親友ポジション

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ステージ3

重いよ

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 今日も夜は真山くんと同じベッドで寝るのか……と、狭さと暖かさの天秤で少し悩む。どうしても男同士で同じベッドへ入るという気色悪さが先に立つ。
 真山くんに風呂をバトンタッチして、キッチンで牛乳を飲んでいると後ろから背筋をつうっとなぞられて、その場に口の中身をぶちまけそうになった。
 
「っげほ……っ! 夏流!?」
 
 唐突に何をするんだ。むせたじゃないか。最近じゃ、いないものとして扱われることも結構あるのに、こんなふうに自分から近づいてくるなんて……。
 真山くんか? 真山くんについて聞きたいのか?
 
「聞いたよ~、お兄ちゃん。バイト始めたんだって? どういった心境?」
「べ……別に。買いたい物があるから、貯めようと思っただけだ」
「あのお兄ちゃんが、お友達のバイトに付きあってあげるなんて……」
 
 付きあってあげる、か。そんなふうに見えるんだな。真山くんが家をなくしたってことになってるから、そう思っても無理はないかもしれない。実際に付きあっている立場ではある。なのに、何故か俺が付きあってもらってるって気分が拭えない。
 
「いいだろ、どうでも」
「なんかいい服とか買ってるし、彼女でもできたの?」
「なんでそんなこと気にするんだよ」
 
 てっきり真山くんのことばかり聞かれると思ったのに、俺について聞かれて焦る。
 確かに血は繋がってないが、俺にとって夏流は異性には思えない。母親よりは近い異性だが、それでも女というくくりには入らないんだ。
 だから一瞬でも過ぎったその考えに、信じられないほど嫌悪感が沸いた。夏流にじゃなく、そう思ってしまった自分自身にだ。
 くそっ……。真山くんがターゲットにするだとか血が繋がってないだとか余計なことを言うからだ。いくら血が繋がってなくたって、小さな頃から一緒にいる夏流をそんなふうに思えるはずなんてないのに。
 
「お隣のユカ姉いるじゃん。ずっと昔はお兄ちゃんも仲良かった」
「……あいつがどうしたんだよ」
 
 更に聞きたくなかった名前を出されて、口の中に広がった牛乳の味が急に苦くなった気がした。
 
「なんか、お兄ちゃんがカッコイイ人といたとか気にしてたから気になって……。色々話してて、お兄ちゃんのバイト先とか教えちゃった」
「は、はあ!? というか、なんでお前も俺のバイト先とか知って……っ」
「千里くんが嬉しそうに報告してくれたから」
 
 情報経路はそこしかないと思っていたが、案の定か。真山くんめ。妹に知られるだけならまだしも、それがユカにまで伝わってるとか最悪だ。
 まあ知ってるからって、来たりはしないだろ、多分……。
 
「行ってみようかなって言ってた、ユカ姉」
 
 ……マジかよ。なんでだよ。なんで来るんだよ。今更。
 真山くんの嬉しそうな顔が頭の中に浮かぶようだ。
 俺は牛乳が少し付着した口元を手の甲で拭って、無言でコップを洗い始めた。
 
「やっぱり、ライバルだと思う?」
「何が」
「もちろん、千里くん。敵に塩送っちゃったかなー」
 
 そう思うなら俺のバイト先をばらさないでほしかった。
 なんで来るんだよなんて……来るとしたら、真山くんに会うためじゃないか。とすると、来る可能性はかなり高い。正直来ないで欲しい。顔見たくないし。
 
「でも私ユカ姉好きなんだよね~。無理だと思うけど、お兄ちゃんとくっついてくれたら一番いいのに」
 
 勘弁してくれ……。
 しかも妹の言う無理だと思うけどっていうのは、俺が嫌がってるからじゃなく、俺なんかにユカは勿体ないとかそういう意味に違いない。
 真山くんも夏流もどうしてくっつけたがるんだよ。俺は復讐とか考えてる訳じゃない。ただ、関わり合いになりたくないだけなのに、それがそんなにいけないことなのか……?
 
「千里くんに私のいいとこプッシュしておいてね! ねっ!」
「真山くんは、やめておいたほうがいいと思う……」
「えー、どうして!? 彼女いないって言ってたもん!」
 
 奴は俺とお前をくっつけようとしている男だぞ。絶対脈ない。
 
「あ、もしかして……お兄ちゃんと千里くんがデキてるとか!? やたら仲いいし……」
「おいっ、そんな訳ないだろ!」
「そうよねー。千里くんのほうがお兄ちゃんなんて相手にしないわよね。あんなにかっこいいもの」
 
 失礼すぎる。二重に失礼すぎる。
 本当……妹とどうにかなるなんて、ある訳ない。真山くんとデキてる以上にありえない。
 
「俺だって男同士なんてごめんだ」
「ならいかがわしいゲームばっかりしてないで、ちゃんと彼女作りなよ、お兄ちゃん!」
「よけいなお世話だ」
 
 俺はコップを水切り籠に入れて、部屋へ戻った。
 
 
 
 
 ベッドへ横になって暫くすると、真山くんが頭を拭きながら部屋に入ってくる。
 
「いいお湯でしたー」
 
 一応床に用意した真山くんの寝床は無視された。
 
「ベッドへ潜り込んでくるなってば」
「どうしてだよ。昨日は一緒に寝た仲じゃん」
「俺、ちゃんと今……敬語、抜かして喋ってる。ほら、だから一緒に寝る必要はどこにもない」
「いや~、まだまだ足りない!」
 
 真山くんは俺を正面から抱きしめて、首筋に顔を埋めてくる。
 
「ひゃっ、なっ、何っ」
「同じシャンプー使ってるのに、冬夜いい匂いする。オレ、この匂い好きだな」
「やめろよ、男同士で気持ち悪い」
「そう思うなら、オレのことちゃんと、千里って呼ぶこと!」
「うっ……」
 
 そうか。まだ名前の問題が残ってた。
 
「ほら、ちーさーと」
「う……。む、無理だってば」
「言わないとチューするぞ」
「馬鹿ッ、男にキスなんてお互いにどんな罰ゲームだよ!」
「オレ、お前とだったらいけるよ。性別とか気にしないタイプなの」
 
 シナを作る真山くんに、ぞわりと鳥肌が立った。思い切り似合わない。
 
「嫌なら呼んで」
 
 どっちに転んでも俺に得がないとかなんなのこれ。
 ねだられて首を横に振ること数回。ギリギリまで近付けられた端正な顔に、陥落した。
 
「ち、千里……」
「んっ!」
 
 真山くんは満足気に笑ってそのまま俺をベットへ押し倒してきた。
 
「ちょ!」
 
 そしてぴくりとも動かなくなった。静かな部屋に寝息がだけが聞こえてくる。
 
「……寝てる」
 
 眠かったのか。疲れたのかな。俺も凄く疲れてるけど。
 なんでそうまでして名前で呼んで欲しがるんだ。
 そのほうが親友っぽいから?
 表面だけ頑張ったところですぐ定着する訳でもないのに。
 それにしても、満足気な顔のまま寝てるな……。
 
 重いよ、真山くん。
 のしかかる体重も君の気持ちも、課せられたミッションも、俺には重いものばかりだ。でも、突き放せないんだ。
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