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二年目
星月3日(1)
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やってきました、星月の祭り。
神様がいっそう多くの恵みを降らせてくれる星月には、感謝を込めての宴が催される。
年中行事のこのお祭りは、いつもは一日だけのもの。だけど今年は特別に、三日間続けて行われる。転寝月に行われるはずだった夢現の祭りが、王の負傷のため、取りやめとなっていたからだ。どちらも流れ落ちる星の雫を慶ぶ行事なので、まとめてやってしまおうという話である。
人が集まる行事というのは苦手なのだけれど、お祭り自体は嫌いではない。それに、珍しく予定も入っている。だから今日は、少し浮足立っていた。
黄昏の空を見上げながら、西の通用門へ向かう。昼間の宴席中、ずっと主上に張り付いていたので、今日はもうお役御免。城下に出る予定である。
星月の祭りは、夜が本番。白銀城の南正門から城下の中央通りの端まで、通常より明かりを落とした街灯がズラリと浮かび、薄暗闇の中、出店が立ち並ぶ。そして、大人も子供も空を見上げて大はしゃぎ、そんな夜。
去年は少しだけ覗いて、すぐに帰った。一緒に行った、リセルさんとアケイルさんに遠慮して。まだ結婚前だったのだ。
「よう、シロ。仕事はどうした?」
カリメラに声をかけられた。いつも引っ掛けている白衣を脱ぎ、ベージュを基調とするワンピース姿となった、あでやかな彼女の隣にはグレイシアが。仲良さげに中庭へと続く、西側通路に立っていた。
……なるほど。これからデートだな。
「今日は昼勤。もう終わりだよ」
駆け寄って、言葉を返す。
「そうみたいだな。街に出るんだろ?だったら、俺たちと一緒に行かないか?」
挿し色の深い青色のショールを振り回しながら、カリメラが言う。せっかく綺麗なのに、お上品とはかけ離れた仕草である。ヘラやお玉を振り回している、いつもの姿が目に浮かんだ。
「やめとく。それでは去年と同じになってしまうから」
「去年と同じ?」
「アケイルさんとリセルさんの邪魔をしてた。せっかくなんだから、お二人でどうぞ」
並んだカリメラとグレイシアを、交互に見やる。
「い?」
カリメラは真っ赤になって、隣を見上げた。視線を向けられた熊は、慌ててそっぽを向く。その耳はやはり赤かった。
主上が斬られたあの騒動は、この二人の間柄に劇的な変化をもたらしていた。
さすがのフンモコ馬鹿も、自分にとってカリメラの存在がどういうものだったのか、気付いたらしい。揃ってお見舞いに現れた時に、それはすぐに解った。
よかったね、カリメラ。
「おい、からかうな」
グレイシアが咳払いしつつ、私に目を向ける。
「いえ、からかってなんてーー」
「聞いているぞ?お前はフルルクスと約束しているんだろう?」
「あれ?知っていました?実は、一緒に飲みに行く約束なんです」
「今日は仕事で、陛下やライトリィと顔を合わせたからな。しかし、飲みにとは…」
最近やっと見えてきた。この熊の、筆頭黒魔術師としての仕事ぶりが。城下の街灯の管理は、黒魔術師の管轄である。余談だが、例の丘の様変わりも彼の手によるもの。「ならず者の格好の隠れ家となりうる」と、爺様が進言したため。さすが、抜け目がない。
「ずっと前からの、約束だったんですけどね。私は目立つから連れ歩きたくないと、じっ様が言うもので。今日になってしまったんですよ」
「なるほど。祭りの夜なら、さほど目立たんな。女子供も出歩いているだろうし」
「そういうことです」
「おいっ!」
いきなりカリメラが、声の音量を上げた。あ、からかったこと、やっぱり怒ってる。
「ごめん。でも、邪魔したくないと思ったのは本当だから…」
「……そんなの、要らん世話だ。俺は…」
語尾を濁して、カリメラが口を曲げる。
私はもちろんだが、実のところカリメラも、同年代の女子の中にあっては浮いた存在だ。
そのせいか、上手く口にできないながら、お互い貴重な友人であるとーー多分、思っている。
「あの…カリメラ。明後日、一緒に行かない?無理?」
少しだけ、ためらいがちに言ってみた。
大きな琥珀色の目が、いっそう大きくなった。カリメラの瞳って、本当に吸い込まれそうだな。実は本物の琥珀で、覗き込んだら太古の昔が見えるのでは?そんな気さえしてくる。
「ああ。もちろん、いいに決まっている!行こうぜ、シロ。一緒に!」
ガッツポーズで笑顔をくれたカリメラの隣で、グレイシアが嬉しそうに笑った。
✢
西の通用門から一の郭へ出て歩き出したところで、またしても声をかけられた。
「これからフルルクスのところか?」
「迎えに来させるなんて、アイツは良いご身分だね~」
主上と師匠だった。
……またこの王様は、護衛も付けずにフラフラと。今夜の護衛役は誰だっただろう?ご愁傷様です。……いや、サボれてラッキーなのだろうか?しかし…ほんの一時間前まで、私とカクカが張り付いていたのだけれど。いつの間に出て行ったんだろう?
「主上…お帰りの様子ですが、どこに行って来たんですか?」
私の問に、師匠が嬉しそうに答えた。
「酒を買ってきたんだよ。『宵の宴亭』で、今夜限定の自家製酒が売られるんだ。これがね~、堪らなく美味いんだ」
……昼間散々、飲んでいたくせに。まだ飲むのか?
「そんな呆れた目で見るな。お前もこれから、行くんだろう?さあ、行け。あまりアイツを待たせるな」
主上が苦笑する。
「え?あ、はい……」
え?主上?足止めしたくせに、さっさと、追いやろうとするなんて…なんだろう?
「さっ、ほら。行って、行って」
師匠が背中を押してくる。
前のめりになって蹴躓くように、二人から離れることとなった。
なんなのだ?
……怪しい。わざと戸惑うように振り向きつつ、ゆっくりと歩を進め、聞き耳をたてた。するとーー
「やれやれ。やっと収まるところに収まったね。ホント、やきもきさせられたよ、あの二人には」
「正直…駄目かもしれんと思っていた。クロの存在があったから…」
「なに言ってんの?僕らの弟子の方が断然美人なんだから、フルルクスがシロを選ぶのなんて、当然でしょ?」
「ライトリィ…。お前、意外と弟子バカだな。外見は問題ではないだろう?」
「お前がソレ言う?面食いのくせして」
「……俺の話ではない。フルルクスはシロとクロを重ねて見ていた…そんな気がする。これで良かったと思うか?」
「良かったんだよ。後は二人の問題さ。僕らは十分、背中を押した。さっ、この酒でお祝いしよう!」
「少し寂しくはあるがな。情けないが、引き止めるとキリがないような気がした」
「それで、さっさと行かせようとしたんだ。まあ、お互いフルルクスに先を越されちゃったわけだし。面白くないのは確かだね」
「お前は相手なんて、必要と…………か……」
「な……の…………」
歩いてゆく中、会話はそれ以上聞き取れなくなった。
……聞かなければよかった。
結局、私もカリメラと同じだったわけだ。…いや、かなりギリギリまで自分の気持ちに気付いていなかったから、グレイシアの方か。
どちらにしても、恥ずかしい話である。
神様がいっそう多くの恵みを降らせてくれる星月には、感謝を込めての宴が催される。
年中行事のこのお祭りは、いつもは一日だけのもの。だけど今年は特別に、三日間続けて行われる。転寝月に行われるはずだった夢現の祭りが、王の負傷のため、取りやめとなっていたからだ。どちらも流れ落ちる星の雫を慶ぶ行事なので、まとめてやってしまおうという話である。
人が集まる行事というのは苦手なのだけれど、お祭り自体は嫌いではない。それに、珍しく予定も入っている。だから今日は、少し浮足立っていた。
黄昏の空を見上げながら、西の通用門へ向かう。昼間の宴席中、ずっと主上に張り付いていたので、今日はもうお役御免。城下に出る予定である。
星月の祭りは、夜が本番。白銀城の南正門から城下の中央通りの端まで、通常より明かりを落とした街灯がズラリと浮かび、薄暗闇の中、出店が立ち並ぶ。そして、大人も子供も空を見上げて大はしゃぎ、そんな夜。
去年は少しだけ覗いて、すぐに帰った。一緒に行った、リセルさんとアケイルさんに遠慮して。まだ結婚前だったのだ。
「よう、シロ。仕事はどうした?」
カリメラに声をかけられた。いつも引っ掛けている白衣を脱ぎ、ベージュを基調とするワンピース姿となった、あでやかな彼女の隣にはグレイシアが。仲良さげに中庭へと続く、西側通路に立っていた。
……なるほど。これからデートだな。
「今日は昼勤。もう終わりだよ」
駆け寄って、言葉を返す。
「そうみたいだな。街に出るんだろ?だったら、俺たちと一緒に行かないか?」
挿し色の深い青色のショールを振り回しながら、カリメラが言う。せっかく綺麗なのに、お上品とはかけ離れた仕草である。ヘラやお玉を振り回している、いつもの姿が目に浮かんだ。
「やめとく。それでは去年と同じになってしまうから」
「去年と同じ?」
「アケイルさんとリセルさんの邪魔をしてた。せっかくなんだから、お二人でどうぞ」
並んだカリメラとグレイシアを、交互に見やる。
「い?」
カリメラは真っ赤になって、隣を見上げた。視線を向けられた熊は、慌ててそっぽを向く。その耳はやはり赤かった。
主上が斬られたあの騒動は、この二人の間柄に劇的な変化をもたらしていた。
さすがのフンモコ馬鹿も、自分にとってカリメラの存在がどういうものだったのか、気付いたらしい。揃ってお見舞いに現れた時に、それはすぐに解った。
よかったね、カリメラ。
「おい、からかうな」
グレイシアが咳払いしつつ、私に目を向ける。
「いえ、からかってなんてーー」
「聞いているぞ?お前はフルルクスと約束しているんだろう?」
「あれ?知っていました?実は、一緒に飲みに行く約束なんです」
「今日は仕事で、陛下やライトリィと顔を合わせたからな。しかし、飲みにとは…」
最近やっと見えてきた。この熊の、筆頭黒魔術師としての仕事ぶりが。城下の街灯の管理は、黒魔術師の管轄である。余談だが、例の丘の様変わりも彼の手によるもの。「ならず者の格好の隠れ家となりうる」と、爺様が進言したため。さすが、抜け目がない。
「ずっと前からの、約束だったんですけどね。私は目立つから連れ歩きたくないと、じっ様が言うもので。今日になってしまったんですよ」
「なるほど。祭りの夜なら、さほど目立たんな。女子供も出歩いているだろうし」
「そういうことです」
「おいっ!」
いきなりカリメラが、声の音量を上げた。あ、からかったこと、やっぱり怒ってる。
「ごめん。でも、邪魔したくないと思ったのは本当だから…」
「……そんなの、要らん世話だ。俺は…」
語尾を濁して、カリメラが口を曲げる。
私はもちろんだが、実のところカリメラも、同年代の女子の中にあっては浮いた存在だ。
そのせいか、上手く口にできないながら、お互い貴重な友人であるとーー多分、思っている。
「あの…カリメラ。明後日、一緒に行かない?無理?」
少しだけ、ためらいがちに言ってみた。
大きな琥珀色の目が、いっそう大きくなった。カリメラの瞳って、本当に吸い込まれそうだな。実は本物の琥珀で、覗き込んだら太古の昔が見えるのでは?そんな気さえしてくる。
「ああ。もちろん、いいに決まっている!行こうぜ、シロ。一緒に!」
ガッツポーズで笑顔をくれたカリメラの隣で、グレイシアが嬉しそうに笑った。
✢
西の通用門から一の郭へ出て歩き出したところで、またしても声をかけられた。
「これからフルルクスのところか?」
「迎えに来させるなんて、アイツは良いご身分だね~」
主上と師匠だった。
……またこの王様は、護衛も付けずにフラフラと。今夜の護衛役は誰だっただろう?ご愁傷様です。……いや、サボれてラッキーなのだろうか?しかし…ほんの一時間前まで、私とカクカが張り付いていたのだけれど。いつの間に出て行ったんだろう?
「主上…お帰りの様子ですが、どこに行って来たんですか?」
私の問に、師匠が嬉しそうに答えた。
「酒を買ってきたんだよ。『宵の宴亭』で、今夜限定の自家製酒が売られるんだ。これがね~、堪らなく美味いんだ」
……昼間散々、飲んでいたくせに。まだ飲むのか?
「そんな呆れた目で見るな。お前もこれから、行くんだろう?さあ、行け。あまりアイツを待たせるな」
主上が苦笑する。
「え?あ、はい……」
え?主上?足止めしたくせに、さっさと、追いやろうとするなんて…なんだろう?
「さっ、ほら。行って、行って」
師匠が背中を押してくる。
前のめりになって蹴躓くように、二人から離れることとなった。
なんなのだ?
……怪しい。わざと戸惑うように振り向きつつ、ゆっくりと歩を進め、聞き耳をたてた。するとーー
「やれやれ。やっと収まるところに収まったね。ホント、やきもきさせられたよ、あの二人には」
「正直…駄目かもしれんと思っていた。クロの存在があったから…」
「なに言ってんの?僕らの弟子の方が断然美人なんだから、フルルクスがシロを選ぶのなんて、当然でしょ?」
「ライトリィ…。お前、意外と弟子バカだな。外見は問題ではないだろう?」
「お前がソレ言う?面食いのくせして」
「……俺の話ではない。フルルクスはシロとクロを重ねて見ていた…そんな気がする。これで良かったと思うか?」
「良かったんだよ。後は二人の問題さ。僕らは十分、背中を押した。さっ、この酒でお祝いしよう!」
「少し寂しくはあるがな。情けないが、引き止めるとキリがないような気がした」
「それで、さっさと行かせようとしたんだ。まあ、お互いフルルクスに先を越されちゃったわけだし。面白くないのは確かだね」
「お前は相手なんて、必要と…………か……」
「な……の…………」
歩いてゆく中、会話はそれ以上聞き取れなくなった。
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