姉ちゃんの失恋

月波結

文字の大きさ
8 / 23

第8話 黙ってたけど彼女じゃない――ツバキ

しおりを挟む
 しまった。
 何をしているんだろう? いいことをした気がこれっぽっちもしない。
 なんで弟と何度もキスしてんの?
 キスした後、何気ない顔してクーリッシュをゴミ箱に捨てて、
「シャワー浴びてくる」
と言ってリビングを出た。カエデが持ってきてくれた濡れたタオルを、汗をかいた服と一緒に洗濯機にぶち込む。
 低めの温度に設定した温《ぬる》いシャワーがこぼれて、悪いわたしを洗い流してくれる。あーあ。
 あーあ、である。
 何だかめちゃくちゃだなぁ。
 そう、大体あの男は何を話したかったんだろう? まったくもってわからない。わたしを捨てたくせに。男なら勝負に出てもいいんじゃないの、と思っていた。それから、わたしと付き合ってるから成績が落ちたとか、そういう話込みなのかなとも思った。
 どちらにしても、あの男を動かす起爆剤に自分がなれないなら、これ以上一緒にいてもいいことがないんじゃないかと、そう思ったんだ。
 好きか、と問われたら好きだろう。あんなに真摯な目で正義を説いたかと思えば、同じ目で「ツバキ」と呼んでくれる。少し癖のある柔らかい髪も触り心地が良くて好きだった。柳くんの家にいるヨークシャーテリアのラブちゃんと手触りが似ていた。
 キスをする時、柳くんの頭の後ろに手を回すといつもそれを考えた。ああ、ラブちゃんの感触。柳くんの家はフワフワだ。
 もっとも……カエデのさらさらした、風に揺れそうな髪もとても好きだけど。細くてまっさらな髪がクーラーの風に揺らされていると思ったら、キスしていたから揺れているのだと気づいた。目を細く開けてそれを見ていた。
 別にキスする時に目を開ける派ではないのだけど、目をタオルで押さえてられなくなってそろそろと手をどかすと、目の前にカエデの夢中になっている顔が見えた。
 もちろんわたしだけが醒めていたわけではなく、わたしもその行為に溺れていたわけだけれど、カエデの顔を見た時に本当にそう思った。
 ヤバい、気持ちいい。
 アイスで冷たくなった口の中に生あたたかい舌がぬっと入ってくる。そうしてわたしを探して口の中を動き回る。やだ、この子。この前も思ったけどキスが上手い。巧妙に追い立てられて捕まる。いや、捕まりたくて捕まるのかもしれない。
 ああ、今日も彼女、来てたっけ……。
 キスくらいはしたんだろうな……。
 二番目か?

「あのさー」
「ん? 髪、拭いてあげようか?」
 せっかくだからお願いする。カエデが髪を拭いてくれるといつも眠たくなってしまう。罪作りな美少年だ。細くて長い、白い指先はピアニストのもののようで、わたしの髪を丹念にタオルドライしてくれる。頭が前後にいい感じに揺れる。
「あのさー」
「うん、どうしたの?」
「彼女、夏休みの間、毎日来る?」
「あー」
 弟は突然、歯切れが悪くなった。彼女の話を姉にするのはそんなに不都合なんだろうか? ……たぶん、あまり言いたくないだろうし、言われたくないだろうけど。
「言っておく。アイツ、約束してない日でも勝手に来るんだよ。でも困るって言っておく」
「『困る』? 彼女なのに?」
「自分勝手なヤツだからさ」
「ヤルことヤッてて、『困る』の? 勝手にかもしれないけど、来ればヤルんでしょ?」
 カエデの気持ちのいい細い指が、ピタッと止まった。言い過ぎたかな、と反省が入る。わたしたちだって上手く行ってる時にはそういう時があったのに。
「じゃあさ」
「う、うん……」
 よくわからない力に圧迫される。とても顔を見上げられる雰囲気じゃない。タオルはカエデの手の中にあって、わたしの髪はあろうことか貞子のような状態で留まっていた。
「ツバキがヤラせてくれんの?」
「な、なんでそうなんの? つーかさ、一応、姉だし」
「キスはするじゃん。ツバキから誘ってくるじゃん」
「それとこれとは」
「一緒でしょ? ツバキがそういうことでガタガタ言うなら、アオイとはもう会わない。僕はそれでいいんだ。アイツと会わなくちゃならない理由は本当はないんだ」
 いい加減にしなさいよっ! と、振り返りざまに振り上げた手首を、見事に捕まえられてしまう。ああ、こういうところはしっかり男の子なんだなぁと不思議とがっかりする。わたしの知ってるカエデは、カブトムシさえ持てなかったのに……。
 形勢は不利。
 負けの気配濃厚。
 迅速に切り上げるべき、なのに。自分が人形になったみたいにパタンと簡単に背中からソファに沈む。
「彼女のこと、大切にしなくちゃ……」
「黙ってたけど、彼女じゃないんだよ」
 そうなのか、と一人、キスを受けながら納得する。彼女じゃないから、外で会ってたりしないんだ。だからいつも家に来るんだ。ホテル代もバカにならないし。
 つまりはあれだ。セフレってやつ? 高校生でもいるんだ。カエデみたいに見た目も中身も真面目そうな男子にも……。
「キスマーク、つけないで」
「どこがいい? 首筋? うなじ? ……鎖骨?」
「ダメ……夏だから隠しようもないんだもん」
「じゃあ大サービスしてうなじ。僕、ツバキのうなじ好きだよ」
 抗えない自分がバカみたいだ。
 覆い被さるカエデの下で、その背中にしがみついて全身で感じている。うなじに、鈍い注射をしたときのような痛みを感じる。
 ちょっとの間カエデは止まって、わたしのうなじを満足気に眺めていた。いや、顔を逆向きにしていたのでカエデの顔は見えてはいなかった。でも、満足している気配を確かに感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。  入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。  しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。  抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。  ※タイトルは「むげん」と読みます。  ※完結しました!(2020.7.29)

処理中です...