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とけたそのあとで
ひとりじめ(R15
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まちげ様からいただいたリクエストで先輩の仕事を見に行く後輩くん
■■■
先輩の前で先輩が出ている雑誌をベッドに背中をもたれかけさせながら見ていたら、上から取り上げられた。
「こーら。雑誌の中の俺は、現実よりいい男かよ」
確かにベッドへ寝そべりながら長い足をもてあそんでいる姿より、雑誌の中微笑みながらビシッとしている先輩の方がカッコイイ。
「写真の先輩はかっこよくて、現実は可愛いです」
「俺を見て可愛いなんて言うのは、本当景ちゃんくらいのもんだぜ」
溜息をつきながら、後ろからおれの頬にキスをしてくる。
「雑誌の中の俺に妬いちゃうから、あまり見るなよ、な?」
目の前で見られると恥ずかしい。そう素直に言うより恥ずかしい台詞な気がする。でもそれが決まってるあたり、先輩はさすがだ。普通の人が言ったら寒いだけなのに。
「この企画物の濡れた写真は結構使えますけど」
「本人の前でそういう台詞を吐くなよ……」
「確かに実際にふれるなら、本人がいいです。本物にさわれて、おれは幸せです」
おれは振り返って、唇にキスをした。写真の中の先輩も、現実の先輩も愛おしい。
いつも見るのと違う、仕事中の顔。本当はこれだって独り占めしたいんです。
「先輩、あの……一回、先輩が仕事をしてるとこ、見せてもらえないですか?」
「えっ、な、何言ってるんだ。俺そんな有名とかじゃないし、そう簡単にいいなんて言えるかよ」
「ちょっと聞いてみてくださいよ。ねっ?」
「ん……うーん。それに、仕事してるところを見られるのはさすがに俺も恥ずかしいというか」
「見られる仕事なのに」
「恋人に見られるっていうのは、なんか違うんだよ」
ますます見たくなってきた。ファインダーに向ける顔はきっと恋人にあてた顔だ。おれじゃなく、画面の相手をそう思いながら表情を作るに違いない。
「見せてくれたら、前作ったお菓子の城をパフェ仕様にして作りますから!」
「聞いてみるだけだからな」
あっさり落ちた。恋人の仕事場見学とか、なんだか凄くどきどきする。
「あと、もう一つ条件な」
「何ですか?」
「暴れ出すなよ」
「そんな常識外れたこと、する訳ないじゃないですか。それとも暴れ出したくなるような行為が行われてるんじゃないですよね?」
「ないない。ないから、今にも暴れ出しそうな顔をするな」
というよりは襲いたくなりましたけどね、先輩を。
おれは先輩に宥められながら、きゅーっとその首に抱きついた。
「……それに、お前、可愛いから心配なんだよ。誰に声かけられても、ついていくなよ」
「ある訳ないじゃないですか。こんなに貴方のことが、大好きなのに」
「俺の名前を出されてもついていっちゃダメだぞ」
「それはおれが言いたいですよ。お菓子につられてついていかないでくださいね」
妙な間が開いた。
「あ、当たり前だろ」
「何ですか、今の間は」
「それじゃ聞いてみるだけ聞いてみるな」
「先輩っ!」
ベッドの上でバタバタ暴れているうち、雑誌は床に落ちた。
やっぱり現実の貴方は格別です。抱きしめるとちゃんと体温があるし、甘い身体はとても気持ちがいい。
それに……写真はおれのこと、好きだって言ってくれませんから。
結局見学に関してはオーケーをもらえたらしく、おれは週末先輩の後ろにくっついて仕事場へ足を向けた。
いつも見る、どこか遠い姿の先輩が今日は間近で見られる。
もちろんおれにしか見せない姿の方が多いって判ってはいるけど……見たことのない姿がある、それだけで悲しくなるから。
写真の中の先輩の姿、今日はいっぱい見ていくんだ。
「やっぱりなんか、恥ずかしいな」
そんなことを苦笑しながら言っていたくせに、やっぱり先輩はさすがだった。
カメラが向けられた途端、表情がガラリと変わる。
作り物の綺麗な笑顔を浮かべ、流行の服をばっちりと着こなす。背が高いしスタイルもいいから、何でも似合ってしまう。
こんな風に撮り直しもなくスムーズに進むものなのか、先輩が凄いのか。
先輩はとにかく器用な人だから、全体の空気っていうのかな……そういうのを作り出すのも、表情を作るのも、ポーズとるのも、全部上手いと思う。見ていて判る。
先輩は確かにかっこいいし道を歩いていれば振り返るレベルだけど、それはあくまで、あの人かっこいいなってくらいだ。だから表紙に抜擢とか、世界で通用するとか、そういったことはないと思う。
それでもたくさん仕事をもらえたり、いろいろな雑誌に引っ張りだこなのはきっとすべてが標準以上だからだ。
言葉は少しあれかもしれないけど、きっと使いやすいモデル。でもおれにとってはどんなモデルより輝いて見えるし、世界一だ。逆にそんな有名になられても困る。
「貴方が水城のお友達ね」
「はっ、はあ」
いきなり横から声をかけられて、思わず飛び上がった。
先輩の名前、呼び捨て……。いや、モデルネームの方だ、きっとそう。
「可愛い後輩が見学に来るっていうから、どんな感じかしらと思ったら、ほんとに可愛いのねー。ちょっと水城と一緒に映ってみない?」
「えっ!? む、無理です。おれ、そういうのは」
「もったいない。写りよさそうなのに」
「先輩も嫌がりますから、きっと」
おれはポーズをとる先輩を見逃したくなくて、ちらちらと視線をさまよわせながら答えた。
先輩と一緒って言うのはおいしいけど、おれは別にそうスタイルがいいわけじゃないし、あそこまで器用にこなすことはできないと思う。
先輩はどこか天才気質だけど、おれはどちらかといえば努力型だ。ああいうのは絶対無理。できない。
というかおれの視線熱すぎないかな。先輩が変に思われたら困る。でも目が離せない。
「水城もね、もうちょっとモデル業に本気出したらいいのに」
「……本気じゃないって判るんですか?」
「うん。凄くウマイ、けど。そういうのってなんとなく判るの。ちょっと大きな仕事来ると逃げてるみたいだし」
先輩のこと、よく見てるんだな。いや、そうじゃなくても……あの、甘い物の食べっぷりを見ていたら誰でも判るかそんなことは。
ポーズをつけている先輩と目が合う。先輩は初めてあった日のように、おれに微笑んだ。
カメラ目線じゃなくていいのかなとも思ったけど、撮影はそこで終了したらしい。
先輩はちょっと偉そうな感じの人と話してた。なんだかやたらべたべたと身体を触られてる気がする。腕のあたりとか。腰とか……。
あの辺りは先輩の感じるトコだ。先輩は平然としてるけどおれは気が気じゃない。
我慢してるのか、それとも普段が演技とか。やせ我慢は先輩の得意技。我慢してるのかと思ったら、それはそれでいらいらする。
いくつか会話をかわして、先輩はこっちに駆けてきた。
おれが何か言う前に、さっきまでおれと話していたお姉さんが先輩に抱きついてしまった。
え、これ、なっ……。
「あーん、水城。大丈夫だった? あの監督やたらべたべた触るし!」
「平気ですよ、山本さん。平気だから離れてください」
先輩はおれの方をちらちらと気にしながら言う。
ええ、心配しなくても……妬いてます。妬いてますよ、思いっきり。
「ええと、後輩くん。ちょっと話してたみたいだけど、こちらスタイリストの山本さん」
「初めましてー」
肩までの柔らかいウェーブを巻いた髪に綺麗な顔。スタイルの良さを見ていると、彼女自身がモデルのように見える。
「マネージャーさん……とかじゃないんですか?」
「ああ。事務所にもよると思うけど、俺くらいじゃマネージャーとかは普通あまりいないぞ。読者モデルに毛が生えたようなものだし。事務所単位で面倒見てもらって、これくらいの撮影なら一人で来る」
じゃあいないってわけじゃなく、事務所単位のマネージャさんがいるってこと? この世界のことはよく判らない。
それに先輩が言うように事務所によって違うんだろう。
「事務所っていうか、ほぼ雑誌社みたいなものだしね。私も別に水城の専属って訳じゃないのよ。だからー……先輩が大切だからって、そんなおっかない顔向けないで、後輩くん」
意味深な台詞と意地の悪い笑みを残して、スタイリストさんはその場を去っていった。
「お前、そんな判りやすい顔するなよ……」
「だ、だって先輩……。抱きつかれてるし、べたべた触られてるしっ……」
「……ちょっと、こっち来い」
俺は先輩に手を引かれて、小道具なんかが押し込まれているような狭く薄暗い部屋へと連れていかれた。
がちゃりと鍵のかかる音。振り返ると、とんっと壁に押しつけられた。
「先輩、……んっ」
そのまま濃厚なキスが落ちてきた。
これくらいで機嫌とろうったって、そうはいかないんですからっ!
でもシチュエーション的にはおいしいから素直に受けちゃいますけど……。
「機嫌、直ったか?」
「直ったと思いますか?」
「……無理かな」
「無理です」
おれは壁に押しつけられたまま、先輩の腰を撫でる。
「っ……おい」
「先輩、ここ弱いですよね。さっき監督に撫でられてたじゃないですか。感じました? 我慢してたんじゃないですか?」
「感じる訳ないだろ」
「でも普段は、おれがここ撫でると、たまんないって顔するじゃないですか」
「してねーよ、そんな顔っ!」
先輩が珍しく、頬を染めあげた。
「嘘! いつも絶対気持ちよさそうですもん! それともまさか……いつもが、演技、とか……」
「馬鹿」
髪の毛にふんわりと、さっきとは違う優しいキスが落ちてきた。
「そんなの、お前だからだろ。触ってるのがお前だからだ。こんなとこ、お前以外の奴に触られたってなんも感じねーよ。腕や腰なんてさ」
先輩、それは殺し文句すぎます。おれ、今嫉妬の固まりだし、そんな表情までされたら我慢ききませんよ。
もっとも、我慢なんてするつもりないけど。
「先輩……」
衣服を背中からまくりあげて、肌を直接撫で上げる。
「後輩くん、まさか……ここでヤるつもりじゃないだろうな」
「そのまさかです。おれ、怒ってるんですから」
「あんなの普通にスキンシップの範囲だって」
「じゃあ今おれがしてることだって、その範囲でしょう?」
「お前の触り方はやらしいんだよ……。馬鹿、こら」
先輩は首筋の出た服を着ていたので、キスは簡単。さすがに跡をつけるのは何をしていたかバレバレになるので控えておいた。そのかわりきつく舐め上げた。
「まだこれから挨拶しなきゃならないし、俺が立ち上がれなくなったらどーすんの、後輩くん」
先輩が抱かれる側前提な発言は凄く嬉しい。まあ先輩がこんなところでおれを抱きたいとか言い出さない人だっていうのは判ってるけど。
「先輩なら、死ぬほど我慢して取り繕うでしょ。そういうの得意だし」
「我慢なんてしないに越したことはない。こんなところで落ち着かないだろ。ヤるんなら、家帰ってからゆっくりしようぜ」
しかも珍しく最後までのお誘い!
明らかに懐柔しようとする方向で動いてるな、これは。
「……ごめんなさい。ワガママを言ってる自覚はあります。でもどうしても、先輩の肌におれ以外の人が触ったと思うと許せないんです」
下から噛みつくようなキスをして、身体を反転させて先輩を壁に押しつけた。
「後輩くっ……ん」
下半身がとろとろになっちゃうくらい深いキスのあと、先輩のズボンに指を差し入れてそっと奥に触れた。
「ちょっ、待て待て待て。どこまで本気だ、馬鹿っ!」
「焦る先輩、可愛い……」
「お前もう妬いてるとかそんなの二の次で、こういう場所でしてみたいだけとかそんな感じだろ、おいっ!」
「そんなことないですよ! すっごい嫉妬してます!」
おれはそう言って、もう片方の手で先輩の腰を掴んで指先でくすぐった。
「っ……」
途端に先輩は、はぁ……と甘い息を漏らす。
おれの手で触られた時だけこんな風になるのかと思うと愛しくてたまらない。
「う、よせ……」
「ねえ……指、入れていいですか?」
「だめに決まってるだろ。ティッシュもゴムもローションも、何もないんだぞ」
「でもタオルはありますよね。今日はつけないでしたい。先輩の奥に、おれの注ぎたい……」
囁くように上目遣いで言うと、先輩はおれを渾身の力で引き離してから床にずるりとへたりこんだ。
「ダメだ。お前、そんな顔、卑怯だぞ。見てたら……俺まで欲しくなるだろ」
「先輩っ」
それが抱きたいって意味であっても嬉しい。先輩がおれを欲しがってくれるのは本当に嬉しい。
「ホント、後輩くんと付き合いだしてからの自分にびっくりだぜ。誰かにこんな、本気になるなんて思わねーもん」
おれが少し屈んで上から先輩の頬にキスを繰り返すと、顔を上げて唇にキスをしてくれた。
「家に帰ったら、つけないでヤらせてやるから、早く帰ろうぜ。な、それでいい?」
ニッと誘うように微笑まれて、負けたと思った。
さすがに何も準備のないここで色々するのは難しいし最後までなんて以ての外。
おれを納得させるためだって判ってるけど……でも、全力で釣られてあげます。
「いい子にしてるか?」
「はい……」
「じゃあ、すぐ戻ってくるからおとなしく待ってろ」
先輩は立ち上がって、おれのおでこにキスをした。
実を言えばおれの身体は相当やばい感じだ。
……先輩は平気なんだろうか。おれ結構煽っちゃったのに。
「あの、先輩、平気ですか?」
おれがそう尋ねると、先輩は少しだけ怒ったような顔をして頬を軽く小突いてきた。
「お前のせいで、我慢すんのが大変だよ、馬鹿」
そんなこと言われて、この場で一人、我慢仕切れなくなりそうです、おれは。
それから……仕事場までついてきておいて、一言もお礼を言わずに帰るなんてことができる筈もないので、先輩に倣って気合いで我慢して、挨拶を終えてから帰った。
身体が辛すぎて、正直自分が何を言ったのかあまりよく覚えてないけどちゃんとできたとは思う。
外へ出てからタクシーを拾って、うちに先輩を連れ込んで、玄関先で押し倒してしまった。
あとで散々文句を言われたけど、おれが相当我慢していることに気付いていたのか、その場で最後までさせてくれた。
「もう絶対、仕事場に連れていかないからな、後輩くん」
「どうしてですか? かっこよかったし、機会があればまた見たいです」
「その度こんな盛られたらたまんねーからだよ! 腰痛い、背中痛い。俺が痛いの嫌いなの知ってるくせに」
おれは先輩の唇にちゅっとキスをして、痛そうにしてる腰を撫でた。
「すいません。でも、ありがとうございます。おれのために、いっぱいいっぱい我慢してくれて。先輩、大好き」
「まあ、これも愛故だ」
そう言って、おれの唇にキスを返して笑う先輩は、ファインダーの中で見るよりもずっとかっこよかった。
この日に撮影された先輩の写真は、予定よりも少し大きめに載っていて、いつもより評判も良かったらしい。
他の誰が気付かなくても、おれには判る。
これは先輩が、普段おれを見つめている時の表情だって。
■■■
先輩の前で先輩が出ている雑誌をベッドに背中をもたれかけさせながら見ていたら、上から取り上げられた。
「こーら。雑誌の中の俺は、現実よりいい男かよ」
確かにベッドへ寝そべりながら長い足をもてあそんでいる姿より、雑誌の中微笑みながらビシッとしている先輩の方がカッコイイ。
「写真の先輩はかっこよくて、現実は可愛いです」
「俺を見て可愛いなんて言うのは、本当景ちゃんくらいのもんだぜ」
溜息をつきながら、後ろからおれの頬にキスをしてくる。
「雑誌の中の俺に妬いちゃうから、あまり見るなよ、な?」
目の前で見られると恥ずかしい。そう素直に言うより恥ずかしい台詞な気がする。でもそれが決まってるあたり、先輩はさすがだ。普通の人が言ったら寒いだけなのに。
「この企画物の濡れた写真は結構使えますけど」
「本人の前でそういう台詞を吐くなよ……」
「確かに実際にふれるなら、本人がいいです。本物にさわれて、おれは幸せです」
おれは振り返って、唇にキスをした。写真の中の先輩も、現実の先輩も愛おしい。
いつも見るのと違う、仕事中の顔。本当はこれだって独り占めしたいんです。
「先輩、あの……一回、先輩が仕事をしてるとこ、見せてもらえないですか?」
「えっ、な、何言ってるんだ。俺そんな有名とかじゃないし、そう簡単にいいなんて言えるかよ」
「ちょっと聞いてみてくださいよ。ねっ?」
「ん……うーん。それに、仕事してるところを見られるのはさすがに俺も恥ずかしいというか」
「見られる仕事なのに」
「恋人に見られるっていうのは、なんか違うんだよ」
ますます見たくなってきた。ファインダーに向ける顔はきっと恋人にあてた顔だ。おれじゃなく、画面の相手をそう思いながら表情を作るに違いない。
「見せてくれたら、前作ったお菓子の城をパフェ仕様にして作りますから!」
「聞いてみるだけだからな」
あっさり落ちた。恋人の仕事場見学とか、なんだか凄くどきどきする。
「あと、もう一つ条件な」
「何ですか?」
「暴れ出すなよ」
「そんな常識外れたこと、する訳ないじゃないですか。それとも暴れ出したくなるような行為が行われてるんじゃないですよね?」
「ないない。ないから、今にも暴れ出しそうな顔をするな」
というよりは襲いたくなりましたけどね、先輩を。
おれは先輩に宥められながら、きゅーっとその首に抱きついた。
「……それに、お前、可愛いから心配なんだよ。誰に声かけられても、ついていくなよ」
「ある訳ないじゃないですか。こんなに貴方のことが、大好きなのに」
「俺の名前を出されてもついていっちゃダメだぞ」
「それはおれが言いたいですよ。お菓子につられてついていかないでくださいね」
妙な間が開いた。
「あ、当たり前だろ」
「何ですか、今の間は」
「それじゃ聞いてみるだけ聞いてみるな」
「先輩っ!」
ベッドの上でバタバタ暴れているうち、雑誌は床に落ちた。
やっぱり現実の貴方は格別です。抱きしめるとちゃんと体温があるし、甘い身体はとても気持ちがいい。
それに……写真はおれのこと、好きだって言ってくれませんから。
結局見学に関してはオーケーをもらえたらしく、おれは週末先輩の後ろにくっついて仕事場へ足を向けた。
いつも見る、どこか遠い姿の先輩が今日は間近で見られる。
もちろんおれにしか見せない姿の方が多いって判ってはいるけど……見たことのない姿がある、それだけで悲しくなるから。
写真の中の先輩の姿、今日はいっぱい見ていくんだ。
「やっぱりなんか、恥ずかしいな」
そんなことを苦笑しながら言っていたくせに、やっぱり先輩はさすがだった。
カメラが向けられた途端、表情がガラリと変わる。
作り物の綺麗な笑顔を浮かべ、流行の服をばっちりと着こなす。背が高いしスタイルもいいから、何でも似合ってしまう。
こんな風に撮り直しもなくスムーズに進むものなのか、先輩が凄いのか。
先輩はとにかく器用な人だから、全体の空気っていうのかな……そういうのを作り出すのも、表情を作るのも、ポーズとるのも、全部上手いと思う。見ていて判る。
先輩は確かにかっこいいし道を歩いていれば振り返るレベルだけど、それはあくまで、あの人かっこいいなってくらいだ。だから表紙に抜擢とか、世界で通用するとか、そういったことはないと思う。
それでもたくさん仕事をもらえたり、いろいろな雑誌に引っ張りだこなのはきっとすべてが標準以上だからだ。
言葉は少しあれかもしれないけど、きっと使いやすいモデル。でもおれにとってはどんなモデルより輝いて見えるし、世界一だ。逆にそんな有名になられても困る。
「貴方が水城のお友達ね」
「はっ、はあ」
いきなり横から声をかけられて、思わず飛び上がった。
先輩の名前、呼び捨て……。いや、モデルネームの方だ、きっとそう。
「可愛い後輩が見学に来るっていうから、どんな感じかしらと思ったら、ほんとに可愛いのねー。ちょっと水城と一緒に映ってみない?」
「えっ!? む、無理です。おれ、そういうのは」
「もったいない。写りよさそうなのに」
「先輩も嫌がりますから、きっと」
おれはポーズをとる先輩を見逃したくなくて、ちらちらと視線をさまよわせながら答えた。
先輩と一緒って言うのはおいしいけど、おれは別にそうスタイルがいいわけじゃないし、あそこまで器用にこなすことはできないと思う。
先輩はどこか天才気質だけど、おれはどちらかといえば努力型だ。ああいうのは絶対無理。できない。
というかおれの視線熱すぎないかな。先輩が変に思われたら困る。でも目が離せない。
「水城もね、もうちょっとモデル業に本気出したらいいのに」
「……本気じゃないって判るんですか?」
「うん。凄くウマイ、けど。そういうのってなんとなく判るの。ちょっと大きな仕事来ると逃げてるみたいだし」
先輩のこと、よく見てるんだな。いや、そうじゃなくても……あの、甘い物の食べっぷりを見ていたら誰でも判るかそんなことは。
ポーズをつけている先輩と目が合う。先輩は初めてあった日のように、おれに微笑んだ。
カメラ目線じゃなくていいのかなとも思ったけど、撮影はそこで終了したらしい。
先輩はちょっと偉そうな感じの人と話してた。なんだかやたらべたべたと身体を触られてる気がする。腕のあたりとか。腰とか……。
あの辺りは先輩の感じるトコだ。先輩は平然としてるけどおれは気が気じゃない。
我慢してるのか、それとも普段が演技とか。やせ我慢は先輩の得意技。我慢してるのかと思ったら、それはそれでいらいらする。
いくつか会話をかわして、先輩はこっちに駆けてきた。
おれが何か言う前に、さっきまでおれと話していたお姉さんが先輩に抱きついてしまった。
え、これ、なっ……。
「あーん、水城。大丈夫だった? あの監督やたらべたべた触るし!」
「平気ですよ、山本さん。平気だから離れてください」
先輩はおれの方をちらちらと気にしながら言う。
ええ、心配しなくても……妬いてます。妬いてますよ、思いっきり。
「ええと、後輩くん。ちょっと話してたみたいだけど、こちらスタイリストの山本さん」
「初めましてー」
肩までの柔らかいウェーブを巻いた髪に綺麗な顔。スタイルの良さを見ていると、彼女自身がモデルのように見える。
「マネージャーさん……とかじゃないんですか?」
「ああ。事務所にもよると思うけど、俺くらいじゃマネージャーとかは普通あまりいないぞ。読者モデルに毛が生えたようなものだし。事務所単位で面倒見てもらって、これくらいの撮影なら一人で来る」
じゃあいないってわけじゃなく、事務所単位のマネージャさんがいるってこと? この世界のことはよく判らない。
それに先輩が言うように事務所によって違うんだろう。
「事務所っていうか、ほぼ雑誌社みたいなものだしね。私も別に水城の専属って訳じゃないのよ。だからー……先輩が大切だからって、そんなおっかない顔向けないで、後輩くん」
意味深な台詞と意地の悪い笑みを残して、スタイリストさんはその場を去っていった。
「お前、そんな判りやすい顔するなよ……」
「だ、だって先輩……。抱きつかれてるし、べたべた触られてるしっ……」
「……ちょっと、こっち来い」
俺は先輩に手を引かれて、小道具なんかが押し込まれているような狭く薄暗い部屋へと連れていかれた。
がちゃりと鍵のかかる音。振り返ると、とんっと壁に押しつけられた。
「先輩、……んっ」
そのまま濃厚なキスが落ちてきた。
これくらいで機嫌とろうったって、そうはいかないんですからっ!
でもシチュエーション的にはおいしいから素直に受けちゃいますけど……。
「機嫌、直ったか?」
「直ったと思いますか?」
「……無理かな」
「無理です」
おれは壁に押しつけられたまま、先輩の腰を撫でる。
「っ……おい」
「先輩、ここ弱いですよね。さっき監督に撫でられてたじゃないですか。感じました? 我慢してたんじゃないですか?」
「感じる訳ないだろ」
「でも普段は、おれがここ撫でると、たまんないって顔するじゃないですか」
「してねーよ、そんな顔っ!」
先輩が珍しく、頬を染めあげた。
「嘘! いつも絶対気持ちよさそうですもん! それともまさか……いつもが、演技、とか……」
「馬鹿」
髪の毛にふんわりと、さっきとは違う優しいキスが落ちてきた。
「そんなの、お前だからだろ。触ってるのがお前だからだ。こんなとこ、お前以外の奴に触られたってなんも感じねーよ。腕や腰なんてさ」
先輩、それは殺し文句すぎます。おれ、今嫉妬の固まりだし、そんな表情までされたら我慢ききませんよ。
もっとも、我慢なんてするつもりないけど。
「先輩……」
衣服を背中からまくりあげて、肌を直接撫で上げる。
「後輩くん、まさか……ここでヤるつもりじゃないだろうな」
「そのまさかです。おれ、怒ってるんですから」
「あんなの普通にスキンシップの範囲だって」
「じゃあ今おれがしてることだって、その範囲でしょう?」
「お前の触り方はやらしいんだよ……。馬鹿、こら」
先輩は首筋の出た服を着ていたので、キスは簡単。さすがに跡をつけるのは何をしていたかバレバレになるので控えておいた。そのかわりきつく舐め上げた。
「まだこれから挨拶しなきゃならないし、俺が立ち上がれなくなったらどーすんの、後輩くん」
先輩が抱かれる側前提な発言は凄く嬉しい。まあ先輩がこんなところでおれを抱きたいとか言い出さない人だっていうのは判ってるけど。
「先輩なら、死ぬほど我慢して取り繕うでしょ。そういうの得意だし」
「我慢なんてしないに越したことはない。こんなところで落ち着かないだろ。ヤるんなら、家帰ってからゆっくりしようぜ」
しかも珍しく最後までのお誘い!
明らかに懐柔しようとする方向で動いてるな、これは。
「……ごめんなさい。ワガママを言ってる自覚はあります。でもどうしても、先輩の肌におれ以外の人が触ったと思うと許せないんです」
下から噛みつくようなキスをして、身体を反転させて先輩を壁に押しつけた。
「後輩くっ……ん」
下半身がとろとろになっちゃうくらい深いキスのあと、先輩のズボンに指を差し入れてそっと奥に触れた。
「ちょっ、待て待て待て。どこまで本気だ、馬鹿っ!」
「焦る先輩、可愛い……」
「お前もう妬いてるとかそんなの二の次で、こういう場所でしてみたいだけとかそんな感じだろ、おいっ!」
「そんなことないですよ! すっごい嫉妬してます!」
おれはそう言って、もう片方の手で先輩の腰を掴んで指先でくすぐった。
「っ……」
途端に先輩は、はぁ……と甘い息を漏らす。
おれの手で触られた時だけこんな風になるのかと思うと愛しくてたまらない。
「う、よせ……」
「ねえ……指、入れていいですか?」
「だめに決まってるだろ。ティッシュもゴムもローションも、何もないんだぞ」
「でもタオルはありますよね。今日はつけないでしたい。先輩の奥に、おれの注ぎたい……」
囁くように上目遣いで言うと、先輩はおれを渾身の力で引き離してから床にずるりとへたりこんだ。
「ダメだ。お前、そんな顔、卑怯だぞ。見てたら……俺まで欲しくなるだろ」
「先輩っ」
それが抱きたいって意味であっても嬉しい。先輩がおれを欲しがってくれるのは本当に嬉しい。
「ホント、後輩くんと付き合いだしてからの自分にびっくりだぜ。誰かにこんな、本気になるなんて思わねーもん」
おれが少し屈んで上から先輩の頬にキスを繰り返すと、顔を上げて唇にキスをしてくれた。
「家に帰ったら、つけないでヤらせてやるから、早く帰ろうぜ。な、それでいい?」
ニッと誘うように微笑まれて、負けたと思った。
さすがに何も準備のないここで色々するのは難しいし最後までなんて以ての外。
おれを納得させるためだって判ってるけど……でも、全力で釣られてあげます。
「いい子にしてるか?」
「はい……」
「じゃあ、すぐ戻ってくるからおとなしく待ってろ」
先輩は立ち上がって、おれのおでこにキスをした。
実を言えばおれの身体は相当やばい感じだ。
……先輩は平気なんだろうか。おれ結構煽っちゃったのに。
「あの、先輩、平気ですか?」
おれがそう尋ねると、先輩は少しだけ怒ったような顔をして頬を軽く小突いてきた。
「お前のせいで、我慢すんのが大変だよ、馬鹿」
そんなこと言われて、この場で一人、我慢仕切れなくなりそうです、おれは。
それから……仕事場までついてきておいて、一言もお礼を言わずに帰るなんてことができる筈もないので、先輩に倣って気合いで我慢して、挨拶を終えてから帰った。
身体が辛すぎて、正直自分が何を言ったのかあまりよく覚えてないけどちゃんとできたとは思う。
外へ出てからタクシーを拾って、うちに先輩を連れ込んで、玄関先で押し倒してしまった。
あとで散々文句を言われたけど、おれが相当我慢していることに気付いていたのか、その場で最後までさせてくれた。
「もう絶対、仕事場に連れていかないからな、後輩くん」
「どうしてですか? かっこよかったし、機会があればまた見たいです」
「その度こんな盛られたらたまんねーからだよ! 腰痛い、背中痛い。俺が痛いの嫌いなの知ってるくせに」
おれは先輩の唇にちゅっとキスをして、痛そうにしてる腰を撫でた。
「すいません。でも、ありがとうございます。おれのために、いっぱいいっぱい我慢してくれて。先輩、大好き」
「まあ、これも愛故だ」
そう言って、おれの唇にキスを返して笑う先輩は、ファインダーの中で見るよりもずっとかっこよかった。
この日に撮影された先輩の写真は、予定よりも少し大きめに載っていて、いつもより評判も良かったらしい。
他の誰が気付かなくても、おれには判る。
これは先輩が、普段おれを見つめている時の表情だって。
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誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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