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二年目
転寝月8日
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雨の日の水溜りのようだと思った。
床一面、壁一面、数多の波紋が広がるように、魔方陣がいくつも描かれている。計算され、組み上げられた術式は美しい。
ついに私を八年前へと運んでくれる、術式が完成した。
あとは最終チェックを残すのみ。今夜中にやってしまうというので、明日の朝には召喚可能だ。いよいよ、である。
「それで、じっ様は?部屋で休んでいるんですか?夕食…どうしましょうか?」
もう、うっかり足を踏み入れることのできなくなった部屋の前で、隣りにいた師匠に尋ねた。すでに日は傾いている。
「アイツなら出かけてるよ」
答える師匠は、満面の笑みだった。なんだろう?なにか…含みのあるような、そんなーーと、ピンときた。
「ひょっとして、街外れの丘ですか?」
「ーー!当り。シロ、知ってたの?」
予想に反して、師匠は驚きの顔をした。どうやら穿ちすぎであったようだ。だとすると…
しまった。失言だ。
「ふーん?シロは知ってたんだ。……だったらさ、何故アイツがあんな場所へ日参しているか、その理由は知ってるかい?」
ニッコリと師匠。
今度こそ企てている顔だ。
そう言われたら、気になるではないか。……いや。妙な詮索はしないが吉。首を傾げつつ目を逸らし、興味のない素振りをする。
しかし、それは失敗だったようだ。いや、話を始めた時点で皆まで言うつもりだった相手に、功を奏するはずがない。
「女だよ、女。未練たらしく待ってんだよね~。なんと、八年も」
「八年?」
しまった。無反応を決め込むつもりだったのに、反応してしまった。だけど八年って…
「そう!君が明日から行く予定の、八年前!なにがあったんだろうね~?僕らにも話したがらないんだよ、アイツ」
僕らにも、ではなく、僕らだから、だろう。
「断っておきますが、任務以外の行動は控えるように言われています。変な期待はしないでくださいよ?師匠」
「解ってる、解ってるって。それでね?実は僕らも一度だけ、その相手に会ってるんだよ」
どこが解っていると?
耳をふさごうとする私の態度を無視して、師匠は続ける。
そりゃあ…正直気にはなるのだけれど。
「どんな相手だと思う?」
師匠の笑顔が極上となった。訊く必要があるのだろうか?
黒髪の年増。
解っていますよ。正反対だと言いたいんでしょう?この間、散々言ってくれたではないか。
「さあ?」
空とぼけた。ああ。なんかイライラする。
「……ふ~ん?まあ、いいや。それでね?その相手に関して、一度だけアイツが口にしたことがあるんだけどーー」
「…………」
私の態度は敢なくスルー。常のことで話はワープ。
「ーーなんて言ったと思う?」
「…………さあ?」
「俺がいないと困る」
「……なんです?」
「なんだろうね~?そう言ったんだって、彼女が」
「……だから?」
「別に。それだけだって。でも、待っているんだよ。あの場所で。八年も。どう?面白いでしょ?」
面白い?
本当に、師匠の頭の構造はどうなっているのだろう。まるでその意図が読めない。何故そんなことを、私に話して聞かせる?実に楽しげに……楽しいからだろうか?
「面白がるなんて悪趣味ですよ。もういいです。私は明日に備えて帰りますから、この夕食、じっ様にちゃんと食べてもらってください」
手にしたカゴをドンッとその場に置き、そそくさとフルルクス邸を後にした。
…………。
なにが「困る」だ。バカらし。
歩いていると、丘の上で佇むじっ様の姿が思い浮かんだ。初めてあそこで会った時、彼はずいぶん慌てていなかっただろうか?……私の姿を認識するなり、不機嫌になったのは確かである。
それは、二度目に会った時も同じで……
そうか。
待っていたのだ。その誰かーーおそらく、アリアという名の女の人を。
…………何故だろう?爺様に、無性に会いたくなった。
床一面、壁一面、数多の波紋が広がるように、魔方陣がいくつも描かれている。計算され、組み上げられた術式は美しい。
ついに私を八年前へと運んでくれる、術式が完成した。
あとは最終チェックを残すのみ。今夜中にやってしまうというので、明日の朝には召喚可能だ。いよいよ、である。
「それで、じっ様は?部屋で休んでいるんですか?夕食…どうしましょうか?」
もう、うっかり足を踏み入れることのできなくなった部屋の前で、隣りにいた師匠に尋ねた。すでに日は傾いている。
「アイツなら出かけてるよ」
答える師匠は、満面の笑みだった。なんだろう?なにか…含みのあるような、そんなーーと、ピンときた。
「ひょっとして、街外れの丘ですか?」
「ーー!当り。シロ、知ってたの?」
予想に反して、師匠は驚きの顔をした。どうやら穿ちすぎであったようだ。だとすると…
しまった。失言だ。
「ふーん?シロは知ってたんだ。……だったらさ、何故アイツがあんな場所へ日参しているか、その理由は知ってるかい?」
ニッコリと師匠。
今度こそ企てている顔だ。
そう言われたら、気になるではないか。……いや。妙な詮索はしないが吉。首を傾げつつ目を逸らし、興味のない素振りをする。
しかし、それは失敗だったようだ。いや、話を始めた時点で皆まで言うつもりだった相手に、功を奏するはずがない。
「女だよ、女。未練たらしく待ってんだよね~。なんと、八年も」
「八年?」
しまった。無反応を決め込むつもりだったのに、反応してしまった。だけど八年って…
「そう!君が明日から行く予定の、八年前!なにがあったんだろうね~?僕らにも話したがらないんだよ、アイツ」
僕らにも、ではなく、僕らだから、だろう。
「断っておきますが、任務以外の行動は控えるように言われています。変な期待はしないでくださいよ?師匠」
「解ってる、解ってるって。それでね?実は僕らも一度だけ、その相手に会ってるんだよ」
どこが解っていると?
耳をふさごうとする私の態度を無視して、師匠は続ける。
そりゃあ…正直気にはなるのだけれど。
「どんな相手だと思う?」
師匠の笑顔が極上となった。訊く必要があるのだろうか?
黒髪の年増。
解っていますよ。正反対だと言いたいんでしょう?この間、散々言ってくれたではないか。
「さあ?」
空とぼけた。ああ。なんかイライラする。
「……ふ~ん?まあ、いいや。それでね?その相手に関して、一度だけアイツが口にしたことがあるんだけどーー」
「…………」
私の態度は敢なくスルー。常のことで話はワープ。
「ーーなんて言ったと思う?」
「…………さあ?」
「俺がいないと困る」
「……なんです?」
「なんだろうね~?そう言ったんだって、彼女が」
「……だから?」
「別に。それだけだって。でも、待っているんだよ。あの場所で。八年も。どう?面白いでしょ?」
面白い?
本当に、師匠の頭の構造はどうなっているのだろう。まるでその意図が読めない。何故そんなことを、私に話して聞かせる?実に楽しげに……楽しいからだろうか?
「面白がるなんて悪趣味ですよ。もういいです。私は明日に備えて帰りますから、この夕食、じっ様にちゃんと食べてもらってください」
手にしたカゴをドンッとその場に置き、そそくさとフルルクス邸を後にした。
…………。
なにが「困る」だ。バカらし。
歩いていると、丘の上で佇むじっ様の姿が思い浮かんだ。初めてあそこで会った時、彼はずいぶん慌てていなかっただろうか?……私の姿を認識するなり、不機嫌になったのは確かである。
それは、二度目に会った時も同じで……
そうか。
待っていたのだ。その誰かーーおそらく、アリアという名の女の人を。
…………何故だろう?爺様に、無性に会いたくなった。
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