[改稿版]奴隷落ち予定の令嬢は公爵家に飼われました

茗裡

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第二章

8 学園へ戻る

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 翌朝、ルナリアが目を覚ました頃には、体調はすっかり回復していた。

 支度を整え、学園へ向かうディオンを見送る。

 その後、ルナリアは部屋の片付けをしたり、簡単な身支度を整えたりして過ごした。

 そして──昼頃。

 約束通り、アネットが迎えに来た。

「ルナリアちゃーん、迎えに来たわよ」

 扉の向こうから、明るい声が響く。

 ルナリアは慌てて扉を開けた。

「お待たせしました、アネット様」
「大丈夫よ。それじゃ、さっそく行きましょう」

 まずは職員室へ向かい、学科変更についての説明を受ける。
 その後、校舎の案内へと移った。

 普通科と侍女・侍従育成科は同じ学園内にあるが、棟が分かれているため、ルナリアにとって育成科の校舎に足を踏み入れるのは初めてだった。

 なぜかその見学には、アネットとクロエまで付き添っている。

「へぇ。育成科って、こんなふうになってたんだ~」

 アネットが興味深そうに辺りを見回しながら言う。

 彼女もこの学園の卒業生だが、公爵家の令嬢が育成科の棟に入ることなど、普通はないはずだった。

 普通科の校舎とは、まるで雰囲気が違う。

 普通科が豪華絢爛な造りなのに対し、育成科の校舎はずっと質素で、どこか実用的だ。
 装飾よりも機能を重視した、まさに「学校」という印象だった。

 前世で日本の学校を知っているルナリアからすれば、それでも十分に立派な建物なのだが──。

 不思議と、この場所の方が落ち着く気がした。

「……何だか落ち着きますね。最初からここで勉強したかったかもしれません」

 思わず口にすると、

「わかる!」

 アネットが即座に同意する。

「私もここで勉強したかったなぁ」

 どうやら同じことを考えていたらしい。

 その後も説明を受けながら校舎内を見て回っているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 気がつけば、もう放課後だった。

「せっかくだから、ディオンを迎えに行って一緒に帰りましょうか」

 アネットが軽い調子で言う。

「えっ、しかし……ディオン様は確か、放課後は生徒会があるのでは……?」

 ルナリアが戸惑いながら答えると、

「そんなの、一日くらいサボっても大丈夫よ」

 アネットはまったく気にした様子もなく言い切った。

 職員室を出た三人は、そのまま普通科の校舎へと向かう。

 先頭を歩くアネットの背中を、ルナリアとクロエが追いかけていった。

(うう、視線が痛い。)

 ルナリアは思わず肩をすくめた。

 廊下を行き交う生徒たちの視線が、次々とこちらに突き刺さる。

 もっとも、当のアネットはまったく気にした様子がない。

「ねぇ、あれって……」
「どうして此処に……?」

 周囲から、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。

 向けられている視線の半分はアネットへ。

 残り半分は──自分。

 いや、三割くらい。
 ……そうであってほしい。

 アネット・グラニエ。

 公爵家の令嬢でありながら、すでに領地経営を任され、異例の業績を上げている人物。

 その名は、世間に疎い者でも知っているほど有名だった。

 それに──ディオンの姉でもある。

 誰もが思わず振り返るほどの美しい顔立ち。

 その噂と実績も相まって、周囲の生徒たちからは男女問わず尊敬の眼差しが向けられている。

 そんな視線を浴びながら、アネットは先頭を歩いていた。

 背筋をぴんと伸ばし、澄ました顔で歩くその姿は、まるで──

 周囲の視線を意図的に自分へ集めているかのようだった。

「ディオンがいるクラスは、あそこよね?」

 ふとアネットが振り返り、ルナリアに尋ねる。

「はい。二つ先の教室にございます」
「ふふ……」

 アネットは小さく笑った。

「あの子の驚く顔が楽しみだわ」

 ほとんど口元を動かさないまま囁かれたその声は、後ろを歩いていたルナリアとクロエの耳には、しっかり届いていた。

 クロエは小さく、呆れたように溜息を零した。

 その横で、ルナリアは思う。

(アネット様……完全に楽しんでいる)

 そして──

「ディオンはいるかしら」

 教室の扉を開けるなり、アネットは開口一番にそう尋ねた。

 突然の来訪に、教室の空気が一瞬止まる。

「姉上……なぜ」

 教室に残っていたディオンが顔を上げた。

 しかし、次の瞬間。

 ルナリアの姿を見た途端、すべてを理解したように小さく息を吐く。

「ああ……そういうことですか」

 そう呟くと、ディオンは席を立ち、こちらへ歩いてきた。

 その時だった。

「えっ……もしかして、ルナリア様ですか!?」

 甲高い声が横から響いた。

 ルナリアが視線を向けると、そこにはアメリーの姿があった。

 しかも──

 彼女の周囲には、殿下と攻略対象者たちが揃っている。

 まるで当然のように、彼女を囲む形で。

「……どうして君がここにいる」

 低い声が落ちた。

 パトリスだった。

「君は貴族社会から追放されたはずだ」

 その視線が鋭く光る。

 ルナリアは思わず息を詰めた。

 殿下の顔を見ることができずに、視線を落とし、無意識のうちに俯いてしまう。

「御機嫌よう、殿下。お久しゅうございますわね」

 アネットが静かに言った。

「あ、貴女は……アネット嬢……」

 パトリスの声がわずかに揺れる。

「弟が、いつもお世話になっております」
「あ、ああ……」

 その声音は、ひどく冷たかった。

 王族である殿下を前にしても、アネットは一切表情を崩さない。
 ただ淡々と挨拶を交わしているだけなのに、周囲の空気は張り詰めていく。

 ――氷の女王。

 彼女がそう呼ばれる所以だった。

 パトリスは昔からアネットに苦手意識を持っている。
 その証拠に、今も視線が落ち着かず、泳いでいた。

「アネット嬢は、その……お加減はいかがだろうか」

 恐る恐る、といった調子で殿下が尋ねる。

 その瞬間だった。

 教室の空気が、すっと冷えた気がした。

 アネットはゆっくりと双眸を細める。

「そうですわね」

 静かな声だった。

「時折、古傷が疼きますが……それ以外は問題ございませんわ」
「……っ……」

 パトリスの顔色が、あからさまに変わる。

 その場にいた者たちの多くは気付かなかったが──

 少なくともルナリアには、それがはっきりと分かった。
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