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ステージ7
初めまして
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俺の前から真山くんが姿を消して、一週間が過ぎた。
バイトではたくさん真美さんに迷惑をかけた。香織さんには、真山くんは理由があって海外に行っている。俺はずっとそれを待っている、とメールを入れておいた。
大学へ行けば、真山くんはやっぱり海外へ行ったことになっていた。
真山くんがたまに話していた人たちから、あいつ何があったんだと聞かれたけど、しばらく帰ってこられない、と返した。
そんなに深いつきあいではなかったのか、それ以上の詮索もされなかった。
……そう、あれから、俺は普通の日常を過ごしている。
真山くんがいなかった頃に戻った訳じゃない。
俺はバイトを続けているし、前よりは大学の人たちとも話すようになった。
最近ではユカや香織さんが真美さん目当てにバイト先へくるので、賑やかだ。ただここに君がいないのが、とても不思議に思える。
俺はこの先……親しい友人を作る気にはなれないし、きっと恋人も……作れない。
真山くんを思い出すから、ギャルゲーもできなくなってしまった。
唯一の趣味だったゲームでさえやる気にならない。何が楽しくて生きているのかわからない、そんな状態。
でも、いつか真山くんが帰ってくるかもしれないという希望に縋って、それだけで毎日を過ごしている。
真山くんと出会って、そんなに長い月日が流れた訳じゃないのに、彼はどこまで俺の中を浸食してくれたんだろう。
本当に、酷いや……。こんなに好きにさせておいて、姿を消すなんて……。
でも……俺は、一つだけある期待をしている。
明日はクリスマスだ。去年と同じように、一人きりのクリスマス。
本当なら、恋人……真山くんと、過ごすはずだった。
真山くんが、クリスマスまでには彼女を作れみたいなことを言っていたから、もしかしたら、何かあるんじゃないかなという淡い期待。
単に、真山くんがこっちの世界にいられる期限上での問題だったのかもしれないけど。
それでも、キーワードとしては充分で、ガラにもなく奇跡が起きないかな、なんて考えていた。
クリスマスイブは何もなく終わった。
そして、クリスマス当日……。朝、俺が目を覚ますと、枕元に包装紙で包まれた、パソコンソフトくらいの小さな箱が置いてあった。
心臓が、大きく音を立てた。
震える手で、ゆっくりと包みを剥がしていく。
やっぱり、パソコンのソフトだった。思わずタイトルを確認する。
……こ、これは……。
俺が買う予定でチェックしていた、発売したばかりのソフト……。
「お兄ちゃん、起きたー?」
「な、夏流っ……」
「それ、私とユカ姉サンタからのプレゼントね。最近元気ないからって……ユカ姉、心配してて」
「……夏流も?」
「まあ、どうせ彼女もいないんでしょ? クリスマスにギャルゲーとか、マジキモイけど、毎日死んだような顔見せられるよりはマシだもん。まったく、千里くんに影響されていい感じになってきたと思ったのに」
「真山くんの名前は、出さないでくれ」
「……ごめん」
夏流は驚くほど素直に謝って、扉を閉じた。
俺を励ますために、サプライズしてくれたつもりなんだろうな。
気持ちは嬉しいけど、期待してのこれは……残酷すぎた。
どうしてかな。最近、天国から地獄へ落とされてばかりだ。
結ばれたと思ったら、いなくなって、今日は喜んだら、サプライズで……。
ああ、もう……。本当に、いっそギャルゲーでもやってるかな。どうせ、現実に目は向けられそうにないし。
元の生活に戻る……それだけだ。
俺はずっと発売を楽しみにしていたそのゲームのパッケージを見た。
思わず、親友役の姿を探してしまう。
……当然、真山くんであるはずなんてないんだけど。
俺は、パッケージを開けて、パジャマのままパソコンの前に座った。
CDを入れて、インストール、アプリケーションを起動。
出てくる、可愛い姿の女の子たち。
でも、誰も……落とそうとは思えない。きっとプレイしても、楽しくない。
ゲーム画面を見るだけで、こんなに涙が出てくるんだから。
だいたい、歪んで文字すら見えないのに、どうやってゲームを進めるつもりなのか。
「……っ」
過去にプレイした、様々なゲーム。様々な俺の嫁。
今はどれ一つだって、起動したい気分にならない。
エロ画像が収納されたフォルダも、開く気にはなれない。
今、プレイしたいと思えるものは……。
俺はそこまで考えて、床に置きっぱなしになっているノートPCをじっと見つめた。
あれで見られるのは過去だけだった。
でも……もし、このデスクトップにあのゲームをインストールしたら?
パソコンが壊れたとしたって構わない。
それで再び、君と会えるなら他に換えられるものなんて何もない。
俺はノートPCからCDを取り出して、デスクトップのドライブに突っ込んだ。
はやる気持ちを抑えつつ、インストールを開始する。
奇跡が、起きてくれればいいのに。
何だよ、クリスマスなのに彼女もいないで一人なのかって言って、笑って欲しい。
俺は君がいてくれればそれでいいんだって答えるから。
震える指先で、あの日と同じように本名を入力した。
……その途端、画面が白く光って、目の前に……はにかむ真山くんの姿があった。
会えたらいっぱい言いたいことがあったのに、声が出てこない。
出てくるのは、涙だけだ。
「そんなに怯えなくても……」
馬鹿、怯えてるんじゃなくて、感動してるんだ。
真山くんは声の出ない俺に向かって、あの日と同じように微笑んで……。
「初めまして。オレは真山千里。お前の親友だ」
あの日とまったく、同じ台詞を吐いた……。
目の前が揺れて、真っ暗になった気がした。
これは、なんの冗談だ?
「……冗談、だろ?」
「いや~残念だけどこれ、現実なんだよね、森下冬夜くん」
「違う、そういうことじゃない。君は俺の……っ」
「うおっ」
俺は真山くんに抱きついて、その場に押し倒した。
涙が俺の頬から、真山くんの顔へとぱたぱた落ちていく。
「おいおい、いくら親友ができたからって感動しすぎだろ?」
そんな茶化すような声も、表情も、何もかも君のままなのに、なのに……君の中に、俺がいない。
「俺のこと、何も……覚えてないのかよ」
「覚えてって……」
本当に、わからないんだ。
冗談じゃ、ないんだ。
嘘だって言って欲しい。演技だって。オレは戻ってきたんだって笑って欲しい。
君がこうして目の前にいるのに、君じゃないなんて。
「クリスマスなのに彼女もいないで一人なのか?」
確かにそう言って笑ってほしいと思ってた。
でもそれは、君であって君にじゃないんだ。
「彼女はいらないんだ」
「何言ってるんだ。無理するなよ。オレが親友になったからには」
「……真山くん」
「な、なんだよ」
「俺は……森下冬夜」
「知ってるけど……」
「君の……恋人だ」
真実を告げた俺に、君が酷く怪訝そうな顔をした。
限界だった。俺は、俺の恋人じゃない真山くんの胸に縋ってひたすら泣き続けた。
真山くんはそんな俺の背を、優しく撫で続けてくれた。
……きっと『これも親友の役目だからな』とか思ってるんだろうな。
そう考えると、よけいに涙が止まらなかった。
バイトではたくさん真美さんに迷惑をかけた。香織さんには、真山くんは理由があって海外に行っている。俺はずっとそれを待っている、とメールを入れておいた。
大学へ行けば、真山くんはやっぱり海外へ行ったことになっていた。
真山くんがたまに話していた人たちから、あいつ何があったんだと聞かれたけど、しばらく帰ってこられない、と返した。
そんなに深いつきあいではなかったのか、それ以上の詮索もされなかった。
……そう、あれから、俺は普通の日常を過ごしている。
真山くんがいなかった頃に戻った訳じゃない。
俺はバイトを続けているし、前よりは大学の人たちとも話すようになった。
最近ではユカや香織さんが真美さん目当てにバイト先へくるので、賑やかだ。ただここに君がいないのが、とても不思議に思える。
俺はこの先……親しい友人を作る気にはなれないし、きっと恋人も……作れない。
真山くんを思い出すから、ギャルゲーもできなくなってしまった。
唯一の趣味だったゲームでさえやる気にならない。何が楽しくて生きているのかわからない、そんな状態。
でも、いつか真山くんが帰ってくるかもしれないという希望に縋って、それだけで毎日を過ごしている。
真山くんと出会って、そんなに長い月日が流れた訳じゃないのに、彼はどこまで俺の中を浸食してくれたんだろう。
本当に、酷いや……。こんなに好きにさせておいて、姿を消すなんて……。
でも……俺は、一つだけある期待をしている。
明日はクリスマスだ。去年と同じように、一人きりのクリスマス。
本当なら、恋人……真山くんと、過ごすはずだった。
真山くんが、クリスマスまでには彼女を作れみたいなことを言っていたから、もしかしたら、何かあるんじゃないかなという淡い期待。
単に、真山くんがこっちの世界にいられる期限上での問題だったのかもしれないけど。
それでも、キーワードとしては充分で、ガラにもなく奇跡が起きないかな、なんて考えていた。
クリスマスイブは何もなく終わった。
そして、クリスマス当日……。朝、俺が目を覚ますと、枕元に包装紙で包まれた、パソコンソフトくらいの小さな箱が置いてあった。
心臓が、大きく音を立てた。
震える手で、ゆっくりと包みを剥がしていく。
やっぱり、パソコンのソフトだった。思わずタイトルを確認する。
……こ、これは……。
俺が買う予定でチェックしていた、発売したばかりのソフト……。
「お兄ちゃん、起きたー?」
「な、夏流っ……」
「それ、私とユカ姉サンタからのプレゼントね。最近元気ないからって……ユカ姉、心配してて」
「……夏流も?」
「まあ、どうせ彼女もいないんでしょ? クリスマスにギャルゲーとか、マジキモイけど、毎日死んだような顔見せられるよりはマシだもん。まったく、千里くんに影響されていい感じになってきたと思ったのに」
「真山くんの名前は、出さないでくれ」
「……ごめん」
夏流は驚くほど素直に謝って、扉を閉じた。
俺を励ますために、サプライズしてくれたつもりなんだろうな。
気持ちは嬉しいけど、期待してのこれは……残酷すぎた。
どうしてかな。最近、天国から地獄へ落とされてばかりだ。
結ばれたと思ったら、いなくなって、今日は喜んだら、サプライズで……。
ああ、もう……。本当に、いっそギャルゲーでもやってるかな。どうせ、現実に目は向けられそうにないし。
元の生活に戻る……それだけだ。
俺はずっと発売を楽しみにしていたそのゲームのパッケージを見た。
思わず、親友役の姿を探してしまう。
……当然、真山くんであるはずなんてないんだけど。
俺は、パッケージを開けて、パジャマのままパソコンの前に座った。
CDを入れて、インストール、アプリケーションを起動。
出てくる、可愛い姿の女の子たち。
でも、誰も……落とそうとは思えない。きっとプレイしても、楽しくない。
ゲーム画面を見るだけで、こんなに涙が出てくるんだから。
だいたい、歪んで文字すら見えないのに、どうやってゲームを進めるつもりなのか。
「……っ」
過去にプレイした、様々なゲーム。様々な俺の嫁。
今はどれ一つだって、起動したい気分にならない。
エロ画像が収納されたフォルダも、開く気にはなれない。
今、プレイしたいと思えるものは……。
俺はそこまで考えて、床に置きっぱなしになっているノートPCをじっと見つめた。
あれで見られるのは過去だけだった。
でも……もし、このデスクトップにあのゲームをインストールしたら?
パソコンが壊れたとしたって構わない。
それで再び、君と会えるなら他に換えられるものなんて何もない。
俺はノートPCからCDを取り出して、デスクトップのドライブに突っ込んだ。
はやる気持ちを抑えつつ、インストールを開始する。
奇跡が、起きてくれればいいのに。
何だよ、クリスマスなのに彼女もいないで一人なのかって言って、笑って欲しい。
俺は君がいてくれればそれでいいんだって答えるから。
震える指先で、あの日と同じように本名を入力した。
……その途端、画面が白く光って、目の前に……はにかむ真山くんの姿があった。
会えたらいっぱい言いたいことがあったのに、声が出てこない。
出てくるのは、涙だけだ。
「そんなに怯えなくても……」
馬鹿、怯えてるんじゃなくて、感動してるんだ。
真山くんは声の出ない俺に向かって、あの日と同じように微笑んで……。
「初めまして。オレは真山千里。お前の親友だ」
あの日とまったく、同じ台詞を吐いた……。
目の前が揺れて、真っ暗になった気がした。
これは、なんの冗談だ?
「……冗談、だろ?」
「いや~残念だけどこれ、現実なんだよね、森下冬夜くん」
「違う、そういうことじゃない。君は俺の……っ」
「うおっ」
俺は真山くんに抱きついて、その場に押し倒した。
涙が俺の頬から、真山くんの顔へとぱたぱた落ちていく。
「おいおい、いくら親友ができたからって感動しすぎだろ?」
そんな茶化すような声も、表情も、何もかも君のままなのに、なのに……君の中に、俺がいない。
「俺のこと、何も……覚えてないのかよ」
「覚えてって……」
本当に、わからないんだ。
冗談じゃ、ないんだ。
嘘だって言って欲しい。演技だって。オレは戻ってきたんだって笑って欲しい。
君がこうして目の前にいるのに、君じゃないなんて。
「クリスマスなのに彼女もいないで一人なのか?」
確かにそう言って笑ってほしいと思ってた。
でもそれは、君であって君にじゃないんだ。
「彼女はいらないんだ」
「何言ってるんだ。無理するなよ。オレが親友になったからには」
「……真山くん」
「な、なんだよ」
「俺は……森下冬夜」
「知ってるけど……」
「君の……恋人だ」
真実を告げた俺に、君が酷く怪訝そうな顔をした。
限界だった。俺は、俺の恋人じゃない真山くんの胸に縋ってひたすら泣き続けた。
真山くんはそんな俺の背を、優しく撫で続けてくれた。
……きっと『これも親友の役目だからな』とか思ってるんだろうな。
そう考えると、よけいに涙が止まらなかった。
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