[改稿版]奴隷落ち予定の令嬢は公爵家に飼われました

茗裡

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第二章

11 彼の本性

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 前世の自分。

 彼氏いない歴=年齢。

 そして今世のルナリア。

 元婚約者とは、進展など一切なし。

 つまり――

 生粋のウブである。

 そんなルナリアの、初めての口づけは。
 あまりにも、あっけなく奪われてしまった。

 別に。

 特別ロマンチックな夢を見ていたわけではない。

 ……ないのだが。

 それでも。

 初めてのキスは――

 好きな人と、両想いで。

 そんな淡い夢を見ていたのも、また事実だった。

「わ、私の……ふぁーすと……きす……」

 ぽつりと呟いたその瞬間。

 朦朧としていた意識が、急激に覚醒する。

(……あれ? そういえば、私……ディオン様にキスされ……!?)

 次の瞬間。

 記憶が一気に蘇った。

 ルナリアはぱちりと目を見開く。

「っ!?」

 慌てて勢いよく起き上がった。

 ゴツンッ。

「い゛うっ……たぁ~……」

 鈍い音が響いた。

 勢いよく起き上がったせいで、額を何かにぶつけたのだ。

 反動で身体はそのまま後ろへ倒れ込む。

 あまりの痛さに涙目になりながら、額を押さえた。

「…………っ」

 薄く目を開ける。

 すると――

 すぐ目の前に。

 顎を押さえながら、負のオーラを纏ったディオンの姿が映った。

 言葉などなくても分かる。

 はっきりとした怒りの気配。

 どうやらルナリアが起き上がった際、額をぶつけた相手は――

 ディオンの顎だったらしい。

「も、ももも申し訳ございませんっ」

 彼に膝枕されていたという事実など、すっかり頭から吹き飛ぶほどに動揺し、ルナリアは慌てて起き上がろうとする。

 しかし、三度目だった。

 慌てて起き上がろうとした瞬間、肩を押される。

 そのまま――

 ぽすん、と再びディオンの膝の上へ戻された。

「……なぁ」

 低い声。

「さっき言ったことって、本当?」

 ディオンはルナリアの顔を覗き込む。

「さっき……?」

 ルナリアは目を瞬いた。

(私、何か言ったっけ……?)

 問いの意味が分からず、きょとんとしていると――

 不意に、ディオンが顔を近づけた。

 鼻先が触れそうなほどの距離。

 息がかかる。

「……ファーストキスって」

 耳元で囁くような低い声。

 その瞬間。

 ぞくり、と背筋を震えが走った。

(そういえば……)

 起きる瞬間、そんなことを言ったような……言っていないような……。

 いや。

 ――言った。

(もしかしなくても……聞かれてた!?)

 次の瞬間。

 頬に一気に熱が集まる。

 耳まで真っ赤になるのが自分でも分かった。

「その反応を見る限り、事実のようだな……」

 薄く口角を上げ、機嫌の良さそうな声が落ちる。

 そう思った次の瞬間――

 またしても唇を奪われた。

 チュッ。

 小さなリップ音が耳元に落ちる。

 ルナリアの目が大きく見開かれる。

 それとは対照的に、ディオンの瞳は細められていた。

 まるで、楽しんでいるかのように。

 初めて見る――

 したり顔。

(なっ……!)

 胸がドクンと鳴る。

 不覚にも、その表情にときめきそうになった自分を慌てて押し込める。

 ルナリアは思い切り眉を寄せ、頬を膨らませた。

「何、その顔」

 ディオンが面白そうに言う。

「怒りたいのに怒れない顔です」

 ルナリアはむくれたまま答えた。

「不細工」
「ブサっ!?」

 ルナリアの目がさらに大きくなる。

 もし自分がまだ侯爵令嬢のままだったなら、きっと怒っていただろう。

 しかし今のルナリアは、ディオンに仕える侍女の身だ。

 人が我慢しているというのに、彼は容赦なく毒を吐く。

(まさか……この人がこんな性格だったなんて!!)

 ゲームではクールで感情を見せないクーデレキャラだったはずだ。

 それが現実では――

(これじゃあ、ただの二重人格じゃないか!!)

 ルナリアは心の中で全力で叫んだ。

「フッ……その百面相は変わらないな」

 ディオンは目元を細め、ふっと笑った。

 自然で――

 優しい笑み。

 その表情を見た瞬間、ルナリアの胸に数年前の記憶がよみがえる。

 まだ幼かった頃。

 ルナリアとパトリス、そしてディオン。

 三人は幼馴染で、いつも一緒に遊んでいた。

 その頃のディオンは、今のような冷たい空気を纏ってはいなかった。

 表情も今よりずっと豊かで、時折こんな風に笑っていた。

 けれど――

 いつの頃からか、ディオンは顔を見せなくなった。

 自然と、ルナリアとパトリスの二人で過ごす時間が増えていく。

 そしてルナリアは、次第にパトリスへ恋心を抱くようになった。

 今思えば。

 最初からディオンは、クールでも無表情でもなかったのだ。

「……ディオン様の笑った顔、久し振りに見ましたわ」

 気付けば、ルナリアはそっと手を伸ばしていた。

 彼の頬へ。

 触れるか触れないかの距離。

 無意識に零れた言葉だった。

 ディオンの双眸が、わずかに見開かれる。

(……っ!?)

 その瞬間、ルナリアは我に返った。

「わ、わたくしは何を……!?」

 慌てて手を引っ込める。

「申し訳ございませんっ……って、」

 そこでようやく気付いた。

 自分の頭が――

 まだディオンの膝の上にあることに。

「ひゃああっ!?」

 ルナリアは慌てて飛び起きた。

「本当にっ、本当に申し訳ございませんっ!!」

 勢いよく立ち上がり、何度も何度も頭を下げる。

 頬は真っ赤だ。

(ううっ……穴があったら入りたい……!)

 恥ずかしさのあまり、ルナリアは顔を上げることができなかった。

「ルナリア」
「……はい」

 名前を呼ばれ、ルナリアはようやく顔を上げた。

 まだ頬は赤いままだ。

 ディオンはしばらくルナリアを見つめると、静かに言った。

「俺は、君を手放す気はない」

 ほんのわずか、言葉を切る。

「……いいな」

 それだけ告げると、ディオンは踵を返した。

 そのままプライベートルームの扉を開け、部屋の奥へと姿を消してしまう。

 残されたルナリアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

(手放すも何も……)

 ルナリアは小さく首を傾げる。

 自分はすでにグラニエ家に仕える身だ。

 言ってしまえば、グラニエ家の所有物のようなもの。

 今さらそれをどう扱われても、特に文句などない。

 きっとディオンは、ルナリアが他の屋敷へ勤めに出たり、途中で辞めたりすることを案じたのだろう。

 だが――

(私は……)

 アネット。

 そしてグラニエ家の人々。

 あの温かな人たちのことを思い出す。

(要らないと言われない限り……私はこの家にお仕えしたい)

 そう心に決めている。

 後日、グラニエ家の全員が揃ったときにでも、改めて決意を伝えよう。

 そう思いながら、ルナリアは出されたままのティーセットを片付け始めた。

 そして――

 この日を境に。

 メインルームに置かれたあのソファを見るたび、ルナリアは思い出すことになる。

 今日の出来事を。

 そのたびに顔を真っ赤にしながら、ひとり頭を抱える日々が始まるのだった。
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