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大好きなアナタを最高の舞台で振って差し上げますわ!

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 時は王妃の誕生日パーティ、場所は王城の広間のど真ん中。主役である王妃という立場であるユフィリアは微笑みながら、貴族たちからの祝いの言葉を受けている。
 その中、騒めいたかと思うと、ユフィリアを先ほどまで囲んでいた貴族たちはすぐさま横に避けて道を空ける。その空いた道を通ってくるのは夫である国王陛下だ。

「ユフィ、おめでとう」

 美しすぎて直視出来ない程の美貌を持ち、且つ戦争をせずに各地を収める賢王と言われる国王陛下としては超が付くほど理想的な人物である。だが夫としては最低であった。
 だからユフィリアは決めていた。今日、この日に告げることを。

「誕生日お祝いを言葉以外にもいただけますか?」

「もちろんだとも。私の美しい妃よ」

「なんでも叶えてくれます?」

「あぁ。叶えられるものであれば、何でも」

 言質を取ってユフィリアは微笑んで、己の指から結婚指輪を抜き、床に落とした。
 国王陛下と王妃の結婚指輪だ。法外な値段のする国宝級の指輪が、カツン、と音を立てて落ちて、その場に留まる。大きな宝石が付いた指輪は転がらずに国王とユフィリアの間に。

「なら離縁を。私は本日、この時を持って王妃の座を降ります。さよなら、陛下」

 あまりの出来事にシン、と広間が静まる中、ユフィリアは国王陛下に一礼して、先ほど国王陛下がユフィリアに向かって歩いてきた道を逆行して歩いていく。
 ヒールの音がカツン、カツン、と響き、ユフィリアは広間を出るときも一礼し、そのまま静まり返った広間を無視して、城門へと向かって歩いた。
 国王陛下はユフィリアを追っては来ない。それは当然かもしれない。何故ならば先日、側妃が懐妊したからだ。対して三年も前に結婚したユフィリアに懐妊の兆しはない。
 王妃に求められるのは、外交も社交も色々あるが一番はお世継ぎだ。ユフィリアは一番大切なこと以外は完璧だと比喩され続けた。だが、数か月前、他国から政治的判断で側妃になった彼女はあっという間にそれをやってのけた。
 城門へ向かえば既にユフィリアの騎士、リリアがいる。彼女はユフィリアがどんなに貶されているか知って激昂してくれて、国王陛下と離縁すると言った時、ついてくると言ってくれた大事な臣下であって、今は友だ。

「いきましょうか」

 笑うリリアに釣られてユフィリアも笑う。実家にも戻れない今、ユフィリアは国外逃亡をするべく、リリアの用意してくれた馬車に乗って王城を去った。



 ――――――――――――――



 時は三年前に遡る。ユフィリアは公爵家の令嬢として国王陛下と、初恋の人と結婚式を迎えた。
 幼い頃から政治的な思惑で婚約者であった国王陛下であるルイスに、ユフィリアは恋心を抱いていた。だからこそ待ち望んだ結婚式でもあった。
 準備も入念に、また厳しい王妃教育にも耐え続けた。だからルイスに嫌われていることに気が付かなかったのだ。

「これは責務だ。だから抱くだけ。俺はお前が嫌いだ」

 初夜の日に最初に告げられた言葉にユフィリアの心は傷つけられた。
 だがまだどこかで期待していた。ルイスに今から好きになってもらえればいいのではないか、と王妃の業務を行いながら必死にルイスにお茶を誘ったりなんだりと、アプローチを行った。
 結果惨敗だったわけだが、妃はユフィリア一人。だから責務だといい、抱かれる日々が続く。
 ユフィリアは国王陛下には子どもを産む道具としか扱われず、臣下にはいいように雑務を振られる日々に、徐々に消耗していく自分を感じていた。

「ルイス様、いえ、国王陛下。何故、私を嫌いなのですか?」

 一度聞いてみたいと思い、寝屋の時に勇気を振り絞って聞けば返ってきた答えは残酷だった。

「お前だからだ。お前の存在、そのものが俺を苛立たせる」

 存在そのものを否定する言葉に、何も言う術なくユフィリアはまた黙って抱かれた。
 だがこっそりと自分の信頼できる臣下である騎士のリリアに頼んで避妊薬を飲んでいたからこそ、国王陛下がいくら抱いても子どもは出来なかった。
 ある意味、ユフィリアにとっては仕返しだった。愛してもいないのに、妻としても外の目があるときしか扱わないのに、王妃の責務を丸投げなのに、さらに子どもを産めという国王陛下へ。
 しかしこれも長くは続かない仕返しだとはユフィリアは気づいていた。王家に跡継ぎがいないなんて、あってはならないからだ。だから側妃の話が来たときは、素直にどうぞと言った。
 ユフィリアの国王陛下への愛情は年を重ねるごとに薄れていき、憎しみへと変わっていったからだ。
 黙って抱かれ、王妃の責務だけを熟すロボットのように働いた。子どもが産めない以外完璧な王妃様、なんて嘲笑われるくらいに、一番の責務以外を全て熟して見せた。

「ユフィリア、その、なんだ、夕食でも共にするか」

 側妃を取った罪悪感からだろうか、国王陛下が初めてユフィリアを私的に誘ってきたが削げなく断った。
 責務として抱かれはするが、それ以外に国王陛下との時間を割くことを辞めたのだ。側妃が出来た今、パーティも側妃を連れていけばいい。
 ユフィリアは指にある結婚指輪をそっと撫でる。こんな殺伐とした結婚生活を望んでいなかった。だが結婚を望んだのはユフィリアと政治的な絡みがある連中だけで、肝心の国王陛下であるルイスは望んでいなかった。
 だから愛する者として最後に出来ることは一つだとユフィリアは覚悟を決めた。
 立場上、簡単な事ではない。だがそれでも愛しているから、私の存在が苛立たせるのなら、私がいなくなれば彼は幸せになれるのだ。
 準備に準備を重ねて、ユフィリアは国王陛下に別れを告げた。


 ――――――――――――――


 ユフィリアが馬車で向かった先はとある森にある一軒家。
 複雑な森の中にポツンと建つそこには、ルイスは覚えていないだろう思い出の場所であった。
 第一王子と公爵家の令嬢と、生れたときから肩書があった二人はよく遊んだ。次第に哲学やマナーを学ぶために許されなくなったが、その日まで男女関係なく、友達として遊んだのだ。
 あの時はユフィリアをユフィではなくリアとルイスは呼んでくれて、ユフィリアもルイと呼んで、楽しかった思い出しか詰まっていない場所だ。
 何故、森の小屋で遊んでいたかは秘密基地のようで楽しかった事と、その森は王家の管轄で安全が保障されていて護衛付きだったからだ。

「戻れないのね……」

 ユフィリアは思い出に馳せながら小屋にある椅子に座る。
 当時は大きかった椅子も今は普通に座れる。

「いいのですか?」

「もちろんよ」

 一緒に付いてきてくれたリリアが灯油を事前に巻いてくれていた。
 後は落とすだけ。
 当たり前だが国王陛下が追ってこなくても、騎士団は追ってきた。

「王妃陛下!」

「近寄らないで」

 小屋の扉を勢い良く開けた騎士団長を止める。騎士団長も灯油の臭いに気づいたのだろう。顔を顰める。

「馬鹿なことはなさらないでください」

「『王子様とお姫様』シンデレラストーリーに悪役は不要よ」

「お姫様は貴女様です」

「いいえ。分かるでしょう? 私がどんな扱いを受けて、彼女がどんな扱いを受けていたのかを」

 騎士団長が黙った瞬間、ユフィリアは火種を一つ床に落とした。
 事前に灯油を巻きまくったため、火はぶわっと一気に巻き上がり、騎士団長はユフィリアを助け出そうと手を伸ばすが、それを剣でリリアが制する。リリアも火を渦巻く中心にいるユフィリアの隣を離れなく、火の回りが早く、騎士団長が他の団員に背を引っ張られると小屋はあっという間に火に包まれて、崩れ去った。
 それをユフィリアとリリアは別の場所から見ていた。
 あの小屋に仕掛けがあると知ったのは王妃になってからだが、床が抜けて地下通路を通れるようになっていたのだ。
 王妃役とリリア役の死体は、最近死亡してしまった方々にしていただいた。
 騎士団長が来たため、ギリギリまで小屋に滞在しないといけなかったユフィリアは冷や冷やさせられた。早く逃げ出したいものの、騎士団長が引っ張られ、火が渦巻いてくれるまで逃げ出すことが出来なかったので、本当にあと少しで火だるまであった。

「怖かったわぁ……」

「間一髪もいいとこでしたね」

「本当。私、死ぬ気までなかったもの」

 そこからユフィリアとリリアは地下道を通って、逃げて庶民の中へ紛れ込んで、この混乱を見届けた。
 国王陛下が王妃陛下に振られた。王妃陛下が自殺。側妃の懐妊は嘘。色々なゴシップネタが飛び交い、庶民から面白がられている王家は威信も何もあったものではないだろう。
 そして側妃は思った以上に仕事が出来ないらしく、側妃は王妃に昇格したが、すぐさま威信は地に落ちた。国王陛下も実はユフィリアが肩代わりできるものは全部していたため、一気に仕事が押し寄せて疲弊しているらしい。
 ユフィリアにとっては望んだ結末を得られたのだが、どこかしっくりこなかった。
 何故、と思い返し、あぁと忘れていたことを思い出したユフィリアは庶民になるべく切った髪を補うべくカツラを買って、適当に安価なドレスを見繕って、あの地下通路を通って再度王家の領土内に入ると、驚くことに小屋に向けて祈りを捧げている人物がいた。

「ルイ……」

 思わず声をかければ国王陛下であるルイスは振り返り、ユフィリアの姿を見て驚いていた。
 当然だ。死んだと思われているのだから。

「王妃、いや、リアなのか?」

「嘗てユフィリアだった人、かな」

「そうか……」

 国王陛下に護衛がいない訳はない。だが出てこないところを見ると様子見か。

「一つ、ユフィリアに伝言を頼めないか」

「嫌です」

「はっきり言うな。だがもう、君にしか託せないのだろう?」

「そうですね」

 ユフィリアという王妃は死んだのだ。生き返るわけにはいかない。

「俺はユフィリアが嫌いだった。何でも出来て、何でも比較される。死んでも尚、ユフィリアと対比し続けられる。苦痛だった。だから意趣返しに、彼女以外に妃を娶った。悔しがる姿が見られると思ったんだ」

「結果、どうだったんですか?」

「冷めた目で、どうぞ、と。もうユフィリアは俺を見ていなかった。ただただ虚しくて、その時に俺はユフィリアに振り向いてほしかったんだと思ったよ」

「振り向きませんでしたね」

「あぁ。最初、俺がユフィリアに対して振り向かなかった。だからそう都合よくいかなかったよ」

 苦笑する国王陛下はユフィリアを眺める。このボロボロのカツラを被って、安価なドレスを着た、嘗ての栄光の欠片もない姿だ。
 嘗ては社交界の花として咲いていたが、今は野花にも劣るだろう。

「嘗てユフィリアだった私はやり残したことがあったので、ここに来たんです」

「やり残したこと?」

「えぇ」

 ユフィリアは思い切って手を振り上げて、国王陛下の頬を叩いた。バチンっと綺麗な音が鳴り響いた。
 瞬間木陰が揺れたが、国王陛下がそちらに向いて首を横に振る。

「……これか?」

「後、一言。お前みたいな屑と一瞬でも夫婦だった事、後悔するわ」

 言うなり国王陛下であるルイスは真っ赤な頬のまま、爆笑した。頭でも壊れたかと思う程に。

「いや、面白い。面白過ぎるよ。俺は逆だ。君みたいな人と一瞬でも夫婦だった事、最高に幸せだ」

「すっきりしたので、帰ります」

「あぁ。もう会う事はないだろうがな、嘗てユフィリアだった人よ。俺はどうやらユフィリアを愛していたらしい」

「……そうですか。なら二度目の失敗がないことを祈りますよ」

 もういいか、と隠し扉をルイスの前で開けてユフィリアは去った。
 その後、恐らく隠し扉の先は調べられて塞がれたとは思う。ユフィリアはあれ以来使用していないから分からないのだ。
 だが一つ、ルイスは二度目の失敗はしないよう、嘗て側妃で現王妃を大事にしていると噂されている。

「羨ましいですか?」

 ずっと逃亡から付いてきてくれているリリアは赤ん坊を抱きながら、ユフィリアに問う。その問いにユフィリアは首を横に振った。
 リリアは庶民になってから結婚して、赤ん坊を産んでも尚、ユフィリアの世話をしてくれているが、ユフィリアも庶民として働いて慣れてきた。

「嬉しいわ。私の大好きな人が返ってきたんだもの」

 会っていないが、きっと嘗てユフィリアが愛した人が、今は遠い王城で暮らしている。そう思うだけでユフィリアは嬉しかった。

 届かなくても、愛している。ユフィリアは今日も王城を見て、職場へと向かった。
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