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ネガティブな感情
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新しい洗濯機も無事に届けられ、秋尋様の大学も始まり、蜜月は終わりを告げた……。
まあ、俺にとっては秋尋様と二人暮しというだけで、いつまでも蜜のように甘い日々だけど。
お屋敷と違ってお手伝いすることもなくなったので、空いた時間を料理の仕込みなどにあてている。何しろ、俺の趣味は秋尋様。彼のことだけを考え、美味しいと言ってくれることを想像しながら、愛情をたっぷり込めて作る。
「お前、少しは家事の手を抜いてもいいんだぞ……?」
そんな言葉よりも、美味しいとか、胃袋を掴まれたぞとか言ってください。
秋尋様の大学まではそれなりに近いけど、それでも毎日小松さんが送り迎えをしてくれている。当然俺もついていく。たとえ来なくていいと言われても。
だって大学には、女の子がいっぱいいる。お金持ちであのルックス。モテないわけがない。俺と秋尋様は恋人同士なんだぞと牽制してやりたかった。でも、秋尋様は高校の頃とは違い、俺を友人として紹介した。しかも前からの友人にも、俺とつきあっていたのはフリだったとバラしたらしい。
そりゃ、確かにそうだったけど、途中からは本当の恋人になったのに。なのに。
俺は確信した。機会があれば、秋尋様は女性の恋人を作るつもりなのだと。
やっぱり本当は、一人暮らしをして自分に気のある女の子を連れ込む予定だったのかも。そう考えるとしょんぼりする。
いつかそういう日が来ると理解はしているんだ。頭では。それに正直まだ早いと思っている。せめてあと5年くらい、猶予がほしい。
だから送り迎えは絶対に欠かせない。俺のような面倒な使用人がオプションとしてついてくるとしたら、女の子だって嫌がるだろうしな。
そしてその中にひとり、これは怪しいと思っている女がいる。
自分で言うのもなんだけど可愛かった頃の俺に、ちょっと顔が似てる……というか。
案の定、秋尋様も、お前に似てる女がいるんだと話していた。
「もしかして、結構、気に入ってますか?」
コワゴワと訊いてみたら躊躇いもなく、ああ、と肯定した。
秋尋様、あなた本当に俺の顔、好きですよね。喜んでいいんだか、しょせん顔だけなのかと悲しむべきなのか。
俺のこと、いつまでも可愛いって言ってくれたのに。
……はあ。でも、そうだな。いつか秋尋様が結婚するとして、俺と似た女性なら……俺と秋尋様にも似た子どもが産まれるということだろうし。それを俺との子だと思ってお世話をするのも、アリなのかも。
とりあえず、まずはその女について調べないと。話はそれからだ。
篠原朝子。18歳。名前まで似てるとかできすぎでしょ。スタイルは普通。他にも色々調べた。趣味とか、高校の頃のこととか、交友関係とか。秋尋様に見合うスペックでないことはわかったけど、そんなの、秋尋様が彼女の髪に優しげに触れているのを見て全部ふっ飛んだ。
女性の髪においそれと触れてはいけないことくらい、俺にもわかる。よほど親しい間柄でないと。いつの間にそんなに仲良くなってたんだとか、そんなことが頭の中をぐるぐると周って、俺は秋尋様を担ぐようにして車へと押し込んだ。いや、実際に担いだ。
「っ……おい、なんだ。むちゃくちゃだぞ」
「ど、どうかされましたか、おふたりとも」
「秋尋様は具合が悪いそうですので、家まで急いでください」
「別に僕は具合が悪くなんて」
「こう言って無理をしようとするので」
「なるほど。かしこまりました」
「おい、かしこまりましたじゃない。朝香のほうを信じるのか?」
「少なくとも、朝香さんは嘘をつくような方ではありませんから」
ごめんなさい。思いっきりついてます、嘘。
それでも日頃の行いか。小松さんは俺を信じてくれた。そして秋尋様は諦めて押し黙った。
逃げられないように繋いだ手から熱が伝わる。
心の中はドロドロのグチャグチャで、今これを開いて見せたらきっと誰もが裸足で逃げ出す。自分でも制御ができない。
……秋尋様が、誰かと仲良くしている。そんな光景はもう幾度となく見てきた。その度に嫉妬したし、相手を殺してやりたいとまで思ったけど、ここまでの感情は初めてだった。
それに、俺が……。秋尋様に、怒りを覚えるなんて。
裏切られたと思ったから? またフられるのが怖いから?
恐怖に怒り、嫉妬。深い悲しみ。ネガティブな感情を丸めて飲み込んだみたいに吐き気がした。
「朝香さんのほうが具合が悪そうに見えますが、大丈夫ですか?」
「本当だ。お前、自分の具合が悪いなら、こんなまわりくどいことをするな。言えば、僕も一緒に帰ってやるから」
繋いでるのとは逆の手で、髪を撫でられた。
死ぬほど嬉しいのに、さっき女の子の髪を撫でていたのと同じ手だと思ってしまって、もうダメだった。
そんな手で触るな、とかは思わないよ。俺はどんな時でも秋尋様に触れていただくだけで、嬉しいから。その手が泥や血で汚れていたって喜ぶよ。でも、悲しさは消せない。
今、口を開いたら、小松さんがいるというのにみっともなく喚き散らしてしまう。それがわかったから、家につくまでずっと口を噤んでいた。
まあ、俺にとっては秋尋様と二人暮しというだけで、いつまでも蜜のように甘い日々だけど。
お屋敷と違ってお手伝いすることもなくなったので、空いた時間を料理の仕込みなどにあてている。何しろ、俺の趣味は秋尋様。彼のことだけを考え、美味しいと言ってくれることを想像しながら、愛情をたっぷり込めて作る。
「お前、少しは家事の手を抜いてもいいんだぞ……?」
そんな言葉よりも、美味しいとか、胃袋を掴まれたぞとか言ってください。
秋尋様の大学まではそれなりに近いけど、それでも毎日小松さんが送り迎えをしてくれている。当然俺もついていく。たとえ来なくていいと言われても。
だって大学には、女の子がいっぱいいる。お金持ちであのルックス。モテないわけがない。俺と秋尋様は恋人同士なんだぞと牽制してやりたかった。でも、秋尋様は高校の頃とは違い、俺を友人として紹介した。しかも前からの友人にも、俺とつきあっていたのはフリだったとバラしたらしい。
そりゃ、確かにそうだったけど、途中からは本当の恋人になったのに。なのに。
俺は確信した。機会があれば、秋尋様は女性の恋人を作るつもりなのだと。
やっぱり本当は、一人暮らしをして自分に気のある女の子を連れ込む予定だったのかも。そう考えるとしょんぼりする。
いつかそういう日が来ると理解はしているんだ。頭では。それに正直まだ早いと思っている。せめてあと5年くらい、猶予がほしい。
だから送り迎えは絶対に欠かせない。俺のような面倒な使用人がオプションとしてついてくるとしたら、女の子だって嫌がるだろうしな。
そしてその中にひとり、これは怪しいと思っている女がいる。
自分で言うのもなんだけど可愛かった頃の俺に、ちょっと顔が似てる……というか。
案の定、秋尋様も、お前に似てる女がいるんだと話していた。
「もしかして、結構、気に入ってますか?」
コワゴワと訊いてみたら躊躇いもなく、ああ、と肯定した。
秋尋様、あなた本当に俺の顔、好きですよね。喜んでいいんだか、しょせん顔だけなのかと悲しむべきなのか。
俺のこと、いつまでも可愛いって言ってくれたのに。
……はあ。でも、そうだな。いつか秋尋様が結婚するとして、俺と似た女性なら……俺と秋尋様にも似た子どもが産まれるということだろうし。それを俺との子だと思ってお世話をするのも、アリなのかも。
とりあえず、まずはその女について調べないと。話はそれからだ。
篠原朝子。18歳。名前まで似てるとかできすぎでしょ。スタイルは普通。他にも色々調べた。趣味とか、高校の頃のこととか、交友関係とか。秋尋様に見合うスペックでないことはわかったけど、そんなの、秋尋様が彼女の髪に優しげに触れているのを見て全部ふっ飛んだ。
女性の髪においそれと触れてはいけないことくらい、俺にもわかる。よほど親しい間柄でないと。いつの間にそんなに仲良くなってたんだとか、そんなことが頭の中をぐるぐると周って、俺は秋尋様を担ぐようにして車へと押し込んだ。いや、実際に担いだ。
「っ……おい、なんだ。むちゃくちゃだぞ」
「ど、どうかされましたか、おふたりとも」
「秋尋様は具合が悪いそうですので、家まで急いでください」
「別に僕は具合が悪くなんて」
「こう言って無理をしようとするので」
「なるほど。かしこまりました」
「おい、かしこまりましたじゃない。朝香のほうを信じるのか?」
「少なくとも、朝香さんは嘘をつくような方ではありませんから」
ごめんなさい。思いっきりついてます、嘘。
それでも日頃の行いか。小松さんは俺を信じてくれた。そして秋尋様は諦めて押し黙った。
逃げられないように繋いだ手から熱が伝わる。
心の中はドロドロのグチャグチャで、今これを開いて見せたらきっと誰もが裸足で逃げ出す。自分でも制御ができない。
……秋尋様が、誰かと仲良くしている。そんな光景はもう幾度となく見てきた。その度に嫉妬したし、相手を殺してやりたいとまで思ったけど、ここまでの感情は初めてだった。
それに、俺が……。秋尋様に、怒りを覚えるなんて。
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「朝香さんのほうが具合が悪そうに見えますが、大丈夫ですか?」
「本当だ。お前、自分の具合が悪いなら、こんなまわりくどいことをするな。言えば、僕も一緒に帰ってやるから」
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死ぬほど嬉しいのに、さっき女の子の髪を撫でていたのと同じ手だと思ってしまって、もうダメだった。
そんな手で触るな、とかは思わないよ。俺はどんな時でも秋尋様に触れていただくだけで、嬉しいから。その手が泥や血で汚れていたって喜ぶよ。でも、悲しさは消せない。
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