世界を半分やるから魔王を殺れ

KING

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第32話「さらば愛しき平穏の日々よ」

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『超新星』ノヴァとの激しい戦いから3時間
気を失っていたレイヴンが目覚め、疲労で眠っていた ゼルク、リリィ、そしてリリィの両親を非常識に早朝にもかかわらず いきなり叩き起こして
休息を取りに帰っていたリリィの家、そこの居間に全員集めていた
ちょうどそこで大きな机を見つけ、ゼルクにも運ぶのを手伝わせると、部屋のど真ん中に配置した。
「さて・・・と」
そして家の主でもないのに堂々と上座に座り
顔色悪く明らかにまだ疲労が抜けきっていない状態のくせに偉そうにあぐらをかき
まるで軍隊の司令官のように胸の前で腕を組むと何やら話を始める体制に入った。
「なんだ、いきなり叩き起こしやがって」
長方形の机の左側に座るゼルクが呑気にあくびをしながら聞く
いつ魔王軍が攻めてきてもおかしくない状況で かなりの余裕を見せていた、達観しているのか 無神経なのか・・・
「そうよ、私なんか緊張でよく眠れてないんだから 敵が来るまで寝させてよ あと、お肌にもよくないし!」
拳を突き上げるポーズを取って反感する少女が一人
「まあまあ、リリィゆっくり聞こう 作戦会議でもするんじゃないか?それに戦うとなったら父さんも手伝うから」
少女をなだめる男性が一人
「作戦会議って言ったら何年ぶりかしらね『頂正軍』にいた頃はしょっちゅうやってたけど」
そしてその隣に女性がもう一人
「懐かしいなぁ」
全体的に緊張感が足りてない
机右側に座る リリィ シズク マクシム、の3人
リリィは眠そうな目で口をすぼめながら体育座りをしてレイヴンの話を待っていた。
「あー、えー、まあ皆んなを集めた理由ですけども・・・」
司会者のような話し方でレイヴンは言葉を始める
「行っておきたい事があって、集めました」
「なによ、言いたいことって?」
「まあ、待てよ今言うから」
寝不足でピリついているリリィに手で制止するようなポーズを取る
「言いたい事が多すぎて まだちょっと順序立てできてないんだけど・・・そうだな」
そう言いながら指を立てて数を数えていく
そして、指を4本立てたところで計算が終わったようだ。
「4つ言いたいことがある」
全員に見えるように指を立てるとゴホンと咳払いをして声を整える
「じゃあまず一つ目」
一本指を立てる
「心配してるようだけど魔族は攻めてきません」
サラッと言い放った
ゼルクやリリィも顔には出していなかったが かなり心配していたものを
今 目の前にいる奴があっけらかんと言い切ってしまった。
「え!?どういう事よ」
「それは本当か」
場が騒然となる
「はい!静粛に、静粛にぃ~!」
今にも掴みかかって来そうな皆、特にゼルクとリリィに対して、両手を広げて抑えるように言った
静かになると再び口を開く
「あのノヴァは、かなりプライドの高い奴だからな取り逃がした者は必ず自分の手でトドメを刺しにくる」
「そんなのあいつ一人の気分次第だろ、確信は持てるのか?」
ゼルクが疑り深く聞いてくる
シズクとマクシムも魔族の恐怖を知る者として神妙な表情だ。
「ああ、一応兄弟として150年以上付き合ってきたからな・・・あいつの頑固さ、というか執着心は魔界でも随一だ イかれてると言ってもいい 一度決めた事は何年かかろうとやりやがる しかも天才な上に努力家だ」
そう言いながら後に「ま、オレ様の方が天才だがね」と負けず嫌いに付け足した
そこで目を瞑り頭に指を当て何かを思い出そうとするポーズをとった。
「そう、あいつ能力も使えなかったガキん時に船・・・それも大型のやつにハマってた時期があってな、金払って一隻買った事があるんだ」
「そんなオモチャ買ってあげるみたいなもんなの?」
「まあ、うち魔界No.1の金持ちだし」
何やら昔話が始まる
魔族の能力が使えない頃、というのは本当に幼い頃だ
150年以上生きているレイヴンがそういうのだから人間の尺で言えば3代家族ができてしまう
相当ビッグスケールな兄弟の昔話
「そん時 まずはあいつ誰の手も借りず半年かけてネジの一本まで部品全部分解したんだ」
「そりゃいつの頃だ」
「能力使えなかった時期だからな・・・5、6歳の頃か」
「・・・異常だな」
その意見にその場の全員が納得しうなずいた
極端な天才のエピソードというのは一部異常性を感じるものだ
レイヴンは話を続ける。
「んで、その後 造船技術を学んでまた一人で組み立て直した 今度は3ヶ月で」
もうその理解を超えた行動に語る本人も呆れ気味だ
「で、バラして組み立ててバラして組み立ててを繰り返すんだ 別にクルージングに行くわけでもなけりゃ寄贈するわけでもなく解体 組立の無限ループよ そんで2年もする頃には飽きて今度は飛行機に手を出しやがった しかも その飛行機のデカイことデカイこと・・・」
手を広げて大きさを説明しようとしたところで・・・
「あー、もういい ヤメて、なんか聞いてて逆に頭悪くなりそう」
リリィが頭を押さえながらレイヴンの昔話にストップをかける
これだけ分解したりしてノヴァの能力が【分解】などにならず【空間】になったのが不思議だ
《分解や組立はただの趣味なだけで本当の興味は宇宙だ》とでも言うのだろうか
「ホントもう自慢の弟だよ・・・」
レイヴンの溜息を吐きつつ言うそのセリフはまるで嫌味のようだ。
「これだけ一つのこと、しかも全部一人でやるってことにこだわってる奴が オレ達へ直々に全滅宣言をしてきやがったんだ・・・オレ達の居場所を誰かに喋るってことはしないだろう」
その言葉は全て経験則から発されていたが
中々に説得力を持っていた
それもそうだろう、その経験則は150年以上から来ているのだから当然と言えば当然だ。
「信用できないかい?」
その言葉にゼルク達は目配せをする
「確かに、そこまで一人でやるって事にこだわっている・・・と言うか固執してるなら信じていいかもな」
ゼルクがそう言うと
「じゃあ私も」
リリィも小さく挙手してそれに続く
「じゃあ お母さんも、あなたは?」
「君とリリィが信じるなら俺も信じるさ」
この夫婦もかつての戦友や娘が信じるなら納得できるようだ
全員が首を縦に振ったのを見るとレイヴンは満足げに腕を組んで笑った。
「・・・さて、皆が100%とは言わないまでも信用してくれたところで、次 言いたい事言いますぜ」
「どうぞどうぞ」
促されるとレイヴンは人差し指と中指の二本指を立てた。
「じゃあ二つ目」
そして中指を握ると人差し指でゼルクを指差す
「おっさんの事で言いたい」
「俺か」
指を差されたゼルクも自分を指差し、確認する
まあ、だいたい自分でも何を言われるか分かっているだろう
「おっさん あんた、ちょっと見た目変わり過ぎじゃね?」
そう、ゼルクは数時間前のホークとの戦闘中 魔力の増大と共に突然若返っていた。
しかも左側頭部に一本の角、そして犬歯が魔族の持つ牙のように変形している。
「ノヴァと闘ってる時にリリィと一緒に駆けつけてくれただろ?」
「ああ」
「あの時おっさんの見た目がすっごい変わってたから《あれ?誰あれ?》って思ったからね、戦闘中だったから突っ込むのはやめたけど『永命刀』持ってたから察しがついたけど、見間違いかと思った」
「まあ、そう思うのには無理もねえさ、アレには当然ながら経緯があるんだよ」
そう前置いてゼルクは若返ったタイミング
どのように変わったか等、自分でもよくわかっていないなりに出来るだけ詳しく説明した。
「・・・なるほど、戦闘中に突然ねぇ」
相槌をうちながらレイヴンは顎に指を当てて原因に考えを巡らせる
元々人間と魔族は生物的に近い関係にあるのだが魔力と人間の体は水と油のように相性が悪く、拒絶し合う
なので普通の人間はほんの少しの魔力を体に取り込むだけで体細胞が機能しなくなり死んでしまうのだ
魔力をその身に受けても死ななかったゼルクやシズク、そしてマクシムなどは体細胞が魔力に適応したという事
しかし、相性の悪いもの同士が無理やりくっつけられているだけなので人間の使う能力は弱い
体に魔力を制御する器官、つまり角が付いていないためだ
シズクとマクシムはかつて中級魔族に敗北を記し深手を負った
特級魔族レベルのポテンシャルを持つゼルクや、魔力使いを両親に持つサラブレッドであるリリィでさえも魔力の総量だけを見れば中級魔族程度
しかし、今回ゼルクはその限界を遥かに超えていた
その力はホークの能力『ジェット・ラグ』の速度を上回り
『G.Iジョー』によって作られた銃の全方位一斉射撃を全て叩き落とし
その後少しの休憩を挟みリリィを引き連れノヴァとの戦いに臨む
この俊敏さ、反射神経、回復力、そして持久力
全て特級魔族と遜色がない身体能力だ
ゼルクは魔族化している
何がゼルクをそうさせたのかレイヴンは考えていた
ゼルクの何が他の魔力使いと違うのか・・・
永命刀か・・・いや違う
年齢か・・・いやそれも違うだろう
魔力を使うことへの慣れか・・・それが一番ありそうだがいまいち納得がいかない
「レイヴンと行動を共にしてるって事は何か関係ねぇかな」
その一言を受けてレイヴンの脳みそが何かを閃く
「あっ」
「どうした」
顎から指を離し ハッとした、まるでさっきまでわからなかったナゾナゾの答えが頭に浮かんで来たような清々しささえある表情だ。
「それだよおっさん、多分あんたの魔族化にはオレが関わってる」
「そりゃ、いったいなにが根拠で?」
「『武装』だよ」
それを言いながらタイミングを合わせて手のひらに魔力を集める
少量の魔力は、ぼやっと淡い光を放った。
「ほら、ここに来るまで結構怪我してきて その度オレが『武装』でおっさんの傷を塞いでやってきただろ?」
「そうだな、致命傷レベルの大きな傷だろうと【直して】くれた」
服をめくり腹を出す
無数に刻まれた傷、更にその上から上書きするように抉られた傷も大量だ
だが、割と新しい傷の上には乱暴に貼り付けたような肉が癒着している
治療と言うには荒々しい突貫工事した修理のようだ
レイヴンの細胞がゼルクの傷を塞ぐため『武装』されている。
「そうだ、おっさんの体は今 既に細胞の半分が魔族の細胞・・・つまりオレの細胞と入れ替わっている」
それを聞いたゼルクは少し、驚いたような顔を見せるが、すぐにいつもの仏頂面に戻って冷静な目つきを向けた。
「入れ替わって・・・って、お前の能力でくっつけたものは最初こそ馴染みはしないが時間さえ置けば自然と順応し 完全に一体化する、そのはずだろ?」
「そうだよ、だがおっさんは肉が繋がりきるより先に戦い続けている」
机を指でトントンと叩きながら頬杖をつく
「繋がりが中途半端なところで再び強い衝撃を与えるから おっさんとオレの細胞とが混ざっちまったんだ」
「無茶のし過ぎ・・・か」
目を瞑り天井を仰ぐ
その声はなんだか残念そうに曇っていた。
しかし、それに対比するように前に座るレイヴンの顔は笑顔だ。
「悲観することはねえ 魔族化は強くなりこそすれ見た目が変わる以外デメリットが無いんだぜ!」
そう言う顔は楽しんでいるかのようだった
自分の育てるゲームキャラが着実に強くなっているのを楽しむ少年のように目の奥にギラギラとした光がある。
「角ができることにより魔力総量、制御、全てが前より一つ上のレベルに上がっているはずだ しかもおっさんは完全に魔族化したわけではないから【永命刀】も以前のまま使える これは戦闘において相当な有利だ 世界奪還の夢がぐっと近づいたぜ」
握り拳を作りながら熱弁する
そこまで言われてゼルクもまんざらではないようだ
若返り、ハリの戻った頬を掻きながら口元を緩めた。
「確かに不都合はないし、以前より体が軽い・・・角の形が少し気に入らんが、まあそこまで推すなら 利用させてもらうか この新しい力を」
魔の姿を受け入れたところを見てレイヴンは何やら嬉しそうだ
自分の細胞が起こした変化を認めてもらったのが嬉しいのだろうか。
「ねぇ、お腹空かない?」
リリィがあくびをしながら唐突に申し出た 長話に飽きていつの間にか寝ていて 今しがた起きたようだ。
その嬉しい提案にレイヴンはサムズアップして応じる
「ああ、そうだな何か食いたいよ 20時間は何も食べてない」
しかし、空気を読める大人なゼルクは怪訝な顔つきだ
シズクとマクシムの方向に向き直って口を開いた。
「いいのか?このご時世どこでも食糧難だ 昔仲間だからって生活を削ってまでもてなさなくても・・・」
しかし、全て言い切る前にシズクがチッチッと舌を鳴らし、指を振って話を中断させる
「良いの、ウチは余裕があるし 想像も絶するような強さの魔族達からこの世界を守ってくれてるんでしょう?この国全体からの感謝だと思って遠慮なんかしないでいいのよ」
そう言って席を立つ
ゼルクよりも2つ年上だから41歳のはずなのにかなりのフットワークの軽さだ リビングの奥にあるキッチンらしき場所に歩いて行った。
「シズクさんオレ 手伝いますよ」
「あ、私もやる」
若気のある二人は席を立つと競うようにシズクの後を追って行った
ということで リビングにはゼルクとマクシムだけが取り残される形となった。
「ゼルク君とは、10年ぶりって事になるのかな」
静かにマクシムが話し出す
「そうなるな【頂正軍】では世話になったよ マクシム班長」
昔の呼び名で呼ばれ、少し照れるように笑う
「君は、昔 鬼だの問題児だのと騒がれていたが随分と丸くなったな」
思い出話が苦手なのかゼルクも微妙な笑い顔を見せて「よしてくれ」とでも言うように その大きな手を振った。
「本当、人間どうなるか分かったもんじゃない」
マクシムは少し皮肉と自虐の混じった 溜息のような言葉を吐くと目を細めた
訝しむような渋みのある目だ。
「ありがとう」
「何への礼だ?」
「全部にだ」
ゼルクは返答しない
しかし、表情が語っていた
何も聞かない旧友の間には無言の対話があった。
「おっさ~ん!酒飲むかい?」
ひょこっと台所から角と酒瓶を覗かせながら聞いてくる
「おう、今日はいっそもう酔っ払っちまおう」
キッチンに酒を取りに行き、受け取ると
今夜は酒で喉を焼く覚悟を決めた
机に戻ると ぼろっちいコップで酒を酌み交わし、口元に運ぶ
随分久しぶりに飲んだような感じがした
安い酒だが妙に旨い
そういえばレイヴンと会った5日前にも呑んでいたな、と思い出す・・・あの時月下で乾杯をした酒の味も同時に思い出した。
「ふぅ~・・・」
以降 特に会話も無いまま時間が過ぎていく
リビングにはキッチンでの料理を作る音と時計のカチカチという音だけが響いていた
壁に掛けられた、何時間も時間が狂っているただの飾りでつけられているであろう時計の針が一定のリズムで秒を刻む
その時計はまるでこの世界そのものだ
どれだけ狂っていても、歪んでいても地球はあいも変わらず巡り、廻り続ける・・・
「料理できたよー!」
シズクがお椀を持って言った。
「ん、ああ良い匂いだな」
ぼーっとしていると いつの間にか部屋中に良い匂いが立ち込めていた
しかし、妙に統一感のない匂いだ
日本料理なら落ち着いた塩っぽい匂いだったり 中華料理なら酢や油のような、それぞれの特徴的な匂いがしてくるはずだが この食卓には それが無い
まず運ばれて来たのは 人数分の白米と味噌汁だ
ご飯はさすがに新米などではないが米、そして味噌汁の優しい香りが鼻腔を包み込んだ
しかも米は山のように盛られ、味噌汁は水面張力を起こすほど並々と注がれていた。
「おっとととと!熱ィ熱ィ!」
熱がりながらレイヴンが両手になにやら大皿を持って現れる。
「ほいっ!グラタンとポトフお待ちィッ!」
大皿に乗せられた料理は 白米と味噌汁に似つかわしくないフランス料理が湯気を上げながら現れた
しかもまたもや大盛り、家庭的な料理だが量は明らかに大食い選手向けだ。
「ちょっ・・・もうちょっと皿を端っこによせて これテーブルに乗せらんないから」
そしてリリィが一際大きな皿を両手で支えながら持って来た
もう、近くに持ってこられただけで分かるこの刺激的な匂い・・・
「はいよ、麻婆豆腐!」
血の池地獄のように紅い麻婆豆腐だ、いったいどれだけ唐辛子を入れたのか
そして、やはり例によって大盛りである もうこの家の備蓄がより一層心配になってくるレベルだ。
「で、これがデザートの【ニルヴァーナ】ね」
一つ見覚えのない料理をレイヴンが置く
形状は細長く、甘い匂いがするが、真っ黒・・・言うなればかりんとうのようだが 湯気が立っている。
「なんだこれは、うんこか?」
汚いものを触るように箸でつつく
「やめろ、おっさん」
怪訝な顔をした
さすがのレイヴンでも自分の作った料理をうんこ扱いされてはたまったもんじゃ無い
「なんか横で作ってると思ったら魔界料理だったのね そんなに見た目酷いの?」
目の見えないリリィは逆に見た目に惑わされてはいなかった
しかし、盛んに匂いを嗅いでいる。
「でも、確かにおかしいわね 私の鼻は犬よりも敏感なのに何も匂ってこないわ」
料理を前に首をかしげる
「ま、いいわ食べてみりゃわかるでしょ」
そう言って正座する 背筋もピンと伸び育ちの良さが感じられる
皆んなが座るのを待つと嬉しそうに手を合わせた。
「じゃあ、いただきま~す」
「いただきます」
一度、ニルヴァーナとやらから考えを離し 食卓を眺める
あれはイレギュラーだ口に入れるまで何もわからない・・・だから他ごとを考えることにした。
和仏中魔 4国の料理が揃っているのは圧巻だ
それぞれの文化の違いが料理を通して伝わってくる
連日連夜の戦いが続いたおかげでまともに食事の取れなかった二人はやっとここで一息ついた顔に戻った
口に運ぶ料理の栄養が一つ一つ体に溶け込んでいくような感覚を覚えるほど飢えていた。
「じゃあ飯の途中ではあるが言いたい事その3を言うぜ」
頬張った物を一気に飲み込むと目つきは真剣そのものに戻る
口の側に米粒を付けた口を開いて話を再開させていく。
「次の目的地、そして目的についてだ」
腕につけたドクロをあしらった腕時計をいじると ドクロの両目から光が発され、ホログラフィーの地図を展開した。
そこにはアジア地方が大きく映っており
中国の位置に青い点、そこからまあまあ離れた所に赤い点がある。
「この青い点が現在地 つまり中国だ」
地図を指差す
そしてその指をホログラフィーの上を滑らせるように移動させると赤い点のところで停止した。
「ンで、ここが次の目的地・・・インドだ!」
キメ顔でそう言ったが皆 別段驚く様子もない リリィが「便利だね、それ」と言っただけに終わった。
「飛行機で6時間くらいの距離だな」
「大丈夫、オレなら2時間で着く」
レイヴンの翼はすでに時速1000kmに達していた
そこに『G.Iジョー』での強化を上乗せすれば更に速度は倍に跳ね上がる
そのスピードなら余裕を持って行ったとしても2時間は確実だ。
「時間の話はいい、インドへ向かう理由を聞きたい【永命刀】のような装具でもあるのか?」
「いや、次も目星をつけておいた魔力使いをスカウトに行こうと思ってんだ」
「一体どれだけいるんだ・・・魔力使いの人間は・・・」
自分含め4人の魔力使いに出会って もう大して驚かなくなっていた。
「インドってさぁ、移民の噂を耳にしたんだけど・・・この地球唯一の安全地帯らしいね」
世間話でもするように当たり前な感じに話に入ってくる。
合間で卓上のグラタンをスプーンで口に運び入れると、感覚の鋭い舌が出来立ての料理を熱がった。
「熱ッ!」と言いながらコップに浮く氷に舌を付けて冷やす
自分の家の料理なのだから冷め具合くらいわかりそうなものだが リリィは普段おっちょこちょいなようだ
「アジアはまだ魔族侵略が及んでないから比較的安全だ、って話は聞いたことはあるが インドの安全地帯って噂は耳にしたことが無いな」
ゼルクは実に20年以上昔に軍隊で受けたセミナーの知識を記憶の中から手繰り寄せ、思い出す。
魔族の急速な侵略はここ50年で起こったごく最近の事だ
計画としては100年以上前から進んでいたようだが・・・魔王軍が表面的に軍勢を動かし始めたのが50年前
世界はあっという間に魔の手に堕ち、人間が住める場所は現在アジアのみとなっている
だが、侵略は進行中である いつどこが魔の手に堕ちてもおかしくは無い。
「ああ、その事だが 実はアジアが安全なのは次にスカウトしようと思っている魔力使いの・・・いや、正確には魔力使いの軍隊のおかげなんだ」
「軍隊・・・って、まだ維持できている軍事力が残ってるのかよ しかも魔族を退けるほどの大きさだろ」
「にわかには信じられないわ、魔界は真っ先に人間の軍事力を潰すわよ」
軍隊という言葉に元軍人である大人3人が反応した。
「かつての人類最強戦力である頂正軍さえ5年 水面下での下準備のみだった、それ以上の動きをすると見つかって潰されてしまうからだ その軍隊はどうして大陸丸ごと取り返すなんて事ができたんだ」
軍に所属していた頃は隊長を務めていたマクシムはこの中で一番頂正軍の内情について詳しかった。
そして、作戦初期から関わっていた古株でもあったのでその情報は信頼できる。
「そうだな、現在革命を起こしている軍隊が本格的に動き出したのが・・・こちらの調べが正しければ3年 しかも1年半でアジアを取り戻している」
「そりゃあ、本当に人間の仕業か?」
その常識離れした情報にゼルクは思わず眉をひそめた。
「それよりもあんた達が驚きそうな情報があるぜ」
「もったいぶるなよ、お前も言いたくて仕方なさそうな顔してるぜ」
「へいへい、じゃあいくぜ」
サプライズのネタバラシを我慢できずに笑ってしまうようにレイヴンの顔は歪んだニヤケ顔だ。
腕時計のホログラフィーが画像を映し出す
そこには、無数の人間が定規で引いた線のように規則正しい隊列を作る写真が浮かび上がっていた。
「この軍の総人数は約200人 少数だが人間という種としては最高クラスの戦闘力を持った者の集まりだ」
写真に写る人間は全員服の上からでも分かる程盛り上がり 磨き抜かれた肉体を持っていた。
全員の表情に強者の雰囲気が漂っている。
「なんだか、お母さんからよく聞いてた頂正軍に似てるね」
この中で頂正軍に関わっていないリリィが別視点の意見を出す。
「まあ、あの軍隊は1500人規模だったけどね 選ばれし者の集まり、という点では確かに似てる」
母娘が話している間に画像が切り替わる
それは血に塗れた魔族が山のように積まれた凄惨な場面であった。
ぱっと見だけで 70 いや、100体は死んでいる
「こいつは凄いな」
あまりの光景にゼルクが驚嘆の声を漏らす
写真に写る死体の山の横では男がこれまた血塗れの刀を片手にタバコをふかしている
それを見て察しがついた。
「この数を殺ったのか」
「ああ、これは魔界への宣戦布告として手紙と一緒に送られてきた写真なんだが この魔族兵達を撃破した時 上層部の兵士たちは別行動を取っていたらしい」
「・・・つまり この数の魔族を倒したのは実力的には下位カーストの兵士ってことか」
「そうだ、ちなみに上級魔族3人が率いる300人の部隊と戦ったのが魔力に目覚めて1年に満たない魔力使い50人、という記録が残っている」
軍隊としての質が違いすぎる
一瞬 敵である魔族に同情してしまいそうになった。
確かに最強クラスの軍人達が魔力を扱えるようになれば 武器など必要なくなり 人間一人ひとりが兵器となる 理想的な軍隊だ。
しかも、魔族の軍隊はほとんど統制が取れない 能力の個性が強すぎてそれぞれが全力で戦おうとするとお互いの能力が足を引っ張り合ったりなどバラバラに戦い始めてしまうからだ。
どんなに力で優っていようとも 質が良く相手の弱点を一点に突ける統制のとれた軍隊の方が強い、いい例だ。
「そして、ここから注目よく聞いてくれよ」
耳を指差しながら もったいぶっていた話にようやくメスを入れる。
その不思議な緊張感に余り興味のないリリィまで喉を鳴らした。
「その軍のリーダーは、自らの軍隊を【真・頂正軍】と名乗っている」
その名前にドキッとした。
レイヴンはその顔を見て「そのリアクションを待ってたんだよ」と言わんばかりのスマイルだ。見ていて腹がたつ
「その全員200人が魔力使い さらに、戦闘時の記録を見るに【真・頂正軍】のほとんどは中級魔族と同等の力を持ち、上層には2人の上級魔力使い、そしてリーダーの力は特級レベルだ これが写真ね」
言いながら腕の機械を操作して また画像を切り替える
ホログラムに映ったのは若い男の顔写真だ。
灰色の髪に灰色の瞳 日本人だと言われればそう思うし イギリス人と言われても納得がいく、つまり人種がはっきりとしない顔つきだ
そのミステリアスな男の顔を見て元軍人夫婦とゼルクは目を指でこすってもう一度写真を見直した。
「ん?こいつ見たことあるような気がする」
「やっぱりあなたもそう思う?」
「誰だ、絶対見たことあるんだが 思い出せない・・・」
妙な既視感に囚われ3人とも食い入るように画面を見つめて頭を抱える
その様は簡単なクイズの答えをど忘れしたような そんな感じだ。
レイヴンはその解けそうで解けない問題にヒントをくれてやる いや、答えと言った方が正しいかもしれない。
「そいつの魔界での呼び名は【灰色鳥】戦闘方法は独自の剣術【飛鳥流】だ」
その剣術の名前を聞いた瞬間ゼルクの口内がギリリと音を立てた 生えたばかりの牙と犬歯がこすり合わされた音だ
鳩が豆鉄砲をくらったような表情になり、ふいにコップの酒を一気に飲み干した。
「ふぅ・・・全くもって昨日から驚きの連続だな」
落ち着きの表情を取り戻すと腕を組んで目を瞑る。
「旧友が魔力使いになってたり その子供が魔力使いだったり 俺が魔族になったり 強くなったと思ったら3人がかりでも抑えられないレイヴンの弟と戦ったりと・・・そこまでやって極め付けは、俺の恩師が生きてるって知らせをこんな形で聞くことになるとは」
そして目と口を同時に開く
「アッシュ=クラムビリ 俺が知る限り最も武術を極めた人間・・・そして元頂正軍の総統だった男だ」
その字面だけでも物凄い印象を受ける人間の名を聞くとシズクもマクシムも思い出す
かつて上司だった者だ それと同時に違和感を感じていた。
シズクが画面に映るアッシュの顔をじっと見つめると睨むように目を細めた。
「彼も生還していたのね・・・でもおかしいわ、彼 私が21の時すでに40歳だったはずなのよ それから20年経ってる」
シズクはそう言いもう一度写真を見るが、写真を見る限りとても孫がいてもおかしくない歳には見えない
写っているのはサラサラで耳を隠すような長めの髪に、濁ったような色をしているが輝く瞳 極め付けは肌の張りだそれはどう見ても10代の物のようだった。
「彼が今も生きているっていうなら60歳なはずよ でも、どう見てもこのアッシュは41歳のわたしやマクシムより断然若いわ」
だが、そう言っているうちに一つの可能性が思い浮かんでくる
突然の若帰りを体験した者がすぐそばにいるのだ。
「アッシュも何かしらの方法で魔族の細胞を取り込んだんじゃないか?」
マクシムがゼルクを見ながら言った。
だが、そうだとしてもどうやって手に入れたのだろう その疑問にレイヴンが説明を入れないところを見るにきっと魔界でもそれは謎なようだ。
「そう、魔界で真・頂正軍の話は有名だ なんたって魔族から見りゃ一国を所有するテロリストなんだからな」
レイヴンの言葉は魔族からの視点での解説だ
彼の強みはただの戦闘力のみではなく元魔族の王子という立場を持ち、普通の魔族では知り得ない情報を持っているというところ
魔界の内情を知り、魔界から見た人間の動きを知っている
彼の情報は核心をつき続ける。
「そして、さっき言ったようにオレはゼルクと共にインドへ向かい この頂正軍の奴らを全員仲間に引き入れる これは決定事項だ」
あらかじめ書かれていたレポートを読むようにスムーズに言葉を終わらせるとレイヴンはゆっくりとうつむいて目を瞑った。
うつむいたままで、誰の位置からもよく見えなかったがさっきまでの落ち着いた表情とは対照的にどことなく気が張っているような表情になった。そして、その視線はリリィに向けられていた。
「それじゃあ、これから最後の話をする」
レイヴンは考えていた、これから話す内容で彼女を・・・リリィを悩ませてしまうだろうと
レイヴンは自分のことよりも他人のことでめっぽう悩むタイプだ 大雑把な性格に見えても善人の心を傷つけることを何よりも恐れている 傷つけるのではと考えると思わず言葉に詰まってしまうのだ。
だが、黙っていては先に進めない 動かなければ何も変わらないので 重々しく口を開くことにした。
「リリィ、君にこれからの戦いについて来てもらいたい」
発された言葉は二度目の受難の道への誘いであった。今度はゼルクが止めることはない。
一時の静寂の後リリィは はっとして目を開く
しかし、彼女もこう言われる事を予想していたのだろう すぐに冷静な顔に戻った。
両側に座る両親は声こそ出しはしなかったが心配そうだ 両親に囲まれて彼女は下唇に指を当て視線を落として考えた。
「少し・・・考える時間が欲しいわ」
やはり短時間では決めかねる事案だ
リリィは時間を要求した。
「ああ、すぐに結論は出さなくても良いぜ しっかり考えてくれ」
そう言い、レイヴンは席を立つ。
「ただし・・・オレ達は今から2時間後つまりは午前7時にこの地を立つ 短い時間で悪いがそれまでに結論を出しておいてくれ」
「そんな・・・」
レイヴンに言われた時間の短さに思わずシズクが声を出してしまった。
2時間・・・革命への参加を拒否し 平穏の日々を過ごすか 家族に別れを告げ受難の道を歩むか その選択をするにはレイヴンの提示した時間は余りにも短すぎる リリィの心臓は否応なく昂ぶっていた。
「・・・俺はやめておけとは言わないが、一つ言っておく 悔いの残らないよう選択しろ」
そう言い残してゼルクも席を立った。
「それじゃあ2時間後、この先にある廃ホテルの屋上で待っている」
レイヴンは彼女ら家族だけでしっかり考えられるよう部外者である自ら家を後にする事にしたのだ。
一礼するとドアを開けて部屋から出て行く 足音が遠ざかっていき 玄関を開ける音で家から出て行ったことが確認できた。
彼らが出て行った後もしばらく沈黙が続いた。
「まず、片付けましょうか」
「ああ」
シズクがそう言い マクシムが頷いた。
リリィは何を話すか迷いながら机の上に並んだ食器を片付け 自分はどうしたいのか悩みながら皿を洗った。そうしている間にも刻一刻とリミットは迫る
2時間の短さを肌で感じた。
そして、片付けが終わると再び机の側に集まる
今度はシズクとマクシム二人が並んで座り 反対側の席にリリィ一人という形で座った。
リリィはこの状況が魔族と合間見えた時よりもずっと緊張していた。
「リリィ、あなたはどうしたいの?」
「うん・・・」
リリィは力なく頷く
沈黙を破って発された母の言葉にとっさに答えを返せなかった。
「シズク、まだ結論を出すには早い」
リリィの様子を見て まだ答えが固まりきっていないことを察するとマクシムがフォローを入れる。
「私は・・・」
リリィはレイヴンからの勧誘を一度断っていた。父親が寝たきりの状態で側から離れるわけにはいかなかったからだ。愛が彼女をこの国に縛り付けていたのだ。
しかし、今 その父親マクシムはいわゆるショック療法で全快している 魔力も使えるようになってリリィが守る必要はなくなっていた。
そして彼女の正義感は家族への愛に負けず劣らず・・・いや、家族を守ろうという愛ゆえに正義感が強いのだ 家族を守るためなら彼女は龍と化す。
「私は・・・」
リリィは判断を下せなかった。
世界を救うという事は家族を守るということにもなりうる しかし、世界を救う為にはこの国を離れなくてはならない
【家族を守る為に家族の元から離れる】このジレンマにリリィはすっかり陥り、言葉が出なくなっていた。
「リリィ、お父さんとお母さんの事好きか?」
悩むリリィにマクシムが一言かける
「・・・うん」
ほとんど反射的に頷く
「ゼルク達について行きたいか?」
その問いを受けてリリィは口を固く結んだ。
答えられない 答えたくなかった。
言ってしまえばこれまでの愛しき平穏がどこかに行ってしまう それがどうしても怖かった。彼女はまだ18の少女だ、明確に世界を意識したことなどこれまでなかった。
「わたしは・・・リリィにここに残ってもらいたい」
シズクは胸の内を明かす
その目は少し潤んでいた。
リリィはその感情を目が見えない身体でありながらも的確に感じ取っていた。
「まだあなたは子供、あんな危険な魔族との戦いに送り出すわけにはいかない・・・わたしは親としてあなたを見殺しにするようなマネはできない」
声が震えている
心臓の音さえ聞き取ることのできるリリィにそれは堪えた。嫌という程感情が脳裏になだれ込んでくる。
「お母さん・・・やっぱり私・・・」
魔族の恐ろしさを知る者の涙の説得は揺れるリリィの心を傾けさせるには十分だった。
「決断を早まってはいくら正しい道を選んだとしても納得できない」
決断にマクシムが水を差す
軍人らしいクレバーな声を響かせて娘を諭すように優しく。
「最初は決断せずともいいんだ、自分が何を思うのか全部言ってごらん 大丈夫まだ1時間半も残っている」
マクシムはあくまでリリィの意見を尊重しようと考えているようだ。
ふう、と深呼吸を一度すると締め付けられるような胸が少し楽になった。リリィは自分の考えを口にする。
「正直お母さんの言うように私程度が行ってもなんの役に立たないかも知れないし ここに残っていたい気持ちもある」
「だったら・・・」
結論を急ぐシズク
しかし、マクシムがシズクを手で制し 口を塞がせた。リリィが自分のペースでことを述べられるようにとの配慮だ。
「でもね、今はここに残りたいのと同じくらいにレイヴン達について行きたい気持ちがあるの」
その言葉に両親は驚いていた。だが、リリィの表情は先ほどまでの緊迫した雰囲気と打って変わって力がこもっている。
「私こんな気持ち初めてよレイヴンやゼルクさんを思うと胸の中で正義の意思が燃え上がる!」
まるで熱された鉄ようにリリィの心は熱くなっていた。
握りこぶしを作り、口元に力が入る
「でも・・・」
しかし、すぐに眉間の糸が切れたように情けなく眉毛が下がった。
「私どうしたらいいかな・・・」
気弱なその顔を見るとマクシムは「仕方がないな」という風に口角を上げる。
「リリィ、お前はこれまで俺たちの為に戦いしかも今日はこの国を守って戦ってくれたどうだリリィ、今度は世界を守ってみないか?大丈夫だお前ならきっと英雄になれる」
かつて世界を救えなかった戦士が世代を超えて夢を託そうとしている。
家族を守る平和か世界を守る受難か
父の言葉を受けてリリィの心は一つの結末に集約しようとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
AM7:00
幽霊が出そうなほど寂れた廃ホテルの一室で2人いる男のうち片方が立ち上がった。
「おっさん」
「ああ、出発だな」
雲の隙間から朝日が漏れ出している 約束の時間が来た。
壊れかけのベッドに寝転がるゼルクはゆっくり腰を上げ、レイヴンの隣に立つ
部屋の錆びついた木のドアを開け、外に出て避難用階段を上る。
「来ないな リリィ」
「もうすでに約束の時間は来ている 家族との平穏を選んだんだろう」
ゼルクがそう言うとレイヴンは残念そうな顔をしてため息をつく
しかし、すぐ取り繕ったように笑って見せた。
「だとしたら是非幸せになってもらいたいもんだ」
「俺たちが魔王を倒せば自ずと世界は幸せになるだろ」
「そうだな、そのためにゃ強くならねば!」
そう意気込むと一気に駆け上がる
螺旋状の階段を全速力で、風が頬を撫で髪を撫でた。
リリィがどちらの道を選んでもレイヴンは満足だった。着いてきてくれれば当然嬉しかったし 着いて来なければ一つの家族を守れたその事実が嬉しかったのだ。
爽やかとはいかないまでも魔族の心臓はこの感覚に喜びを感じていた。
階段を踏む力が強くなる。
「オレが一着ゥ!」
「なんだ、競争していたのか」
息が切れるより先に屋上に着いた。
ゼルクが追いついて屋上に上がってくると、レイヴンは背に魔力を展開させた。
「じゃあ飛ぶぜ、掴まりなおっさん」
手を差し出す
その背には巨大な黒翼が広がっていた。
「お前の飛行乗り心地悪いんだよな」
愚痴を垂れながらもゼルクは強く手を握る。
「文句言うなら海のど真ん中で手を離すが いいか?」
「冗談だ、安全飛行で頼む」
「了解」
ゼルクを小脇に抱えると大きく羽ばたく
一回の羽ばたきで2人合わせて160kgの体重が大きく飛び上がった。
バサバサと大きな風切り音を響かせながら真っ黒な雲に向かって上昇していく。
大地が離れるごとに色々思い出す
喫茶店で金がなかった事、食い逃げを捕まえに走った事、リリィと出会いそして勧誘をすげなく断られた事、ホークとゼルクが闘い パニッシュとシンにリリィと共に立ち向かった事、アーミーとの長時間にわたる戦闘と駆け引きの事、リリィの怒りと涙、そして 圧倒的力の差を見せつけたノヴァの事も・・・だが、最後に悩むリリィの表情を思い出してしまい 胸が苦しくなった。
飛び立った屋上が小さくなっていくのを見ながら大きく息を吸い そして叫ぶ
「世界が平和になったらまた来るぜッ!」
大声を出してスッキリした。
地に向けていた視線を空に切り替えて加速しよう
そう思った時だった。
「ねえ!その世界平和、私にも手伝える事あるかしら!!」
地表から張り上げられる女の声が聞こえた。
知った声だ
「なんだ、結局来るんじゃねえか・・・!」
レイヴンはそう呟くと勢いよく振り返る。
約30m下方そこに立っていたのは背に大きなリュックを背負ったスレンダーな少女
そう、リリィだった。
「リリィッ!」
「叫ばなくったって!心臓の音まで聞こえてるわよ!」
こちらに指をさして笑っているリリィの姿を見て レイヴンの顔も笑っていた。
嬉しいのだ、このサプライズが想像以上に心に刺さっている 間欠泉のように溢れる感情に口角の緩みが抑えられない。
「レイヴン!私決めたのっ!」
彼女は大地を蹴って飛び上がる 地面に亀裂が入り、ものすごい騒音を響かせた。
空気を突き破ってレイヴンのいる高さまで跳んでくる姿はまるで龍のようだ。
「私ヒーローになるっ!」
「そいつは良いな」
レイヴンは満足げな顔で飛んできたリリィを片手でキャッチする。
今度は彼女を左側に抱えると今度こそ空に向かって加速する。
「お前は来るのが遅いんだよ!」
「しょーがないじゃない!イキナリなんだから準備に手間取ったのよ!」
むくれながら背のリュックをポンと叩く。リリィ本人よりも大きく膨れている。
「それ全部お前の私物か!?」
「そうよ、着替えとか持っていかないと無いんでしょう?」
「ゼルクのおっさんを見習え!刀一本しか持ってないぞ 服は全部現地調達だ!」
「私は年頃の女の子よ、動きやすくてカワイイ服じゃないとヤダ~!というかもっとゆっくり飛んで 私 感覚が鋭いからジェットコースター的なもの苦手なのよ」
「知らん!」
そう言って意地悪にもレイヴンは加速した。
「ギャァアアアアアア!!!」
つんざくような悲鳴は時速500kmで空を駆け抜けていく。
ゼルクも抱えられながら静かに微笑んでいた。
ここでまた運命という精密機器に新たな異物が入り込んだ。
その異物は運命の歯車にすり潰されるのか、はたまた運命を壊すのか。
新たな人類の希望は龍の蹴りを放つ18の少女であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

外からものすごい騒音が聞こえてきた。
それに耳を傾けて夫婦は娘の旅立ちを予感する。
「見送り、行かなくてよかったの?」
シズクが問い
「行ったらリリィの決心が揺らいでしまうだろ」
マクシムが静かに答えた。
「これで・・・良かったのかしら」
「良いんだ リリィが決めた事だ」
「そう?あなたの言葉に従ったように見えたけど」
「いや、あれはもうリリィの中で答えは出てたな 見たろ?あいつここに残りたいと言った時よりもゼルク君達について行きたいと言った時の方が表情が明るかった 例えどんな道でも子が進みたがってるなら喜んで背中を押してやるのが親の務めだ」
マクシムは言い切ると照れるように頬をかいた。
「なんてね」
それを聞き、見てシズクも納得する。
2人の親は子の旅立ちを悲しみもせず喜びもせず
ただひたすらに無事だけを願っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「必ず帰ってくるわ」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないで~す」
遠く離れていく故郷へ彼女は振り返らなかった、泣かなかった。
なぜなら彼女はヒーローなのだから 

さらば愛しき平穏の日々よ。  

To Be Continued→
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