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103日目
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覚醒した。
三日三晩、意識不明だったらしい。途中で一度、意識が戻ったような気もするけれど、頭に靄がかかっていて、現時点では思い出せそうになかった。
落ち着いてから、とんでもないことを聞いてしまった!となるのだけれど、それは後の話。
「本当に、本当に、大丈夫なんですね?」
上体を起こした私を覗き込むように見て、枕元に立つアケイルさんが青い顔をして問う。
ここはどうやら、救護室のよう。コクリと、頷いた。大丈夫だ。刺された胸に痛みは感じられない。
だけど…。
「気になるだろうから、簡単に報告しておく。ノーツは捕らえた。今度こそ絶対に逃げられん。フィルとメール嬢も牢で処分待ち。話は大体、二人から聞いている。すまなかった。危ない目にあわせた」
アケイルさんの隣りにいた主上が、深々と頭を下げた。やっぱり王様らしくない。私にそんなに頭を下げてどうする?フィルの動向を窺う囮にされていたのは、確かだけれど。それも近衛の役目と言えば、それまでなのに。
笑顔を返そうとした。
だけど…。
「傷はもう心配いらないよ。バッチリ塞がっているからね。シロは回復が格段に速い。僕も驚いたよ。それに運も良い。君の体、穴が空いていたのに、胸の術式にはなんの損傷もなかったんだから」
ベッド脇にいたライトリィさんが言った。ビクッと、肩が一度上下する。
「あ、の…鏡を…」
声が…。
「え?鏡?ライトリィ、鏡はありますか?」
私のか細い声に、アケイルさんが反応する。ややあって、ライトリィさんが手鏡を渡してくれた。そうっと、自分の顔を映してみる。
映っていたのはーー白雪。
どうしよう…誰か…
「シロ?」
訝しげな主上の声。
どうすればいい?どうしよう。もう…耐えられない。
誰かーー助けて!
「そこをどけ」
「え?フルルクス?」
「そこをどけ、アケイル」
爺様の声がする。私は鏡に映る自身の顔から、目が逸らせないまま。
「小娘」
呼び声に視線を移すと、フルルクス爺様が枕元に立っていた。眉間の縦皺が一段と深い。
「あ…」
声にならない。これ以上は、声も出せない。
駄目だ。ここでは…
「まったく。世話の焼ける…」
ぼそり。聞こえるか聞こえないかほどの小さな声でぼやくと、爺様は術式を綴り始める。そしてーー
「フルルクス、一体なにを……」
主上の問いかけの声は、半ばで途切れた。
✢
柔らかい風が頬を撫でた。
「ここ、は…?」
そこは数日前の夜、若い方のフルルクスと会った丘の上だった。咄嗟にキョロキョロと、辺りを見回す。誰もいなかった。
誰も…。
「あ…爺様。ありが…と…」
ペタリとその場に膝をつく。
そうして私はーー
「ふ……うう…うあ…ああああああああっ!!」
叫んだ。
嗚咽した。
何度も咳き込み、えづき、地面を叩き、のたうち回りを繰り返した。
そんなふうにしてーー涙が枯れるまで、泣いた。
✢
どれくらい、そうしていただろう?いつの間にか泣き疲れて眠っていた。日が傾いてきている。数時間は確実に経過しているが、どうでもよかった。
ぼんやりと、丘の上から街道を見下ろす。時間帯のせいだろう、城下へ向かう人が多い。皆、自分の家に帰るのだ。大切な人の元へーー
大切な人。
私はもう、家族の元へは帰れない。そして、そしてーー
〈彼女〉も失った。
間違っていた。私たちは皆。私も、主上も、フルルクスも、アケイルさんにライトリィさん、そしてノーツでさえも。
白雪は存在していた。ここに。確かに。
そうなのだ。命が生まれて、そこに魂が宿らないはずがないのだ。命は生成できても、魂は生成されないなんて、そんな馬鹿な。それこそ自然の法則に逆らっている。
白雪は確かにいた。私と共に。いや、私の魂が召喚される前から。
ただ、表に出ることが適わなかっただけ。境界に阻まれただけ。その命が形づく中で生まれ、ずっと外の世界を感じていた。そしてーー
そして彼女は、フィルに恋していた。
私が感じた胸の高鳴りは、白雪のものだった。それは、彼女が存在した紛れもない証。生きていた証。
それだけじゃない。私が沈みかけた時、何度となく元気づけてくれたのも彼女。
いつだって胸に温かいものを感じていた。孤独を意識しながらも、奥底で一人ではない気がしていた。そのお陰で私は、この絶望的な状況を皮肉ったり笑い飛ばしたりできた。
言葉が理解できるのだって、彼女のお陰だ。目覚めてすぐに不便を感じぬほどの言語力があったのは、白雪がすでに言葉を知っていたから。
フィルが何度となく話しかけたと、ノーツが言っていた。彼女はフィルの言葉の意味を知りたくて、必死で学習した。一度だけ見たあの不可思議な夢は、白雪の記憶だったのだ。
そしてあの時、ノーツに刺され損傷した胸の術式を、修復したのも彼女。
私が山ほどの本を開いて、まったく解らないと言ったその内容を、彼女は理解し自分のものにしていた。彼女の身体から一旦離れた私の魂を、必死で繋ぎ止め戻してくれた。
すべてが彼女のーー白雪のお陰。
だけど、もういない。私を助けるために、僅かに残っていた存在の力を使い果たしてしまった。
それは、いずれ時間の経過とともに私の魂に飲み込まれ、消えてしまっただろう儚いものだったけれど。その私の魂がなければ肉体は朽ち、やはり消え行く定めだったけれど。
それでも、こんな結末はあんまりだ。
境界はどこに引かれている?
おかしいではないか。死んだ私が自由に生きられ、生まれた白雪が誰にも存在を認められぬまま消えてゆく。
どうかしている。神はノーツ以上に狂っているとしか思えない。
どうして?どうしてなの、白雪?こんな不条理に何故、最期まで笑顔でいられたの?「ありがとう」なんて、お礼を言ったの?
何度問いかけても、答えは得られない。
彼女はもういない。胸は温まらない。
今なら解る。藁にも縋る思いで、禁忌を犯した主上たちの気持ちが。フィルの、メルミルの辛さが。
私は再び、己の無力さを悔やみ涙した。
三日三晩、意識不明だったらしい。途中で一度、意識が戻ったような気もするけれど、頭に靄がかかっていて、現時点では思い出せそうになかった。
落ち着いてから、とんでもないことを聞いてしまった!となるのだけれど、それは後の話。
「本当に、本当に、大丈夫なんですね?」
上体を起こした私を覗き込むように見て、枕元に立つアケイルさんが青い顔をして問う。
ここはどうやら、救護室のよう。コクリと、頷いた。大丈夫だ。刺された胸に痛みは感じられない。
だけど…。
「気になるだろうから、簡単に報告しておく。ノーツは捕らえた。今度こそ絶対に逃げられん。フィルとメール嬢も牢で処分待ち。話は大体、二人から聞いている。すまなかった。危ない目にあわせた」
アケイルさんの隣りにいた主上が、深々と頭を下げた。やっぱり王様らしくない。私にそんなに頭を下げてどうする?フィルの動向を窺う囮にされていたのは、確かだけれど。それも近衛の役目と言えば、それまでなのに。
笑顔を返そうとした。
だけど…。
「傷はもう心配いらないよ。バッチリ塞がっているからね。シロは回復が格段に速い。僕も驚いたよ。それに運も良い。君の体、穴が空いていたのに、胸の術式にはなんの損傷もなかったんだから」
ベッド脇にいたライトリィさんが言った。ビクッと、肩が一度上下する。
「あ、の…鏡を…」
声が…。
「え?鏡?ライトリィ、鏡はありますか?」
私のか細い声に、アケイルさんが反応する。ややあって、ライトリィさんが手鏡を渡してくれた。そうっと、自分の顔を映してみる。
映っていたのはーー白雪。
どうしよう…誰か…
「シロ?」
訝しげな主上の声。
どうすればいい?どうしよう。もう…耐えられない。
誰かーー助けて!
「そこをどけ」
「え?フルルクス?」
「そこをどけ、アケイル」
爺様の声がする。私は鏡に映る自身の顔から、目が逸らせないまま。
「小娘」
呼び声に視線を移すと、フルルクス爺様が枕元に立っていた。眉間の縦皺が一段と深い。
「あ…」
声にならない。これ以上は、声も出せない。
駄目だ。ここでは…
「まったく。世話の焼ける…」
ぼそり。聞こえるか聞こえないかほどの小さな声でぼやくと、爺様は術式を綴り始める。そしてーー
「フルルクス、一体なにを……」
主上の問いかけの声は、半ばで途切れた。
✢
柔らかい風が頬を撫でた。
「ここ、は…?」
そこは数日前の夜、若い方のフルルクスと会った丘の上だった。咄嗟にキョロキョロと、辺りを見回す。誰もいなかった。
誰も…。
「あ…爺様。ありが…と…」
ペタリとその場に膝をつく。
そうして私はーー
「ふ……うう…うあ…ああああああああっ!!」
叫んだ。
嗚咽した。
何度も咳き込み、えづき、地面を叩き、のたうち回りを繰り返した。
そんなふうにしてーー涙が枯れるまで、泣いた。
✢
どれくらい、そうしていただろう?いつの間にか泣き疲れて眠っていた。日が傾いてきている。数時間は確実に経過しているが、どうでもよかった。
ぼんやりと、丘の上から街道を見下ろす。時間帯のせいだろう、城下へ向かう人が多い。皆、自分の家に帰るのだ。大切な人の元へーー
大切な人。
私はもう、家族の元へは帰れない。そして、そしてーー
〈彼女〉も失った。
間違っていた。私たちは皆。私も、主上も、フルルクスも、アケイルさんにライトリィさん、そしてノーツでさえも。
白雪は存在していた。ここに。確かに。
そうなのだ。命が生まれて、そこに魂が宿らないはずがないのだ。命は生成できても、魂は生成されないなんて、そんな馬鹿な。それこそ自然の法則に逆らっている。
白雪は確かにいた。私と共に。いや、私の魂が召喚される前から。
ただ、表に出ることが適わなかっただけ。境界に阻まれただけ。その命が形づく中で生まれ、ずっと外の世界を感じていた。そしてーー
そして彼女は、フィルに恋していた。
私が感じた胸の高鳴りは、白雪のものだった。それは、彼女が存在した紛れもない証。生きていた証。
それだけじゃない。私が沈みかけた時、何度となく元気づけてくれたのも彼女。
いつだって胸に温かいものを感じていた。孤独を意識しながらも、奥底で一人ではない気がしていた。そのお陰で私は、この絶望的な状況を皮肉ったり笑い飛ばしたりできた。
言葉が理解できるのだって、彼女のお陰だ。目覚めてすぐに不便を感じぬほどの言語力があったのは、白雪がすでに言葉を知っていたから。
フィルが何度となく話しかけたと、ノーツが言っていた。彼女はフィルの言葉の意味を知りたくて、必死で学習した。一度だけ見たあの不可思議な夢は、白雪の記憶だったのだ。
そしてあの時、ノーツに刺され損傷した胸の術式を、修復したのも彼女。
私が山ほどの本を開いて、まったく解らないと言ったその内容を、彼女は理解し自分のものにしていた。彼女の身体から一旦離れた私の魂を、必死で繋ぎ止め戻してくれた。
すべてが彼女のーー白雪のお陰。
だけど、もういない。私を助けるために、僅かに残っていた存在の力を使い果たしてしまった。
それは、いずれ時間の経過とともに私の魂に飲み込まれ、消えてしまっただろう儚いものだったけれど。その私の魂がなければ肉体は朽ち、やはり消え行く定めだったけれど。
それでも、こんな結末はあんまりだ。
境界はどこに引かれている?
おかしいではないか。死んだ私が自由に生きられ、生まれた白雪が誰にも存在を認められぬまま消えてゆく。
どうかしている。神はノーツ以上に狂っているとしか思えない。
どうして?どうしてなの、白雪?こんな不条理に何故、最期まで笑顔でいられたの?「ありがとう」なんて、お礼を言ったの?
何度問いかけても、答えは得られない。
彼女はもういない。胸は温まらない。
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私は再び、己の無力さを悔やみ涙した。
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