はしぶしぶスマホを手に取り、気落ちしたまま幼馴染の妖狐のよっちゃんへとメッセージを送ったのだった。
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