愛しの夫はのっぺらぼう!

春瀬湖子

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本編

10.化かし化かされ

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(さ、流石妖狐ってことね)
 にこやかに、だがどこか胡散臭く見えるのはどうしてだろうか。
 何故だか高級羽毛布団とか売りつけられそうな予感がしてドキリとするが、そんな私の方に突然顔を向けた横河さんが、ニパッと笑った。

「大丈夫ですよ、私がお売りしているのは電子部品です」
「これが大妖怪の力ってこと!?」
 心の声が読まれたのかと慄いていると、いっくんがため息を吐く。

「騙されないで、めぐちゃん。こいつ、この顔だからよく高級羽毛布団の訪問販売員に間違えられるんだ」
(それ、どんな状況よ……)
 確かに私も高級羽毛布団を売りつけてきそうだとは思ったけれど、それを日常的に間違えられるという状況にぽかんとした。

「それで、えーっと」
「あぁ、そうそう。一太郎からヘルプメッセが来たから来たんだけど、家庭内別居の件でおけ?」
「違う。……僕に、顔を作ってほしいんだ」
「か、かおぉ!?」

 いっくんの言葉に驚き、思わず声を上げる。だが、言われた本人である横河さんは特に驚く様子もなくこくりと頷いた。

「おっけー。面接の時の顔でいい?」
「あぁ、助かる」
「か、顔、顔って作れるものでした!?」
「あはは、私はこれでも妖狐なので、化かすのは得意なんですよ」
「顔があるように見せかけてもらうだけで、持続時間はせいぜい二時間ってところだけどね」
「二時間でも顔があれば十分だろ。どうせ会議か何かだろうし」
「うわ、言い当てられてなんか腹立たしい」

 やはり気心のしれた幼馴染というやつなのだろう。
 いつもよりも砕けた様子のいっくんに少し驚きつつも、ふたりの掛け合いを眺める。
 それにしても。

「……すごい、妖怪ってそんなことまでできるのね」
「いや、できないできない」
「これでも私が妖狐だから、というだけで基本的に妖怪なんて見た目が人間と違うだけの普通の存在ですよ」
「そうそう。僕だって顔がないだけだし」
(いや、いっくんは食事がブラックホールっていう特殊技能がある気がするけど)

 だが、もしかしたらそれもいっくんの特技というだけで、他ののっぺらぼうたちは違うのかもしれない。
 まぁ、他ののっぺらぼうがいるのかどうかは謎なのだが。

「そもそも妖怪って特殊な能力とかある方が珍しいんだよね」
「わかる。見た目で驚かれてるだけがほとんどだな」
「ろくろ首のろくろんも、あれ特殊な能力ってよりただ首が長いだけだし」
「あと雪女のメメちゃんとか」
「あぁ、よっちゃん仲良かったっけ」
「そう。大学の同期なんだよな」
(なんかすごい会話が繰り出されてる)

 当たり前のように紡がれる話に呆然と聞き入る。私からすれば妖怪はなにか特殊な力をみんな持っているような気がしていたけれど、確かに実際はそうではないのかもしれない。

「雪女に関しては寒いところが好きなだけなんだよ」
「あー。それで人間を恋人にすると凍死しちゃうのか」
「そうそう。でも最近は山から降りて、水族館で働いてるらしいよ」
「もしかして担当って」
「北極ゾーン」
「天職~!」
(いや、やっぱり普通じゃないかも)
 さっき思ったことを一瞬で意見変えした私は、これ以上は触らぬ神に祟りなしだとばかりに席を立った。

 台所に行き、いっくんの分のお茶の準備をしながら、横河さんが持って来てくれた手土産をあける。
 中は人気のショートケーキで、人数分あったのでありがたくお皿に出した。

「それ、持って行くの?」
「えぇ。これ横河さんが持って来てくれたものだから、お礼も言ってね」
「……」
「いっくん?」
 手伝いに来てくれたはずのいっくんが動かない様子に首を傾げる。すると、そっと私の片付けの邪魔にならないように控えめに服の裾が引っ張られた。

 どうしたのかと思い彼の方に向き直ると、パーカーの袖で不自然に頬を隠しながらこちらをじっと(多分)見つめる。
「あの、家庭内別居とか言って、ごめん。あいつあれでいて案外いい男なんだけど、でもめぐちゃんには僕だけを見ててほしい」
「やっ、もっ、嫉妬? 可愛い!」
 拒絶されて怒っていたのは私のはずなのに、夫のあまりにも可愛い言い分に思わずぎゅぅんと心臓が高鳴る。高鳴りレベルはエベレストだ。

(で、でもダメよ。許してばかりいると、また傷付くことになるんだから!)
「許してあげたいところだけど、理由を聞かないことには頷けないわ」

 私が心の鬼にしてそう告げると、少し迷ったように後退ったいっくんが、意を決したように私の前にもう一度立った。
 そして不自然に隠していた頬から手を外す。

「――めぐちゃんに嫌われたくなくて隠してたんだけど……僕」
「僕?」
「っ、ニキビができたんだ……っ!」
「ニ、ニキビが」
 悲壮感漂う空気の中で宣言されたその告白にきょとんとする。
 
(紛れもなく、ニキビがある……わね)
 隠されていた頬をまじまじと眺めると、確かにそこには宣言通りのニキビがひとつ。
 だが、それだけだ。

「え、えぇっと、それで?」
「そ、それで!?」
「そりゃ生きていればニキビくらいできるとは思うけど……」

 いっくんがショックを受けたような声をあげたので益々きょとんとしてしまう。
 そして全くわけがわからない、といった顔をしている私の前で大きく項垂れた。

「だってめぐちゃん、僕のゆで卵肌が大好きじゃん……」
「えぇっ? それはそうだけど」
「よっちゃんに言ってた馴れ初めだって、ゆで卵肌の話だったし」
「それもそうなんだけど」
(もしかして家庭内別居の理由、ニキビ姿を見られたくないとかそんなことなの?)

 あまりにもくだらない。あまりにもくだらないが――それだけいっくんが、私のためにゆで卵肌を重要視してくれていたということなのだろう。
 そう思うと、不思議と呆れといった感情は芽生えなかった。

「そっか。私がゆで卵肌ってとこばかり強調するから心配になっちゃったのね」
「めぐちゃん?」
「安心して、いっくん! いっくんのゆで卵肌はニキビ程度では魅力を失わないし、私の愛も冷めないわ」
「めぐちゃん……っ!」
 ぎゅっと抱きしめるといっくんからも抱き締め返してくれる。
 そしておそらく口づけを求めてるのだろう、いっくんの顔面が近付いてきたので、私もそっと目を瞑った。
 
「ごめぇん、キッチン丸見えだから、抱きしめ合う以上のスキンシップは場所を変えて貰えるかな?」
「「わぁっ」」
 そんな私たちにリビングから全く申し訳なさそうな声が聞こえ、慌てて離れたのだった。
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