-私のせいでヒーローが闇落ち!?-悪役令息を救え!

春瀬湖子

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フロルルート

38.それは13年ぶりの

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思わずフイ、と顔を逸らした私へ手が伸ばされる。
気付けば目の前にフロル様の手があって。

“!!”

ビクリと肩を跳ねさせギュッと両目を瞑る。

“首を絞められる?それとも顔を捕まれ壁にぶつけられるのかしら”

想像するだけで痛い事を連想してしまい、次に来るだろう衝撃に備えていたのだが。


ーーー?

優しい手つきでそっと頬を一撫でされただけで。

「え⋯?」

驚いて目を開くと、何故か慈しむような優しい瞳と目があった。
視線が合った事に気付いたフロル様は、そのままじっと私を見ながら1房髪を掬いそっと口付ける。

「ーーッ!?」

その突然の行動に動揺し、あっという間に私の顔は真っ赤になってしまった。


「アンタが、俺のヒロインなら良かったのに⋯」
「何を⋯」

ポツリと紡がれた言葉に驚いて目を見開く。

「今からでもさ、俺のヒロインになってよ」
“私がフロル様のヒロインに⋯?”


一緒に過ごし、トラブルに遭い、二人で解決し育む。
予言書の流れに沿って起こる全てをスパイスにして、彼と過ごす事を想像し⋯

私は静かに首を振った。


「それはアンタが悪役令嬢だから?」
「いいえ、違うわ」

求められるがまま頷いたなら、目の前の彼の孤独を救えるのかもしれない。
この予言書の持ち主として、そしてメインルートを進めた本人として責任を取るべきなのかもしれない。

けど。


「私が、レオのヒロインだからよ」

私のヒーローは、こんな時でも一番に思い浮かぶ顔は。

“レオだけだわ”


真っ直ぐ目を見つめながらハッキリそう伝えると、少し目を見開いた彼はすぐにその目を細めて。


「ーーーそっか」

そう一言だけ答えてくれた。





「⋯貴方にも、きっとたった一人の誰かが現れるわ」
「やっぱり俺のヒロインはアリス・フィスって事なんだね」

切なくも穏やかな雰囲気に少し安堵した私が発した言葉に被せるように、あはっと細めた瞳を弧を描くように歪ませたフロル様がそう言って。


「ーーい、痛っ!」

ギリッと私の腕を強く掴んだ。

「大丈夫、俺君の事気に入っちゃったから、一瞬で逝かせてあげるよ」
「何を⋯っ!」
「死に顔、穏やかに笑ってね」

クスクスと笑うフロル様の瞳が全く笑っていない事に気付いた私は、ザッと一瞬で顔を青ざめさせる。

“ダメ、本当に殺される⋯!”

掴まれる腕がキリキリと痛み、力では敵わない事を思いしらされる。
何か打破する言葉はないか、と必死に頭を回転させた私は。


「私が死んだら、どうして2周目に行けると思い込んでいるのかしら!?」

それはほぼでまかせの一言だったが。

「⋯どういう意味?」

ピタリと動きを止めたフロル様。

“やったわ!”
少しでも時間を稼がなくてはと必死な私は、それらしいことを重ね説得を試みる。


「だってフロルルートにも、私の出番はあるでしょう!?」
「⋯⋯⋯。」


情報屋、フロル・サーヴィチ。
彼のルートでは他のルートのように婚約者という立場では出なかったものの、彼に苛烈なまでの恋心を抱いていると書かれていた。

“フロル様に想いを寄せるセシリスは、フロル様が想いを寄せるヒロインに嫌がらせをする”
それがフロルルート。


「私が嫌がらせをしなくちゃ、そもそも二人の恋は進まなかったはずだけど」
「でも、今まで起こった事のほとんどは他の奴が本の中のアンタと同じことをしてたけど?」

その指摘は正しくて。

“私が死んで2周目に入って。そして他の人が私の代わりに悪役に抜擢される⋯、あり得るわね”

思わず黙り込んだ私を、フロル様は貼り付けた微笑みのような表情で眺め、再び腕に力を入れて歩きだす。


「わ、私をどうするつもりよ⋯っ!」
「俺のルートでの君の死に方は『餓死』。まだ俺のルートは始まってないというのは推測だからさ、念のため俺のルートでの死に方で破滅して貰うよ」
「な⋯⋯っ!」
「あーぁ、一瞬で逝かせてあげようと思ったのになぁ?」

そのまま引き摺られるように歩かされた先にあったのは。


「牢屋⋯?」

この場所自体がまるで地下牢のようだと感じたのに、連れられた場所はまさに“本物”で。


「きゃ⋯⋯っ!」
ガチャン、と音を立てて開いた牢屋に投げ込まれるようにして入れられる。

石畳に転がった為膝を擦りむくが、それどころではなくて。


「さぁ、ここで緩やかな終わりを。」
「待⋯っ!!」

再びガチャンと音を立てて、無情にも扉は閉じられた。


“嫌、私ここから餓死するまで出られないの!?”

飲み物も食べ物もないこの場所で、私は死ぬのを待つしか出来ないのだろうか。


「出して!こんなところいたくない⋯っ」
『出して!こんなところいたくない⋯っ』

“私、昔も同じことを言った気がする⋯?”
チリッとした何かが私の中で引っ掛かる。


ーーレオは。
私の居なくなったあの甘い監獄で何を思うのだろう?

私は、レオの濃い灰色の瞳から涙が1粒零れるのを想像してーー⋯



「帰りたい、私を帰してよ!!」
『帰りたい、お家に帰りたいの⋯っ』


あの時の私は泣いてたのかしら。


「助けて⋯」
『助けて、おとうさま、おかあさま⋯っ』


あの時助けを求めたのは両親だけだった⋯?


「助けて」


違う、私が助けを求めたのは。



「『レオ⋯っ!!』」




「はい、もちろんですよ。セリ」


今朝も聞いたはずの、世界一愛おしい声が私の名前を呼ぶ。
たったそれだけの事が、泣きたくなるほど嬉しくて。


「ーーーなっ」

想定外の声に驚いたフロル様だったが、振り向く事なく後ろから蹴られ扉の柵にぶつかった。

ガチャンと大きな音を立てた扉は、それでも開くことはなくて。


「今の衝撃で壊れてくれたら良かったんですけどね」

なんてしみじみと呟きながらフロル様の頭を鷲掴んだレオは、そのまま顔面を何度も床にーー⋯


「ちょ、ストップストップストップ!!!やりすぎやりすぎやりすぎよっ!?」

ひぇっと焦りながらそう叫ぶと、私の声を聞き止まったレオがじっとフロル様を見て。


「⋯⋯はい、セリがそう言うなら」
と、満面の笑みでそのままフロル様を端っこへ投げ捨てた。

“む、むごい⋯”

私が少し呆然としつつ眺めていると、あっさりと気絶してしまったフロル様のポケットから鍵を取り出したレオはすぐに私を牢屋から出してくれて。


「よし、これで完璧ですね」
「全然絶対めちゃくちゃダメだと思うけど!?」

さらっとフロル様を牢屋へ入れて鍵をかけた。


“ちょ、これって最終的に餓死するのってフロル様じゃない!?ルート始まってないのに悪役令息に配役されてしまったってこと!?”

呆気に取られていた私は、そのままここから出ようと歩きだしたレオの腕を掴んで必死に止めた。

「これはダメ、これはダメだと思います!」
「⋯⋯どうして?」
「どうしてって⋯」

ちらりとこちらを見るレオはとても冷めた視線をしていて。
一気に体感温度が下がるが、それでもここで引き下がる訳にはいかなくて。


「レオに、こんな形で誰かを傷つけて欲しくないの」
「僕?」
「そう!私が心配してるのは餓死するかもしれないフロル様じゃなくてレオの方よ」

ハッキリそう断言すると、少し考え込んだレオが小さく首を左右に振る。


「僕にはその価値はありませんよ⋯」

その呟きは酷くか細かった。

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