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二年目
生命月1日(2)
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近衛の仕事は城内の治安維持、これに尽きる。
各班持ち場があり交代で警備するのだが、私の属する班にはそれがない。班長はギィ・レヴン。去年まで占者塔という、ここ白銀城で最も重要な場所の警備を任されていた人。現在は国王直下の特務班班長。つまるところ、王様の身辺警護を役目とする班の責任者だ。
この王様の身辺警護というのが、中々くせものだ。なにせこの国の王様は、大人しく玉座に腰を据えている人ではないから。
気付くといなくなっている。それが城内ならばいいのだが、一人城下で発見されることしばしば。お偉い執政官たちの、頭痛の種となっている。
そしてその都度、職務怠慢とウチの班もお叱りを受ける。王様に張り付いているのが役目なわけだから、お叱りはご尤もなのだけれど、腑に落ちない。王様だろうがなんだろうが、一人になりたい時はあるものだ。コバンザメでもあるまいし、いつでもどこでも、ベッタリくっついてなどいられない。
大体、あの王様に傷を負わせることのできる賊がいるのなら、お目にかかりたいってものだ。
その王様が呟いた。
「暇、だな…」
欠伸を噛み殺している。
いや、仕事してください。目の前の書類束、厚さ五センチはくだらないと思うのですが?さっさと読んで、サインをすべきでは?
ちなみに、玉璽というものはない。手書きサインが基本。これは筆跡の複製は鑑定可能でも、複製された判子の印は鑑定困難なため。判本体を見れば複製かどうかは判るものだが、押された印までは、非常に難しい。錬金術というものが在るだけに、厄介なのである。ずっと昔にそれで不正があって、その存在は消えてしまったそう。どこにでも悪賢い奴はいるものだ。
「ふああああ…」
執務室でさも物憂げにペンを取る王様の横で、これまたかったるげな、しかも憚ることなく欠伸する声が、大きく響いた。おい。
「カクカ、せめて口を押さえたら?」
思わず口をついて出る。
「なんだよ?また小言か?後輩のくせに、お前ホンっと上から目線だよな。まるでお袋が、隣りにいるみてえだ」
渋い顔をして大欠伸の主、カクカ・リンドレイが私を見下ろした。たかが一年、されど一年。さすが育ち盛り。この一年で、私と彼の身長差は大きく広がった。くっそー、竹の子みたいにニョキニョキ伸びやがって。
「そんなつもりでは、ないんだけど…」
だけど、つい言ってしまう。
こんなふうに護衛として、ともに王様の傍らに立つカクカとは、近衛に所属した当初から組まされている。ホムンクルスとして生まれ、右も左も分からない私の世話役として、この気のいい青年が適役だとみなされたためだろう。
実際、彼は気安く、人付き合いの苦手な私も、ずいぶんとそれに助けられた。だが、外見は同年代でも中身は親子くらい歳が離れているものだから、どうしても世話される側から世話する方へと、立場が逆転してしまうのだ。
「カクカ。お前、若い娘に対して、その言い様はないだろう」
主上ーー私は王様をそう呼んでいるーーが、書類束の上に頬杖をつき、苦笑交じりに言葉を挟んだ。完全に職務を放棄した姿勢である。
しかし…
人の思い込みとは、すごいものだ。これに関しては、確信犯であるとはいえ。皆は私を外見同様、中身も若い娘だとすっかり思い込んでいる。
私はあえて、自分の実年齢を口にはしなかった。その上、皆が子供扱いすることに、意義を申し立てたりなどしなかった。
誰が自分から「オバサンです」などと言うものか。中身の成長がどうしようもなくお粗末だったという説は、この際捨てておく。
とにかく、そんなわけで主上はカクカを窘めた。
「だけど陛下、コイツときたらこの間もーー」
「そのくらいにしておけ」
カクカの反論の声は遮られた。執務室扉の前、先程から私たちの様子を静観していた人物によって。ギィだった。
「お前がそんな調子だから、シロが黙っていられなくなる。悔しかったら、彼女が見惚れてなにも言えなくなるほどの、非の打ち所のない男になれ」
さすが天性人たらし。たかが私の小言程度で、そこまで目指す必要はないだろうに、そんなことを言う。
「ーーっ……」
カクカは口を開きかけて、そのままむぐむぐと噤んだ。
ハイ、正解。言い返したところで、敵わないでしょう。
とはいえ、カクカは本能的に私が年嵩だと気付いている。自覚はないようだけど。侮れない子供である。…いや、もう子供というのは、不当だろうか。
「ハッハッハッ」
二人のやり取りに、主上が大口を開けて笑った。
すかさずギィは、その声にも反応した。
「陛下も。いい加減、その肘で下敷きにしている決裁書に目を通してください。シロが呆れた目を向けていました。そのうち小言が、そちらにも飛んできますよ?」
げ。気付かれていた。ギィって本当によく見てる。でもまさか、主上にまで小言は言いませんって。多分。
そう。多分。
この王様も、私よりいくらか年下だ。付け加えるなら、ギィは更に下。……考えるのはやめよう。
「まいった、手厳しいな」
私を見て、主上がニカッと笑う。
「……」
苦笑い。
「まあ、もうすぐ嫌でも多忙になるわけですから、今のうちに余暇を満喫したいという気持ちは解りますけど」
「思い出させてくれるな、ギィよ」
「へ?なんかありましたっけ、この時期?生命月から転寝月、一番気の抜ける時期じゃなかったすかねえ?」
「大有りだ、カクカ。今年は南との協約改定年だ。忘れるなよ」
「あ!ああ、そうか」
「……マクミラン王、か」
「さて、陛下。どう考えています?」
「さしあたってはなにも、だ」
しばしの沈黙。それから主上は、顎に手を添え居住まいを正すと、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
ところで私は勘が良い。
いや、私がというより、この高性能に創られたホムンクルスの器が、と言った方がいいだろう。とにかく勘が良い。
その勘が告げている。ここでの主上たちの会話ーー
どうやら今年も、穏やかとされるこの時期、一波乱ありそうだ。
各班持ち場があり交代で警備するのだが、私の属する班にはそれがない。班長はギィ・レヴン。去年まで占者塔という、ここ白銀城で最も重要な場所の警備を任されていた人。現在は国王直下の特務班班長。つまるところ、王様の身辺警護を役目とする班の責任者だ。
この王様の身辺警護というのが、中々くせものだ。なにせこの国の王様は、大人しく玉座に腰を据えている人ではないから。
気付くといなくなっている。それが城内ならばいいのだが、一人城下で発見されることしばしば。お偉い執政官たちの、頭痛の種となっている。
そしてその都度、職務怠慢とウチの班もお叱りを受ける。王様に張り付いているのが役目なわけだから、お叱りはご尤もなのだけれど、腑に落ちない。王様だろうがなんだろうが、一人になりたい時はあるものだ。コバンザメでもあるまいし、いつでもどこでも、ベッタリくっついてなどいられない。
大体、あの王様に傷を負わせることのできる賊がいるのなら、お目にかかりたいってものだ。
その王様が呟いた。
「暇、だな…」
欠伸を噛み殺している。
いや、仕事してください。目の前の書類束、厚さ五センチはくだらないと思うのですが?さっさと読んで、サインをすべきでは?
ちなみに、玉璽というものはない。手書きサインが基本。これは筆跡の複製は鑑定可能でも、複製された判子の印は鑑定困難なため。判本体を見れば複製かどうかは判るものだが、押された印までは、非常に難しい。錬金術というものが在るだけに、厄介なのである。ずっと昔にそれで不正があって、その存在は消えてしまったそう。どこにでも悪賢い奴はいるものだ。
「ふああああ…」
執務室でさも物憂げにペンを取る王様の横で、これまたかったるげな、しかも憚ることなく欠伸する声が、大きく響いた。おい。
「カクカ、せめて口を押さえたら?」
思わず口をついて出る。
「なんだよ?また小言か?後輩のくせに、お前ホンっと上から目線だよな。まるでお袋が、隣りにいるみてえだ」
渋い顔をして大欠伸の主、カクカ・リンドレイが私を見下ろした。たかが一年、されど一年。さすが育ち盛り。この一年で、私と彼の身長差は大きく広がった。くっそー、竹の子みたいにニョキニョキ伸びやがって。
「そんなつもりでは、ないんだけど…」
だけど、つい言ってしまう。
こんなふうに護衛として、ともに王様の傍らに立つカクカとは、近衛に所属した当初から組まされている。ホムンクルスとして生まれ、右も左も分からない私の世話役として、この気のいい青年が適役だとみなされたためだろう。
実際、彼は気安く、人付き合いの苦手な私も、ずいぶんとそれに助けられた。だが、外見は同年代でも中身は親子くらい歳が離れているものだから、どうしても世話される側から世話する方へと、立場が逆転してしまうのだ。
「カクカ。お前、若い娘に対して、その言い様はないだろう」
主上ーー私は王様をそう呼んでいるーーが、書類束の上に頬杖をつき、苦笑交じりに言葉を挟んだ。完全に職務を放棄した姿勢である。
しかし…
人の思い込みとは、すごいものだ。これに関しては、確信犯であるとはいえ。皆は私を外見同様、中身も若い娘だとすっかり思い込んでいる。
私はあえて、自分の実年齢を口にはしなかった。その上、皆が子供扱いすることに、意義を申し立てたりなどしなかった。
誰が自分から「オバサンです」などと言うものか。中身の成長がどうしようもなくお粗末だったという説は、この際捨てておく。
とにかく、そんなわけで主上はカクカを窘めた。
「だけど陛下、コイツときたらこの間もーー」
「そのくらいにしておけ」
カクカの反論の声は遮られた。執務室扉の前、先程から私たちの様子を静観していた人物によって。ギィだった。
「お前がそんな調子だから、シロが黙っていられなくなる。悔しかったら、彼女が見惚れてなにも言えなくなるほどの、非の打ち所のない男になれ」
さすが天性人たらし。たかが私の小言程度で、そこまで目指す必要はないだろうに、そんなことを言う。
「ーーっ……」
カクカは口を開きかけて、そのままむぐむぐと噤んだ。
ハイ、正解。言い返したところで、敵わないでしょう。
とはいえ、カクカは本能的に私が年嵩だと気付いている。自覚はないようだけど。侮れない子供である。…いや、もう子供というのは、不当だろうか。
「ハッハッハッ」
二人のやり取りに、主上が大口を開けて笑った。
すかさずギィは、その声にも反応した。
「陛下も。いい加減、その肘で下敷きにしている決裁書に目を通してください。シロが呆れた目を向けていました。そのうち小言が、そちらにも飛んできますよ?」
げ。気付かれていた。ギィって本当によく見てる。でもまさか、主上にまで小言は言いませんって。多分。
そう。多分。
この王様も、私よりいくらか年下だ。付け加えるなら、ギィは更に下。……考えるのはやめよう。
「まいった、手厳しいな」
私を見て、主上がニカッと笑う。
「……」
苦笑い。
「まあ、もうすぐ嫌でも多忙になるわけですから、今のうちに余暇を満喫したいという気持ちは解りますけど」
「思い出させてくれるな、ギィよ」
「へ?なんかありましたっけ、この時期?生命月から転寝月、一番気の抜ける時期じゃなかったすかねえ?」
「大有りだ、カクカ。今年は南との協約改定年だ。忘れるなよ」
「あ!ああ、そうか」
「……マクミラン王、か」
「さて、陛下。どう考えています?」
「さしあたってはなにも、だ」
しばしの沈黙。それから主上は、顎に手を添え居住まいを正すと、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
ところで私は勘が良い。
いや、私がというより、この高性能に創られたホムンクルスの器が、と言った方がいいだろう。とにかく勘が良い。
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