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二年目
生命月5日
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そろそろ昼の休憩時間が終るなと、親衛塔へ向かっている時だった。
「ディトレット」
野太い声に呼ばれて、振り向いた。
ここ白銀城内で、私を『ディトレット』と姓で呼ぶ人は、二人しかいない。一人は上司である近衛師団長。そしてもう一人が、たった今私を呼んだこの人だ。
「ケルマン大将。お久しぶりです。いつ戻ってこられたのですか?」
「ついさっきだ。変わりないか?」
「はい」
「そうか。それはそうと……」
「はい?」
「……」
なにか言いかけ、ケルマン大将は黙り込んだ。なんだ?
「あの…大将?」
「ん?ああ、いや。変わりないならそれでいい。すまんな、呼び止めて」
それだけ言って、ケルマン大将は足早に去って行った。
呆然。……ハッ、いかん。午後の修練に遅れてしまう。当たり前だが、時間厳守だ。
ログ・ケルマンは、白銀城右軍大将である。
歳は五十代前半。背はそれほど高くないが、威圧感は大将の肩書きに相応しい、横から見るとちょっとびっくりな御仁だ。
正面からと横から、幅が変わらないのでは?というほど分厚いのだ。どれだけ筋肉がついているんだか。水に入ると沈みそうと、いつも思ってしまう。
だけど見た目とは裏腹、内面は繊細なタイプで、ホムンクルスである私は、かなり警戒の目で見られていた。去年の冬、アケイルさんとリセルさんの婚礼祝いの席で紹介され、顔見知りとなったのだけれど、態度がやや、柔らかくなったのはつい最近のことだ。
小走りで親衛塔へ向かいながら、首をひねった。
なんか、変。
右軍と左軍、ここではその両軍が一年毎に交代で、司法と軍事を受け持っている。今年は左軍が司法を受持ち、右軍のケルマン大将は軍事の最高責任者として国境に赴いていた。
それが本日、城内をノコノコと歩いている。いや、それはまあ、戻ってくることもあるだろう。戦時中というわけではないのだし。でも、さっきのあの態度…
なにかある、と思った。
✢
昼間の疑問の理由は、夜になって判明した。
私は相変わらず、学術塔の一部屋を陣取っている。親衛塔が野郎どもの巣であるためだ。
居心地は実に良好である。塔内には図書室があるし、養父であるアケイルさんの研究室も近い。すでにそこが、我が家といった感覚となっていた。
その部屋の窓から、今夜も星を見上げていた。星が流れてゆく様が目に映る。資源である星の雫を拾いに集めに、陽月下が向かっているだろう。
……陽月下、か。
不意にノック音が響いた。
誰だろう?扉を開ける。
「こんな時間にすみません、シロ」
そう言って立っていたのは、アケイルさんだった。
こんな時間と言っても、非常識なほど遅くもない。そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのに。もっと遅くに、主上とカクカに急襲されたことがありますよ?
どうぞと、部屋へ招じた。
「どうしたんです?急ぎの話ですか?」
「いや…急ぎってわけではないんだ。むしろ、ゆっくり考えてほしいというか……」
うわ、歯切れ悪い。どうも嫌な内容の話っぽいなあ。
「アケイルさん?」
「シロ…」
すっかり定着してしまった呼び名で呼ばれる。ちゃんと良い名前を自分がくれたくせに、そうは呼ばない。でも、シロと呼ばれる方が私もしっくりくる。そのことを、この人はよく解っているのだ。
「遠慮なく言ってください」
「あ、うん…あの…」
居心地の悪そうな顔をして、アケイルさんは首を左右に傾げる。
「はい?」
ちょっとイライラしてきた。
「あの、シロ……その…いや……実は…………君にお見合いの話が来ているんだ」
「…………はい?」
「だから、その…是非にと言われてね……相手はケルマン大将の、ご子息なんだけど…お見合い、する気はない?」
ーーはい?
「ディトレット」
野太い声に呼ばれて、振り向いた。
ここ白銀城内で、私を『ディトレット』と姓で呼ぶ人は、二人しかいない。一人は上司である近衛師団長。そしてもう一人が、たった今私を呼んだこの人だ。
「ケルマン大将。お久しぶりです。いつ戻ってこられたのですか?」
「ついさっきだ。変わりないか?」
「はい」
「そうか。それはそうと……」
「はい?」
「……」
なにか言いかけ、ケルマン大将は黙り込んだ。なんだ?
「あの…大将?」
「ん?ああ、いや。変わりないならそれでいい。すまんな、呼び止めて」
それだけ言って、ケルマン大将は足早に去って行った。
呆然。……ハッ、いかん。午後の修練に遅れてしまう。当たり前だが、時間厳守だ。
ログ・ケルマンは、白銀城右軍大将である。
歳は五十代前半。背はそれほど高くないが、威圧感は大将の肩書きに相応しい、横から見るとちょっとびっくりな御仁だ。
正面からと横から、幅が変わらないのでは?というほど分厚いのだ。どれだけ筋肉がついているんだか。水に入ると沈みそうと、いつも思ってしまう。
だけど見た目とは裏腹、内面は繊細なタイプで、ホムンクルスである私は、かなり警戒の目で見られていた。去年の冬、アケイルさんとリセルさんの婚礼祝いの席で紹介され、顔見知りとなったのだけれど、態度がやや、柔らかくなったのはつい最近のことだ。
小走りで親衛塔へ向かいながら、首をひねった。
なんか、変。
右軍と左軍、ここではその両軍が一年毎に交代で、司法と軍事を受け持っている。今年は左軍が司法を受持ち、右軍のケルマン大将は軍事の最高責任者として国境に赴いていた。
それが本日、城内をノコノコと歩いている。いや、それはまあ、戻ってくることもあるだろう。戦時中というわけではないのだし。でも、さっきのあの態度…
なにかある、と思った。
✢
昼間の疑問の理由は、夜になって判明した。
私は相変わらず、学術塔の一部屋を陣取っている。親衛塔が野郎どもの巣であるためだ。
居心地は実に良好である。塔内には図書室があるし、養父であるアケイルさんの研究室も近い。すでにそこが、我が家といった感覚となっていた。
その部屋の窓から、今夜も星を見上げていた。星が流れてゆく様が目に映る。資源である星の雫を拾いに集めに、陽月下が向かっているだろう。
……陽月下、か。
不意にノック音が響いた。
誰だろう?扉を開ける。
「こんな時間にすみません、シロ」
そう言って立っていたのは、アケイルさんだった。
こんな時間と言っても、非常識なほど遅くもない。そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのに。もっと遅くに、主上とカクカに急襲されたことがありますよ?
どうぞと、部屋へ招じた。
「どうしたんです?急ぎの話ですか?」
「いや…急ぎってわけではないんだ。むしろ、ゆっくり考えてほしいというか……」
うわ、歯切れ悪い。どうも嫌な内容の話っぽいなあ。
「アケイルさん?」
「シロ…」
すっかり定着してしまった呼び名で呼ばれる。ちゃんと良い名前を自分がくれたくせに、そうは呼ばない。でも、シロと呼ばれる方が私もしっくりくる。そのことを、この人はよく解っているのだ。
「遠慮なく言ってください」
「あ、うん…あの…」
居心地の悪そうな顔をして、アケイルさんは首を左右に傾げる。
「はい?」
ちょっとイライラしてきた。
「あの、シロ……その…いや……実は…………君にお見合いの話が来ているんだ」
「…………はい?」
「だから、その…是非にと言われてね……相手はケルマン大将の、ご子息なんだけど…お見合い、する気はない?」
ーーはい?
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