27 / 35
第27話「超常決戦」
しおりを挟む
シズク
本名【凪原 雫】日本人
マクシム
本名【マクシム・ステファン・ゴルチェ】フランス人
この2人は一児の両親であり心優しく無力な人間
そして、その一方で強力な力を持つ 魔力使いでもある
魔界との戦争に大敗を期し その時身についた魔の力を持って 敗走する中中国にたどり着き そこで暮らすこととなった
2人とも『頂正軍』に所属していて基本能力や体術は人間としてずば抜けていた 魔力を身につけもう敵はいないだろう 本人も周りの人間もそう考えていた
だが、甘かった
攻めてきた魔王軍の中堅クラス兵相手に2人して深手を負ってしまい マクシムは目を覚まさなくなってしまった
そして、それからまた数年2018年19時48分現在彼らは敵の術中に落ちてしまい 操り人形の状態にある
なんともまあ魔族に振り回されっぱなしの家系だろう、と思うだろうが世界中にこのような境遇の人間は山ほどいるしこれよりももっと酷い状態も掃いて捨てるほどいるのだ
しかし、特級魔族と接触した人間の数は少ないだろう
まるで交通事故のようにその圧倒的な不幸は一つの陰謀のため、幸せだったはずの家族を闇に包んでいく
そして、その娘であるリリィもまたその試練に足を踏み入れてしまっていた。
「返してもらうわよ、人間の尊厳を!」
クルクルと回りながら踊るように力を溜めていく スカートが木の葉のように風を受けめくれそうになるが気にせず
何も見えない目を閉じ、パチンと指を鳴らすと次の瞬間、竜巻のような高速回転を始めた
見えない目の代わりに発達した感覚は指を鳴らしたその反響音をコウモリのように捉え 正確に物の場所を理解した。
「お前はオレの野望の邪魔だ、どけ」
レイヴンも目の前にいる 相棒(ゼルク)と同期であるシズクとマクシム、2人の人間を見据えると 走りだし、リリィを追い抜き 10mほど先にいる2人に飛びかかった。
「どうも貴様ら二人は死にたがりのようだな いいだろうサヨナラを言ってやる」
マクシムの口からそう言葉が漏れた
アーミーの言葉をただ口にしただけの感情のない声だ。
「そうかよ!」
レイヴンは怪訝な顔をして拳を地面に叩きつけた。
「だがなぁ~、お前がサヨナラ言うのは・・・」
衝撃は地面を伝わり、硬い地面が水面のように波打ち 呼吸しているかのように上下した。
「オレにぶっ飛ばされるその時だ」
その波がシズクを飲み込むように渦巻いた
だが、様子がおかしい 抵抗を一切見せず素直に飲み込まれていった
レイヴンのすぐ横にいるマクシムも微動だにせず腕を組んだまま立ち尽くしている。
(不気味だぜ こいつさっきから作戦や武器をコロコロと変えてくるからな また新しい戦術か?)
思慮深く考えるうちにアスファルトの波はシズクの脚を餅のように柔らかく包み込む
あくまでも傷つけないように、それでいて特級魔族でも脱出に手間取りそうな程の力強さで拘束した。
「避けて、私がキメるわ!」
その声を聞いてその場から飛び退くと すぐ隣に風が走ったような感覚を受けた
暗い中ひときわ輝くその風は加速をして舞い踊るように脚技を叩き込んだ。
「『疾風怒濤』!」
その名の通り疾風のような蹴りは超速で吹き付ける風のように素早く打ち込まれ
その威力は傷つけないために そよ風が撫で付ける程度の威力に落とされている
ただ触るだけといった感じの蹴りはリリィの『生命吸収』の力を携えて シズクの体からアーミーの生物を操る魔力を吸い取っていった。
「どうよ!」
手応えありといった表情を浮かべる
しかし、その後ろのレイヴンの表情は違った
「ダメだ!引けッ!リリィ」
それは想像を絶していた
なんとシズクの体はアーミーに支配されたままなばかりか、自分を拘束している地面を紙でも破るかのように破壊して
こちらに人差し指を向ける。
「え?能力は当たったはず・・・なんで?」
「引けッ!つってるだろ 死ぬぞ!」
レイヴンは手を伸ばしてリリィの服を引っ張る。
「『雫鉄砲』」
その構えた指先に液体のような魔力が集まり 球体になり、発射された
直径3cmくらいの、弾丸にしては大きいその水滴は空を裂いてリリィの頬を掠めていく
そこには細長い傷が刻まれて少し出血していた。
「ふふふ、おしいおしい」
シズクの声を借りたアーミーは言った
放たれた『雫』の弾丸はレイヴンとリリィの背後にある瓦礫に当たると貫通してどこかに飛んでいく。
「なんつ~威力だ」
魔力は魔力以外からの干渉をほとんど受け付けない
なので魔力で出来た水滴『雫鉄砲』は空気抵抗による弾道の変化も弾速の低下もない
撃った初速1200kmそのまま、射程圏内ならどこまでも飛んでいく。
「・・・ヤバイ!レイヴン、跳ん・・・飛んで!!」
リリィは跳躍ではなく飛行を要求する
また何か感じ取ったのか鬼気迫る表情でレイヴンの服を引っ張った。
「なんだ?」
「いいから!飛んで!!」
「お、おう」
意外な迫力に少し気圧されたレイヴンはどもってしまう
そして要求通りリリィを抱いたまま地を蹴り 吸い込まれそうなほど暗く、星なんかない夜空に飛び上がる
背に夜空よりも黒い翼を広げ、高く高くへと飛んで行く用心に越したことはないのだから。
「来るわ!」
そう言うと地面に大きく亀裂が走る
メリメリメリ・・・と音を立てて地面から槍のように鋭い触手が天を衝くように勢いよく生えてきた。
「うへ~、やっべえな」
寸前のところでそれの動きは止まったもう少し飛翔の高度が低ければ二人仲良く串刺しになっていただろう
地面は勢いで持ち上がり徹底的な破壊を受けている
その突然の奇襲の正体をよく見る、それは奇怪な形をした植物だった。
「これが私の両親の能力、『雫』と『植物』」
「水分と植物か・・・能力的にも理想の夫婦だな お前の親御さんは」
半ばヤケクソ気味にそう吐き捨てるとその翼を羽ばたかせて遠くに飛んでいく。
「多分お前の『生命吸収』で『G.Iジョー』を吸収解除できなかったのは複数人の生命を一つの体に入れているせいだとオレは思う」
「どーゆーこと?」
「つまりだ・・・」
しばらく飛んでまだ無事なビルの屋根に着地し、リリィを降ろした後レイヴンは膝をついて休み始めた
リリィへの話も同時進行で行われる。
「オレが見たところによると お前が一度に吸い取れる生命の量はせいぜい人間一人の半分くらいだ、そうだろ?」
「試したことないけどそれくらいだと思う」
「だろう?そこに今シズクさんの体の中にはアーミーの『生命の分配』によって少なくとも300人分のエネルギーが入ってる、多分マクシムさんもだ」
「そうか、だから一発当てただけじゃ解除できないのか」
「そう、つまり単純計算で600発、二人合わせりゃ1200発攻撃を当てないと支配を脱することはできない」
ゴクリと唾を飲み込んだ
【1200発】簡単に言ってくれるが、パワーアップされた歴戦の戦士を相手に これは途方もなく無謀な数である。
「それってさ・・・」
リリィが何かを言おうとして背を屈めたその時、頭を何かが掠めた。
「いっ!?」
頭の上を通り過ぎた何かは リリィの長い黒髪を数本散らせて、背後の壁にぶつかり大きくヒビを入れた。
「これは!」
「もう追いついてきたのか!?」
2人は勢いよく立ち上がり、攻撃が飛んできた方向に目線と感覚を向ける。
「いたッ!あそこ!」
先に見つけたのはリリィだ
指をさして敵の居場所をレイヴンに知らせた
そしてやはりその相手はシズクとマクシム
このビルから600m離れた廃墟の窓からこちらを狙撃したようだ。
「今のは『雫』・・・射程は最大で200mのはずだったのに」
「やっぱりあちらさん、目に見えて強くなってやがるぜ!」
リリィを脇に抱えてレイヴンはビルから飛び降りる。
「ちょっ!せめて一言掛けて飛び降りッ!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
やはり飛び降りるのが苦手なリリィはこの世のものとは思えない声で叫び、レイヴンの腕の中で暴れた。
「口より先に体が動いちゃうもんでね」
飄々とそう言って背に黒い翼を出現させる。
「あの2人んとこまで飛ぶぜ!気を引き締めろリリィ」
「気を引き締めるもなにもこの瞬間が一番こわ・・・いうわぁぁあああああ!?」
大きく羽ばたくと一気に加速した。
「いやッ!めっちゃ揺れる!怖いから!シャレになんないから!ゆっくり飛んで!」
観念したのか暴れるのはやめた
だがまだ声を張り上げて文句を言い続ける
そうこうしている内にもシズク達への距離はぐんぐん迫っていき、次第に緊張感も高まっていく
あと15m
「・・・『マーヴェラス・フォレスト』」
しかし、シズクの隣に佇んでいたマクシムがこのタイミングで魔術を発動させた
地に流れ込んだ魔力が地中の植物の根や種を活性化させる
巨大化して、まるで暴れ狂う大蛇のように、はたまた鞭のように
辺り一面をなぎ払う、なんとも強力な攻撃にその辺の建物は風の前の塵のごとく粉々に吹き飛ばされていった
そして無差別なその攻撃がレイヴンにも襲いかかってくる
巨大な『植物』の前にレイヴンは小さな蝿のようだ
一発くらえば勢いよく撃ち落とされる、地に堕ちることは死ぬも同然だ。
「うざってえッ!!」
叫び声を上げて翼を巨大化させる
レイヴンの方もこの連日の戦いの中で力を進化させている
『武相』によって手に入れた兄弟の能力、それを100%の力のまま使用できるようになっていた。
「『黒染する翼(ショット・フェザー)』!!」
巨大な木の根、ツル、雑草の刃が無数に迫ってくる
そしてその全てをレイヴンの放った漆黒の翼弾が貫いた。
「『植物』と『腐敗』って相性悪いと思わねえ?」
「そんなのいいから・・・早く・・・降ろしてよ」
『腐敗』に貫かれた巨大植物は腐っていく、それも細胞一つ一つを破壊されたように見事にボロボロだ。
「じゃあ、あと3秒我慢してくれよ」
「えっ?」
ニヤリと笑い、回旋しながら天空へ舞い上がった。
「~~~~~~~~!!!!」
リリィはもうショックが大きすぎて声にならない叫び声を上げる
意識があっちの世界に飛ぶ寸前だ
逆にレイヴンは生き生きとした表情のままどんどん高度を上げていく。
「いっくゼェエエエエエ!!!」
無数の手のように伸びてくる植物を置いてけぼりにしてリリィを抱きしめたまま暗雲を突っ切る
分厚い雲を抜けるとどこまでも澄み渡った夜空に到達した
その間約2秒 不慣れだったはずの翼での超速飛行も戦いの中、取得していた
「おおっ・・・」
その瞬間目が奪われる
敵にではない、ただの夜空にだ
しかし、そのただの夜空は分厚い暗雲の影響で地上と分断されていたおかげか 美しい姿のまま何も手が加えられていない状態で保存されていた。
「今日は半月か 星がよく映える」
純粋な自然のままの月夜はあまりにも美しい、戦闘中にも関わらず息を飲んで一瞬見とれてしまう。
「へッ!親父をぶっ殺した後 じっくり眺めてやるさ」
そう言って気を取り直すと、視線を雲の穴から覗く地上に戻す
ウネウネとこちらを付け狙う『植物』の群が見えた
それを認め、羽ばたきを一瞬止めると スゥっと息を吸い込む
清らかな空気が喉を抜けた
そして、その空気を声帯から勢いよく発する。
「ウオオオオオオ!!!!『ターキッシュタンブラー』!」
技を叫ぶ響きが夜空のどこまでも通っていく
垂直落下する中レイヴンの身が緑色の炎に包まれる
『硫炎』の炎を纏いつつ体をスクリューのように回転させた
雲を再度突っ切り地上に向かって急加速を始める
その燃える姿はまるで緑色の隕石だ。
「覚悟してな!アーミー!!」
視界がどんどん『マーヴェラス・フォレスト』に迫っていく。
「いくぜええええ!!」
そして、追突する
『植物』にぶつかると一瞬にして蒸発して消えた
いくつもの『植物』を焼いていき、レイヴンとシズク達の距離はかなりの速度で縮まっていく。
「『雫鉄砲』」
森のような攻撃を突き抜けるレイヴンに水の塊が発射されてきた。
「うぉ!!」
当たる寸前羽ばたいて上に躱す
しかし、脚に『雫』の弾丸がかすった
ジュウウゥと煙を上げて脚についた炎が消えてしまう
確かに炎に対し水分は相性が悪い。
「あ、脚が・・・!」
脚に気を取られている間に周りを『植物』に囲まれてしまった
『硫炎』のおかげで触れられずにいた『植物』だがレイヴンにできた隙を一斉に狙ってくる
そう、炎の消えた脚を一斉に。
「うおおおおおおああ!!!」
襲いくる無数の攻撃をかいくぐり相手の元へ
だが、いつまでも躱し切れる訳がなかった
一本のツルに脚を絡め取られる。
「クソッ!離ッせッ!!」
脚をぐるぐる巻きにしている 植物に燃えるもう片方の足で蹴りを入れて焼き切る
急いでその場を飛び去ると全身の『硫炎』を手のひらの上に集め始めた。
「こいつで!一発で!決めてやる!」
防戦一方になって何もできなくなることを恐れたレイヴンは賭けに出る
片手でリリィを抱えたまま、もう片手を上げた。
「『緑色核(アトミックグリーン)』!!」
角から出力された魔力が腕を伝って溜まっていく
ボボボ・・・と手のひらの上に緑色の炎の球が燃え上がった。
「いくぜッ!ウォリャアアッ!!!」
全身全霊の一発を無数に展開された『植物』に向かって勢いよく投げつけた
バスケット大の焔球が真一文字に飛んでいく
底なしのエネルギー量が『植物』を燃やし溶かして吹っ飛ばす
勢いは止まらず、『植物』の障壁を貫通する。
「大人しく諦めろ・・・」
『緑色核(アトミックグリーン)』が開けた植物の障壁の穴からシズクの姿が覗いた
視認すると同時に、こちらに人差し指を向けて構える。
「『雫鉄砲』」
シズクの構えた指先から相当量の液体の様相をした魔力が飛び出す
その量は一発で25mプールを満杯にしてしまいそうだ。
「うお!?なんだよその量・・・反則だぜ」
大量の『雫』は炎を飲み込んですっかり消化してしまった。
「全力の一発でも、まるで届かねえ・・・」
「これが、裏切り者の貧相な精神と高貴なる次期魔王の精神から発される魔力との格の違いだ」
アーミーの声がレイヴンの心にショックを与えた
レイヴンは腕を伸ばしたまま 目の前に広がる絶望感に動きが止まってしまった。
「オレでは・・・歯が・・・立たない・・・のか?」
「ふふふ、そうだ やっと気づいたか」
そして、アーミーがその隙を逃すはずがない マクシムの魔力を操って植物を活性化させレイヴンを取り囲んだ。
「だけど、オレだけじゃないんだぜ!」
レイヴンが何かを投げた
それは『緑色核(アトミックグリーン)』で開けた障壁の穴を通り、シズクとマクシムのいる廃墟の屋根に落ちた。
「痛ッ!・・・うぅ、なに?」
投げられたモノはリリィだった
落ちた時の衝撃で目を覚ます。
「リリィイイ!目を覚ましたばかりで悪いんだが 少しの間持ち堪えててくれ!」
「え?レイヴン!?」
目が見えない分 いきなりの状況の把握には時間がかかってしまうのが弱点だ
視覚以外の四感を使って今どのような危機にさらされているのか、脳をフルに使って理解しようとする。
「そのうち応援に駆けつける!いいな、分かっ・・・」
そうしてレイヴンは話の途中で草木の波に飲み込まれてしまった。
「今・・・どーなってんのかはわかんないけど・・・」
スックと立ち上がり、気配のする方へ向き直ると言葉を続けた。
「やることは変わんないわ」
ダン!と屋上の床を踏みつける
その時生じた音が跳ね返り、エコーロケーションのように音で物の配置をリリィに示した。
「たった一人で・・・しかもただの人間が、少し魔力を扱えるからといって調子に乗っているな」
「貴様程度の能力者、魔界には掃いて捨てるほどいる」
シズクとマクシムの声を使ってリリィに凄みかける
しかし、リリィはひるむどころか怒りをあらわにもう一歩踏み出した。
「もう・・・私の両親の声で喋るな!」
軽やかで重厚なステップを踏み、踊るような戦闘態勢に入った。
「『龍舞脚』・・・!」
今は『植物』に飲み込まれたレイヴンの事を気にしている暇はない
今は目の前にいる愛すべき親を助け出す事に全身全霊をかける。
「女・・・それがお前の武術か?」
その問いにリリィは答えない
シズクは流れるように美しい動きで戦闘態勢に入った。
「『流武脚』・・・と言うらしいなこのシズクという女の武術は」
「そしてこの男の武術は『樹腕拳』・・・か」
マクシムは腕を回すようにして前に構える。
「その構えは・・・!」
さらに怒ったリリィの声はまるで男の声のように野太い。
「そうだ、貴様の両親の技だ」
ギュっとタイルが音を立てる程の捻りを加えて、彼女は突撃するミサイルのように一直線に飛び出した。
「それ以上私の日常を汚すな!私の親を使うなッ!!」
龍が突進する
牙を剥く
眼光は魔力を纏って火花を散らした。
「『龍舞脚・・・」
「『流武脚・・・」
龍の蹴りと激流の蹴り・・・2つの『リュウブキャク』がぶつかり合う
「顎門』!」
「波打』!」
リリィは跳んで空中で回転し、両脚を開いて一気に閉じる、万力とギロチンを合わせたような力・・・
いや、その表現ではまだ足りない それは龍の顎だ触れたものを容易く噛みちぎる、化け物の破壊力を有している。
「力は申し分ない、しかし・・・」
その噛みつきをするりと抜けてシズクの脚技がリリィの下腹部を叩いた。
「遅いな」
水を掴むことができないように、『流武脚』の動きを予想して掴むことはできない
リリィの技の隙間を縫って激流の蹴りは少女のか細い肉体を壁に叩きつけた。
「ごほっ・・・くう・・・っ!」
骨を折られたか、酷く、刻み込まれたような痛みが腹を中心に全身に広がっていく
歯を食いしばって立ち上がろうとしたその瞬間、リリィのいる場所に影がさした。
「『木淘』」
男の声でそう聞こえた
あまりの痛みで逆に意識が冴えているリリィの体は、意図せずともその声に反応して攻撃を避ける。
「お父さん・・・」
痛む腹を押さえて飛びかかってきた父親の姿をエコーロケーションで把握する
寝たきりだったせいで痩せ細っていたはずのマクシムの腕はアーミーの無尽蔵な魔力の強化により大木のような太さになっていた
その拳はコンクリート製の床を発泡スチロールを壊すかのように砕いている
腕だけではない、胸筋も南極の氷のように分厚く、腹筋も掘り深く6つに割れていて、脚も風船のように膨らんでいる
これがマクシムが『頂正軍』に所属していた頃の、全盛期の姿だ。
「ふぅぅぅうううう~~・・・!!」
梅雨明けのカラッとした熱気に汗を流しながら再び構える
この構えるたびに吐く腹式呼吸のロングブレスはルーティーンのようなもので、長ければ長いほど集中力が研ぎ澄まされているということだ。
「スゥゥウ~~・・・」
息を吸い、姿勢を整えると静止する
そして、その静止から素早く舞に移る、忙しなく動く足は次第に整えられ 一つの形を成していく
今度の龍の舞はバレリーナのようにクルクルと回る 回旋タイプのようだ。
「ふぅぅ~・・・『龍舞脚!兜割』!」
再び息を吐き、床を蹴って相手の頭の上を高く飛び、空中で縦にぐるりと身を回す
脳天から降りかかる一発の蹴りが頭蓋骨をたたき割る勢いで迫った。
「『樹腕拳・防の業』」
だが、アーミーも速い
マクシムの体を高速で操ると、頭の上に腕を回してリリィの『兜割』を受け止めた
だが、女の力とは・・・いや、人間の力とは到底思えない馬力で打ち下ろされた蹴りを(防御したとはいえ)受けてタダで済むはずがない。
「ほおぉぉ?なるほどなるほど・・・」
感心の声を出しながらアーミー操るマクシムの脚が床にヒビを入れて貫いた、膝まで埋まっていく。
「スゥゥウ~~・・・『龍舞脚・・・」
蹴りの反作用を利用して空中でバク転し、床に着地する
少し崩れていてよろめいたが微々たるものだ、瞬時に体制を整え 小躍りのような動きで勢いを脚に集めると 舞いながら懐に飛び込む
そして、駿馬のような蹴りが勢いに乗って放たれた。
「疾風怒濤』!」
連撃に向かない『龍舞脚』だが、リリィが改良を重ねた結果がこの技『疾風怒濤』だ
カマイタチのように空を切り裂く蹴りが素早く何度もマクシムに叩き込まれた。
「なるほど・・・そうか」
何がなるほどかわからないがそんな事を気にせず一心不乱に蹴りを正面からくらわせ続ける
ボクサーのように腕を前に構えて防御されているが御構い無しにその上から蹴り続ける
その間リリィの『生命吸収』がマクシムの体を侵すアーミーの魔力を、一撃ずつ着実に奪っていた。
(あと・・・1157発!!)
その時、マクシムの足元が崩れた
ボロくなった骨組みの上でこれだけ派手にやり合えば崩れるのは当たり前のこと
リリィはきゃっと小さく悲鳴をあげるも、落下の恐怖より目の前の闘志が勝った
空中で左脚を軸にした軸回転で追撃を仕掛ける。
「なるほどな・・・貴様の武術は親の技にそっくりだ、両親から教わったな?」
「えっ?」
崩れるコンクリートの音に混じるその声は不思議とはっきりと聞こえた
続きは何も言わずマクシムは岩のような拳を握る。
「『樹腕拳・蓬莱』」
油断したつもりはなかったのだがリリィは攻撃の針の穴のように小さな隙を狙われ、くらってしまう。
「ウ・・・ゲッ!」
それは想像以上だ
威力も速さも思っていた以上のパフォーマンスを現実の痛みとしてとして突きつけられた。
「グっウ・・・」
落下中吹き飛ばされ、あまりにも強い力で壁に叩きつけられる
壁に穴が開いて外に落ちてしまいそうになったが、必死の思いで壁の礫を蹴って中に戻った。
「『樹腕拳』・・・相手からの攻撃を体全体に散らしてダメージを最小限にする守り型の武術、身体中に散らしたダメージを一点に集中させて放つ攻撃は強力、衝撃の伝わり方や体の構造をよく知ってないと使えない技だ」
マクシムは独り言を言うようにブツブツと呟く
「ハァハァハァハァ・・・」
脂汗を流しながら口元に垂れた血を服で拭い、立ち上がりつつ戦闘のリズムを整える。
「そして『流武脚』・・・動きを途絶えさせず、それでいて捉えさせない動きの蹴りを主体とした武術 筋肉の動かし方と柔軟性がないとできない技だ」
何が言いたいのかよくわからないが、気にしている場合ではない
みたびリリィはその脚を上げて『龍舞脚』の構えを取る。
「勢いの一点集中や鋭く流れるような動きの蹴り技、貴様の『龍舞脚』は二つの武術のハイブリッドのようだな」
アーミーが操る二人がそれぞれの武術に則って構えた。
「うるさい・・・!」
隙間風のような微かな声で呟くと床を踏み切ってマクシムに迫る。
「だが、いくら武術に長けていようと『技術』では『魔術』を越えられん!」
マクシムは腕を交差させてまた衝撃を吸収する構えを取る。
「シャアッ!」
その懐に飛び込んだリリィは蹴りを放つ
しかし、受け止められる
大樹の根っこのような腕を伝って全身に効率よく散らされた
これが『樹腕拳』だ。
「しっくりこないわ・・・」
手応えを感じられなかったが追撃は加えない、先刻それで痛い目にあったのだ 魔力同士のぶつかり合いでの深追いはやめておいたほうがいい。
「『流武脚』!」
「はっ!?」
しかし、あちらはそうではないらしい 音もなく回り込まれ、後ろから攻撃を浴びせられる。
「いつの間・・・にッ!」
慌てて反撃する
だが、溜めが全く足りない 1秒たりとも余裕がなかったのだから当然だ
ただの回し蹴りはあえなく激流の蹴りに弾き飛ばされた。
「『流武脚・水柱』」
また強烈な一発をくらってしまう、しかもキレイなクロスカウンターになって威力は倍増だ
そしてさらにアーミーは蹴りの威力をもう一段階上げる。
「『雫鉄砲』」
「が・・・ぁあ!!」
蹴りを入れる足の先から高圧の『雫』を射出したのだ
ただでさえ殺人級の蹴りにライフルの弾が装填されているような、鬼に金棒とはこのことだ
またもやリリィの体は壁に叩きつけられてしまう。
「ぎ・・・ぎ・・・『龍・・・舞脚・・・」
唇を噛み締め、その痛みでなんとか意識を繋ぐが 生まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。
「ハッ・・・ハッ・・・ハァッ・・・ハァハァ・・・」
舞おうにも体がついていかない
「ぐッ・・・ゲホっ」
固まってゼリー状になった血の塊が喉の奥から吐き出された
内臓までに傷をつけられたのか
もう痛み以外の感覚が残っていない下腹部を抑えて考える。
(あ~・・・やばい今意識があっちの世界に飛んだ)
コツーン・・・
(カッコ良く整えてた髪もぐしゃぐしゃだ、でももうセットする暇もないわ)
コツーン・・・
コツーン・・・
(足音?幻聴まで聞こえてきてるし・・・死んじゃうのかな・・・ここで・・・)
コツーン・・・
コツーン・・・
コツーン・・・
「人間にしては粘ったが・・・どうやらここまでのようだな」
どちらが言ったのか分からないが冥府に片足突っ込んでいるリリィにもうそれは関係ない。
(あ~あ・・・結婚とか・・・してみたかったなぁ)
「次はレイヴンを貴様を操って殺してやろう」
アーミーに操られるシズクは屈み込むリリィの脳天に指を当てる
その細い指先は今のリリィには銃口のように感じられる。
(いや!!!駄目だ・・・!ここで死んでちゃ駄目だ!)
一瞬、そして微かに リリィの眼に一筋の闘志が差した。
「さあ、わたしの兵士となり死ぬまで戦え」
冷たくそう告げると指先から頭の中に魔力を流し込んでくる。
(せめてお父さんを!お母さんを!あいつの支配から解放するんだ!)
霞む意識、乗っ取られる意思
しかし、確かにある闘志に火をつけてリリィは地面を蹴る。
「ダリャアア!!」
シズクを跳ね除けて、後ろで構えていたマクシムの拳を躱し、脚に魔力を込めて床を蹴り抜いた。
「まだ動くか貴様!」
床に大穴を開け、リリィは一つ下の階へ飛び降りた。
「ハァハァハァ・・・」(体内に蓄えといた魔力が役に立った・・・でも今の回復に使ったぶんで限界だわ、なんとか魔力を『吸収』しない事には私に勝ちはない)
廃墟は5階建
屋上、5階、と下りてきて今いる場所は4階だ
何もない所だ、ここはなんの建物だったのか見当もつかない
だが、そのなにもない空間は逆に闘いにうってつけの場所でもある。
「そういうのを ただの悪あがきというんだ」
「やかましいのよ!!ハァハァ・・・その、悪あがきがあんたの致命傷になるかもしれないよ!」
声のする方に中指を突き立てて言い返す
口から血を流すよろよろの少女が啖呵切ってもアーミーから見ればなんの迫力も感じないだろうが、リリィ本人は本気だやる気だ 刺し違えてでも両親を解放する気だ。
「なら・・・」
リリィが開けた穴からマクシムが拳を振り上げる姿が覗いた。
「フンッ!」
マクシムの一撃が振り下ろされると、5階の床、4階の天井に大きく亀裂が走った
天井が崩壊すると瓦礫に混じってシズクとマクシムが降りてくる。
「見せてみろ、その悪あがきとやらを」
「見せてやるわよ、いやってほどにね」
フゥゥゥゥ~、と息を吐き出して腰を屈める。
「『龍舞脚・鉤爪』!」
床を蹴って高速で相手との距離を詰める
イルカのエコーロケーション顔負けの聴力でこの場に散らばる瓦礫の配置を全て聞き取りつまづかずに蹴りの射程内に入った
相手は前にマクシムを構えて、後ろにはシズク
『樹腕拳』で押さえて『流武脚』で狩る陣形だ 龍の鉤爪はこれを崩せるのか。
「『樹腕拳・防の業』」
マクシムが腕でリリィの蹴りを受ける。
「やっぱ止められた!」
やはり 手応えがない、これではぬかに釘 与えるダメージよりも魔力での回復力の方が上回ってしまう。
「ここで止められたら・・・来る!」
リリィの聴覚がシズクの動きを探る
当然だがさっきいた場所にシズクはいない
蹴りの衝撃の余韻が残る空気の中、こちらに向かって来る音をリリィの耳が拾いとった。
「来たッ!」
後ろに飛びのいてすぐさま構える
気配はもうすぐそば、2mも離れていない。
「『流武脚』」
「『龍舞脚』!」
二人の蹴りが交差する。
「そらァッ!どうした!」
瞬間的にぶつかった互いの蹴りの威力はほぼ同じ
だが、シズクの技が『龍舞脚』の力を流水に流すようにいなした
勢いをあらぬ方向へ流されたリリィはバランスを崩してよろめく。
「とどめだ、『水柱』」
そして、鋭い水圧を伴った蹴りが再びリリィを襲う
一瞬その脚が巨大に見えるほどの威圧感を放っている
しかし・・・
「悪いけど、3度目はないわ」
バランスを崩したままの無理な体勢から、ありえない角度の蹴りが放たれ、シズクの胸を打ち、弾き飛ばした。
「『樹腕拳・蓬莱』」
シズクの体が浮いた時、すでに後ろにはマクシムが立っていた
拳は振り下ろされ リリィを殴りつけるまでに 瞬きをする時間すらない。
「もう 覚えてんのよ その技は!」
その声がマクシムの耳に届くよりも早く
リリィは体の支えにしていた左足に踏ん張らせ、無理やりにでもマクシムの拳に蹴りを打ち込んだ。
「覚えているからなんなんだ?その不安定な体制でこの拳を受け止められはしないだろう」
マクシムが押し込むように腕を伸ばしてだめ押しに力をねじ込んでくる
だが、それを見てなおリリィは口元に笑みを浮かべた。
「そうよ でも受け止められないなら利用する!!」
そう言ってリリィは器用に身を引いてマクシムの突きを回転扉のように受け流した。
「『龍舞脚』!」
しかも、ただ受け流しただけではない 脚に残った相手のパンチの勢いを利用し、まるでアイススケートのように空中にクルクル舞いながら浮き上がった。
「『頸剃り』!」
勢いをまとった蹴りは元の倍近くの速度になってうなじを打ち抜いた。
「・・ぐぁ・・・」
鈍い音とともに衝撃が走り
マクシムの口から始めて苦悶の声が発される。
「ごめん、お父さん・・・」
謝るリリィのすぐ目の前でマクシムの脚が震えて地に膝をつく
『G.Iジョー』に操られた兵士はいくら傷つけても動きを止めない
しかし、神経系を破壊すれば否応無しに動く事をやめさせられる
どうやら後頭部への攻撃で神経が切れたらしい、命には別状はないがたった一発で大の大人 しかも底なしの魔力持ちの兵士を戦闘不能に陥れる 恐るべし『龍舞脚』
「ハァ・・・ハァ・・・スゥゥゥゥ・・・」
足元にマクシムを転がし、さっき吹っ飛ばしたシズクに向き直る。
「ハァァァ・・・さあ来いッ!これで終わりだ!」
瓦礫の山の山が累々とある部屋の一角に叫びかける。
「終わりだと・・・?フッ、それはどちらの事かな」
どこからかそう聞こえると激流のような魔力が部屋に放たれた。
「やっば・・・」
驚嘆の言葉をつぶやく
激流は狭い部屋の中を満たし瓦礫を壁ごと吹き飛ばす
リリィも吹き飛ばされないように踏ん張って立っている。
「ラッキーパンチで調子付くな 奇跡は続いては起きんぞ」
部屋全体がまだ小刻み震えている
それはシズクの魔力がさっきとは比較にならないほどに解放されたからだ。
「1000人だ・・・!」
「1000人・・・」
「600人分になら適応できるらしいが・・・1000人ともなるとまた別の次元の力だ」
超濃密の魔力を全身に纏わせてリリィに一歩ずつ近寄ってくる
シズクの魔力は特級魔族顔負けの総量になり、まさしく一騎当千 たった一人で一つの軍隊。
「ここからは【勝負】ではない・・・」
「は?どういうことよ」
アーミーの言葉は先程よりも落ち着き払っていた
まるでリリィを相手にしていないような余裕たっぷりのセリフ使いだ。
「えっ!?」
今、目の前に居たはずのシズクの姿が消えた。
「ここからは一方的な【虐殺】だ」
その声が聞こえた時脇腹が押された風船のように不自然にへこみ激痛が走る
気が付いた時にはリリィの体が宙を舞っていた
感覚の世界がグルグルと万華鏡の速度で回転する。
「うッ!グエエェ!!」
空中で血を吐き、地面に激突しようとしたその時・・・
「『流武脚・水界』」
吹き飛ばされたその先の落下地点にシズクがいつの間にか現れ、技を構えていた。
「ぐ・・・くく・・・『龍舞脚・辰落とし』!!!」
空中で体制を立て直し、強力なかかと落としに派生させた。
「おあああ!!」
重々しい衝撃音とともに両者の脚がぶつかり合う。
「フハハハハハアァァ!!!!!」
「うおおおおああ!!!」
鍔迫り合い、魔力同士で暗い色の火花が散る
その時、シズクの笑い声とリリィの雄叫びに混じってしわがれた音が鳴った。
「いっ・・・・」
リリィの脚が天井に向かって直角に折れ曲がった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
脚から血が吹き出る、痛みに喉からも信じられないほどの絶叫が響く
そして、シズクの脚から大量の水が射出され リリィの体を丸々包み込んだ。
「ゴボっゴボ・・・」
そして弾丸のような速度と力に溺れながら壁に激突し、リリィを包む『水界』が赤に染まった。
「弾けろ」
血に染まる『水界』がその声で弾けると中からズタボロになったリリィが落下した
床に脚がついても立とうとせず 糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。
「はッ!はッ!・・・は、はぁ・・・」
倒れ伏したリリィから微かに呼吸音が聞こえる事でかろうじて命が繋がっている事が分かるが 意識があるのかは分からない。
「くははははは・・・」
グギギ・・・と鉄が曲がるような音を立ててシズクは笑う 口の中にはなんと牙がズラリ並んでいた
頭には一本の角が生え蒼色の魔力を撒き散らしている
圧倒的魔力の付与の影響で魔族化したのだ。
「ふふふふふふふ・・・ふふふふふ・・・」
部屋の端から端まで蹴り飛ばされたリリィに一歩ずつ近づいて行く
優しかったはずの母親が鬼と化して娘に殺意を向ける、なんという運命の皮肉かこれを残酷と言わず何を残酷と言うか。
「このわたしにここまでさせた人間は・・・この先現れんだろうな・・・いや、ゼルクとかいう男がいたか」
動かないリリィの前にシズクが立つ
微かに宿った闘志も勇気も全てを上から叩き潰すその圧倒的魔力
それは微量な闘志を打ち砕くには充分すぎる実力差だ。
「まあ、そのゼルクもレイヴンも貴様を操り殺してやるがな・・・」
余裕たっぷりのセリフを吐きながら足を上げてリリィの上に振りかざす
いよいよ負けてしまうのか
逆転不可能のこの状況 リリィは指一つ動かしはしない
アーミー操るシズクは洗脳魔力をたっぷりしみこませた脚を振り下ろす。
「『G.Iジョー』!!」
「させねえよ!」
その刹那一つの男の声が聞こえてきた
その声が階下から聞こえてくると同時に爆音を伴い廃墟が大きく傾く。
「なんッ!だ!?」
揺れによって蹴りの狙いが外れて床に穴が空いた
部屋が傾き、リリィの体は部屋の端に転がって行く。
「チッ!逃すかッ!」
リリィにトドメを刺すべく 斜めった床を蹴って追う
しかし、廃墟に物凄い衝撃が走った
そのパワーは廃墟を二つに引き裂いてシズクとリリィを遠くに引き離してしまった。
「だから!させねえっつってんだろ」
鋭利な刃物で斬ったような破壊ではなく手で雑に引き裂いたような断絶面だ
武器を使わず力技で建物を破壊する こんなことができるのは他にいない。
「生きていたか・・・レイヴン!」
破壊された廃墟の対岸にリリィの姿を見ながらレイヴンの存在を察知する
階下から強大な魔力を漂わせる存在を感じられた。
「ちょいと除草に手間取りはしたが 帰ってきたぜ、アーミー!!」
視点を地面に向けると、なんとそこは一面の焼け野原
どうやらレイヴンはマクシムの能力『植物』を根っこごと焼き払って対処したようだ
なんともレイヴンらしい大胆で雑でシンプルな方法
ドロドロに溶けた地面と植物で街はすっかり地獄絵図だ。
「悪かったなリリィ 時間くっちまった」
背に翼を出現させてリリィのいる3階へ一気に飛び上がる。
「生きてるか?死んでなきゃオレがいくらでも【直】してやれる」
そう言うが早いか、かがみこんで手をふと触れるだけでリリィの傷が周りの床や壁などを加工した人工細胞のようなもので塞がれていった、折れた骨も元通り接着された
途端にうぅん、と唸り声をあげた 意識がこっちの世界に舞い戻ってきたようだ。
「好き勝手やってくれたな、アーミー」
裂けたビルの対岸に立つシズク、その先にいるアーミーの視覚を睨みつけながら立ち上がる。
「フン・・・くだらない命を救うために残り少ない魔力を使うか 愚かだなレイヴン」
アメリカンコミックのヒーローのようにピンチに駆けつけたレイヴンに全くひるむ事なく 逆にけなしてみせるアーミー、変わることのない余裕がたった一人になった軍隊を大きく見せた。
「くだらなくなんかねえさ」
だが、余裕を見せつけるのはアーミーだけではない
体力気力魔力 力とつくものが全て尽きかけているはずのレイヴンも不敵に笑って見せた
レイヴンがこの表情を見せる時 それは勝利の女神が微笑む時だ。
「人間は強いぜ、覚醒した人間には魔族なんかが束になっても敵じゃない」
「世迷言を・・・」
レイヴンの言い切る熱い姿勢にため息を吐き 頭に手をあてがい、呆れた表情を作る。
しかし、レイヴンの目は輝いていた。
「なぜ人間が魔族の武力弾圧に耐え凌いで生き残ってるか分かっているか?」
「運が良かっただけだろう」
「違う、魔族はふるいにかけちまったんだよ人間を この世界に生き残れる者とそうでない者とを!」
「なんのことだ」
話が佳境に入る
「この世界に生きる才能を持つ人間はオレによってさらにふるいにかけられた、力を持つ者と持てない者・・・」
レイヴンのセリフにも自然と熱がこもってきた。
「そして、生き残った者の1人は『死神』として魔界に刃を向け、そしてまた1人は『灰色鳥』として爪を立てた」
「『灰色鳥』・・・まさかあの人間もお前の生み出した戦士か?」
『灰色鳥』始めて出てくる名前だ
だが、アーミーが反応する程の人間だ 何者か分からないが、強者なのだということだけが判明した。
「全て魔族が与えた結果だ、力で押さえ込もうとも 人間はそれをバネにでここまで力を溜めてきた、オレはただそれを解放してやったに過ぎねえ」
解放、レイヴンの言うそれは革命の兆しだ
生き残る資格、闘いの資質
レイヴンの言いようだと全国に、一握りだけその才能を持つ人間がいるようだ
魔族に対抗しうるらしいその勢力 それを一箇所に集めることがレイヴンの考える革命への鍵らしい
そして、その鍵はまた一つこの闘いにより喚び醒まされようとしていた。
「近々押し寄せるぜ!プロジェクトはとっくに始まっているッ!」
レイヴンがシズクを指差しながら笑うと背をかがめ、床を蹴ってビルとビルとの空中に飛び出した。
「ならば『反逆者』!首謀者であるお前を殺せば・・・」
アーミー操るシズクも強靭な脚でビルの片割れから飛び上がると体を捻って空中で『流武脚』の構えをとる。
「魔族の完全勝利だ!!!」
「やってみろォォォオ!!!」
2人の特級魔族のぶつかり合い、北京の上空に毒々しい紫色の稲光が響いた
違いのプライド野望をかけて、牙と角がしのぎを削る
勝っても負けても地獄の渦中で、また少し世界が傾こうとしていた。
To Be Continued→
本名【凪原 雫】日本人
マクシム
本名【マクシム・ステファン・ゴルチェ】フランス人
この2人は一児の両親であり心優しく無力な人間
そして、その一方で強力な力を持つ 魔力使いでもある
魔界との戦争に大敗を期し その時身についた魔の力を持って 敗走する中中国にたどり着き そこで暮らすこととなった
2人とも『頂正軍』に所属していて基本能力や体術は人間としてずば抜けていた 魔力を身につけもう敵はいないだろう 本人も周りの人間もそう考えていた
だが、甘かった
攻めてきた魔王軍の中堅クラス兵相手に2人して深手を負ってしまい マクシムは目を覚まさなくなってしまった
そして、それからまた数年2018年19時48分現在彼らは敵の術中に落ちてしまい 操り人形の状態にある
なんともまあ魔族に振り回されっぱなしの家系だろう、と思うだろうが世界中にこのような境遇の人間は山ほどいるしこれよりももっと酷い状態も掃いて捨てるほどいるのだ
しかし、特級魔族と接触した人間の数は少ないだろう
まるで交通事故のようにその圧倒的な不幸は一つの陰謀のため、幸せだったはずの家族を闇に包んでいく
そして、その娘であるリリィもまたその試練に足を踏み入れてしまっていた。
「返してもらうわよ、人間の尊厳を!」
クルクルと回りながら踊るように力を溜めていく スカートが木の葉のように風を受けめくれそうになるが気にせず
何も見えない目を閉じ、パチンと指を鳴らすと次の瞬間、竜巻のような高速回転を始めた
見えない目の代わりに発達した感覚は指を鳴らしたその反響音をコウモリのように捉え 正確に物の場所を理解した。
「お前はオレの野望の邪魔だ、どけ」
レイヴンも目の前にいる 相棒(ゼルク)と同期であるシズクとマクシム、2人の人間を見据えると 走りだし、リリィを追い抜き 10mほど先にいる2人に飛びかかった。
「どうも貴様ら二人は死にたがりのようだな いいだろうサヨナラを言ってやる」
マクシムの口からそう言葉が漏れた
アーミーの言葉をただ口にしただけの感情のない声だ。
「そうかよ!」
レイヴンは怪訝な顔をして拳を地面に叩きつけた。
「だがなぁ~、お前がサヨナラ言うのは・・・」
衝撃は地面を伝わり、硬い地面が水面のように波打ち 呼吸しているかのように上下した。
「オレにぶっ飛ばされるその時だ」
その波がシズクを飲み込むように渦巻いた
だが、様子がおかしい 抵抗を一切見せず素直に飲み込まれていった
レイヴンのすぐ横にいるマクシムも微動だにせず腕を組んだまま立ち尽くしている。
(不気味だぜ こいつさっきから作戦や武器をコロコロと変えてくるからな また新しい戦術か?)
思慮深く考えるうちにアスファルトの波はシズクの脚を餅のように柔らかく包み込む
あくまでも傷つけないように、それでいて特級魔族でも脱出に手間取りそうな程の力強さで拘束した。
「避けて、私がキメるわ!」
その声を聞いてその場から飛び退くと すぐ隣に風が走ったような感覚を受けた
暗い中ひときわ輝くその風は加速をして舞い踊るように脚技を叩き込んだ。
「『疾風怒濤』!」
その名の通り疾風のような蹴りは超速で吹き付ける風のように素早く打ち込まれ
その威力は傷つけないために そよ風が撫で付ける程度の威力に落とされている
ただ触るだけといった感じの蹴りはリリィの『生命吸収』の力を携えて シズクの体からアーミーの生物を操る魔力を吸い取っていった。
「どうよ!」
手応えありといった表情を浮かべる
しかし、その後ろのレイヴンの表情は違った
「ダメだ!引けッ!リリィ」
それは想像を絶していた
なんとシズクの体はアーミーに支配されたままなばかりか、自分を拘束している地面を紙でも破るかのように破壊して
こちらに人差し指を向ける。
「え?能力は当たったはず・・・なんで?」
「引けッ!つってるだろ 死ぬぞ!」
レイヴンは手を伸ばしてリリィの服を引っ張る。
「『雫鉄砲』」
その構えた指先に液体のような魔力が集まり 球体になり、発射された
直径3cmくらいの、弾丸にしては大きいその水滴は空を裂いてリリィの頬を掠めていく
そこには細長い傷が刻まれて少し出血していた。
「ふふふ、おしいおしい」
シズクの声を借りたアーミーは言った
放たれた『雫』の弾丸はレイヴンとリリィの背後にある瓦礫に当たると貫通してどこかに飛んでいく。
「なんつ~威力だ」
魔力は魔力以外からの干渉をほとんど受け付けない
なので魔力で出来た水滴『雫鉄砲』は空気抵抗による弾道の変化も弾速の低下もない
撃った初速1200kmそのまま、射程圏内ならどこまでも飛んでいく。
「・・・ヤバイ!レイヴン、跳ん・・・飛んで!!」
リリィは跳躍ではなく飛行を要求する
また何か感じ取ったのか鬼気迫る表情でレイヴンの服を引っ張った。
「なんだ?」
「いいから!飛んで!!」
「お、おう」
意外な迫力に少し気圧されたレイヴンはどもってしまう
そして要求通りリリィを抱いたまま地を蹴り 吸い込まれそうなほど暗く、星なんかない夜空に飛び上がる
背に夜空よりも黒い翼を広げ、高く高くへと飛んで行く用心に越したことはないのだから。
「来るわ!」
そう言うと地面に大きく亀裂が走る
メリメリメリ・・・と音を立てて地面から槍のように鋭い触手が天を衝くように勢いよく生えてきた。
「うへ~、やっべえな」
寸前のところでそれの動きは止まったもう少し飛翔の高度が低ければ二人仲良く串刺しになっていただろう
地面は勢いで持ち上がり徹底的な破壊を受けている
その突然の奇襲の正体をよく見る、それは奇怪な形をした植物だった。
「これが私の両親の能力、『雫』と『植物』」
「水分と植物か・・・能力的にも理想の夫婦だな お前の親御さんは」
半ばヤケクソ気味にそう吐き捨てるとその翼を羽ばたかせて遠くに飛んでいく。
「多分お前の『生命吸収』で『G.Iジョー』を吸収解除できなかったのは複数人の生命を一つの体に入れているせいだとオレは思う」
「どーゆーこと?」
「つまりだ・・・」
しばらく飛んでまだ無事なビルの屋根に着地し、リリィを降ろした後レイヴンは膝をついて休み始めた
リリィへの話も同時進行で行われる。
「オレが見たところによると お前が一度に吸い取れる生命の量はせいぜい人間一人の半分くらいだ、そうだろ?」
「試したことないけどそれくらいだと思う」
「だろう?そこに今シズクさんの体の中にはアーミーの『生命の分配』によって少なくとも300人分のエネルギーが入ってる、多分マクシムさんもだ」
「そうか、だから一発当てただけじゃ解除できないのか」
「そう、つまり単純計算で600発、二人合わせりゃ1200発攻撃を当てないと支配を脱することはできない」
ゴクリと唾を飲み込んだ
【1200発】簡単に言ってくれるが、パワーアップされた歴戦の戦士を相手に これは途方もなく無謀な数である。
「それってさ・・・」
リリィが何かを言おうとして背を屈めたその時、頭を何かが掠めた。
「いっ!?」
頭の上を通り過ぎた何かは リリィの長い黒髪を数本散らせて、背後の壁にぶつかり大きくヒビを入れた。
「これは!」
「もう追いついてきたのか!?」
2人は勢いよく立ち上がり、攻撃が飛んできた方向に目線と感覚を向ける。
「いたッ!あそこ!」
先に見つけたのはリリィだ
指をさして敵の居場所をレイヴンに知らせた
そしてやはりその相手はシズクとマクシム
このビルから600m離れた廃墟の窓からこちらを狙撃したようだ。
「今のは『雫』・・・射程は最大で200mのはずだったのに」
「やっぱりあちらさん、目に見えて強くなってやがるぜ!」
リリィを脇に抱えてレイヴンはビルから飛び降りる。
「ちょっ!せめて一言掛けて飛び降りッ!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
やはり飛び降りるのが苦手なリリィはこの世のものとは思えない声で叫び、レイヴンの腕の中で暴れた。
「口より先に体が動いちゃうもんでね」
飄々とそう言って背に黒い翼を出現させる。
「あの2人んとこまで飛ぶぜ!気を引き締めろリリィ」
「気を引き締めるもなにもこの瞬間が一番こわ・・・いうわぁぁあああああ!?」
大きく羽ばたくと一気に加速した。
「いやッ!めっちゃ揺れる!怖いから!シャレになんないから!ゆっくり飛んで!」
観念したのか暴れるのはやめた
だがまだ声を張り上げて文句を言い続ける
そうこうしている内にもシズク達への距離はぐんぐん迫っていき、次第に緊張感も高まっていく
あと15m
「・・・『マーヴェラス・フォレスト』」
しかし、シズクの隣に佇んでいたマクシムがこのタイミングで魔術を発動させた
地に流れ込んだ魔力が地中の植物の根や種を活性化させる
巨大化して、まるで暴れ狂う大蛇のように、はたまた鞭のように
辺り一面をなぎ払う、なんとも強力な攻撃にその辺の建物は風の前の塵のごとく粉々に吹き飛ばされていった
そして無差別なその攻撃がレイヴンにも襲いかかってくる
巨大な『植物』の前にレイヴンは小さな蝿のようだ
一発くらえば勢いよく撃ち落とされる、地に堕ちることは死ぬも同然だ。
「うざってえッ!!」
叫び声を上げて翼を巨大化させる
レイヴンの方もこの連日の戦いの中で力を進化させている
『武相』によって手に入れた兄弟の能力、それを100%の力のまま使用できるようになっていた。
「『黒染する翼(ショット・フェザー)』!!」
巨大な木の根、ツル、雑草の刃が無数に迫ってくる
そしてその全てをレイヴンの放った漆黒の翼弾が貫いた。
「『植物』と『腐敗』って相性悪いと思わねえ?」
「そんなのいいから・・・早く・・・降ろしてよ」
『腐敗』に貫かれた巨大植物は腐っていく、それも細胞一つ一つを破壊されたように見事にボロボロだ。
「じゃあ、あと3秒我慢してくれよ」
「えっ?」
ニヤリと笑い、回旋しながら天空へ舞い上がった。
「~~~~~~~~!!!!」
リリィはもうショックが大きすぎて声にならない叫び声を上げる
意識があっちの世界に飛ぶ寸前だ
逆にレイヴンは生き生きとした表情のままどんどん高度を上げていく。
「いっくゼェエエエエエ!!!」
無数の手のように伸びてくる植物を置いてけぼりにしてリリィを抱きしめたまま暗雲を突っ切る
分厚い雲を抜けるとどこまでも澄み渡った夜空に到達した
その間約2秒 不慣れだったはずの翼での超速飛行も戦いの中、取得していた
「おおっ・・・」
その瞬間目が奪われる
敵にではない、ただの夜空にだ
しかし、そのただの夜空は分厚い暗雲の影響で地上と分断されていたおかげか 美しい姿のまま何も手が加えられていない状態で保存されていた。
「今日は半月か 星がよく映える」
純粋な自然のままの月夜はあまりにも美しい、戦闘中にも関わらず息を飲んで一瞬見とれてしまう。
「へッ!親父をぶっ殺した後 じっくり眺めてやるさ」
そう言って気を取り直すと、視線を雲の穴から覗く地上に戻す
ウネウネとこちらを付け狙う『植物』の群が見えた
それを認め、羽ばたきを一瞬止めると スゥっと息を吸い込む
清らかな空気が喉を抜けた
そして、その空気を声帯から勢いよく発する。
「ウオオオオオオ!!!!『ターキッシュタンブラー』!」
技を叫ぶ響きが夜空のどこまでも通っていく
垂直落下する中レイヴンの身が緑色の炎に包まれる
『硫炎』の炎を纏いつつ体をスクリューのように回転させた
雲を再度突っ切り地上に向かって急加速を始める
その燃える姿はまるで緑色の隕石だ。
「覚悟してな!アーミー!!」
視界がどんどん『マーヴェラス・フォレスト』に迫っていく。
「いくぜええええ!!」
そして、追突する
『植物』にぶつかると一瞬にして蒸発して消えた
いくつもの『植物』を焼いていき、レイヴンとシズク達の距離はかなりの速度で縮まっていく。
「『雫鉄砲』」
森のような攻撃を突き抜けるレイヴンに水の塊が発射されてきた。
「うぉ!!」
当たる寸前羽ばたいて上に躱す
しかし、脚に『雫』の弾丸がかすった
ジュウウゥと煙を上げて脚についた炎が消えてしまう
確かに炎に対し水分は相性が悪い。
「あ、脚が・・・!」
脚に気を取られている間に周りを『植物』に囲まれてしまった
『硫炎』のおかげで触れられずにいた『植物』だがレイヴンにできた隙を一斉に狙ってくる
そう、炎の消えた脚を一斉に。
「うおおおおおおああ!!!」
襲いくる無数の攻撃をかいくぐり相手の元へ
だが、いつまでも躱し切れる訳がなかった
一本のツルに脚を絡め取られる。
「クソッ!離ッせッ!!」
脚をぐるぐる巻きにしている 植物に燃えるもう片方の足で蹴りを入れて焼き切る
急いでその場を飛び去ると全身の『硫炎』を手のひらの上に集め始めた。
「こいつで!一発で!決めてやる!」
防戦一方になって何もできなくなることを恐れたレイヴンは賭けに出る
片手でリリィを抱えたまま、もう片手を上げた。
「『緑色核(アトミックグリーン)』!!」
角から出力された魔力が腕を伝って溜まっていく
ボボボ・・・と手のひらの上に緑色の炎の球が燃え上がった。
「いくぜッ!ウォリャアアッ!!!」
全身全霊の一発を無数に展開された『植物』に向かって勢いよく投げつけた
バスケット大の焔球が真一文字に飛んでいく
底なしのエネルギー量が『植物』を燃やし溶かして吹っ飛ばす
勢いは止まらず、『植物』の障壁を貫通する。
「大人しく諦めろ・・・」
『緑色核(アトミックグリーン)』が開けた植物の障壁の穴からシズクの姿が覗いた
視認すると同時に、こちらに人差し指を向けて構える。
「『雫鉄砲』」
シズクの構えた指先から相当量の液体の様相をした魔力が飛び出す
その量は一発で25mプールを満杯にしてしまいそうだ。
「うお!?なんだよその量・・・反則だぜ」
大量の『雫』は炎を飲み込んですっかり消化してしまった。
「全力の一発でも、まるで届かねえ・・・」
「これが、裏切り者の貧相な精神と高貴なる次期魔王の精神から発される魔力との格の違いだ」
アーミーの声がレイヴンの心にショックを与えた
レイヴンは腕を伸ばしたまま 目の前に広がる絶望感に動きが止まってしまった。
「オレでは・・・歯が・・・立たない・・・のか?」
「ふふふ、そうだ やっと気づいたか」
そして、アーミーがその隙を逃すはずがない マクシムの魔力を操って植物を活性化させレイヴンを取り囲んだ。
「だけど、オレだけじゃないんだぜ!」
レイヴンが何かを投げた
それは『緑色核(アトミックグリーン)』で開けた障壁の穴を通り、シズクとマクシムのいる廃墟の屋根に落ちた。
「痛ッ!・・・うぅ、なに?」
投げられたモノはリリィだった
落ちた時の衝撃で目を覚ます。
「リリィイイ!目を覚ましたばかりで悪いんだが 少しの間持ち堪えててくれ!」
「え?レイヴン!?」
目が見えない分 いきなりの状況の把握には時間がかかってしまうのが弱点だ
視覚以外の四感を使って今どのような危機にさらされているのか、脳をフルに使って理解しようとする。
「そのうち応援に駆けつける!いいな、分かっ・・・」
そうしてレイヴンは話の途中で草木の波に飲み込まれてしまった。
「今・・・どーなってんのかはわかんないけど・・・」
スックと立ち上がり、気配のする方へ向き直ると言葉を続けた。
「やることは変わんないわ」
ダン!と屋上の床を踏みつける
その時生じた音が跳ね返り、エコーロケーションのように音で物の配置をリリィに示した。
「たった一人で・・・しかもただの人間が、少し魔力を扱えるからといって調子に乗っているな」
「貴様程度の能力者、魔界には掃いて捨てるほどいる」
シズクとマクシムの声を使ってリリィに凄みかける
しかし、リリィはひるむどころか怒りをあらわにもう一歩踏み出した。
「もう・・・私の両親の声で喋るな!」
軽やかで重厚なステップを踏み、踊るような戦闘態勢に入った。
「『龍舞脚』・・・!」
今は『植物』に飲み込まれたレイヴンの事を気にしている暇はない
今は目の前にいる愛すべき親を助け出す事に全身全霊をかける。
「女・・・それがお前の武術か?」
その問いにリリィは答えない
シズクは流れるように美しい動きで戦闘態勢に入った。
「『流武脚』・・・と言うらしいなこのシズクという女の武術は」
「そしてこの男の武術は『樹腕拳』・・・か」
マクシムは腕を回すようにして前に構える。
「その構えは・・・!」
さらに怒ったリリィの声はまるで男の声のように野太い。
「そうだ、貴様の両親の技だ」
ギュっとタイルが音を立てる程の捻りを加えて、彼女は突撃するミサイルのように一直線に飛び出した。
「それ以上私の日常を汚すな!私の親を使うなッ!!」
龍が突進する
牙を剥く
眼光は魔力を纏って火花を散らした。
「『龍舞脚・・・」
「『流武脚・・・」
龍の蹴りと激流の蹴り・・・2つの『リュウブキャク』がぶつかり合う
「顎門』!」
「波打』!」
リリィは跳んで空中で回転し、両脚を開いて一気に閉じる、万力とギロチンを合わせたような力・・・
いや、その表現ではまだ足りない それは龍の顎だ触れたものを容易く噛みちぎる、化け物の破壊力を有している。
「力は申し分ない、しかし・・・」
その噛みつきをするりと抜けてシズクの脚技がリリィの下腹部を叩いた。
「遅いな」
水を掴むことができないように、『流武脚』の動きを予想して掴むことはできない
リリィの技の隙間を縫って激流の蹴りは少女のか細い肉体を壁に叩きつけた。
「ごほっ・・・くう・・・っ!」
骨を折られたか、酷く、刻み込まれたような痛みが腹を中心に全身に広がっていく
歯を食いしばって立ち上がろうとしたその瞬間、リリィのいる場所に影がさした。
「『木淘』」
男の声でそう聞こえた
あまりの痛みで逆に意識が冴えているリリィの体は、意図せずともその声に反応して攻撃を避ける。
「お父さん・・・」
痛む腹を押さえて飛びかかってきた父親の姿をエコーロケーションで把握する
寝たきりだったせいで痩せ細っていたはずのマクシムの腕はアーミーの無尽蔵な魔力の強化により大木のような太さになっていた
その拳はコンクリート製の床を発泡スチロールを壊すかのように砕いている
腕だけではない、胸筋も南極の氷のように分厚く、腹筋も掘り深く6つに割れていて、脚も風船のように膨らんでいる
これがマクシムが『頂正軍』に所属していた頃の、全盛期の姿だ。
「ふぅぅぅうううう~~・・・!!」
梅雨明けのカラッとした熱気に汗を流しながら再び構える
この構えるたびに吐く腹式呼吸のロングブレスはルーティーンのようなもので、長ければ長いほど集中力が研ぎ澄まされているということだ。
「スゥゥウ~~・・・」
息を吸い、姿勢を整えると静止する
そして、その静止から素早く舞に移る、忙しなく動く足は次第に整えられ 一つの形を成していく
今度の龍の舞はバレリーナのようにクルクルと回る 回旋タイプのようだ。
「ふぅぅ~・・・『龍舞脚!兜割』!」
再び息を吐き、床を蹴って相手の頭の上を高く飛び、空中で縦にぐるりと身を回す
脳天から降りかかる一発の蹴りが頭蓋骨をたたき割る勢いで迫った。
「『樹腕拳・防の業』」
だが、アーミーも速い
マクシムの体を高速で操ると、頭の上に腕を回してリリィの『兜割』を受け止めた
だが、女の力とは・・・いや、人間の力とは到底思えない馬力で打ち下ろされた蹴りを(防御したとはいえ)受けてタダで済むはずがない。
「ほおぉぉ?なるほどなるほど・・・」
感心の声を出しながらアーミー操るマクシムの脚が床にヒビを入れて貫いた、膝まで埋まっていく。
「スゥゥウ~~・・・『龍舞脚・・・」
蹴りの反作用を利用して空中でバク転し、床に着地する
少し崩れていてよろめいたが微々たるものだ、瞬時に体制を整え 小躍りのような動きで勢いを脚に集めると 舞いながら懐に飛び込む
そして、駿馬のような蹴りが勢いに乗って放たれた。
「疾風怒濤』!」
連撃に向かない『龍舞脚』だが、リリィが改良を重ねた結果がこの技『疾風怒濤』だ
カマイタチのように空を切り裂く蹴りが素早く何度もマクシムに叩き込まれた。
「なるほど・・・そうか」
何がなるほどかわからないがそんな事を気にせず一心不乱に蹴りを正面からくらわせ続ける
ボクサーのように腕を前に構えて防御されているが御構い無しにその上から蹴り続ける
その間リリィの『生命吸収』がマクシムの体を侵すアーミーの魔力を、一撃ずつ着実に奪っていた。
(あと・・・1157発!!)
その時、マクシムの足元が崩れた
ボロくなった骨組みの上でこれだけ派手にやり合えば崩れるのは当たり前のこと
リリィはきゃっと小さく悲鳴をあげるも、落下の恐怖より目の前の闘志が勝った
空中で左脚を軸にした軸回転で追撃を仕掛ける。
「なるほどな・・・貴様の武術は親の技にそっくりだ、両親から教わったな?」
「えっ?」
崩れるコンクリートの音に混じるその声は不思議とはっきりと聞こえた
続きは何も言わずマクシムは岩のような拳を握る。
「『樹腕拳・蓬莱』」
油断したつもりはなかったのだがリリィは攻撃の針の穴のように小さな隙を狙われ、くらってしまう。
「ウ・・・ゲッ!」
それは想像以上だ
威力も速さも思っていた以上のパフォーマンスを現実の痛みとしてとして突きつけられた。
「グっウ・・・」
落下中吹き飛ばされ、あまりにも強い力で壁に叩きつけられる
壁に穴が開いて外に落ちてしまいそうになったが、必死の思いで壁の礫を蹴って中に戻った。
「『樹腕拳』・・・相手からの攻撃を体全体に散らしてダメージを最小限にする守り型の武術、身体中に散らしたダメージを一点に集中させて放つ攻撃は強力、衝撃の伝わり方や体の構造をよく知ってないと使えない技だ」
マクシムは独り言を言うようにブツブツと呟く
「ハァハァハァハァ・・・」
脂汗を流しながら口元に垂れた血を服で拭い、立ち上がりつつ戦闘のリズムを整える。
「そして『流武脚』・・・動きを途絶えさせず、それでいて捉えさせない動きの蹴りを主体とした武術 筋肉の動かし方と柔軟性がないとできない技だ」
何が言いたいのかよくわからないが、気にしている場合ではない
みたびリリィはその脚を上げて『龍舞脚』の構えを取る。
「勢いの一点集中や鋭く流れるような動きの蹴り技、貴様の『龍舞脚』は二つの武術のハイブリッドのようだな」
アーミーが操る二人がそれぞれの武術に則って構えた。
「うるさい・・・!」
隙間風のような微かな声で呟くと床を踏み切ってマクシムに迫る。
「だが、いくら武術に長けていようと『技術』では『魔術』を越えられん!」
マクシムは腕を交差させてまた衝撃を吸収する構えを取る。
「シャアッ!」
その懐に飛び込んだリリィは蹴りを放つ
しかし、受け止められる
大樹の根っこのような腕を伝って全身に効率よく散らされた
これが『樹腕拳』だ。
「しっくりこないわ・・・」
手応えを感じられなかったが追撃は加えない、先刻それで痛い目にあったのだ 魔力同士のぶつかり合いでの深追いはやめておいたほうがいい。
「『流武脚』!」
「はっ!?」
しかし、あちらはそうではないらしい 音もなく回り込まれ、後ろから攻撃を浴びせられる。
「いつの間・・・にッ!」
慌てて反撃する
だが、溜めが全く足りない 1秒たりとも余裕がなかったのだから当然だ
ただの回し蹴りはあえなく激流の蹴りに弾き飛ばされた。
「『流武脚・水柱』」
また強烈な一発をくらってしまう、しかもキレイなクロスカウンターになって威力は倍増だ
そしてさらにアーミーは蹴りの威力をもう一段階上げる。
「『雫鉄砲』」
「が・・・ぁあ!!」
蹴りを入れる足の先から高圧の『雫』を射出したのだ
ただでさえ殺人級の蹴りにライフルの弾が装填されているような、鬼に金棒とはこのことだ
またもやリリィの体は壁に叩きつけられてしまう。
「ぎ・・・ぎ・・・『龍・・・舞脚・・・」
唇を噛み締め、その痛みでなんとか意識を繋ぐが 生まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。
「ハッ・・・ハッ・・・ハァッ・・・ハァハァ・・・」
舞おうにも体がついていかない
「ぐッ・・・ゲホっ」
固まってゼリー状になった血の塊が喉の奥から吐き出された
内臓までに傷をつけられたのか
もう痛み以外の感覚が残っていない下腹部を抑えて考える。
(あ~・・・やばい今意識があっちの世界に飛んだ)
コツーン・・・
(カッコ良く整えてた髪もぐしゃぐしゃだ、でももうセットする暇もないわ)
コツーン・・・
コツーン・・・
(足音?幻聴まで聞こえてきてるし・・・死んじゃうのかな・・・ここで・・・)
コツーン・・・
コツーン・・・
コツーン・・・
「人間にしては粘ったが・・・どうやらここまでのようだな」
どちらが言ったのか分からないが冥府に片足突っ込んでいるリリィにもうそれは関係ない。
(あ~あ・・・結婚とか・・・してみたかったなぁ)
「次はレイヴンを貴様を操って殺してやろう」
アーミーに操られるシズクは屈み込むリリィの脳天に指を当てる
その細い指先は今のリリィには銃口のように感じられる。
(いや!!!駄目だ・・・!ここで死んでちゃ駄目だ!)
一瞬、そして微かに リリィの眼に一筋の闘志が差した。
「さあ、わたしの兵士となり死ぬまで戦え」
冷たくそう告げると指先から頭の中に魔力を流し込んでくる。
(せめてお父さんを!お母さんを!あいつの支配から解放するんだ!)
霞む意識、乗っ取られる意思
しかし、確かにある闘志に火をつけてリリィは地面を蹴る。
「ダリャアア!!」
シズクを跳ね除けて、後ろで構えていたマクシムの拳を躱し、脚に魔力を込めて床を蹴り抜いた。
「まだ動くか貴様!」
床に大穴を開け、リリィは一つ下の階へ飛び降りた。
「ハァハァハァ・・・」(体内に蓄えといた魔力が役に立った・・・でも今の回復に使ったぶんで限界だわ、なんとか魔力を『吸収』しない事には私に勝ちはない)
廃墟は5階建
屋上、5階、と下りてきて今いる場所は4階だ
何もない所だ、ここはなんの建物だったのか見当もつかない
だが、そのなにもない空間は逆に闘いにうってつけの場所でもある。
「そういうのを ただの悪あがきというんだ」
「やかましいのよ!!ハァハァ・・・その、悪あがきがあんたの致命傷になるかもしれないよ!」
声のする方に中指を突き立てて言い返す
口から血を流すよろよろの少女が啖呵切ってもアーミーから見ればなんの迫力も感じないだろうが、リリィ本人は本気だやる気だ 刺し違えてでも両親を解放する気だ。
「なら・・・」
リリィが開けた穴からマクシムが拳を振り上げる姿が覗いた。
「フンッ!」
マクシムの一撃が振り下ろされると、5階の床、4階の天井に大きく亀裂が走った
天井が崩壊すると瓦礫に混じってシズクとマクシムが降りてくる。
「見せてみろ、その悪あがきとやらを」
「見せてやるわよ、いやってほどにね」
フゥゥゥゥ~、と息を吐き出して腰を屈める。
「『龍舞脚・鉤爪』!」
床を蹴って高速で相手との距離を詰める
イルカのエコーロケーション顔負けの聴力でこの場に散らばる瓦礫の配置を全て聞き取りつまづかずに蹴りの射程内に入った
相手は前にマクシムを構えて、後ろにはシズク
『樹腕拳』で押さえて『流武脚』で狩る陣形だ 龍の鉤爪はこれを崩せるのか。
「『樹腕拳・防の業』」
マクシムが腕でリリィの蹴りを受ける。
「やっぱ止められた!」
やはり 手応えがない、これではぬかに釘 与えるダメージよりも魔力での回復力の方が上回ってしまう。
「ここで止められたら・・・来る!」
リリィの聴覚がシズクの動きを探る
当然だがさっきいた場所にシズクはいない
蹴りの衝撃の余韻が残る空気の中、こちらに向かって来る音をリリィの耳が拾いとった。
「来たッ!」
後ろに飛びのいてすぐさま構える
気配はもうすぐそば、2mも離れていない。
「『流武脚』」
「『龍舞脚』!」
二人の蹴りが交差する。
「そらァッ!どうした!」
瞬間的にぶつかった互いの蹴りの威力はほぼ同じ
だが、シズクの技が『龍舞脚』の力を流水に流すようにいなした
勢いをあらぬ方向へ流されたリリィはバランスを崩してよろめく。
「とどめだ、『水柱』」
そして、鋭い水圧を伴った蹴りが再びリリィを襲う
一瞬その脚が巨大に見えるほどの威圧感を放っている
しかし・・・
「悪いけど、3度目はないわ」
バランスを崩したままの無理な体勢から、ありえない角度の蹴りが放たれ、シズクの胸を打ち、弾き飛ばした。
「『樹腕拳・蓬莱』」
シズクの体が浮いた時、すでに後ろにはマクシムが立っていた
拳は振り下ろされ リリィを殴りつけるまでに 瞬きをする時間すらない。
「もう 覚えてんのよ その技は!」
その声がマクシムの耳に届くよりも早く
リリィは体の支えにしていた左足に踏ん張らせ、無理やりにでもマクシムの拳に蹴りを打ち込んだ。
「覚えているからなんなんだ?その不安定な体制でこの拳を受け止められはしないだろう」
マクシムが押し込むように腕を伸ばしてだめ押しに力をねじ込んでくる
だが、それを見てなおリリィは口元に笑みを浮かべた。
「そうよ でも受け止められないなら利用する!!」
そう言ってリリィは器用に身を引いてマクシムの突きを回転扉のように受け流した。
「『龍舞脚』!」
しかも、ただ受け流しただけではない 脚に残った相手のパンチの勢いを利用し、まるでアイススケートのように空中にクルクル舞いながら浮き上がった。
「『頸剃り』!」
勢いをまとった蹴りは元の倍近くの速度になってうなじを打ち抜いた。
「・・ぐぁ・・・」
鈍い音とともに衝撃が走り
マクシムの口から始めて苦悶の声が発される。
「ごめん、お父さん・・・」
謝るリリィのすぐ目の前でマクシムの脚が震えて地に膝をつく
『G.Iジョー』に操られた兵士はいくら傷つけても動きを止めない
しかし、神経系を破壊すれば否応無しに動く事をやめさせられる
どうやら後頭部への攻撃で神経が切れたらしい、命には別状はないがたった一発で大の大人 しかも底なしの魔力持ちの兵士を戦闘不能に陥れる 恐るべし『龍舞脚』
「ハァ・・・ハァ・・・スゥゥゥゥ・・・」
足元にマクシムを転がし、さっき吹っ飛ばしたシズクに向き直る。
「ハァァァ・・・さあ来いッ!これで終わりだ!」
瓦礫の山の山が累々とある部屋の一角に叫びかける。
「終わりだと・・・?フッ、それはどちらの事かな」
どこからかそう聞こえると激流のような魔力が部屋に放たれた。
「やっば・・・」
驚嘆の言葉をつぶやく
激流は狭い部屋の中を満たし瓦礫を壁ごと吹き飛ばす
リリィも吹き飛ばされないように踏ん張って立っている。
「ラッキーパンチで調子付くな 奇跡は続いては起きんぞ」
部屋全体がまだ小刻み震えている
それはシズクの魔力がさっきとは比較にならないほどに解放されたからだ。
「1000人だ・・・!」
「1000人・・・」
「600人分になら適応できるらしいが・・・1000人ともなるとまた別の次元の力だ」
超濃密の魔力を全身に纏わせてリリィに一歩ずつ近寄ってくる
シズクの魔力は特級魔族顔負けの総量になり、まさしく一騎当千 たった一人で一つの軍隊。
「ここからは【勝負】ではない・・・」
「は?どういうことよ」
アーミーの言葉は先程よりも落ち着き払っていた
まるでリリィを相手にしていないような余裕たっぷりのセリフ使いだ。
「えっ!?」
今、目の前に居たはずのシズクの姿が消えた。
「ここからは一方的な【虐殺】だ」
その声が聞こえた時脇腹が押された風船のように不自然にへこみ激痛が走る
気が付いた時にはリリィの体が宙を舞っていた
感覚の世界がグルグルと万華鏡の速度で回転する。
「うッ!グエエェ!!」
空中で血を吐き、地面に激突しようとしたその時・・・
「『流武脚・水界』」
吹き飛ばされたその先の落下地点にシズクがいつの間にか現れ、技を構えていた。
「ぐ・・・くく・・・『龍舞脚・辰落とし』!!!」
空中で体制を立て直し、強力なかかと落としに派生させた。
「おあああ!!」
重々しい衝撃音とともに両者の脚がぶつかり合う。
「フハハハハハアァァ!!!!!」
「うおおおおああ!!!」
鍔迫り合い、魔力同士で暗い色の火花が散る
その時、シズクの笑い声とリリィの雄叫びに混じってしわがれた音が鳴った。
「いっ・・・・」
リリィの脚が天井に向かって直角に折れ曲がった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
脚から血が吹き出る、痛みに喉からも信じられないほどの絶叫が響く
そして、シズクの脚から大量の水が射出され リリィの体を丸々包み込んだ。
「ゴボっゴボ・・・」
そして弾丸のような速度と力に溺れながら壁に激突し、リリィを包む『水界』が赤に染まった。
「弾けろ」
血に染まる『水界』がその声で弾けると中からズタボロになったリリィが落下した
床に脚がついても立とうとせず 糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。
「はッ!はッ!・・・は、はぁ・・・」
倒れ伏したリリィから微かに呼吸音が聞こえる事でかろうじて命が繋がっている事が分かるが 意識があるのかは分からない。
「くははははは・・・」
グギギ・・・と鉄が曲がるような音を立ててシズクは笑う 口の中にはなんと牙がズラリ並んでいた
頭には一本の角が生え蒼色の魔力を撒き散らしている
圧倒的魔力の付与の影響で魔族化したのだ。
「ふふふふふふふ・・・ふふふふふ・・・」
部屋の端から端まで蹴り飛ばされたリリィに一歩ずつ近づいて行く
優しかったはずの母親が鬼と化して娘に殺意を向ける、なんという運命の皮肉かこれを残酷と言わず何を残酷と言うか。
「このわたしにここまでさせた人間は・・・この先現れんだろうな・・・いや、ゼルクとかいう男がいたか」
動かないリリィの前にシズクが立つ
微かに宿った闘志も勇気も全てを上から叩き潰すその圧倒的魔力
それは微量な闘志を打ち砕くには充分すぎる実力差だ。
「まあ、そのゼルクもレイヴンも貴様を操り殺してやるがな・・・」
余裕たっぷりのセリフを吐きながら足を上げてリリィの上に振りかざす
いよいよ負けてしまうのか
逆転不可能のこの状況 リリィは指一つ動かしはしない
アーミー操るシズクは洗脳魔力をたっぷりしみこませた脚を振り下ろす。
「『G.Iジョー』!!」
「させねえよ!」
その刹那一つの男の声が聞こえてきた
その声が階下から聞こえてくると同時に爆音を伴い廃墟が大きく傾く。
「なんッ!だ!?」
揺れによって蹴りの狙いが外れて床に穴が空いた
部屋が傾き、リリィの体は部屋の端に転がって行く。
「チッ!逃すかッ!」
リリィにトドメを刺すべく 斜めった床を蹴って追う
しかし、廃墟に物凄い衝撃が走った
そのパワーは廃墟を二つに引き裂いてシズクとリリィを遠くに引き離してしまった。
「だから!させねえっつってんだろ」
鋭利な刃物で斬ったような破壊ではなく手で雑に引き裂いたような断絶面だ
武器を使わず力技で建物を破壊する こんなことができるのは他にいない。
「生きていたか・・・レイヴン!」
破壊された廃墟の対岸にリリィの姿を見ながらレイヴンの存在を察知する
階下から強大な魔力を漂わせる存在を感じられた。
「ちょいと除草に手間取りはしたが 帰ってきたぜ、アーミー!!」
視点を地面に向けると、なんとそこは一面の焼け野原
どうやらレイヴンはマクシムの能力『植物』を根っこごと焼き払って対処したようだ
なんともレイヴンらしい大胆で雑でシンプルな方法
ドロドロに溶けた地面と植物で街はすっかり地獄絵図だ。
「悪かったなリリィ 時間くっちまった」
背に翼を出現させてリリィのいる3階へ一気に飛び上がる。
「生きてるか?死んでなきゃオレがいくらでも【直】してやれる」
そう言うが早いか、かがみこんで手をふと触れるだけでリリィの傷が周りの床や壁などを加工した人工細胞のようなもので塞がれていった、折れた骨も元通り接着された
途端にうぅん、と唸り声をあげた 意識がこっちの世界に舞い戻ってきたようだ。
「好き勝手やってくれたな、アーミー」
裂けたビルの対岸に立つシズク、その先にいるアーミーの視覚を睨みつけながら立ち上がる。
「フン・・・くだらない命を救うために残り少ない魔力を使うか 愚かだなレイヴン」
アメリカンコミックのヒーローのようにピンチに駆けつけたレイヴンに全くひるむ事なく 逆にけなしてみせるアーミー、変わることのない余裕がたった一人になった軍隊を大きく見せた。
「くだらなくなんかねえさ」
だが、余裕を見せつけるのはアーミーだけではない
体力気力魔力 力とつくものが全て尽きかけているはずのレイヴンも不敵に笑って見せた
レイヴンがこの表情を見せる時 それは勝利の女神が微笑む時だ。
「人間は強いぜ、覚醒した人間には魔族なんかが束になっても敵じゃない」
「世迷言を・・・」
レイヴンの言い切る熱い姿勢にため息を吐き 頭に手をあてがい、呆れた表情を作る。
しかし、レイヴンの目は輝いていた。
「なぜ人間が魔族の武力弾圧に耐え凌いで生き残ってるか分かっているか?」
「運が良かっただけだろう」
「違う、魔族はふるいにかけちまったんだよ人間を この世界に生き残れる者とそうでない者とを!」
「なんのことだ」
話が佳境に入る
「この世界に生きる才能を持つ人間はオレによってさらにふるいにかけられた、力を持つ者と持てない者・・・」
レイヴンのセリフにも自然と熱がこもってきた。
「そして、生き残った者の1人は『死神』として魔界に刃を向け、そしてまた1人は『灰色鳥』として爪を立てた」
「『灰色鳥』・・・まさかあの人間もお前の生み出した戦士か?」
『灰色鳥』始めて出てくる名前だ
だが、アーミーが反応する程の人間だ 何者か分からないが、強者なのだということだけが判明した。
「全て魔族が与えた結果だ、力で押さえ込もうとも 人間はそれをバネにでここまで力を溜めてきた、オレはただそれを解放してやったに過ぎねえ」
解放、レイヴンの言うそれは革命の兆しだ
生き残る資格、闘いの資質
レイヴンの言いようだと全国に、一握りだけその才能を持つ人間がいるようだ
魔族に対抗しうるらしいその勢力 それを一箇所に集めることがレイヴンの考える革命への鍵らしい
そして、その鍵はまた一つこの闘いにより喚び醒まされようとしていた。
「近々押し寄せるぜ!プロジェクトはとっくに始まっているッ!」
レイヴンがシズクを指差しながら笑うと背をかがめ、床を蹴ってビルとビルとの空中に飛び出した。
「ならば『反逆者』!首謀者であるお前を殺せば・・・」
アーミー操るシズクも強靭な脚でビルの片割れから飛び上がると体を捻って空中で『流武脚』の構えをとる。
「魔族の完全勝利だ!!!」
「やってみろォォォオ!!!」
2人の特級魔族のぶつかり合い、北京の上空に毒々しい紫色の稲光が響いた
違いのプライド野望をかけて、牙と角がしのぎを削る
勝っても負けても地獄の渦中で、また少し世界が傾こうとしていた。
To Be Continued→
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる