14 / 94
本編
7-2
しおりを挟む
念のため、適度な距離感を意識しつつドアを開けると、ルドルフが四角い包みを差し出してきた。
「これは……アディルの」
「大切な物なのでしょう? 他の荷物と一緒に三階へ運ばれて行くところをかっさらって来たんです」
目を細め、ルドルフが優しく笑う。
その笑顔には一片の曇りもなかった。馴れ馴れしすぎるとか、邪な気配がするだとか、勘ぐって悪かったなとマシェリは心の中で密かに詫びた。
「ありがとうございます。ルドルフ様」
素直に礼を言い、包みを受け取る。
「そうだ、ご婚約おめでとうございます。――しまったな。一番最初に言うべきだったのに」
「そんな、お気になさらないで下さい。わたくしはまったく気にしておりませんので」
ばつが悪そうに頭を掻くルドルフに、きっぱりとマシェリが言い放つ。
ルドルフは、目をぱちくりとさせてマシェリを見た。
「もしや、あまり喜んでらっしゃらない?」
「まさか。そんな不敬なこと、思っていても口に出せるはずがございませんわ」
「思ってはいるんですか⁉︎ ――何か事情がおありなら、私が聞きますので遠慮なくお話し下さい、マシェリ様」
「……ルドルフ様が?」
訝しむマシェリを、長い前髪の下の涼やかな瞳が見つめる。
「陛下より、貴女の相談役を仰せつかりました。このルドルフ・ダニエ、マシェリ様の城での生活を誠心誠意支えていく所存ですので、改めてよろしくお願いいたします」
「相談役?」
「ええ、仮の呼び名ですが」
「それってどういう……」
「ここではなく、サロンへ行って話しませんか? よければ私が薔薇茶を用意しますよ」
ルドルフの誘いに、マシェリは迷いなく頷いた。
お茶につられたわけでなく、支度をするとドアを閉め、一度彼から目を逸らすために、だ。
(虫も殺せないような、穏やかな目……なのに)
『怖い』と思ってしまった。
しかし考えてみれば、どんなに優しげでもルドルフはれっきとした騎士なのだ。いざとなれば虫どころか、人を剣で斬らねばならない。
(秘めた殺気くらい、あっても当然か)
気を取り直してサロンまで付いていくと、ルドルフにすすめられた丸テーブルの席に座る。
広いサロンの中を見回したマシェリは、贅を尽くした造りの天井や調度品に感嘆していた。さりげなく置かれたチェストなどは装飾が見事すぎて、自分だったら畏れ多くて使えない。飾っておくのがせいぜいだ。
遅い時間のサロンには、入り口に立っていた護衛の近衛以外誰もいない。なのにシャンデリアの明かりははじめから点けられていた。
やっぱり油や蝋燭がどれだけあっても足りないわ。と、つい堅実なクロフォード家流の呟きが漏れたところで、トレイを手にしたルドルフが戻って来た。
「さあどうぞ。お口に合うといいのですが」
「……え? これは」
マシェリは目を丸くしてカップの中を覗き見た。蕾のような、小さな薔薇が紅茶に浮かんでいる。
「『ダルク』という、小さめの薔薇を乾燥させてつくった花茶です。マシェリ様がお好きかと思って、皇都で買っておいたものなんですよ」
「ええ。……ええ、好きよ。何て素敵なのかしら……! 見た目も、香りもとても良いわ」
こんな紅茶が、自分でも作れたら。ついそう思ってしまうマシェリは、父の言った通り根っからの商売人なのだろう。
しかしその向上心は、皇太子の妃には不必要なものだ。
そのかわり必要となる淑女の基本的な嗜み、刺繍や詩の朗読などはマシェリがもっとも苦手とするもので、たいてい半刻ももたずに挫折してしまう。
母の小言を聞く時間の方が長く、余計に次が嫌になって続かない。そうしてさらに嫌気がさす。そのくりかえしだった。
分不相応にこのまま皇太子妃になったとしても、自分を活かせる場所が見出せるとは思えない。
――ここから脱け出したい。マシェリは改めてそう思った。
(でも……相手は帝国の皇太子)
下手に拒絶などして皇帝の怒りをかえば、その影響はマシェリのみならずクロフォード伯爵家や、下手をすればテラナ公国にも及ぶだろう。それに、水脈もまだ開放されていない。
婚約の辞退をこちらから申し出るのは、現実的に見て不可能だ。考えるなら、グレンの方からマシェリとの婚約を破棄させる方法しかない。
それも、できる限り穏便に。
「相談役、ということは……ルドルフ様、わたくしの悩みを聞いてくださるの?」
「ええ。私でよろしければいくらでも話を聞きますし、力になります。なんなりとおっしゃってください、マシェリ様」
にっ、とルドルフの唇が弧を描いた。
「これは……アディルの」
「大切な物なのでしょう? 他の荷物と一緒に三階へ運ばれて行くところをかっさらって来たんです」
目を細め、ルドルフが優しく笑う。
その笑顔には一片の曇りもなかった。馴れ馴れしすぎるとか、邪な気配がするだとか、勘ぐって悪かったなとマシェリは心の中で密かに詫びた。
「ありがとうございます。ルドルフ様」
素直に礼を言い、包みを受け取る。
「そうだ、ご婚約おめでとうございます。――しまったな。一番最初に言うべきだったのに」
「そんな、お気になさらないで下さい。わたくしはまったく気にしておりませんので」
ばつが悪そうに頭を掻くルドルフに、きっぱりとマシェリが言い放つ。
ルドルフは、目をぱちくりとさせてマシェリを見た。
「もしや、あまり喜んでらっしゃらない?」
「まさか。そんな不敬なこと、思っていても口に出せるはずがございませんわ」
「思ってはいるんですか⁉︎ ――何か事情がおありなら、私が聞きますので遠慮なくお話し下さい、マシェリ様」
「……ルドルフ様が?」
訝しむマシェリを、長い前髪の下の涼やかな瞳が見つめる。
「陛下より、貴女の相談役を仰せつかりました。このルドルフ・ダニエ、マシェリ様の城での生活を誠心誠意支えていく所存ですので、改めてよろしくお願いいたします」
「相談役?」
「ええ、仮の呼び名ですが」
「それってどういう……」
「ここではなく、サロンへ行って話しませんか? よければ私が薔薇茶を用意しますよ」
ルドルフの誘いに、マシェリは迷いなく頷いた。
お茶につられたわけでなく、支度をするとドアを閉め、一度彼から目を逸らすために、だ。
(虫も殺せないような、穏やかな目……なのに)
『怖い』と思ってしまった。
しかし考えてみれば、どんなに優しげでもルドルフはれっきとした騎士なのだ。いざとなれば虫どころか、人を剣で斬らねばならない。
(秘めた殺気くらい、あっても当然か)
気を取り直してサロンまで付いていくと、ルドルフにすすめられた丸テーブルの席に座る。
広いサロンの中を見回したマシェリは、贅を尽くした造りの天井や調度品に感嘆していた。さりげなく置かれたチェストなどは装飾が見事すぎて、自分だったら畏れ多くて使えない。飾っておくのがせいぜいだ。
遅い時間のサロンには、入り口に立っていた護衛の近衛以外誰もいない。なのにシャンデリアの明かりははじめから点けられていた。
やっぱり油や蝋燭がどれだけあっても足りないわ。と、つい堅実なクロフォード家流の呟きが漏れたところで、トレイを手にしたルドルフが戻って来た。
「さあどうぞ。お口に合うといいのですが」
「……え? これは」
マシェリは目を丸くしてカップの中を覗き見た。蕾のような、小さな薔薇が紅茶に浮かんでいる。
「『ダルク』という、小さめの薔薇を乾燥させてつくった花茶です。マシェリ様がお好きかと思って、皇都で買っておいたものなんですよ」
「ええ。……ええ、好きよ。何て素敵なのかしら……! 見た目も、香りもとても良いわ」
こんな紅茶が、自分でも作れたら。ついそう思ってしまうマシェリは、父の言った通り根っからの商売人なのだろう。
しかしその向上心は、皇太子の妃には不必要なものだ。
そのかわり必要となる淑女の基本的な嗜み、刺繍や詩の朗読などはマシェリがもっとも苦手とするもので、たいてい半刻ももたずに挫折してしまう。
母の小言を聞く時間の方が長く、余計に次が嫌になって続かない。そうしてさらに嫌気がさす。そのくりかえしだった。
分不相応にこのまま皇太子妃になったとしても、自分を活かせる場所が見出せるとは思えない。
――ここから脱け出したい。マシェリは改めてそう思った。
(でも……相手は帝国の皇太子)
下手に拒絶などして皇帝の怒りをかえば、その影響はマシェリのみならずクロフォード伯爵家や、下手をすればテラナ公国にも及ぶだろう。それに、水脈もまだ開放されていない。
婚約の辞退をこちらから申し出るのは、現実的に見て不可能だ。考えるなら、グレンの方からマシェリとの婚約を破棄させる方法しかない。
それも、できる限り穏便に。
「相談役、ということは……ルドルフ様、わたくしの悩みを聞いてくださるの?」
「ええ。私でよろしければいくらでも話を聞きますし、力になります。なんなりとおっしゃってください、マシェリ様」
にっ、とルドルフの唇が弧を描いた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
初夜の床で「愛はない」と言った自分に返ってきたのは「愛はいらない食はくれ」と言う新妻の言葉だった。
いさき遊雨
恋愛
「僕に君への愛はない。」
初夜の床でそう言った僕に、
「愛はいらないから食事はください。」
そう言ってきた妻。
そんな風に始まった二人の夫婦生活のお話。
※設定はとてもふんわり
※1話完結 の予定
※時系列はバラバラ
※不定期更新
矛盾があったらすみません。
小説家になろうさまにも登録しています。
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】完結保証タグ追加しました
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜 嘘つきの妹に成敗を、ざまあ
しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」
公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。
婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。
「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」
彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。
龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。
「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」
これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる