使用人の我儘

used

文字の大きさ
6 / 54

秋尋様を探せ

しおりを挟む
 授業と授業の間に、短い休憩時間がある。ここが狙い目だ。
 まさか秋尋様もこんな隙間を縫うようにしてクラスへ行くとは思わないだろう。

 問題は……。平坂くんの話によれば、俺が秋尋様の使用人として周りに認識されている、ということだ。

『さっき、お前のところの使用人が来てたぞ』

 とか告げ口されようものなら、ただでさえあまりない信頼が完全になくなりかねない。
 ここが共学ならば目立たぬよう女装していくものを。
 用意してきた伊達眼鏡をかけ、髪型を変え、パッと見て俺だとわからないよう、簡単に変装をする。
 これで完璧。とは言えないけど、まさか。

「あれ、お前、近衛の……」

 秋尋様の教室へ近付いた途端、そう声をかけられるとは思わなかった。
 シャツの一番上をあけ、耳にはピアス痕。素行が良くなさそうな雰囲気。髪の毛も、ほぼ金髪に近い。できれば秋尋様と関わってほしくはない外見だ。
 そして、もちろん俺も関わりたくない。

「まだ慣れないもので、階を間違えました」

 頭を下げるフリをして、教室を盗み見る。秋尋様の姿はなかった。
 これ以上の長居は無用だ。しつこく声をかけてこようとする金髪を振り切って、自分の教室へ戻った。

 やっぱり中から行こうとするのは危険だ。次の休み時間は外から覗こう。目の前にちょうどいい高さの木があった。

 そして俺は休み時間のたびに、秋尋様の姿を見に行ったけれど、そのお姿を瞳におさめることは叶わなかった。

「か、景山くん、大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど……。休み時間、どこに行ってたの?」

 俺は秋尋様の姿を見られなかった悲しみと、木への登り降りで体力を消耗し、思った以上に疲れ果てていた。まだまだ鍛錬不足だ。情けない。

「トイレ……」

 そう。秋尋様もトイレかもしれない。でも、そんなに毎回、トイレへ行くかな? メールをしようか。またうざがられる。どうしよう。
 まさか保健室? 下がったと思った熱が上がってきてるんじゃ。
 幸い、今日の授業はこれで終わりだ。昇降口で秋尋様の顔が見られたら、この不安も全部吹き飛ぶ。
 チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出し、俺は秋尋様が現れるのを一日千秋の想いで待った。
 
「朝香、どうしたんだ。死にそうな顔をして」
「あ……」
 
 驚くほど、普通に、秋尋様がきた。しかも、俺のことを心配してくれている……かどうかはわからないけど、どんなことであれ、気にかけてくれているのが嬉しい。そして、何事もなく現れてくれたのが、嬉しくて……。
 
「よくご無事で……!」
 
 俺は感極まって、そんな台詞を吐きながら秋尋様に抱きついてしまった。
 一瞬で我に返って離れると、秋尋様が呆気にとられたような顔をしていた。 
 
「その……今日、クラスメイトが誘拐された時の話をしていたので、秋尋様のことが心配になりまして……」
「クラスメイトが……」
 
 少し苦しい言い訳だったかな。そう思いながら秋尋様の顔を見る。秋尋様は、なんだか難しい表情をしていた。
 
「それは朝香の友達か?」
 
 友達と言うほど仲がいいかどうかは別として、とりあえず肩書きとしてはそれだ。
 
「はい」
 
 こくりと頷くと、秋尋様は相変わらず難しい表情をしたまま、俺から視線を外す。
 
「……この学校はセキュリティがしっかりしている。お前が不安に思うようなことはない」
「わかっております。それでも心配なのです」

 だって秋尋様、休み時間の度にいないからー!
 とは言えない。見張っていたのがバレてしまう。

「心配症が過ぎる。僕よりも年下のクセに。ほら、もう行くぞ」
「はい」

 渡された鞄を素直に受け取って歩き出す。
 結局、不安も謎も、そのままだ。とりあえず……鍛えよう。そう、筋肉は裏切らない。今日は壁を這い上がる特訓だ。木登りのために。




 次の日も、その次の日も俺は、秋尋様のクラスを覗いた。
 やっぱりいない。これはさすがに、トイレってことはありえない。
 何かあったかと思えば帰りにはケロッと現れるから、何か危険な目にあってるってことはなさそうだけど。

 逆に考えよう。教室にいないなら、初めから校舎内を走り回って探せばいいんだと。
 俺はトイレ、保健室、事務室、裏庭などを休み時間のたびに駆け回った。
 そしてついに秋尋様を見つけた。灯台下暗しとはこのことか。俺の教室、真下。茂みの中だ。屋上から見えた。
 木々が邪魔してお姿まではきちんと見えなかったけど、あの艷やかな黒髪は絶対にそう。毎日舐めるように見て触っているから間違いない。

 急いで屋上から1階まで駆け下りる。昇降口で靴に履き替える時間も惜しく、上履きのまま外へ出て秋尋様がいるであろう茂みの中へ飛び込んだ。
 
「秋尋様!」
「えっ……朝香……?」
 
 秋尋様は校舎の壁に背中をもたれかけさせて座っていた。俺が突然現れたことに驚いて身を竦ませ、目を軽く見開いている。
 驚いている秋尋様の表情もいい……。可愛い……。ああっ、抱きしめたいなぁ……!
 って、そんな場合じゃなかった。
 
「上から見えたもので」
「上から?」
 
 秋尋様が上を見上げる。木々が生い茂っていて、制服はもちろん髪の色でさえ判別できないレベルだ。
 
「下手な嘘をつくな」
「嘘ではございません。秋尋様の髪の色が見えました」
「僕のは普通の黒だろう。お前のほうが特徴的な髪の色をしている」
 
 細く綺麗な指先が、俺の髪にそっと触れた。
 まずい。心臓の音が凄い、ばくばくしてきた。こんなことくらいで。
 秋尋様は俺の髪が特徴的な色だと言ったけど、俺のだってよくある栗色だ。まあ、確かに黒よりは色味の差異がわかりやすいだろうけど……。俺には、貴方の黒は他の色とまったく違って見えるんです。
 宝物を見つけたかのような感覚に、心が躍る。秋尋様は俺の宝物なので、あながち間違ってはいない。
 それに、なんかいい匂いするし。木漏れ日に濡れる秋尋様の姿も、また一段と綺麗で、可愛くって。
 キスしたいなあ。これってかなりロマンチックなシチュエーションじゃないか? キスしたらうっかり、流されてくれそうな……はずはないよな。うん。
 
「私は髪の先一本でも貴方を見分けられる自信がありますから」
「それは随分と優秀な使用人だな」
 
 あまり信じてくれてそうにはない。でも俺が貴方を見つけたのは事実。
 
「ここ、秋尋様のお気に入りの場所ですか? のどかで落ち着く場所ですね」
「ああ……でも、お前がきたことで台無しだ」
 
 相変わらず心を抉ってくれる……。
 でも、いつもに比べてちょっとトゲが薄い気がする。気まずそうっていうか。
 俺にこの場所を見つけられたことが、気まずい……?
 それに秋尋様が休み時間を利用してアクティブに動き回っているというのも、違和感がある。
 まさか授業をさぼったりはしてないだろうけど……。
 
「休み時間は、いつもここへ? 教室でゆっくりされたりはしないのでしょうか」
「うるさい。僕のことは放っておいてくれ」
 
 秋尋様が膝を抱え込んで、きゅっと俯く。
 確かに俺の台詞は、よけいなお世話だろう。でも、こんな態度をとられたら、気になって仕方ない。
 だって……教室にいたくないなんて、虐めにでもあっていたらどうしようって思うじゃないか。

 こういう時はどうしたらいいんだ。問いつめないようにしつつ、現状を探る……か。
 
「私も毎時、ここへきてはダメですか?」
「だめだ。僕は一人でいるのが好きなんだ。邪魔されたくない。お前は教室に戻ればいいだろう」
「でも秋尋様を、一人にしておくわけにはいきません。何があるか、わかりませんから」
 
 呼び出されている可能性もある。俺はあたりをゆっくり見回してみた。誰かが潜んでそうな気配はない。
 
「何かって、何があるんだよ」
「昨日も言ったでしょう。誘拐とかですよ。それに……」

 俺は秋尋様の手首を掴んで、その場に押し倒した。
 
「朝香……?」
 
 秋尋様のネクタイをほどき、一番上まできっちりとまったボタンを、ゆっくりと外した。
 晒された白い肌に、喉が鳴りそうなのをこらえて、唇を寄せる。吸い上げると秋尋様の身体がびくりと跳ねて、膝が俺の腹を押した。
 
「よ、よせ……っ」
「こういうことを、されたら……どうするんです? 私の手だって、振り解けないでしょう?」
 
 他人に手折られるくらいなら、先に……という凶暴な想いが、身体の中を巡る。
 もちろん、仮定の話であって今それを実行するわけにはいかない。
 名残惜しいけど。本当に名残惜しいけど……。まあ、ここまでは、役得ってことで。
 俺は怯えた表情を見せる秋尋様に昂ぶりを覚えつつ、身体を退けた。

「まあ、このように危険ですから、なるべく教室にいてもらいたいのです」
「ふ、ふん……。僕の勝手だろう。学校の敷地内で危険も何もない」

 ちっ。まだ脅し足りなかったか。
 秋尋様の学校に対する、この絶対的な信頼感はなんなんだ。
 俺のことも、それくらい信用してくれたらいいのに。

「なら、やはり私もここへきます! 秋尋様といられるの、嬉しいですし」
「……好きにしろ」
「ありがとうございます!」

 や、やったー! これはもはやデート。短い時間の逢瀬。
 休み時間のたびに秋尋様に会えるなんて夢みたいだ。
 俺と一緒にいてくれるなら、教室にいる必要なんて全然ない。
 死んでもお護りしてみせますね、秋尋様!

「あ……ネクタイ、申し訳ありませんでした。今、直しますね」
「ん」
 
 俺はあけてしまったシャツとネクタイを、下からそっと直す。白い肌が見える。毎日見ているし、ネクタイだって毎日締めてあげているのに……場所が違うだけで、こんなにもドキドキするものなんだな。素直に身を任せてくれているのも、凄く嬉しい。
 秋尋様も同じように、ドキドキしていてくれたらいいのに……。頬が知らず熱くなって、撫でていく風が気持ちよかった。秋尋様の髪が同じ方向になびくのを、なんだか不思議な気持ちで眺めていた。

「そろそろ時間だな」
「あ……そうですね」

 まだもう少し、一緒にいたいけど……。次の時間も、会えるもんな。
 はあ、まさかこんな幸せな展開が待っているなんて。
 秋尋様を見つけられて、本当に良かった!

「それではまた、次の時間に」

 それからの授業は頭がフワフワしてまったく身に入らず、次の休み時間、浮かれた足取りで同じ場所へ行ってみれば、秋尋様の姿はなかった。
 しばらく待ってみたけど来なかったし、教室を覗いてみたけどいなかったし、心配になってメールを打てばウザイと返ってきたし、帰りは何事もなかったように昇降口へ現れた。

 あんまりです、秋尋様……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...