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第34話「殺し屋はギャンブルがお好き」
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中国を発ってどれ程の時間が経った事だろうか
乗り心地の悪い翼に揺られて太陽の光を浴びながら代わり映えのしない雲の上を滑るように飛行していく。
「おっさん、起きてくれ」
いつものおちゃらけた感じの無いレイヴンの声に目を覚ます。
ゆっくりと目を開け、雲の下に覗く景色を眺めた。
「・・・なんだ 凄いなこれは」
眼下に広がるのは 朝日に照らされた国だ
ゼルクは今、国を見下ろしている やっとインドに着いたのだ。
しかし、感動するよりも先に驚いた
遠海から遥々渡ってきた国は、こちらの侵入を拒むように巨大な半透明の膜に覆われていたのだ、遠くどこまでも広がる球体の膜は表面に稲光を散らしている。
「これ全て魔力で出来ている壁か」
「壁っていうより膜だな、防御力で守るというよりも触れる事で能力が発動するタイプだろう」
もう目と鼻の先にある国を見下ろしてやきもきする。
「しかし、一国を包む程のデカさだ あまり複雑で強力な能力は付与できてないとオレは思う、触れた相手がどこにいるのか感知できる能力とかかな・・・そこでだ、おっさん あんたの刀で膜に穴開けてくれ そこから侵入する」
「別に気づかれても良いんじゃないか?俺たちは敵意を持ってないし同盟を結びに来たんだろ すぐ会えた方が手っ取り早い」
「そうもいかねえさ 3人メンバーの内2人の頭に角が生えているんだぜ?」
角を撫でながら背に負った唯一角の生えていない仲間、リリィを見る 昨日の疲れが取れていないのかぐっすりだ。
レイヴンの魔力でできた羽毛に包まれて寝息を立てている。
「もしもあちら側に遠距離攻撃の出来る能力者や兵器があればこちらは問答無用で撃ち殺される わざわざ事を荒立てる必要はねぇさ」
レイヴンはゼルクの腕を掴んで下に体をブランと垂らす 蛍光灯の紐のようだ。
「こっそり忍び込んでこっそり軍のトップと話をつければ良い話 まだ時間はある じっくり行こう」
そういうレイヴンはやはりというか何というか笑顔・・・レイヴンがその顔をしているのならもう平気だ
信じられる。
「しょうがねぇな・・・行ってやる」
「気づかれんよう『感覚』を奪えよ」
レイヴンはそれを言うと手を離す
途端にゼルクの身体は重力に従って落下していった。
陸までの距離はまだ600mはあるが、壁までの距離は20m
落ちていく中、風の感触に身を任せ ゼルクは刀を抜いた。
鞘から抜け出た刃は宝石のように輝きを放ち、構えられる そして振り上げ 狙いを定めた。
これはタイミング勝負だ、壁に触れればすぐ気づかれる
ここは足場がなく踏ん張りの効かない空中、上手く刀を操れず 慣れない落下中での攻撃は失敗する可能性が高い・・・だがそれは凡庸な魔力使いだったらの話である。落下のスピードはゼルクにとっては静止しているも同じだ タイミング良く刀を振り下ろすのは彼にとってかなり容易い事であった。
寸分の間違いもなく間合い丁度で放たれた斬撃は膜の一部を削ぎ落とした。
魔力の膜は消滅していきながらも切られたことすら感知していない 感覚を根こそぎゼルクが奪ったのだ。
音もなくその薄い魔力膜は円状の穴を開けられた 大きさは人が2人通れるほどの大きさだ ゼルクはそこを通り抜けて地へ落下していく。
「よーし!よくやった、オイ起きなリリィ」
背に手を回し、リリィの頬をペシペシと叩く
「・・・ン、インドに着いた?」
まだ眠たそうに目をこすりながらリリィは目を覚ます。しかし、その耳に聞こえたのは街のザワつきなんかではなく高速で落下するような風切り音だった。
「いいや 今から行くんだぜ!」
「ウォアアおおおおおお!!?」
朝一番、お目覚め一発目の高速落下中リリィは絶叫しながら必死にレイヴンの肩に掴まる。
「はははは!バッチリ目が覚めたな?行くぜインドの地へ!!」
時速500kmゼルクが開けた穴を通って膜の内側へ抜ける。
「そらよっと!ナイスキャッチ オレッ!」
落ちていく途中のゼルクを空中で拾うとそのまま地上へ向かった。
リリィはもう叫ぶのをやめたがレイヴンの背中に顔を押し当てて出来るだけ落下速度を感じないよう努めていた。
「Oh!背中に当たってるぜ お前結構胸でかいな」
「・・・地上に降りたら覚えてなさいよ」
「ははは、いいじゃん減るもんでもなし」
そう言いながら騒ぎをおこさぬよう人気の無い場所を探して降りていく。
「さて、お待ちかねの到着だ」
ゆっくり羽ばたいて減速しながら地に足をつける。
降り立った場所は森だった。
レイヴンは抱き抱えたゼルクと背負ったリリィを下ろすとグーンと背伸びをする、長時間の飛行で固まった体はポキポキと音を立てていた。
「これからどうする?」
ゼルクが訊ねる。
「街に行って【頂正軍】の情報を集めよう この国を拠点に活動してるからすぐ見つかると思うが」
「そうだな、入って仕舞えばあとは楽だろう」
遠くに見えるビルを見ながら言った。
「あと、リリィお前のリュックに布と金入ってるか?」
車酔いしたような顔色のリリィに訊ねる
そう聞かれてふらふらと大きなリュックを下ろして中を漁った。
「あるけど」
「布はタオルでもいいから二枚出してくれ」
リリィは促されて自分のリュックからタオルと中国の通貨 人民元を出した。
レイヴンはそれらを受け取り、各個両手にとる。
「この国は唯一の平和国故に移民が多い だから多分通貨の両替制度があるはずだ」
「あ~、なるほど 私お金どうするのかちょっと心配してたのよね」
「タオルは何に使うんだ?」
そう聞かれ、レイヴンは手に持ったタオルを頭に巻く。
「角のカモフラージュさ おっさんも巻いとけ」
タオルを投げ渡す
「・・・そうだったな、まだ角の存在に慣れてなくて忘れてたよ」
ゼルクはそれをキャッチするとターバンの様にして巻く きつく締めると角が布を突き破ってしまうから優しく頭に装着させた。
「じゃあ街に行って何か食べましょ、叫んだら私お腹空いちゃったわ」
自分の体ほどあるリュックを揺らしながらリリィが歩き始める、男2人もそれに着いていく。
魔族のいないこの国にて【真・頂正軍】捜索が始まろうとしていた。
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「ええ、はい見つけました」
1人の男が路地裏でドクロを模した腕時計に話をしていた。
ゴミバケツの上にだらりとした姿勢で座っている。
「既に侵入も完了しています・・・はい、大丈夫です」
力の抜けた垂れ目に白髪のショートヘア 口元には笑みを浮かべていた。
大人しい顔つきに対照的なのはその派手な衣装だ ラスベガスのカジノでディーラーでもやっていそうなラメの散りばめられた 黒と白の網目模様のスーツ、仄暗い路地裏で1人輝いていた。
「仕事はキッチリやりますよ、なんせプロなんでね・・・では」
ピッと音を立てて通信を切る。
そして、もう一つ彼には特徴があった。
「おい、そこで何してる」
路地のさらに奥から声をかけられた。
首だけを曲げてそちらを見る
そこには髪はボサボサ、髭は伸び放題の中年の男が立っていた どうやら浮浪者の様だ。
「なんだ、居たのか・・・私としたことが見落としてたな」
その台詞は感情が気薄だ。
「オイ、あんた何言って・・・ってお前 その頭は・・・」
浮浪者は暗い中最初は気づかなかったものの彼の顔を、いや頭を見て絶句した。
角だ、耳の上から前に向けてまっすぐに生えた角を有している。
「お前・・・魔ぞ・・・く」
「まったく、人間に優しそうなこの国でも浮浪者がいるのか・・・どこにでもいるものなのだな社会からはじき出された逸れ者は」
喋る彼の口からはやはり牙が覗いている
ゴミバケツから腰を下ろし、ズボンの尻の部分をパンパンと叩いて汚れを払う。
その冷徹な垂れ目は浮浪者をしっかりと見据えて離さない 睨んでいるわけでも無いのにその目からはとてつもなく強大な危機感を与えられる。
「目を合わせただけで怯えるなよ、傷つくじゃないか」
まるで蛇に睨まれたカエル、今日死ぬとはさらさら考えていなかった者にとって天敵との遭遇は衝撃的だろう
それにここは魔族の一切の侵入を許さない人類最強のガーディアン【真・頂正軍】の護る国
安心しきっていた心にこのいきなりのエンカウントは相当のショックだ、現に浮浪者は腰を抜かして動けなくなってしまっていた。
それに垂れ目の魔族は歩み寄っていく なおも目線は逸らさずに。
「なあ君、わたしと一つ賭けをしないか?」
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「おお~すげえ、人がいっぱいる」
行き交う人々!壊れていない建造物!
賑わう街にレイヴンははしゃいでいた こんなにまとまって人を見るの何日ぶりだろう。
雑多な人混みの中、出店を覗きに行こうと前に踏み出した時、目の前を馬車を引く馬が通って行った。
「流石に車とか交通機関は整ってないな 通行手段は馬とか牛に車を引かせているのか」
「シュールだな」
そこらを見れば牛を曳く者 道に寝そべる犬 ほとんど放し飼いの鶏
この国は生活と動物が同居していた。
「有り金全部両替したら40000インドルピーになったな」
ペラペラと紙幣を指で弾きながら数を数える
ちなみに1インドルピーは2円程だ。
「有り金って・・・お金持ってたの私だけじゃん」
「しょうがねえだろ、オレは戦ってるうちに身体ごと財布吹っ飛ばしちまったんだから」
レイヴンは両ポケットの中身を引っ張って何も入ってない事をアピールする。
「まさかゼルクさんも持ってないとはね」
「すまない、俺もどこかで無くした」
その落ち着き払った声は逆に本当に申し訳ないと思っているのか疑わしく思わせた。
まあ、無いなら無いで仕方がない と無理やり納得してどこか休めるところを探して歩き出す。
「ねえ!そこのお兄さん車に乗せてやろうか?」
「なんだ?」
その時だ、レイヴンは突然向けられたバカに明るい声に振り返る
発声源出はギシギシと軋んだ音を立てるボロボロのリヤカーを引く男だった。
歯茎を剝きだすような笑みでこちらへ近づいてくる。
「20000インドルピーで市内どこでも連れてってやるよ!」
その男の着ている服はそこらを歩く人々と比べて貧相だ 変色したポロシャツに破けたジーンズを履いている。
「乞食だ相手するなよ」
少し遅れて振り返ったゼルクが冷たく突き放すように言った。
しかし、レイヴンは少し注意を引かれ、足を止めていた。
男と目がバッチリ合った。一度目が合うと今度は立ち去りづらい
「レイヴン どっか茶店でも見つけて休みましょうよ」
「ん、ああ」
止まっているところをリリィに袖を引っ張られて やっと歩き出そうとしたその時だ・・・
「ねえ!ねえ!靴磨いてあげようか!?」
道の端から1人の若者の声が上がった。
「こっちでアクセサリー買っていきな!本物だぜ、安くするよ!!」
「チップちょうだいよチップ!なにか恵んでよ!」
ワラワラとどこにこんなに人がいたんだという程の人数が我先にとかけてくる。
その結果1分もしないうちにレイヴン、ゼルク、リリィを中心に取り囲む3つの円が出来上がった。
集まった者は皆リヤカーの男と同じように薄汚れた服を着ている。
「ホラ、これ!この服3枚2000インドルピーで売るよ!」
肌の黒い男が馴れ馴れしく服の生地を顔に押し当ててくる。
窒息させる気か、とツッコミを入れながらレイヴンはそれをひっぺがす。
「おーい!おっさん、リリィ無事か!?」
そもそも金を持っていないレイヴンは押し売りを無視しつつゼルクの方を見た。
どうやら皆んな同じように人に囲まれてしまっているようだ。
レイヴンは「一休みするまでもうちょっと時間かかりそうだな」と呟いてから人をかき分けて【押し売り包囲網】を抜けていく。
「おれさ!フランスで散髪の勉強したから腕には自信あるんだぜ!どうだいにいちゃん、髭剃ってやろうか!?」
「いや、うちで占いやってきなよ!一回800インドルピーだよ!」
「そんなのよりうちで野菜買っていきな!どこよりも新鮮な自信あるよ!!」
根性のたくましい商人にゼルクはもみくちゃにされていた。
だが、その顔はいつもの緊張の面持ちとは違う、今は無防備に人の波に乗って揺れていた どこか喧騒を楽しんでいるようにも見える。
「すまないな俺は一銭たりと持ってないんだ」
人混みの中心地で手を広げ、ポケットの中も見せる。
現在ゼルクは『永命刀』以外何も所有していなかった。
「なんだぁ、無駄足かよぉ・・・」
「ケッ 綺麗な刀ぶら下げて勘違いさせやがって!」
金を持たないとわかった途端口々に文句を垂れながらその場を離れ、リリィやレイヴンの周りに駆けて行く、分かりやすい奴らだ。
そして、今一番人気を集めているのはリリィだった。
「お嬢ちゃんこのアクセサリー似合うと思うんだけど!」
「いやいや、俺ンところの服の方が絶対似合うね!」
モテモテだ、この中で唯一金を持っている上に何と言っても美人である。集まった人の中にはナンパ目的の男も何人か紛れているだろう。
本人のリリィはというと10人以上の男に囲まれてうろたえている
これまで人口密度の極端に少ない街で生活していた彼女は同時に10人以上の人間と顔を合わせるのは初めての体験で、人酔いを起こしていた。
「ほら!このワンピースお嬢ちゃんかわいいからきっと似合うよ」
頭の薄いオヤジが人懐っこいスマイルで布の薄いワンピースを勧めてくる。
だが、よく見れば繊維が細かすぎて薄っすら向こう側が透けて見えている、これを着ればたちまち痴女のスケスケファッションだ。
どうやらオヤジの笑顔はただのすけべ顔らしい、だが盲目のリリィにはその顔は見えていない。
「おお!そうだ、きっと似合うよ」
「まるでお嬢ちゃんにあつらえたようだな!」
すけべオヤジの魂胆に勘付いた周りの男達も一斉にリリィへスケスケのワンピースを勧め始める。
これだけの団結力に ここのスケベ共だけで魔族をも倒せそうな情熱を感じる。
「えへへ、そうかなぁ?」
当のリリィはまんざらではないようだ これまで褒められたことがないのか、と思うレベルにちょろい
いや、きっと親以外に褒められたことがないのだろう、言われた褒め言葉の100%を真に受けて喜んでいる。
ご機嫌な表情のまま服を受け取って身体に合わせてみてサイズを確かめる。
「わ~、軽くて動きやすそう」
そう、彼女は盲目 人の動きや空気の動きのような大きな動きは鋭い感覚で捉えられる、服の生地の厚さは分かっても透けているか否かは認識できないのだ。
さらにタチの悪いことにリリィはデザインよりも着心地で服を選ぶタイプであった。
目が見えない上に彼女は我流の武術家 動きやすい服ならなんでもいいと思っていた。
「これいくらですかね?」
財布に手を伸ばした途端周りから歓声が上がる 改めてスケベどもの塊だここは。
「悪い事は言わん、買うな」
だが、その中で欲望から目をそらして彼女の腕を掴み止めた者がいた。
「ええ~、私これ気に入ったのになんで止めるのよレイヴン」
「そのワンピース生地が薄くてスケスケだぜ ストリーキングしたいってんなら止めねーけど」
「え゛嘘ッ」
思わず手に持っていたワンピースから手を離す 軽い布は空気の抵抗を受けてヒラヒラゆっくり地面に落ちていく、ワンピースは力なく地面に崩れ伏した。
「テメッ!水さすなよ!!」
どこからともなく不満の声と共に酒ビンが投げつけられる。
それはレイヴンのターバンを巻いた頭に当たり重い音を立てて地面に落ちた。
「痛ッ・・・てぇ ナイスコントロールじゃねえか」
手で頭を押さえ振り返った。
レイヴンの心音が加速していく。
「あ、怒らせた」
その心音を聞いたリリィは静かに後退していいった。その腕にはちゃっかり何着かの服が抱えられている
ゼルクもいつの間にか遠くのベンチに腰掛けて傍観の構えを取っていた。
喧嘩好きのレイヴンがこうヤル気なってはゼルクといえどもう無傷では止められない、お互いがこんなところで怪我をするくらいなら落ち着くまで放っておいた方がいいと判断したようだ。
と、まあ頭の中でこうやって言い訳しておかなければ彼らが不憫でならない・・・少しリリィにちょっかいをかけただけで特級魔族の怒りに触れてしまった彼らが・・・
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インドらしい雑多でどこもかしこも渋滞を起こしているような町並みから少し歩く、すると打って変わって先進国らしいすっきりとした街並みが顔を覗かせた。
先の汚いとまではいかないまでもどこか埃っぽい感じがする町を見た後でこの鉄の建造物が立ち並ぶ眺めはまるで異世界であった。
そこに立ち入ってすぐは人影もない何を生業としているのかわからないビルの密集地が続いたが その殺風景な道に次第に人通りが増えていき 人の生活区域に入った事が分かる。
木のように乱立する高層建築物を抜けて更にしばらく歩きいていくと商店が多く立ち並ぶ街並みが覗く。
その発展した商店街の一角にとても爽やかな印象を受けるカフェを見つけた、ちょうどどこかに腰を下ろしたいと思っていた皆んなは相談なしでここで休息をとることに決めた。
近くに寄って見ると 狭い店ではないがオープンテラスとショーウィンドウから見える席は全て人で埋まっている。
ゆっくりと木製の簡素なドアを開け、女性人気の高そうな可愛らしい内装の店に一歩入り込んだ。
入り口すぐで受付をしていた女店員が笑みを浮かべ高い声で「いらっしゃいませ」と一言言うと 空いている席に案内してくれた。
この余裕あるもてなしを見て本当に安全国へ来たんだなと3人はしみじみと感じ入る。これまで訪れてきた国なら店に入っても放って置かれて一言言われるとしても「その辺の空いてるとこに座ってて」くらいのモノだった。
愛想の良い店員に案内されるがまま奥の席に行き、促されるがまま席に座る。
3人はメニューにすぐ目を通すとコーラ コーヒー 紅茶、そしてショートケーキとナッツをオーダーした。
店員は注文を控え終わるともう一度ぺこりとお辞儀をして奥に引っ込んで行った。
「ん~・・・」
店員がいなくなるとリリィが小さく息を吐くきながら目を閉じ、腕と背筋を伸ばして体をほぐしだした。
空を移動中ずっと同じ体勢で寝ていて体が固まっていたせいか二の腕がプルプルと小動物のように震えていた。
「さて、と」
3人とも無言の時間が5秒ほど続いたところでその均衡を破るようにリリィが小鳥のような声でワンテンポ置く
そして、次の瞬間彼女の鋭いチョップがレイヴンの脳天を襲った。
「ィ・・・ッてえ~」
突然の一撃を受けたレイヴンはくぐもった声で唸り、殴られた頭を撫でる。
しかし、なぜ殴られたか説明が無くてもレイヴンは分かっていた。
「もうッ 民間人に手を挙げるバカが・・・」
「みなまで言うなって」
小言を言い始めそうだったリリィの口を手で押さえて静止する。
「な~に す・ん・の・よ!」
顔を抑えられた猫のように頭を引いてレイヴンの手から口を離す。
「『民間人に手を挙げるバカがどこにいるのよ』って言いてぇんだろ?・・・ここにいる」
「そういう話をしてるんじゃないわよ!」
と、リリィがキレると同時にレイヴンのベンケイの泣き所に痛みが走る。
「いたい・・・」
机の下でリリィが蹴ったらしい、ほんの少しのモーションのはずなのに鉄球をぶつけられたような痛みだ、そうだ彼女は脚技専門の武術【龍舞脚】の使い手だった。心の準備なしでそれをくらったレイヴンの目には涙が滲んでいた。
・・・そう、レイヴンはこの街に入る前 つまり乞食達に囲まれた時だ、リリィをはめて裸同然の服を着せさせようとする乞食達の企みを阻止したところ レイヴンに酒瓶が投げつけられた。
それが起爆剤となり、レイヴンの奥底に眠っていた魔族のプライド そして喧嘩好きの性分が目覚め混ざり合いレイヴンを戦闘モードにさせてしまった。
「悪かったって反省してるぜ、ちょいとはしゃぎすぎただけじゃねぇか 若気の至りってやつだよ」
「30人以上の人間をぶちのめす行為は果たして若気の至りで済ませられるのか?」
矢継ぎ早に口先だけの謝罪と言い訳を言うレイヴンにゼルクが短く且つ鋭いツッコミを入れる。それにレイヴンは顔をしかめて言い返せなかった。
「あんた自分達が追われる身だっての忘れてるの?健忘症?」
机に身を乗り出してレイヴンに顔を近づけ、尋問するように問い詰める。
しかし、その張本人はと言うと机に乗り出す事で卓上に乗っかったリリィの胸に目線を持っていかれていた。
「リリィお前Fカップくらいあるな」
「な、が!うおお!?なに、なに見てんのよォ!!」
どもり、うまく舌が回らず不思議な絶叫とともに慌ててレイヴンの顔面に右フックが放たれる。
クリーンヒットだ
生々しい音が店内に響く。
さっきから隣の客がこちらを怖がって退席するかしまいか悩んでいるようだ。レイヴンはオレのせいじゃないが悪いことをしたかなくらいには考える。
「ッテェ・・・ちょっとしたジョークじゃねえか」
「もう、話が進まないからふざけんの禁止ね!」
机に乗り出した体を再び席に着かせるリリィ
レイヴンは「分かったよ」と殴られたところをさすりながら椅子に背を預ける。
「あのスラム街みたいなところでの喧嘩の話だったっけか?話をそこに戻すとだな、魔界の奴らにあの喧嘩でオレ達の居場所がばれるということはない」
「まあ、たしかにここは魔族のいない安全国だから こういうところはあまり気にしていないわ 問題はこの国を拠点としている【真・頂正軍】の存ざ・・・」
言いかけたところでリリィは急に口をつぐむ
何かと思い、後ろを見るとさっきの店員がこちらへ向かって歩いてきていた。その手には盆が、上にお冷が乗せられてこちらに運ばれて来ていた。
リリィはこの秘密話を聞かれるのを嫌がり、口に指を当てて「しー」っと言い 黙っていてほしい旨を伝えた。
「申し訳ありません お冷の方を持ってくるのを忘れておりました」
申し訳なさそうに頭を下げた後それぞれの前にコップを置いていき水を注いでいく。
ゼルクは黙って腕を組み その様を見つめ
レイヴンは注がれると同時に飲み干した。
きちんと3人分の水を注ぎ、レイヴンのコップに再び注ぎ終わると「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げてまた奥へ引っ込んでいく。
リリィは店員が去っていくと水を一口飲んで喉を潤す
「こういうのは人に聞かれないようにした方がいいわよね」と急に黙ったことへの前置きをすると 再び喋り出した。
「頂正軍に見つかって事が荒立つような事があれば協力なんかしてくれなくなるかも、もしかしたら油断してる間に暗殺とかされちゃったりして・・・」
レイヴンを怯えさせたいのか 丸い目を必死に釣り上げて脅すような目つきを作っている。
「そうなればオレの仲間も狙われるだろうな 例えば・・・お前とか!」
レイヴンからの急な切り返しにリリィはビクッとその細い体を驚きで弾ませてしまった。
少し顔を染めながら
「怖い事言わないでよ・・・」
「最初に言いだしたのお前だろ」
レイヴンは無邪気に笑いながら腕を頭の後ろに組んで椅子の足を床から浮かして脚をぷらぷら遊びだす。
「なあに、あの乱闘現場には証拠一つとしてのこしてねぇよ 魔力は一切使ってねえし指一本触られてないから相手の爪の間にオレの皮膚片が挟まっているということもない 指紋は全部『武装』で地面の中に埋まってる」
頭の後ろで組んでいた腕を解き、浮かしていた椅子をガタンと前のめりに倒す。
不安要素を問うレイヴンの顔には少なくとも不安そうな感じは一切ない。
しかし、そこに沈黙していたゼルクがついに口を挟む。
「そう言うが【真・頂正軍】は200人越えの武力部隊、それも全員が魔力使いだ もしも手がかり0からでも相手を見つけ出す事ができる能力者がいたとしてもなんらおかしくはないんじゃないか?」
「心配性だなおっさんは、インドはいわゆる大国だ 今オレ達がいるような街のど真ん中で魔族が暴れたというならいざ知らず元々治安の悪い町のゴタゴタまで頂正軍が管理しているとは考えにくいね」
「でも油断は禁物よ、レイヴンの弟 アーミーの魔術【G.Iジョー】あれは生物の動きと視界を支配して自分のものにする能力・・・でしょ?」
リリィはレイヴンに確認する。
「ああ、そうだ」
アーミーの【G.Iジョー】は中国での戦いにてレイヴンが手に入れている、その性能はネズミ程度の小動物を数十匹操る程度だが 紛れもなく能力はレイヴンのものだ。
「ね、もしかしたらあの能力みたいに人間を媒介して監視できる能力もあるんじゃないかな?たしか何かしら基盤になるものがあれば魔力って少しのエネルギーで事足りるんでしょう?」
そう言われてレイヴン、ゼルクが考え始める。
リリィの言う通り魔力は物が持つパワーを倍増させる性質を持っている。
魔力を纏わせた武器は破壊力を増す、刀は岩を切り裂き、槍は鋼鉄の壁に穴を開ける 盾が魔力を帯びれば弾を弾き、紙でさえも鋼鉄のような強度を得る。
身体に纏わせれば 拳は地を砕き、脚は沈む夕日よりも速く走り、眼は水平線までも見通す。
それは魔力を応用した魔術にも同じ性質がある、例えば【G.Iジョー】で生物を媒介せずに無数の視界を手に入れようとすると、なにもないところに視力を持った物を魔力で作らなければならない、0からそれを作るのは特級魔族の持つ魔力量でも数個が限界だろう。
魔力は何かに頼って初めて力を発揮する、これまで相手にしてきた魔族たちもレイヴンにも例外はない。
「確かにそうだな、さっき見たこの国全体にかかっている魔力の膜 ありゃあ人間が出せる魔力の範疇を超えてた」
レイヴンが頷く、この中で一番魔力を長く扱ってきた者だ 先に見た国を覆う魔力の異質さを最も実感している。
「【真・頂正軍】には魔力以上の秘密があるってことか」
「あれだけの魔力量を見せられたんだ、そう考えざるを得ねぇよなァ」
隣同士のゼルクとレイヴンはその不鮮明なスカウト相手の情報に一抹の不安を抱いていた。
「「ハァ~ァ」」
「もう、二人してため息なんかつかないでよ ゼルクさんはともかくレイヴンが落ち込んじゃったら私が盛り上げ役やんなきゃいけないじゃない」
3人がいる席にほんの少し暗澹たる空気が流れた、ちょうどその時だ
「あ、来たよ」
さっき頼んだ品を店員がトレーに乗せてこちらに歩いてきていた。
「お待たせしました~」
姿勢良くこちらに歩いてきた店員は、当然だがこちらの席の前で立ち止まり 一つずつ食物を置いていく。
コーラ コーヒー 紅茶、そしてショートケーキとナッツ 注文通り、注文した者の前にそれぞれ置かれていく。
「以上でよろしいですか?」とお淑やかに尋ねられ
「ああ どうもありがとう」と微笑んで返すと
「では、ごゆっくりどうぞ」とさらに良い笑顔を向けてから裏に戻っていく
レイヴンは店員の丁寧な対応をしっかり堪能した。
「な~にニヤけてんのよ」
店員に向けるレイヴンの嬉々とした目線と対局を成すような呆れた目でリリィはレイヴンを見つめる。まあ、見えてはいないが
「いいだろ、オレは美女が好きだ 胸がでかけりゃ尚良し」
「はい 要らない情報をどうもありがとう」
思った以上にどうでもいいことを言われリリィはショートケーキと紅茶を前にしたまま、そっぽを向いた。
「もちろんお前もオレの好みだぜ」
「・・・バーカ」
そっけなくそっぽを向いたままレイヴンを罵倒するも、黒髪の間から覗く耳が赤くなっていた。
その紅を見てレイヴンはニヤリとしたままなにも言わない。
「デート初日のカップルかお前らは」
二人のやり取りをすぐ横で聞いていたゼルクは呆れながらも笑っていた、笑うといっても嘲笑だろうが この席では一時ここしばらく続いていた戦いを忘れられていられた。
ゼルクはまだ湯気の立つコーヒーを熱がる様子もなくチビチビと飲む
リリィはショートケーキを口に運び それを紅茶で胃に流すと恍惚の表情を浮かべていた。
レイヴンの前にはナッツの盛り合わせが入った皿とコーラのグラス、豆と炭酸はどう考えても合いそうにないが、レイヴンは豆を上に放り投げて口で取る遊びをしながら時折コーラで喉を潤わせていた。
軍資金が4万(インド)ルピーしかないので 節約の為追加オーダーもせず亀が進むような速さで食べ飲みをして休みの時間を引き延ばす。できるだけ長くこの店で体を休めておきたいと考えている。
1時間でゼルクのコーヒーは底をつき
2時間経ち、リリィは完全に冷めた紅茶を飲み干した。
「あ、ちょっとお手洗い行ってきていいかな」
3時間経ちレイヴンのナッツが残すところあと10個となったところでリリィがトイレに席を立った。
「おっさん 一応ついていってやりな 何かあると困るからな、荷物はオレが見ておくよ」
「おう、ついでに便所から戻ったらそろそろ店を出るか」
「そうするかね」
幾らか会話をした後ゼルクはレイヴンの言う通りにリリィの後ろに付いて行ってやる。
一人席に残されたレイヴンは炭酸の抜け切ったグラスの6分の1くらい残っているコーラを飲むと「甘ったりぃ」とため息をついた。
明日からは本腰を入れて【真・頂正軍】の手がかりを探す、そして大規模な仲間を増やせば次はついに魔界への挑戦だ・・・戦いは既に最終決戦に向けての準備段階佳境に入っている。そのためには今日を全力を尽くして休み、体力を回復させる 休むのも戦士の勤めなのだ。
などとあくびついでに考えながら皿からナッツを摘み取る。
そして、手にスナップを利かせて放り投げ・・・
「そのナッツは口から外れる」
放り投げようとした瞬間、いつのまにか背後の席に座っていた男がそう言っていた。
こちらを向いて言ってはいない、だが明らかにレイヴンに向かって言っていた。
「は?」
何をいきなり現れて勝手なことを言ってやがる、などと考えるが もう手の動きは中止できない
レイヴンの指先から離れたナッツは空中でクルクルと回りながら弧を描き、放物線状にレイヴンの顔へ落ちてくる。
だが、レイヴンの注意はそれよりも 背後に佇む男に向かっていた。
眼球がぐるりと後ろまで周り、背後の男の像を捉える。
まず最初に深々と目元まで覆うブカブカのニット帽が目に付いた そう、まるで自分が角を隠すために巻いているターバンのように 目深に被られている。
ナッツはもう既に一寸先の所まで落ちてきていた
もしもだ、もしもこの男が魔族だったら・・・レイヴンの思考にこれが浮かんでくるまでに1秒とかからない
その考えが頭に浮かぶと同時に脳内に警戒音が鳴り響く
レイヴンは危機を感じ取った獣のように筋力をバネにしてテーブル一つ分後ろに飛んだ。
背を曲げて手足4つを使い 衝撃を全て身体で吸収し音もなく着地する その姿はネコ科の猛獣を彷彿とさせた、レイヴンの真っ黒な見た目と重なって黒豹のような印象を受ける。
ナッツは帽子の男が宣言した通りレイヴンの口には入らずカツーンと音を立てて卓上で跳ねた
「何だ お前はいつからそこにいた・・・?」
凛と張り詰めた空気の中レイヴンは刺すような声を出す
ブカブカののニット帽と灰色のロングコートを身につけた男は絵に描いたような不審者だ
その男からの返事はない
一瞬の出来事な上、音も立てていないので店の誰もこの状況に気づいてはいない
だが、少しでも魔力を使った騒ぎを起こせばアウトだこの国での活動は不可能となる。
目の前の不審者のような男が人間か魔族か不明だが・・・今素早く気絶させれば誰にもバレず目の前にいる不気味な男を片付けられる。
大丈夫だ、オレならできる0.1秒もあれば あいつの腹に叩き込める
・・・そう考え 瞬発的に倒す体制に入り 爪先に体重を乗せた瞬間
タイミングを見計らったかのように帽子の男が席を立った。
レイヴンは体に急ブレーキをかける あまりのタイミングの良さに警戒がぐっと増したのだ。
「なあ、そこの黒い貴方 この私とちょっとした賭けをしないか?」
帽子の男が振り返りながら放ったセリフは正直予想を超えた一言だった。
ただの異常者か?
魔族か?だが、今更魔王の子供達でない平凡な魔族を単体で送り込んでくるか?
いや、やはり そもそも魔族ではないかも
答えが出るはずもない事を考え続けてしまう、騒ぎを起こせないこの状況がレイヴンの判断力を鈍らせてしまっていた。
そんなレイヴンの思考を知ってか知らずか帽子の男はマイペースに話を進める。
「今から私がこのナッツを投げる、それを貴方が口でキャッチできたら貴方の勝ちだ」
帽子の男はレイヴンの席にある皿から一粒つまみとった。
「貴方が勝てば私の持ち合わせを全部やろう」
と、ロングコートのポケットからよく膨らんだ財布をレイヴンの眼前に落として見せる。隙間からは大量の紙幣が顔をのぞかせていた。
しかし、レイヴンはそれにさえも警戒を抱き、臨戦態勢は解かない。
「何が目的だ・・・!」
すかさず睨みつける
だが、男はこちらが間違っても手を出せないのを知っているかのように不敵に笑っていた。
「準備はいいかい?」
「お前、答えろ・・・何が目的だ」
「さあ、投げるぞ」
「おいっ!」
ついに我慢ならなくなったレイヴンが帽子の男に向かって一歩踏み出した時
男はナッツが握られた手を振りかぶっていた。
帽子の男の右腕が振り下ろされ、ナッツが放り投げられる
ナッツは時速約90kmの速度を保ったまま 低空で飛んでいく
これはレイヴンなら余裕で反応できる速度ではあったが あえて取らない。
ナッツがレイヴンの腰の辺りを横切って床に叩きつけられるとその衝撃でバラバラに砕けて座席の下に飛び散った。
「フフ・・・賭けは私の勝ちだね」
嬉しそうに笑うと帽子の男は床に落としてあった財布をコートのポケットに戻した。
「それがどうした、用が済んだなら帰れよ 言っとくけどオレは金なんか持ってねえぞ」
さっきからこの男の行動は突拍子も無いことばかりで敵なのかすらも怪しい
「うふふ、金なんか要らないよ」
帽子の下から覗くタレ目を細めて嫌な笑みを見せると
次の瞬間に男は驚くべきことを口にした。
「私が欲しいのは・・・レイヴン、お前の命だ」
いきなり発せられた男の台詞にレイヴンの身体は驚きで硬直した。
何故自分の名を知っているのか
決まっている・・・この男が魔界からの刺客だからだ。
硬直した身体を気合いで解きほぐす、ゼルクとリリィが帰ってくるのを待つ余裕はない
直接的にではないにしろ男は自分の正体を明かしたのだ、つまりレイヴンを殺す準備がもう既に整っているという事・・・
殺られる前に殺らねば
完全な戦闘態勢に入ったレイヴンの身体はたった一歩で男と自分の間にあった距離を0にする。
相手からしてこの速度は予想外だったのだろう視線がまだ先程レイヴンがいた場所を向いていた。
そして、ほんの一瞬だけ拳に魔力を集中させると自分の動きを追えていない間抜け面に 疾く 鋭く 重い一撃を叩き込む。
手応えはバッチリだビリビリと心地の良い痺れを感じる。
「どうだ」
さっきから捉えどころのない帽子の男との対話でイラついていたレイヴンは殴ると同時にスッキリと言うような顔で笑った。
相手も魔族ということがバレないように魔力は出していなかった、生身でレイヴンの一撃をくらえばひとたまりもない 鼻は折れ、顎は砕け、眼球は陥没する程の威力だ。
レイヴンは拳を引く、自分の拳に隠れて男の顔は見えてはいなかったが手応えからしてきっとひどいことになっていることだろう。こんな小洒落たカフェでそんなグロテスクな物は見たくねぇなと考えながら顔を確認する。
だが・・・
「無駄だよレイヴン、お前は既に私の術中にはまった・・・暴力での抵抗は意味をなさない」
レイヴンが視界に捉えたのは予想に反する姿だった。
全くの無傷・・・依然 男の体に魔力は少しも纏われていない それなのに傷が見受けられなかった。
レイヴンの拳圧で男が被っていた帽子が飛ばされ、頭から離れ 男の顔が露わとなる。
帽子の下から、タンポポの綿毛のように真っ白な癖っ毛の髪
そして、耳の横からは魔族の象徴である角が現れた。
その角からはほとばしる稲妻のような魔力が確認できた。
だが、その魔力が流れているのは この魔界からの刺客の身体にではなく、空間に溶け込んでいくように発されていた。
レイヴンは二発目の攻撃をするのをためらう、もう既に敵の能力は発動しているのは確実だ、迂闊に攻め込むのは愚の骨頂だと考えたからだ。
また後ろに飛び退く
目の前の男に退いたレイヴンを追撃しようとする気配は感じられない
こちらの様子を伺っているのか もしかすると奴の攻撃は始まっているのか・・・やはり不気味だ。
「ふぅ・・・」
相手と距離をとり、少し緊張が解けたところで違和感に気がついた。
後ろを素早く振り返る、やはりだ・・・
やはり、このカフェ・・・人間が誰一人として動いていない
刺客に気を取られて気がつかなかったが さっきまで聞こえていた人々の話し声も全く聞こえなくなっている。
目の前の男に注意しながらも周りを見回すと・・・
「なんだ・・・こりゃ」
いくつか後ろの席に座っている男がコーヒーを飲もうとカップを持ち上げる中途半端な体勢で止まっている、しかも そのコーヒーから立ち昇る湯気が形を変えずそのまま同じ高さ形で止まっている。刺客の男の頭から脱げた帽子が床に落ちる前で浮いたままその場に留まっている。店のショーウィンドウを見ると、このカフェどころか見渡す限り全てのものが停止している。
これは・・・
「時間が、止まってやがる!?」
思わずレイヴンは声をあげた。
その目の前でタレ目の男はニヤリと笑うと勢いよく両腕を大きく広げ、天を仰ぐような体制のまま顔を上げ 叫んだ。
「Ladies and gentlemen!停止した世界の紳士淑女の皆様!これより、『反逆者』レイヴンとわたくしが命を賭けたギャンブルを 開始致しますッ!!」
その言葉を聞くものはレイヴンしかいない止まった世界の中で、得意げにハリウッドのミュージカルの司会を模したような演説を終えると、胸の前に手を当てて丁寧に一礼する。
何を言っているんだ、とレイヴンは呆れたが 敵の眼前で隙ともとれる余裕を見せつける姿がレイヴンの兄弟達と重なる。嫌な感覚だ
「さあ、始めよう『DISE&GUNS 』!賭け金は自らの命・・・!」
男の声は時の止まった中オペラ歌手のようにどこまでも響き通っていた。
そして、角から発される魔力も何か聞き慣れない名を叫んだと同時に莫大に増える、『DISE&GUNS 』たしか奴はそう言った。
それがきっとタレ目の刺客が使う能力名
吹き荒れる魔力の嵐にレイヴンの頭に巻かれたタオルが吹き飛んだ。
「時を止める能力か?それともノヴァがするような空間系の能力か?」
空間全てを侵食していく敵の魔力を前にレイヴンは左拳を突きだす攻撃的な構えをとる。
「どうにしろ お前が魔界からの刺客だと言うんなら・・・必ず倒す、覚悟しな!」
敵の魔力に対抗するようにレイヴンも魔力を全力で蒸す
その力は特級魔族の名に圧力、千の獣が暴れ回っているかのような出力で他を圧倒する
止まった時の中で、漆黒の稲光は眩く熾烈に・・・肉体を迸った。
瞬間、何処からともなくピシっと硬いものがひび割れる様な音が聞こえた。
「Open the game」
その音を皮切りにレイヴンの目の前に映る風景に違和感が生じた
視線の先、ガラスが割れたように風景が欠けている。
奇妙すぎる現象だがもう驚かない、いちいちリアクションしている暇も余裕も無い
ぐっと身構えていると風景の亀裂が一斉に増え始めた。
音を立てて世界が崩壊していく
机も椅子もガラスも、ショーウィンドウから臨む街も 店内の人間も全てがバリバリと音を立てて空間から落下し、床で粉々に砕け散った。
残ったのはレイヴンとタレ目の刺客だけ
あとは、どこまでも平行に続いていく純白の空間と目の前に置かれた正方形の木机とその両側に置かれた椅子
机の上には向かい合わせに置かれた2丁の拳銃とこちらも向かい合わせの白いサイコロ 黒いサイコロ
この突然変異した風状にレイヴンは思わず構えを解いていた。
「やはりテメェはノヴァのような空間系能力らしいな、魔力の流れに見覚えがある」
「さあてね、私はクイズをさせたいわけじゃないんだ」
飄々としている相手の服装はいつのまにかラスベガスのディーラーが着ていそうなラメの散りばめられた派手なスーツに変わっていた。
別段それには突っ込まず、現在レイヴンの注目する事柄は相手の能力詳細であった。
相手の発生させているこの空間で物理攻撃は無効化される。
白い空間に意味深な机と上に置かれた拳銃とサイコロ・・・意味不明だ。
しかし、どんな能力だろうと ここで相手を倒しておかなければこの場から逃げる事は出来ない、それは説明が無くても分かる。
「・・・いいぜ、好きにしろ ここは【魔族禁制の国インド】だ 仲間を呼べねえのはお前も同じ、どうやってこの国に侵入したかは知らんがオレが勝った後洗いざらい話してもらうぜ」
相手の都合のいい場所に転移させられたであろう この状況でもレイヴンは爪を『武装』で尖らせ、目の前に突きつけて逆に相手を脅して見せた。
当のタレ目の男はくすくすと小馬鹿にしたように笑う随分な余裕を見せつける。まるで「この空間に引きずり込めば私の勝ち」と言わんばかりの表情だ。
レイヴンの尖爪を眼前にして一笑に伏せると、机の方に歩いて行って椅子を引いた。
「どうぞ 先に座りな」
「オレに座れって言うのか?」
「フフフ 他にも誰がいるって言うんだい」
さっきから妙に人間的だこいつは
これまでの魔族なら話し合いもほどほどに直ぐ襲いかかってきた、だがこいつは司会者のモノマネをしてみたり 茶けてみたり 椅子を引いて着席を促したり
レイヴンと会話をするのを楽しんでいるようでもある。
だとすると(レイヴンも他人のことを言えないが)かなりの変わり者だと言わざるを得ない。闘争本能より理性が強い魔族・・・相当稀なケースだ。
「罠じゃねぇだろうな?」
「心配性だなぁ、私のイメージではレイヴンは もっと堂々とした男って感じだったんだが・・・そうでもないみたいだな」
タレ目が言ったセリフを挑発と捉えたレイヴンはカチンときた。
「いいだろ、座ってやるよ」
少し警戒しつつも机の方に歩いて行き
相手が手を置いた椅子にぶっきらぼうに腰を下ろす。
背後にはタレ目がいるわけだが、レイヴンは相手のイメージの期待に応えるように【堂々と】足を組んで机に肘をついた。
それを見ながらタレ目は何が面白いのかニタニタと湿っぽい笑いをしながらもう片方の席に着く。
二人の魔族を隔てるのはたった80cm四方の机だけ、余りにも頼りがない。
これから一体何が行われると言うのか
『DISE&GUNS 』は幕を開ける。
To Be Continued→
乗り心地の悪い翼に揺られて太陽の光を浴びながら代わり映えのしない雲の上を滑るように飛行していく。
「おっさん、起きてくれ」
いつものおちゃらけた感じの無いレイヴンの声に目を覚ます。
ゆっくりと目を開け、雲の下に覗く景色を眺めた。
「・・・なんだ 凄いなこれは」
眼下に広がるのは 朝日に照らされた国だ
ゼルクは今、国を見下ろしている やっとインドに着いたのだ。
しかし、感動するよりも先に驚いた
遠海から遥々渡ってきた国は、こちらの侵入を拒むように巨大な半透明の膜に覆われていたのだ、遠くどこまでも広がる球体の膜は表面に稲光を散らしている。
「これ全て魔力で出来ている壁か」
「壁っていうより膜だな、防御力で守るというよりも触れる事で能力が発動するタイプだろう」
もう目と鼻の先にある国を見下ろしてやきもきする。
「しかし、一国を包む程のデカさだ あまり複雑で強力な能力は付与できてないとオレは思う、触れた相手がどこにいるのか感知できる能力とかかな・・・そこでだ、おっさん あんたの刀で膜に穴開けてくれ そこから侵入する」
「別に気づかれても良いんじゃないか?俺たちは敵意を持ってないし同盟を結びに来たんだろ すぐ会えた方が手っ取り早い」
「そうもいかねえさ 3人メンバーの内2人の頭に角が生えているんだぜ?」
角を撫でながら背に負った唯一角の生えていない仲間、リリィを見る 昨日の疲れが取れていないのかぐっすりだ。
レイヴンの魔力でできた羽毛に包まれて寝息を立てている。
「もしもあちら側に遠距離攻撃の出来る能力者や兵器があればこちらは問答無用で撃ち殺される わざわざ事を荒立てる必要はねぇさ」
レイヴンはゼルクの腕を掴んで下に体をブランと垂らす 蛍光灯の紐のようだ。
「こっそり忍び込んでこっそり軍のトップと話をつければ良い話 まだ時間はある じっくり行こう」
そういうレイヴンはやはりというか何というか笑顔・・・レイヴンがその顔をしているのならもう平気だ
信じられる。
「しょうがねぇな・・・行ってやる」
「気づかれんよう『感覚』を奪えよ」
レイヴンはそれを言うと手を離す
途端にゼルクの身体は重力に従って落下していった。
陸までの距離はまだ600mはあるが、壁までの距離は20m
落ちていく中、風の感触に身を任せ ゼルクは刀を抜いた。
鞘から抜け出た刃は宝石のように輝きを放ち、構えられる そして振り上げ 狙いを定めた。
これはタイミング勝負だ、壁に触れればすぐ気づかれる
ここは足場がなく踏ん張りの効かない空中、上手く刀を操れず 慣れない落下中での攻撃は失敗する可能性が高い・・・だがそれは凡庸な魔力使いだったらの話である。落下のスピードはゼルクにとっては静止しているも同じだ タイミング良く刀を振り下ろすのは彼にとってかなり容易い事であった。
寸分の間違いもなく間合い丁度で放たれた斬撃は膜の一部を削ぎ落とした。
魔力の膜は消滅していきながらも切られたことすら感知していない 感覚を根こそぎゼルクが奪ったのだ。
音もなくその薄い魔力膜は円状の穴を開けられた 大きさは人が2人通れるほどの大きさだ ゼルクはそこを通り抜けて地へ落下していく。
「よーし!よくやった、オイ起きなリリィ」
背に手を回し、リリィの頬をペシペシと叩く
「・・・ン、インドに着いた?」
まだ眠たそうに目をこすりながらリリィは目を覚ます。しかし、その耳に聞こえたのは街のザワつきなんかではなく高速で落下するような風切り音だった。
「いいや 今から行くんだぜ!」
「ウォアアおおおおおお!!?」
朝一番、お目覚め一発目の高速落下中リリィは絶叫しながら必死にレイヴンの肩に掴まる。
「はははは!バッチリ目が覚めたな?行くぜインドの地へ!!」
時速500kmゼルクが開けた穴を通って膜の内側へ抜ける。
「そらよっと!ナイスキャッチ オレッ!」
落ちていく途中のゼルクを空中で拾うとそのまま地上へ向かった。
リリィはもう叫ぶのをやめたがレイヴンの背中に顔を押し当てて出来るだけ落下速度を感じないよう努めていた。
「Oh!背中に当たってるぜ お前結構胸でかいな」
「・・・地上に降りたら覚えてなさいよ」
「ははは、いいじゃん減るもんでもなし」
そう言いながら騒ぎをおこさぬよう人気の無い場所を探して降りていく。
「さて、お待ちかねの到着だ」
ゆっくり羽ばたいて減速しながら地に足をつける。
降り立った場所は森だった。
レイヴンは抱き抱えたゼルクと背負ったリリィを下ろすとグーンと背伸びをする、長時間の飛行で固まった体はポキポキと音を立てていた。
「これからどうする?」
ゼルクが訊ねる。
「街に行って【頂正軍】の情報を集めよう この国を拠点に活動してるからすぐ見つかると思うが」
「そうだな、入って仕舞えばあとは楽だろう」
遠くに見えるビルを見ながら言った。
「あと、リリィお前のリュックに布と金入ってるか?」
車酔いしたような顔色のリリィに訊ねる
そう聞かれてふらふらと大きなリュックを下ろして中を漁った。
「あるけど」
「布はタオルでもいいから二枚出してくれ」
リリィは促されて自分のリュックからタオルと中国の通貨 人民元を出した。
レイヴンはそれらを受け取り、各個両手にとる。
「この国は唯一の平和国故に移民が多い だから多分通貨の両替制度があるはずだ」
「あ~、なるほど 私お金どうするのかちょっと心配してたのよね」
「タオルは何に使うんだ?」
そう聞かれ、レイヴンは手に持ったタオルを頭に巻く。
「角のカモフラージュさ おっさんも巻いとけ」
タオルを投げ渡す
「・・・そうだったな、まだ角の存在に慣れてなくて忘れてたよ」
ゼルクはそれをキャッチするとターバンの様にして巻く きつく締めると角が布を突き破ってしまうから優しく頭に装着させた。
「じゃあ街に行って何か食べましょ、叫んだら私お腹空いちゃったわ」
自分の体ほどあるリュックを揺らしながらリリィが歩き始める、男2人もそれに着いていく。
魔族のいないこの国にて【真・頂正軍】捜索が始まろうとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ええ、はい見つけました」
1人の男が路地裏でドクロを模した腕時計に話をしていた。
ゴミバケツの上にだらりとした姿勢で座っている。
「既に侵入も完了しています・・・はい、大丈夫です」
力の抜けた垂れ目に白髪のショートヘア 口元には笑みを浮かべていた。
大人しい顔つきに対照的なのはその派手な衣装だ ラスベガスのカジノでディーラーでもやっていそうなラメの散りばめられた 黒と白の網目模様のスーツ、仄暗い路地裏で1人輝いていた。
「仕事はキッチリやりますよ、なんせプロなんでね・・・では」
ピッと音を立てて通信を切る。
そして、もう一つ彼には特徴があった。
「おい、そこで何してる」
路地のさらに奥から声をかけられた。
首だけを曲げてそちらを見る
そこには髪はボサボサ、髭は伸び放題の中年の男が立っていた どうやら浮浪者の様だ。
「なんだ、居たのか・・・私としたことが見落としてたな」
その台詞は感情が気薄だ。
「オイ、あんた何言って・・・ってお前 その頭は・・・」
浮浪者は暗い中最初は気づかなかったものの彼の顔を、いや頭を見て絶句した。
角だ、耳の上から前に向けてまっすぐに生えた角を有している。
「お前・・・魔ぞ・・・く」
「まったく、人間に優しそうなこの国でも浮浪者がいるのか・・・どこにでもいるものなのだな社会からはじき出された逸れ者は」
喋る彼の口からはやはり牙が覗いている
ゴミバケツから腰を下ろし、ズボンの尻の部分をパンパンと叩いて汚れを払う。
その冷徹な垂れ目は浮浪者をしっかりと見据えて離さない 睨んでいるわけでも無いのにその目からはとてつもなく強大な危機感を与えられる。
「目を合わせただけで怯えるなよ、傷つくじゃないか」
まるで蛇に睨まれたカエル、今日死ぬとはさらさら考えていなかった者にとって天敵との遭遇は衝撃的だろう
それにここは魔族の一切の侵入を許さない人類最強のガーディアン【真・頂正軍】の護る国
安心しきっていた心にこのいきなりのエンカウントは相当のショックだ、現に浮浪者は腰を抜かして動けなくなってしまっていた。
それに垂れ目の魔族は歩み寄っていく なおも目線は逸らさずに。
「なあ君、わたしと一つ賭けをしないか?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おお~すげえ、人がいっぱいる」
行き交う人々!壊れていない建造物!
賑わう街にレイヴンははしゃいでいた こんなにまとまって人を見るの何日ぶりだろう。
雑多な人混みの中、出店を覗きに行こうと前に踏み出した時、目の前を馬車を引く馬が通って行った。
「流石に車とか交通機関は整ってないな 通行手段は馬とか牛に車を引かせているのか」
「シュールだな」
そこらを見れば牛を曳く者 道に寝そべる犬 ほとんど放し飼いの鶏
この国は生活と動物が同居していた。
「有り金全部両替したら40000インドルピーになったな」
ペラペラと紙幣を指で弾きながら数を数える
ちなみに1インドルピーは2円程だ。
「有り金って・・・お金持ってたの私だけじゃん」
「しょうがねえだろ、オレは戦ってるうちに身体ごと財布吹っ飛ばしちまったんだから」
レイヴンは両ポケットの中身を引っ張って何も入ってない事をアピールする。
「まさかゼルクさんも持ってないとはね」
「すまない、俺もどこかで無くした」
その落ち着き払った声は逆に本当に申し訳ないと思っているのか疑わしく思わせた。
まあ、無いなら無いで仕方がない と無理やり納得してどこか休めるところを探して歩き出す。
「ねえ!そこのお兄さん車に乗せてやろうか?」
「なんだ?」
その時だ、レイヴンは突然向けられたバカに明るい声に振り返る
発声源出はギシギシと軋んだ音を立てるボロボロのリヤカーを引く男だった。
歯茎を剝きだすような笑みでこちらへ近づいてくる。
「20000インドルピーで市内どこでも連れてってやるよ!」
その男の着ている服はそこらを歩く人々と比べて貧相だ 変色したポロシャツに破けたジーンズを履いている。
「乞食だ相手するなよ」
少し遅れて振り返ったゼルクが冷たく突き放すように言った。
しかし、レイヴンは少し注意を引かれ、足を止めていた。
男と目がバッチリ合った。一度目が合うと今度は立ち去りづらい
「レイヴン どっか茶店でも見つけて休みましょうよ」
「ん、ああ」
止まっているところをリリィに袖を引っ張られて やっと歩き出そうとしたその時だ・・・
「ねえ!ねえ!靴磨いてあげようか!?」
道の端から1人の若者の声が上がった。
「こっちでアクセサリー買っていきな!本物だぜ、安くするよ!!」
「チップちょうだいよチップ!なにか恵んでよ!」
ワラワラとどこにこんなに人がいたんだという程の人数が我先にとかけてくる。
その結果1分もしないうちにレイヴン、ゼルク、リリィを中心に取り囲む3つの円が出来上がった。
集まった者は皆リヤカーの男と同じように薄汚れた服を着ている。
「ホラ、これ!この服3枚2000インドルピーで売るよ!」
肌の黒い男が馴れ馴れしく服の生地を顔に押し当ててくる。
窒息させる気か、とツッコミを入れながらレイヴンはそれをひっぺがす。
「おーい!おっさん、リリィ無事か!?」
そもそも金を持っていないレイヴンは押し売りを無視しつつゼルクの方を見た。
どうやら皆んな同じように人に囲まれてしまっているようだ。
レイヴンは「一休みするまでもうちょっと時間かかりそうだな」と呟いてから人をかき分けて【押し売り包囲網】を抜けていく。
「おれさ!フランスで散髪の勉強したから腕には自信あるんだぜ!どうだいにいちゃん、髭剃ってやろうか!?」
「いや、うちで占いやってきなよ!一回800インドルピーだよ!」
「そんなのよりうちで野菜買っていきな!どこよりも新鮮な自信あるよ!!」
根性のたくましい商人にゼルクはもみくちゃにされていた。
だが、その顔はいつもの緊張の面持ちとは違う、今は無防備に人の波に乗って揺れていた どこか喧騒を楽しんでいるようにも見える。
「すまないな俺は一銭たりと持ってないんだ」
人混みの中心地で手を広げ、ポケットの中も見せる。
現在ゼルクは『永命刀』以外何も所有していなかった。
「なんだぁ、無駄足かよぉ・・・」
「ケッ 綺麗な刀ぶら下げて勘違いさせやがって!」
金を持たないとわかった途端口々に文句を垂れながらその場を離れ、リリィやレイヴンの周りに駆けて行く、分かりやすい奴らだ。
そして、今一番人気を集めているのはリリィだった。
「お嬢ちゃんこのアクセサリー似合うと思うんだけど!」
「いやいや、俺ンところの服の方が絶対似合うね!」
モテモテだ、この中で唯一金を持っている上に何と言っても美人である。集まった人の中にはナンパ目的の男も何人か紛れているだろう。
本人のリリィはというと10人以上の男に囲まれてうろたえている
これまで人口密度の極端に少ない街で生活していた彼女は同時に10人以上の人間と顔を合わせるのは初めての体験で、人酔いを起こしていた。
「ほら!このワンピースお嬢ちゃんかわいいからきっと似合うよ」
頭の薄いオヤジが人懐っこいスマイルで布の薄いワンピースを勧めてくる。
だが、よく見れば繊維が細かすぎて薄っすら向こう側が透けて見えている、これを着ればたちまち痴女のスケスケファッションだ。
どうやらオヤジの笑顔はただのすけべ顔らしい、だが盲目のリリィにはその顔は見えていない。
「おお!そうだ、きっと似合うよ」
「まるでお嬢ちゃんにあつらえたようだな!」
すけべオヤジの魂胆に勘付いた周りの男達も一斉にリリィへスケスケのワンピースを勧め始める。
これだけの団結力に ここのスケベ共だけで魔族をも倒せそうな情熱を感じる。
「えへへ、そうかなぁ?」
当のリリィはまんざらではないようだ これまで褒められたことがないのか、と思うレベルにちょろい
いや、きっと親以外に褒められたことがないのだろう、言われた褒め言葉の100%を真に受けて喜んでいる。
ご機嫌な表情のまま服を受け取って身体に合わせてみてサイズを確かめる。
「わ~、軽くて動きやすそう」
そう、彼女は盲目 人の動きや空気の動きのような大きな動きは鋭い感覚で捉えられる、服の生地の厚さは分かっても透けているか否かは認識できないのだ。
さらにタチの悪いことにリリィはデザインよりも着心地で服を選ぶタイプであった。
目が見えない上に彼女は我流の武術家 動きやすい服ならなんでもいいと思っていた。
「これいくらですかね?」
財布に手を伸ばした途端周りから歓声が上がる 改めてスケベどもの塊だここは。
「悪い事は言わん、買うな」
だが、その中で欲望から目をそらして彼女の腕を掴み止めた者がいた。
「ええ~、私これ気に入ったのになんで止めるのよレイヴン」
「そのワンピース生地が薄くてスケスケだぜ ストリーキングしたいってんなら止めねーけど」
「え゛嘘ッ」
思わず手に持っていたワンピースから手を離す 軽い布は空気の抵抗を受けてヒラヒラゆっくり地面に落ちていく、ワンピースは力なく地面に崩れ伏した。
「テメッ!水さすなよ!!」
どこからともなく不満の声と共に酒ビンが投げつけられる。
それはレイヴンのターバンを巻いた頭に当たり重い音を立てて地面に落ちた。
「痛ッ・・・てぇ ナイスコントロールじゃねえか」
手で頭を押さえ振り返った。
レイヴンの心音が加速していく。
「あ、怒らせた」
その心音を聞いたリリィは静かに後退していいった。その腕にはちゃっかり何着かの服が抱えられている
ゼルクもいつの間にか遠くのベンチに腰掛けて傍観の構えを取っていた。
喧嘩好きのレイヴンがこうヤル気なってはゼルクといえどもう無傷では止められない、お互いがこんなところで怪我をするくらいなら落ち着くまで放っておいた方がいいと判断したようだ。
と、まあ頭の中でこうやって言い訳しておかなければ彼らが不憫でならない・・・少しリリィにちょっかいをかけただけで特級魔族の怒りに触れてしまった彼らが・・・
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インドらしい雑多でどこもかしこも渋滞を起こしているような町並みから少し歩く、すると打って変わって先進国らしいすっきりとした街並みが顔を覗かせた。
先の汚いとまではいかないまでもどこか埃っぽい感じがする町を見た後でこの鉄の建造物が立ち並ぶ眺めはまるで異世界であった。
そこに立ち入ってすぐは人影もない何を生業としているのかわからないビルの密集地が続いたが その殺風景な道に次第に人通りが増えていき 人の生活区域に入った事が分かる。
木のように乱立する高層建築物を抜けて更にしばらく歩きいていくと商店が多く立ち並ぶ街並みが覗く。
その発展した商店街の一角にとても爽やかな印象を受けるカフェを見つけた、ちょうどどこかに腰を下ろしたいと思っていた皆んなは相談なしでここで休息をとることに決めた。
近くに寄って見ると 狭い店ではないがオープンテラスとショーウィンドウから見える席は全て人で埋まっている。
ゆっくりと木製の簡素なドアを開け、女性人気の高そうな可愛らしい内装の店に一歩入り込んだ。
入り口すぐで受付をしていた女店員が笑みを浮かべ高い声で「いらっしゃいませ」と一言言うと 空いている席に案内してくれた。
この余裕あるもてなしを見て本当に安全国へ来たんだなと3人はしみじみと感じ入る。これまで訪れてきた国なら店に入っても放って置かれて一言言われるとしても「その辺の空いてるとこに座ってて」くらいのモノだった。
愛想の良い店員に案内されるがまま奥の席に行き、促されるがまま席に座る。
3人はメニューにすぐ目を通すとコーラ コーヒー 紅茶、そしてショートケーキとナッツをオーダーした。
店員は注文を控え終わるともう一度ぺこりとお辞儀をして奥に引っ込んで行った。
「ん~・・・」
店員がいなくなるとリリィが小さく息を吐くきながら目を閉じ、腕と背筋を伸ばして体をほぐしだした。
空を移動中ずっと同じ体勢で寝ていて体が固まっていたせいか二の腕がプルプルと小動物のように震えていた。
「さて、と」
3人とも無言の時間が5秒ほど続いたところでその均衡を破るようにリリィが小鳥のような声でワンテンポ置く
そして、次の瞬間彼女の鋭いチョップがレイヴンの脳天を襲った。
「ィ・・・ッてえ~」
突然の一撃を受けたレイヴンはくぐもった声で唸り、殴られた頭を撫でる。
しかし、なぜ殴られたか説明が無くてもレイヴンは分かっていた。
「もうッ 民間人に手を挙げるバカが・・・」
「みなまで言うなって」
小言を言い始めそうだったリリィの口を手で押さえて静止する。
「な~に す・ん・の・よ!」
顔を抑えられた猫のように頭を引いてレイヴンの手から口を離す。
「『民間人に手を挙げるバカがどこにいるのよ』って言いてぇんだろ?・・・ここにいる」
「そういう話をしてるんじゃないわよ!」
と、リリィがキレると同時にレイヴンのベンケイの泣き所に痛みが走る。
「いたい・・・」
机の下でリリィが蹴ったらしい、ほんの少しのモーションのはずなのに鉄球をぶつけられたような痛みだ、そうだ彼女は脚技専門の武術【龍舞脚】の使い手だった。心の準備なしでそれをくらったレイヴンの目には涙が滲んでいた。
・・・そう、レイヴンはこの街に入る前 つまり乞食達に囲まれた時だ、リリィをはめて裸同然の服を着せさせようとする乞食達の企みを阻止したところ レイヴンに酒瓶が投げつけられた。
それが起爆剤となり、レイヴンの奥底に眠っていた魔族のプライド そして喧嘩好きの性分が目覚め混ざり合いレイヴンを戦闘モードにさせてしまった。
「悪かったって反省してるぜ、ちょいとはしゃぎすぎただけじゃねぇか 若気の至りってやつだよ」
「30人以上の人間をぶちのめす行為は果たして若気の至りで済ませられるのか?」
矢継ぎ早に口先だけの謝罪と言い訳を言うレイヴンにゼルクが短く且つ鋭いツッコミを入れる。それにレイヴンは顔をしかめて言い返せなかった。
「あんた自分達が追われる身だっての忘れてるの?健忘症?」
机に身を乗り出してレイヴンに顔を近づけ、尋問するように問い詰める。
しかし、その張本人はと言うと机に乗り出す事で卓上に乗っかったリリィの胸に目線を持っていかれていた。
「リリィお前Fカップくらいあるな」
「な、が!うおお!?なに、なに見てんのよォ!!」
どもり、うまく舌が回らず不思議な絶叫とともに慌ててレイヴンの顔面に右フックが放たれる。
クリーンヒットだ
生々しい音が店内に響く。
さっきから隣の客がこちらを怖がって退席するかしまいか悩んでいるようだ。レイヴンはオレのせいじゃないが悪いことをしたかなくらいには考える。
「ッテェ・・・ちょっとしたジョークじゃねえか」
「もう、話が進まないからふざけんの禁止ね!」
机に乗り出した体を再び席に着かせるリリィ
レイヴンは「分かったよ」と殴られたところをさすりながら椅子に背を預ける。
「あのスラム街みたいなところでの喧嘩の話だったっけか?話をそこに戻すとだな、魔界の奴らにあの喧嘩でオレ達の居場所がばれるということはない」
「まあ、たしかにここは魔族のいない安全国だから こういうところはあまり気にしていないわ 問題はこの国を拠点としている【真・頂正軍】の存ざ・・・」
言いかけたところでリリィは急に口をつぐむ
何かと思い、後ろを見るとさっきの店員がこちらへ向かって歩いてきていた。その手には盆が、上にお冷が乗せられてこちらに運ばれて来ていた。
リリィはこの秘密話を聞かれるのを嫌がり、口に指を当てて「しー」っと言い 黙っていてほしい旨を伝えた。
「申し訳ありません お冷の方を持ってくるのを忘れておりました」
申し訳なさそうに頭を下げた後それぞれの前にコップを置いていき水を注いでいく。
ゼルクは黙って腕を組み その様を見つめ
レイヴンは注がれると同時に飲み干した。
きちんと3人分の水を注ぎ、レイヴンのコップに再び注ぎ終わると「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げてまた奥へ引っ込んでいく。
リリィは店員が去っていくと水を一口飲んで喉を潤す
「こういうのは人に聞かれないようにした方がいいわよね」と急に黙ったことへの前置きをすると 再び喋り出した。
「頂正軍に見つかって事が荒立つような事があれば協力なんかしてくれなくなるかも、もしかしたら油断してる間に暗殺とかされちゃったりして・・・」
レイヴンを怯えさせたいのか 丸い目を必死に釣り上げて脅すような目つきを作っている。
「そうなればオレの仲間も狙われるだろうな 例えば・・・お前とか!」
レイヴンからの急な切り返しにリリィはビクッとその細い体を驚きで弾ませてしまった。
少し顔を染めながら
「怖い事言わないでよ・・・」
「最初に言いだしたのお前だろ」
レイヴンは無邪気に笑いながら腕を頭の後ろに組んで椅子の足を床から浮かして脚をぷらぷら遊びだす。
「なあに、あの乱闘現場には証拠一つとしてのこしてねぇよ 魔力は一切使ってねえし指一本触られてないから相手の爪の間にオレの皮膚片が挟まっているということもない 指紋は全部『武装』で地面の中に埋まってる」
頭の後ろで組んでいた腕を解き、浮かしていた椅子をガタンと前のめりに倒す。
不安要素を問うレイヴンの顔には少なくとも不安そうな感じは一切ない。
しかし、そこに沈黙していたゼルクがついに口を挟む。
「そう言うが【真・頂正軍】は200人越えの武力部隊、それも全員が魔力使いだ もしも手がかり0からでも相手を見つけ出す事ができる能力者がいたとしてもなんらおかしくはないんじゃないか?」
「心配性だなおっさんは、インドはいわゆる大国だ 今オレ達がいるような街のど真ん中で魔族が暴れたというならいざ知らず元々治安の悪い町のゴタゴタまで頂正軍が管理しているとは考えにくいね」
「でも油断は禁物よ、レイヴンの弟 アーミーの魔術【G.Iジョー】あれは生物の動きと視界を支配して自分のものにする能力・・・でしょ?」
リリィはレイヴンに確認する。
「ああ、そうだ」
アーミーの【G.Iジョー】は中国での戦いにてレイヴンが手に入れている、その性能はネズミ程度の小動物を数十匹操る程度だが 紛れもなく能力はレイヴンのものだ。
「ね、もしかしたらあの能力みたいに人間を媒介して監視できる能力もあるんじゃないかな?たしか何かしら基盤になるものがあれば魔力って少しのエネルギーで事足りるんでしょう?」
そう言われてレイヴン、ゼルクが考え始める。
リリィの言う通り魔力は物が持つパワーを倍増させる性質を持っている。
魔力を纏わせた武器は破壊力を増す、刀は岩を切り裂き、槍は鋼鉄の壁に穴を開ける 盾が魔力を帯びれば弾を弾き、紙でさえも鋼鉄のような強度を得る。
身体に纏わせれば 拳は地を砕き、脚は沈む夕日よりも速く走り、眼は水平線までも見通す。
それは魔力を応用した魔術にも同じ性質がある、例えば【G.Iジョー】で生物を媒介せずに無数の視界を手に入れようとすると、なにもないところに視力を持った物を魔力で作らなければならない、0からそれを作るのは特級魔族の持つ魔力量でも数個が限界だろう。
魔力は何かに頼って初めて力を発揮する、これまで相手にしてきた魔族たちもレイヴンにも例外はない。
「確かにそうだな、さっき見たこの国全体にかかっている魔力の膜 ありゃあ人間が出せる魔力の範疇を超えてた」
レイヴンが頷く、この中で一番魔力を長く扱ってきた者だ 先に見た国を覆う魔力の異質さを最も実感している。
「【真・頂正軍】には魔力以上の秘密があるってことか」
「あれだけの魔力量を見せられたんだ、そう考えざるを得ねぇよなァ」
隣同士のゼルクとレイヴンはその不鮮明なスカウト相手の情報に一抹の不安を抱いていた。
「「ハァ~ァ」」
「もう、二人してため息なんかつかないでよ ゼルクさんはともかくレイヴンが落ち込んじゃったら私が盛り上げ役やんなきゃいけないじゃない」
3人がいる席にほんの少し暗澹たる空気が流れた、ちょうどその時だ
「あ、来たよ」
さっき頼んだ品を店員がトレーに乗せてこちらに歩いてきていた。
「お待たせしました~」
姿勢良くこちらに歩いてきた店員は、当然だがこちらの席の前で立ち止まり 一つずつ食物を置いていく。
コーラ コーヒー 紅茶、そしてショートケーキとナッツ 注文通り、注文した者の前にそれぞれ置かれていく。
「以上でよろしいですか?」とお淑やかに尋ねられ
「ああ どうもありがとう」と微笑んで返すと
「では、ごゆっくりどうぞ」とさらに良い笑顔を向けてから裏に戻っていく
レイヴンは店員の丁寧な対応をしっかり堪能した。
「な~にニヤけてんのよ」
店員に向けるレイヴンの嬉々とした目線と対局を成すような呆れた目でリリィはレイヴンを見つめる。まあ、見えてはいないが
「いいだろ、オレは美女が好きだ 胸がでかけりゃ尚良し」
「はい 要らない情報をどうもありがとう」
思った以上にどうでもいいことを言われリリィはショートケーキと紅茶を前にしたまま、そっぽを向いた。
「もちろんお前もオレの好みだぜ」
「・・・バーカ」
そっけなくそっぽを向いたままレイヴンを罵倒するも、黒髪の間から覗く耳が赤くなっていた。
その紅を見てレイヴンはニヤリとしたままなにも言わない。
「デート初日のカップルかお前らは」
二人のやり取りをすぐ横で聞いていたゼルクは呆れながらも笑っていた、笑うといっても嘲笑だろうが この席では一時ここしばらく続いていた戦いを忘れられていられた。
ゼルクはまだ湯気の立つコーヒーを熱がる様子もなくチビチビと飲む
リリィはショートケーキを口に運び それを紅茶で胃に流すと恍惚の表情を浮かべていた。
レイヴンの前にはナッツの盛り合わせが入った皿とコーラのグラス、豆と炭酸はどう考えても合いそうにないが、レイヴンは豆を上に放り投げて口で取る遊びをしながら時折コーラで喉を潤わせていた。
軍資金が4万(インド)ルピーしかないので 節約の為追加オーダーもせず亀が進むような速さで食べ飲みをして休みの時間を引き延ばす。できるだけ長くこの店で体を休めておきたいと考えている。
1時間でゼルクのコーヒーは底をつき
2時間経ち、リリィは完全に冷めた紅茶を飲み干した。
「あ、ちょっとお手洗い行ってきていいかな」
3時間経ちレイヴンのナッツが残すところあと10個となったところでリリィがトイレに席を立った。
「おっさん 一応ついていってやりな 何かあると困るからな、荷物はオレが見ておくよ」
「おう、ついでに便所から戻ったらそろそろ店を出るか」
「そうするかね」
幾らか会話をした後ゼルクはレイヴンの言う通りにリリィの後ろに付いて行ってやる。
一人席に残されたレイヴンは炭酸の抜け切ったグラスの6分の1くらい残っているコーラを飲むと「甘ったりぃ」とため息をついた。
明日からは本腰を入れて【真・頂正軍】の手がかりを探す、そして大規模な仲間を増やせば次はついに魔界への挑戦だ・・・戦いは既に最終決戦に向けての準備段階佳境に入っている。そのためには今日を全力を尽くして休み、体力を回復させる 休むのも戦士の勤めなのだ。
などとあくびついでに考えながら皿からナッツを摘み取る。
そして、手にスナップを利かせて放り投げ・・・
「そのナッツは口から外れる」
放り投げようとした瞬間、いつのまにか背後の席に座っていた男がそう言っていた。
こちらを向いて言ってはいない、だが明らかにレイヴンに向かって言っていた。
「は?」
何をいきなり現れて勝手なことを言ってやがる、などと考えるが もう手の動きは中止できない
レイヴンの指先から離れたナッツは空中でクルクルと回りながら弧を描き、放物線状にレイヴンの顔へ落ちてくる。
だが、レイヴンの注意はそれよりも 背後に佇む男に向かっていた。
眼球がぐるりと後ろまで周り、背後の男の像を捉える。
まず最初に深々と目元まで覆うブカブカのニット帽が目に付いた そう、まるで自分が角を隠すために巻いているターバンのように 目深に被られている。
ナッツはもう既に一寸先の所まで落ちてきていた
もしもだ、もしもこの男が魔族だったら・・・レイヴンの思考にこれが浮かんでくるまでに1秒とかからない
その考えが頭に浮かぶと同時に脳内に警戒音が鳴り響く
レイヴンは危機を感じ取った獣のように筋力をバネにしてテーブル一つ分後ろに飛んだ。
背を曲げて手足4つを使い 衝撃を全て身体で吸収し音もなく着地する その姿はネコ科の猛獣を彷彿とさせた、レイヴンの真っ黒な見た目と重なって黒豹のような印象を受ける。
ナッツは帽子の男が宣言した通りレイヴンの口には入らずカツーンと音を立てて卓上で跳ねた
「何だ お前はいつからそこにいた・・・?」
凛と張り詰めた空気の中レイヴンは刺すような声を出す
ブカブカののニット帽と灰色のロングコートを身につけた男は絵に描いたような不審者だ
その男からの返事はない
一瞬の出来事な上、音も立てていないので店の誰もこの状況に気づいてはいない
だが、少しでも魔力を使った騒ぎを起こせばアウトだこの国での活動は不可能となる。
目の前の不審者のような男が人間か魔族か不明だが・・・今素早く気絶させれば誰にもバレず目の前にいる不気味な男を片付けられる。
大丈夫だ、オレならできる0.1秒もあれば あいつの腹に叩き込める
・・・そう考え 瞬発的に倒す体制に入り 爪先に体重を乗せた瞬間
タイミングを見計らったかのように帽子の男が席を立った。
レイヴンは体に急ブレーキをかける あまりのタイミングの良さに警戒がぐっと増したのだ。
「なあ、そこの黒い貴方 この私とちょっとした賭けをしないか?」
帽子の男が振り返りながら放ったセリフは正直予想を超えた一言だった。
ただの異常者か?
魔族か?だが、今更魔王の子供達でない平凡な魔族を単体で送り込んでくるか?
いや、やはり そもそも魔族ではないかも
答えが出るはずもない事を考え続けてしまう、騒ぎを起こせないこの状況がレイヴンの判断力を鈍らせてしまっていた。
そんなレイヴンの思考を知ってか知らずか帽子の男はマイペースに話を進める。
「今から私がこのナッツを投げる、それを貴方が口でキャッチできたら貴方の勝ちだ」
帽子の男はレイヴンの席にある皿から一粒つまみとった。
「貴方が勝てば私の持ち合わせを全部やろう」
と、ロングコートのポケットからよく膨らんだ財布をレイヴンの眼前に落として見せる。隙間からは大量の紙幣が顔をのぞかせていた。
しかし、レイヴンはそれにさえも警戒を抱き、臨戦態勢は解かない。
「何が目的だ・・・!」
すかさず睨みつける
だが、男はこちらが間違っても手を出せないのを知っているかのように不敵に笑っていた。
「準備はいいかい?」
「お前、答えろ・・・何が目的だ」
「さあ、投げるぞ」
「おいっ!」
ついに我慢ならなくなったレイヴンが帽子の男に向かって一歩踏み出した時
男はナッツが握られた手を振りかぶっていた。
帽子の男の右腕が振り下ろされ、ナッツが放り投げられる
ナッツは時速約90kmの速度を保ったまま 低空で飛んでいく
これはレイヴンなら余裕で反応できる速度ではあったが あえて取らない。
ナッツがレイヴンの腰の辺りを横切って床に叩きつけられるとその衝撃でバラバラに砕けて座席の下に飛び散った。
「フフ・・・賭けは私の勝ちだね」
嬉しそうに笑うと帽子の男は床に落としてあった財布をコートのポケットに戻した。
「それがどうした、用が済んだなら帰れよ 言っとくけどオレは金なんか持ってねえぞ」
さっきからこの男の行動は突拍子も無いことばかりで敵なのかすらも怪しい
「うふふ、金なんか要らないよ」
帽子の下から覗くタレ目を細めて嫌な笑みを見せると
次の瞬間に男は驚くべきことを口にした。
「私が欲しいのは・・・レイヴン、お前の命だ」
いきなり発せられた男の台詞にレイヴンの身体は驚きで硬直した。
何故自分の名を知っているのか
決まっている・・・この男が魔界からの刺客だからだ。
硬直した身体を気合いで解きほぐす、ゼルクとリリィが帰ってくるのを待つ余裕はない
直接的にではないにしろ男は自分の正体を明かしたのだ、つまりレイヴンを殺す準備がもう既に整っているという事・・・
殺られる前に殺らねば
完全な戦闘態勢に入ったレイヴンの身体はたった一歩で男と自分の間にあった距離を0にする。
相手からしてこの速度は予想外だったのだろう視線がまだ先程レイヴンがいた場所を向いていた。
そして、ほんの一瞬だけ拳に魔力を集中させると自分の動きを追えていない間抜け面に 疾く 鋭く 重い一撃を叩き込む。
手応えはバッチリだビリビリと心地の良い痺れを感じる。
「どうだ」
さっきから捉えどころのない帽子の男との対話でイラついていたレイヴンは殴ると同時にスッキリと言うような顔で笑った。
相手も魔族ということがバレないように魔力は出していなかった、生身でレイヴンの一撃をくらえばひとたまりもない 鼻は折れ、顎は砕け、眼球は陥没する程の威力だ。
レイヴンは拳を引く、自分の拳に隠れて男の顔は見えてはいなかったが手応えからしてきっとひどいことになっていることだろう。こんな小洒落たカフェでそんなグロテスクな物は見たくねぇなと考えながら顔を確認する。
だが・・・
「無駄だよレイヴン、お前は既に私の術中にはまった・・・暴力での抵抗は意味をなさない」
レイヴンが視界に捉えたのは予想に反する姿だった。
全くの無傷・・・依然 男の体に魔力は少しも纏われていない それなのに傷が見受けられなかった。
レイヴンの拳圧で男が被っていた帽子が飛ばされ、頭から離れ 男の顔が露わとなる。
帽子の下から、タンポポの綿毛のように真っ白な癖っ毛の髪
そして、耳の横からは魔族の象徴である角が現れた。
その角からはほとばしる稲妻のような魔力が確認できた。
だが、その魔力が流れているのは この魔界からの刺客の身体にではなく、空間に溶け込んでいくように発されていた。
レイヴンは二発目の攻撃をするのをためらう、もう既に敵の能力は発動しているのは確実だ、迂闊に攻め込むのは愚の骨頂だと考えたからだ。
また後ろに飛び退く
目の前の男に退いたレイヴンを追撃しようとする気配は感じられない
こちらの様子を伺っているのか もしかすると奴の攻撃は始まっているのか・・・やはり不気味だ。
「ふぅ・・・」
相手と距離をとり、少し緊張が解けたところで違和感に気がついた。
後ろを素早く振り返る、やはりだ・・・
やはり、このカフェ・・・人間が誰一人として動いていない
刺客に気を取られて気がつかなかったが さっきまで聞こえていた人々の話し声も全く聞こえなくなっている。
目の前の男に注意しながらも周りを見回すと・・・
「なんだ・・・こりゃ」
いくつか後ろの席に座っている男がコーヒーを飲もうとカップを持ち上げる中途半端な体勢で止まっている、しかも そのコーヒーから立ち昇る湯気が形を変えずそのまま同じ高さ形で止まっている。刺客の男の頭から脱げた帽子が床に落ちる前で浮いたままその場に留まっている。店のショーウィンドウを見ると、このカフェどころか見渡す限り全てのものが停止している。
これは・・・
「時間が、止まってやがる!?」
思わずレイヴンは声をあげた。
その目の前でタレ目の男はニヤリと笑うと勢いよく両腕を大きく広げ、天を仰ぐような体制のまま顔を上げ 叫んだ。
「Ladies and gentlemen!停止した世界の紳士淑女の皆様!これより、『反逆者』レイヴンとわたくしが命を賭けたギャンブルを 開始致しますッ!!」
その言葉を聞くものはレイヴンしかいない止まった世界の中で、得意げにハリウッドのミュージカルの司会を模したような演説を終えると、胸の前に手を当てて丁寧に一礼する。
何を言っているんだ、とレイヴンは呆れたが 敵の眼前で隙ともとれる余裕を見せつける姿がレイヴンの兄弟達と重なる。嫌な感覚だ
「さあ、始めよう『DISE&GUNS 』!賭け金は自らの命・・・!」
男の声は時の止まった中オペラ歌手のようにどこまでも響き通っていた。
そして、角から発される魔力も何か聞き慣れない名を叫んだと同時に莫大に増える、『DISE&GUNS 』たしか奴はそう言った。
それがきっとタレ目の刺客が使う能力名
吹き荒れる魔力の嵐にレイヴンの頭に巻かれたタオルが吹き飛んだ。
「時を止める能力か?それともノヴァがするような空間系の能力か?」
空間全てを侵食していく敵の魔力を前にレイヴンは左拳を突きだす攻撃的な構えをとる。
「どうにしろ お前が魔界からの刺客だと言うんなら・・・必ず倒す、覚悟しな!」
敵の魔力に対抗するようにレイヴンも魔力を全力で蒸す
その力は特級魔族の名に圧力、千の獣が暴れ回っているかのような出力で他を圧倒する
止まった時の中で、漆黒の稲光は眩く熾烈に・・・肉体を迸った。
瞬間、何処からともなくピシっと硬いものがひび割れる様な音が聞こえた。
「Open the game」
その音を皮切りにレイヴンの目の前に映る風景に違和感が生じた
視線の先、ガラスが割れたように風景が欠けている。
奇妙すぎる現象だがもう驚かない、いちいちリアクションしている暇も余裕も無い
ぐっと身構えていると風景の亀裂が一斉に増え始めた。
音を立てて世界が崩壊していく
机も椅子もガラスも、ショーウィンドウから臨む街も 店内の人間も全てがバリバリと音を立てて空間から落下し、床で粉々に砕け散った。
残ったのはレイヴンとタレ目の刺客だけ
あとは、どこまでも平行に続いていく純白の空間と目の前に置かれた正方形の木机とその両側に置かれた椅子
机の上には向かい合わせに置かれた2丁の拳銃とこちらも向かい合わせの白いサイコロ 黒いサイコロ
この突然変異した風状にレイヴンは思わず構えを解いていた。
「やはりテメェはノヴァのような空間系能力らしいな、魔力の流れに見覚えがある」
「さあてね、私はクイズをさせたいわけじゃないんだ」
飄々としている相手の服装はいつのまにかラスベガスのディーラーが着ていそうなラメの散りばめられた派手なスーツに変わっていた。
別段それには突っ込まず、現在レイヴンの注目する事柄は相手の能力詳細であった。
相手の発生させているこの空間で物理攻撃は無効化される。
白い空間に意味深な机と上に置かれた拳銃とサイコロ・・・意味不明だ。
しかし、どんな能力だろうと ここで相手を倒しておかなければこの場から逃げる事は出来ない、それは説明が無くても分かる。
「・・・いいぜ、好きにしろ ここは【魔族禁制の国インド】だ 仲間を呼べねえのはお前も同じ、どうやってこの国に侵入したかは知らんがオレが勝った後洗いざらい話してもらうぜ」
相手の都合のいい場所に転移させられたであろう この状況でもレイヴンは爪を『武装』で尖らせ、目の前に突きつけて逆に相手を脅して見せた。
当のタレ目の男はくすくすと小馬鹿にしたように笑う随分な余裕を見せつける。まるで「この空間に引きずり込めば私の勝ち」と言わんばかりの表情だ。
レイヴンの尖爪を眼前にして一笑に伏せると、机の方に歩いて行って椅子を引いた。
「どうぞ 先に座りな」
「オレに座れって言うのか?」
「フフフ 他にも誰がいるって言うんだい」
さっきから妙に人間的だこいつは
これまでの魔族なら話し合いもほどほどに直ぐ襲いかかってきた、だがこいつは司会者のモノマネをしてみたり 茶けてみたり 椅子を引いて着席を促したり
レイヴンと会話をするのを楽しんでいるようでもある。
だとすると(レイヴンも他人のことを言えないが)かなりの変わり者だと言わざるを得ない。闘争本能より理性が強い魔族・・・相当稀なケースだ。
「罠じゃねぇだろうな?」
「心配性だなぁ、私のイメージではレイヴンは もっと堂々とした男って感じだったんだが・・・そうでもないみたいだな」
タレ目が言ったセリフを挑発と捉えたレイヴンはカチンときた。
「いいだろ、座ってやるよ」
少し警戒しつつも机の方に歩いて行き
相手が手を置いた椅子にぶっきらぼうに腰を下ろす。
背後にはタレ目がいるわけだが、レイヴンは相手のイメージの期待に応えるように【堂々と】足を組んで机に肘をついた。
それを見ながらタレ目は何が面白いのかニタニタと湿っぽい笑いをしながらもう片方の席に着く。
二人の魔族を隔てるのはたった80cm四方の机だけ、余りにも頼りがない。
これから一体何が行われると言うのか
『DISE&GUNS 』は幕を開ける。
To Be Continued→
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