宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と芸術の国】

最後の交渉

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 タラントという家名を聞いたアルナイトは、さっきの記憶で一瞬だけ見た女性を思い出していた。理由は分からない。まるで今の自分が偽物のような、中身のないただの器のような奇妙な感覚が襲う。
 シナバーは空虚を見つめる明るい灰色の瞳に、満足そうにほくそ笑む。アルティアルに訪れたメインの理由は、たしかに金塊だ。しかし思ってもないデザートもあった。それがアルナイト。今は滅んだ小国でかつて求めた、珍しい目を持つ令嬢。欲しかった。しかし宝だった彼女は隠されてしまった。あの偏屈な画家によって。容姿も言動も変わっていたから、会ってすぐには気付かなかった。
 一歩、シナバーが近づく。土埃を踏んだ小さな音にアルナイトは我にかえると、後ずさって距離を取った。しかし後ろが壁であるのを思い出す。逃げ道である階段は、シナバーによって塞がれている。彼はおそらく何か対策を持っているだろう。しかしアルナイトは丸腰だ。マリン救出に急いだから、護身用の武器までは考えられなかった。

「その目をよこせ」
「……嫌だね。オマエになんか、物一個やるもんか」
「お前の記憶を、代わりに渡すと言っても?」

 アルナイトはそれに迷いを見せた。しかし、時間にして瞬きを終えるよりも短い、わずかな瞬間だけ。
 アルナイトは指を目元に持っていく。シナバーはそれに笑みを浮かべた。どうやら彼女の行動を『承諾』だと認識したようだ。するとアルナイトは指で右目の下瞼をぐっと下げ、ベロを出す。

「べーだ!」
「……は?」

 たとえ、本当に彼が自分の失った記憶を渡せたとしても、大事な友達や師匠を手にかけた相手だ。頷く気持ちは無い。
 てっきり頷くと思って疑わなかったシナバーは、唖然とさせた顔を徐々にひくつかせると、怒りを露わに歪めた。これまで交渉を失敗させた事のない彼にとっては、この上ない屈辱だ。

「調子に乗るなよ、小娘が!」

 シナバーは声を荒げ、小さな体のアルナイトへ手を掲げる。身を守る手段のないアルナイトは、咄嗟に目を閉じて腕で庇った。しかし、シナバーの手が彼女に触れそうになった瞬間、眩しい光が放たれる。刺すような光の根源は、アルナイトの胸に下がったアルナイト鉱石。シナバーの手は、まるで焼かれるような痛みに襲われ、叩き落とされる。
 明らかな拒絶反応。シナバーはまさかと、ネックレスに繋がった鉱石を睨む。こんな力を持つ鉱石を作れるのは、世界にたった1人しかいない。

『それは僕が、作ったものだ』

 静かな声が、2人の頭に響く。アルナイトは顔をパッと明るくさせたのに対し、シナバーは大きく肩を跳ねさせる。全身が緊張したように、痛みを覚えるほど強張った。原因は分かっている。世界の王へ逆らう意思を持つからだ。
 隙をついて、アルナイトはシナバーの横を通り過ぎる。視線で追って、なんとか首を後ろへ向けた。抱きつく彼女を受け止めるのは、フードも仮面も取り払ったルルの姿。アルナイトの背中を撫でる手は優しいが、シナバーを見る目は嫌悪の色を踊らせている。虹の全眼は美しくも、今の彼には剣のように鋭い。
 ルルはアルナイトをフロゥたちに預け、一歩、シナバーに歩み寄る。それだけでシナバーは額から汗が伝うのを感じた。早い目覚めにしても、こんな子供に恐怖する日が来るなんて思わなかった。しかし彼は笑顔を浮かべる。表情を崩さないのは、ルルが自分を裁かないという確信があるから。

「お初にお目にかかる……世界の王よ。勘違いしなさるな。私はあなたの心臓を欲してはいない」
『知ってる』
「何……?」
『初めまして、ではないから』

 シナバーは怪訝な顔をしながら、記憶を辿る。彼の中ではまだ、ルルと変装した人物は別人のようだ。ルルは肩から下げたカバンの中から、一本のネックレスを取り出す。金の円盤の中心にシトリンをはめた、アヴァールの国石だ。
 それはあの旅人が持っていたもの。ああそうか、彼が一言も喋らなかったのは、声の情報を与えないため。そこでシナバーは、世界の王に自ら目的を話していたのだと察した。

『僕らと一緒に、地上へ出よう。貴方と、する話がある』
「……いいだろう」

 まだ彼には、やってもらう事がある。きっと地上では今、治ったと思っいた混乱が、再び巻き起こっているだろうから。

~               **              ~               **                 ~

 アウィンは重たい体に鞭打ちながら、杖を頼りに急いでいた。呪いの進み具合が、予想よりも早かった。いや、早くなっている。やはりただの呪いではなく、シナバーは何かしらの細工をしていたようだ。
 さっき、ジオードを探しに行くという途中で、リッテが家に寄ってきた。状況説明とともに渡されたのは、リベルタから来る時に族に襲われた馬車の破片。それを分析したらルルの予想通り、族にしては手の込んだ魔術の残香があった。シナバーは手練れだ。ルルにも何か考えがあるようだが、居ても立っても居られず、重たい体を起こした。

(呪いの気配が、大きく固まっている……?)

 呪いの気配を追ってたどり着いたのは、祭壇広場。人が所狭しと集まり、出入り口にまで溢れている。祭壇広場はそれなりの広さがあるというのに。どうやら国民のほとんどが、ここに集結しているようだ。
 アウィンはうっと息を詰まらせる。ここに居る全員、呪いがひどく進行している。本来ならば動く事すら敵わないだろうが、平然としていられるのは、ルルの作った宝石のおかげだろう。

(それでも止められないという事は……元々持っていた国石の影響でしょうか。手放した途端に進行速度が上がったのを見ると、そうなる事を危惧していたから)

 しかしどうしてみな、祭壇広場に集まっているのだろうか。確かに国宝を祀る、神聖な場所だ。それでもそもそも国石に問題があったのだから、国宝も頼りにはならないのは分かっているだろうに。
 ざわついているうちの1人が、アウィンを見た。彼女はハッとした様子で駆け寄る。するとみんな彼の存在に気づいたのか、あっという間に中央に囲まれた。

「あんた、紫のマント着た旅人の仲間だろっ?」
「あの人は今、どうしてるか分かりませんか……?」
「る、ルルは今、ファルべ殿たちとともに、マリン殿の救出に向かっていますが……。なぜ、貴方たちがルルを?」

 国民はアウィンに、誰かがマリンの人形を使い、芸術祭へ向けて作られた多くの作品を壊したのを話した。そこで突然現れた旅人が犯人は別であり、張本人を連れてくると言ったことも。
 マリン救出の件や、呪いについては聞いていた。だが決着をつけるところは初耳だ。彼はまたそんな無茶をしようとしているのか。まあ、1人で行動していないだけマシかもしれないが。

「なあ、あの旅人はただの旅人じゃないんだろ?」
「あの人がくれた宝石、とても暖かくて優しいの。ただのオリクトの民には思えないわ」

 アウィンは彼らの縋るような表情に、ここに集まった理由を察した。ルルはまだ仮面の下を見せていないが、言動で多くの民が悟っているようだ。みな口には出さないが、世界の王であるという確信をほとんど持っている。そんな彼が呪いを解いてくれるという一縷の望みにかけているのだ。
 しかしアウィンはルルの正体に頷くよりも前に、彼らに残酷を言い渡さなければならない。

「……この呪いは、彼には解けません」

 ざわめきが、息を止めたように静まり返った。ルルにできる事は、せいぜい今のように呪いの影響を防ぐだけ。根本的に呪いを解けるのは、掛けた本人のみ。世界の王は、この世の何よりも力を持つ。しかしそれと人間が生み出した呪いというのは、話が違ってくる。
 全員顔を青ざめる。聞いた話では、家族や友人が呪いの影響で動けないという者もいるそうだ。ここに集まった中には、そんな自分以外の大事な命の安否も抱えている。

(……ルルも、私の話を聞いてから、呪いの本質について知ったはず)

 一体どう出るのだろうか。大の大人が子供の考えに頼るのは情けないが、今はルルの動きに全てを任せるしかない。
 数人の足音が、祭壇広場に近付いてきた。出入り口に近い位置に居たアウィンは、いち早く気付いて振り返る。そこには、無事マリンを救出したルルたちが居た。

「ルル……!」
『アウィン!』

 ルルは走り寄ると、アウィンに抱きつく。呪いの影響を、ずっと心配していたのだ。しかし少し触れて分かったが、普段の息遣いの荒さや発汗の異常から、やはり完治したわけではない。この呪いは、お守りでは治せない。
 アウィンは肩を抱き返しながら、4人の後ろに居るシナバーを睨む。アウィンにとっては見知らぬ男。だが呪いの特色が同じで、彼がシナバーであるのが分かる。

「ルル、みな、呪いについて狼狽しています」
『うん。アウィン、馬車の破片は?』
「ええ、貴方の思った通りでした」

 ルルは頷き、アウィンから離れる。
 今のルルは、仮面も外されてフードも被っていない。この姿で国民に会うのは初めてだが、誰も驚いている様子はなかった。注がれる視線は不安のみ。ルルはシナバーと向き合う。

『シナバー。貴方は、マリンの人形を使って、作品の破壊行動をした。そして……殺しも』

 周囲が禁忌の罪に絶句していた。ルルはアウィンに、残しておいた人形の目を一つ渡す。アウィンは意図を理解したのか、受け取ると、馬車の破片とともに見えるように差し出す。片手に両方乗せ、上にかざされたもう片手から、銀の糸で吊った宝石が垂れた。
 これは魔術の種類によって、様々な色彩を見せる魔宝石。魔宝石は、自身を白から混じり気のない赤色に変化させた。別の者の魔術なら、異なる色同士がぶつかるはずなのだ。

「魔術というものには、同じものでも魔力は人によって異なります。これは、魔石が示す通りどちらも同じものです」
『馬車が族に、襲われたというのは……嘘だね? 貴方が、そうなるよう、仕込んだ』
「……なぜそう考えた?」
『貴方は元々、来る予定ではなかった。それでも、無理に来た……という事は、他の目的がある。商談以外の。そうなれば、貴方にとって他は、邪魔になる。そんな状況で、起きた事故。出来すぎていると、思ったんだ』

 本当に、偶然運が良くそう事が進んだ可能性だってある。しかしルルは、いつも頼りにする小さな引っ掛かりを信じたのだ。

「……その通りだ、王よ」

 嘘だと言うのはいくらでもできるが、それでは罪を刻むだけ。ここは大人しく、真実に頷いた。作戦は見事成功したのだから、こちらにはなんの痛手でもない。

「私の罪を並べたという事は、今ここで、裁きを下すか?」

 シナバーはまったく怯む様子もなく、まるで試すように尋ねる。それにルルは静かに首を横に振った。収まっていたざわめきが再度、2人を包む。裁くのは今じゃない。まだ、やってもらう事があるのだ。

『この呪いを、解いてもらう』
「私が簡単に頷くとでも?」
『うん。だから、交渉しよう。商人らしく。アルティアルの命と、貴方の望むものと』

 これはおそらく、最後の交渉だ。お互いにとっての。
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