世界を半分やるから魔王を殺れ

KING

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第18話「強者の華」

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中国、そこはかつて世界一人口の多い国として有名であった。
文化は発達しており、そのぶん環境問題なども話題になってはいたが...今は見る影もなく衰退していた
人影はありはするがまばらで、街の中心地にでも行かない限り5人以上の人が固まった姿を見る事は無く、とんでもなく過疎化が進んでいる。
「よお、そこの美人のネェちゃんコーラ二杯とネェちゃんのくちびる貰っていいかい?」
頭に布を巻いた男が若い女に色目を使いながら声をかけた。
「はい、コーラ二杯ですね」
しかし、その女性は表情一つ変えずコーラの部分だけを復唱する。
「へへ、振られちゃったな、じゃあコーラ二杯だけでいい」
男は舌を出しながら悪ガキのように笑うとコーラの注文だけをした。
「かしこまりました、少々お待ちください」
カフェ、そこは他の場所に比べるとまだ活気が残っている場所の一つ。
このしみったれた世の中では飲食店が唯一の憩いの場となってしまっているのだ、他に娯楽は裏の世界にでも行かない限りなかなかないものだ。
「にしても、この国日本語が通じてよかったな なあ?おっさん」
頭に布を巻いた男つまりレイヴンは脚を組んでふてぶてしく椅子に座っていた。
「この世界にはもう国境なんてものはねえのさ、文明から国境まで全部魔族がぶっ壊して行っちまった」
「つまり、日本にアメリカ人のおっさんがいて韓国にイタリア語で愛を囁くような奴がいても何の不思議もないっつーわけかい」
あれからクロウを打ち破り、中国に渡ったレイヴンとゼルク
二人は休息と魔力使いの少女探しのためしばらくこの地にとどまる事にしている。
「おっさん、何ヶ国語喋れる?」
「そうだな、母国のアメリカの英語と避難先の日本の言語日本語は完璧に喋れるはずだ、あと、『頂正軍』にはいろんな国のやつがいたから他の国の言葉もある程度は喋れる」
「へぇ~、バイリンガルじゃん...」
梅雨の季節、ジメジメした暑さは纏わりつくようで体を怠くさせる。
レイヴンはカフェ店内のクーラーを見ると動いていない事に気付き、「電力不足だもんな...」と呟くと机に肘をついて注文したコーラの到着を待った。
ゼルクは肩や腹などを触って体の調子を確認している
体の一部は昨日『武装』したばかりで感覚が薄く、触っても殆ど感じることができず重たい肉が垂れ下がっているようにしか感じない。
「レイヴン、魔力使いの少女はどこにいるのか検討はついているのか?」
そう尋ねるとレイヴンはグイっと背を伸ばしてあくびをしながら答える。
「ああ、このあたり...つまり北京の街にいるって事はわかっている、その辺の情報は確かなはずだ 何たってオレが親父と喧嘩して魔界を裏切る前日...つまり10日くらい前に調べさせたばかりの情報だからな、いくら治安が悪くてもそんなにポンポン住処を変えるはずがない」
「確かにそうだな」
「それに前に言った...魔力が発現したが扱いきれず調子を崩した両親がいる、それを考えるとなおさら住む場所を変えづらいはずだ」
「なるほどな」
会釈をするとちょうど二人の席にコーラが運ばれてきた。
「お待たせしました~...」
「お、サンキュー」
そう言うと女店員はレイヴンの目の前に手を差し伸べた。
「このお店は先払いですので...」
「あ、そうだったの?」
伝票を確認して二人分のコーラの代金を見る
そこには100元との表記があった
1元=約16円それを計算すると...
「一人800円か、やっぱりお高めだな」
そう言いながらレイヴンは懐からがま口を取り出すとぱかっと開く
治安が荒れて収入が安定してないので代金が高くつくのも当然のことではある なんならもう現金の価値なんてものも薄れてきてるんだろうな。
みたいなことを考えてがま口の中を漁る。
だが、その瞬間レイヴンは重大なことに気がついた。
(な!?し...しまった!!?なんてこった!!しくじっちまったぜ!!)
ゴクリと唾を飲み込み、口元を押さえる。
これは今までの危機とはまた一つ違った異色の展開、もしかしたら殺すよりも難しいのかも知れない。
(この財布!円とドルしか入れてきてねぇ!!!!)
目を盛んに動かし、財布の中を見渡すがどこにも中国の通貨、「人民元」が見当たらない、そもそも財布に入れた記憶すらない。
手がワナワナと震え、頰から汗が流れる
顎まで、流れると腕にぴちゃりと落ちた。
「どうしたんだ?レイヴン?」
レイヴンのただ事ではない雰囲気を感じ取り隣からゼルクが尋ねる、まだこの事態をわかっていないようだが
次の瞬間ハッと目を見開いて組んでいた腕を開いた。
「もしや...お前...!」
ゼルクが緊迫した声色でレイヴンを見つめる
流石人類最強の戦士(関係ない)たったこれだけの状況で何かを感じ取ったのだろう。
「ああ、緊急事態だ...!」
それを聞いてゼルクは「レイヴン、中国の貨幣持ってんのか?」と一言 聞かなかった過去の自分に強い後悔を覚えた。迂闊だった!
買い物しようと街まで出かけたら財布を忘れて愉快なサザ●さん♪
いや、歌っている場合ではない!
ここで騒ぎを少しでも起こせば魔族に嗅ぎ付かれて即ゲームオーバーなのだ例えどんなに小さな火種でも感知するサーモグラフィーのように。
魔族の捜査網はそこまで敏感であり自分たちの置かれている状況はそれ以上に容易く壊される足場である。
「くッ...俺がしっかりしていれば...!」
店員の顔も何か異変を感じ取って曇り始めた。
「お客様?」
これは今までにないほど追い詰められた状況であった。
切り抜ける状況(金を払う)
切り抜けるための道具(お金)
相手の厄介さ(人間はぶっ飛ばせられない、無銭飲食は何か口実があれば...)
全ての方向からの可能性を閉じられてしまった、この隙のない鉄の壁に囲まれたような絶望感...魔族の王子だろうと人類最強の戦士だろうとモラルと自らの心の良心には勝つことができないままだ。
「ハァー...ハァー...ハァー...」
息が荒まく
何か...何かチャンスは...ここから逃げ出す口実はないのか!?
「もしかしてお客様...お代金が...」
店員の女の目が険しい物へと変わる
もうだめだ...
二人がそう思った時であった。
ガシャン!!!!
突然店員が後ろから走ってきた男に突き飛ばされた
「キャッ!なに?」
体が勢いよく前に倒れて机の上のコーラにぶつかり、ブチまけてしまった。
「野郎!食い逃げだ!!金払うから誰か奴を捕まえてくれー!」
奥から男の野太い声が聞こえてきた
それを聴き終わるよりも早く二人は席から飛び出していた。
二人の顔はイキイキとしており、この場にいる誰よりもいい笑顔で食い逃げを追った。
「どけっ!」
食い逃げは蹴破るようにドアを開けて外に出て行った。
二人は一番入り口から遠い席から立って食い逃げを追う(魔族からの追撃を警戒して入り口と窓際の席は避けていた)
しかし、後ろからは人の波!
こんなにも店に人がいたのかと言うほどに食い逃げを追う人が多い 謝礼目当ての貧乏人が大量に雪崩れてくるのだ。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
真っ先に飛び出し、一番食い逃げ犯に近い場所からスタートしたゼルクとレイヴンだったが、有利な場所からのスタートという事はそれは逆に後方の者からの足止めターゲットの一番の標的になると言うことでもある。
そして、ここでも二人は御多分に洩れず足止めを食らうことになる
ゼルクが食い逃げから少し遅れてドアを開けて外に出ようとした瞬間
がくんと足がもつれる見るとそこには自分の足に掴まっている男がいた。
(こいつ、邪魔をしてきやがった!)
しかし、体制をすぐに立て直すとドアを開いて外に出る
そういえば『頂正軍』参加者のための訓練の中に100kgの重りを持って走るという訓練があったことを思い出す。
それを懐かしむと同時にゼルクは「それと比べれば全く軽い」と言い、外に走り出す
ドアの隙間は人一人分の大きさ、ゼルクが飛び出すと後ろから背中に大柄の男を10人くらい背負ったレイヴンがドアにぶつかりながら飛び出した。
「こいつら...!オレが超絶優しい魔族じゃあなけりゃ今頃グチャグチャのミンチにされてるはずだぜ!」
そう呟きながらレイヴンは全くスピードを落とさないままにゼルクの元へ追いついた。
「すごいな10人背負いとは...やはり魔族の王子、やることが違う...」
「ヘヘッからかうなよおっさん、おっさんだってこのくらいは余裕だろう?」
「ふ...まあな...!」
走りながらそう言い合うと二人は食い逃げ犯に追いつくべく少し本気を出すことにした。
脚の筋肉に微量な魔力を込め、そして踏み出す!
「オラッ!食らいやがれ!」
しかし、踏み出すよりも先に食い逃げが後ろに向かって何か投げた。
これは...
「ダイナマイトだ!」
ゼルクがそう叫ぶと走り込んでいた奴らはビクンと身を含ませて腰を抜かしつつも安全な店の中...屋内へ避難して行った。
「「「ウワアアアアアアアアアア!!」」」
どこにこんなものを隠し持っていたのか?食い逃げ一つにここまでやるか...ゼルクは呆れたような表情を見せて立ち止まる。
「あ...あぁ、た、助けてくれ...!」
「しまったァぁ!!逃げ遅れたァァァ!!」
だが、ゼルクとレイヴンにしがみついている男たちはあろうことか逃げ遅れてしまっている。
このままでは爆破に巻き込まれてしまう、さてどうすべきか?
「レイヴン...食い逃げの男は頼めるか?こいつらは俺でなんとかする...!」
ゼルクの判断は「守る」その一択であった。
ゼルクは腰の刀に手をやり、居合の低姿勢に入る。
「分かった、しっかり守ってやれよ」
そう言い残すが早いかレイヴンはなんの躊躇いもなくダイナマイトの真横を走り抜ける
だが、それと同時に火はダイナマイトの中身...火薬へと到達した。
「お前ら、後ろに隠れてろ...危ねえからな...さてと...『飛燕流...風切斬』!」
火薬は火がつくと同時に爆発を起こし、そして、それ相応のどデカイ音を立てて周りのものを吹き飛ばした。
ゼルクと屈強な男たちは赤い炎と黒い煙幕に巻き込まれて姿が見えなくなっていく。
いつから舗装されていないのかわからないコンクリートがバキバキに破壊されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「『武装』!」
時を同じくして
レイヴンの方は『武装』を発動させる。
火炎と爆風が体を襲うが...
『武装』は本来防御に特化した能力、魔力のように生命を纏ったもの以外は全て自分の体内に吸収することができる。
体が火炎に包まれてもまるで炎をスーツを着るように『武装』で着こなす。
爆風だろうとその衝撃を吸収してしまい1ダメージも食らわずに済んでいる。
このレイヴンにはたとえ水爆だろうとナパーム弾だろうと魔力を纏わないものならその辺の石ころとなんら変わりがないのだ。
「なんだあいつは!?」
食い逃げは何が起こったのか理解できず無我夢中で走っていた、中国のタイムスリップしたような街並みは入り組んでいて身を隠すには最適ではあったが隠れるよりも先に追いつかれてしまうのでは元も子もない。
その時だった、食い逃げの進行方向上にいつの間にかチャイナドレスを着た女性が立ちふさいでいた。
「どけアマ!ぶっ刺すぞ!」
男は懐からナイフを取り出してその女性に向ける
まずい! レイヴンはそう思ったが今のスピードでは食い逃げのところまで追いつけるかどうかのギリギリだった。
魔族だとバレないために力を抑えていたのがここにきて不幸になってしまう。
男までの距離を一気に詰めるには最高速度の時速444kmに達する必要があったが、今はそれには遠く及ばない 良くて50km程度のスピードしか出てはいなかった。
「クソっ!間に合え!!」
だが、その叫びも虚しく食い逃げはすれ違いざまにナイフを突き出す。
「あっ...」
鮮血が舞った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

少し前に戻る...
ゼルクが爆発に向かって『永命剣』を振り抜いた。
「ギャアアアアアアア!!!!」
「神よッ!」
後ろの奴らは地に伏せたまま恐怖で動かなくなっていた
だが、このほうが都合がいい なんの気兼ね無しに剣を振るうことができるのだから。
「『飛燕流...風切斬』!」
ドオオオオオオ!!!と死ぬほどうるさい爆音が響いた
この爆発力 これはただのダイナマイトではない、何か改造が施されているのかも知れない...
「あぁああ...神様ぁ~...母さん~…」
男の子(中学生くらい)が地に伏したままガタガタと震えて神と何故か母親に祈りを捧げていた。
謝礼が出ると聞いて 運動神経に自信のあった彼は走り出し、一番早かったレイヴンに掴まったはいいが引きづられたままダイナマイトの前に置き去りされ、人生で一二を争う恐怖を前にしていた。
地響きが近い、死ぬ前は時間がゆっくりに流れると聞いたことがあったが地響きの動きを感じられるほどに感覚が加速するものなのかと恐怖の最中考えていた。
「あああ!もうダメだ!せめて、神様せめて天国に行かせてくださいね~!!」
しかし、いつまでたっても死の瞬間は訪れなかった。
「おい、情けない声を出すな 立て、危機は去ったぞ」
「え?」
頭の上から男の太い声が聞こえたのでハッとして周りを見る。
すると、あたりの地面にはヒビが入り 建物のガラスは軒並み割れていたにも関わらず今、自分のへたり込んでいる地面だけが傷一つなく無事だった。
「しょうがねぇなぁ...ほれ、手を貸してやろう」
目の前に立つ男はひたいに傷があり、なんとなく只者ではないという感じがした、他の大人は身を低くしているのにこの人だけはずっと立っていたんだ、少年はそう考える。
「あ...ありがとう...」
戸惑いながらも素直に差し出された手を借りて立ち上がった。
その手はゴツゴツしていて岩を掴んでいるような気がした。
ふと、さっきから気になっていたことを口にする。
「あ、あのっ...」
「なんだ?」
立ち込める煙の中に進もうとしたゼルクに声をかけた。
「なんで僕たちは助かってるんですか?あなた何かやりましたか!?」
早口気味になりながらも言い切るとゼルクは少し考える風な様子になって言葉を返す。
「さあな、君が祈ってた神様に祈りが通じたんじゃないか?もしくはお母さんにだな...」
そう言うと
「好的贝叶【ザイジィェン(じゃあな)】」
と言い残して煙の中へ消えて行った。
その大きな背中は漢といった感じがピッタリな存在感があった。
「おい、ボウズ速くそっから離れろ、またなんかあるかも知んねえぞ」
後ろから聞こえた声に振り返りもせず少年は『憧れ』という感情も知らぬまま、見ず知らずの勇者の消えて行った煙中をただ見つめていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あっ...」
小さな声を上げたのはナイフを腹に刺された女性...
ではなく、腕が関節以外の場所で明らかに不自然な方向に曲がっている食い逃げの方だった。
足元のアスファルトには血がぼたぼたと落ちて血だまりを作っている。
「わぁああああ!!!」
しばし女と自分の腕を見比べるように何度も凝視していた食い逃げが突然何かがキレたように叫びを上げた。
「ねぇ、あんた...」
情けない声を上げる男を冷めた目つきで女は声をかける。
「こんな近くで叫ばないでもらえる?うるさくて堪んないわ」
「腕があああああああああ!!!!」
ナイフを突き出した右腕が手首と肘の中間あたりで木の枝が折れたようにポッキリとへし折れていた。
そこを押さえながら食い逃げは未だ叫び続ける
注意したにも関わらずまだ叫ぶ男をみて女の方も何かがキレた。
「うっせー!って言ってるでしょうが!!」
女は踏み込み、そして体の支点となる左足
体の台となる腰回り、そして右脚
その全てに捻りを加え、蹴り出した。
右脚にそのパワーを一点集中させてあろうことか男の股間を蹴り上げた!
「ふグァム!!!!」
「うげっ...!」
聞いたことのないような声を出して前に倒れこむ男を遠目に見てレイヴンは思わず目をつむって声を出してしまう。
あの部位へ、女性とは思えない...川を二つに割れそうな力で蹴りを入れる光景は、男として見て余り気分のいいものではなかった。
それは魔族も同様なようで目を押さえると同時にレイヴンは股間も押さえ、更には中腰になった。
女は不機嫌そうな顔をして男がさっきまで握っていたナイフを拾い上げる。
「あんたね...こんなもん女の子に向けちゃダメでしょ?それに、これを向けるってことはさ、この世界では逆に殺されても文句は言えないのよ、その覚悟を決めてると判断されるよ?今度から気ぃつけなさいな」
そう言って苦痛に泡を吹く食い逃げを担いで喫茶店の中に向かっていく。
それとゼルクが煙の中から顔を出したのは同時だった。
「ん?すれ違いか、もう終わったようだな」
ゼルクは男を担いだ女を見ると残念そうな顔をした
「なあ、レイヴンお前あの女に横取りされちまったみたいだな、どうする、いっそこのまま逃げちまうか?」
そう言うがレイヴンは反応せず腕のドクロをデザインした腕時計を弄っている。
「おい?」
近寄って肩を揺すって見るとその顔は光に満ちていた。
「おいおいおいおい!!!こんなことってあるか!?」
「何がだ?」
レイヴンはまるで初めてゲームセンターに訪れた子供のように目を爛々と輝かせている。
ゼルクがそれの反応に困っているとドクロの腕時計をこちらに見せてきた
その腕時計から光が発されて直接脳に画像のデータが送られてくるように頭の中には一人の女性の写真が浮かんでいる。
「なんだ、これ...?」
写真の中の女性は、側面の布地のないチャイナドレスを身に纏い長髪を風になびかせて中国の街並みを歩いている。
顔にはまだ幼さが残り、年の頃は十代後半といったところか
ゼルクはこの少女がさっき自分とすれ違った女の子とよく似ていた事に気付く。
「もしや...だが、この子がその次の仲間候補の女の子か?」
そう言うとレイヴンは指を鳴らしてうなずく。
「ピンポーン♪大正解」
確かにいざこれから探そうと考えていた女の子がタイミングバッチリに二人の前に現れたのはとても運がいいと言える、レイヴンが興奮しているのにも無理はない。
「だが、なんか...ハッキリとしねーんだよなぁ...」
ふと、レイヴンが疑問とも言えない独り言のようなものを漏らした。
「何かあるのか?」
そう訊ねると釈然としないという感じの表情で口を開く。
「それが...あの女の子、調べさせたところによると、名をリリィと言うんだが そのリリィは何が原因か生まれた頃から目が見えない先天的な盲目なんだ」
「盲目?つまり目が見えないってことだろ?確かにそれは奇妙な話だな、盲目の男が幼い頃から育ってきた街を歩くって話を聞いたことはあるがそれは慣れがあったからで 武器を持った男を相手に闘えるなんてそりゃあ盲目にしてはイレギュラーすぎやしないか?」
「ああ、そうなんだ いやだがあの女の子は魔力使い...視覚は魔力で手に入れているのかもしれない」
「そう思うのが妥当だろうな」
「まあ、直接確かめてみればわかるよな 追うぜおっさん」
そう言い二人はガラスが吹っ飛んだカフェ店内へと戻っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ほら、食い逃げ捕まえたからさ お金ちょうだいよ」
「はて?そんなこと言ったかねぇ?」
「な?しらばっくれる気ぃ!?あんたの顔面にも一発ぶち込むわよ」
「おお、怖い怖い」
店内に戻るとリリィと店主が言い争いになっていた。
椅子に座って微動だにしない店主とそれを腕を組んで睨むリリィ
「ん?あれ?そういやなんでだ?」
「ああ、お前も気づいたか?」
レイヴンがある事に気付く
リリィは店内にはいなかったはずだと
どうやって食い逃げを知ったのか?しかも謝礼が払われることまで知っていた。
「だがね、俺をぶっ飛ばしちまったら一体誰が君に金を払うんだい?」
「チッ...もういいわよ、二度と来るかこんな店...!」
捨て台詞を吐きながらワザとらしく床を蹴るように歩きながら店外へ出ようとした少女をレイヴンは手で静止した。
「ねぇ、君かわいいね 金の方はオレが払うからさ、一緒にお茶しない?」
突然声をかけられた少女は少し戸惑うような表情を見せたがすぐに椅子に腰掛けた。
「じゃ、遠慮なく」
レイヴンはそれを見てこれまでとはまた違うニコニコとした笑みを見せていた
それは場所がカフェなだけでホステスを思わせるような人の心を掴んで離さない怪しげな優しさが垣間見える。
「君、名前は?」
先に話し出したのは意外にもゼルクだった
前まで「女を戦いに巻き込む気にはなれん」なんて顔に見合わず甘ったるいことを言っていたが、いざ勧誘となれば積極的なようだ。
「リリィ...フランスと日本のハーフよ」
チャイナドレスを着ている その少女リリィはハーフを名乗る
確かにこの世界には国境など存在しない
リリィの髪色は茶色を混ぜた黒色で大きな瞳はグリーンの混ざった灰色 フランス人の身体的特徴であった(他の国にもいるだろうが)。
「へぇ~…リリィ かわいい名前だね」
名前を聞いてレイヴンは机の下で腕時計型端末を確認する やはり顔も同じで名前まで一致とくればもう決定的だ。
「品物頼んでいい?」
レイヴンのセリフに恥ずかしがる様子もなくリリィはメニューを眺めだした。
「なあ、リリィちゃん...」
レイヴンが口を開く
そして飛び出した言葉はいきなりの『アレ』だった。
「君に世界を半分やる、だから...魔王を殺しに行かないか?」
「は?」
まあ、最初の反応としては当然だろう こんなバカな事を言う奴は世界中ひっくり返しても魔族の中を探してもこいつ一人しか言わないような現実味のない台詞なのだから
ゼルクはレイヴンの隣で5日前を思い出しながら腕を組み、うなずいていた。
「あらあら...まるでRPGのラスボスみたいな口説き文句ね...」
戸惑い気味な表情を見せて彼女は少し椅子を引いた 見た通りひかれたというわけだ
レイヴンの口説きの下手さにゼルクも思わずため息が出る。
「あ~、嬢ちゃん 悪いが大きな声を出さずに聞いてくれるか?騒ぎを起こすのが一番マズイ」
なだめるようにゼルクは声をかける
しかし、リリィの不審者を見るような目つきはより一層強まるばかりだ。
「何よ、魔王殺しに行こうって...?バカなの?」
「いや、オレは今本気で言った」
「はあぁ!?」
「またお前は話をややこしくさせる...」
今度こそ彼女は席から少し腰が浮いた、逃げる準備万端といった感じだ。
人間 強いやつとヤバいやつには近づかないように本能ができている 今のレイヴンはそのヤバいやつに分類されているようだ。
「じゃあ...例えばよ? その、本気で魔王を倒す算段があるとして 私がそれに参加する意味なんてあるの? ちょっと護身術身につけてる程度のただの女よ?」
もう一度席に座りなおし、リリィは謙遜するような声のトーンで言った
しかし、レイヴンはガンガンいく 遠慮無しとはまさにこの事だ。
「いいや、あまり大きな声では言えないがな...知ってるんだぜ?君の秘密を...」
「えっ?」
机に乗り出してレイヴンはリリィにそっと耳打ちをする
「リリィ...君は魔法のような不思議な力を持っているだろ?オレはそれを知っている」
優しく語りかけるその声はリリィの鼓膜をゆっくりと揺らした
びくっと身体を弾ませて固まった 知られたくない体の秘密を知られたような顔つきに変わり、顔を手で覆う。
「な...んであんたがそれを...?」
気の強そうな顔からスッと血の気が引いた
その疑問に答えるようにレイヴンは頭のターバンを少しずらす
「見ろ、オレの頭を...」
「つ、角...!?」
リリィはさらに驚く
この魔族の角を見た者は漏れなく全員身の危険を感じる事だろう 世界最強種の生物、魔族の象徴なのだから。
「勘違いしてくれるなよ?別にここを攻め落しに来た訳じゃない オレは君をスカウトしに来た!」
「...人生最大級に驚きだわ」
レイヴンの口説きにリリィはさらに顔引きつらせた

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