使用人の我儘

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秋尋様とラブレター

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 うちの学食は料理ができた時は取りにいくけれど、下げる時はみんなが去ってから職員が下げてくれるらしい。
 宝来先輩に絡まれた時、トレーをそのままにしていったのが気になってたので、翌日それを知ってホッとした。

 あれから俺は秋尋様と休憩中の逢瀬をかわし、幸せな毎日を送っていた。

 そして。本日、それが初めて途絶えることとなった。

「なんで今日は雨なんでしょうね……」
「梅雨になったら、毎日のように降るぞ」
「まだ5月にもなってないのに、そんな憂鬱になること言わないでください」

 車窓に水滴が打ちつけられる。朝から降り続けている雨はかなり激しい。車でなければズボンの裾は泥だらけになっていたはずだ。
 
「休憩時間、傘をさしながらだと、秋尋様が濡れてしまいますよね」
「お前、そうまでして僕に会いたいのか?」
「当たり前じゃないですか!」
「……なら、僕の教室まで迎えに来い。いつもと違うところに連れていってやる」
「行っていいんですか? 秋尋様の、教室に!」
「もう今更だからな」

 これでようやく、クラスメイトの顔が写真でなく直で全員チェックできる。
 いっそのこと教室でも仲良しを見せつけて牽制したいけど、それはさすがに秋尋様が嫌がるだろう。
 ……そもそも、前と比べれば凄いとはいえ、見せつけるほど仲良ししてもらえてはないからな。だからこそ、たまにくるデレが破壊力バツグンなんだけど。

「3年の教室に1年が来るのは緊張するだろうが、まあせいぜい頑張れ」
「励ましてくださって嬉しいです。頑張ります」

 黙ったままでいてくれていた小松さんが、フフッと楽しそうに笑った。

「朝香さんは本当に、坊っちゃんが好きですね」
「はい! それに元々、秋尋様の教室へ行きたかったので、とても嬉しいです」
「だいたいお前、なんでそんなに僕の教室へ来たがるんだ?」
「えっ!? そ、それは。あ……秋尋様に、害をなす人間がいないかを……確認、しようと、思って」

 また引かれるかもしれないけど、黙っているとろくなことにならない。そう判断した。ごまかし続けた結果が先日の『憎まれてる』だなんて誤解に繋がったのだと思えば、引かれても素直に答えるほうがマシだ。

「お前に心配されるようなことは何もない」

 引かれはしなかったけど、機嫌を損ねてしまった。上手くいかない。
 俺がまだガキだからかな……。確かに生意気に見えるのかも……。

「まあ……。来るなら遅くなるなよ。中休みはそんなに長いわけじゃない」
「はい!」

 それでも俺との時間を作ってくれようとする秋尋様が愛しくて、雨は降っていても心は晴れやかだった。




 喜びがよほど顔に出ていたのだろう。登校して席へつくと、金井くんが今日は何かいいことあるの? と訊いてきた。
 最近の俺は毎日のように幸せだけど、教室ではあまりそれを顔に出さないようにしている。指摘されるなんて、気が緩んでる証拠だ。

「あれ。景山くん、机から何か落ちたよ」

 言われて床を見ると、確かに淡いブルーの封筒が落ちていた。

「ラブレターじゃない? それ」
「……男子校なのに」
「結構よくあるよ。僕も貰ったことあるもの」

 なら、秋尋様も……。貰ってたり、するのかな。持ち帰っているのを見たことはないけど。
 秋尋様にラブレター……。そんなのは許されないな。送りつけた本人ごと燃やしてしまいたい。

「わあ。景山くん、怖い顔だな。男から貰ったラブレターはゴミクズにしか思えないタイプかな?」

 そう言いながら、平坂くんも近づいてきた。
 コイツもたくさん貰ってそうだな……。

「違うよ。秋尋様も貰ってたら、燃やさなきゃって思ってさ」
「景山くんって、けっこうカゲキだよね」

 まさか、送り主さえも燃やしたいと思ってるとは、夢にも思わないだろう。

「ねえねえ。もし、景山くんのご主人様が、男からラブレター貰って、つきあうとか言い出したらどうするの?」
「それはありえない。あの人が男とつきあうはずないから」
「どうしてそう言い切れるんだい?」

 平坂くんの疑問ももっともだけど、確信がある。

「男でいいなら、俺のことを好きになるに決まってる」

 っていうか、俺は男だから振られたんだし。
 それを今更、男とつきあうなんてそんなこと。だったら今からでも俺でいいだろ!!

「まあ、景山くんの外見は美少女みたいに可愛いからね。なのにそういう関係でないと言うのなら、確かに近衛先輩は男に興味はないのかもしれないね」
「わからないよー。平坂くんみたいなキレイ系が好きとか、広川くんみたいにワイルド系がいいとかあるのかも!」

 俺と秋尋様の過去を知らない2人は、口々に勝手なことを言っている。

「でも……。近衛先輩、キレイな人だし、絶対にラブレターの10枚や20枚、貰ってると思うんだけどなぁ。景山くん、それ、知らないんだよね?」
「秋尋様が、俺に……隠しごとを……?」
「ふふっ。近衛先輩だって、中3の男だよ。隠しごとがないわけがないだろう?」

 そんなの当たり前のことなのに、俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けていた。
 俺の中で秋尋様は、天使のようにお可愛らしく、世俗とは切り離されたような存在でいたのだ。
 あの人は故意に隠しごとができるような人ではないから『ただ言わない』だけなのかもしれない。

 それでも。俺の知らない秋尋様がいることに、言いようのない不快感を覚える。

 ああ。ダメだな。いつかはあの人の結婚を、笑顔で祝わなければいけない立場なのに。どんなに辛くとも、その幸せを間近で見ていく予定なのに。
 たかが紙切れひとつで、こんなに心を乱されようとは。精進が足りない。

 俺は捨てようと思っていたそのラブレターを、そっとポケットにしまい込んだ。




 中休み、秋尋様を教室へ迎えに行き、お気に入りだという場所に案内してもらった。もちろん、その場にいたクラスメイトの顔はチェック済みだ。

「え……。屋上、ですか?」
「その手前だ。雨の日に屋上へ出ようという奴はいないから、誰もこない」
「なるほど……」

 ここの屋上のフェンスは、人が登れないよう上のほうが内側にくるんと巻いてある。そのおかげか鍵は開け放しで誰でも入ることができる。
 だけどまあ、雨の日にわざわざ傘をさしてまで屋上で休む奴は確かにいないだろう。

「ここで誰かとはちあわせたことはないんですか?」
「今のところはない」
「じゃあ、秋尋様とここへ来たのは、俺が初めてなんですね!」
「まあ、そうなるな……」

 俺が初めて……。いい響きだ。
 屋上手前の一番上の階段に腰かける秋尋様を見て、隣に座る。

「あっ。一度立ってください」
「なんだ?」

 横からサッとハンカチを敷いた。

「この上にどうぞ」
「お前……。そういうことを、どこで覚えてくる」
「何がなんでも秋尋様に尽くしたいと考えたら自然に身体が動くのです」

 そして秋尋様は世話をされることに慣れているので、特に躊躇いなく座ってくれた。
 ……今日はこのハンカチを夜のオカズにしよう。

「ん……? 朝香、ポケットから何か落ちたぞ」
「ああ。これは、今日机の中に入っていたのです」

 実は果たし状というパターンもあるのではと思いながら封を開けると、中身はなんの意外性もなく愛が綴られたものだった。
 どうやら送り主は2年生らしい。おととしくらいから君を想っていると書かれているから、秋尋様を送り迎えしていた俺を見初めたんだろう。それなりに年季の入った恋心だ。

「ラブレターみたいです。処分に困りますよね」
「処分……するのか?」
「秋尋様は男から貰ったラブレターなど、とっておくのですか? もしかして、大切に保存してありますか?」

 俺はそう尋ねながら秋尋様の表情を窺った。
 こうして訊いてしまえば隠しごとが下手な彼のこと。その秘密が明らかに……。

「僕が貰っていたら、どうだというんだ」

 ならなかった。まさかの無表情。これはどういう反応なんだ。
 いつも怒るか拗ねるかなのに。

「僕は貰ったことはない。これでいいか? 朝香と違ってモテないからな」
「え。ええっ!? いや、男からモテてもしかたないでしょう……」
「それはそうだが……。何か、気に喰わない」

 もしやこれは、ヤキモチか?
 それとも俺だけ貰ってることに、対抗心を燃やしているのか。

 秋尋様が誰からも貰ったことがないとか、俺にとっては嬉しすぎる事実。この様子だと、おそらく嘘ではないだろう。
 それにしても……。周りは見る目がないな。誰かから貰ってても腹が立つけど、貰ってなくても腹立たしいという、なんだか複雑な気分だ。

 いっそ俺があげたいけど、敬愛という隠れ蓑があっても文字にしたら愛が溢れすぎてて、気持ちがバレそうだからなぁ。
 気持ち悪がられて、解雇される……。それはダメだ、絶対に。

 でも。この流れならば、秋尋様が誰かからラブレターを貰った時は、俺に報告してくるに違いない。よくやったぞ、俺。あとはフォローを入れておかないとな。

「でも、俺の……その、友人は、秋尋様はキレイだから、ラブレターの10枚や20枚、貰っているだろうと言ってまして……。つまり、貰っているように見えるということなのでは?」
「顔が問題ないというなら、僕の性格が悪いからか……」
「いえいえ! 俺だってこれ、全然知らない人からですよ? 俺の性格なんてわかるんです?」
「それもそうだな。まあ、朝香は顔だけなら可愛いからな」
「顔だけでも褒めてもらえて嬉しいですけど、秋尋様にとって俺の性格はそんなにダメなんですか?」

 他からどう思われてもいいけど、好きな人にはよく思われたい。
 せっかく友達になれて、たまにデレてはくれるものの、秋尋様は相変わらず、俺にちょっぴり意地悪なことを言う。それが気になっていた。

「ダメ……というか」
「なんですか? なんでも言ってください、直しますから」
「そういうとこだぞ」
「えっ? どういう……」
「ううん……。僕にも、あまりよくわからないが、直せるようなものではないのだと思う」
「そうなんですね……」

 つまり、俺は秋尋様には好きになってはもらえない、ということか。
 この感じだと、秋尋様に本当の友人ができたら、俺との関係は終わりになるかもしれないな。
 まあいいんだ。使用人としてでも置いてもらえるなら、それで。
 秋尋様とこうして休憩時間に会えて、2人でいられる今を大事にしよう。この時間は、俺の宝物だ。

 ……秋尋様のお尻の温もりが残るハンカチも。
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