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第31話「3対1」
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日は世界の裏側に沈み、地球の半分が途方の無い闇に沈んだ
中国はもうすでに1時をとうに過ぎている
そこかしこにクレーターのある荒野
つい数時間前まで伝統を感じさせる中国の絢爛な建造物が建っていたとは思えない崩壊っぷりだ
代わりに、というわけでも無いが・・・そこには3人の人間に囲まれて、魔族が1人立っていた
光を吸収してしまいそうなほど黒い髪
額には禍々しい一角
顔の右半分には謎の機械線が通っている
悪の細胞から滲み出る魔力は質量をも感じさせ、空間を包み込んで 物理法則を無茶苦茶に崩壊させる。
「ハァァアア・・・・!!」
唸り声を上げるノヴァを中心に突風が発生
猛烈な風に皆は顔を腕で覆った。
「こいつ・・・今日会った魔族の中でも特に別格!」
長い黒髪をなびかせ目を細めながらリリィが言った
「緊張感があるのはいい事だ、でもオレとおっさんがいるんだぜ 大船に乗った気持ちでいてもいい・・・なあ?おっさん」
爆風のような魔力の中でもレイヴンのスタンスは崩れない
後ろを振り返ってゼルクに軽く問いかけた。
「ああ、そうかもな」
顎髭をいじりながら気の無い答えを返す
代わりに答えるように右手に握られた刀は爛々としている
「む・・・」
ゼルクが眉をしかめた
ノヴァを取り巻く魔力が凛と張り詰めたのを肌で感じ取ったのだ。
「奴さんの準備も整ったようだな」
「気をつけろ、あいつは空間を自分の意思で操る」
荒れていた魔力が中心となるノヴァへ一点になり、集約された
「風が、止んだわ・・・」
魔力の嵐が止み その姿を現わす
堂々とした佇まいで脚を揃え、腰の高さに両腕を広げ 立っていた
フゥ、と一息吐くその口からは硝煙が上がっている 短時間での高速再生により体温が上昇しているのか
体から蒸気を上げ、紫のプラズマを散らす
そこには荒々しさは無く 周りの空気が喰い尽くされたかのように無音だ
その無言の力強さはブラックホールを連想させた。
「それでは 始めるか・・・いや」
言葉を止めるとニヤッと笑い
言い換えた。
「終わらせる、の方が正しかったかな」
ゆっくりと手を前に向ける
それに合わせて3人は構えた。
「精々足掻いてくれ」
宣言があったにも関わらず始まりは突然だった
手のひらからレイヴンでも踏ん張っていられない程の圧力が発された
地面から足が離れ、体が浮かび上がる。
「おおおっ!?」
吹っ飛ばされる中、レイヴンはなんとか視線だけでも と背を曲げて前方を見る
だが、さっきまでノヴァがいたはずの場所には何も無く
ただ、地面に穴が空いていた。
「まずい!」
背後からピシピシッと硬いものが裂けるような音がする
「お前から殺してやるぞッ!レイヴン!!」
クレバスのように大地が裂けるとそこからノヴァが飛び出した
最速の一撃を殴り込む
「ケッ、お前が準備してる間に オレが何もしないとでも思ったか!?」
だが、レイヴンの対応力はそれを捉える
地面に稲光が走ると、その瞬間地面から無数の針が飛び出した。
「『武装針(クレイモア)』!」
本日二度目の針攻撃
鋭く、足元から飛び出す針は ノヴァの体を貫こうと瞬間的に伸びてゆく
「チッ!『拒絶空間(リジェクション・スペース)』」
しかし、拒絶される
急に閉じられた空間の歪みに飲み込まれた針はいとも容易く切断されて無力化された
攻撃は失敗だ
だが、この攻撃はダメージを与えることだけが目的ではなかった。
「そうだ、一瞬だけでも時間が稼げればそれでいい」
ちらっと、自分の両側で自分と同じ速度で吹っ飛ぶ二人の姿を確認すると角から魔力を発した。
「頼んだぜおっさん!リリィ!」
発生させた魔力は迅速に地表に作用し それ が無機物に形を与える
ゼルクとリリィが飛んでいく方向の地面が盛り上がり、壁が現れた
「おう、任せとけ」
それを足場に、蹴る
まるで暴走した車がガードレールにぶつかって動きを止めるように
壁に蹴りを入れた衝撃の反作用でゼルク、そして リリィの動きは完全に停止した。
(レイヴンめ、この一連の流れ全てが計算尽くか、一瞬の時間を稼ぐためにリスクを冒して僕を攻撃し、『拒絶空間(リジェクション・スペース)』を誘発させた・・・拒絶している間は攻撃ができないからな)
今度は地面を蹴って二方向、つまり挟み撃ちの形で向かってくる2人の姿を見ながらそんなことを考える
「だが、人間どもではこの技を破ることなど不可能!この賭け、お前の負けだ!」
勝ち誇る 邪悪な笑みを浮かべて煽り立てる
「そいつはどうかな」
しかし、ゼルクの表情は全く揺らがない
腰の刀に左手を添え、右手で柄を掴み
鞘から抜く
全身にある あらゆる力を鍔に集約させ・・・振り抜く
黄金の魔力がノヴァに振り下ろされた。
「拒絶する、その聖の力を!」
ノヴァの叫びに呼応して魔力が渦巻き、空気がゼルクの刀を絡め取った
空間が無限に続く壁を貼ったのだ
「その行為は無限の彼方へと刀を振り下ろすようなもの 全くの無駄事だ」
無敵の盾に身を包んだノヴァは安心し切った様子でほくそ笑む
対魔族として最強の武器である『永命刀』を前にしても全く脅威としての認識がない
「『龍舞脚』ッ!」
背後から向かってきていたリリィも構えに入り、あっという間に その蹴り技を叩き込んでみせた
空気が銅鑼を鳴らしたように震える。
「女、お前もだ 諦めろ その技は僕に届かない」
『飛燕流』と『龍舞脚』二つの武術を、一つの圧倒的魔術が抑え込む
しかし、ゼルクの刀は まだ屈服していなかった。
「よお、突然の質問なんだが・・・無敵の盾に、無敵の刀を突き立てるとどうなるか分かるか?」
瞬きの時間の中で『永命剣』が光を放つ
「何を言ってる?」
「俺はこの答えを知らんのだが、どうやら今、矛盾が決するようだな」
光が時を追うごとに強くなっていく
目が眩む程の光を放つ
「オオオッ!」
魔を滅する光は止まることを知らぬように 際限なく強くなり続け
そしてなんと、その聖なる力はノヴァを守る『拒絶空間(リジェクション・スペース)』に亀裂を走らせた。
「な・・・んだとぉおお!!?」
刃が壁に食い込み、穴を開ける
「『月下飛燕流・輝夜』!」
火花を散らしながら球状の魔力壁を断絶していく
壁全体が地面に叩きつけられた卵のようにヒビで覆われ・・・
「こいつ・・・あり得ん・・・ッ!」
ついに音を立てて崩壊した
半透明の破片は空気に散っていく
「今だ、やれ!リリィッ!」
その呼び声と共に
魔力の破片、その下を舞うように動く影が走り抜ける
そして、その影は勢いよく飛び上がった。
「『龍舞脚・激戦鎚』!」
縦に回転しながらノヴァの頭上に影を落とす
回転はエネルギーとなって
盾を破壊され無防備になったノヴァの脳天に
振り下ろされた。
「いい気になるなよ!」
怒りの混じった赤い怒号を発し禍々しい魔力が腕を包む
「ゴミにも劣る人間風情が!!」
リリィの蹴りを、なんと片腕だけで受け止めてしまった
打ち下ろされた蹴りは相当なパワーで、ノヴァの足は太ももまで釘のように打ち込まれた
だが、本体にダメージは無い
「嘘!?掴まれた!」
しかも、逆に蹴り出された脚を掴み取ってしまっていた。
「キャアァアッ!」
まるでハンマーを扱うかのように少女の体を振り上げる
「このまま死神もろとも叩き潰す!」
「なんだ・・・こいつの精神力は!」
逆転したかと思われた勝負は一瞬で流れを戻されてしまった
これより振り下ろされるリリィにどう対処するか
避ければリリィの体は地面に叩きつけられる衝撃に耐えきれず大怪我を負う いや、きっと死ぬだろう
受け止めようとしてもノヴァの怪力にゼルクが耐えられるのか・・・失敗すれば両者とも致命傷を食らってしまう。
「まずい・・・どうする・・・!」
ゼルクも刀を振り下ろした体制からまだ元に戻れていない
もう、体で受け止めるか飛びのいて回避するしか選択肢に残っていなかった
覚悟を、腹をくくる
「やめろォォオオオッ!」
漆黒の稲光が、背後から
思考を追い越して
ノヴァの腹に一撃を叩き込んだ。
「ばッ!グハァああ!?」
魔力を凝縮して防御する考えも与えない拳速
内臓に傷をつける拳圧
的確な一撃が相手の動きを止めた。
「・・・でかしたぞ レイヴン!」
そして、ゼルクは体制を戻し
再び剣を振るう
光り輝く太刀筋は、顔の横を通り抜け
リリィの脚を掴む右腕を斬り飛ばした。
「なんだ・・・と!?」
ぼとり、と重い音を立てて肘から先の肉が地に落ちる
それと同時に尻餅をつくようにリリィも着地した。
「痛っ、うわ!うわわわぁ!気持ち悪ッ!」
斬り落とされてなお足首を力強く掴む右手はかなり気持ち悪く、悲鳴をあげながら剥がそうと脚を振り回していた。
「なんだ・・・これは?」
一方のノヴァは静かに困惑していた
断絶され、血が噴き出る傷から感じるはずの痛みが消えていたのだ
いや、痛みだけではなく・・・全ての『感覚』が・・・
無感覚の世界が、言いようのない不安感をノヴァに刻みつける。
「どうだ、自分の体が自分のもんじゃねえみてえだろ?感覚ってのは生の自覚だからな・・・俺はその自覚を奪っていける」
刀を向けながらそう言うと、圧力をかけるように一歩ずつ近づいていく
そして、その後ろから2人が・・・
「逆襲いくぜ」
レイヴンは指をバキバキ鳴らし
「ふぅ~~~・・・」
リリィはステップを踏むように軽やかにゼルクの側に並び立つ
「さあ、命か感覚かどっちで殺されたい?」
こうして、再び戦いの主導権は反逆者の側へと返ってきた
足がノヴァの血だまりに踏み入れ、ピチャリと冷たい音を立てて赤い波紋が広がる
静かな空間へ、4人の息遣いと波紋の音のみが溶けていき ゆっくりと時間が経過していく
広がりきった波が淵から中央へと還ってくる
それを合図にしたように、この緩慢な時間の流れは断ち切られた。
「殺せるものか・・・お前らが、この僕を!」
突然ノヴァが宙へ飛び上がる
その両足は、まるで確かな足場があるかのように力強く空中を踏みしめていた。
『月面散歩(ムーン・ウォーク)』
重力の概念を空間から消し去り、360°を縦横無尽に駆け回る術だ
立ち昇る煙のように素早く空へ駆け上がっていく。
「オレ以外に飛べる奴はいるか!?」
レイヴンが背に翼を広げながら2人に聞く
「いや、私は飛べない」
少女は首を横に振った
まあ、翼を持たぬ人間だ飛べる方がおかしいだろう
だが、そのすぐ隣に例外がいた。
「『感覚夢双』」
ゼルクは脳の一部を魔力で麻痺させる
肉体が限界を越えないようにするため、脳の中に設定した安全装置を停止させるためだ。
「いくぞ!レイヴン!!」
封印を解かれた魔力はドッと体内から溢れ出す
リミッターを外された体は筋肉が音を立てて収縮し、目の色が茶色から金色へ変わった
ゼルクは、ジェットエンジンのようなパワーで空気を蹴るとその空気圧と空気抵抗により
その身を浮かび上がらせた。
「オーケー、行こうぜ!」
二筋の稲光となったゼルクとレイヴンは
一直線にノヴァへ向かっていく
漆黒は拳を握り込み
神光は刀に宿る聖力と自らの体から溢れる魔力を混ぜ合わせる。
「・・・見ろ これが僕の力だ」
向かう先
つまり、ノヴァが
全身のエネルギーを爆発させる
空気との摩擦で魔力が火を噴いた。
「『太陽(ザ・サン)』」
形を持たない熱エネルギーを指先に集めると直径2m程の火球となった
その強烈なパワーを持つ指先を向かってくる2人に向ける
火の周りをプラズマが走ると、火球が指先から離れ 飛んだ
だが、ゼルクもレイヴンも逃げようとも 躱そうともせず
逆に思いっきり加速した。
「レイヴン、俺の後ろで構えてろ」
「ああ、とびっきりのをいくぜ!」
ゼルクは前に飛び出し、向かってくる炎の塊に向かって鞘から刀を抜き払う
余りの熱で、触れてもいない指先が焼き切れてしまいそうだ。
「『飛燕流・霧刻み』」
その剣筋は熱に溶かされることも形を変えることもなく、無敵の佇まいのまま、露を払うように火の塊を真っ二つに割裂させた
まるで豆腐を箸で割るようにあっさりと
そして、その背後 漆黒が両腕に『滅却』の波動を蓄えていた。
「焼き腐れッ!『滅却砲』!!」
それは火花散るゼルクの背中に向かって放たれる
渦巻く『硫炎』と『腐敗』の魔力
爆発するスピードに乗ってぐんぐんと螺旋を重ねていく
「ふ・・・数時間見てない間に、また強くなったな レイヴン」
ゼルクが瞬時に上に飛び退くと
砲は股下を通過して対角線上にいるノヴァへ向かって伸びていった。
「その砲の熱量は惑星を壊せるか・・・?いや、無理だろうな」
向かってくる魔力の塊を前に
片手を天に掲げる
すると、空間に風が吹き荒れて
地面に巨大な亀裂が走った。
「そして この僕はさっき見せたように、擬似的な惑星を創り出せる」
その地面は一辺が数10mの巨大なブロック体となって・・・
『滅却砲』が迫るよりも速く手のひらに集まっていき
更に塊になり、優に100mを超える巨岩になった。
「『土星(ザ・サターン)』」
そして、放る
ドッヂボールでも投げるかのように軽々と発射された 巨岩はノヴァの目の前で砲とぶつかり合うと、火花と稲光を散らして大爆発を起こした
爆炎はまるで土星の輪のような煙を作り
その衝撃は地面を揺らして
気温を上昇させた。
「煙い・・・」
手を払い、煙たさに咳込む
だが、そうしながらでもノヴァは背後からの高速接近に気がついていた
後ろから光り輝く劔が首筋を狙って突き出される
それを少し首を曲げて躱した。
「こいつ、頭ン中にセンサーでも入ってんのか」
「爆発により前方に煙幕を張り、その隙に背後からの攻撃・・・セオリー通り過ぎてつまらんな」
振り返りつつ退屈そうな目がこちらを向く
だが、その差を見せつけられてもゼルクは怯まず返した。
「その台詞は攻撃を躱し切ってから言ってもらおうか」
『飛燕流』の剣筋が軌道を変える
肩口から入って体を切り裂く
はずだったが・・・
「やはり、つまらん」
またもや一閃が空を斬った
ゼルクにひとこと言う余裕を持ちながら刹那の隙間を一歩引いて躱したのだ。
「こいつ、この短時間で俺の攻撃範囲を見切ったのか」
ノヴァは一歩で効率的な距離をとった
ゼルクの腕の距離と刀と現在可能な踏み込みの距離全て計算し
攻撃可能範囲から飛びのいた
最強の魔力使いであり、戦闘の才能を秘めるこの男だからこそできる一瞬の神業だ
『月面散歩(ムーンウォーク)』により360°全てが移動可能範囲であるノヴァに一撃当てるのは至難の技と言える。
「・・・厄介だな、その刀『永命剣』とか言ったか」
今度は一歩間合いを詰めてくる
ゼルクは、これをチャンスだとは思わなかった
なぜなら、一度離れたはずの相手がなんの考えも策も無く近づいてくるはずがなかったからだ
ノヴァの場合特にそうだ
緩慢な動きで手を伸ばす動きをしてくる
隙だらけな動きだが実際はそうではない。
「その刀再び封印させてもらうぞ」
威圧するようにわざとゆっくりとした速度で手を向かわせてきているのだ
這うようなスピードでじわじわと
いつ反撃されても殴り返せるという自信をひしひしと感じる
「・・・やってみるか?」
ゼルクは緊迫した面持ちで右手の柄をグッと握りしめた。
「ああ、やってやるさ」
そして、勢いをつけて手を突き出す
「い~や、させないね!!」
その瞬間、いつの間にか接近していたレイヴンが背後から攻撃を繰り出していた。
「お前では止められない」
当然、その接近には気づいていたノヴァ
後ろを振り返りもせず片腕でレイヴンの一撃を受け止めた。
「おっさん!」
「おおっ!」
レイヴンの掛け声に合わせてゼルクも刀を振りかぶる
「『飛燕流・連啄斬』!」
そして、タイミングを合わせてレイヴンも拳を振るう
二人の攻撃の嵐がノヴァを挟み撃ちにした。
「ダァァァァァアアアアアッ!!!!」
一心不乱に、嵐のように密集した連撃
片手には一撃必殺のラッシュ
片手には常闇を斬り裂く閃光の神速剣
その漆黒と閃光の嵐に巻き込まれればいくら魔族の体でも耐えきれないだろう
だがそれは《当たれば》の話である。
「正面からじゃ敵わないから不意打ちをしたんだろう?今更何のひねりもなく攻撃するとは、もう少し頭を使え」
当たらない、当たる気配すら無い
まるで次、攻撃がどこに来るのかを知っているかのように拳と劔の隙間を躱される
流水のような滑らかな動きに加え、流星のような速度
そして86発目の拳と79振りの斬撃を躱し終えた 次の瞬間
ノヴァは、目の前から消え
レイヴンは足を天に向けて落下していた。
「な・・・レイヴンッ・・・・!」
認識限界領域からの攻撃
つまりは防御不可の超速攻撃
意識すら追いつけないスピードでの一撃
ノヴァが生き、闘う世界の速度は死神と漆黒を置いてきぼりにして 一方的に打ちのめした。
「が・・・ああ・・・」
今になって殴り飛ばされたことに気づいたレイヴンの筋の通った高い鼻はへし折れ、綺麗に生えそろっていた歯も鮮血と共に宙に舞う
その落下する身のすぐ上にはすでにノヴァが詰めてきていた。
「隙を見せたな」
ノヴァは、レイヴンの噴き上がる血が落ちるよりも疾く、矢のように 空間を真っ二つに切り裂く手刀を構え 来襲する
「よくも てめえ、オレのこのイケメンフェイスをぉッ!」
普通は痛みで反射的に手で顔を覆うところだろう だが、レイヴンは視界を狭めるのを嫌った
脊髄から発される反射反応を抑え、代わりにその両の拳を握りしめる。
「ニィ・・・」
ノヴァは、それを認めると笑顔を吊り上げて
その鋭利なる掌を振り下ろす
レイヴンも同時に拳を放っていた
黒塗りの手袋をはめているかのごとく黒い魔力の拳 出し切れる力全て詰め込まれた 現在ベストな攻撃
最速かつ最強の一撃だ
だが、すでにノヴァはこの一騎打ちの結末を知っていた。
「遅い・・・動きが限界を超えられていないぞ」
二人の力が交わった瞬間
レイヴンの突き出した右腕が縦に裂けた
薪を割るように、魚を開きにするように骨まで綺麗すっぱり真っ二つだ。
「う、うあああああああ!!!!」
すでに、レイヴンの魔力は底を見せていた
攻撃力のピークだったのは先の闘い、つまり ゼルクとリリィが戦闘に参入する前に放った『四王砲』での攻撃
そこでレイヴンは魔力の大半を削っていた
しかも、ノヴァの動きについて行く為 またはゼルクの動きにコンビネーションを合わせる為 常に『G.Iジョー』を発動させていた
能力の元々の使い方としては異例の自らの肉体を操るという方法
手に入れて間もないこの能力は酷く燃費が悪い、もう使う事は出来なくなっていた
そうして着実に消えていったエネルギーはつい先ほど放った『滅却砲』で残り2割を切り
今、相手の攻撃との正面衝突に使った魔力すら微力で ノヴァとの迫合いに負け、完全に腕を壊された。
「努力は認めよう、僕にここまでさせたことは褒められることだ しかし ここまで」
魔力での攻撃力、防御力がほぼ無に等しいレイヴンに突きつけられるのは
圧倒的なまでの力と絶望
「追いつけ・・・ねぇ」
ゼルクはノヴァの背後からなんとかしようと追いすがる・・・
が、距離的にとても追いつけない、ましてや次の瞬間までにレイヴンを救うなど、おおよそ無理な話だ
「あ・・・」
振り下ろされる手を見て意外にもレイヴンは冷静だった
ただ 冷静に、だからこそ冷酷な事実が頭に思い浮かぶ「ああ、終わったな」と
「これは・・・」
ノヴァの攻撃は空間を歪ませた
他の背景とミスマッチな歪みが 波紋の広がるように、熱にやられたプラスチックのようにへこんだ
それでレイヴンは仕留められたのか、というと・・・
「なんだ・・・」
生きていた もっというなら無傷だった
だからこそノヴァが驚いているのだ
振り下ろされ、外れた攻撃はレイヴンのほんの1mm以下の距離にあった
外れたのではなく外された 躱されたのかもしれない、しかし何が起きたのか、その場にいる誰もが理解できていないので 真相は謎のままだ
当のレイヴンすら何故自分が生きているのか分かっていない
一瞬、皆 手を止めて惚けた顔を晒していた
静寂の中、かろうじて残せている翼をゆっくり羽ばたかせながら漆黒は言葉を続ける。
「これは偶然か、運命か?それともオレの無意識下での実力なのか、わかんねーけど」
指を相手に突きつけると額に突き立てて不吉を呼びそうな顔をして笑った。
「ちょうどいい!あと一瞬あればお前を倒せると思ってたんだ」
「何を・・・!」
【何を言っている ただの偶然で調子に乗るな奇跡は二度も続けて起こらんぞ】そう言ってやろうと口を開いた一言目、それすらも言い終わらないうちにレイヴンが叫んだ。
「来たぜ、勝利の女神がッ!」
強力な魔力の気配が雲下の大地から昇り上げてくる。
「『龍舞脚・夜空遊泳』!!!」
「うぉお!?」
下界から向かって来た龍の形をした波動にノヴァの肉体が飲み込まれる
うねりながら金色のエネルギーを散らし、暴れまわり 唸り
終には中東の夜空で爆裂した
衝撃はどこまでも伝わり、見渡す限り黒雲に覆われていた空があっという間に晴天へと変わる。
「レイヴン!!当たってる?」
下から確認する声が響いて来た
「すげーな お前リリィ!こんだけ離れててもピンポイントだったぜ!」
地を見下ろしながら賞賛の言葉を返す
それを聞くと下界の少女は強かな笑みを浮かべて胸を張った。
「あったりまえでしょ!私の耳を持ってすれば楽勝よぉ!」
そして、そうこう話しているうちに金色の煙が晴れて 内からノヴァの姿が覗く
その身は半透明な壁に覆われて 無傷であった。
「ただの偶然で調子に・・・」
怒り心頭に発する表情
冷静さが顔から消え、口の中から牙を剥いて怒っている。
「もうお前に反撃の余地はねえぜノヴァ」
またしてもセリフに割り込んで喋るレイヴンの表情は、既に勝ち誇っていた
言葉を全て聞き終わる前に、頭上から風切り音が迫る。
「『月下飛燕流・輝夜』」
もう既に相当な近さまで近づいていたゼルクがこのドサクサに紛れて斬りかかっていた
光の線が湾曲を描いて聖を打ちおろす
劔が空間の壁にめり込むと 亀裂を走らせ
球状の歪空間は風船がしぼむように消滅してしまった
そして、鳥が空中で方向転換するように
切り返しの二撃目がノヴァの脳天から振り下ろされる。
「あああ!鬱陶しい!!」
振り来る刃を両腕を交差させて受ける
上にしていた左腕は聖なる力で焼き切れ
残る右腕には半分ほど刃が通ったところで骨に阻まれて止まる
振り抜かれた勢いのままノヴァは地へ叩き降ろされた
命を守るためとはいえ咄嗟に両腕を差し出す覚悟を決めるとは ノヴァも相当な気狂いである。
「チッ、魔力量が多すぎて両断出来なかったか」
魔力は体内の生命エネルギーを電子化したものでプラスとマイナスの電気を持っている
その電気を一点集中させることで戦闘能力を向上させたり 物質に電動させて硬度を高めたりするわけだが
ゼルクの刀は 全く異質な波動を放ち、その電気をプラスとマイナス、二つに分解してしまう 魔力はプラスのエネルギーだけでもマイナスだけでも力を発揮する事はできない
しかも魔力は分解される時に熱を発する、『永命剣』で斬られた魔族の傷跡が蒸発するのはそのためだ
しかし、ノヴァの魔力は莫大すぎる
刀の分解能力ではその膨大な量のエネルギー全てを処理しきれない
と、なるとそれはもう ただの古びた刀だ ゼルクの全力が乗った斬撃をまともに受けても腕一、二本で済む
「だが、次で終わらせる」
高速で1km地点から落下するノヴァを大気を蹴って追いかける
レイヴンも少し遠目から追っていた・・・いや、背に羽がない 魔力が尽きたのか 重力に逆らわず、落下していた
ノヴァの堕ちた場所に視線を戻す
土煙が舞っていた
その100m程先にはリリィがいる
まだ、彼女が動いていないという事はノヴァはまだ煙の中に留まっている、という事だろう いくら高速で動こうとリリィの五感を潜り抜ける事は不可能なのだから。
「さて」
空気をもうひと蹴りすると大地がグンと迫る
そして、体制を整え ゼルクは着地した
その後方でドーンという大きな音が響く
きっとレイヴンが落下した音だろう
振り返って土煙を払って見ると頭から地面に突き刺さっていた
足を持って引っこ抜いてやる
「行くぜレイヴン、作戦考えろ」
「ハイよ」
頭から砂を落としながらニっと笑っていた。
「う・・・ぐ・・・」
一方のノヴァは身を穿つような屈辱に顔を歪ませていた
人間ごときに、油断は無かった なのに斬られた
人間ごときに、腕を持っていかれた
人間ごときに、プライドがひしゃげる 怒りが茹だつ
人間ごときに、感覚を奪われ 真紅の血液が流れ出す その腕の痛みさえ奪われ
怒りが血液を沸々と煮えさせる
「どうせ次の瞬間までに来るんだろう?脆弱な貴様らでは、煙幕がこの僕を取り囲んでいる今しか攻撃のチャンスはないんだからな」
胸のあたりまで感覚の無くなった体は亡者に掴まれているかのようにダラリと重く
傷口が今も蒸気を上げて広がり続けるせいで再生することもままならない
「さあ、来るがいい 次はどこからだ、地面からか?空からか?拳で来るか蹴りで来るか?刀でもいいぞ 全員で来い僕は逃げない!」
本来なら逃げても良かった
地面に穴を開け、誰かの後ろに回り込むか 一旦魔界へ帰れば良かったのだが
それでは誇りが失われる
これまでやりたいと思う事は全てできていた
想像通りの動きのできる肉体に
一角から発される魔力は他の者の追随を許さなかった
その実力に伴った誇りはいつしか果てしなく大きく膨れ上がり
自分より少し早く産まれただけの格下、レイヴンに
魔力を扱える程度で調子に乗っている人間ども、そいつらに一杯食わされただけでも地を舐めるような恥辱なのだ
ここで自ら一歩でも退こうものならこれまでの生涯が全て否定される
だから、退かない
退くわけにはいかないのだ。
「魔族の悪い癖が出たな」
真正面から馬鹿正直に影が拳を振り上げて向かって来る
シルエットの頭部には突起が確認できた
それを認識した瞬間ノヴァの蓄積された怒りが完全に解放される。
「レイヴン!!!!」
腕が使えないのだから攻撃方法は一つだ
地面を力の限り踏み切り、空気を劈いて頭から突っ込んでいく
ノヴァが攻撃に選んだのはやはり角、絶大な魔力と共に暗黒の一角は 目にも留まらぬ速度でその影を貫いた
硬い手応えを感じると表情が変わった
硬い手応え・・・そう これは肉の感触ではない
「これは・・・!!」
「やっと、お前に隙を作れた!」
目の前の人影がドサッと音を立てて崩れ落ちると、波動が空気を揺らし、穴が開くように煙が吹き飛んだ
視界を閉じられていた超新星は、全てを目の当たりにする。
「謀ったな!?」
「ああ、謀ったさ」
晴れた目の前にはレイヴンの形を真似て作られた土人形
その後ろには地面に手をついてへたり込む本物のレイヴンが
その隣には人間がいない
もう既に、背後から風切り音が迫っていた。
「『頸剃り』」
首の後ろ龍の衝撃が叩きつけられる
動揺するような事が連続して続いたせいでノヴァの反応は相当鈍っていた
頸に叩き込まれた衝撃は周辺を駆け巡り、血管をズタズタに破裂させる
一気に目が充血し、血が噴き出た
鉄の匂いが鼻の中を満たし、視界が真っ赤に染まる
「ぶっ!ぐぉおおお!!?」
痛みで反射的に顔を覆おうとしたが すぐに思い出した
感覚を奪われ、手で顔を覆う事すら不可能になっている自分の体を
「うあぁぁ!『拒絶(リジェクショ・・・」
「もう遅え・・・」
空間が、ノヴァを包み込み 安全圏に閉じ込めようとした瞬間
鋭利な痛みがそのどてっ腹を
大きく横に斬り裂いた。
「が・・・あ・・・あああ」
「今度は口からも血を噴いたな」
辺りに撒き散らかされる血液は地に着く前に蒸発し、空に帰していく
腹からどんどん感覚が引けていき
力の抜けた背骨は体を支えられなくなり ノヴァの体は大きく、くの字に曲がった。
「レイヴン!今だっ!」
「おおよッ!」
膝を折り、地につきかけた瞬間
眼前に勢力が迫っていた
まずい、避けねば と思考が追いついた時は既に顔面への一撃が加えらた後だった。
「ぶ・・・ぐ・・・」
目の前で爆発でも起きたのかと錯覚するパワーにノヴァの体はぶち上げられる
もう目は見えない
しかし、その打ち込まれた拳の重さは身体が覚えてしまっている
悔しさに歯ぎしりしながらノヴァの肉体は弧を描いて落下し始めた。
「やったな・・・やってはいけない事を」
静かにそう呟いた
事が起こる前に皆の危機察知能力が異常を察知し、細胞全体を逆立てる。
「なんだ今のゾッとする感覚は」
さっきのパンチに正真正銘最後の力を込めたレイヴンは地に片手を突いていた
その後ろでゼルクもリリィも動けないレイヴンの事を一時忘れてジワリと後ずさりをした
勝っているはずの雰囲気を 恐怖が、瞬間的に場を染色する。
「『月面散歩(ムーン・ウォーク)』」
体を浮かせて落下の勢いを殺し、ノヴァが着地した
さっきまで風に流される枯れ葉のように落下していたはずなのに
足だけの力で落下から体を支え
感覚の奪われた片腕はだらりとぶら下げて目線は下へ
腰を深く曲げ、黒髪を垂れ下げるように顔を下に向けていた
その頭上から何か金属片のような物が降って落ちると
音を立てて地面に刺さった
見覚えがある
「あれは、ノヴァがつけてやがった・・・」
そう、それはノヴァが顔の右半面に付けていた謎の機械であった。
「予想外の結末だ」
低くその声がこだますると、息を吐いてノヴァは視線を上げる
「え・・・」
3人ともギョッとした表情を見せる
「あれだけあった傷が・・・消えてる!?」
真っ先にレイヴンが声を上げて驚いた
今さっき自分が殴り飛ばしたはずの顔面には傷一つとして付いていなかったのだ
確実にめり込んで頭蓋骨を砕いたはずの顔面は依然整ったまま
その様子を見てノヴァはほくそ笑むと、血に塗れた肌着に手を掛けてバリバリと破り捨てる。
「自己再生しやがったのか、殴られて地面に落ちるまでの一瞬で!!」
肉体には傷一つとして付いていない
肌に魔力の光が照り返すその姿が妙な色気を醸していた
その細胞が音を立てて形を変える
腕に脚に、いや肉体にも顔面にまで電気プラグのように太い血管が浮かび上がる
「冗談だろ?」
感覚が奪われ、動かすことができなくなっているはずの両腕が再生されていく
魔力が構築し、成形されて
血管の周りにヒビが入り、ボロボロと皮が一枚剥がれ落ち、ノヴァの姿が生まれ変わった
瞳孔が大きくなり、髪が少し伸びている
170cm程の身長が少し伸びていた。
「は・・・グッゥゥゥウウウ!!!!」
唸り声を上げ、細胞の配列が変わっていく
超速の破壊と再構築の繰り返し
凄まじい勢いで 音を立てて頭部が変形する。
「ううう!!おおおおおお、オオッ!」
ミチミチミチ、と側頭部の肉が裂け、そこから2本の角が突出した。
「はぁ、はぁ はぁ はぁ・・・」
敵意剥き出しの心中を表現するかのようにその角は鋭く尖り、レイヴン達を貫こうとしているかのように前に向いて生えている。
「モードチェンジかよ」
既に満身創痍のレイヴン
そしてそれほどでもないが体力が確実に無くなっているゼルクとリリィ
もう、まともに闘う余裕などない
「ね、ねえ?あいつの血の流れる速度が変わったんだけど」
リリィが冷や汗を垂らしながら二人に目を配る
全感覚の鋭い彼女は危機察知能力に関してはゼルクよりもレイヴンよりも上
彼女の感覚にはノヴァから発される真の恐怖が鮮明に見えているのだ。
「魔力は血液によって全身に巡らされる、つまり・・・やべえぞ、ここからがマジのガチであいつの本気だ!!」
レイヴンが警告を発した瞬間
ノヴァを中心に破壊の波が吹き荒れた。
「うッワァアアアア!!!!」
足元が揺れる
地震どころの騒ぎではない
大地そのものが収縮している。
「そうか、あの機械・・・このヤバすぎる魔力を抑えるための【制限装置】か!」
風圧に押されながら眼前に在る絶望に死を予感していた
その予感はもう確定されたも同然だ
ものすごい魔力の風圧に押され、飛ばされそうになる
地面に刃を突き立て
拳を打ち込み
足を突き刺して、3人は風を波動を耐え凌いだ。
「ぐ、くぬ・・・」
耐える内、次第に波動の力が弱まってくる
さっきまでの圧は急な魔力量の変化による暴走状態、制御しきれていなかったせいだ
少しづつその力は意識に掌握されていき 凝縮され
今はもう静まり帰っていた
踏ん張っていた3人は力を抜き、今度こそノヴァの姿を捉える。
「おっさん、リリィ・・・勝てる気するか?」
レイヴンは弱気な声でそう訊くが、答えない
言わずとも疲労困ぱいのこの状態で発された敵の隠し球・・・もう体力、戦意ともに底をついていた。
「残念だよ、あと少しだったんだが」
不意にノヴァがやりきれない表情を浮かべて溜息のように言葉を漏らす
「テメェ・・・さっきからなんなんだ、予想外だの残念だの何だのと」
追い詰められてやけくそになったか苛立ちを込めた言葉遣いになる
しかしノヴァは何も言わず右腕をもたげた
「何だよ、やんのか?」
地を揺らすほどの魔力、その全ての統制がとられ完璧に制御されている
凝縮されたそのパワーがほんの少しでも地面に落ちればそこら一帯が消し飛ぶだろう
対するレイヴンは魔力が尽き もう石ころ一つとして『武装』できない
それでも反逆者は拳を握り
疲労で重くなった手で刀を構え
震える脚に力を込め、立ち上がった。
「いや、僕はもう帰るよ・・・」
「え?」
こちらこそ予想外の返答だった
驚きに固まる3人を横目にノヴァは、持ち上げた腕を宙に振るう
「今日は全力で闘う許可をもらってないのでね」
残念そうに言った瞬間
空間にヒビが入った
空気全体が揺れ、亀裂が広がり 穴が開く
「なんだよ・・・そのエネルギー どっから出てんだ」
その穴から宇宙空間が覗く
全能力を解放したノヴァは、直接【空間】という概念に干渉していた。
「一度でも決めた相手を殺さず逃した事なんてなかったんだがな」
空間の裂け目に足をかけ、宇宙に身を乗り出しながら不満げに眉を潜める。
「へ・・・なら帰らず今すぐにでも殺ればいいじゃねえか、死ぬのはお前だがね!」
真っ青な顔色でもレイヴンは牙を剥いて
震える手でノヴァを指差して笑った。
「やめなさいよ、挑発すんのは!」
その笑顔を背後からどついて止める
「イテェ!」
ゼルクも静かに顔をしかめて鞘で脳天を殴る
もさっとした髪の毛が沈んでいた。
「おっさんもかよ!」
「当たり前だ、命あってこその意地だろうが 意地の為に命を捨てるな」
もう完全に体力を使いきっているはずなのにレイヴンの表情は不完全燃焼と言わんばかりだ
目を離せば無理にでも飛びかかる獣のような、人間とは根本的に違う戦闘生物の血を感じさせた。
「準備が整い次第全滅させてやる、それまで他の奴なんかに殺されてやるなよ?」
「ケッ!お前からの気持ち悪りぃエールなんぞ無くても死なねぇしその内お前もぶっ殺すさ」
その言葉を聞いてノヴァは不思議と柔らかな表情になった
面白いものを見たような、純粋で凶悪な微笑みで頬を歪めた
しかし、もう一歩空間の裂け目に踏み込むと その顔から温かみが消え、一瞬にして元の無表情に変わる。
「笑える冗談だ」
空間の穴が閉じ、5m先にいるノヴァの姿は無限の彼方へ消えていく
そして何事もなかったかのように大地へ静寂の時間が訪れた。
「・・・一難去ったか」
ゼルクがしゃがみこんで一息つく
刀を杖のようにして体を支えていないと崩れそうなほどに息を切らせていた。
「レイヴン?」
その後ろでレイヴンの肩をリリィが揺らしている
心配そうに揺さぶっている隣でレイヴンは目を開けたまま人形のように動かなくなっていた。
「まったく、気絶寸前のくせにあんな強気にモノを言ってたのか」
呆れる目の前でレイヴンの体は糸が切れたように前に倒れこんだ。
「おっと」
リリィが倒れこむところを支え
ゼルクが駆け寄り、抱き上げ、そして肩に担いで立ち上がった。
「しょうがねぇな・・・よく頑張ったよ、お前は・・・」
死んだように動かないレイヴンの鼓動を感じながら微笑みかけた。
「ウチで休みましょう、今日はもう一日中闘ってたわ、私も気絶しそう」
その提案に頷くと二人は歩き出した
時刻はAM2時4分 丑三つ時に差し掛かっていた
影さえも沈み込んで見えなくなるほどの闇の中、3人は血を流しながらも生存したまま帰路につく事が出来ていた。
「ゼルクさん達は・・・これまであんなバケモノ達と闘ってきたの?」
「そうだが・・・さっきのノヴァとかいう奴は違う、これまでの奴らとは絶対的に格が違う」
「勝てないの?」
「今のところは・・・な」
圧倒的な程の力を見せつけられ、彼らは精神的な危機感を覚えていた
再び奴が襲ってきたら・・・いや、それ以前に居場所を知られたまま魔界に帰られたのだ 次の瞬間に魔界から無尽蔵に兵士が送り込まれてきてもおかしくない
そうなればそう強くもない兵士達であろうと数の暴力で反逆者達は殲滅される事だろう
いつ殺されてもおかしくない緊張感でゼルクもリリィも気が気でなかった・・・
魔王家九男『光速の翼』ホーク
魔王家八男『終末の烏』クロウ
魔王家七男『白夜の処刑人』パニッシュ
魔王家六男『極夜の罪人』シン
魔王家五男『無勢の将軍』アーミー
上記の者全てを撃破し、その全てが もうこの世にいない
そして、そこに
魔王家次男『超新星』ノヴァ
この男を付け加えた6人
本日中に闘った魔王の息子達である。
To Be Continued→
中国はもうすでに1時をとうに過ぎている
そこかしこにクレーターのある荒野
つい数時間前まで伝統を感じさせる中国の絢爛な建造物が建っていたとは思えない崩壊っぷりだ
代わりに、というわけでも無いが・・・そこには3人の人間に囲まれて、魔族が1人立っていた
光を吸収してしまいそうなほど黒い髪
額には禍々しい一角
顔の右半分には謎の機械線が通っている
悪の細胞から滲み出る魔力は質量をも感じさせ、空間を包み込んで 物理法則を無茶苦茶に崩壊させる。
「ハァァアア・・・・!!」
唸り声を上げるノヴァを中心に突風が発生
猛烈な風に皆は顔を腕で覆った。
「こいつ・・・今日会った魔族の中でも特に別格!」
長い黒髪をなびかせ目を細めながらリリィが言った
「緊張感があるのはいい事だ、でもオレとおっさんがいるんだぜ 大船に乗った気持ちでいてもいい・・・なあ?おっさん」
爆風のような魔力の中でもレイヴンのスタンスは崩れない
後ろを振り返ってゼルクに軽く問いかけた。
「ああ、そうかもな」
顎髭をいじりながら気の無い答えを返す
代わりに答えるように右手に握られた刀は爛々としている
「む・・・」
ゼルクが眉をしかめた
ノヴァを取り巻く魔力が凛と張り詰めたのを肌で感じ取ったのだ。
「奴さんの準備も整ったようだな」
「気をつけろ、あいつは空間を自分の意思で操る」
荒れていた魔力が中心となるノヴァへ一点になり、集約された
「風が、止んだわ・・・」
魔力の嵐が止み その姿を現わす
堂々とした佇まいで脚を揃え、腰の高さに両腕を広げ 立っていた
フゥ、と一息吐くその口からは硝煙が上がっている 短時間での高速再生により体温が上昇しているのか
体から蒸気を上げ、紫のプラズマを散らす
そこには荒々しさは無く 周りの空気が喰い尽くされたかのように無音だ
その無言の力強さはブラックホールを連想させた。
「それでは 始めるか・・・いや」
言葉を止めるとニヤッと笑い
言い換えた。
「終わらせる、の方が正しかったかな」
ゆっくりと手を前に向ける
それに合わせて3人は構えた。
「精々足掻いてくれ」
宣言があったにも関わらず始まりは突然だった
手のひらからレイヴンでも踏ん張っていられない程の圧力が発された
地面から足が離れ、体が浮かび上がる。
「おおおっ!?」
吹っ飛ばされる中、レイヴンはなんとか視線だけでも と背を曲げて前方を見る
だが、さっきまでノヴァがいたはずの場所には何も無く
ただ、地面に穴が空いていた。
「まずい!」
背後からピシピシッと硬いものが裂けるような音がする
「お前から殺してやるぞッ!レイヴン!!」
クレバスのように大地が裂けるとそこからノヴァが飛び出した
最速の一撃を殴り込む
「ケッ、お前が準備してる間に オレが何もしないとでも思ったか!?」
だが、レイヴンの対応力はそれを捉える
地面に稲光が走ると、その瞬間地面から無数の針が飛び出した。
「『武装針(クレイモア)』!」
本日二度目の針攻撃
鋭く、足元から飛び出す針は ノヴァの体を貫こうと瞬間的に伸びてゆく
「チッ!『拒絶空間(リジェクション・スペース)』」
しかし、拒絶される
急に閉じられた空間の歪みに飲み込まれた針はいとも容易く切断されて無力化された
攻撃は失敗だ
だが、この攻撃はダメージを与えることだけが目的ではなかった。
「そうだ、一瞬だけでも時間が稼げればそれでいい」
ちらっと、自分の両側で自分と同じ速度で吹っ飛ぶ二人の姿を確認すると角から魔力を発した。
「頼んだぜおっさん!リリィ!」
発生させた魔力は迅速に地表に作用し それ が無機物に形を与える
ゼルクとリリィが飛んでいく方向の地面が盛り上がり、壁が現れた
「おう、任せとけ」
それを足場に、蹴る
まるで暴走した車がガードレールにぶつかって動きを止めるように
壁に蹴りを入れた衝撃の反作用でゼルク、そして リリィの動きは完全に停止した。
(レイヴンめ、この一連の流れ全てが計算尽くか、一瞬の時間を稼ぐためにリスクを冒して僕を攻撃し、『拒絶空間(リジェクション・スペース)』を誘発させた・・・拒絶している間は攻撃ができないからな)
今度は地面を蹴って二方向、つまり挟み撃ちの形で向かってくる2人の姿を見ながらそんなことを考える
「だが、人間どもではこの技を破ることなど不可能!この賭け、お前の負けだ!」
勝ち誇る 邪悪な笑みを浮かべて煽り立てる
「そいつはどうかな」
しかし、ゼルクの表情は全く揺らがない
腰の刀に左手を添え、右手で柄を掴み
鞘から抜く
全身にある あらゆる力を鍔に集約させ・・・振り抜く
黄金の魔力がノヴァに振り下ろされた。
「拒絶する、その聖の力を!」
ノヴァの叫びに呼応して魔力が渦巻き、空気がゼルクの刀を絡め取った
空間が無限に続く壁を貼ったのだ
「その行為は無限の彼方へと刀を振り下ろすようなもの 全くの無駄事だ」
無敵の盾に身を包んだノヴァは安心し切った様子でほくそ笑む
対魔族として最強の武器である『永命刀』を前にしても全く脅威としての認識がない
「『龍舞脚』ッ!」
背後から向かってきていたリリィも構えに入り、あっという間に その蹴り技を叩き込んでみせた
空気が銅鑼を鳴らしたように震える。
「女、お前もだ 諦めろ その技は僕に届かない」
『飛燕流』と『龍舞脚』二つの武術を、一つの圧倒的魔術が抑え込む
しかし、ゼルクの刀は まだ屈服していなかった。
「よお、突然の質問なんだが・・・無敵の盾に、無敵の刀を突き立てるとどうなるか分かるか?」
瞬きの時間の中で『永命剣』が光を放つ
「何を言ってる?」
「俺はこの答えを知らんのだが、どうやら今、矛盾が決するようだな」
光が時を追うごとに強くなっていく
目が眩む程の光を放つ
「オオオッ!」
魔を滅する光は止まることを知らぬように 際限なく強くなり続け
そしてなんと、その聖なる力はノヴァを守る『拒絶空間(リジェクション・スペース)』に亀裂を走らせた。
「な・・・んだとぉおお!!?」
刃が壁に食い込み、穴を開ける
「『月下飛燕流・輝夜』!」
火花を散らしながら球状の魔力壁を断絶していく
壁全体が地面に叩きつけられた卵のようにヒビで覆われ・・・
「こいつ・・・あり得ん・・・ッ!」
ついに音を立てて崩壊した
半透明の破片は空気に散っていく
「今だ、やれ!リリィッ!」
その呼び声と共に
魔力の破片、その下を舞うように動く影が走り抜ける
そして、その影は勢いよく飛び上がった。
「『龍舞脚・激戦鎚』!」
縦に回転しながらノヴァの頭上に影を落とす
回転はエネルギーとなって
盾を破壊され無防備になったノヴァの脳天に
振り下ろされた。
「いい気になるなよ!」
怒りの混じった赤い怒号を発し禍々しい魔力が腕を包む
「ゴミにも劣る人間風情が!!」
リリィの蹴りを、なんと片腕だけで受け止めてしまった
打ち下ろされた蹴りは相当なパワーで、ノヴァの足は太ももまで釘のように打ち込まれた
だが、本体にダメージは無い
「嘘!?掴まれた!」
しかも、逆に蹴り出された脚を掴み取ってしまっていた。
「キャアァアッ!」
まるでハンマーを扱うかのように少女の体を振り上げる
「このまま死神もろとも叩き潰す!」
「なんだ・・・こいつの精神力は!」
逆転したかと思われた勝負は一瞬で流れを戻されてしまった
これより振り下ろされるリリィにどう対処するか
避ければリリィの体は地面に叩きつけられる衝撃に耐えきれず大怪我を負う いや、きっと死ぬだろう
受け止めようとしてもノヴァの怪力にゼルクが耐えられるのか・・・失敗すれば両者とも致命傷を食らってしまう。
「まずい・・・どうする・・・!」
ゼルクも刀を振り下ろした体制からまだ元に戻れていない
もう、体で受け止めるか飛びのいて回避するしか選択肢に残っていなかった
覚悟を、腹をくくる
「やめろォォオオオッ!」
漆黒の稲光が、背後から
思考を追い越して
ノヴァの腹に一撃を叩き込んだ。
「ばッ!グハァああ!?」
魔力を凝縮して防御する考えも与えない拳速
内臓に傷をつける拳圧
的確な一撃が相手の動きを止めた。
「・・・でかしたぞ レイヴン!」
そして、ゼルクは体制を戻し
再び剣を振るう
光り輝く太刀筋は、顔の横を通り抜け
リリィの脚を掴む右腕を斬り飛ばした。
「なんだ・・・と!?」
ぼとり、と重い音を立てて肘から先の肉が地に落ちる
それと同時に尻餅をつくようにリリィも着地した。
「痛っ、うわ!うわわわぁ!気持ち悪ッ!」
斬り落とされてなお足首を力強く掴む右手はかなり気持ち悪く、悲鳴をあげながら剥がそうと脚を振り回していた。
「なんだ・・・これは?」
一方のノヴァは静かに困惑していた
断絶され、血が噴き出る傷から感じるはずの痛みが消えていたのだ
いや、痛みだけではなく・・・全ての『感覚』が・・・
無感覚の世界が、言いようのない不安感をノヴァに刻みつける。
「どうだ、自分の体が自分のもんじゃねえみてえだろ?感覚ってのは生の自覚だからな・・・俺はその自覚を奪っていける」
刀を向けながらそう言うと、圧力をかけるように一歩ずつ近づいていく
そして、その後ろから2人が・・・
「逆襲いくぜ」
レイヴンは指をバキバキ鳴らし
「ふぅ~~~・・・」
リリィはステップを踏むように軽やかにゼルクの側に並び立つ
「さあ、命か感覚かどっちで殺されたい?」
こうして、再び戦いの主導権は反逆者の側へと返ってきた
足がノヴァの血だまりに踏み入れ、ピチャリと冷たい音を立てて赤い波紋が広がる
静かな空間へ、4人の息遣いと波紋の音のみが溶けていき ゆっくりと時間が経過していく
広がりきった波が淵から中央へと還ってくる
それを合図にしたように、この緩慢な時間の流れは断ち切られた。
「殺せるものか・・・お前らが、この僕を!」
突然ノヴァが宙へ飛び上がる
その両足は、まるで確かな足場があるかのように力強く空中を踏みしめていた。
『月面散歩(ムーン・ウォーク)』
重力の概念を空間から消し去り、360°を縦横無尽に駆け回る術だ
立ち昇る煙のように素早く空へ駆け上がっていく。
「オレ以外に飛べる奴はいるか!?」
レイヴンが背に翼を広げながら2人に聞く
「いや、私は飛べない」
少女は首を横に振った
まあ、翼を持たぬ人間だ飛べる方がおかしいだろう
だが、そのすぐ隣に例外がいた。
「『感覚夢双』」
ゼルクは脳の一部を魔力で麻痺させる
肉体が限界を越えないようにするため、脳の中に設定した安全装置を停止させるためだ。
「いくぞ!レイヴン!!」
封印を解かれた魔力はドッと体内から溢れ出す
リミッターを外された体は筋肉が音を立てて収縮し、目の色が茶色から金色へ変わった
ゼルクは、ジェットエンジンのようなパワーで空気を蹴るとその空気圧と空気抵抗により
その身を浮かび上がらせた。
「オーケー、行こうぜ!」
二筋の稲光となったゼルクとレイヴンは
一直線にノヴァへ向かっていく
漆黒は拳を握り込み
神光は刀に宿る聖力と自らの体から溢れる魔力を混ぜ合わせる。
「・・・見ろ これが僕の力だ」
向かう先
つまり、ノヴァが
全身のエネルギーを爆発させる
空気との摩擦で魔力が火を噴いた。
「『太陽(ザ・サン)』」
形を持たない熱エネルギーを指先に集めると直径2m程の火球となった
その強烈なパワーを持つ指先を向かってくる2人に向ける
火の周りをプラズマが走ると、火球が指先から離れ 飛んだ
だが、ゼルクもレイヴンも逃げようとも 躱そうともせず
逆に思いっきり加速した。
「レイヴン、俺の後ろで構えてろ」
「ああ、とびっきりのをいくぜ!」
ゼルクは前に飛び出し、向かってくる炎の塊に向かって鞘から刀を抜き払う
余りの熱で、触れてもいない指先が焼き切れてしまいそうだ。
「『飛燕流・霧刻み』」
その剣筋は熱に溶かされることも形を変えることもなく、無敵の佇まいのまま、露を払うように火の塊を真っ二つに割裂させた
まるで豆腐を箸で割るようにあっさりと
そして、その背後 漆黒が両腕に『滅却』の波動を蓄えていた。
「焼き腐れッ!『滅却砲』!!」
それは火花散るゼルクの背中に向かって放たれる
渦巻く『硫炎』と『腐敗』の魔力
爆発するスピードに乗ってぐんぐんと螺旋を重ねていく
「ふ・・・数時間見てない間に、また強くなったな レイヴン」
ゼルクが瞬時に上に飛び退くと
砲は股下を通過して対角線上にいるノヴァへ向かって伸びていった。
「その砲の熱量は惑星を壊せるか・・・?いや、無理だろうな」
向かってくる魔力の塊を前に
片手を天に掲げる
すると、空間に風が吹き荒れて
地面に巨大な亀裂が走った。
「そして この僕はさっき見せたように、擬似的な惑星を創り出せる」
その地面は一辺が数10mの巨大なブロック体となって・・・
『滅却砲』が迫るよりも速く手のひらに集まっていき
更に塊になり、優に100mを超える巨岩になった。
「『土星(ザ・サターン)』」
そして、放る
ドッヂボールでも投げるかのように軽々と発射された 巨岩はノヴァの目の前で砲とぶつかり合うと、火花と稲光を散らして大爆発を起こした
爆炎はまるで土星の輪のような煙を作り
その衝撃は地面を揺らして
気温を上昇させた。
「煙い・・・」
手を払い、煙たさに咳込む
だが、そうしながらでもノヴァは背後からの高速接近に気がついていた
後ろから光り輝く劔が首筋を狙って突き出される
それを少し首を曲げて躱した。
「こいつ、頭ン中にセンサーでも入ってんのか」
「爆発により前方に煙幕を張り、その隙に背後からの攻撃・・・セオリー通り過ぎてつまらんな」
振り返りつつ退屈そうな目がこちらを向く
だが、その差を見せつけられてもゼルクは怯まず返した。
「その台詞は攻撃を躱し切ってから言ってもらおうか」
『飛燕流』の剣筋が軌道を変える
肩口から入って体を切り裂く
はずだったが・・・
「やはり、つまらん」
またもや一閃が空を斬った
ゼルクにひとこと言う余裕を持ちながら刹那の隙間を一歩引いて躱したのだ。
「こいつ、この短時間で俺の攻撃範囲を見切ったのか」
ノヴァは一歩で効率的な距離をとった
ゼルクの腕の距離と刀と現在可能な踏み込みの距離全て計算し
攻撃可能範囲から飛びのいた
最強の魔力使いであり、戦闘の才能を秘めるこの男だからこそできる一瞬の神業だ
『月面散歩(ムーンウォーク)』により360°全てが移動可能範囲であるノヴァに一撃当てるのは至難の技と言える。
「・・・厄介だな、その刀『永命剣』とか言ったか」
今度は一歩間合いを詰めてくる
ゼルクは、これをチャンスだとは思わなかった
なぜなら、一度離れたはずの相手がなんの考えも策も無く近づいてくるはずがなかったからだ
ノヴァの場合特にそうだ
緩慢な動きで手を伸ばす動きをしてくる
隙だらけな動きだが実際はそうではない。
「その刀再び封印させてもらうぞ」
威圧するようにわざとゆっくりとした速度で手を向かわせてきているのだ
這うようなスピードでじわじわと
いつ反撃されても殴り返せるという自信をひしひしと感じる
「・・・やってみるか?」
ゼルクは緊迫した面持ちで右手の柄をグッと握りしめた。
「ああ、やってやるさ」
そして、勢いをつけて手を突き出す
「い~や、させないね!!」
その瞬間、いつの間にか接近していたレイヴンが背後から攻撃を繰り出していた。
「お前では止められない」
当然、その接近には気づいていたノヴァ
後ろを振り返りもせず片腕でレイヴンの一撃を受け止めた。
「おっさん!」
「おおっ!」
レイヴンの掛け声に合わせてゼルクも刀を振りかぶる
「『飛燕流・連啄斬』!」
そして、タイミングを合わせてレイヴンも拳を振るう
二人の攻撃の嵐がノヴァを挟み撃ちにした。
「ダァァァァァアアアアアッ!!!!」
一心不乱に、嵐のように密集した連撃
片手には一撃必殺のラッシュ
片手には常闇を斬り裂く閃光の神速剣
その漆黒と閃光の嵐に巻き込まれればいくら魔族の体でも耐えきれないだろう
だがそれは《当たれば》の話である。
「正面からじゃ敵わないから不意打ちをしたんだろう?今更何のひねりもなく攻撃するとは、もう少し頭を使え」
当たらない、当たる気配すら無い
まるで次、攻撃がどこに来るのかを知っているかのように拳と劔の隙間を躱される
流水のような滑らかな動きに加え、流星のような速度
そして86発目の拳と79振りの斬撃を躱し終えた 次の瞬間
ノヴァは、目の前から消え
レイヴンは足を天に向けて落下していた。
「な・・・レイヴンッ・・・・!」
認識限界領域からの攻撃
つまりは防御不可の超速攻撃
意識すら追いつけないスピードでの一撃
ノヴァが生き、闘う世界の速度は死神と漆黒を置いてきぼりにして 一方的に打ちのめした。
「が・・・ああ・・・」
今になって殴り飛ばされたことに気づいたレイヴンの筋の通った高い鼻はへし折れ、綺麗に生えそろっていた歯も鮮血と共に宙に舞う
その落下する身のすぐ上にはすでにノヴァが詰めてきていた。
「隙を見せたな」
ノヴァは、レイヴンの噴き上がる血が落ちるよりも疾く、矢のように 空間を真っ二つに切り裂く手刀を構え 来襲する
「よくも てめえ、オレのこのイケメンフェイスをぉッ!」
普通は痛みで反射的に手で顔を覆うところだろう だが、レイヴンは視界を狭めるのを嫌った
脊髄から発される反射反応を抑え、代わりにその両の拳を握りしめる。
「ニィ・・・」
ノヴァは、それを認めると笑顔を吊り上げて
その鋭利なる掌を振り下ろす
レイヴンも同時に拳を放っていた
黒塗りの手袋をはめているかのごとく黒い魔力の拳 出し切れる力全て詰め込まれた 現在ベストな攻撃
最速かつ最強の一撃だ
だが、すでにノヴァはこの一騎打ちの結末を知っていた。
「遅い・・・動きが限界を超えられていないぞ」
二人の力が交わった瞬間
レイヴンの突き出した右腕が縦に裂けた
薪を割るように、魚を開きにするように骨まで綺麗すっぱり真っ二つだ。
「う、うあああああああ!!!!」
すでに、レイヴンの魔力は底を見せていた
攻撃力のピークだったのは先の闘い、つまり ゼルクとリリィが戦闘に参入する前に放った『四王砲』での攻撃
そこでレイヴンは魔力の大半を削っていた
しかも、ノヴァの動きについて行く為 またはゼルクの動きにコンビネーションを合わせる為 常に『G.Iジョー』を発動させていた
能力の元々の使い方としては異例の自らの肉体を操るという方法
手に入れて間もないこの能力は酷く燃費が悪い、もう使う事は出来なくなっていた
そうして着実に消えていったエネルギーはつい先ほど放った『滅却砲』で残り2割を切り
今、相手の攻撃との正面衝突に使った魔力すら微力で ノヴァとの迫合いに負け、完全に腕を壊された。
「努力は認めよう、僕にここまでさせたことは褒められることだ しかし ここまで」
魔力での攻撃力、防御力がほぼ無に等しいレイヴンに突きつけられるのは
圧倒的なまでの力と絶望
「追いつけ・・・ねぇ」
ゼルクはノヴァの背後からなんとかしようと追いすがる・・・
が、距離的にとても追いつけない、ましてや次の瞬間までにレイヴンを救うなど、おおよそ無理な話だ
「あ・・・」
振り下ろされる手を見て意外にもレイヴンは冷静だった
ただ 冷静に、だからこそ冷酷な事実が頭に思い浮かぶ「ああ、終わったな」と
「これは・・・」
ノヴァの攻撃は空間を歪ませた
他の背景とミスマッチな歪みが 波紋の広がるように、熱にやられたプラスチックのようにへこんだ
それでレイヴンは仕留められたのか、というと・・・
「なんだ・・・」
生きていた もっというなら無傷だった
だからこそノヴァが驚いているのだ
振り下ろされ、外れた攻撃はレイヴンのほんの1mm以下の距離にあった
外れたのではなく外された 躱されたのかもしれない、しかし何が起きたのか、その場にいる誰もが理解できていないので 真相は謎のままだ
当のレイヴンすら何故自分が生きているのか分かっていない
一瞬、皆 手を止めて惚けた顔を晒していた
静寂の中、かろうじて残せている翼をゆっくり羽ばたかせながら漆黒は言葉を続ける。
「これは偶然か、運命か?それともオレの無意識下での実力なのか、わかんねーけど」
指を相手に突きつけると額に突き立てて不吉を呼びそうな顔をして笑った。
「ちょうどいい!あと一瞬あればお前を倒せると思ってたんだ」
「何を・・・!」
【何を言っている ただの偶然で調子に乗るな奇跡は二度も続けて起こらんぞ】そう言ってやろうと口を開いた一言目、それすらも言い終わらないうちにレイヴンが叫んだ。
「来たぜ、勝利の女神がッ!」
強力な魔力の気配が雲下の大地から昇り上げてくる。
「『龍舞脚・夜空遊泳』!!!」
「うぉお!?」
下界から向かって来た龍の形をした波動にノヴァの肉体が飲み込まれる
うねりながら金色のエネルギーを散らし、暴れまわり 唸り
終には中東の夜空で爆裂した
衝撃はどこまでも伝わり、見渡す限り黒雲に覆われていた空があっという間に晴天へと変わる。
「レイヴン!!当たってる?」
下から確認する声が響いて来た
「すげーな お前リリィ!こんだけ離れててもピンポイントだったぜ!」
地を見下ろしながら賞賛の言葉を返す
それを聞くと下界の少女は強かな笑みを浮かべて胸を張った。
「あったりまえでしょ!私の耳を持ってすれば楽勝よぉ!」
そして、そうこう話しているうちに金色の煙が晴れて 内からノヴァの姿が覗く
その身は半透明な壁に覆われて 無傷であった。
「ただの偶然で調子に・・・」
怒り心頭に発する表情
冷静さが顔から消え、口の中から牙を剥いて怒っている。
「もうお前に反撃の余地はねえぜノヴァ」
またしてもセリフに割り込んで喋るレイヴンの表情は、既に勝ち誇っていた
言葉を全て聞き終わる前に、頭上から風切り音が迫る。
「『月下飛燕流・輝夜』」
もう既に相当な近さまで近づいていたゼルクがこのドサクサに紛れて斬りかかっていた
光の線が湾曲を描いて聖を打ちおろす
劔が空間の壁にめり込むと 亀裂を走らせ
球状の歪空間は風船がしぼむように消滅してしまった
そして、鳥が空中で方向転換するように
切り返しの二撃目がノヴァの脳天から振り下ろされる。
「あああ!鬱陶しい!!」
振り来る刃を両腕を交差させて受ける
上にしていた左腕は聖なる力で焼き切れ
残る右腕には半分ほど刃が通ったところで骨に阻まれて止まる
振り抜かれた勢いのままノヴァは地へ叩き降ろされた
命を守るためとはいえ咄嗟に両腕を差し出す覚悟を決めるとは ノヴァも相当な気狂いである。
「チッ、魔力量が多すぎて両断出来なかったか」
魔力は体内の生命エネルギーを電子化したものでプラスとマイナスの電気を持っている
その電気を一点集中させることで戦闘能力を向上させたり 物質に電動させて硬度を高めたりするわけだが
ゼルクの刀は 全く異質な波動を放ち、その電気をプラスとマイナス、二つに分解してしまう 魔力はプラスのエネルギーだけでもマイナスだけでも力を発揮する事はできない
しかも魔力は分解される時に熱を発する、『永命剣』で斬られた魔族の傷跡が蒸発するのはそのためだ
しかし、ノヴァの魔力は莫大すぎる
刀の分解能力ではその膨大な量のエネルギー全てを処理しきれない
と、なるとそれはもう ただの古びた刀だ ゼルクの全力が乗った斬撃をまともに受けても腕一、二本で済む
「だが、次で終わらせる」
高速で1km地点から落下するノヴァを大気を蹴って追いかける
レイヴンも少し遠目から追っていた・・・いや、背に羽がない 魔力が尽きたのか 重力に逆らわず、落下していた
ノヴァの堕ちた場所に視線を戻す
土煙が舞っていた
その100m程先にはリリィがいる
まだ、彼女が動いていないという事はノヴァはまだ煙の中に留まっている、という事だろう いくら高速で動こうとリリィの五感を潜り抜ける事は不可能なのだから。
「さて」
空気をもうひと蹴りすると大地がグンと迫る
そして、体制を整え ゼルクは着地した
その後方でドーンという大きな音が響く
きっとレイヴンが落下した音だろう
振り返って土煙を払って見ると頭から地面に突き刺さっていた
足を持って引っこ抜いてやる
「行くぜレイヴン、作戦考えろ」
「ハイよ」
頭から砂を落としながらニっと笑っていた。
「う・・・ぐ・・・」
一方のノヴァは身を穿つような屈辱に顔を歪ませていた
人間ごときに、油断は無かった なのに斬られた
人間ごときに、腕を持っていかれた
人間ごときに、プライドがひしゃげる 怒りが茹だつ
人間ごときに、感覚を奪われ 真紅の血液が流れ出す その腕の痛みさえ奪われ
怒りが血液を沸々と煮えさせる
「どうせ次の瞬間までに来るんだろう?脆弱な貴様らでは、煙幕がこの僕を取り囲んでいる今しか攻撃のチャンスはないんだからな」
胸のあたりまで感覚の無くなった体は亡者に掴まれているかのようにダラリと重く
傷口が今も蒸気を上げて広がり続けるせいで再生することもままならない
「さあ、来るがいい 次はどこからだ、地面からか?空からか?拳で来るか蹴りで来るか?刀でもいいぞ 全員で来い僕は逃げない!」
本来なら逃げても良かった
地面に穴を開け、誰かの後ろに回り込むか 一旦魔界へ帰れば良かったのだが
それでは誇りが失われる
これまでやりたいと思う事は全てできていた
想像通りの動きのできる肉体に
一角から発される魔力は他の者の追随を許さなかった
その実力に伴った誇りはいつしか果てしなく大きく膨れ上がり
自分より少し早く産まれただけの格下、レイヴンに
魔力を扱える程度で調子に乗っている人間ども、そいつらに一杯食わされただけでも地を舐めるような恥辱なのだ
ここで自ら一歩でも退こうものならこれまでの生涯が全て否定される
だから、退かない
退くわけにはいかないのだ。
「魔族の悪い癖が出たな」
真正面から馬鹿正直に影が拳を振り上げて向かって来る
シルエットの頭部には突起が確認できた
それを認識した瞬間ノヴァの蓄積された怒りが完全に解放される。
「レイヴン!!!!」
腕が使えないのだから攻撃方法は一つだ
地面を力の限り踏み切り、空気を劈いて頭から突っ込んでいく
ノヴァが攻撃に選んだのはやはり角、絶大な魔力と共に暗黒の一角は 目にも留まらぬ速度でその影を貫いた
硬い手応えを感じると表情が変わった
硬い手応え・・・そう これは肉の感触ではない
「これは・・・!!」
「やっと、お前に隙を作れた!」
目の前の人影がドサッと音を立てて崩れ落ちると、波動が空気を揺らし、穴が開くように煙が吹き飛んだ
視界を閉じられていた超新星は、全てを目の当たりにする。
「謀ったな!?」
「ああ、謀ったさ」
晴れた目の前にはレイヴンの形を真似て作られた土人形
その後ろには地面に手をついてへたり込む本物のレイヴンが
その隣には人間がいない
もう既に、背後から風切り音が迫っていた。
「『頸剃り』」
首の後ろ龍の衝撃が叩きつけられる
動揺するような事が連続して続いたせいでノヴァの反応は相当鈍っていた
頸に叩き込まれた衝撃は周辺を駆け巡り、血管をズタズタに破裂させる
一気に目が充血し、血が噴き出た
鉄の匂いが鼻の中を満たし、視界が真っ赤に染まる
「ぶっ!ぐぉおおお!!?」
痛みで反射的に顔を覆おうとしたが すぐに思い出した
感覚を奪われ、手で顔を覆う事すら不可能になっている自分の体を
「うあぁぁ!『拒絶(リジェクショ・・・」
「もう遅え・・・」
空間が、ノヴァを包み込み 安全圏に閉じ込めようとした瞬間
鋭利な痛みがそのどてっ腹を
大きく横に斬り裂いた。
「が・・・あ・・・あああ」
「今度は口からも血を噴いたな」
辺りに撒き散らかされる血液は地に着く前に蒸発し、空に帰していく
腹からどんどん感覚が引けていき
力の抜けた背骨は体を支えられなくなり ノヴァの体は大きく、くの字に曲がった。
「レイヴン!今だっ!」
「おおよッ!」
膝を折り、地につきかけた瞬間
眼前に勢力が迫っていた
まずい、避けねば と思考が追いついた時は既に顔面への一撃が加えらた後だった。
「ぶ・・・ぐ・・・」
目の前で爆発でも起きたのかと錯覚するパワーにノヴァの体はぶち上げられる
もう目は見えない
しかし、その打ち込まれた拳の重さは身体が覚えてしまっている
悔しさに歯ぎしりしながらノヴァの肉体は弧を描いて落下し始めた。
「やったな・・・やってはいけない事を」
静かにそう呟いた
事が起こる前に皆の危機察知能力が異常を察知し、細胞全体を逆立てる。
「なんだ今のゾッとする感覚は」
さっきのパンチに正真正銘最後の力を込めたレイヴンは地に片手を突いていた
その後ろでゼルクもリリィも動けないレイヴンの事を一時忘れてジワリと後ずさりをした
勝っているはずの雰囲気を 恐怖が、瞬間的に場を染色する。
「『月面散歩(ムーン・ウォーク)』」
体を浮かせて落下の勢いを殺し、ノヴァが着地した
さっきまで風に流される枯れ葉のように落下していたはずなのに
足だけの力で落下から体を支え
感覚の奪われた片腕はだらりとぶら下げて目線は下へ
腰を深く曲げ、黒髪を垂れ下げるように顔を下に向けていた
その頭上から何か金属片のような物が降って落ちると
音を立てて地面に刺さった
見覚えがある
「あれは、ノヴァがつけてやがった・・・」
そう、それはノヴァが顔の右半面に付けていた謎の機械であった。
「予想外の結末だ」
低くその声がこだますると、息を吐いてノヴァは視線を上げる
「え・・・」
3人ともギョッとした表情を見せる
「あれだけあった傷が・・・消えてる!?」
真っ先にレイヴンが声を上げて驚いた
今さっき自分が殴り飛ばしたはずの顔面には傷一つとして付いていなかったのだ
確実にめり込んで頭蓋骨を砕いたはずの顔面は依然整ったまま
その様子を見てノヴァはほくそ笑むと、血に塗れた肌着に手を掛けてバリバリと破り捨てる。
「自己再生しやがったのか、殴られて地面に落ちるまでの一瞬で!!」
肉体には傷一つとして付いていない
肌に魔力の光が照り返すその姿が妙な色気を醸していた
その細胞が音を立てて形を変える
腕に脚に、いや肉体にも顔面にまで電気プラグのように太い血管が浮かび上がる
「冗談だろ?」
感覚が奪われ、動かすことができなくなっているはずの両腕が再生されていく
魔力が構築し、成形されて
血管の周りにヒビが入り、ボロボロと皮が一枚剥がれ落ち、ノヴァの姿が生まれ変わった
瞳孔が大きくなり、髪が少し伸びている
170cm程の身長が少し伸びていた。
「は・・・グッゥゥゥウウウ!!!!」
唸り声を上げ、細胞の配列が変わっていく
超速の破壊と再構築の繰り返し
凄まじい勢いで 音を立てて頭部が変形する。
「ううう!!おおおおおお、オオッ!」
ミチミチミチ、と側頭部の肉が裂け、そこから2本の角が突出した。
「はぁ、はぁ はぁ はぁ・・・」
敵意剥き出しの心中を表現するかのようにその角は鋭く尖り、レイヴン達を貫こうとしているかのように前に向いて生えている。
「モードチェンジかよ」
既に満身創痍のレイヴン
そしてそれほどでもないが体力が確実に無くなっているゼルクとリリィ
もう、まともに闘う余裕などない
「ね、ねえ?あいつの血の流れる速度が変わったんだけど」
リリィが冷や汗を垂らしながら二人に目を配る
全感覚の鋭い彼女は危機察知能力に関してはゼルクよりもレイヴンよりも上
彼女の感覚にはノヴァから発される真の恐怖が鮮明に見えているのだ。
「魔力は血液によって全身に巡らされる、つまり・・・やべえぞ、ここからがマジのガチであいつの本気だ!!」
レイヴンが警告を発した瞬間
ノヴァを中心に破壊の波が吹き荒れた。
「うッワァアアアア!!!!」
足元が揺れる
地震どころの騒ぎではない
大地そのものが収縮している。
「そうか、あの機械・・・このヤバすぎる魔力を抑えるための【制限装置】か!」
風圧に押されながら眼前に在る絶望に死を予感していた
その予感はもう確定されたも同然だ
ものすごい魔力の風圧に押され、飛ばされそうになる
地面に刃を突き立て
拳を打ち込み
足を突き刺して、3人は風を波動を耐え凌いだ。
「ぐ、くぬ・・・」
耐える内、次第に波動の力が弱まってくる
さっきまでの圧は急な魔力量の変化による暴走状態、制御しきれていなかったせいだ
少しづつその力は意識に掌握されていき 凝縮され
今はもう静まり帰っていた
踏ん張っていた3人は力を抜き、今度こそノヴァの姿を捉える。
「おっさん、リリィ・・・勝てる気するか?」
レイヴンは弱気な声でそう訊くが、答えない
言わずとも疲労困ぱいのこの状態で発された敵の隠し球・・・もう体力、戦意ともに底をついていた。
「残念だよ、あと少しだったんだが」
不意にノヴァがやりきれない表情を浮かべて溜息のように言葉を漏らす
「テメェ・・・さっきからなんなんだ、予想外だの残念だの何だのと」
追い詰められてやけくそになったか苛立ちを込めた言葉遣いになる
しかしノヴァは何も言わず右腕をもたげた
「何だよ、やんのか?」
地を揺らすほどの魔力、その全ての統制がとられ完璧に制御されている
凝縮されたそのパワーがほんの少しでも地面に落ちればそこら一帯が消し飛ぶだろう
対するレイヴンは魔力が尽き もう石ころ一つとして『武装』できない
それでも反逆者は拳を握り
疲労で重くなった手で刀を構え
震える脚に力を込め、立ち上がった。
「いや、僕はもう帰るよ・・・」
「え?」
こちらこそ予想外の返答だった
驚きに固まる3人を横目にノヴァは、持ち上げた腕を宙に振るう
「今日は全力で闘う許可をもらってないのでね」
残念そうに言った瞬間
空間にヒビが入った
空気全体が揺れ、亀裂が広がり 穴が開く
「なんだよ・・・そのエネルギー どっから出てんだ」
その穴から宇宙空間が覗く
全能力を解放したノヴァは、直接【空間】という概念に干渉していた。
「一度でも決めた相手を殺さず逃した事なんてなかったんだがな」
空間の裂け目に足をかけ、宇宙に身を乗り出しながら不満げに眉を潜める。
「へ・・・なら帰らず今すぐにでも殺ればいいじゃねえか、死ぬのはお前だがね!」
真っ青な顔色でもレイヴンは牙を剥いて
震える手でノヴァを指差して笑った。
「やめなさいよ、挑発すんのは!」
その笑顔を背後からどついて止める
「イテェ!」
ゼルクも静かに顔をしかめて鞘で脳天を殴る
もさっとした髪の毛が沈んでいた。
「おっさんもかよ!」
「当たり前だ、命あってこその意地だろうが 意地の為に命を捨てるな」
もう完全に体力を使いきっているはずなのにレイヴンの表情は不完全燃焼と言わんばかりだ
目を離せば無理にでも飛びかかる獣のような、人間とは根本的に違う戦闘生物の血を感じさせた。
「準備が整い次第全滅させてやる、それまで他の奴なんかに殺されてやるなよ?」
「ケッ!お前からの気持ち悪りぃエールなんぞ無くても死なねぇしその内お前もぶっ殺すさ」
その言葉を聞いてノヴァは不思議と柔らかな表情になった
面白いものを見たような、純粋で凶悪な微笑みで頬を歪めた
しかし、もう一歩空間の裂け目に踏み込むと その顔から温かみが消え、一瞬にして元の無表情に変わる。
「笑える冗談だ」
空間の穴が閉じ、5m先にいるノヴァの姿は無限の彼方へ消えていく
そして何事もなかったかのように大地へ静寂の時間が訪れた。
「・・・一難去ったか」
ゼルクがしゃがみこんで一息つく
刀を杖のようにして体を支えていないと崩れそうなほどに息を切らせていた。
「レイヴン?」
その後ろでレイヴンの肩をリリィが揺らしている
心配そうに揺さぶっている隣でレイヴンは目を開けたまま人形のように動かなくなっていた。
「まったく、気絶寸前のくせにあんな強気にモノを言ってたのか」
呆れる目の前でレイヴンの体は糸が切れたように前に倒れこんだ。
「おっと」
リリィが倒れこむところを支え
ゼルクが駆け寄り、抱き上げ、そして肩に担いで立ち上がった。
「しょうがねぇな・・・よく頑張ったよ、お前は・・・」
死んだように動かないレイヴンの鼓動を感じながら微笑みかけた。
「ウチで休みましょう、今日はもう一日中闘ってたわ、私も気絶しそう」
その提案に頷くと二人は歩き出した
時刻はAM2時4分 丑三つ時に差し掛かっていた
影さえも沈み込んで見えなくなるほどの闇の中、3人は血を流しながらも生存したまま帰路につく事が出来ていた。
「ゼルクさん達は・・・これまであんなバケモノ達と闘ってきたの?」
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上記の者全てを撃破し、その全てが もうこの世にいない
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