親友ポジション

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ステージ5

恋より友情

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 お揃いの携帯、お揃いのノート、お揃いのシャーペン。一緒に過ごすキャンパスライフ。
 俺の日常は、真山くんに侵食され続けている。
 携帯を買った日、真山くんはそれは酷くはしゃいでいて、珍しく遅くまで起きていたらしい。メールがたくさん入っていた。次の日起きれなかったのか大学へ来なかった。夕方のバイトで一緒になって初めてそれが発覚した。
 バイトへも遅刻ギリギリで、メールを入れることができなかったそうだ。
 何かあったのかと心配した俺の気持ちを返してほしい。
 合コンで知り合った香織さんともそれなりにメール交換している。
 日常の他愛ないことだけど、家族としかメールをしたことのない俺にとってそれはかなりときめく体験だった。
 そう。文字なら……ゲームをしてるみたいだし。
 
「最近冬夜くん、明るくなったね。いいことあった?」
「え……」
 
 バイト中、真美さんが笑いながら声をかけてきて、俺は両頬を押さえた。
 そんな、顔に出てたかな……。
 
「前は千里くんがいないと不安そうにしてたけど、今は真美と二人でも堂々としてるもんね」
「そ、そうですか?」
 
 これは純粋に嬉しい。でも、今までそんな不安そうにしてたのかと思うと恥ずかしい。
 バイトは初めてだったし、何かあったら真山くんに頼るしかないと思っていたからな。
 
「そ、れ、と、も~、今は真美と二人っきりのほうが嬉しかったりする~?」
「いや……二人きりじゃないですし。店内お客さんいますし」
「そんな冷静なの、冬夜くんらしくなーい!」
 
 真山くんが来てから一番変わったのは、これだ。
 彼が俺を変えたのか、ゲーム効果なのか何故かもてるようになった。
 自慢じゃないが、小学校から高校まで女性に優しくされたことなんてないんだぞ。恋人いない歴年齢だし。
 冴えない男が釣り合わないような可愛い女の子に何故かやたらもてるなんていうのは、漫画かゲームの中だけだと思っていたのに、まさか現実で、しかも自分の身に起こるなんて。
 
「あー。冬夜くんが真美に童貞捧げてくれないかなー。痛くしないよ?」
「なっ、何言ってるんですか! し、仕事中ですよ……!」
「ふふ、焦った顔、可愛い」
 
 からかわれてる。
 大体痛くしないってなんだ。と思うけどこの人なら普通に大人の玩具的物を出してきて俺が掘られかねないと思えてしまう。恐ろしい。
 女の子に攻められたい願望がある男にとってはご褒美でも、残念ながら俺にそんな性癖はない。 
 真美さんは確かに凄く可愛いし、胸は大きいし、かと思えば言動見た目に似合わずやたらとしっかりしていたりもする、不思議な魅力のある人だ。
 でも恋愛対象かと問われれば……真美さんの経験値が遥か高みすぎてそういう感覚にならない……。感覚で言えば、蟻が象に戦いを挑むような感じというか……。
 
「あと三十分で冬夜くんと千里くんが入れ替えだね~。千里くん、朝まで入ってる日あるけど、大学大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
 
 平気で午後からとかくるけど、真山くんは単位が足りていても足りていなくても、あんまり問題なさそうだからな。
 ただ……会えないのは、ちょっと寂しい……気もするんだけど。バイトで入れ違うくらいじゃ、話す暇もないし。
 この前のアレがちょっと気まずくて、泊まりに行きづらくなってるし。
 俺と真山くんの間では、なかったことにしている訳ではないけれど、お互いあの時のことには触れていない。
 あの時の俺はどうかしてた。酔ってたんだ。じゃなかったら……あんなこと。
 
「いらっしゃいませー」
「い、いらっしゃいませ」
 
 真美さんのグリーディングが聞こえて、俺も慌ててそれに倣う。
 馬鹿、バイト中に何考えてるんだ、俺。
 そして入ってきたお客さんの顔を見て、俺は固まった。
 ……ユカだ。しかもなんか、怒ってるような顔をしてる。何も買わずに、レジへ近づいてくる。
 
「アンタ、今日何時まで?」
 
 上から目線っていうか、やたらキツイ口調だし。
 真美さんがいる前でこんなふうに話しかけてくるなんて最悪だ。まるで俺が虐められっ子みたいじゃないか。別に俺は虐められてる訳じゃない。こいつなんてどうでもいいだけだ。
 やっぱりこの前のアレはその場のノリだな。こいつが俺のこと、素敵だなんて言う訳がない。
 
「冬夜くんは21時までだよ。この辺りガラ悪いの多いから、冬夜くんナイト様しないとね!」
「幼なじみです、一応……」
 
 真美さんまったく動じないな。俺の上がり時間勝手に教えてるし。
 はあー……。こいつなら別に送っていく必要もないと思うけど、そういう訳にはいかないか。
 一応女の子だし、真美さんの手前なあ……。
 
「今、凄く嫌そうな顔した」
 
 急に妙なことを言われて、俺はユカの顔をまじまじと見た。
 さっきまで怒っている様子だったのに、今は悲しそうというか。
 さすがにここで、だって嫌だからな、と返すほど俺は鬼ではない。
 
「幼なじみっていうのが嫌なの? アタシを送っていくのが嫌なの?」
 
 大体勝手に来ておいて送っていけってなんだよ。お姫様か。
 
「別に……。ただ、ユカのほうが俺に送られるのなんて嫌じゃないかなと思っただけで……」
「アンタって本当に鈍いわね。なんで今更、そんなこと言えるのよ。この前のことも、何も言ってこないし。アタシ、あんな帰り方したのに」
「え?」
「話、あるから……。終わるまで、外で待ってる」
 
 一体なんなんだ。訳がわからない。
 
「いやー。いいねー、青春だねー。結構可愛い子じゃない。冬夜くん、スミにおけないなー」
 
 しかも真美さん、心得た! って顔で勝手にうんうん頷いてる。
 本当にそういうんじゃないんですよ。勘弁してください。 
 ああ、もういっそバイトが終わらなければいいのに。こんなふうに思うのは初めてだ。
 
「あ、ユカちゃんだっけ? ちょっと待って~」
 
 真美さんはユカが外へ出る前に、ホットウォーマーからコンポタを取りだして手渡した。
 
「外、結構寒いよ。これどうぞ。真美の奢りっ」
「あ……ありがとうございます」
「いーのいーの。真美、可愛い子大好きだからね!」
 
 ……真美さんの、可愛い子好きって、そっちの方向も含まれてるんだろうか。なんか、手とかぎゅっと握ってるけど。
 ギャルゲーや漫画でならよく見るけど、三次元の百合とか……。でも、両方とも見た目がいいせいか違和感がないというか結構萌え……。
 
「おはようございま……って何、この面白そうな事態」
 
 そして真山くんがやってきた。ユカはぺこりと会釈して、そそくさと外へ出て行った。
 
「ユカちゃん、冬夜に会いに来たんだな。うんうん、いいねー。いい感じだ」
「千里くんも今の子知ってるんだ。応援派?」
「ああ。あの子を応援っていうか……こいつに彼女ができるのを見届けるのが、オレの使命だからな……」
「えー、じゃあその彼女って真美が立候補してもいいんだ?」
「真美さんはちょっとなあ。冬夜を泣かせそうだし」
「そんなことないもん、真美一途だよ! 夜は泣かせちゃうけどね~ふふっ」
 
 真美さんと付きあったら、一体何をされるんだろう、俺……。
 ……ちょ、ちょっと期待してなんてないぞ! そういう性癖はないし! 本当にないし!!
 
「うし、じゃあ冬夜。バイト交替な~。あとで報告メールしろよっ! なんなら明日オレの家泊まりに来い。今日って言いたいが、今日は朝までバイトだからな……」
 
 それは……明日も大学へ来ない気満々ですね……。
 
「……わかったよ」
 
 報告っていってもな。そう思いながら、俺はとりあえず了承した。
 
「本当に仲いいんだね、二人とも。男同士の友情って憧れちゃうなー。真美そういうの、あんまりないし」
「そうなんですか? 社交性ありそうなのに……」
 
 意外で思わず尋ねると、真美さんが腕を組んで首を傾げた。
 
「うーん。深い仲になると大概は、肉体関係になっちゃうし、それが終わると気まずくて友達になれることって少ないからぁ~」
 
 納得……。というか、別に男との友情を訊いた訳では……。いや、相手が女性だったとしても、そうなのか……。これ以上、あまり突っ込まないでおこう。俺の知らない世界は、別に知らないままでいい。
 
 真山くんが裏で制服に着替えて、いそいそと出てきた。まだ十分も早い。
 
「ちょっと早く出るんで、冬夜の奴を先にあげてやってくれます?」
「あー、いいよいいよー。タイムカード真美が押しておくね!」
 
 くっ……この好奇心の塊コンビめ。
 何気に結構仲いいし、気も合いそうだし……。真山くんが真美さんをあまり勧めないのは、本当は……。
 ……だったら、なんだっていうんだ。いいことじゃないか、親友に彼女ができるのは。
 俺に無理矢理彼女を作ろうとしている真山くんが、先に誰かと付きあうっていうのが、何か変な気がするだけで……。
 そんなことをぐるぐると考えながら、二人の視線に押し出されるようにしてバイトを上がった。
 外へ出る時の二人の生暖かい視線は暫く忘れられそうにない。 
 
 
 
 
 コンビニの外へ出ると、冷たい空気が顔に触れた。確かに今日はずいぶんと肌寒い。
 なのにユカは小さい身体を縮こまらせて、コンポタの缶を抱えながらきっちりと俺を待っていた。
 
「冬夜」
 
 やっぱりどこか、怒っているような表情で俺の名前を呼ぶ。
 これで……本当に俺のことが好きだって?
 でも俺のことを素敵だなんて言うし、わざわざバイトへ来るし、こうして待っている。
 普通に考えれば、やっぱりこれは……。
 
「冬夜、ごめんなさい」
「え……」
 
 ユカの唇から出てきたのは愛の告白ではなく謝罪だった。
 
「小学校の頃ね、アンタからラブレターもらって本当は凄く嬉しかった。でも色恋なんてアタシの柄じゃなくて、恥ずかしくて……」
「恥ずかしくてつい、回し読みしたのか? 俺が傷つくとは思わなかったのかよ」
「……ごめんなさい」
「今更、謝られたって……」
「そこまで深く考えなかったの。ガキだったしね。それからアンタはますます暗くなって、ついにはオタクに……」
 
 本当に反省しているのか、その物言いは。
 
「ずっと後悔してた。あそこでアタシが応えていたら、恋人同士になれたかもしれないのに」
「ユカ……?」
「好き。今でも好きなの。それを言いたかった。あと謝りたかっただけだから。べ、別に付き合いたいとか思ってる訳じゃないんだから!」
 
 ユカはそう吐き捨てて、人肌になったコンポタの缶を俺に投げつけた。
 ……なんという、テンプレ的なツンデレ幼なじみ。萌える前にいっそ感動する。
 でも、告白を聞いて戸惑う。止めていた心がとくんと音を立てる。
 ああ……。本当に、男って単純だ。憎しみに近い気持ちまで抱いてたってのに。
 
「でも、またバイト先には来るわ……」
 
 さすがにもう来るなとは言えず、俺は去っていくユカの姿を見送……る訳にはいかないよな。
 
「ち、ちょっと、なんでついてくるのよ!」
「夜に女の子一人はこのあたりじゃ危険らしいし、何より家、隣同士だろ……」
「あ……」
 
 後ろからついていったんじゃ、それこそストーカーみたいになる。俺だってさっさと帰りたいんだ。
 こういう時、幼なじみってのは気まずくて嫌だ。小学校の頃だって、俺がどれだけ気まずい思いをしたか。
 わざわざ時間をずらして帰ったり、それを見て虐められたり。
 お前にはわからないだろうな……。
 
 駅までの帰り道を、俺とユカは無言で歩いていく。
 ユカが駅の前まで来てぽつりと呟いた。
 
「怒ってるよね。アタシのことなんて嫌いだよね。許せるようなことじゃないもん」
 
 確かにきっと、少し前の俺なら彼女を許せなかった。
 ……でも、今の俺には親友がいる。誰に何も相談できなかった頃とは違うんだ。
 話を聞いてくれる奴がいる。ただそれだけのことが、俺にとってどんなに頼もしいか。心を穏やかにしてくれるか。
 
「もう、怒ってない」
「え、じゃあ……」
「これからは普通に、幼なじみとしてやっていきたい」
「……うん」
 
 これが俺の答え。
 必要以上に傷つけることはしないが、付き合うとかは俺にはやっぱり無理だ。
 興味がないと言えば嘘になる。
 でも、俺には二次元の嫁がいるし……今は、真山くんもいるから、暫く彼女はいいかなと思う。恋よりも友情というか。
 肝心の本人が、やたら俺に彼女を作らせたがる点を除いては、今の俺はとても満ち足りている。
 恋ではなくても、長年のわだかまりが溶けた。きっとそれも、俺にとっては大事なことのひとつだ。
 俺は家につくまで、ユカといろんな話をした。疎遠になっていた間のことを、たくさん。
 さすがに真山くんがパソコンから飛び出してきたってことは言えなかったけど。
 まあ、言ったところで頭がおかしくなったとか下手な冗談だと思われるだけだろうしな。
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