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探偵の情景・春夏秋冬『 黒い仔猫 』
しおりを挟む2、『 黒い仔猫 』
腕時計の針は、午前3時半を廻っていた。
蒸し暑い、真夏の深夜・・・
下町の飲み屋街にある小さなバーに対象者が入って行った為、葉山は、斜め向かいにあったコーポの鉄階段脇にて、張り込みを始めた。
裏ぶれた小さなスナックなどが軒を連ねる小路・・・ 路地裏と言った方がピッタリかもしれない。 暗い路地裏に店の電飾看板の灯りが点々と灯っている様は、川面に浮かぶ精霊流しの灯篭のように、どことなく幻想的にも目に映る。
( 小1時間は、出て来ないな・・・ )
小さなため息をついた葉山は、煙草に火を付けた。
近くの電飾看板が『 ジジッ 』という音と共に、点いたり消えたりしており、ブロックに乗ったエアコン室外機の音が、蒸し暑い真夏の夜の風景を演出している。 黒い仔猫が1匹、電柱脇に置いてあるゴミ箱の横に、背中を丸めて座り込み、葉山をじっと見つめていた。
40分ほど経っただろうか。 対象者が入って行ったバーの横に小さなスナックがあり、勝手口と思われるドアを開けて1人の女性が出て来た。 歳は30代。 ウエイブの掛かった茶色の髪のワンレングスで、薄い青色のノースリーブを着ている。 蛍光灯の灯りが、電柱脇のゴミ箱を照らす・・・
彼女は、残飯を盛った皿を持っていた。 それを先程の、仔猫の前に置く。 仔猫は「 ミャー 」と小さく鳴くと、残飯を食べ始めた。 彼女は、仔猫の前に膝を抱えてしゃがみ込み、じっと仔猫を見つめている。 やがて、ふと葉山の存在に気付き、ギクリとしたような表情を見せて立ち上がると、葉山を見つめた。
( 変に勘ぐられ、不審者として通報されると困るな・・・ )
葉山は、何でも無いかのように、彼女から視線を外した。
しばらくの間を置き、か細く、更には不安げな震える声で、彼女は言った。
「 ・・警察の方・・ ですね・・・? 」
葉山は答えた。
「 え? ち、違うよ。 遅番の友達が、帰って来るのを待ってんだ 」
ホッ・・と、安堵したような表情を見せる彼女。 だが同時に、その表情からは、諦めにも似た心情が伝わって来る。 『 来るべき時 』に対し、とりあえず『 執行猶予 』を告知されたような・・・
( 陰のある人生を送っている人なんだな・・・ )
葉山は、そう直感した。
再び、仔猫の横にしゃがみ込んだ彼女。 残飯を食べ終わった仔猫を抱き上げると、胸に抱き締めた。
待ち受ける、彼女の人生。 過去の余殃・・・ その、波乱なる未来を凌駕した更なる未来は、彼女にとって如何なる未来となるのであろうか。
彼女の胸の中で、小さく鳴く仔猫。
夜空には、黄色っぽい満月が浮かんでいた・・・
『 黒い仔猫 』 完
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