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昼食を共にする話
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小鳥のさえずりが気持ちいい。今日はとても、いい朝だ。世界の色が違って見える。
何しろあの秋尋様と、友達! 友達になれたのだから!
一度はプロポーズまでされた身としてはランクダウンした気がしないでもないけど、笑顔さえ見せてくれなくなったここ数年を思えば凄い進歩だ。
もう『明日は起こしに来るな』とか邪険にされることもない……。
「おはようございます」
俺はいつもより高めのトーンで挨拶し、ノックをしてから部屋へ入った。
今日はまだ寝ている。寝顔も可愛い。
優しく起こすと、秋尋様は眠そうに目を擦ってから、ふんわりと笑った。
「……おはよう、朝香」
ずっと見たかった笑顔が目の前にある……。
あまりにも尊く、情欲が遥か彼方に思えた。
「な、何を泣いているんだ」
「貴方が俺に、笑顔を向けてくれるのが嬉しくて……」
「大袈裟だな。……お前、本当に……僕のことが好きなんだな」
気持ちがきちんと伝わっていることが嬉しいし、少し恥ずかしそうにしてる顔は可愛いし。
「それはもう」
俺は頑張って涙を止め、雫が秋尋様に触れないよう指先で拭った。
感動をひとしきり語り聞かせたかったけど、残念ながら今は登校前の忙しない時間帯だ。
手際よく制服を用意して、秋尋様のパジャマを脱がせる。
「袖を通すので、腕を伸ばしてください」
「友達になったってのに、変わらないし……」
「貴方に尽くすことが俺の喜びだって言ったじゃないですか」
「変な奴」
秋尋様は頬を膨らませて、俺の頬を引っ張った。
「んっ……何をするんですか」
「でも、普通に俺って言ってる」
「秋尋様の前ですと、普通に私と言ってしまいそうになりますけどね」
「そういうものなのか?」
「はい。だからしばらくは、私って言ってても気にしないでくださいね」
ネクタイをきゅきゅっと締めて、靴下を履かせて立ち上がる。
ここのところは理性よりも本能が先立ち身体が反応しそうになって困ってたけど、今日は尊い気持ちで抑えられる。
黒い綺麗な髪をつげ櫛ですく。すべすべしっとり。少しすいただけで素直にまとまった。
「そういえば今日から、午前授業が終わって昼食が食べられますね。学校案内で見たんですけど、学食がすっごい豪華で楽しみにしてたんですよ! いくら食べても無料だし!」
テンションの上がる俺に、秋尋様が不思議そうな顔をする。
そうか。彼の中では当たり前のことなんだな。でも俺にとっては、食べたいときにご飯が出てくるだけで幸せなことだから。
雑草が苦いことも、お腹がすきすぎると眠れなくなることも、できれば知らないほうがいいに決まってる。
「秋尋様。俺と一緒に昼食をとってくださいますよね?」
「と、友達だからな。慣れないお前に、先輩の僕が色々教えてやるし……」
そんな俺が、今やこれだよ。こんな可愛い人と、めちゃくちゃ豪華な昼食を毎日のように好きなだけ食べられるんだよ……。
幸せすぎて、なんだか怖い。今この時が実は夢で俺はまだ両親の元でご飯もろくに与えられず、部屋の隅や公園で寝ているんじゃないかって。
「ありがとうございます。本当に本当に嬉しいです」
「いちいち感動しすぎだ、馬鹿」
でも貴方からの信頼に、少しだけ胸が痛くて。これが現実だってわかるんだ。
きちんと友情で居続けるから。だから、いつまでも傍に置いてくださいね。
今日はきちんと約束の場所に現れてくれて休み時間を一緒に過ごせたし、学食では俺の姿を見つけて、テテッと駆け寄ってきてくれた。
その度に感動する俺を見ては少し呆れた顔をしていた秋尋様だけど、満更でもなさそうだった。
「このテーブルに置いてあるタッチパネルを押すと電子式のカードが出てきて、ご飯が出来上がると音が鳴るんですよね!」
「ずいぶんと楽しそうだな」
「秋尋様にはいつものことかもしれませんが、俺には珍しくてしかたないんですよ。……あれっ!? 秋尋様、これ、うどんしかありませんよ!?」
思い切り噴き出された。こんな秋尋様の笑顔、子どもの頃以来だ……。
「お前にも不得意なものがあったんだな。まだ堅苦しい仕事用の携帯を使っているせいか? この矢印を押すんだ」
慣れた手つきで端末を操作してみせる秋尋様がカッコイイ。
「あっ。本当だ……凄いですね、秋尋様!」
必要以上に褒めておく。純粋に映りたいなぁなんてあざとい気持ちもある。
というか。純粋に……メニューがすご。
1ページ丸々うどんだったし、次のページはラーメンだし、更に次は……。
「この上を押すと、項目ごとに見られるぞ」
「えっ!? はっ……!? なんですか? こんなに種類があるものなんですか?」
少なくとも昔、使用人仲間に奢ってもらったファミリーレストランの10倍はある。
凄い豪華らしいとわかってはいたけど、想像の範囲を越えている。
「音が鳴ったら自分で取りに行くというのが面倒だけどな」
「そんなの、俺が取りに行きますし!」
秋尋様は少し躊躇ったあと、こくんと頷いた。
友達なら取りに行かせるのはどうかと考えて、俺があまりに嬉しそうだから、気にしないことにしたのかもしれない。
「それで、お前は何にするんだ?」
「ライス大にミネストローネ、ハンバーグにエビフライに豚のしょうが焼きとバジルのサラダ。厚切りポテト。オムライス」
「お、おい、食いすぎだ」
「だって無料なんですよ!?」
「毎日食べられるのだから、そんなに詰め込むこともないだろう」
食べられる時にたくさん食べておかなければいけない気持ちになるのは、ひもじい幼少期のせいかもしれない。
「俺、結構食べるんです。成長期ですし!」
それに秋尋様より大きくなりたいから。ご主人様を護るには、この腕では細すぎる。
「秋尋様はどれになさるんですか?」
「チーズサンドを……」
「それだけですか? だからそんなに細いんですよ」
「お前よりは育ってる。それに、家でたくさん出るから……昼くらい、軽く済ませたいんだ」
軽く済ませたいとか……俺にはわからない世界だ。でも確かに夕食に招かれた時の量は多かったし、朝食もしっかりとっているから、そんなにグチグチ言うほどじゃない。
使用人としても友達としても、そこまで口を出すのはさすがにちょっといきすぎてるしな。
またしつこいと言われないよう、そうですねと肯定してからタッチパネルのメニューボタンを押していった。
「あれ。押してもカードが出てきませんよ?」
「完了、送信だ。オーダーがまとまる」
「出てきました! カードに液晶と校章がついてますよ! 注文したものが表示されてます!」
「飲み物とサラダで、先に鳴ると思う」
「凄い!!」
秋尋様が、そっと俺の頭を撫でた。
まさかそんなことをしてくれるとは思わなくて、時が止まった。
「あ。わ、悪い。お前もそんなふうに、子どもらしくはしゃぐんだなと思ったら」
「悪くないです! もっと撫でてください!」
お馬さんでも、椅子にされるのでも嬉しいのに、ナデナデしてもらえるなんて……!
下心を入れるなら、お尻の感触を背中で味わえるのは至福だから、いつでも馬や椅子になりたい。いっそ秋尋様のベッドになりたい。
「いや。もうしない」
「えー……」
注文も終えて、テンションも下がったところで、周りからの視線に気がついた。
「……ちょっと騒ぎすぎましたかね」
お坊っちゃん校とはいえ、楽しい楽しい昼食時だ。食堂はそれなりにザワザワしていたので、俺も声のトーンをそんなに落とさなかった。
それに、はしゃぎすぎていた自覚はある。秋尋様に言われるくらいだ。
声を潜めて訊くと、秋尋様は表情を失くして俯いた。
「いつものことだ。こうやって遠巻きに見ているが、話しかけては来ない」
きっと俺にはこういうところ、見られたくなかったんだろうなってわかる。それでも、約束を守って一緒にご飯、してくれたんだ。
「そういえば、お前は……。友達は、良かったのか。僕と、2人きりで……」
「はい。昼食は秋尋様と2人で取りたいので、近づかないように言ってあります」
「そ、そうか。……大丈夫なのか、それは。いや、その気安さが友達というものなのかもしれないな」
秋尋様の闇が深い。確かに俺は、秋尋様に気安くなんかできないけど、でも溢れんばかりの愛ならありますので!
それにしても……。思った以上に、見られてるな。確かに話しかけてはこない。教室でもこんな感じなら、居づらいのも当然だ。
なのに俺は、教室にいてくださいなんて台詞を。しかも、しつこく何度も……。そりゃ秋尋様も嫌がる……。
「今日はお前といるから珍しいのか、いつもより見られている気はする」
「そうなんですね。でも……。悪意は感じませんよ? それに、秋尋様のことを気にしてなきゃ、気にならないでしょう。お綺麗だから近寄りがたいだけじゃないですかね?」
「前向きだな、お前は……」
カードがピピピッと音を立てた。この視線の中、秋尋様を一人にしたくなくて、一緒に取りに行った。
景色が綺麗な窓際にしたのがアダになった。料理が出てくる場所から凄く遠い。
サラダとドリンクだけ出てくると思ったら、まさかの全部まとめて出てきた。秋尋様がいなかったら運べなかったろうな。
手伝わせるのは心苦しかったけど、友達なんだから手伝うのは当たり前だと言いながらヨロヨロ運ぶのが可愛すぎて食べる前から胸いっぱいになった。
席に戻って、次から次へ料理をたいらげていく俺を、秋尋様は呆れたような感心したような顔で見ていた。
「美味しいか?」
「はい、とっても!」
こんな美味しいご飯が毎日食べ放題とか、最高すぎる。
お屋敷では使用人にも食事が支給されるけど、量は決まってるもんなあ。
「ポテト、秋尋様も食べますか?」
「いやいい。見ているだけでお腹いっぱいだ」
最後に残った厚切りポテトをつまんでいると、後ろから強い視線を感じた。
さっきまでのとはまったく違う。これは明確な悪意だ。
秋尋様に何かあってはいけない。俺は急いで後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、昨日俺をナンパしてきた宝来先輩だった。
「よう、近衛。お前、友達がいないからって使用人とメシ食ってんのかよ。寂しいやつだな」
わざととしか思えない大きな声に、やっと落ち着いてきていた視線が一気に俺たちに集まる。クスクスという笑い声も聴こえてきて、秋尋様は悔しさと恥ずかしさのためか真っ赤になった。
「先輩、ちょっと失礼すぎるんじゃありませんか? 確かに私は使用人ですが、秋尋様の友人でもあります。今すぐ謝ってください」
「よせ、朝香。僕ならいい。命令だぞ」
「近衛のほうはお前を友人とは思ってないみたいだぜ。じゃなきゃ、命令だなんて言わねえだろ」
俺が好きで従ってるんだから、放っておいてほしい、本当に。
そして今は、その命令に従ってはいけない時だ。秋尋様を侮辱されて黙っていられるわけがない。
ご主人様でもあるし、友人でもあるし、何より……世界で一番、大切な人。
「いいえ。友人です。なので、その命令はきけません」
「朝香!」
俺は椅子から立ち上がった。身長差が30センチくらいあるので、きっと傍目から見ればライオンと仔犬みたいな体格差だろう。でも、ここから懐に潜り込んで投げ飛ばしてやる。
「き、嫌いになる。嫌いになるからなっ!」
焦ったように飛んできた、あまりにも可愛らしい台詞に力と毒気が抜けた。
効果があると思って言ってるんだと思うとまた可愛い。もちろん効果はバツグンだ。
いくら相手が悪かろうと、人前で俺から先に手を出すのはよろしくないしな……。かえって秋尋様の名に傷をつけてしまうかもしれない。
「かかってこないのか?」
ニヤニヤしてる。どうせ自分が負けるとは思ってないんだ、悔しい。闇討ちしてやる、このクソ男。
「手を出す価値もないってだけです」
俺は数少ないポテトを皿から一気に口の中に滑らせて、秋尋様の手を引いた。
行儀が悪いけど、一刻も早くこの男の前から立ち去りたかった。
いつもの、休憩時に落ち合う場所まで走ってやっと一息。
「あーッ、もう! なんなんですか、あの男は!」
「いつもは、あんなふうに絡んでこないぞ。お前のことを気に入ってるから、一緒にいる僕が気に喰わなかったんじゃないか?」
言われて、ハッとした。それ、逆のパターンもあるんじゃないかって。視線も悪意ではなく敵意だった気がするし。
……まあ、俺は……。秋尋様が好きすぎて、近くにいる男はみんな敵くらいの勢いだから、目が曇ってる可能性はおおいにあるけど。
でも秋尋様には誤解させたままでいよう。意識があの男に向くのは我慢ならない。ああ、でも、危機感を持たせたほうがいいのかな。悩むところだ。
「ならアイツの台詞、全部俺のせいにしてください。それでも、貴方の傍にいさせてください」
「それはまあ……。す、好きにしろ」
良かった。嫌な目にあうから近づくなと言われる展開が一番恐ろしい。
少なくとも天秤は俺のほうに傾いたんだなと思うだけで、天にも昇る気持ち。
「それはそうと、秋尋様。さっき、俺が負けると思って止めたんですか?」
「いいや。確かに体格差はあるが……。お前が、頑張ってること……僕は知ってるからな。お前が勝ったと思うぞ」
突然のデレ供給過多に、本当に天に召されてしまう。
きちんと見ててくれてたってことも、嬉しすぎるし。
「しかし、30センチくらいあったな、差が……」
秋尋様はそう言いながら自分の身長と俺の身長を手で測るようにして見比べた。
「大きくなるんです! これから大きくなるんですから!」
「そうか? まあ、せいぜい頑張れ。僕は小さいのも、可愛くていいと思うけどな?」
それは明らかに、からかうようなニュアンスを含んでいたけれど、少しだけ小さいままでもいいかなっと思ってしまった。罪なお方だ。
何しろあの秋尋様と、友達! 友達になれたのだから!
一度はプロポーズまでされた身としてはランクダウンした気がしないでもないけど、笑顔さえ見せてくれなくなったここ数年を思えば凄い進歩だ。
もう『明日は起こしに来るな』とか邪険にされることもない……。
「おはようございます」
俺はいつもより高めのトーンで挨拶し、ノックをしてから部屋へ入った。
今日はまだ寝ている。寝顔も可愛い。
優しく起こすと、秋尋様は眠そうに目を擦ってから、ふんわりと笑った。
「……おはよう、朝香」
ずっと見たかった笑顔が目の前にある……。
あまりにも尊く、情欲が遥か彼方に思えた。
「な、何を泣いているんだ」
「貴方が俺に、笑顔を向けてくれるのが嬉しくて……」
「大袈裟だな。……お前、本当に……僕のことが好きなんだな」
気持ちがきちんと伝わっていることが嬉しいし、少し恥ずかしそうにしてる顔は可愛いし。
「それはもう」
俺は頑張って涙を止め、雫が秋尋様に触れないよう指先で拭った。
感動をひとしきり語り聞かせたかったけど、残念ながら今は登校前の忙しない時間帯だ。
手際よく制服を用意して、秋尋様のパジャマを脱がせる。
「袖を通すので、腕を伸ばしてください」
「友達になったってのに、変わらないし……」
「貴方に尽くすことが俺の喜びだって言ったじゃないですか」
「変な奴」
秋尋様は頬を膨らませて、俺の頬を引っ張った。
「んっ……何をするんですか」
「でも、普通に俺って言ってる」
「秋尋様の前ですと、普通に私と言ってしまいそうになりますけどね」
「そういうものなのか?」
「はい。だからしばらくは、私って言ってても気にしないでくださいね」
ネクタイをきゅきゅっと締めて、靴下を履かせて立ち上がる。
ここのところは理性よりも本能が先立ち身体が反応しそうになって困ってたけど、今日は尊い気持ちで抑えられる。
黒い綺麗な髪をつげ櫛ですく。すべすべしっとり。少しすいただけで素直にまとまった。
「そういえば今日から、午前授業が終わって昼食が食べられますね。学校案内で見たんですけど、学食がすっごい豪華で楽しみにしてたんですよ! いくら食べても無料だし!」
テンションの上がる俺に、秋尋様が不思議そうな顔をする。
そうか。彼の中では当たり前のことなんだな。でも俺にとっては、食べたいときにご飯が出てくるだけで幸せなことだから。
雑草が苦いことも、お腹がすきすぎると眠れなくなることも、できれば知らないほうがいいに決まってる。
「秋尋様。俺と一緒に昼食をとってくださいますよね?」
「と、友達だからな。慣れないお前に、先輩の僕が色々教えてやるし……」
そんな俺が、今やこれだよ。こんな可愛い人と、めちゃくちゃ豪華な昼食を毎日のように好きなだけ食べられるんだよ……。
幸せすぎて、なんだか怖い。今この時が実は夢で俺はまだ両親の元でご飯もろくに与えられず、部屋の隅や公園で寝ているんじゃないかって。
「ありがとうございます。本当に本当に嬉しいです」
「いちいち感動しすぎだ、馬鹿」
でも貴方からの信頼に、少しだけ胸が痛くて。これが現実だってわかるんだ。
きちんと友情で居続けるから。だから、いつまでも傍に置いてくださいね。
今日はきちんと約束の場所に現れてくれて休み時間を一緒に過ごせたし、学食では俺の姿を見つけて、テテッと駆け寄ってきてくれた。
その度に感動する俺を見ては少し呆れた顔をしていた秋尋様だけど、満更でもなさそうだった。
「このテーブルに置いてあるタッチパネルを押すと電子式のカードが出てきて、ご飯が出来上がると音が鳴るんですよね!」
「ずいぶんと楽しそうだな」
「秋尋様にはいつものことかもしれませんが、俺には珍しくてしかたないんですよ。……あれっ!? 秋尋様、これ、うどんしかありませんよ!?」
思い切り噴き出された。こんな秋尋様の笑顔、子どもの頃以来だ……。
「お前にも不得意なものがあったんだな。まだ堅苦しい仕事用の携帯を使っているせいか? この矢印を押すんだ」
慣れた手つきで端末を操作してみせる秋尋様がカッコイイ。
「あっ。本当だ……凄いですね、秋尋様!」
必要以上に褒めておく。純粋に映りたいなぁなんてあざとい気持ちもある。
というか。純粋に……メニューがすご。
1ページ丸々うどんだったし、次のページはラーメンだし、更に次は……。
「この上を押すと、項目ごとに見られるぞ」
「えっ!? はっ……!? なんですか? こんなに種類があるものなんですか?」
少なくとも昔、使用人仲間に奢ってもらったファミリーレストランの10倍はある。
凄い豪華らしいとわかってはいたけど、想像の範囲を越えている。
「音が鳴ったら自分で取りに行くというのが面倒だけどな」
「そんなの、俺が取りに行きますし!」
秋尋様は少し躊躇ったあと、こくんと頷いた。
友達なら取りに行かせるのはどうかと考えて、俺があまりに嬉しそうだから、気にしないことにしたのかもしれない。
「それで、お前は何にするんだ?」
「ライス大にミネストローネ、ハンバーグにエビフライに豚のしょうが焼きとバジルのサラダ。厚切りポテト。オムライス」
「お、おい、食いすぎだ」
「だって無料なんですよ!?」
「毎日食べられるのだから、そんなに詰め込むこともないだろう」
食べられる時にたくさん食べておかなければいけない気持ちになるのは、ひもじい幼少期のせいかもしれない。
「俺、結構食べるんです。成長期ですし!」
それに秋尋様より大きくなりたいから。ご主人様を護るには、この腕では細すぎる。
「秋尋様はどれになさるんですか?」
「チーズサンドを……」
「それだけですか? だからそんなに細いんですよ」
「お前よりは育ってる。それに、家でたくさん出るから……昼くらい、軽く済ませたいんだ」
軽く済ませたいとか……俺にはわからない世界だ。でも確かに夕食に招かれた時の量は多かったし、朝食もしっかりとっているから、そんなにグチグチ言うほどじゃない。
使用人としても友達としても、そこまで口を出すのはさすがにちょっといきすぎてるしな。
またしつこいと言われないよう、そうですねと肯定してからタッチパネルのメニューボタンを押していった。
「あれ。押してもカードが出てきませんよ?」
「完了、送信だ。オーダーがまとまる」
「出てきました! カードに液晶と校章がついてますよ! 注文したものが表示されてます!」
「飲み物とサラダで、先に鳴ると思う」
「凄い!!」
秋尋様が、そっと俺の頭を撫でた。
まさかそんなことをしてくれるとは思わなくて、時が止まった。
「あ。わ、悪い。お前もそんなふうに、子どもらしくはしゃぐんだなと思ったら」
「悪くないです! もっと撫でてください!」
お馬さんでも、椅子にされるのでも嬉しいのに、ナデナデしてもらえるなんて……!
下心を入れるなら、お尻の感触を背中で味わえるのは至福だから、いつでも馬や椅子になりたい。いっそ秋尋様のベッドになりたい。
「いや。もうしない」
「えー……」
注文も終えて、テンションも下がったところで、周りからの視線に気がついた。
「……ちょっと騒ぎすぎましたかね」
お坊っちゃん校とはいえ、楽しい楽しい昼食時だ。食堂はそれなりにザワザワしていたので、俺も声のトーンをそんなに落とさなかった。
それに、はしゃぎすぎていた自覚はある。秋尋様に言われるくらいだ。
声を潜めて訊くと、秋尋様は表情を失くして俯いた。
「いつものことだ。こうやって遠巻きに見ているが、話しかけては来ない」
きっと俺にはこういうところ、見られたくなかったんだろうなってわかる。それでも、約束を守って一緒にご飯、してくれたんだ。
「そういえば、お前は……。友達は、良かったのか。僕と、2人きりで……」
「はい。昼食は秋尋様と2人で取りたいので、近づかないように言ってあります」
「そ、そうか。……大丈夫なのか、それは。いや、その気安さが友達というものなのかもしれないな」
秋尋様の闇が深い。確かに俺は、秋尋様に気安くなんかできないけど、でも溢れんばかりの愛ならありますので!
それにしても……。思った以上に、見られてるな。確かに話しかけてはこない。教室でもこんな感じなら、居づらいのも当然だ。
なのに俺は、教室にいてくださいなんて台詞を。しかも、しつこく何度も……。そりゃ秋尋様も嫌がる……。
「今日はお前といるから珍しいのか、いつもより見られている気はする」
「そうなんですね。でも……。悪意は感じませんよ? それに、秋尋様のことを気にしてなきゃ、気にならないでしょう。お綺麗だから近寄りがたいだけじゃないですかね?」
「前向きだな、お前は……」
カードがピピピッと音を立てた。この視線の中、秋尋様を一人にしたくなくて、一緒に取りに行った。
景色が綺麗な窓際にしたのがアダになった。料理が出てくる場所から凄く遠い。
サラダとドリンクだけ出てくると思ったら、まさかの全部まとめて出てきた。秋尋様がいなかったら運べなかったろうな。
手伝わせるのは心苦しかったけど、友達なんだから手伝うのは当たり前だと言いながらヨロヨロ運ぶのが可愛すぎて食べる前から胸いっぱいになった。
席に戻って、次から次へ料理をたいらげていく俺を、秋尋様は呆れたような感心したような顔で見ていた。
「美味しいか?」
「はい、とっても!」
こんな美味しいご飯が毎日食べ放題とか、最高すぎる。
お屋敷では使用人にも食事が支給されるけど、量は決まってるもんなあ。
「ポテト、秋尋様も食べますか?」
「いやいい。見ているだけでお腹いっぱいだ」
最後に残った厚切りポテトをつまんでいると、後ろから強い視線を感じた。
さっきまでのとはまったく違う。これは明確な悪意だ。
秋尋様に何かあってはいけない。俺は急いで後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、昨日俺をナンパしてきた宝来先輩だった。
「よう、近衛。お前、友達がいないからって使用人とメシ食ってんのかよ。寂しいやつだな」
わざととしか思えない大きな声に、やっと落ち着いてきていた視線が一気に俺たちに集まる。クスクスという笑い声も聴こえてきて、秋尋様は悔しさと恥ずかしさのためか真っ赤になった。
「先輩、ちょっと失礼すぎるんじゃありませんか? 確かに私は使用人ですが、秋尋様の友人でもあります。今すぐ謝ってください」
「よせ、朝香。僕ならいい。命令だぞ」
「近衛のほうはお前を友人とは思ってないみたいだぜ。じゃなきゃ、命令だなんて言わねえだろ」
俺が好きで従ってるんだから、放っておいてほしい、本当に。
そして今は、その命令に従ってはいけない時だ。秋尋様を侮辱されて黙っていられるわけがない。
ご主人様でもあるし、友人でもあるし、何より……世界で一番、大切な人。
「いいえ。友人です。なので、その命令はきけません」
「朝香!」
俺は椅子から立ち上がった。身長差が30センチくらいあるので、きっと傍目から見ればライオンと仔犬みたいな体格差だろう。でも、ここから懐に潜り込んで投げ飛ばしてやる。
「き、嫌いになる。嫌いになるからなっ!」
焦ったように飛んできた、あまりにも可愛らしい台詞に力と毒気が抜けた。
効果があると思って言ってるんだと思うとまた可愛い。もちろん効果はバツグンだ。
いくら相手が悪かろうと、人前で俺から先に手を出すのはよろしくないしな……。かえって秋尋様の名に傷をつけてしまうかもしれない。
「かかってこないのか?」
ニヤニヤしてる。どうせ自分が負けるとは思ってないんだ、悔しい。闇討ちしてやる、このクソ男。
「手を出す価値もないってだけです」
俺は数少ないポテトを皿から一気に口の中に滑らせて、秋尋様の手を引いた。
行儀が悪いけど、一刻も早くこの男の前から立ち去りたかった。
いつもの、休憩時に落ち合う場所まで走ってやっと一息。
「あーッ、もう! なんなんですか、あの男は!」
「いつもは、あんなふうに絡んでこないぞ。お前のことを気に入ってるから、一緒にいる僕が気に喰わなかったんじゃないか?」
言われて、ハッとした。それ、逆のパターンもあるんじゃないかって。視線も悪意ではなく敵意だった気がするし。
……まあ、俺は……。秋尋様が好きすぎて、近くにいる男はみんな敵くらいの勢いだから、目が曇ってる可能性はおおいにあるけど。
でも秋尋様には誤解させたままでいよう。意識があの男に向くのは我慢ならない。ああ、でも、危機感を持たせたほうがいいのかな。悩むところだ。
「ならアイツの台詞、全部俺のせいにしてください。それでも、貴方の傍にいさせてください」
「それはまあ……。す、好きにしろ」
良かった。嫌な目にあうから近づくなと言われる展開が一番恐ろしい。
少なくとも天秤は俺のほうに傾いたんだなと思うだけで、天にも昇る気持ち。
「それはそうと、秋尋様。さっき、俺が負けると思って止めたんですか?」
「いいや。確かに体格差はあるが……。お前が、頑張ってること……僕は知ってるからな。お前が勝ったと思うぞ」
突然のデレ供給過多に、本当に天に召されてしまう。
きちんと見ててくれてたってことも、嬉しすぎるし。
「しかし、30センチくらいあったな、差が……」
秋尋様はそう言いながら自分の身長と俺の身長を手で測るようにして見比べた。
「大きくなるんです! これから大きくなるんですから!」
「そうか? まあ、せいぜい頑張れ。僕は小さいのも、可愛くていいと思うけどな?」
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