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二年目
転寝月2日(2)
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覚書の束が、いくつも積み上がっていた。その部屋の隅で私と師匠は、まるでピクニックにでも来たかのよう昼食を広げている。散乱した術式の断片である何枚もの書付が、ビニールシートの代わりとして敷かれていた。
これは拙い。
「暗殺者ギルドの暗殺リストのトップに、その名が記されているっていうね」
手にしたサンドウィッチを頬張りつつ師匠は、「ドウとは何者?」という私の問に答える。
そうか。暗殺者ギルドなるものがあるのか。暗澹たる気分に陥るな。
「同業者に狙われているんですか?ドウって」
気を取り直して、質問を続ける。
「十数年前かな?当時のギルドマスターを、殺したのが奴だって話。暗殺者ギルドってさ、戦時中は重宝されていたけど、昨今では過去の遺物に近い扱いなんだ。一度、解体しかけたゴタゴタがあって、その時起こったみたいだね」
「ずいぶん恐れられている存在みたいですが?」
「そりゃあそうだよ。ギルドからの追手を残らず斬り捨て、未だ生き残っている。おまけに、その片手間に暗殺の仕事をこなしているってんだから、人殺しの申し子みたいなもんさ」
「それで死神…」
「狙われたら確実に死ぬ、って言うね。それがただの尾ヒレならいいんだけど、実際左軍が一度遭遇していてさ、一班全滅の憂目にあってる」
「え…?」
部屋の温度が、一、二度、下がったような気がした。
「おい、いい加減にしろ。お前らは、邪魔しに来たのか?」
不意に部屋の中央、覚書の山の陰でしきりにペンを走らせていたフルルクスが声を上げた。ひっ。なんてタイミングで声をかけるんだ、この男は。
「やだなあ。差し入れに来たんじゃないか」
しれっと、師匠。
「すみません。つい…」
拙いという自覚はあった。
ごめん、じっ様。
特別任務として、私と師匠はじっ様のサポートを命じられた。だけど師匠はともかく、私が術式に関して役に立つはずがない。こうして差し入れを持ってくるのが関の山だ。
要するに、術式の完成次第、過去に飛ぶための前フリである。
それが、当のじっ様を放ったらかし、師匠と先に食事を取って、ついでに雑談。そりゃあ、不満の声も上がるというもの。
「つい、ねえ……おい、せめてそこの術式を、尻の下に敷くのはやめろ」
不機嫌を隠しもせずじっ様は立ち上がり、こちらへ近づくなり言う。
「大丈夫、大丈夫。まだ組む前なんだから」
師匠、やめてください。私に言ったのと同じことを言うのは。火に油を注いでどうする?
黙って腰を上げ、下敷きになった書付を寄せ集めた。
「ーーっ……チッ」
なにか言いかけて、じっ様はやめる。
どうやら昨夜、あれから寝ていない様子。突っかかる元気もないようだ。私がここへ来た時、師匠は昨日主上たちが座っていたソファーで、ぐうすか眠っていた。テーブルには、酒瓶がゴロゴロ。よく解った。この人の小太りの原因は酒である。
そしてじっ様の方はというと、ここ二階の角部屋で一心不乱に術式を構築していた。
……このフルルクス邸の二階角部屋には、以前、未来へと繋がる術式が組まれていた。
その場所に新しい術式を組む…か。…駄目だ。余計なことを考えるな。今はこの任務に集中しなくては。横に座ってむっつりと、遅い朝食を取り始めたじっ様に声をかける。
「じっ様、少し寝た方がいいですよ」
すると、フルルクスは思いっきり険しい表情を浮かべた。
「ハッ。ガキに心配されるとは、俺も終いだな。どうせ役に立たないんだ、テメエはさっさと帰れ」
言い捨てる。
うわっ。キッツい一言。相当、ピリピリしているな。
「…あのさあ、そういう言い方はないんじゃない?」
師匠が割って入った。
「師匠…」
「イライラするのは解るけど、だからってシロに当たるのはどうかと思うよ?そりゃあさ、シロは子供でお前の好みとは正反対で、気に入らないってのもあるんだろうけどーー」
「師匠!?」
なにやら話がおかしな方へーー
「……おい」
じっ様が、面食らった顔をしている。
「シロ、知ってるかい?コイツさ、花街に数件馴染みの店があるんだけど、どこに行っても同じタイプを選るんだよ」
師匠?あの…それはちょっと…
「え…と…?」
「み~んな、黒髪。器量は並。でもって、歳は上の方を選ぶ。ね?シロとは正反対でしょ?しかも、それだけではないんだなあ。滅多にいないから未だ該当する相手はいないんだけどね、本当はアリアと同じーー」
ガッ。
音が響いた。同時に師匠が、壁に激突する。
予備動作、一切なし。いきなり殴られたのだ。じっ様に。
「し、師匠!?大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄った。
非難の目をじっ様に向ける。今の師匠のもの言いは、殴られても仕方ないと思わないでもないのだけれど、それでも。
「……」
「じっ様、これはあんまりーー」
「いいんだ、シロ。今のは僕が悪い。失言だったね。認めるよ、フルルクス」
師匠が私の言葉を遮った。
じっ様は無表情だった。そして黙ってしばらく、壁にだらしなく背を預ける師匠を見下ろしていたが、やがて呟いた。
「阿呆が…」
「じっ様…」
じっ様が、ふいっと歩き出す。
「悪かったな、シロガキ。これから寝る。お前はもう、ヘボ王の処へ戻ってろ。飯だけ持って来てくれ」
「……はい」
何事もなかったかのように、じっ様は部屋を出て行った。
素直じゃないよな。私と師匠がしていた、ドウが主上を狙っているかもという話を聞いていたのだ、じっ様は。まったく。「帰れ」「戻れ」としつこいこと。主上の方が心配だと、言えばいいのに。あんな言い方をするのだから。
だけど問題はこの人。じっ様があんな言い方をする人だと分かっていて、わざと喧嘩を売った。まあ、確かに今日のは特別キツくて、腹立ち紛れに当たっていたのも事実だろうけど。
へたり込んでいる師匠を見た。
「僕はこれから、この散乱している術式の断片を整理するから、シロはフルルクスの言う通り帰りなよ」
ニッコリ。いつもと変わらぬ食えない笑顔で、マッド白魔術師はそう言った。その右頬がぷっくり腫れている。じっ様は、利き手は避けたよう。まったくこの人は…どういうつもりなんだか。それにしてもーー
アリアさんって、誰?
これは拙い。
「暗殺者ギルドの暗殺リストのトップに、その名が記されているっていうね」
手にしたサンドウィッチを頬張りつつ師匠は、「ドウとは何者?」という私の問に答える。
そうか。暗殺者ギルドなるものがあるのか。暗澹たる気分に陥るな。
「同業者に狙われているんですか?ドウって」
気を取り直して、質問を続ける。
「十数年前かな?当時のギルドマスターを、殺したのが奴だって話。暗殺者ギルドってさ、戦時中は重宝されていたけど、昨今では過去の遺物に近い扱いなんだ。一度、解体しかけたゴタゴタがあって、その時起こったみたいだね」
「ずいぶん恐れられている存在みたいですが?」
「そりゃあそうだよ。ギルドからの追手を残らず斬り捨て、未だ生き残っている。おまけに、その片手間に暗殺の仕事をこなしているってんだから、人殺しの申し子みたいなもんさ」
「それで死神…」
「狙われたら確実に死ぬ、って言うね。それがただの尾ヒレならいいんだけど、実際左軍が一度遭遇していてさ、一班全滅の憂目にあってる」
「え…?」
部屋の温度が、一、二度、下がったような気がした。
「おい、いい加減にしろ。お前らは、邪魔しに来たのか?」
不意に部屋の中央、覚書の山の陰でしきりにペンを走らせていたフルルクスが声を上げた。ひっ。なんてタイミングで声をかけるんだ、この男は。
「やだなあ。差し入れに来たんじゃないか」
しれっと、師匠。
「すみません。つい…」
拙いという自覚はあった。
ごめん、じっ様。
特別任務として、私と師匠はじっ様のサポートを命じられた。だけど師匠はともかく、私が術式に関して役に立つはずがない。こうして差し入れを持ってくるのが関の山だ。
要するに、術式の完成次第、過去に飛ぶための前フリである。
それが、当のじっ様を放ったらかし、師匠と先に食事を取って、ついでに雑談。そりゃあ、不満の声も上がるというもの。
「つい、ねえ……おい、せめてそこの術式を、尻の下に敷くのはやめろ」
不機嫌を隠しもせずじっ様は立ち上がり、こちらへ近づくなり言う。
「大丈夫、大丈夫。まだ組む前なんだから」
師匠、やめてください。私に言ったのと同じことを言うのは。火に油を注いでどうする?
黙って腰を上げ、下敷きになった書付を寄せ集めた。
「ーーっ……チッ」
なにか言いかけて、じっ様はやめる。
どうやら昨夜、あれから寝ていない様子。突っかかる元気もないようだ。私がここへ来た時、師匠は昨日主上たちが座っていたソファーで、ぐうすか眠っていた。テーブルには、酒瓶がゴロゴロ。よく解った。この人の小太りの原因は酒である。
そしてじっ様の方はというと、ここ二階の角部屋で一心不乱に術式を構築していた。
……このフルルクス邸の二階角部屋には、以前、未来へと繋がる術式が組まれていた。
その場所に新しい術式を組む…か。…駄目だ。余計なことを考えるな。今はこの任務に集中しなくては。横に座ってむっつりと、遅い朝食を取り始めたじっ様に声をかける。
「じっ様、少し寝た方がいいですよ」
すると、フルルクスは思いっきり険しい表情を浮かべた。
「ハッ。ガキに心配されるとは、俺も終いだな。どうせ役に立たないんだ、テメエはさっさと帰れ」
言い捨てる。
うわっ。キッツい一言。相当、ピリピリしているな。
「…あのさあ、そういう言い方はないんじゃない?」
師匠が割って入った。
「師匠…」
「イライラするのは解るけど、だからってシロに当たるのはどうかと思うよ?そりゃあさ、シロは子供でお前の好みとは正反対で、気に入らないってのもあるんだろうけどーー」
「師匠!?」
なにやら話がおかしな方へーー
「……おい」
じっ様が、面食らった顔をしている。
「シロ、知ってるかい?コイツさ、花街に数件馴染みの店があるんだけど、どこに行っても同じタイプを選るんだよ」
師匠?あの…それはちょっと…
「え…と…?」
「み~んな、黒髪。器量は並。でもって、歳は上の方を選ぶ。ね?シロとは正反対でしょ?しかも、それだけではないんだなあ。滅多にいないから未だ該当する相手はいないんだけどね、本当はアリアと同じーー」
ガッ。
音が響いた。同時に師匠が、壁に激突する。
予備動作、一切なし。いきなり殴られたのだ。じっ様に。
「し、師匠!?大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄った。
非難の目をじっ様に向ける。今の師匠のもの言いは、殴られても仕方ないと思わないでもないのだけれど、それでも。
「……」
「じっ様、これはあんまりーー」
「いいんだ、シロ。今のは僕が悪い。失言だったね。認めるよ、フルルクス」
師匠が私の言葉を遮った。
じっ様は無表情だった。そして黙ってしばらく、壁にだらしなく背を預ける師匠を見下ろしていたが、やがて呟いた。
「阿呆が…」
「じっ様…」
じっ様が、ふいっと歩き出す。
「悪かったな、シロガキ。これから寝る。お前はもう、ヘボ王の処へ戻ってろ。飯だけ持って来てくれ」
「……はい」
何事もなかったかのように、じっ様は部屋を出て行った。
素直じゃないよな。私と師匠がしていた、ドウが主上を狙っているかもという話を聞いていたのだ、じっ様は。まったく。「帰れ」「戻れ」としつこいこと。主上の方が心配だと、言えばいいのに。あんな言い方をするのだから。
だけど問題はこの人。じっ様があんな言い方をする人だと分かっていて、わざと喧嘩を売った。まあ、確かに今日のは特別キツくて、腹立ち紛れに当たっていたのも事実だろうけど。
へたり込んでいる師匠を見た。
「僕はこれから、この散乱している術式の断片を整理するから、シロはフルルクスの言う通り帰りなよ」
ニッコリ。いつもと変わらぬ食えない笑顔で、マッド白魔術師はそう言った。その右頬がぷっくり腫れている。じっ様は、利き手は避けたよう。まったくこの人は…どういうつもりなんだか。それにしてもーー
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