強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

7-2

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 念のため、適度な距離感を意識しつつドアを開けると、ルドルフが四角い包みを差し出してきた。 

「これは……アディルの」
「大切な物なのでしょう? 他の荷物と一緒に三階へ運ばれて行くところをかっさらって来たんです」

 目を細め、ルドルフが優しく笑う。
 その笑顔には一片の曇りもなかった。馴れ馴れしすぎるとか、邪な気配がするだとか、勘ぐって悪かったなとマシェリは心の中で密かに詫びた。

「ありがとうございます。ルドルフ様」

 素直に礼を言い、包みを受け取る。

「そうだ、ご婚約おめでとうございます。――しまったな。一番最初に言うべきだったのに」
「そんな、お気になさらないで下さい。わたくしはまったく気にしておりませんので」

 ばつが悪そうに頭を掻くルドルフに、きっぱりとマシェリが言い放つ。
 ルドルフは、目をぱちくりとさせてマシェリを見た。

「もしや、あまり喜んでらっしゃらない?」
「まさか。そんな不敬なこと、思っていても口に出せるはずがございませんわ」
「思ってはいるんですか⁉︎ ――何か事情がおありなら、私が聞きますので遠慮なくお話し下さい、マシェリ様」
「……ルドルフ様が?」
 訝しむマシェリを、長い前髪の下の涼やかな瞳が見つめる。

「陛下より、貴女の相談役を仰せつかりました。このルドルフ・ダニエ、マシェリ様の城での生活を誠心誠意支えていく所存ですので、改めてよろしくお願いいたします」
「相談役?」
「ええ、仮の呼び名ですが」
「それってどういう……」
「ここではなく、サロンへ行って話しませんか? よければ私が薔薇茶ローズティーを用意しますよ」

 ルドルフの誘いに、マシェリは迷いなく頷いた。
 お茶につられたわけでなく、支度をするとドアを閉め、一度彼から目を逸らすために、だ。

(虫も殺せないような、穏やかな目……なのに)

 『怖い』と思ってしまった。
 しかし考えてみれば、どんなに優しげでもルドルフはれっきとした騎士なのだ。いざとなれば虫どころか、人を剣で斬らねばならない。

(秘めた殺気くらい、あっても当然か)

 気を取り直してサロンまで付いていくと、ルドルフにすすめられた丸テーブルの席に座る。

 広いサロンの中を見回したマシェリは、贅を尽くした造りの天井や調度品に感嘆していた。さりげなく置かれたチェストなどは装飾が見事すぎて、自分だったら畏れ多くて使えない。飾っておくのがせいぜいだ。
 遅い時間のサロンには、入り口に立っていた護衛の近衛以外誰もいない。なのにシャンデリアの明かりははじめから点けられていた。
 やっぱり油や蝋燭がどれだけあっても足りないわ。と、つい堅実なクロフォード家流の呟きが漏れたところで、トレイを手にしたルドルフが戻って来た。

「さあどうぞ。お口に合うといいのですが」
「……え? これは」

 マシェリは目を丸くしてカップの中を覗き見た。蕾のような、小さな薔薇が紅茶に浮かんでいる。

「『ダルク』という、小さめの薔薇を乾燥させてつくった花茶です。マシェリ様がお好きかと思って、皇都で買っておいたものなんですよ」
「ええ。……ええ、好きよ。何て素敵なのかしら……! 見た目も、香りもとても良いわ」

 こんな紅茶が、自分でも作れたら。ついそう思ってしまうマシェリは、父の言った通り根っからの商売人なのだろう。 
 しかしその向上心は、皇太子の妃には不必要なものだ。

 そのかわり必要となる淑女の基本的な嗜み、刺繍や詩の朗読などはマシェリがもっとも苦手とするもので、たいてい半刻ももたずに挫折してしまう。
 母の小言を聞く時間の方が長く、余計に次が嫌になって続かない。そうしてさらに嫌気がさす。そのくりかえしだった。

 分不相応にこのまま皇太子妃になったとしても、自分を活かせる場所が見出せるとは思えない。
 ――ここから脱け出したい。マシェリは改めてそう思った。

(でも……相手は帝国の皇太子)

 下手に拒絶などして皇帝の怒りをかえば、その影響はマシェリのみならずクロフォード伯爵家や、下手をすればテラナ公国にも及ぶだろう。それに、水脈もまだ開放されていない。
 婚約の辞退をこちらから申し出るのは、現実的に見て不可能だ。考えるなら、グレンの方からマシェリとの婚約を破棄させる方法しかない。
 それも、できる限り穏便に。

「相談役、ということは……ルドルフ様、わたくしの悩みを聞いてくださるの?」
「ええ。私でよろしければいくらでも話を聞きますし、力になります。なんなりとおっしゃってください、マシェリ様」

 にっ、とルドルフの唇が弧を描いた。
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