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本編
クリスマスの話
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結局イブはお互い何もアクションを起こさないまま、クリスマス当日を迎えた。
ちゃぶ台にはところ狭しとご馳走が並べてある。ちなみに、全部デパートで買ってきたものだ。
料理が趣味というわけでもない僕が作るものなんて、クリスマスのご馳走としてはあまりに貧相すぎるからな。
そして東吾さんは、いつも通りの時刻に僕の部屋へやってきた。
白タキシードに薔薇の花束、シャンパンを手にして。
「メリークリスマス」
「わあ、花束……。持ってきたの、初めてうちに夕飯食べに来た時以来ですね」
「ふふ。あの時は素っ気ない態度をとられたけれど、恋人同士なら普通の範囲内だろう?」
あんまり普通じゃない気もしますが。
でも僕が東吾さんを好きになったからだろうか。前みたいに、持ってきてくれるなら日用品や食べられる物がいいとは思わなかった。むしろちょっと嬉しい。愛がこもってるみたいで。
赤い薔薇の花言葉は、さすがに僕でも知っている。恋人ごっこの延長なんだから、意味を正しく捉えてもいいだろう。
「はい、ありがとうございます。どうぞ入ってください」
ニコニコしながら中へ入った東吾さんが、ちゃぶ台の上を見て顔を輝かせた。
薔薇より貴方のほうが眩しいです……。白いタキシード、死ぬほど似合ってるし。
「凄い。せーたもクリスマス、用意してくれてたんだね」
「もちろん。昨日はイブだったから迷いましたよー。どうするか」
「はは。私もだ。お互いにかなり不自然だったよね。まったく話題にのぼらせないのも」
「やっぱり東吾さんも、そう思ってたんですね」
「さすがにねー」
楽しみにしてくれていたことがわかって嬉しい。僕と過ごすことを、少しも迷わないでいてくれたことが嬉しい。そして、浮かれている姿は可愛い。
もう僕は、そんな愛らしい姿にデレデレのメロメロだ。
「キャンドルライトとか買ってみたんですけど」
「いいね。早速つけて、部屋を暗くして乾杯しよう」
「せっかくなのに、安いワイングラスしかなくて……すみません」
「君がいてくれるだけで充分だよ」
「恋人ごっこもサマになってきましたね、東吾さん」
「えっ?」
今のは素だったか。確かに東吾さん、元からこんな言動だからな。境目がよくわからない。
「じゃあ、キャンドルつけますね」
「ああ」
こんなオシャレアイテムが、うちのちゃぶ台に乗る日がこようとは。
キャンドルに火を灯し、電気を消す。部屋が暗くなり、ささやかな光源が僕たちを照らした。
……凄くいいムードになると思ってたんだよね。
でも現実は電気止められてロウソクで凌いでるみたいな感じなんだよね。
おんぼろアパートじゃ、ちょっと無理があったか。
「凄い、幻想的な光景だね……」
東吾さん、そんな気を遣ってくれなくてもいいのに。
いや、金持ちな彼にしてみれば、ある意味ファンタスティックに見えるのかもしれない。魔境とかお化け屋敷的な意味で……。別の雰囲気なら出てるよな、うん。
でもキャンドルの光に照らされる東吾さんはカッコイイ。
彼自身が発光しているかのようだ。この貧乏部屋で東吾さんだけが、凄く浮いてる。いや、薔薇の花束と高そうなシャンパンもか。
「では、シャンパンを……」
「あ。待っ、東吾さん!」
大惨事を予想していたのに、東吾さんは手慣れたものだった。
器用に空気を抜き栓を開け、美しい手つきでグラスへ注ぐ。一連の流れが本当に綺麗で、僕は思わずポカンと口を開けてしまった。
「……何?」
「いえ、なんでもないです」
「私が栓を飛ばして電気でも割ると思ったんだろう」
めっちゃバレてる。東吾さんに怒ってる様子はないけど、バツが悪い。
「シャンパンを持った貴方がとても綺麗だったから、写真を撮ろうかなって待ったをかけたんですよ?」
「ならそういうことにしておこうかな。じゃあ、乾杯」
「カンパイ」
カチン、とグラスが鳴る。
電気が止められてますよ、という背景に目をつぶればいい雰囲気だ。
まるで高級レストランみたい……と酔えるめでたい頭は残念ながら有してないけど。
でも、ひとくち飲んだシャンパンは、そんな頭になりそうなほど美味しかった。さすが、東吾さんが持参してきただけのことはある。
「すご、美味しい。こんな美味しいシャンパン初めて飲みました」
「良かった。料理も美味しそうだね!」
お手製ではないのがあれだけど、実はこの料理……そこそこ高かった。一応有名なお店のものだ。だから味は悪くないと思う。ただ、東吾さんの舌にはあうかどうか。僕の料理も美味しいっていうくらいだから、問題はないかな。
……そもそも、このディナーセットも東吾さんのくれた食費から出てるっていうね。
やりくりした結果だと思えば、僕が買ってきた! と胸を張ってもいいものだろうか。
「今日は買ってきたやつなので、東吾さんの好みにあえばいいんですが」
「君が選んでくれたものなら、大丈夫」
と言われても、食べたことあるものを買ってきたわけじゃないからな。
目で味がわかる能力が、僕にあったなら。
結果として料理は凄く美味しくて、東吾さんも喜んでくれた。
君の作る夕飯のほうが美味しいけれど、というリップサービスも忘れなかった。さすが。
「あとはデザートのケーキですけど……そろそろ電気つけていいですかね?」
「これもムードがあって素敵だけど、デザートは明るいところで食べるほうが気持ちも弾むかもしれないね。せっかくのクリスマスだし」
「ですよね!」
電気をつけて、ちゃぶ台の上にある皿をどかせて大きな箱を乗せる。二人だけどホールケーキだ。ガトーフレーズにした。白い鮮やかなケーキに赤いキラキラした苺。いわゆるショートケーキ。
うん、綺麗。やっぱり電気をつけて良かった。
「ホールケーキ……これ、二人で食べていいんだ?」
王子様の青い瞳もキラキラしちゃってる。
「あの、ダメですよ? 今日そんな一気に食べたら」
「えー!? ……といっても、よく考えたらそんなに入りそうになかったよ。料理が結構あったから」
「ですよね」
ホッとした。こんなに嬉しそうな顔をされたら、食べてる途中で止めることは僕にはできそうもない。この笑顔に耐えられるなんて、あの使用人たちを初め王子様の教育係さんはよほどできた人みたいだな。
……いや、耐えられずに甘やかしてきたからこそ、今こんなおんぼろアパート住まいになってるんだった。
「じゃあ切り分けますね」
「あ、待って。そのままフォークで食べていいかな? ホールで食べてみたい」
可愛い。
「いいですよ」
くすりと笑って許可を出すと、ひとくちめを本当に幸せそうに口へ運んでニコニコする。僕もニコニコしてしまう。
「甘い」
「せっかくなので、恋人らしいこともしましょうか」
僕もケーキにフォークを入れて、東吾さんへ差し出した。
「はい。あーんしてください」
「せーた、まだ自分は食べてないのに」
そこまで甘いものが好きなわけではないし、東吾さんの甘い表情のほうが見たい。
「食べさせるほうが楽しいです。あの時は恋人ごっこしてなかったですけど、こうするのは二度目ですね」
前はコンビニデザートで、こうやって食べさせた。
僕はあの時にはもう、貴方のことを好きだった。
「あの時は友達同士なら普通ですよ、とか言っていたのに。今は恋人同士らしいことって言った……」
「あ」
墓穴を掘ってしまった。余計なことを言わなければよかった。
というか、僕の言った台詞を覚えててくれて、チョット嬉しい……。
「恋人同士じゃなくても、友達同士でも普通なんです。女の子同士なら、ですけど」
「でも、これはやっぱり、恋人同士でやることだと思う」
「どうしてそう思うんですか?」
「凄くドキドキするから」
ハグは平気でこれは恥ずかしいなんて、東吾さんは相変わらず照れどころがわからない。
そういうのは人それぞれだとは思うけど、普通とは少しテンポがずれていて、そんなところが可愛いと思う。
「あっ」
じっと待っていたらフォークにさしていたケーキが落ちそうになって、東吾さんが短く声を上げて慌てて食べた。
見事口には入ったけど、唇にべったりとクリームがついてしまった。
それがショートケーキなんかより、ずっと甘くて美味しそうで、僕は。
思わず、生クリームを舌で舐め取ってしまった。
「せ、せ、せーた!? い、今、なっ……。いくらクリームがついてたからって!」
そうじゃないんだけどなあ。
「すみません。あまりに美味しそうだったので」
「ケーキなら、まだたくさんあるじゃあないか……」
そういうことでもないんだけどなー。
「この前も、したでしょ」
「あれは、そんな……その、唇、とかじゃ」
東吾さんは驚いて焦ってるけど嫌そうにはしてない。……気がする。
まだ唇にはクリームが残っていて、誘うみたいにてらてらしてる。僕は残りを食べ尽くすべく、ちゃぶ台から身を乗り出して舌を這わせた。
そんなに強引ではなかったし、間ももたせた。
舌を伸ばすのを見ても、東吾さんは避けない。
青い目は顔に影が落ちたあたりで、ぎゅっと閉じられた。
「んッ……」
……甘くて、美味しい。
ここまでしてしまって、まだ恋人ごっこだと言い張れるだろうか。
さすがの東吾さんもごまかせそうにはないし、これは告白時かな。ここは男らしく決めておくべき。
可愛いおままごとを、ときめきと一緒にもう少し続けていたい気もしたけど。
生クリームと唇の甘さをたっぷりと堪能してから身体を離し、目を閉じたままの東吾さんを見る。
東吾さんは割りとすぐに目を開けて、不安そうな表情で僕を見た。
瞳は少し潤んでて、頬も少し赤い。
「今のは……。キス、かな」
「はい」
「ごめん」
謝られた。これは予想外のリアクション。
まさか僕、告白する前から振られ……。
喉がひりつく。早く、冗談にしてしまわないと。そう思うのに、声が出ない。
どうしよう。想像以上にキツイぞ、コレ。
「もう君と、恋人ごっこはできそうにない」
「……僕がキスしたから、ですか?」
東吾さんが視線をさまよわせて、こくりと頷いた。
「これ以上続けていたら、意識しすぎて本当に好きになってしまいそうなんだ」
「は……」
そんなの、大歓迎なんですけど!
「わかりました」
「そ、そうか。良かった……」
良かったと言いつつ、寂しそうにする王子様。
これ、好きになってしまいそうとか言ってるけど、もう完全に僕のこと好きだよな。
元々いつかは告白するつもりだった。今、見事に背中を押された。
ここで言わないのは、いくらなんでもさすがに臆病が過ぎると思う。
でも、それでも。やっぱりその瞬間はドキドキする。
「東吾さん。僕は貴方のことが恋愛的な意味で好きです。今日からは本当の恋人になってください」
「ごっこ、ではなくて?」
「はい」
東吾さんの頬が薔薇色に染まり、嬉しさを押し隠すような表情で俯いた。
「せーた。先程の言葉を、訂正させてほしい」
「さっきの言葉?」
「君を好きになりそうだと言ったけれど、どうやらもうとっくに好きだったみたいだ」
僕は噴き出しそうなのをこらえながら、薄く笑った。
「知ってます」
「えっ? 言ってないのにかい?」
「東吾さん、態度に出過ぎですもん」
「そんなに……出てたかな」
そう言って恥ずかしそうに、自分の頬を撫でる。
東吾さんの好きは、元から友人を越えているような色を帯びていたけど、ようやくそれを自覚してくれたみたいだ。
もちろん、東吾さんの気持ちのベクトルが恋愛に向いていると確信していたわけじゃない。人の心なんてハッキリとはわからないから。
仕掛けた恋人ごっこが上手くいって良かった。本当に。
「あ、でも、男同士じゃないか」
「今更言いますか、それを」
「私はどこをどう見ても女には見えないし」
「僕だって見えないでしょ」
「せーたはいいんだ。凄く可愛いし、大好きだから」
そ、そんな直球で言われると……。嬉しいけど、こっちが恥ずかしい。
「僕だって同じですよ。それに、前も言いませんでした? 東吾さんは僕にとっては凄くカワイイ、ですよ」
「なら、私でもいいのかな」
「僕は東吾さんが恋人になってくれたら、嬉しいです」
「えっと……。じゃあ、その。改めてよろしくお願いします」
東吾さんが王子様も形無しって表情で、へにゃっと笑った。
幸せそうなその笑顔に、こっちまで嬉しくなる。きっと僕も、相当デレデレな顔してる。
「……ふふ。初めての恋人だ」
うん。やっぱり可愛い。
「もしかして、キスも初めてでした?」
「な、情けない話、そうなんだ……」
なんという箱入り王子。
情けないとか言ってるけど、僕としてはとっても嬉しい。
恋人の初めてを奪えるなんて、幸せ以外の何物でもない。
「だから恋人といっても、何をしたらいいかよくわからないんだ」
「今までしてきたことと、変わりませんよ。練習、したでしょう? 恋人ごっこ」
「あ、そうか」
でも。今は本当の恋人になったから、キスやハグより先もしていいってことなんだけど……。
「はい、せーた」
この流れでフォークに刺したケーキを差し出してくる王子様を見る限り、先は長そうだ。
キスはともかく、せめてギュッとするとこだろ。どうして食べる方向にシフトした。確かに恋人っぽいことではあるけども。
とかなんとか思いながらも、素直に食べてしまう。そんな僕を、東吾さんが嬉しそうに見る。
これも、幸せだけど……どうせなら。
「東吾さんも、どうぞ」
「ありがとう」
今度は素直に口を開けてくれて、生クリームの塊はすんなりと飲み込まれていった。
「今度はきちんと食べられた」
「さっきは口の周りべったりついちゃいましたもんね」
はい、もうひとくち。と差し出す。
口の周りについてないなら、僕がキスをすることがないなんて、本気で思ってたりはしませんよね?
そう。どうせケーキを食べるなら、僕は……貴方ごと食べてしまいたい。
次のひとくちは東吾さんが咀嚼する前にキスをして、中のケーキを味わうように舌を差し入れた。
きめこまかいスポンジとなめらかなクリームが、舌と舌の間でとけていく。
「ん、んッ……!」
「っ……ふう。美味しいですね」
「せーた、さすがにこれは」
「やでした? 恋人っぽいでしょ?」
「……うん」
可愛い。青い目がうるんでて、クリームみたいにとけちゃいそう。
「でも行儀が悪いから、するなら食べ終えてからだ」
「ははっ、確かに。じゃ、食べちゃいましょ」
良かった。すること自体は嫌じゃなかったみたいだ。
……実際東吾さん、性知識はどれくらいあるんだろう。
まったくないって感じではなさそうだけど、詳しいってのも想像できない。
僕もそんなに性急なほうじゃないし、恋人同士になって今日イキナリとかないとは思うよ。思うけどクリスマスの夜だし、性夜だし、少しは期待しちゃうってもんだろう。
何よりもっとイチャイチャしたい。こうやって食べさせあうのもイチャイチャのうちだろうけれど、甘いケーキはあとふたくちが僕の限界。
「……すみません。僕はもうギブ」
「えっ、もう?」
「本当は甘いもの、そんなに好きじゃないんですよ」
「でも、さっきは美味しそうに、してた……」
「あれは貴方の唇が美味しかったから」
「え。あ、そ、そう……」
照れ隠しか、王子様のケーキを食べるスピードが早くなった。
こんなに甘い物食べてよく太らないよなあ。体質かな。
いや、背が高いから食べる量がたくさんでも問題ないのかも。
「せーた、じっと見られてると、食べにくい……」
「可愛くて」
「せ、せーた!」
「あの。残りは明日にして、僕ともっと甘いこと、しませんか?」
白い頬を手で撫でる。陶磁器のように綺麗なのに、柔らかくて弾力もあって、まるでケーキのスポンジみたい。
今は白いこの肌も、興奮したらうっすら色付くんだろう……。
「口の端、また少しクリームがついてますよ」
嘘をついて、唇にキスをした。
「そこ、端じゃない」
「口実です」
次のキスは、貴方から。
僕はお姫様ではないけれど、柔らかい口づけに目を覚ましてしまいそう。腹の奥底の、ドロドロした何かが。
触れるだけのキスを繰り返して、東吾さんが僕の身体をぎゅうと抱き締める。
「せーた、可愛い」
押し殺すような響きで洩れた呟きと熱い息に、愛おしさが募る。
ああ、この人、本当に僕のことを好きでいてくれてるんだ。
好きな相手からの好意っていうのは、こんなにも嬉しいものなんだな。
東吾さんの背をやんわり抱き返して、蜂蜜色の髪を撫でる。
「ケーキより、美味しかったですか?」
「うん」
「もっと先まで、食べたい?」
東吾さんがバッと身体を離して、真っ赤になった。
……意味、通じたみたい。
「いや、でも、私たちは今日恋人同士になったばかりだよ?」
「最近じゃずっと恋人同士みたいなものでしたけど」
予想はしてたけど、東吾さんは紳士的に手順を踏むタイプなんだろう。
僕が女ならともかく、男同士なんだから、もう少し即物的でもいいんじゃないかと思うんだけど。
「東吾さん、自分が襲われるほうの心配はしないんです?」
「襲……、え? 襲う?」
「だって。僕も男なんですよー。いざって時にもめるのも滑稽だから先に言っておきますけど、僕は貴方を抱きたいです」
逃げようとした身体を押さえつけて、畳の上に押し倒す。
白いタキシードで正装した王子様がおんぼろアパートで寝転んでいる様は、なんだか酷く倒錯的だ。
僕は東吾さんの腿の上に座り込み、心臓のあたりを指先でトンと突いた。
「抱かれる側になるなんて、考えてもみなかった?」
「……すまない」
東吾さんは青い顔をして謝った。
そんなに嫌なのかな。さすがにちょっと傷つく……かも。
このまま振られたりしないよな。両想いになったばかりなのに。
「僕にされるのは、嫌ってこと?」
「ち、違う」
「そう」
よ、良かったああ。
表面上は多分冷静な顔できてると思うけど、嫌な汗をかいてしまった。冬だっていうのに。隙間風の厳しいおんぼろアパートなのに。
「謝ったのは、純粋に……そのパターンを考えていなかったことに対してだ。私はまた、無意識に君を女性扱いしようとしていたのかもしれない」
東吾さんは泣きそうな声でおろおろしている。
そうか。不安なのは、僕だけじゃないんだよな。東吾さんも今、僕に嫌われたかもって思ったんだ、きっと。
「でも、それって僕を好きだからですよね。抱きたいと思ってはくれてるんですよね?」
「あ、ああ……」
「だったら、嬉しいですよ」
「本当かい?」
「はい。でも、お仕置きかなあ」
「えっ?」
「抱かせてください」
「今ここで!?」
「はい」
僕もせっかくの初めてがなし崩しなのは申し訳ないなあと思うし、最後までする気はない。
でも、東吾さんの覚悟を知っておきたい。
「……わかった」
嘘みたいに、あっさり答えを出してくれた。
本当に意味がわかっているのか、逆に心配。
「あの。東吾さんのお尻に僕のコレを挿れるってことなんだけど、本当に大丈夫ですか?」
手を取って、熱を持ち始めているそれにズボン越し触れさせてみた。
衝撃が大きすぎたのか、無反応で固まっている。
「……東吾さん?」
「いや……。え? 無理、だろう?」
確認するように揉まれて、思わず手を離させた。
ちょっと気持ち良かったけど、不意をつかれすぎて無茶苦茶焦った。
「僕もコッチでしたことないからわかりませんけど、多分入るんじゃないですか?」
「そ、そうなのか……」
これは、まさかの。やり方自体を知らなかったパターン。
後ろでするっていうのは男女間でもあることだし、男同士の話だってネットなんかを適当に回ってれば今は珍しくない。
詳しい手順はまた別として、普通の成人男子なら知らないほうが少ないと思う。
……でも、王子様だからなあ、この人。
「東吾さんはどうやって僕とするつもりだったんですか?」
「流れでなんとかなるような気がした」
思わず噴き出しそうになった。
エッチな雰囲気なんて吹っ飛んでくよね。まったくもう……。可愛い。
「抱かせてって、抱いて寝るってことだとか思ってませんよね?」
「さすがにそれはない。一応、性教育は受けている」
王子様の知識は性教育範囲内と判明。
「君がしたいと言うなら、頑張るつもりだが……。って、どうして笑うんだ」
「や、だって。すみませ……。ふふっ。そんな、これから戦地に行くみたいな顔されたら、できませんよ」
「仕方ないだろう! 正直、入るとは思えなくて、その、怖い」
「うんうん。そうですよね」
身体を倒して、東吾さんの胸にぺったりと頬をつける。
心臓の音、凄く速い。体温もいつもより、高い気がする。
白い肌に、触れたいな。撫でて、気持ちよくしてあげたい。
「平気ですよ、今日はしませんから」
「そうか」
「貴方の覚悟が知りたかっただけです」
「試したのか?」
「……もしかして怒ってます?」
「怒ってない」
とは言うけど、やっぱり少し怒ってる気がする。
「すみません。機嫌、直してください」
伸び上がってキスをすると、東吾さんがプイと横を向いた。わかりやすい拗ね方だ。
「……せーたが、なんだか慣れているのが悔しい。せーたは私が初めてではないと、わかっていたはずなのに」
えっ。拗ねてるのソコ!? うわヤバイ、顔にやける。
「でも自分から好きになったのは貴方が初めてです。告白したのも」
「なら、何故前は、好きでもない相手と付き合おうと思ったんだ?」
「え……。えー……拒み続けるのも、面倒だったから?」
なんかこれ、僕が節操なしみたいな。男として下心的なものがなかったと言えば嘘になるけど。
「今なら断りますし、浮気は絶対にしませんから。僕ね、本当に……貴方が大好きなんです」
愛を告げながら頬に首筋に、唇を落としていく。
流れでネクタイをほどこうとすると、手首をガッと掴まれた。
「君は案外手が早いな!」
「触るだけですけど」
「神に誓って?」
「それは無理かも」
甘えるように頬擦りすると、東吾さんは小さな声でズルイと言った。
眉間にシワを寄せたら、綺麗な顔が台無しですよ。
「東吾さん。今夜、泊まっていってくださいよ、僕の部屋」
「だ、だが……」
「触るだけ、ですから」
「私のほうが、それでは済まない可能性があるだろう。君を襲うかもしれないぞ」
僕に押されてばかりなのが嫌だったのか、東吾さんから挑発的な台詞を吐いてきた。
紳士な王子様が狼に変わる可能性は物語としては、なくはない。
「それはそれで、いいと思いますよ」
「えっ」
「はい。どうぞ」
東吾さんの手をとって、今度は胸に触れさせた。
「服の上から、当ててみてください」
「な、何を……?」
「乳首がどの辺りにあるか」
音が出そうな勢いで真っ赤になって手を離す様子を見る限り、この王子様が野獣になれる日は遠そうだ。いや、そんな日はこなくてもいい。僕に食べられる可愛い子羊ちゃんでいてくれたら。
「僕はもう少し、貴方と一緒にいたい。肌に触れてたい。東吾さんは違います?」
「……違わない」
「良かった。なら、もう少し」
せっかくのクリスマス。イチャイチャするべく、僕はキスをしながら東吾さんの細い手首を掴んでそっと畳に押し付けた。
ちゃぶ台にはところ狭しとご馳走が並べてある。ちなみに、全部デパートで買ってきたものだ。
料理が趣味というわけでもない僕が作るものなんて、クリスマスのご馳走としてはあまりに貧相すぎるからな。
そして東吾さんは、いつも通りの時刻に僕の部屋へやってきた。
白タキシードに薔薇の花束、シャンパンを手にして。
「メリークリスマス」
「わあ、花束……。持ってきたの、初めてうちに夕飯食べに来た時以来ですね」
「ふふ。あの時は素っ気ない態度をとられたけれど、恋人同士なら普通の範囲内だろう?」
あんまり普通じゃない気もしますが。
でも僕が東吾さんを好きになったからだろうか。前みたいに、持ってきてくれるなら日用品や食べられる物がいいとは思わなかった。むしろちょっと嬉しい。愛がこもってるみたいで。
赤い薔薇の花言葉は、さすがに僕でも知っている。恋人ごっこの延長なんだから、意味を正しく捉えてもいいだろう。
「はい、ありがとうございます。どうぞ入ってください」
ニコニコしながら中へ入った東吾さんが、ちゃぶ台の上を見て顔を輝かせた。
薔薇より貴方のほうが眩しいです……。白いタキシード、死ぬほど似合ってるし。
「凄い。せーたもクリスマス、用意してくれてたんだね」
「もちろん。昨日はイブだったから迷いましたよー。どうするか」
「はは。私もだ。お互いにかなり不自然だったよね。まったく話題にのぼらせないのも」
「やっぱり東吾さんも、そう思ってたんですね」
「さすがにねー」
楽しみにしてくれていたことがわかって嬉しい。僕と過ごすことを、少しも迷わないでいてくれたことが嬉しい。そして、浮かれている姿は可愛い。
もう僕は、そんな愛らしい姿にデレデレのメロメロだ。
「キャンドルライトとか買ってみたんですけど」
「いいね。早速つけて、部屋を暗くして乾杯しよう」
「せっかくなのに、安いワイングラスしかなくて……すみません」
「君がいてくれるだけで充分だよ」
「恋人ごっこもサマになってきましたね、東吾さん」
「えっ?」
今のは素だったか。確かに東吾さん、元からこんな言動だからな。境目がよくわからない。
「じゃあ、キャンドルつけますね」
「ああ」
こんなオシャレアイテムが、うちのちゃぶ台に乗る日がこようとは。
キャンドルに火を灯し、電気を消す。部屋が暗くなり、ささやかな光源が僕たちを照らした。
……凄くいいムードになると思ってたんだよね。
でも現実は電気止められてロウソクで凌いでるみたいな感じなんだよね。
おんぼろアパートじゃ、ちょっと無理があったか。
「凄い、幻想的な光景だね……」
東吾さん、そんな気を遣ってくれなくてもいいのに。
いや、金持ちな彼にしてみれば、ある意味ファンタスティックに見えるのかもしれない。魔境とかお化け屋敷的な意味で……。別の雰囲気なら出てるよな、うん。
でもキャンドルの光に照らされる東吾さんはカッコイイ。
彼自身が発光しているかのようだ。この貧乏部屋で東吾さんだけが、凄く浮いてる。いや、薔薇の花束と高そうなシャンパンもか。
「では、シャンパンを……」
「あ。待っ、東吾さん!」
大惨事を予想していたのに、東吾さんは手慣れたものだった。
器用に空気を抜き栓を開け、美しい手つきでグラスへ注ぐ。一連の流れが本当に綺麗で、僕は思わずポカンと口を開けてしまった。
「……何?」
「いえ、なんでもないです」
「私が栓を飛ばして電気でも割ると思ったんだろう」
めっちゃバレてる。東吾さんに怒ってる様子はないけど、バツが悪い。
「シャンパンを持った貴方がとても綺麗だったから、写真を撮ろうかなって待ったをかけたんですよ?」
「ならそういうことにしておこうかな。じゃあ、乾杯」
「カンパイ」
カチン、とグラスが鳴る。
電気が止められてますよ、という背景に目をつぶればいい雰囲気だ。
まるで高級レストランみたい……と酔えるめでたい頭は残念ながら有してないけど。
でも、ひとくち飲んだシャンパンは、そんな頭になりそうなほど美味しかった。さすが、東吾さんが持参してきただけのことはある。
「すご、美味しい。こんな美味しいシャンパン初めて飲みました」
「良かった。料理も美味しそうだね!」
お手製ではないのがあれだけど、実はこの料理……そこそこ高かった。一応有名なお店のものだ。だから味は悪くないと思う。ただ、東吾さんの舌にはあうかどうか。僕の料理も美味しいっていうくらいだから、問題はないかな。
……そもそも、このディナーセットも東吾さんのくれた食費から出てるっていうね。
やりくりした結果だと思えば、僕が買ってきた! と胸を張ってもいいものだろうか。
「今日は買ってきたやつなので、東吾さんの好みにあえばいいんですが」
「君が選んでくれたものなら、大丈夫」
と言われても、食べたことあるものを買ってきたわけじゃないからな。
目で味がわかる能力が、僕にあったなら。
結果として料理は凄く美味しくて、東吾さんも喜んでくれた。
君の作る夕飯のほうが美味しいけれど、というリップサービスも忘れなかった。さすが。
「あとはデザートのケーキですけど……そろそろ電気つけていいですかね?」
「これもムードがあって素敵だけど、デザートは明るいところで食べるほうが気持ちも弾むかもしれないね。せっかくのクリスマスだし」
「ですよね!」
電気をつけて、ちゃぶ台の上にある皿をどかせて大きな箱を乗せる。二人だけどホールケーキだ。ガトーフレーズにした。白い鮮やかなケーキに赤いキラキラした苺。いわゆるショートケーキ。
うん、綺麗。やっぱり電気をつけて良かった。
「ホールケーキ……これ、二人で食べていいんだ?」
王子様の青い瞳もキラキラしちゃってる。
「あの、ダメですよ? 今日そんな一気に食べたら」
「えー!? ……といっても、よく考えたらそんなに入りそうになかったよ。料理が結構あったから」
「ですよね」
ホッとした。こんなに嬉しそうな顔をされたら、食べてる途中で止めることは僕にはできそうもない。この笑顔に耐えられるなんて、あの使用人たちを初め王子様の教育係さんはよほどできた人みたいだな。
……いや、耐えられずに甘やかしてきたからこそ、今こんなおんぼろアパート住まいになってるんだった。
「じゃあ切り分けますね」
「あ、待って。そのままフォークで食べていいかな? ホールで食べてみたい」
可愛い。
「いいですよ」
くすりと笑って許可を出すと、ひとくちめを本当に幸せそうに口へ運んでニコニコする。僕もニコニコしてしまう。
「甘い」
「せっかくなので、恋人らしいこともしましょうか」
僕もケーキにフォークを入れて、東吾さんへ差し出した。
「はい。あーんしてください」
「せーた、まだ自分は食べてないのに」
そこまで甘いものが好きなわけではないし、東吾さんの甘い表情のほうが見たい。
「食べさせるほうが楽しいです。あの時は恋人ごっこしてなかったですけど、こうするのは二度目ですね」
前はコンビニデザートで、こうやって食べさせた。
僕はあの時にはもう、貴方のことを好きだった。
「あの時は友達同士なら普通ですよ、とか言っていたのに。今は恋人同士らしいことって言った……」
「あ」
墓穴を掘ってしまった。余計なことを言わなければよかった。
というか、僕の言った台詞を覚えててくれて、チョット嬉しい……。
「恋人同士じゃなくても、友達同士でも普通なんです。女の子同士なら、ですけど」
「でも、これはやっぱり、恋人同士でやることだと思う」
「どうしてそう思うんですか?」
「凄くドキドキするから」
ハグは平気でこれは恥ずかしいなんて、東吾さんは相変わらず照れどころがわからない。
そういうのは人それぞれだとは思うけど、普通とは少しテンポがずれていて、そんなところが可愛いと思う。
「あっ」
じっと待っていたらフォークにさしていたケーキが落ちそうになって、東吾さんが短く声を上げて慌てて食べた。
見事口には入ったけど、唇にべったりとクリームがついてしまった。
それがショートケーキなんかより、ずっと甘くて美味しそうで、僕は。
思わず、生クリームを舌で舐め取ってしまった。
「せ、せ、せーた!? い、今、なっ……。いくらクリームがついてたからって!」
そうじゃないんだけどなあ。
「すみません。あまりに美味しそうだったので」
「ケーキなら、まだたくさんあるじゃあないか……」
そういうことでもないんだけどなー。
「この前も、したでしょ」
「あれは、そんな……その、唇、とかじゃ」
東吾さんは驚いて焦ってるけど嫌そうにはしてない。……気がする。
まだ唇にはクリームが残っていて、誘うみたいにてらてらしてる。僕は残りを食べ尽くすべく、ちゃぶ台から身を乗り出して舌を這わせた。
そんなに強引ではなかったし、間ももたせた。
舌を伸ばすのを見ても、東吾さんは避けない。
青い目は顔に影が落ちたあたりで、ぎゅっと閉じられた。
「んッ……」
……甘くて、美味しい。
ここまでしてしまって、まだ恋人ごっこだと言い張れるだろうか。
さすがの東吾さんもごまかせそうにはないし、これは告白時かな。ここは男らしく決めておくべき。
可愛いおままごとを、ときめきと一緒にもう少し続けていたい気もしたけど。
生クリームと唇の甘さをたっぷりと堪能してから身体を離し、目を閉じたままの東吾さんを見る。
東吾さんは割りとすぐに目を開けて、不安そうな表情で僕を見た。
瞳は少し潤んでて、頬も少し赤い。
「今のは……。キス、かな」
「はい」
「ごめん」
謝られた。これは予想外のリアクション。
まさか僕、告白する前から振られ……。
喉がひりつく。早く、冗談にしてしまわないと。そう思うのに、声が出ない。
どうしよう。想像以上にキツイぞ、コレ。
「もう君と、恋人ごっこはできそうにない」
「……僕がキスしたから、ですか?」
東吾さんが視線をさまよわせて、こくりと頷いた。
「これ以上続けていたら、意識しすぎて本当に好きになってしまいそうなんだ」
「は……」
そんなの、大歓迎なんですけど!
「わかりました」
「そ、そうか。良かった……」
良かったと言いつつ、寂しそうにする王子様。
これ、好きになってしまいそうとか言ってるけど、もう完全に僕のこと好きだよな。
元々いつかは告白するつもりだった。今、見事に背中を押された。
ここで言わないのは、いくらなんでもさすがに臆病が過ぎると思う。
でも、それでも。やっぱりその瞬間はドキドキする。
「東吾さん。僕は貴方のことが恋愛的な意味で好きです。今日からは本当の恋人になってください」
「ごっこ、ではなくて?」
「はい」
東吾さんの頬が薔薇色に染まり、嬉しさを押し隠すような表情で俯いた。
「せーた。先程の言葉を、訂正させてほしい」
「さっきの言葉?」
「君を好きになりそうだと言ったけれど、どうやらもうとっくに好きだったみたいだ」
僕は噴き出しそうなのをこらえながら、薄く笑った。
「知ってます」
「えっ? 言ってないのにかい?」
「東吾さん、態度に出過ぎですもん」
「そんなに……出てたかな」
そう言って恥ずかしそうに、自分の頬を撫でる。
東吾さんの好きは、元から友人を越えているような色を帯びていたけど、ようやくそれを自覚してくれたみたいだ。
もちろん、東吾さんの気持ちのベクトルが恋愛に向いていると確信していたわけじゃない。人の心なんてハッキリとはわからないから。
仕掛けた恋人ごっこが上手くいって良かった。本当に。
「あ、でも、男同士じゃないか」
「今更言いますか、それを」
「私はどこをどう見ても女には見えないし」
「僕だって見えないでしょ」
「せーたはいいんだ。凄く可愛いし、大好きだから」
そ、そんな直球で言われると……。嬉しいけど、こっちが恥ずかしい。
「僕だって同じですよ。それに、前も言いませんでした? 東吾さんは僕にとっては凄くカワイイ、ですよ」
「なら、私でもいいのかな」
「僕は東吾さんが恋人になってくれたら、嬉しいです」
「えっと……。じゃあ、その。改めてよろしくお願いします」
東吾さんが王子様も形無しって表情で、へにゃっと笑った。
幸せそうなその笑顔に、こっちまで嬉しくなる。きっと僕も、相当デレデレな顔してる。
「……ふふ。初めての恋人だ」
うん。やっぱり可愛い。
「もしかして、キスも初めてでした?」
「な、情けない話、そうなんだ……」
なんという箱入り王子。
情けないとか言ってるけど、僕としてはとっても嬉しい。
恋人の初めてを奪えるなんて、幸せ以外の何物でもない。
「だから恋人といっても、何をしたらいいかよくわからないんだ」
「今までしてきたことと、変わりませんよ。練習、したでしょう? 恋人ごっこ」
「あ、そうか」
でも。今は本当の恋人になったから、キスやハグより先もしていいってことなんだけど……。
「はい、せーた」
この流れでフォークに刺したケーキを差し出してくる王子様を見る限り、先は長そうだ。
キスはともかく、せめてギュッとするとこだろ。どうして食べる方向にシフトした。確かに恋人っぽいことではあるけども。
とかなんとか思いながらも、素直に食べてしまう。そんな僕を、東吾さんが嬉しそうに見る。
これも、幸せだけど……どうせなら。
「東吾さんも、どうぞ」
「ありがとう」
今度は素直に口を開けてくれて、生クリームの塊はすんなりと飲み込まれていった。
「今度はきちんと食べられた」
「さっきは口の周りべったりついちゃいましたもんね」
はい、もうひとくち。と差し出す。
口の周りについてないなら、僕がキスをすることがないなんて、本気で思ってたりはしませんよね?
そう。どうせケーキを食べるなら、僕は……貴方ごと食べてしまいたい。
次のひとくちは東吾さんが咀嚼する前にキスをして、中のケーキを味わうように舌を差し入れた。
きめこまかいスポンジとなめらかなクリームが、舌と舌の間でとけていく。
「ん、んッ……!」
「っ……ふう。美味しいですね」
「せーた、さすがにこれは」
「やでした? 恋人っぽいでしょ?」
「……うん」
可愛い。青い目がうるんでて、クリームみたいにとけちゃいそう。
「でも行儀が悪いから、するなら食べ終えてからだ」
「ははっ、確かに。じゃ、食べちゃいましょ」
良かった。すること自体は嫌じゃなかったみたいだ。
……実際東吾さん、性知識はどれくらいあるんだろう。
まったくないって感じではなさそうだけど、詳しいってのも想像できない。
僕もそんなに性急なほうじゃないし、恋人同士になって今日イキナリとかないとは思うよ。思うけどクリスマスの夜だし、性夜だし、少しは期待しちゃうってもんだろう。
何よりもっとイチャイチャしたい。こうやって食べさせあうのもイチャイチャのうちだろうけれど、甘いケーキはあとふたくちが僕の限界。
「……すみません。僕はもうギブ」
「えっ、もう?」
「本当は甘いもの、そんなに好きじゃないんですよ」
「でも、さっきは美味しそうに、してた……」
「あれは貴方の唇が美味しかったから」
「え。あ、そ、そう……」
照れ隠しか、王子様のケーキを食べるスピードが早くなった。
こんなに甘い物食べてよく太らないよなあ。体質かな。
いや、背が高いから食べる量がたくさんでも問題ないのかも。
「せーた、じっと見られてると、食べにくい……」
「可愛くて」
「せ、せーた!」
「あの。残りは明日にして、僕ともっと甘いこと、しませんか?」
白い頬を手で撫でる。陶磁器のように綺麗なのに、柔らかくて弾力もあって、まるでケーキのスポンジみたい。
今は白いこの肌も、興奮したらうっすら色付くんだろう……。
「口の端、また少しクリームがついてますよ」
嘘をついて、唇にキスをした。
「そこ、端じゃない」
「口実です」
次のキスは、貴方から。
僕はお姫様ではないけれど、柔らかい口づけに目を覚ましてしまいそう。腹の奥底の、ドロドロした何かが。
触れるだけのキスを繰り返して、東吾さんが僕の身体をぎゅうと抱き締める。
「せーた、可愛い」
押し殺すような響きで洩れた呟きと熱い息に、愛おしさが募る。
ああ、この人、本当に僕のことを好きでいてくれてるんだ。
好きな相手からの好意っていうのは、こんなにも嬉しいものなんだな。
東吾さんの背をやんわり抱き返して、蜂蜜色の髪を撫でる。
「ケーキより、美味しかったですか?」
「うん」
「もっと先まで、食べたい?」
東吾さんがバッと身体を離して、真っ赤になった。
……意味、通じたみたい。
「いや、でも、私たちは今日恋人同士になったばかりだよ?」
「最近じゃずっと恋人同士みたいなものでしたけど」
予想はしてたけど、東吾さんは紳士的に手順を踏むタイプなんだろう。
僕が女ならともかく、男同士なんだから、もう少し即物的でもいいんじゃないかと思うんだけど。
「東吾さん、自分が襲われるほうの心配はしないんです?」
「襲……、え? 襲う?」
「だって。僕も男なんですよー。いざって時にもめるのも滑稽だから先に言っておきますけど、僕は貴方を抱きたいです」
逃げようとした身体を押さえつけて、畳の上に押し倒す。
白いタキシードで正装した王子様がおんぼろアパートで寝転んでいる様は、なんだか酷く倒錯的だ。
僕は東吾さんの腿の上に座り込み、心臓のあたりを指先でトンと突いた。
「抱かれる側になるなんて、考えてもみなかった?」
「……すまない」
東吾さんは青い顔をして謝った。
そんなに嫌なのかな。さすがにちょっと傷つく……かも。
このまま振られたりしないよな。両想いになったばかりなのに。
「僕にされるのは、嫌ってこと?」
「ち、違う」
「そう」
よ、良かったああ。
表面上は多分冷静な顔できてると思うけど、嫌な汗をかいてしまった。冬だっていうのに。隙間風の厳しいおんぼろアパートなのに。
「謝ったのは、純粋に……そのパターンを考えていなかったことに対してだ。私はまた、無意識に君を女性扱いしようとしていたのかもしれない」
東吾さんは泣きそうな声でおろおろしている。
そうか。不安なのは、僕だけじゃないんだよな。東吾さんも今、僕に嫌われたかもって思ったんだ、きっと。
「でも、それって僕を好きだからですよね。抱きたいと思ってはくれてるんですよね?」
「あ、ああ……」
「だったら、嬉しいですよ」
「本当かい?」
「はい。でも、お仕置きかなあ」
「えっ?」
「抱かせてください」
「今ここで!?」
「はい」
僕もせっかくの初めてがなし崩しなのは申し訳ないなあと思うし、最後までする気はない。
でも、東吾さんの覚悟を知っておきたい。
「……わかった」
嘘みたいに、あっさり答えを出してくれた。
本当に意味がわかっているのか、逆に心配。
「あの。東吾さんのお尻に僕のコレを挿れるってことなんだけど、本当に大丈夫ですか?」
手を取って、熱を持ち始めているそれにズボン越し触れさせてみた。
衝撃が大きすぎたのか、無反応で固まっている。
「……東吾さん?」
「いや……。え? 無理、だろう?」
確認するように揉まれて、思わず手を離させた。
ちょっと気持ち良かったけど、不意をつかれすぎて無茶苦茶焦った。
「僕もコッチでしたことないからわかりませんけど、多分入るんじゃないですか?」
「そ、そうなのか……」
これは、まさかの。やり方自体を知らなかったパターン。
後ろでするっていうのは男女間でもあることだし、男同士の話だってネットなんかを適当に回ってれば今は珍しくない。
詳しい手順はまた別として、普通の成人男子なら知らないほうが少ないと思う。
……でも、王子様だからなあ、この人。
「東吾さんはどうやって僕とするつもりだったんですか?」
「流れでなんとかなるような気がした」
思わず噴き出しそうになった。
エッチな雰囲気なんて吹っ飛んでくよね。まったくもう……。可愛い。
「抱かせてって、抱いて寝るってことだとか思ってませんよね?」
「さすがにそれはない。一応、性教育は受けている」
王子様の知識は性教育範囲内と判明。
「君がしたいと言うなら、頑張るつもりだが……。って、どうして笑うんだ」
「や、だって。すみませ……。ふふっ。そんな、これから戦地に行くみたいな顔されたら、できませんよ」
「仕方ないだろう! 正直、入るとは思えなくて、その、怖い」
「うんうん。そうですよね」
身体を倒して、東吾さんの胸にぺったりと頬をつける。
心臓の音、凄く速い。体温もいつもより、高い気がする。
白い肌に、触れたいな。撫でて、気持ちよくしてあげたい。
「平気ですよ、今日はしませんから」
「そうか」
「貴方の覚悟が知りたかっただけです」
「試したのか?」
「……もしかして怒ってます?」
「怒ってない」
とは言うけど、やっぱり少し怒ってる気がする。
「すみません。機嫌、直してください」
伸び上がってキスをすると、東吾さんがプイと横を向いた。わかりやすい拗ね方だ。
「……せーたが、なんだか慣れているのが悔しい。せーたは私が初めてではないと、わかっていたはずなのに」
えっ。拗ねてるのソコ!? うわヤバイ、顔にやける。
「でも自分から好きになったのは貴方が初めてです。告白したのも」
「なら、何故前は、好きでもない相手と付き合おうと思ったんだ?」
「え……。えー……拒み続けるのも、面倒だったから?」
なんかこれ、僕が節操なしみたいな。男として下心的なものがなかったと言えば嘘になるけど。
「今なら断りますし、浮気は絶対にしませんから。僕ね、本当に……貴方が大好きなんです」
愛を告げながら頬に首筋に、唇を落としていく。
流れでネクタイをほどこうとすると、手首をガッと掴まれた。
「君は案外手が早いな!」
「触るだけですけど」
「神に誓って?」
「それは無理かも」
甘えるように頬擦りすると、東吾さんは小さな声でズルイと言った。
眉間にシワを寄せたら、綺麗な顔が台無しですよ。
「東吾さん。今夜、泊まっていってくださいよ、僕の部屋」
「だ、だが……」
「触るだけ、ですから」
「私のほうが、それでは済まない可能性があるだろう。君を襲うかもしれないぞ」
僕に押されてばかりなのが嫌だったのか、東吾さんから挑発的な台詞を吐いてきた。
紳士な王子様が狼に変わる可能性は物語としては、なくはない。
「それはそれで、いいと思いますよ」
「えっ」
「はい。どうぞ」
東吾さんの手をとって、今度は胸に触れさせた。
「服の上から、当ててみてください」
「な、何を……?」
「乳首がどの辺りにあるか」
音が出そうな勢いで真っ赤になって手を離す様子を見る限り、この王子様が野獣になれる日は遠そうだ。いや、そんな日はこなくてもいい。僕に食べられる可愛い子羊ちゃんでいてくれたら。
「僕はもう少し、貴方と一緒にいたい。肌に触れてたい。東吾さんは違います?」
「……違わない」
「良かった。なら、もう少し」
せっかくのクリスマス。イチャイチャするべく、僕はキスをしながら東吾さんの細い手首を掴んでそっと畳に押し付けた。
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