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二年目
八年前の転寝月27日(2)
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「はあっ、疲れた~」
拠点となる部屋に戻り、ベッドに手足を投げ出した。
埃が舞い上がる。
「ゴホッ…しまった…」
我慢だ。大丈夫、人間埃では死なないはず…多分。
そのままの状態で首だけ動かし、窓辺を見やる。日が傾いていた。カーテン越し、夕焼け色に空が染まっているのが判る。開けたいと思うが、我慢するしかない。幽霊はカーテンを開けたりなどしないだろうから。
視線を戻した。
ぼんやりと、天井の一点を見つめ考える。昼間得た情報によると、今日は転寝月二十七日。八年前の協約改定日は、三日後の三十日。更にその二日後、つまり三十二日に女神の杖は宝物庫に入れられたと聞いている。
そう。この三十二日以降こそが、任務遂行日だ。早いに越したことはない。三十二日の深夜、城へ忍び込み、杖をすり替えることになるだろう。無理でなければ。
「あと五日、か…」
杖の破損設定がいつなのか、分からない段階での術式構築だった。召喚日時の前倒しは、仕方のないことだ。ほんの数日で壊れていた場合、宝物庫に収められた直後の杖が必要になるわけだから。
だけど実際は、百日の猶予があった。それがすぐに分かっていれば…。召喚日時を遅らせて、この五日のロスをなくせたのにと思ってしまう。召喚日時の変更イコール、一から組み直しとは、どれだけ複雑な術式なのやら…
ともあれーー
想定内の日数誤差である。
よし、と思う。問題は…
「五日で元の姿に戻るかなあ…」
呟いて、目を閉じる。懐かしい声だ。今までの通りなら、四、五日で戻るはずなのだけれど…
昼間、街を歩く間にすっかり冷静さを取り戻していた。そうなれば、こっちのものである。
意識はお粗末でも、脳の活動はピカ一のホムンクルスだ。すぐに記憶を総動員して、己の身に起きた事の原因を見つけ出した。
結論ーーこの姿の原因は、白薬の副作用だ。
もう一度、思考を辿る。まず、いつ変わったか。夕べここに着いた時は、まだ変わっていなかった。白雪から託されたまま、白い美少女のままだ。暗闇だったから目視したわけではないけれど、感覚で判る。間違いはない。
それが、目覚めると変わっていた。この世界に召喚される前のーー生前の私に。と、なると…変化が起こったのは眠っている間だ。
では、何故?起こったのが寝ている間なら、眠る前の行動に鍵があると予想がつく。そして私が夕べ眠る前にしたことと言ったら、飴を舐めただけ。
ここまで考えると、あとは芋づる式に記憶が甦った。飴の瓶を落として、師匠の研究室に一晩置き去りにしたこと。師匠が新しい白薬の実験を、私で試したがっていたこと。その飴を勧めた時、まじまじと瓶の中身を確認してから、師匠が一粒を選び、口に入れたこと。
明白だ。あのマッド白魔術師は、飴の中に白薬を混ぜていたのだ!そして私は、それを絶妙のタイミングで口にしてしまった!
我ながら、馬鹿すぎる~っ!
思い立って起き上がり、サイドテーブルに放っておいたリュックの中から、赤い飴玉の瓶を取り出す。そして中身を凝視した。
「やっぱり…」
その呟きは、皮肉いっぱいだ。予想通り瓶の中には、微妙に中心部が白くなっている飴玉があと二つ混ざっていた。ご丁寧に入っていたいくつかを溶かして、薬の粒にコーティングしてあるのだ。白薬そのものには味がないため、気付かなかった。
「し~しょ~う~っ!」
低く呻く。本当は、絶叫したい。
肩を落として部屋を出る。フラフラと殆ど無意識に、鏡のある部屋へ足を向けていた。そして鏡の前に立つ。
懐かしい姿がそこにはあった。
何十年も慣れ親しんだ姿…。だけどそれは、あくまで外見だけのこと。この身体がホムンクルスであることは、なんら変わらない。
襟元から胸を覗き見る。去年、串刺しになった時の傷跡は姿が変われども残っていて、なによりその事実を物語っていた。だから、身体能力に影響はなく、任務に支障はきたさない。
不幸中の幸いと言えた。
分かりきったことだった。見た目が元に戻ったところで、生前の私の体はとうの昔に荼毘に付されて、存在しないはずなのだから。今更、自分の身体を取り戻すなど不可能なのである。
師匠の新しい白薬は、「嘘がつけなくなるもの」だと言っていた。「神経系統に作用する」のだと。
してみると、この姿の変化は私の心が起こしたものなのだろうか?あの可憐な少女姿は、仮りそめの偽りだと、いつも思っていたのは確かだ。
鏡へ向けて、両手を伸ばす。
手と手が合わさる。じっと、自身を見つめた。
この身体は錬金によって生み出された。人であり、人とは違う。変幻自在の、星の雫で出来ている。だからこその、この変化。この副作用。
今のこの姿は、私の感傷そのものだ。本当の体はもうない。燃やされている。
ふと、燃えカスのようなものだと思った。焼かれて尚、記憶の片隅に残って燻り続けるそれは、灰にならない炭の欠片のようだ、と。どちらにしろ、ホムンクルスであることに変わりはない。
痛感。
今の私の存在は、生前とはまったくの別物。帰ることなんてできない。だからこそ、許された生。
ならばこの姿もまた、仮りそめに過ぎない。
「それなら…」
苦笑する。
『白雪』とは真逆、まるで対を成すかのような生前のこの姿ーーこちらはさしずめ『黒炭』と言ったところか。
それでいい。私の名を持つ私は、もう死んでしまったのだから。
拠点となる部屋に戻り、ベッドに手足を投げ出した。
埃が舞い上がる。
「ゴホッ…しまった…」
我慢だ。大丈夫、人間埃では死なないはず…多分。
そのままの状態で首だけ動かし、窓辺を見やる。日が傾いていた。カーテン越し、夕焼け色に空が染まっているのが判る。開けたいと思うが、我慢するしかない。幽霊はカーテンを開けたりなどしないだろうから。
視線を戻した。
ぼんやりと、天井の一点を見つめ考える。昼間得た情報によると、今日は転寝月二十七日。八年前の協約改定日は、三日後の三十日。更にその二日後、つまり三十二日に女神の杖は宝物庫に入れられたと聞いている。
そう。この三十二日以降こそが、任務遂行日だ。早いに越したことはない。三十二日の深夜、城へ忍び込み、杖をすり替えることになるだろう。無理でなければ。
「あと五日、か…」
杖の破損設定がいつなのか、分からない段階での術式構築だった。召喚日時の前倒しは、仕方のないことだ。ほんの数日で壊れていた場合、宝物庫に収められた直後の杖が必要になるわけだから。
だけど実際は、百日の猶予があった。それがすぐに分かっていれば…。召喚日時を遅らせて、この五日のロスをなくせたのにと思ってしまう。召喚日時の変更イコール、一から組み直しとは、どれだけ複雑な術式なのやら…
ともあれーー
想定内の日数誤差である。
よし、と思う。問題は…
「五日で元の姿に戻るかなあ…」
呟いて、目を閉じる。懐かしい声だ。今までの通りなら、四、五日で戻るはずなのだけれど…
昼間、街を歩く間にすっかり冷静さを取り戻していた。そうなれば、こっちのものである。
意識はお粗末でも、脳の活動はピカ一のホムンクルスだ。すぐに記憶を総動員して、己の身に起きた事の原因を見つけ出した。
結論ーーこの姿の原因は、白薬の副作用だ。
もう一度、思考を辿る。まず、いつ変わったか。夕べここに着いた時は、まだ変わっていなかった。白雪から託されたまま、白い美少女のままだ。暗闇だったから目視したわけではないけれど、感覚で判る。間違いはない。
それが、目覚めると変わっていた。この世界に召喚される前のーー生前の私に。と、なると…変化が起こったのは眠っている間だ。
では、何故?起こったのが寝ている間なら、眠る前の行動に鍵があると予想がつく。そして私が夕べ眠る前にしたことと言ったら、飴を舐めただけ。
ここまで考えると、あとは芋づる式に記憶が甦った。飴の瓶を落として、師匠の研究室に一晩置き去りにしたこと。師匠が新しい白薬の実験を、私で試したがっていたこと。その飴を勧めた時、まじまじと瓶の中身を確認してから、師匠が一粒を選び、口に入れたこと。
明白だ。あのマッド白魔術師は、飴の中に白薬を混ぜていたのだ!そして私は、それを絶妙のタイミングで口にしてしまった!
我ながら、馬鹿すぎる~っ!
思い立って起き上がり、サイドテーブルに放っておいたリュックの中から、赤い飴玉の瓶を取り出す。そして中身を凝視した。
「やっぱり…」
その呟きは、皮肉いっぱいだ。予想通り瓶の中には、微妙に中心部が白くなっている飴玉があと二つ混ざっていた。ご丁寧に入っていたいくつかを溶かして、薬の粒にコーティングしてあるのだ。白薬そのものには味がないため、気付かなかった。
「し~しょ~う~っ!」
低く呻く。本当は、絶叫したい。
肩を落として部屋を出る。フラフラと殆ど無意識に、鏡のある部屋へ足を向けていた。そして鏡の前に立つ。
懐かしい姿がそこにはあった。
何十年も慣れ親しんだ姿…。だけどそれは、あくまで外見だけのこと。この身体がホムンクルスであることは、なんら変わらない。
襟元から胸を覗き見る。去年、串刺しになった時の傷跡は姿が変われども残っていて、なによりその事実を物語っていた。だから、身体能力に影響はなく、任務に支障はきたさない。
不幸中の幸いと言えた。
分かりきったことだった。見た目が元に戻ったところで、生前の私の体はとうの昔に荼毘に付されて、存在しないはずなのだから。今更、自分の身体を取り戻すなど不可能なのである。
師匠の新しい白薬は、「嘘がつけなくなるもの」だと言っていた。「神経系統に作用する」のだと。
してみると、この姿の変化は私の心が起こしたものなのだろうか?あの可憐な少女姿は、仮りそめの偽りだと、いつも思っていたのは確かだ。
鏡へ向けて、両手を伸ばす。
手と手が合わさる。じっと、自身を見つめた。
この身体は錬金によって生み出された。人であり、人とは違う。変幻自在の、星の雫で出来ている。だからこその、この変化。この副作用。
今のこの姿は、私の感傷そのものだ。本当の体はもうない。燃やされている。
ふと、燃えカスのようなものだと思った。焼かれて尚、記憶の片隅に残って燻り続けるそれは、灰にならない炭の欠片のようだ、と。どちらにしろ、ホムンクルスであることに変わりはない。
痛感。
今の私の存在は、生前とはまったくの別物。帰ることなんてできない。だからこそ、許された生。
ならばこの姿もまた、仮りそめに過ぎない。
「それなら…」
苦笑する。
『白雪』とは真逆、まるで対を成すかのような生前のこの姿ーーこちらはさしずめ『黒炭』と言ったところか。
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