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第1章 邂逅
蘇る悪夢
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「冷撫、記録には残したか?」
「ええ。ばっちりです」
証拠は残しておかなければ、後で何か文句を言われても困る。
俺と冷撫は後処理にはいっていた。
冷撫は少女の安否が気になるようで、うつむいた少女をのぞき込んでいる。
俺はそんな中、感情が過ぎ去ったような――急激な空虚感に苛まされていた。
完全にやらかしたかも知れない、という気持ちが大きい。
この力は決して、こんな取るに足らない雑魚に向かって使うような物ではなかったはずだ。
――いや、いい。
考えれば考えるほど、気分が落ち込む。
「私、今から入学式でっ……」
少女は、何やら慌てたような顔で状況を説明していた。
怯えたような表情もしている。
髪は紺色で、気品溢れるといえばいいのか、どこかしら正真正銘のお嬢様といった雰囲気の少女だ。
背丈も冷撫と同じくらいであるが、――俺は冷撫のほうがいいな。
この少女、必要以上……無駄に庇護欲をかき立てられるせいで、男受けは良さそうだが。
――どうも、うさんくさく感じる。
「もう入学式は始まっているはずですよ。入れないと思いますけど」
「えっ」
ショックを受けたような顔をした少女に、俺は目を合わせなかった。
こういう後処理はパパッとやってパパッと立ち去るのがいい。
面倒ごとに巻き込まれたくないし、俺はこの少女の存在に興味は特にない。
「私の名前は鈴音と言います。貴女は?」
しかし、俺の考えとは裏腹に冷撫は自己紹介を始めていた。
早く終わらせてくれ――。
そんなことを考えながら、男達の様子を見ていた頃だった。
俺は、その名前を聞いてしまったのだ。
「東雲契と申しますっ。……ええと、火威家の――ですよね?」
――最悪だ。
俺は心の深淵から、この女を助けた事を後悔した。
5年前の、記憶を思い出してしまった。
――あの審査に落ちた日、こちらを冷ややかな目で見つめていた幼なじみの事を。
物心のついた頃から一緒に居た幼なじみ「だった」存在の事を。
『仲の良い』と勝手に思っていた、その少女の事を。
『ごめんなさい。【顕現者】の素質がない人と、一緒にいると無能が感染るって親に言いつけられてるんです。だから近寄らないで下さい、劣等顕現者さん……。
あっ、まだ【顕現者】ですらないんですものね』
そう冷たく、俺を突き放した少女の事を。
あのときまで、好意を持ち合っていたと思っていた、あの女のことを。
『本当、あのときに蒼穹城家へやってきていましたら良かったのに。
そうしたら、存在ごと進様が消してくれていましたのに。
……あんな無能と、口約束とは言え【未来を歩んでいこう】なんて言い合っていたなんて。
――口が汚れてしまいましたわ』
数年前の会議で、躊躇無くそう言い捨てた女の事を。
――俺は忘れない。
蒼穹城進に無理強いなんてされていなかった。
ああやって俺の存在をこき下ろした女が、今。
目の前にいる。
――ドクドクと心臓が脈打ち、頭に血が流れ込む。
脳は、心は。
黒い炎によって煮えたぎり、沸騰しかけている。
……それでも、俺は。
俺は自分でも不思議に思えるほど、冷静だった。
復讐の時は、今なんかじゃない。
本能がそう告げている。
「あっ……」
ちらり、と冷撫の方をみやる。
俺の事情を知っていて、先程俺の真意を聞いた彼女は、結果的に自分が何をしたのか理解したようだ。
東雲契へ浮かべていた愛想笑いが、引きつりつつある。
――そして、俺と東雲契を、引き離す。
「私達はもう行きますが。貴女も、ここにとどまらない方が良いですよ」
「本当に、ありがとうございました……」
よし、さっさと離れよう。
頭に血が上りすぎて頭痛すらしてきたのを、必死に無視しようとして。
しかし、相手はそれだけで終わらせてくれるはずなんてない。
「あのっ……! お名前を教えてくれませんか?」
その言葉を聞いて、俺は。
ただ単純に『気づかれていないんだな』と安堵することが出来た。
5年も月日が過ぎたのだ。
俺は顕現力を含めた鍛錬によって当時から体つきも、髪の毛の色も、顔つきすら変わった。
――さて、どうしようか。
この女に、本名を教えてやるべきだろうか。
それとも、一旦保留するべきか。
……後者だな。
ここでネタバレをするメリットは皆無だ。
しかも、この女が最初ではない。
一番最初に蒼穹城進。
その後に「元」兄であった刀眞遼。
東雲契は、最後だ。
「ゼクス・ファーヴニル」
名前を教えてやらない、という選択肢は――。
後で大事になりそうだから却下。
さて、離脱しよう。
――このままだと、殺意を堪えきれなくなさそうだから。
――――
半ば冷撫を引っ張るようにして、早足で校舎裏から抜け出す。
「ごめんなさい」
立ち止まり、振り返る。
冷撫は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「申し訳ないです。私、知らなくて」
「いいよ、冷撫のせいじゃない……」
今ここで冷撫に当たったところで、何も生まない。
俺は十分以上に理解できていた。
しかし、憔悴が止まらない。
今さっきの数分間で、10年も年を取ったような感覚だ。
数限りある僅かな正義感が、全くの無駄になったことを、俺は言葉に表せなかった。
「本当に、ごめんなさい」
「いいって。……冷撫は、自身の信じる正義感で、俺に頼んだんだろう?」
でも、怖い顔をしていますと冷撫は言う。
それは自分自身も分かっている。
標的である人物を、気付かずに助けたなんて。
正直夢だと思いたい。
俺は彼女を傷つけるために、この学園へ来たというのに。
冷撫は、自分が悪いと言って欲しいんだろうか。
なんとなく、分かる気がする。
しかし、俺は彼女を責めることが出来ない。
今回のようなことがもう一度起こるとして、東雲契でない可能性の方が確実に高いからだ。
運が悪かったのだ。俺も、冷撫も。
「…………」
返事はない。
冷撫は真面目な女性だ。
だからこそ。ああいうのは同性ということもあって、倫理的な意味でも見過ごすことが出来なかったんだろう。
でも、俺は違う。
俺は自身と、その周りさえ良ければそれでいい。
冷撫みたいに真っ直ぐな心は、もう持ち合わせていないし。
刀眞一族を見ていたら、最初から持ち合わせていたのかすら怪しい。
「これ、返すよ」
彼女の警棒――【顕装】を返す。
はっとして受け取る冷撫。そういえば、返すのを忘れていたな。
「アマツくんと合流しましょうか」
「そうだな」
そろそろ入学式も、終わった頃だ。
「ええ。ばっちりです」
証拠は残しておかなければ、後で何か文句を言われても困る。
俺と冷撫は後処理にはいっていた。
冷撫は少女の安否が気になるようで、うつむいた少女をのぞき込んでいる。
俺はそんな中、感情が過ぎ去ったような――急激な空虚感に苛まされていた。
完全にやらかしたかも知れない、という気持ちが大きい。
この力は決して、こんな取るに足らない雑魚に向かって使うような物ではなかったはずだ。
――いや、いい。
考えれば考えるほど、気分が落ち込む。
「私、今から入学式でっ……」
少女は、何やら慌てたような顔で状況を説明していた。
怯えたような表情もしている。
髪は紺色で、気品溢れるといえばいいのか、どこかしら正真正銘のお嬢様といった雰囲気の少女だ。
背丈も冷撫と同じくらいであるが、――俺は冷撫のほうがいいな。
この少女、必要以上……無駄に庇護欲をかき立てられるせいで、男受けは良さそうだが。
――どうも、うさんくさく感じる。
「もう入学式は始まっているはずですよ。入れないと思いますけど」
「えっ」
ショックを受けたような顔をした少女に、俺は目を合わせなかった。
こういう後処理はパパッとやってパパッと立ち去るのがいい。
面倒ごとに巻き込まれたくないし、俺はこの少女の存在に興味は特にない。
「私の名前は鈴音と言います。貴女は?」
しかし、俺の考えとは裏腹に冷撫は自己紹介を始めていた。
早く終わらせてくれ――。
そんなことを考えながら、男達の様子を見ていた頃だった。
俺は、その名前を聞いてしまったのだ。
「東雲契と申しますっ。……ええと、火威家の――ですよね?」
――最悪だ。
俺は心の深淵から、この女を助けた事を後悔した。
5年前の、記憶を思い出してしまった。
――あの審査に落ちた日、こちらを冷ややかな目で見つめていた幼なじみの事を。
物心のついた頃から一緒に居た幼なじみ「だった」存在の事を。
『仲の良い』と勝手に思っていた、その少女の事を。
『ごめんなさい。【顕現者】の素質がない人と、一緒にいると無能が感染るって親に言いつけられてるんです。だから近寄らないで下さい、劣等顕現者さん……。
あっ、まだ【顕現者】ですらないんですものね』
そう冷たく、俺を突き放した少女の事を。
あのときまで、好意を持ち合っていたと思っていた、あの女のことを。
『本当、あのときに蒼穹城家へやってきていましたら良かったのに。
そうしたら、存在ごと進様が消してくれていましたのに。
……あんな無能と、口約束とは言え【未来を歩んでいこう】なんて言い合っていたなんて。
――口が汚れてしまいましたわ』
数年前の会議で、躊躇無くそう言い捨てた女の事を。
――俺は忘れない。
蒼穹城進に無理強いなんてされていなかった。
ああやって俺の存在をこき下ろした女が、今。
目の前にいる。
――ドクドクと心臓が脈打ち、頭に血が流れ込む。
脳は、心は。
黒い炎によって煮えたぎり、沸騰しかけている。
……それでも、俺は。
俺は自分でも不思議に思えるほど、冷静だった。
復讐の時は、今なんかじゃない。
本能がそう告げている。
「あっ……」
ちらり、と冷撫の方をみやる。
俺の事情を知っていて、先程俺の真意を聞いた彼女は、結果的に自分が何をしたのか理解したようだ。
東雲契へ浮かべていた愛想笑いが、引きつりつつある。
――そして、俺と東雲契を、引き離す。
「私達はもう行きますが。貴女も、ここにとどまらない方が良いですよ」
「本当に、ありがとうございました……」
よし、さっさと離れよう。
頭に血が上りすぎて頭痛すらしてきたのを、必死に無視しようとして。
しかし、相手はそれだけで終わらせてくれるはずなんてない。
「あのっ……! お名前を教えてくれませんか?」
その言葉を聞いて、俺は。
ただ単純に『気づかれていないんだな』と安堵することが出来た。
5年も月日が過ぎたのだ。
俺は顕現力を含めた鍛錬によって当時から体つきも、髪の毛の色も、顔つきすら変わった。
――さて、どうしようか。
この女に、本名を教えてやるべきだろうか。
それとも、一旦保留するべきか。
……後者だな。
ここでネタバレをするメリットは皆無だ。
しかも、この女が最初ではない。
一番最初に蒼穹城進。
その後に「元」兄であった刀眞遼。
東雲契は、最後だ。
「ゼクス・ファーヴニル」
名前を教えてやらない、という選択肢は――。
後で大事になりそうだから却下。
さて、離脱しよう。
――このままだと、殺意を堪えきれなくなさそうだから。
――――
半ば冷撫を引っ張るようにして、早足で校舎裏から抜け出す。
「ごめんなさい」
立ち止まり、振り返る。
冷撫は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「申し訳ないです。私、知らなくて」
「いいよ、冷撫のせいじゃない……」
今ここで冷撫に当たったところで、何も生まない。
俺は十分以上に理解できていた。
しかし、憔悴が止まらない。
今さっきの数分間で、10年も年を取ったような感覚だ。
数限りある僅かな正義感が、全くの無駄になったことを、俺は言葉に表せなかった。
「本当に、ごめんなさい」
「いいって。……冷撫は、自身の信じる正義感で、俺に頼んだんだろう?」
でも、怖い顔をしていますと冷撫は言う。
それは自分自身も分かっている。
標的である人物を、気付かずに助けたなんて。
正直夢だと思いたい。
俺は彼女を傷つけるために、この学園へ来たというのに。
冷撫は、自分が悪いと言って欲しいんだろうか。
なんとなく、分かる気がする。
しかし、俺は彼女を責めることが出来ない。
今回のようなことがもう一度起こるとして、東雲契でない可能性の方が確実に高いからだ。
運が悪かったのだ。俺も、冷撫も。
「…………」
返事はない。
冷撫は真面目な女性だ。
だからこそ。ああいうのは同性ということもあって、倫理的な意味でも見過ごすことが出来なかったんだろう。
でも、俺は違う。
俺は自身と、その周りさえ良ければそれでいい。
冷撫みたいに真っ直ぐな心は、もう持ち合わせていないし。
刀眞一族を見ていたら、最初から持ち合わせていたのかすら怪しい。
「これ、返すよ」
彼女の警棒――【顕装】を返す。
はっとして受け取る冷撫。そういえば、返すのを忘れていたな。
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「そうだな」
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