白雪日記

ふたあい

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二年目

星月3日(2)

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 あ、また一つ、星が流れた。

 喧騒の中、夜空を見上げる。さすが星月。今夜はもう、三つ目だ。星の雫が、いつになくよく流れる。
「星月の間、陽月下は寝不足になる」
 隣を歩くフルルクスが言った。
「大変ですね。陽月下って」
 祭りに浮かれる人たちの間を縫い、大通りを二人並んで歩く。今夜はますます人魂っぽい街灯を目で追いながら、その姿を確認するようにじっ様をチラリと見た。
 そして再び空を仰ぐ。今度は、星は流れていなかった。それでも…流星雨の降り注いだ夜を思い出した。

 隣にフルルクスがいる。

 あの夢現の夜の、爺様とアランサの言葉がなかったならーーこうして並んで歩くことはできなかったかもしれない。

 これまでじっ様が時空の狭間に拘束されていた時間や、この先爺様として降りかかるだろう厄介事を思うと、言いようもない重圧を感じる。
 以前、ホムンクルスが恋愛なんて、前途は爆裂難だなどと思ったけれどーー

 まさかその難が、相手側で炸裂しようとは。

 笑えない。断じて笑えない。
 だけど爺様は言った。「自分の望まないことは、一切しない」と。アランサは言った。「シロとフルルクスの我儘は同じだ」と。

 だからこうして、一緒に歩く。我儘を押し通す。

 行き交う男の人が、チラチラとこちらを見ている。中にはすれ違った後、連れの女の人に金切り声を上げられる人もいた。やっぱり私は、目立つようだ。なるべく目立たないよう、フード付きポンチョを被っているのだけれど…。
「これだけ人がいても目立つか。おい、この際、クロにならねえか?」
 じっ様が、とんでもないことをぼやいた。
「無茶苦茶言わないでください。シロが何日も行方不明になってしまいます」
「……そうだな。あの変態に、薬の副作用を知られるのも癪だしな。やめとくか」
「…………あの、気になっていたんですが。何故、クロにそこまで?こう言ってはなんですが、パッとしませんよ?歳も大分、上でしたし。しかも、数日会っただけで…。決め手でもあったんですか?」
 グッと喉を詰まらせたような顔を、じっ様はした。それから急にスタスタと、歩調を速める。自然と背中を見て歩く形となった。どうやら表情を見せたくないらしい。そして、「まさか…今の俺より年上だったとは……」などと、なにやらブツブツ口にしている。
 ああ……ハイ。

 平面顔のお約束。年齢不詳に見えていた、とは思っていましたよ。

「……捨て子だったことは、話したよな?」
「え?ああ、はい」
 じっ様の後ろ姿を見つめる。戒めのために巻かれていた頭の布は、伸び放題でバサバサになった髪が鬱陶しいという理由で、元に戻っていた。切るという発想はないようだ。今度、ギィに頼んでみることを勧めてみよう。
「それを特別、寂しいと思ったことはなかった。国境近くの村だ。親がいないなんて、当時は珍しくもなかったしな」
 じっ様は国境付近の村出身。ついこの間、知った。この人に関して、私はまだまだ知らないことだらけである。
「あ…そうか。まだ南との和睦前だったんですね」
 …戦時中の生まれ。一体、どれだけ村は荒れていた?ーー死神を召喚したあの廃墟こそがそうであったと知るのは、少し先の話だ。
「そうだ」
 肩をすくめる背中。
「……」
「ありがたいことに俺は学術思考に優れていて、援助で学校に行かせてもらえた。そこで王とライトリィに出会ってからは、尚更だ。自分が人より恵まれていないなんて、考えもしなかった」
「そう…ですか」
「だが…拭えない諦観が常にあった。生まれてすぐに要らないと捨てられた。ある日突然、消えてなくなっても、誰も困りはしないだろうーー自分の存在価値なんてものは、その程度だと思っていた」
「そんな…」
「ところが、そこへとんでもない剣幕で『困る』と喚き立てる奴が現れて、価値観を覆された」
「あ…」

 言うまでもない。そう喚いたのは、クロである私だ。

「俺自身も気付いていなかった。そんなふうに自分のことを卑下していたとは。あの時、初めて気付いた。誰かに必要とされることに、どれだけ焦がれていたのかを」
 頭に血を上らせて、思わず声を上げたあの時の言葉…

 そうなのか。あれはーー

「ひょっとしてあの言葉……ド真ん中、でした?」
「おう。ド真ん中もド真ん中だ。それで俺は……クロをジジイが助けた疫病患者の一人だと思ったんだが…見当違いもいいところだったな」
 ガリガリと頭を掻くじっ様。

 そうか。そうなのか。

「そのせいで、貧乏くじを引く羽目になりましたね、フルルクス」
 前を歩く背中が、涙でぼやけて見える。また涙腺がゆるんだようである。
「そうでもねえよ。お前は時空の狭間での時間が、酷い苦痛のように思っているようだが、実際はそれほどでもない。睡眠時間に充てていた。十分に寝ていたからか、むしろ体調が良かったほどだ」
「でも、この先も苦労の連続ですよ?」
「俺は自分のしたいようにするだけだ。ジジイがなにをしたかなんて、知らねえ…がーー」
「が?」
 そこで、じっ様は突然立ち止まり、振り向いて私をキッと睨みつけた。
「お前は勝手に、無茶なことすんなよ!今回みたいなのは、二度と!御免だ!」
「え、と…どうですか…ね?」
 それは保証しかねる。行き当たりばったりなので、自分でも分からないからだ。
「冗談じゃねえぞ!血まみれなのを抱えさせられた、こっちの身になれ!どれだけ恐ろしかったかーー」
 ハッと我に返り、じっ様は再び前を向いて歩き出した。どんどん足早になってゆく。死神に斬られた時どれほど心配させたのか、ようやく気付いた。
 だけど、心配したのは私も同じだ。
「でも今回、先に無茶したのはじっ様ですから」
 じっ様が一瞬、ビクリとした。バツの悪い顔をしているのが、後ろ姿でも判る。してやったり、だ。
「チッ……忌々しい奴だ」
 チラりと後ろを振り返り、じっ様が呟く。気付けば路地を抜け、通りが変わっていた。

 目を擦り、辺りを見まわす。

 懐かしい景色がそこにはあった。通りの端から端までが酒場である。八年前にフルルクスと歩いた場所だ。
「あの店は、まだ健在だ。行くぞ、シロクロ」
「飲むばかりでなく、ちゃんと食べてくださいよ?」
 小走りでじっ様の隣に並ぶ。「シロクロ」か。最近、時々こう呼ばれる。私が「フルルクス」と、じっ様を名前で呼ぶように。もちろん、他に人がいない時限定だけれど。

 うん。言い得て妙。

 確かに、私はシロであり、クロである。フルルクスがじっ様であり、爺様であるのと同じように。
 …………これって、割れ鍋に綴じ蓋というやつでは…

   ✢

 夜も更けて。

 空を見上げる。星が瞬く。

 ほろ酔い気分で部屋に戻って、今夜の楽しいお酒の報告を白雪に済ませてーー私はとっても上機嫌。
 同じ店の同じ席。フルルクスと差し向かいで飲んだ。八年前はクロとして。今夜は、シロとして。
 ごろりとベッドに横になる。

 ああ、そうだ。

 シロは白雪が遺してくれた姿。
 そしてーー
 クロはフルルクスが待ち続けてくれた姿。

 黒炭はもうーー私の感傷などではない。
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