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フロルルート
34.天国と地獄は紙一重
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“いくらイリダル殿下本人が私にかかった嫌疑を晴らしてくださったとはいえ⋯”
「セシリス・フローチェ、前へ」
「はい」
王城の広間、レッドカードの敷かれた道を真っ直ぐに進む。
周りには沢山の貴族が拍手していて。
「我が弟、イリダルを暗殺の汚名をかぶってもなお救ったその功績は素晴らしい」
「はい、陛下」
事前打ち合わせの通りさっと頭を下げる。
つい先日、罪人として投獄された私は一転し、イリダル殿下を我が身も省みず救ったとしてまさかの報償を受けることになってーー⋯
“いやぁ、とんでもない掌返しだわ⋯”
なんて思いつつも、もちろん貴族令嬢。
鉄壁の微笑みで読み上げられる賛辞と報償内容を聞き流した。
「さて、今日はもう一つ喜ばしい報告がある」
もちろんこの流れも事前に宰相様から打ち合わせがあった為知っていた私は、指示されていた通り来客へ向かい頭を下げたあとそのまま壁側へ移動した。
「お疲れ様でした、セリ」
「あら、こっちにいていいの?レオ」
「腹立たしい事にヴァレリー殿下が主役として前に出られるので陛下直属の騎士団と交代致しました」
「そうなの」
“あんなに不敬な言い回しばかりするから心配だったけど、やっぱり信頼関係あってのものなのね。ヴァレリー殿下の側から離されたことが腹立たしいなんて、ちょっと可愛いかも”
少し拗ねた表情のレオに思わず笑みが溢れる。
そしてそんなレオの隣に、また堂々と立てることが嬉しく感じた。
“無実を証明出来なかったら、今ここでレオの隣には立ててないものね⋯”
まぁ、レオならば本当に駆け落ちしてどこかの町でしれっと並んで歩いていたかもしれないが。
“それでも⋯”
こうやって誰に咎められることなく、彼の拗ねた表情が見れるのは悪くない。
「ふふ、すぐにまた殿下の側に戻るんだから、そんなに拗ねると私がヤキモチ焼いちゃうわよ?」
「⋯え?」
「え?」
きょとんとするレオを見て私もきょとんとする。
「この度、ヴァレリーとその婚約者アリスとの正式な婚姻日が決まった。その時に今私が座っている席を譲ろうと思う」
わぁぁ!と盛り上がる会場。
私の報償話は最早オマケ⋯どころか忘れられたかのような勢いで⋯
“って、もしかして⋯!?”
「レオが腹立たしいのは、護衛の仕事が騎士団に取られたから、よね?」
「セリのお祝いが完全にあの二人に上書きされたからですよ?」
“アッ!!!”
さも当然という表情のレオに思わず項垂れる。
“そうだわ⋯。レオはいつも私至上主義だったわ⋯”
婚約者にここまで一途に想われるなんて喜ぶべきなのは間違いない。
間違いないがあまりにも捕まるスレスレで少し心臓に悪いーーーけど。
「⋯ま、今日はお祝いだものね」
この会場にいる貴族達は、陛下によって報告されたその喜ばしい内容に盛り上がっていてこちらなんて見ても聞いてもいないから⋯。
「私の一番のご褒美は、この場所でまた貴方の隣に胸を張って立てることよ」
素直にそう伝えレオの腕にしがみつくように腕を絡めると、反対の腕でぎゅっと私の肩を抱いたレオが優しく額に口付けを落とす。
「例え何があっても貴女の隣は譲りません、これからもです」
「えぇ、約束ね」
こっそりと誓うその甘い約束に、私は胸がほわりと温かくなるのを感じるのだった。
盛り上がったままの会場はそのままパーティーに移行し、物凄く後ろ髪をひかれているレオを無理やり押し出すようにヴァレリー殿下の方へ送り出す。
“ーー一応私も今日の主役ってやつなんだけど⋯”
会場の真ん中で色んな貴族に囲まれるヴァレリー殿下とアリスを見る。
そこには可憐な花のように笑うアリスと、そんなアリスを慈しむような表情で見つめるヴァレリー殿下がいて。
“仕方ないわね、私は壁の華でいてあげるわ”
なんて内心傲慢な事を考えつつ、やはり2人の幸せな姿が見れて思わず笑みが溢れた。
“この辺にいようかな⋯”
あまり端の方で隠れるようにいるとレオが職務放棄して飛んで来るだろう事が安易に想像できたので、あまり目立たない、でもレオからも見えるだろう場所に立つ。
そこは近くにテラスのある壁際で。
その場所柄か、単純に穴場だったのか思ったよりも落ち着いた雰囲気で。
のんびりした気持ちで楽しそうなアリス達と、ヴァレリー殿下ではなく私の方を凝視しているレオを眺めていた時だった。
「セシリス嬢」
控えめに声をかけてきたのは、エメラルドのような緑の髪に黒に近い焦げ茶の瞳のレフ様だった。
「レフ様」
さっとお辞儀をすると、軽く頭を下げてくれたレフ様が私にグラスを渡してくれて。
「ワインはいかがですか?私がまた誰かにかけてしまう前に受け取っていただけると嬉しいのですが」
「まぁ⋯」
アリスに一目惚れしたあの時の事を自虐のような皮肉を交えて笑い話にしたレフ様に少し驚く。
“予言書の強制力から脱却したとはいえ、それでもアリスの事を好きだった気持ちはあったはずなのに⋯”
もうこの失恋を乗り越えたのだと彼なりに伝えてくれたのだろう。
“私がアリスとの仲を妨害したのに⋯”
その気遣いが嬉しく感じ、私は素直に手渡されたグラスを受け取った。
しゅわしゅわと口に広がる口当たりの甘いロゼが凄く美味しい。
“これ、気を付けないと飲み過ぎちゃいそう”
なんて思いつつ、おかわりを貰おうかと考えていた私に声をかけてくれたのは。
「パーティーのお酒はそうやってグイグイ呑むものじゃなくて、話の合間に喉を潤す為に少し含む為のものって知らないのぉ?」
「イリダル殿下!?」
きゅるんと上目遣いのイリダル殿下が突然視界に飛び込んできて少し驚く。
ハッとし、慌ててお辞儀をしようとした私の前にさっと手を上げたイリダル殿下は、「必要ないよ」と小さく呟いた。
「?」
遮ったわりに何も話さず、それどころか視線をきょろきょろと動かしていたイリダル殿下は、ぎゅっと両目を瞑ったと思ったら勢いよく私の方に向き直って。
「ーーーあ、りがとっ」
少し顔を赤らめながらそう言った殿下は、すぐにプイッと顔を背けた。
「何がですか?」
「はぁ!?ほんっとそういうとこ!!!~~っ、君には感謝してるって話!」
「毒を弾いた事ですか?」
「それもだけど、その⋯一度も怒らなかったでしょ」
尻すぼみになりながらそう言われ、一瞬きょとんとしてしまう。
“怒る⋯?”
「それを言うなら、最終的に私の無実を証明してくださったのは殿下ですわ。私はあの時何故毒が入っているとわかったのかを最後まで説明は出来ませんでしたから⋯」
「じゃー感謝して!」
「え」
お互いに感謝しあっていい感じになるのかと思ったら、開き直った殿下に苦笑が漏れる。
そんな私をチラッとみた殿下は。
「ボクも感謝するからさ。お兄様の次に好きかも、セシリスの事っ」
「⋯えっ!?」
にひっと笑った殿下はそのままパーティーの輪に戻って行く。
“好き、だなんて⋯”
予言書の強制力でいえば、殿下が好意を抱くのはヒロインで。
悪役令嬢である私にはむしろ嫌悪すら抱いていると書かれていたのに⋯
「イリダル殿下も、もう完全に予言書から脱却したのね」
それは私にとって本当に嬉しい出来事だった。
予言書があったからこそ脱せられた危険ももちろんあるが、やはり強い力を持っている予言書は少し怖くもあって。
遠目で色んな家の令息達と話をするレフ様や、貴族の奥様方に可愛がられているイリダル殿下、いわずもがな貴族達に囲まれているアリスとヴァレリー殿下、そんなヴァレリー殿下のすぐ後ろで護衛の仕事に取り組んでいるレオを見る。
“願わくば、もう何も起こりませんように”
そっとそう願いながら、私は密かに持ってきていた予言書に手を伸ばしてーー⋯
「ッ!?」
“な、ないわ!確かに持ってきていたはずなのに⋯っ!”
あるはずの場所に予言書がなく、一瞬で血の気が引く。
「もしかして探してるのはコレ?」
「え⋯っ!?」
焦る私の後ろ、テラスのドアにもたれるようにして立ち、ちょっと借りてるよ、と笑って言ったのは少し明るめの赤茶の髪に琥珀色の瞳を持った青年だった。
“この人知ってる⋯っ”
誰かはわからなかった、最後の攻略キャラ。
予言書には『名前』と『2周目から攻略可』という謎の説明が書かれていたー⋯
「フロル・サーヴィチ⋯!?」
「あれ、俺の事知ってるの?あぁ、この『どきどきっ!メイドの下克上~たった1つの恋を掴み取れ!~』に書いてあるのか」
思わず呼び捨てにしてしまった私を全く気にしていないようなフロル様は、そのまましれっと予言書を眺めていて。
⋯と、いうか。
「読める⋯の?」
「読めるよ。不思議だよね、慣れ親しんだ文字とは違うのに何故か“わかる”んだよね」
その感覚には覚えがあった。
私が初めて予言書を見たあの7歳の時の私も同じように感じたからだ。
“どういうこと?確かにお祖父様は読めないとおっしゃっていたのに⋯”
だが、先ほど彼が口にしたのは確かに表紙に書いてある文言で。
“この予言書の当事者には、読めるのかしら⋯”
予言書のことを説明出来ず、レオにも隠していた為に今まで気付かなかったが、もしかしたらこの予言書の登場人物であるレオにも読めたのかもしれないと今さらながらに知る。
“それでも、私の破滅が描かれているこの予言書をレオに見せるのは抵抗があるのだけれどー⋯”
なんて少し考え込みそうになった頭を軽く振り、強制的に思考をリセットした。
「その本、私のですわ。お返し願えるかしら」
少し強めの口調でそう伝えると、思ったよりもあっさりと本が返ってきて。
「あ、ありがとうございます⋯?」
予想外だったせいでたじたじとそう伝えると、にこにこと笑っているフロル様としっかり目が合ってーーー
ゾクリ、と体が震えた。
“笑ってるのに、怖い⋯”
レオがたまにする貼り付けたような笑顔ではなく、本当に心から笑っているだろうその笑顔から溢れ出すのは『残虐』なまでの好奇心で。
「ね、俺からのプレゼントは喜んで貰えた?」
「プレゼント⋯?」
「そう。ゾーイ伯爵じゃなく、ブルゾ侯爵の存在に気付いたご褒美に契約書をわかりやすいところに置いておいてあげたんだけど」
そこまで言われ、そういえばレオがそんなことを言っていたかもと思い出す。
「何で気付かれたんだろって思ってたんだけど⋯、その本のおかげだったんだな」
「だったら⋯?」
じわりと冷や汗が額に浮かぶ。
警告音が私の耳に響いてー⋯
「別にどうもしないよ。その本をどう使うのは持ち主次第だし、その本は俺のじゃないからさ」
「なら⋯」
「でもさ。ねぇ、何で俺のルートだけ“起きない”の?」
「起きない⋯?」
「そこに描かれていた“イベント”ってやつの事さ」
指差された先にあるのはもちろん予言書で。
「他の人のはさ、遅かれ早かれみんな合ったのに⋯何で俺だけ何も起きない?『2周目』ってのが引っ掛かってて俺だけ仲間外れなのかな?」
「そんなの、私にはわからな⋯」
穏やかな声色なのに、その威圧感に怯みそうになる。
震えそうな足を叱咤し、必死にフロル様へ視線を向けている私の耳元にふっと顔を寄せた彼は。
「どのルートでも君は死んでいたね⋯。ねぇ、つまり君が死ねば2周目ってのに入れるのかな?」
「ーーーッ!」
ふっと息が耳にかかり、甘くくすぐるように言われたのは余りにも残虐で自分勝手な結論だった。
「セシリス・フローチェ、前へ」
「はい」
王城の広間、レッドカードの敷かれた道を真っ直ぐに進む。
周りには沢山の貴族が拍手していて。
「我が弟、イリダルを暗殺の汚名をかぶってもなお救ったその功績は素晴らしい」
「はい、陛下」
事前打ち合わせの通りさっと頭を下げる。
つい先日、罪人として投獄された私は一転し、イリダル殿下を我が身も省みず救ったとしてまさかの報償を受けることになってーー⋯
“いやぁ、とんでもない掌返しだわ⋯”
なんて思いつつも、もちろん貴族令嬢。
鉄壁の微笑みで読み上げられる賛辞と報償内容を聞き流した。
「さて、今日はもう一つ喜ばしい報告がある」
もちろんこの流れも事前に宰相様から打ち合わせがあった為知っていた私は、指示されていた通り来客へ向かい頭を下げたあとそのまま壁側へ移動した。
「お疲れ様でした、セリ」
「あら、こっちにいていいの?レオ」
「腹立たしい事にヴァレリー殿下が主役として前に出られるので陛下直属の騎士団と交代致しました」
「そうなの」
“あんなに不敬な言い回しばかりするから心配だったけど、やっぱり信頼関係あってのものなのね。ヴァレリー殿下の側から離されたことが腹立たしいなんて、ちょっと可愛いかも”
少し拗ねた表情のレオに思わず笑みが溢れる。
そしてそんなレオの隣に、また堂々と立てることが嬉しく感じた。
“無実を証明出来なかったら、今ここでレオの隣には立ててないものね⋯”
まぁ、レオならば本当に駆け落ちしてどこかの町でしれっと並んで歩いていたかもしれないが。
“それでも⋯”
こうやって誰に咎められることなく、彼の拗ねた表情が見れるのは悪くない。
「ふふ、すぐにまた殿下の側に戻るんだから、そんなに拗ねると私がヤキモチ焼いちゃうわよ?」
「⋯え?」
「え?」
きょとんとするレオを見て私もきょとんとする。
「この度、ヴァレリーとその婚約者アリスとの正式な婚姻日が決まった。その時に今私が座っている席を譲ろうと思う」
わぁぁ!と盛り上がる会場。
私の報償話は最早オマケ⋯どころか忘れられたかのような勢いで⋯
“って、もしかして⋯!?”
「レオが腹立たしいのは、護衛の仕事が騎士団に取られたから、よね?」
「セリのお祝いが完全にあの二人に上書きされたからですよ?」
“アッ!!!”
さも当然という表情のレオに思わず項垂れる。
“そうだわ⋯。レオはいつも私至上主義だったわ⋯”
婚約者にここまで一途に想われるなんて喜ぶべきなのは間違いない。
間違いないがあまりにも捕まるスレスレで少し心臓に悪いーーーけど。
「⋯ま、今日はお祝いだものね」
この会場にいる貴族達は、陛下によって報告されたその喜ばしい内容に盛り上がっていてこちらなんて見ても聞いてもいないから⋯。
「私の一番のご褒美は、この場所でまた貴方の隣に胸を張って立てることよ」
素直にそう伝えレオの腕にしがみつくように腕を絡めると、反対の腕でぎゅっと私の肩を抱いたレオが優しく額に口付けを落とす。
「例え何があっても貴女の隣は譲りません、これからもです」
「えぇ、約束ね」
こっそりと誓うその甘い約束に、私は胸がほわりと温かくなるのを感じるのだった。
盛り上がったままの会場はそのままパーティーに移行し、物凄く後ろ髪をひかれているレオを無理やり押し出すようにヴァレリー殿下の方へ送り出す。
“ーー一応私も今日の主役ってやつなんだけど⋯”
会場の真ん中で色んな貴族に囲まれるヴァレリー殿下とアリスを見る。
そこには可憐な花のように笑うアリスと、そんなアリスを慈しむような表情で見つめるヴァレリー殿下がいて。
“仕方ないわね、私は壁の華でいてあげるわ”
なんて内心傲慢な事を考えつつ、やはり2人の幸せな姿が見れて思わず笑みが溢れた。
“この辺にいようかな⋯”
あまり端の方で隠れるようにいるとレオが職務放棄して飛んで来るだろう事が安易に想像できたので、あまり目立たない、でもレオからも見えるだろう場所に立つ。
そこは近くにテラスのある壁際で。
その場所柄か、単純に穴場だったのか思ったよりも落ち着いた雰囲気で。
のんびりした気持ちで楽しそうなアリス達と、ヴァレリー殿下ではなく私の方を凝視しているレオを眺めていた時だった。
「セシリス嬢」
控えめに声をかけてきたのは、エメラルドのような緑の髪に黒に近い焦げ茶の瞳のレフ様だった。
「レフ様」
さっとお辞儀をすると、軽く頭を下げてくれたレフ様が私にグラスを渡してくれて。
「ワインはいかがですか?私がまた誰かにかけてしまう前に受け取っていただけると嬉しいのですが」
「まぁ⋯」
アリスに一目惚れしたあの時の事を自虐のような皮肉を交えて笑い話にしたレフ様に少し驚く。
“予言書の強制力から脱却したとはいえ、それでもアリスの事を好きだった気持ちはあったはずなのに⋯”
もうこの失恋を乗り越えたのだと彼なりに伝えてくれたのだろう。
“私がアリスとの仲を妨害したのに⋯”
その気遣いが嬉しく感じ、私は素直に手渡されたグラスを受け取った。
しゅわしゅわと口に広がる口当たりの甘いロゼが凄く美味しい。
“これ、気を付けないと飲み過ぎちゃいそう”
なんて思いつつ、おかわりを貰おうかと考えていた私に声をかけてくれたのは。
「パーティーのお酒はそうやってグイグイ呑むものじゃなくて、話の合間に喉を潤す為に少し含む為のものって知らないのぉ?」
「イリダル殿下!?」
きゅるんと上目遣いのイリダル殿下が突然視界に飛び込んできて少し驚く。
ハッとし、慌ててお辞儀をしようとした私の前にさっと手を上げたイリダル殿下は、「必要ないよ」と小さく呟いた。
「?」
遮ったわりに何も話さず、それどころか視線をきょろきょろと動かしていたイリダル殿下は、ぎゅっと両目を瞑ったと思ったら勢いよく私の方に向き直って。
「ーーーあ、りがとっ」
少し顔を赤らめながらそう言った殿下は、すぐにプイッと顔を背けた。
「何がですか?」
「はぁ!?ほんっとそういうとこ!!!~~っ、君には感謝してるって話!」
「毒を弾いた事ですか?」
「それもだけど、その⋯一度も怒らなかったでしょ」
尻すぼみになりながらそう言われ、一瞬きょとんとしてしまう。
“怒る⋯?”
「それを言うなら、最終的に私の無実を証明してくださったのは殿下ですわ。私はあの時何故毒が入っているとわかったのかを最後まで説明は出来ませんでしたから⋯」
「じゃー感謝して!」
「え」
お互いに感謝しあっていい感じになるのかと思ったら、開き直った殿下に苦笑が漏れる。
そんな私をチラッとみた殿下は。
「ボクも感謝するからさ。お兄様の次に好きかも、セシリスの事っ」
「⋯えっ!?」
にひっと笑った殿下はそのままパーティーの輪に戻って行く。
“好き、だなんて⋯”
予言書の強制力でいえば、殿下が好意を抱くのはヒロインで。
悪役令嬢である私にはむしろ嫌悪すら抱いていると書かれていたのに⋯
「イリダル殿下も、もう完全に予言書から脱却したのね」
それは私にとって本当に嬉しい出来事だった。
予言書があったからこそ脱せられた危険ももちろんあるが、やはり強い力を持っている予言書は少し怖くもあって。
遠目で色んな家の令息達と話をするレフ様や、貴族の奥様方に可愛がられているイリダル殿下、いわずもがな貴族達に囲まれているアリスとヴァレリー殿下、そんなヴァレリー殿下のすぐ後ろで護衛の仕事に取り組んでいるレオを見る。
“願わくば、もう何も起こりませんように”
そっとそう願いながら、私は密かに持ってきていた予言書に手を伸ばしてーー⋯
「ッ!?」
“な、ないわ!確かに持ってきていたはずなのに⋯っ!”
あるはずの場所に予言書がなく、一瞬で血の気が引く。
「もしかして探してるのはコレ?」
「え⋯っ!?」
焦る私の後ろ、テラスのドアにもたれるようにして立ち、ちょっと借りてるよ、と笑って言ったのは少し明るめの赤茶の髪に琥珀色の瞳を持った青年だった。
“この人知ってる⋯っ”
誰かはわからなかった、最後の攻略キャラ。
予言書には『名前』と『2周目から攻略可』という謎の説明が書かれていたー⋯
「フロル・サーヴィチ⋯!?」
「あれ、俺の事知ってるの?あぁ、この『どきどきっ!メイドの下克上~たった1つの恋を掴み取れ!~』に書いてあるのか」
思わず呼び捨てにしてしまった私を全く気にしていないようなフロル様は、そのまましれっと予言書を眺めていて。
⋯と、いうか。
「読める⋯の?」
「読めるよ。不思議だよね、慣れ親しんだ文字とは違うのに何故か“わかる”んだよね」
その感覚には覚えがあった。
私が初めて予言書を見たあの7歳の時の私も同じように感じたからだ。
“どういうこと?確かにお祖父様は読めないとおっしゃっていたのに⋯”
だが、先ほど彼が口にしたのは確かに表紙に書いてある文言で。
“この予言書の当事者には、読めるのかしら⋯”
予言書のことを説明出来ず、レオにも隠していた為に今まで気付かなかったが、もしかしたらこの予言書の登場人物であるレオにも読めたのかもしれないと今さらながらに知る。
“それでも、私の破滅が描かれているこの予言書をレオに見せるのは抵抗があるのだけれどー⋯”
なんて少し考え込みそうになった頭を軽く振り、強制的に思考をリセットした。
「その本、私のですわ。お返し願えるかしら」
少し強めの口調でそう伝えると、思ったよりもあっさりと本が返ってきて。
「あ、ありがとうございます⋯?」
予想外だったせいでたじたじとそう伝えると、にこにこと笑っているフロル様としっかり目が合ってーーー
ゾクリ、と体が震えた。
“笑ってるのに、怖い⋯”
レオがたまにする貼り付けたような笑顔ではなく、本当に心から笑っているだろうその笑顔から溢れ出すのは『残虐』なまでの好奇心で。
「ね、俺からのプレゼントは喜んで貰えた?」
「プレゼント⋯?」
「そう。ゾーイ伯爵じゃなく、ブルゾ侯爵の存在に気付いたご褒美に契約書をわかりやすいところに置いておいてあげたんだけど」
そこまで言われ、そういえばレオがそんなことを言っていたかもと思い出す。
「何で気付かれたんだろって思ってたんだけど⋯、その本のおかげだったんだな」
「だったら⋯?」
じわりと冷や汗が額に浮かぶ。
警告音が私の耳に響いてー⋯
「別にどうもしないよ。その本をどう使うのは持ち主次第だし、その本は俺のじゃないからさ」
「なら⋯」
「でもさ。ねぇ、何で俺のルートだけ“起きない”の?」
「起きない⋯?」
「そこに描かれていた“イベント”ってやつの事さ」
指差された先にあるのはもちろん予言書で。
「他の人のはさ、遅かれ早かれみんな合ったのに⋯何で俺だけ何も起きない?『2周目』ってのが引っ掛かってて俺だけ仲間外れなのかな?」
「そんなの、私にはわからな⋯」
穏やかな声色なのに、その威圧感に怯みそうになる。
震えそうな足を叱咤し、必死にフロル様へ視線を向けている私の耳元にふっと顔を寄せた彼は。
「どのルートでも君は死んでいたね⋯。ねぇ、つまり君が死ねば2周目ってのに入れるのかな?」
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ふっと息が耳にかかり、甘くくすぐるように言われたのは余りにも残虐で自分勝手な結論だった。
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