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しかたないから
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秋尋様に、来てくれなくて寂しかったです……。と言ったら、約束をしたわけじゃないと返された。確かにそうかもしれない。
そもそも初めに断られていたのに、俺が話を強引に押し進めただけ……。
客観的に見たくて、平坂くんに色々隠してちょっと話してみたら『それは相当うざ……、鬱陶しいね』と、やたら爽やかな顔で言われた。
彼も誘拐以降、街へ行くときなどの護衛が増えたらしく、フラストレーションが溜まっているらしい。
でも、だって……心配なんだよ、本当に。
誘拐云々でなくとも、教室に一人でいたくない理由とかさ、考えちゃうと……。
結局、あれからも教室にはいない。探しても見つからない。
他にもお気に入りの場所があるのかな。でも、それを俺に教えてくれるつもりはないだろう。
今日が最後の短縮授業。
長い昼休みなら、今よりは探しやすくなる。明日また頑張ろう。
昇降口でいつものように秋尋様を待ちながら、まだ探したことのない場所について考えを巡らせていると、見覚えのある金髪が声をかけてきた。
「なあ、お前、近衛の使用人だろ?」
確か初めて秋尋様の教室へ行こうとした時にいた3年生だ。
要注意人物だと思い、あれからこの男のことを調べてみた。
目立つ外見なので、すぐにわかった。
名前は宝来光瑠(ほうらい ひかる)。平坂くんと同じく3男だけど、こちらはだいぶ捻くれて育ったように見える。そこそこいい家だから、跡目争いとかで色々あるのかも。
そしてなんと、秋尋様のクラスメイトだ。羨ましい……。
「何か御用でしょうか」
「そう怖い顔するなよ。中学に上がったのか? 前までは違う制服で、ここに立って待ってたよな、近衛を」
「はあ……」
「可愛いなぁって思って、見てたんだ」
はっ。まさかこれ、ナンパ?
秋尋様にもモーションかけたりしてないだろうな、こいつ……!
「近衛の使用人なんかやめて、俺のもんにならないか? 待遇ずっとよくしてやるよ。あいつ、愛想なくてツンケンしてるし、我が儘だから、こきつかわれてるだろ?」
「いいえ。秋尋様はお優しくて、世界一素敵な方です。私は彼以外に仕える気はありません」
つんっと顔を背けたところに、秋尋様がやってきた。
こんなところを見られて誤解されてはたまらない。俺は急いで秋尋様に駆け寄った。
「秋尋様!」
「……朝香と……宝来……? うちの朝香が何か?」
うちの朝香って! 所有物になれたみたいで嬉しい……。
俺はいつだって秋尋様のモノですよ……!
「……別に」
宝来と呼ばれた男はちっと舌打ちするとその場を去ってしまった。
気品の欠片もないな、まったく。
「何かされたのか?」
秋尋様が機嫌の悪そうな顔で、訊いてくる。
心配してくれてるんだよな、これ……。はあ、幸せ。
こんなふうに構ってもらえるなら、変な男に声をかけられたかいがあるってものだ。
「いえ、別に」
「僕の……悪口でも言っていたんだろう、どうせ」
「えっ? 違います!」
悪口。確かに、そんな感じのことは言っていたけど、すぐそこに結びつけるのは違和感がある。
……だってそれは、言われるような心当たりが、あるってことだろ?
やっぱり秋尋様、虐められてるんじゃ。
でも虐められてるんですか? なんて、プライドの高いこの人に、訊けるはずがない。
暴力じゃなくても、陰口を叩かれるとか、無視されるとか……。お坊っちゃん学校のほうが、そのあたり陰湿そうな気がする。偏見かもしれないけど。
いろんなものから秋尋様を護りたいのに、俺にできることは限られていて、それが凄く歯痒くて……悔しくて、涙が出そうになった。
秋尋様が鬱陶しいと言うならそうなんだろうし、実際に、よけいなお世話だろうっていうのもわかってるんだ。でも、どうしようもないんだ。
「もう帰ろう」
「は、はい。あの、本当に……さっきのは違うんです。君、可愛いねって軽く声をかけられただけなんですよ」
「男相手に、世も末だな」
俺は秋尋様に、毎日毎日、可愛いって思いっぱなしですけどね。
「秋尋様は私のこと、可愛いとは思ってくださらないんですか?」
「顔だけならまあ……。中身は、憎たらしい」
うっ……。いや、でも、顔だけなら可愛いって言ってくれたし!
でも憎たらしいって。こんなに一途に慕っているのに。口を開けばウザイとか迷惑とか来るなとか言われるし。
まあ、でも、それが正解かもな。許されたら俺、愛しすぎてこの人を壊してしまうかもしれないから。
そのままずっと不機嫌だった秋尋様が、部屋の前で別れる際に、少し話していかないかと誘ってくれた。
学校のことを話してくれるなら嬉しいし、もう同じ空間にいられるだけでも嬉しいので、俺はいちもにもなく頷いた。
珍しいお誘いに、ともすれば勃ってしまいそうなのをこらえながら、秋尋様に誘導されて一緒にソファへ座る。
こうして床でなく隣に座るのもどれくらいぶりだろう。
「朝香」
「はい」
秋尋様の顔は真剣だった。浮かれた気持ちを抑えながら、返事をする。
一体、何をお話してくれるのかな……とドキドキしていたら。
「正直に言え。お前、僕が虐められていると思っているだろう」
とても、ストレートだった。
浮かれていたせいで、思っていませんと答えるには間が開きすぎた。実際にそう思っていたせいもある。
俺が黙ったままでいると、秋尋様が言葉を続けた。
「虐められているわけじゃない。そんな低脳な奴は、あの学園にはそうはいない。ただ……。教室には、居づらい空気があって……」
それ以上、秋尋様は何も言わなかった。言わなかったけど、わかってしまった。
秋尋様は虐めではないと言ったけど、もし意図的に無視をされているならそれは精神的な虐めだ。ただ、俺は秋尋様が教室にいる姿を見たことがないから、そのあたりはなんともいえない。
「く、くそっ……笑えばいいだろ」
「そんな……」
笑えたらどんなにいいだろう。笑えっこない。
だって。こんな……嬉しい、なんて。
秋尋様はきっとつらいだろうに、俺は使用人失格だ。でも、しかたない。だって、どうしようもないくらいこの人のことが好きだから。秋尋様には俺以上に親しい人がいないのかと思えば心が震えてしまう。今だって、心の隙間につけこめないか、言葉を探してる。
俺が、友達になりたいなんて言っても、嫌がられるかもしれない。だから……。
「し、使用人じゃ、ダメなんですか」
「……何がだ」
「私は秋尋様が望めばいつでも傍にいます。私がいたいからいるんです。休み時間は俺と一緒にいましょう。ねっ?」
「同情なんて真っ平だ。馬鹿にするな。虐められていると思われるのも不快だし、そんな視線で見られるのも最悪だ。わかったらもう部屋から出っ……」
思わず、秋尋様を抱きしめていた。
嫌われたくなくて、出ていけと言われたくなくて。
「お願いです……。嫌わないでください。俺を、嫌わないで」
喉の奥から、切実な想いが言葉となってこぼれ落ちた。
不安だった。ここで話を終わらせてしまったら、本当に心の底から嫌われて、憎まれるような予感がした。
「朝香……?」
「秋尋様が俺のことを、うざったく思っているのは知っています。どう言葉を選べばいいのかわかりませんけど、使用人の分際でというのもわかってますけど、本当は……と、友達になりたいのです」
下心があるのに友達なんて騙しているような気もする。でも、とにかく今、俺が秋尋様を大事に思っていることを伝えなきゃいけないと思った。
俺の真剣な表情を見て、気持ちが少しでも伝わればいい。
「嘘だ、そんなの。だってお前、僕のことを……憎んでるくせに」
「え」
思ってもみなかった台詞に、目が飛び出すかと思った。
いや、俺は瞬間、相当な阿呆面をしてしまったに違いない。
それほど衝撃的だった。
気持ちが伝わるどころか、なんだこれは。
俺が秋尋様を嫌いだとか憎んでるなんて、天地がひっくり返ってもそんなの有り得ない。
「な、なんでそうなるんですか? どうしたら、そんな勘違いを……」
「子どもの頃、僕が急に態度を変えた時のことを覚えているか?」
俺が男だとわかった時のことか……。
「少し経って後悔して、やっぱり普通に仲良くなりたいとは思ったが、お前の態度はもうよそよそしかった」
「……それ、成長して分別がつくようになっただけだと思いますよ」
でも確かに……。フられたからきちんと使用人でいようと思ったり、恋心がバレないように過剰なところはあったかも。
「それに、勉強だって運動だってお前のほうができるし、屋敷の人間だってみんなお前のことが好きだし。お前だって僕のこと、引き立て役くらいにしか、思っていないんだろう」
こ、これは……根が深すぎる。いつから俺は、こんな、秋尋様に劣等感を抱かせるような立ち振る舞いをしていたんだろう。
みんな秋尋様の役に立ちたくて、恥をかかせないようにと頑張っていたことなのに、それは全部……裏目にでていたんだ、きっと。
「そんなこと、欠片も思ったことないです!」
「しかもお前、やたら僕の行動を制限しようとするし」
「何度も言ってますが、心配なだけですから!」
「……なら、素であんなにしつこかったのか?」
今日は悪気なく心を抉ってくるじゃないですか、秋尋様。
「それに関しては、私も少し反省していたところです」
「今まで……内心馬鹿にしながら、言うことをきいていたわけじゃないんだな? 僕を苛つかせるためじゃ……」
「違います! 私は本当に……。秋尋様のことが、好きなのです」
友情として、言えているだろうか。想いが透けてはいないだろうか。
不安だったけど、これは絶対に告げなくてはいけない言葉だ。
……少し冷静になってみれば、俺、秋尋様のこと抱きしめたままだし。
背は高いのに、細い……。柔らかい。いい匂いがする。
学校から帰ったばかりなのに、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。
いや、ダメだダメだ。下心がバレ……、いや、バレないか。俺に憎まれてるなんて、とんでもない勘違いをしていたくらいだ。
「……わかった。しかたないから、と、友達にしてやる」
「は、はい……」
うぐっ。か、可愛い……。はあ。俺、本当に友達のままでいられるのかな。
「そういえばお前、普段は自分のことを俺と言っているのか?」
「あ! はい。申し訳ありません、先程は焦っていて」
「……ふふ。そうか。焦ったんだな。それはいい」
「あの、秋尋様?」
「僕はな、お前を慌てさせてやりたかったんだ。いつも何を命令しても、こたえないから」
ああー……。嬉しいだけだったからなぁ。今思えば、そういうところも秋尋様を苛つかせていたんだろうな。
「それはしかたないです。貴方に尽くすことが、私の喜びですので」
「友達になってもか?」
「はい。私が今ここにいられるのは、貴方のおかげです。尽くすことはいわば生きがい。私の我儘でもあります。友達になっても、それは変わりません」
秋尋様が俺の身体をトッと突き放した。
怒ったかなと反射的に身を竦める。腕の中にあった体温がなくなるのも寂しかった。
「つまり、命令はこれからも、なんでもきくんだな?」
「もちろんです」
「だったら……。僕の前でも私ではなく、俺と言え」
…………。
……………………。
「……おいっ、聞いてるのか?」
「あ、はい! 聞いてます聞いてます!」
「やっぱり、お前……」
「もう癖になってるから、大丈夫かなーって不安になっただけなんです!」
やばかった。秋尋様があまりに可愛すぎて意識が遠のきかけた。
いつものつんけんしてる態度でさえ俺には可愛くてしかたないのに、こんなの殺人兵器レベルだ。狡い。
俺、もつかな。いろんな意味で……。
「では秋尋様。今度こそ、友達として俺と……休み時間を一緒に過ごしてくれますか?」
「お、お前の好きにしたらいい。と、友達なんだからな」
いちいちどもるとか! 秋尋様……!
はぁはぁ……早く慣れないと、俺の心臓がもたない。
「ともかく。話はそれだけだ。わかったらもう部屋へ戻れ」
急に照れくさくなったのかなんだか知らないけど、秋尋様はそう言って俺をさっさと部屋から追い出した。
呼びつけておいてこれとか、友達になっても身勝手なところは相変わらずだ。そんなところも、大好きすぎて困るけど。
俺は追い出されたあと、周りを一度見回して誰もいないことを確認してから、秋尋様の部屋の扉にちゅっとキスをした。
本当に、大好きですよ……!
明日からは、また……あの人の笑顔が、見られるかもしれない。それを思うだけで、俺の胸は嘘みたいに熱くなっていた。
そもそも初めに断られていたのに、俺が話を強引に押し進めただけ……。
客観的に見たくて、平坂くんに色々隠してちょっと話してみたら『それは相当うざ……、鬱陶しいね』と、やたら爽やかな顔で言われた。
彼も誘拐以降、街へ行くときなどの護衛が増えたらしく、フラストレーションが溜まっているらしい。
でも、だって……心配なんだよ、本当に。
誘拐云々でなくとも、教室に一人でいたくない理由とかさ、考えちゃうと……。
結局、あれからも教室にはいない。探しても見つからない。
他にもお気に入りの場所があるのかな。でも、それを俺に教えてくれるつもりはないだろう。
今日が最後の短縮授業。
長い昼休みなら、今よりは探しやすくなる。明日また頑張ろう。
昇降口でいつものように秋尋様を待ちながら、まだ探したことのない場所について考えを巡らせていると、見覚えのある金髪が声をかけてきた。
「なあ、お前、近衛の使用人だろ?」
確か初めて秋尋様の教室へ行こうとした時にいた3年生だ。
要注意人物だと思い、あれからこの男のことを調べてみた。
目立つ外見なので、すぐにわかった。
名前は宝来光瑠(ほうらい ひかる)。平坂くんと同じく3男だけど、こちらはだいぶ捻くれて育ったように見える。そこそこいい家だから、跡目争いとかで色々あるのかも。
そしてなんと、秋尋様のクラスメイトだ。羨ましい……。
「何か御用でしょうか」
「そう怖い顔するなよ。中学に上がったのか? 前までは違う制服で、ここに立って待ってたよな、近衛を」
「はあ……」
「可愛いなぁって思って、見てたんだ」
はっ。まさかこれ、ナンパ?
秋尋様にもモーションかけたりしてないだろうな、こいつ……!
「近衛の使用人なんかやめて、俺のもんにならないか? 待遇ずっとよくしてやるよ。あいつ、愛想なくてツンケンしてるし、我が儘だから、こきつかわれてるだろ?」
「いいえ。秋尋様はお優しくて、世界一素敵な方です。私は彼以外に仕える気はありません」
つんっと顔を背けたところに、秋尋様がやってきた。
こんなところを見られて誤解されてはたまらない。俺は急いで秋尋様に駆け寄った。
「秋尋様!」
「……朝香と……宝来……? うちの朝香が何か?」
うちの朝香って! 所有物になれたみたいで嬉しい……。
俺はいつだって秋尋様のモノですよ……!
「……別に」
宝来と呼ばれた男はちっと舌打ちするとその場を去ってしまった。
気品の欠片もないな、まったく。
「何かされたのか?」
秋尋様が機嫌の悪そうな顔で、訊いてくる。
心配してくれてるんだよな、これ……。はあ、幸せ。
こんなふうに構ってもらえるなら、変な男に声をかけられたかいがあるってものだ。
「いえ、別に」
「僕の……悪口でも言っていたんだろう、どうせ」
「えっ? 違います!」
悪口。確かに、そんな感じのことは言っていたけど、すぐそこに結びつけるのは違和感がある。
……だってそれは、言われるような心当たりが、あるってことだろ?
やっぱり秋尋様、虐められてるんじゃ。
でも虐められてるんですか? なんて、プライドの高いこの人に、訊けるはずがない。
暴力じゃなくても、陰口を叩かれるとか、無視されるとか……。お坊っちゃん学校のほうが、そのあたり陰湿そうな気がする。偏見かもしれないけど。
いろんなものから秋尋様を護りたいのに、俺にできることは限られていて、それが凄く歯痒くて……悔しくて、涙が出そうになった。
秋尋様が鬱陶しいと言うならそうなんだろうし、実際に、よけいなお世話だろうっていうのもわかってるんだ。でも、どうしようもないんだ。
「もう帰ろう」
「は、はい。あの、本当に……さっきのは違うんです。君、可愛いねって軽く声をかけられただけなんですよ」
「男相手に、世も末だな」
俺は秋尋様に、毎日毎日、可愛いって思いっぱなしですけどね。
「秋尋様は私のこと、可愛いとは思ってくださらないんですか?」
「顔だけならまあ……。中身は、憎たらしい」
うっ……。いや、でも、顔だけなら可愛いって言ってくれたし!
でも憎たらしいって。こんなに一途に慕っているのに。口を開けばウザイとか迷惑とか来るなとか言われるし。
まあ、でも、それが正解かもな。許されたら俺、愛しすぎてこの人を壊してしまうかもしれないから。
そのままずっと不機嫌だった秋尋様が、部屋の前で別れる際に、少し話していかないかと誘ってくれた。
学校のことを話してくれるなら嬉しいし、もう同じ空間にいられるだけでも嬉しいので、俺はいちもにもなく頷いた。
珍しいお誘いに、ともすれば勃ってしまいそうなのをこらえながら、秋尋様に誘導されて一緒にソファへ座る。
こうして床でなく隣に座るのもどれくらいぶりだろう。
「朝香」
「はい」
秋尋様の顔は真剣だった。浮かれた気持ちを抑えながら、返事をする。
一体、何をお話してくれるのかな……とドキドキしていたら。
「正直に言え。お前、僕が虐められていると思っているだろう」
とても、ストレートだった。
浮かれていたせいで、思っていませんと答えるには間が開きすぎた。実際にそう思っていたせいもある。
俺が黙ったままでいると、秋尋様が言葉を続けた。
「虐められているわけじゃない。そんな低脳な奴は、あの学園にはそうはいない。ただ……。教室には、居づらい空気があって……」
それ以上、秋尋様は何も言わなかった。言わなかったけど、わかってしまった。
秋尋様は虐めではないと言ったけど、もし意図的に無視をされているならそれは精神的な虐めだ。ただ、俺は秋尋様が教室にいる姿を見たことがないから、そのあたりはなんともいえない。
「く、くそっ……笑えばいいだろ」
「そんな……」
笑えたらどんなにいいだろう。笑えっこない。
だって。こんな……嬉しい、なんて。
秋尋様はきっとつらいだろうに、俺は使用人失格だ。でも、しかたない。だって、どうしようもないくらいこの人のことが好きだから。秋尋様には俺以上に親しい人がいないのかと思えば心が震えてしまう。今だって、心の隙間につけこめないか、言葉を探してる。
俺が、友達になりたいなんて言っても、嫌がられるかもしれない。だから……。
「し、使用人じゃ、ダメなんですか」
「……何がだ」
「私は秋尋様が望めばいつでも傍にいます。私がいたいからいるんです。休み時間は俺と一緒にいましょう。ねっ?」
「同情なんて真っ平だ。馬鹿にするな。虐められていると思われるのも不快だし、そんな視線で見られるのも最悪だ。わかったらもう部屋から出っ……」
思わず、秋尋様を抱きしめていた。
嫌われたくなくて、出ていけと言われたくなくて。
「お願いです……。嫌わないでください。俺を、嫌わないで」
喉の奥から、切実な想いが言葉となってこぼれ落ちた。
不安だった。ここで話を終わらせてしまったら、本当に心の底から嫌われて、憎まれるような予感がした。
「朝香……?」
「秋尋様が俺のことを、うざったく思っているのは知っています。どう言葉を選べばいいのかわかりませんけど、使用人の分際でというのもわかってますけど、本当は……と、友達になりたいのです」
下心があるのに友達なんて騙しているような気もする。でも、とにかく今、俺が秋尋様を大事に思っていることを伝えなきゃいけないと思った。
俺の真剣な表情を見て、気持ちが少しでも伝わればいい。
「嘘だ、そんなの。だってお前、僕のことを……憎んでるくせに」
「え」
思ってもみなかった台詞に、目が飛び出すかと思った。
いや、俺は瞬間、相当な阿呆面をしてしまったに違いない。
それほど衝撃的だった。
気持ちが伝わるどころか、なんだこれは。
俺が秋尋様を嫌いだとか憎んでるなんて、天地がひっくり返ってもそんなの有り得ない。
「な、なんでそうなるんですか? どうしたら、そんな勘違いを……」
「子どもの頃、僕が急に態度を変えた時のことを覚えているか?」
俺が男だとわかった時のことか……。
「少し経って後悔して、やっぱり普通に仲良くなりたいとは思ったが、お前の態度はもうよそよそしかった」
「……それ、成長して分別がつくようになっただけだと思いますよ」
でも確かに……。フられたからきちんと使用人でいようと思ったり、恋心がバレないように過剰なところはあったかも。
「それに、勉強だって運動だってお前のほうができるし、屋敷の人間だってみんなお前のことが好きだし。お前だって僕のこと、引き立て役くらいにしか、思っていないんだろう」
こ、これは……根が深すぎる。いつから俺は、こんな、秋尋様に劣等感を抱かせるような立ち振る舞いをしていたんだろう。
みんな秋尋様の役に立ちたくて、恥をかかせないようにと頑張っていたことなのに、それは全部……裏目にでていたんだ、きっと。
「そんなこと、欠片も思ったことないです!」
「しかもお前、やたら僕の行動を制限しようとするし」
「何度も言ってますが、心配なだけですから!」
「……なら、素であんなにしつこかったのか?」
今日は悪気なく心を抉ってくるじゃないですか、秋尋様。
「それに関しては、私も少し反省していたところです」
「今まで……内心馬鹿にしながら、言うことをきいていたわけじゃないんだな? 僕を苛つかせるためじゃ……」
「違います! 私は本当に……。秋尋様のことが、好きなのです」
友情として、言えているだろうか。想いが透けてはいないだろうか。
不安だったけど、これは絶対に告げなくてはいけない言葉だ。
……少し冷静になってみれば、俺、秋尋様のこと抱きしめたままだし。
背は高いのに、細い……。柔らかい。いい匂いがする。
学校から帰ったばかりなのに、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。
いや、ダメだダメだ。下心がバレ……、いや、バレないか。俺に憎まれてるなんて、とんでもない勘違いをしていたくらいだ。
「……わかった。しかたないから、と、友達にしてやる」
「は、はい……」
うぐっ。か、可愛い……。はあ。俺、本当に友達のままでいられるのかな。
「そういえばお前、普段は自分のことを俺と言っているのか?」
「あ! はい。申し訳ありません、先程は焦っていて」
「……ふふ。そうか。焦ったんだな。それはいい」
「あの、秋尋様?」
「僕はな、お前を慌てさせてやりたかったんだ。いつも何を命令しても、こたえないから」
ああー……。嬉しいだけだったからなぁ。今思えば、そういうところも秋尋様を苛つかせていたんだろうな。
「それはしかたないです。貴方に尽くすことが、私の喜びですので」
「友達になってもか?」
「はい。私が今ここにいられるのは、貴方のおかげです。尽くすことはいわば生きがい。私の我儘でもあります。友達になっても、それは変わりません」
秋尋様が俺の身体をトッと突き放した。
怒ったかなと反射的に身を竦める。腕の中にあった体温がなくなるのも寂しかった。
「つまり、命令はこれからも、なんでもきくんだな?」
「もちろんです」
「だったら……。僕の前でも私ではなく、俺と言え」
…………。
……………………。
「……おいっ、聞いてるのか?」
「あ、はい! 聞いてます聞いてます!」
「やっぱり、お前……」
「もう癖になってるから、大丈夫かなーって不安になっただけなんです!」
やばかった。秋尋様があまりに可愛すぎて意識が遠のきかけた。
いつものつんけんしてる態度でさえ俺には可愛くてしかたないのに、こんなの殺人兵器レベルだ。狡い。
俺、もつかな。いろんな意味で……。
「では秋尋様。今度こそ、友達として俺と……休み時間を一緒に過ごしてくれますか?」
「お、お前の好きにしたらいい。と、友達なんだからな」
いちいちどもるとか! 秋尋様……!
はぁはぁ……早く慣れないと、俺の心臓がもたない。
「ともかく。話はそれだけだ。わかったらもう部屋へ戻れ」
急に照れくさくなったのかなんだか知らないけど、秋尋様はそう言って俺をさっさと部屋から追い出した。
呼びつけておいてこれとか、友達になっても身勝手なところは相変わらずだ。そんなところも、大好きすぎて困るけど。
俺は追い出されたあと、周りを一度見回して誰もいないことを確認してから、秋尋様の部屋の扉にちゅっとキスをした。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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