白雪日記

ふたあい

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二年目

転寝月1日(4)

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 対策方針も決まり、極秘の会合を終え帰路の途中。ぼんやりとした月明かりの下、主上と並んで歩いた。師匠は残って、今夜は飲み明かすのだそう。じっ様は迷惑千万って顔をしていた。お気の毒。
「すまないな。また苦労をかける」
 ぽつり、主上が言った。
 やれやれ。なんで謝るのだろう。一応、私は近衛であるというのに。ふんぞり返って命令されたって、文句は言えない立場だというのに。
「二人同時には存在できない、それはよく解っています。私が適任です」
「ああ。そうだ。歯がゆいことにな」
 ため息混じり、主上は私を見下ろして苦笑する。

 王様というのは、本当に気苦労が多いと思った。

 主上は今朝、祭事官たちに駆け込まれた後、すぐに問題の杖をアケイルさんのところに持ち込んだ。そうして自分はすぐにフルルクスの元へ行き、師匠を交えて対策を練った。今回のこの騒動、普通の手を使っては収めきれないと、すぐに見て取ったのだ。
 そして私たちが散々王様を探している間に三人が出した結論…というか、対策案とはーー

 過去に行って、もらった直後の杖を取ってくる、というぶっ飛んだものだった。

 題して『壊れたものは仕方ない。壊れる前のブツとすり替えちゃおう作戦』だ。…断っておくが、このふざけた作戦名、付けたのは師匠だから。
 そう。またやってしまおうというのだ、時空間の召喚術を。今度は過去へ。
 だけどここで問題が。爺様の件で承知の通り、同じ時に同じ人物が二人存在する、それは許されない。過去に誰かが召喚されたなら、必ずその過去の当人は時空の狭間に閉じ込められる。
 ままならない、それが人の限界。そんなことになったら、過去は大騒ぎだ。いきなり人が一人、消えたことになってしまうのだから。ひっそりと誰にも知られず生活しているなら別だけれど、今回、事を起こす人物の中にそんな人は一人もいない。

 そこで私に、白羽の矢が立った。

 つまり、過去へ行き杖を取ってくる役目を、私が仰せつかった。
 私ならば八年前、この世界にはいなかった。過去の自分の存在を、なに一つ気にすることなく行動できるというわけである。
 おまけに、この時空間召喚は公になっていない、言わば御三家の秘密。術式を組むために多量に必要だったとはいえ、資源泥棒などという後ろ暗いことをやらかしているため。
 そして私は、その秘密を唯一知る者。今更、説明も言い訳も不要ときている。

 まさに、うってつけの人材。

「じっ様が術式を組み上げるのに、約十日。数日の誤差は覚悟しろと言っていたから…私が杖を持ち帰るのに、更に四、五日を要したとして…あまり時間に余裕はありませんね」
 考え、考え、呟く。
「ああ。できれば改定日までに、杖の破損設定を解除しておきたいが…それだけの猶予があるかどうかだな」
「そうですね…」
「…………それはそうと」
「はい?」

 ん?急に話題転換?

「今日はやけに熱心に、俺を探し回ったようだな。いつもサボりの良い口実にしているはずだが?」
 げ。普段サボっていることが、バレている。…まあ、いいか。しれっと流してしまおう。元はと言えば、黙っていなくなる方が悪いのだし。
「ああ、それは祭事官たちが駆け込んだ話を聞いてですねーー」
 言いさして、はたと思い当たる。そういえば…
「シロ?」
「そうでした。レヴン班長が、諜報班から気になる情報が来ているって、確か…」
「諜報班から?それでギィが俺を探せと?」
「はい」
「……」
 主上はなにやら、思案し始めた。見上げて顔を窺うと、僅かに眉根を寄せている。

 ーーあ、嫌だな。悪い予感がしてきた。

 それは、急激に私の中で広がった。どす黒く、ねっとりとした不安。拙いな、この感覚。
「シロ」
 突然呼ばれて、ビクリとする。
「はい」
 身構えた。
「話は変わるが、見合いの件はどうするつもりだ?」

 ガクッ。一気に気が抜けた。またしても、話題転換とは。

「……それは、もう断らせていただきました」
「なに?そうなのか?」
「はい。数日前に。どう考えても、無理な話なので」
 そう。無理なものは無理。アケイルさんには悪いなと思ったけれど、ハルイ・ケルマンに会った次の日に、キッパリ断らせてもらったのだ。
「そう…か。安心した」
 主上が、ホッと息を吐く。
「そうですか?」
 どうやら心配させてしまっていたらしい。
「ああ。アケイルの顔を立てようと思っているのではと、気が気でなかった」
「それは考えないでもなかったんですが…。まあ、一応自分が普通ではないという自覚はありますから。土台、無理でしょう」
 主上は私の言葉を聞いて、面白くないという顔をした。
「シロ、俺はそんなつもりで言ったのではない。お前には想う相手を選ぶ権利がある、そう言っている」
「主上…。ありがとうございます」
 まさか、そんなふうに考えていてくれたとは。だけど私は、俯くしかできない。事実は曲げられないから。
「あまり自分を卑下してくれるな。顔を上げろ。師匠の呼名はライトリィに譲ったが、俺だってお前を愛弟子だと思っているんだ」
「主上…」
「もっとも、普通の娘としていさせてやることもできたのにと、最近では少々後悔しているがな」
 確かに、主上は剣の師と言える。この人に鍛えてもらったお陰で、私は近衛に居場所を得た。本来ならば、生きることすら許されなかったかもしれないのに。
「後悔なんてしないでください。感謝しています。多分、主上の言う普通の娘というのは、私の性に合わないでしょうから」
 家事嫌いは生前から。ここでの普通の娘とやらにはなりたくない。
 思わず苦笑がもれた。
「そう言ってもらえると助かる。『白狼』は、今や近衛になくてはならない存在だからな」
 主上は良い笑顔を返してくれた。

 やれやれ。

 特別仕様の身体能力ということもあって、私の近衛内での評価は右肩上がりである。『白狼』なんて、二つ名が付くほどに。
 複雑だ。決して熱心ではないだけに。おまけに、『シロ』という呼び名の犬っぽさから、引っ掛けて付いただけなのに、妙に格好良く聞こえるので可笑しいったらない。
 そうこうしているうちに、城門前に到着した。そのまま潜ろうとする主上とは、ここでお別れだ。
「では主上。私はここで…」
「ん?おい、門を通らないのか?」
 不思議そうに主上が問うてきた。
「内密に呼ばれたので、壁をよじ登って出てきたんです。帰りも同じ様にしないと、入出門のチェックにかかります」
「…………そうか。フッ、フハハハッ。今回の役目、本当に適役だったようだな」
 一瞬、目を見開いて、主上は大笑いし始めた。
 …ええ、もう。その通りでございますとも。
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