テンシを狩る者

小枝 唯

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蠱毒のテンシ

蜘蛛が探すもの

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 リーラとリーベが訪れたのは、都内にしては比較的静かで緑が多い田舎町。用があるのは、そこの一軒家に住む狩人。
 インターホンを鳴らしてすぐ、りつが出迎えた。

「こんにちは、リーラさん、リーベ君。遠かったでしょう? どうぞ」

 事前に連絡を受けていた律は、二人を居間に通した。ソファで囲まれた広いテーブルには、カップが四つ並んでいる。
 リーラが腰掛けた椅子の前は紅茶。その隣に座ったリーベの前に置かれたカップには、ミルクココアが入っている。暖かくて、飲むと濃厚でいて優しい甘さに、ほっと吐息が漏れた。
 リーラは、律の隣にあるカップに目線を向ける。コーヒーの用意はされているが、そこには人がいない。

「ヨアケは部屋かね」
「はい。来るとは伝えていたんですが、耳に入っているかどうか」
「よあけ?」
「仲間だよ。彼女は芸術家でね、集中すると他が手に付かなくなるんだ。いつか会える」

 律とヨアケは同居している。最近までは別々で、律が定期的に訪れるという形だった。だが一々インターホンを鳴らされると気が散るという事で、ヨアケが律を同居人として招いたのだ。
 簡単に言うと、律はヨアケのマネージャーだ。ヨアケは芸術面以外、疎かにする癖がある。

「リツ君が居ない時は、定期的にワタシかタダノリが様子を見に来たんだよ」

 そうでもしなければ、下手すれば一ヶ月工房である部屋に引き篭もるし、まともに睡眠も取らない。彼女は人間じゃなくメデゥーサ。死ななければいいと、ガサツなのだ。
 律は面倒見も良く器用で、彼女が補わない部分を徹底できる。そしてヨアケの作品を気に入り、身の回りの世話をする以外邪魔をしないと、熱心にアプローチした結果「勝手にしろ」との許しが出た。

「じゃあ、律もお絵描きするのか?」
「俺は見るのは好きなんですが、やるのは苦手で……」
「彼には他に、ずば抜けたも特技があるんだ。まあ、キミの絵も素晴らしいと思うがね」

 リーラは店の客であってもお世辞は言わない。だから本音なのだが、律は自信の無さのせいか、お世辞だと受け取ったようで、苦そうな照れ笑いをする。そんな彼が得意とするのは、機械関係だ。今日来た理由がそれに頼るためだ。
 リーラはあまから聞いた、ブログのURLを書いたメモ用紙を見せる。律はテーブルの端に置いたパソコンを開き、すぐ検索をかけた。

「既にブログの更新は、止まっているんですね」
「書き主が亡くなったからだろうね。それで、この記事を見た人物の情報、割り出せそうかね?」
「はい、お時間いただければ」
「ああ、ゆっくりやってくれて構わないよ」

 あの廃墟の住所を一時的に、一部だけが見られるよう復元した。そこを踏んだ人物を特定できれば、他への被害を防げる。
 蜘蛛に操られた天の行動からして、ロイエに訪れたのは彼の記憶をたどったものと見える。だから、記事を見て現場へ向かい、蜘蛛の餌食になった人間は一旦、普段の生活をするだろう。その行動を追えれば、そこで対面するであろう関係者が、次の被害者になる前に防げるのだ。
 普通ならばこんな事はできないが、律はどんな機械でも得意とし、ハッキングなんてお手のものだ。このブログが、そこまで人気でなかったのも良かった。万人と行かなければ、半日で足跡を掴める。

 ここは都会の喧騒とは離れた田舎。外で歩く人なんて居ないここはとても静かだ。聞こえるのは、ティーカップの陶器が擦れる音とキーボードを打つ音。それらはいい子守唄で、リーベの意識はゆっくりと微睡んでいった。
 こくんこくんと頭を重たそうにする彼に、そっと黒い手が添えられ、優しく押される。ぽすんと倒れたリーベは、リーラの柔らかな膝の上を枕にすると、すぐに夢の中に沈んだ。
 その様子を、無限の数式が映る画面越しに見ていた律は、微笑ましそうに笑う。都心からここまで、一時間以上かかる。慣れない事をして疲れたのだ。

「悪いね」
「全然。あ、でもあんまり寝かせてあげられないかも。あの瞬間を見ていたの、十五人程度で、そのうち……都心に住んでいるのは七人なんです」

 住んでいる場所が離れていれば、こんなふざけ半分の記事に行動を起こせないだろう。もしわざわざ足を運んで来たとしても、リーラが魔法陣を貼ったから、外へは逃げられない。

 ガチャリと、部屋のドアが開いた。灰色の背中までの髪を掻きながら入って来たのは、ヨアケ。制作に煮詰まったのか、少し疲れた表情をしている。
 彼女は三人を見るなり、怪訝そうな顔をした。しばらくの間、無言でメガネの奥にある赤い目が、記憶をたどって左右を見る。なんとなく、律がリーラたちが来ると言っていような記憶が蘇った。

「……ちょっと待ってろ」

 少し掠れた低い声で言うと、ヨアケは部屋を出ていく。そしてすぐ、一つの小箱を持って戻って来た。リーラの前に置き、開けろと目線で訴える。
 シンプルな紺色の箱は、見覚えのあるジュエリーボックスだ。開けると、スクエア型の透き通る黒をしたギフトをアクセントとした指輪。これは先日亡くなった、保護したテンシの一人である義明の核。あのあと、本人の要望通り検査のため体は解剖した。その中で残った核を、ヨアケに頼んで指輪にしてもらったのだ。

「もうできたのかね」
「サンプルだ」

 今リーラが中指にしている緑色の指輪も、過去は保護したテンシの核。これだけではなく、ロイエの商品は全てヨアケが作成している。
 リーラはケースから指輪を外し、優しく瞬く核を撫でる。それはまるで、今は居ない彼の頭を撫でているかのような仕草だ。

「うん、素晴らしいよ。これで頼む」
「ん」

 ヨアケはあくびをすると、用意されているコーヒーを立ったまま飲み干す。

「お行儀悪いですよ」
「ほっとけ。誰だ、そのチビ」
「パートナーさ。仲良くしてあげてくれ」
「……ふぅん」

 そういえば以前、訪ねて来た忠徳ただのりからリーラにパートナーができたと聞いていたのを、ヨアケは思い出す。
 少しの間じっとリーベを見ると、キッチンの方に向かう。そしてチョコクッキーを数枚持って戻って来た。そのうち一枚をリーベの前にポイッと捨てる。

「取る枚数ミスったからやる」
「おや、ありがとう」
「チーズケーキ焼きましたから、それ以上オヤツ食べすぎないでくださいね?」

 チーズケーキは、ヨアケの好物。疲れた日の晩餐に、ワンホール食べるのが楽しみなのだ。

「彼はオマエにとって、最高の管理者だね」
「うるせえ」

 ヨアケはケラケラ笑うリーラにふんっと鼻を鳴らすと、そのまま背を向けて部屋から出て行った。
 律は彼女を視線で見送りながら、手はキーボードとマウスを動かし続ける。

「みんなのスマホに送りますか?」
「ああ、都心の狩人とマスターへ頼む」

 数秒と置かず、ブブッとポケットから振動が伝わって来た。スマートフォンを取り出し、リーラは新着のメールを確認する。

「ふむ……全員男か」
「女性も閲覧していたんですけどね」
「なら、何か基準がありそうだね」

 リーラは、膝に乗せたリーベの頭が動くのを感じた。彼はもぞもぞ動いて、ゆっくり起き上がる。おそらく彼が持っているスマホの振動で起きたのだろう。ちょうど起こそうと思っていたところだ。

「おはよう坊や。クッキーの贈り物があるよ」
「ん……くっきぃ?」

 リーベは、まだ眠たそうな目を擦りながら、先程ヨアケが投げたクッキーを見る。途端に、眠気が吹っ飛んだ目は黄色く輝いた。

「良かったね。それはご褒美にするといい。やる事が決まった」
「わたしは何をすればいい?」
「スマホのメールを確認したまえ。そこにある顔写真の男の行動を見張るんだ」

 リーベは急いでスマホを取り出し、指示通りメールボックスをじっと見つめる。写真はどれも若い青年か力持ちそうな男だらけだ。

「オマエはワタシと一緒にね。何か気付いた事があれば、遠慮なく言ってくれたまえ」
「分かった!」

 リーラが立ち上がったのを見て、リーベも腰を上げる。その前に、まだ残っていたココアを慌てて飲み干した。差し伸べられた黒い手を握り、玄関に行く。

「リツ君、解析ありがとう。助かったよ」
「いえ、今度は遊びに来てくださいね」
「もちろんさ」

 律はリーラに会釈し、リーベには「ばいばい」と微笑んで手を振る。リーベはそれが嬉しく、家路を踏みながら大きく手を振り返した。

───                **───                    **

 指示を受けて一日経過した。都心に住んでいるめぐるは、もちろん協力者の一人。だが彼は人混みが嫌いだ。都会に住み続ける理由は、短い距離で様々な物が手に入るから。だから、比較的人が少ない時間帯に外へ出た。

(人を操る理由って、なんだろう)

 しかも仲間が掴んだ情報によれば、蜘蛛に乗っ取られた人間は、新しい人間の器をさがしているようだ。わざわざ、人目の付かない場所に誘い込んでまでして。
 数人、顔写真の人物を見つけてあとを追った狩人がいる。そして誘い込みにあえて乗り、奥まった場所で対峙。何をするかと思えば、無数の蜘蛛が口から這い出て、狩人へ向かって来た。そのうち数匹が、口に入ろうとしてきたらしい。もちろんそんなの、戦場を踏み慣れた狩人はあっさり阻止したが。
 蜘蛛は大々的に多くの人間に取り付けるよう、体の中で羽化するようだ。羽化した人物は、栄養を急速に奪われるせいで死は免れない。リーラの指示で子蜘蛛は殺し、最初に乗っ取った親蜘蛛は殺さずに捕獲する事になっている。

(狩人が目的なら……僕ら以外を巻き込むなんて、回りくどい事するかな。何か他に、探しているのがある?)

 考えに没頭するあまり、歩く自分の足に視線が落ちている。それを引き上げたのは、一羽のカラスの鳴き声。
 パッと近くの電線を見上げれば、見覚えのある大きな体をしたカラスが居た。記憶力の乏しい紾は、どうして気になるのかと少しの間頭をかしげ、あぁと思い出す。

(リーラの……。僕に話しかけてる?)

 彼女の事だから、今回の件で狩人以外に指示をしているだろう。だから、あの鳴き声が意味を持っていると予想できる。
 するとカラスは視線を惹きつけたまま、地上近くを飛んだ。そのすぐ近くに、送られたメールにあった写真の一人が歩いている。
 なるほど、居るからあとを追えと言いたかったのか。あの大きさのカラスでは、入れる死角が限られている。
 紾は腰のポーチから小さな瓶を取り出し、半透明な灰色の液体を口に含む。そしてあえて足音を立て、その人物と肩を並べた。男は横目で確かめるように見てくる。紾は気付かないフリをしながら、手袋を脱ぐ。そんな細い腕を、男がグイッと引き寄せた。引き込まれた先は、ビルとビルにできた小さな幅。
 男は紾の間近に迫り、まるでキスをしようとするかのような距離で口を開く。そこに、無数の蜘蛛が蠢いていた。

(今)

 紾はその瞬間、先程含んだ液体を吹きかけた。蜘蛛は驚き、わらわらと外へ逃げていく。しかしその数秒後、痙攣してもがき苦しみながら動かなくなった。そのうち、一番体の大きな蜘蛛が僅かに命を保っている。紾はそれを素手で拾った。
 あれは毒だ。触れれば皮膚から侵食していく。人間にも効くが、今回は仕方ない。元々目が虚で、この男も羽化の影響で生きていなかった。

(僕を狙ったのは、偶然? それとも意図的? なら、どんな意図が……)

 紾の中で、引っかかるものがずっとあった。何かで知っている。何かの知識で、これと既視感がある。

「あー……毒蜘蛛が欲しいのは、体? 丈夫な巣? 丈夫、強い体に、移って───あ」

 そうだ、独は力を求めていた。最高の毒虫を作ろうとしていた。そんな彼の思考から生まれたのなら、これはあの呪術じゃないか?
 紾はスマホを取り出してリーラに通話をかけた。ワンコールで通話が取られる。

「僕だけど。蜘蛛の目的、分かったかも。蠱毒って知ってる?」
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